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第十一章 先へ、なう

275話 隈なう

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(マスター、はどうせ無事でしょうね)



 リャンは息を整えながら、ダンジョンモンスターを踏みつける。そろそろ一度休憩しないと、息がもたない。

 一時間連続で走るならまだしも、こうして床を踏まずに走るのだ。無茶にもほどがある。しかしそれをしないと、本当の休憩が取れない。

 だから、走る。ここで誰か一人でも死んでしまえば、マスターは悲しんでしまうに違いない。

 ミサさんとリューさんはまだいい。もう合流しているし、そもそも二人は魔法師だ。魔力が枯れない限り、トーコさんや自分に比べればまだ体力的にマシだろうから。



(やれやれ)



 王都動乱の際に、自分たちは常識外の力を持っているという話をした。リャンとて、嘗てはAランク魔物を倒すなど夢のまた夢――という人間だったのだから。

 嘗て、何てモノでは無い。ほんの一年前くらいだ。それが今や、Sランクにすら向かっていけるような気がしている。

 色々なことをたった一年で吸収した。だから……油断、していたのだろう。



(まったくもって、度し難い)



 そもそも退くべきだった。一日で二層まで降りる必要は無かった。

 あそこで進んでしまったのは、逃げる階段を見つけるのに手間取った――つまりそこで退いたらもったいないと思ってしまったのだ。それが馬鹿だった。



(『コーラル軍の悲劇』、ですね……)



 コーラル軍は、とある戦争で――本来であれば絶対に勝たねばならない戦でも無いのに、最初に投入した人数、金を惜しんで無理をして戦ってしまった。結果、その戦では勝てたが失ったものが多すぎたために、直後の戦争でぼろ負けしてしまった。

 このように、人間はかけた時間や金、手間を惜しんで引き際を見誤り、大変な目に遭ってしまうと言う。

 今の状況は、まさにそれだ。

 自分たちは強いから大丈夫だろう――それが間違いだった。『まあ、最後は何とかなる』と思ってしまっていた。情けない話だ。

 ハッキリ言って、このケータイが繋がらなければ合流出来ないまま死んでいた可能性が高かった。マスターの友人であるシムラとかいうのに感謝だ。



(ダンジョンのプロを雇うべきでしたね)



 リャンは確かに他の皆よりはダンジョンに潜った回数は多いし、対処法も多く知っている。しかし、ダンジョンを専門としているわけじゃない。数多くある『出来ること』の中に『ダンジョン攻略』があるだけだ。専門家には及ばない。

 それが分かっていて、何故それを進言しなかったのか。マスターは確かに他者……特に信用ならない者の介在を嫌う。でも仮にピアがそれを言えば、



『リャンがそう言うのか……んー、もうちょっと別の人にも聞いてみる』



 などと言って、頭の片隅に『ヤバいダンジョン』という認識がもっと具体的なものとして染みたはずだ。



「後から後悔しても意味は無い……と、マスターは言うでしょうが」



『ピア、頭痛で痛いになってるぞ』



『余裕ありそうだね、ピアさん』



「一杯いっぱいですよ、ふふ」



 ダンジョンモンスターを踏みつけ、ナイフを天井に刺して振り子のように前へ進む。とにかく立ち止まっている暇はない。



「はぁー……っ」



『ピア、ちゃんと休憩しろ』



「いえ、もう少し」



 せめて上層へ向かう階段を見つけてから――そう思って首を振ったのだが、思いの外厳しい声がケータイの向こうからかけられた。



『いいから、一息入れてくれ』



「……トーコさん」



 リャンは天井にナイフを突き刺し、糸でブランコのようなものを作ってそこに腰を下ろす。途端に自身の進行方向に壁が現れ、右方向からダンジョンモンスターがやってきた。



『皆、焦ってる。ピア、一番動いているお前に言うのもどうかと思うが……でも落ち着いて欲しい。急いで欲しいが、でも焦って欲しくないんだ』



 無茶を言う。

 ピアは一つ息を吐いて、糸の上で一休みする。身長やついている筋肉の割には軽い方だと自負しているが、それでもずっとブランコをしていたらいつか落ちるだろう。

 転移罠があるかないかは何となくわかるが、壁を自由自在に入れ替えられるダンジョンだ。足元の罠も場所を入れ替えられるかもしれない。

 五分、十分程度は休みたいのだが、そうもいかないだろう。飲み物を――以前、マスターとダンジョンに行った際に手に入れた、道具を入れられるカードから取り出して口に含む。



「ふぅ」



 再び道具を仕舞い、目の前の壁を破壊する。この壁はすぐに再生してしまうので、壁の向こうに抜けるにはある程度のスピードが必要だ。

 合流するまでは、適度に休憩を挟みつつ急ごう。



「種が割れてるダンジョンなんて恐るるに足らず、ですからね」



 油断しないように、と自戒しておいて、口では余裕ぶった言葉を吐く。

 己を鼓舞するには、色々しないといけないのだ。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





『トーコさん、方向はこっちで――見つけました!』



「おお!」



 そして三時間が経ったところで、ついピアが冬子と合流した。二人になれば、取り敢えず片方が寝ることも出来る。

 ホッと一息をついたところで、ピアが下層から上ってきた。大理石を踏むブーツの音が聞こえる。



「無事か、ピア」



「ええ、まあ何とか。途中で一息入れて無かったら終盤でヤバかったかもしれませんね」



 そう言って笑う彼女の顔には濃い疲労の色が見える。当然だ、彼女はおよそ三時間、ぶっ通しで走ってここまで追いついてきたんだ。

 あとは美沙たちと合流して――



『あ、冬子ちゃん? リューさんと一緒に今、一層降りたところ。もう少し降りる?』



 ――はい?



「ちょっ、美沙?」



『ヨホホ、二人いますし、美沙さんの力で床を凍らせてしまえば道中でも休憩出来るデスから、ちょっとずつ進んでたデス。羅針盤を使って方角と歩数だけマッピングしながらデス』



 ああ、なるほど。

 ピアが三時間かけて登ってきている間、美沙とリューさんは少しでも早く合流出来るように動いてくれていたのか。



『どうする? もっと降りようか』



「いや、ピアが動けるようになったら向かう。今はそこで待っていてくれ」



『ん、分かった。急いでねー……正直、眠い』



『ヨホホ、合流出来たらしっかり四交代で寝るべきでしょうデスね』



 時計を見れば、いつの間にか日付が変わっている。いつもなら寝ている時間だ、そりゃ辛くもなってくる。

 体力的に動けることと、眠気がやってくることはまた別の問題なのだ。



「分かった、そっちは休憩しておいてくれ。私たちも急ぐ。……ピアを三時間ほど休憩させてからな」



「い、いえトーコさん。一時間もいただければ十分です」



「ダメだ、どれだけ距離があるか分からないんだから。……一時間半、せめて休んでくれ。無理だと判断したらその場で休憩させるが」



「分かりました」



 言うが早いか、ピアはすうっと目を閉じた。外でもこうしてすぐに意識のオンオフが出来るのは羨ましい。

 京助もそうだが、スイッチを切り替えるように寝たり起きたり出来るのは凄いと思う。



『ヨホホ、キョースケさんは未だに外では殆ど寝てらっしゃらないデスからね』



『そういえば、塔で動いてた時も常に座って寝てたっけ。いつでも起きられるように神経を張りつめてた』



「神経を張りつめながら体を休める……なんて、異世界に来て数か月で出来るようになってたのか、あいつは。はっ!」



 冷静に考えて変だと思う。あいつは普通の高校生だったのだから。

 となると一つ考えられるのは……



「そもそも、外で寝られない体質なのかもな」



『あー、いたよね、修学旅行とかでどうしても寝れない子。氷どーん』



『シューガクリョコー?』



『あー……ねぇ冬子ちゃん、こっちの世界って学校無いの?』



 言われてみれば、学校という制度はあまり聞いた覚えがない。サリルさんがAG用の学校を開くのがどうとか。



『ヨホホ、就業のために訓練するところはあるデスが、そうデスね、貴族や一部の商人などは学校に行くデスよ。フレイムバレット!』



「あー……そうか、貴族学校とかあったのか。スコルパイダーインパクト!」



 ということは、京助が早々に貴族の養子とかになっていたら、学校編が始まっていたかもしれないということか。



『ああ、作品の根本がブレて本筋そっちのけで学園生活やっちゃって『これ何の小説だっけ』ってなりがちな学園編。なんだっけ、『鍋の勇者の成り上がり』だっけ』



「美沙、滅多なことを言うものじゃない。そもそも『そういう』なろう系小説は、学園編でだいたいエタる。ってかよくそれ知ってるな……」



 序盤は面白かったのに、学園編が始まってから途端に面白くなくなった挙句、三年間みっちりやって中弛みしたせいで、書籍化したのに二巻以降が出なかった小説……。



「学園編が終わってからプロ料理人編はまた面白かったのにな……てやっ!」



『でもアニメ化したら〇〇太郎って呼ばれて『止まるんじゃねえぞ』してたから、それで終わったのはある意味綺麗に終わって良かったんじゃない?』



「マジで滅多なことを言うんじゃない、美沙!」



『ヨホホ、よく分からないデスが……美しい思い出は確かに美しいままにしたくなりますデス。しかし、前に進まないと、時を進めないと見えない景色も確かにあるデスよ』



「いやそんな綺麗な話じゃないっていうか……」



『むしろ闇っていうか……アイシクルランス!』



『ヨホ?』



 流石に現代の知識が無いリューさんに説明しても、概念が理解出来ないだろうから断念する。

 なんて風に前の世界の悲しい出来事を思い出しながらダンジョンモンスターを切り捨てたり、今度出来るスイーツ屋さんの話をしながらダンジョンモンスターを消し飛ばしたりしていると、そろそろ一時間半が経とうとしていた。

 ふう、と一つ息を吐いてピアの肩に触れる。彼女はパチリと目を覚ますと、二度首を振った。



「大丈夫か、ピア」



「ええ。では一気に進みましょう」



 本当に、この切り替えの早さには恐れ入る。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「……キアラ、何時間寝てた?」



「三時間きっかりぢゃ。お主、もう少し休まなくてよいのかの?」



「キアラの方こそ。もう枝神じゃないんだから」



 大理石の階段の上、俺はキアラの膝枕から体を起こした。冷静に考えたら俺はなんで彼女の膝の上で寝ているんだろう。

 とはいえ……



(外じゃ、意識を消すことしか出来ないのに)



 外で熟睡できる奴はそうそういないだろう。特にこんなダンジョンの中で。だから大体はレム睡眠(だっけ?)ですぐに起きられるように周囲を警戒して神経を張り付けたまま意識を落とす。

 しかし……今、俺はキアラの膝の上で確実に寝ていた。脳も普段以上にスッキリしている。



「さっきの階層は地味に手ごわかったし、キアラは寝ときな」



「……そうぢゃな、では遠慮なく」



 俺の膝枕で寝息を立てだすキアラ。キアラってこうして黙ってると本当に美人なんだけどな……。



『カカカッ、ソリャマア絶世の美女って奴ダロォ』



「普段の言動が無きゃね……はぁ」



 俺はため息をついて、活力煙を咥える。



「ここまで約三十層。階層が上がる程に壁を消した後の敵の数が増えてる。……なんで?」



 そして上限が分からない。一体どこまで上がるのか。



「百くらいなら……あと七十?」



『ソノ間で見つけラレレバイインダガナァ』



 ヨハネスの言葉を聞いて、俺はグッと羅針盤を握りしめる。この階層へ降りてくるまで、彼女らの気配すらつかめていない。

 念のため、俺も魔力を探るのだが……ダメ。キアラでも無理なんだから然もありなんというところなんだが。



『カカカッ、コノ魔力が邪魔過ぎるナァ。コレのセイデ、オメーのケータイ? でも通話が出来ない、思念も飛ばせナイ』



「キアラの転移も出来ないからね」



 外に出る転移が封じられている。俺のところに転移出来たのは、俺の馬鹿げた魔力で周囲の魔力が一瞬バグったから、らしい。そんなのアリか。

 ただそのバグでも目印になれるだけ。外に出る転移の役には立たないんだそうだ。



「クソッ……」



 焦燥感が募る。手の指が冷たい、汗をどれだけ拭っても拭いきれない。でもここで体力を使い切るわけにはいかない。

 時計を見たら午前二時。もう皆とはぐれて六時間以上経っている。要救助者は七十二時間以内に救助しないといけないらしいが……それに照らすと、後は六十六時間。



『気を張り過ぎダゼェ、キョースケ。敵は多いが、弱ェ。オメーの嫁が後れを取る程ジャネェ。階段付近なら腰を下ろして休憩も出来るシナァ』



 階段付近というか、階段なら背後がいきなり変わることは(今のところ)無い。それ故に、ここであれば見る方向が三つになる。



「ふぅ……手が震える」



『カカカッ。気を鎮めトケェ。ドウセキアラが起きたら戦闘ダ』



「そうだね」



 周囲の気配に気をやりつつ、俺は活力煙の煙を吸い込む。

 落ち着いて、今すべきことを。

 皆を、助けないと。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「おはよー、冬子ちゃん」



「……おはよう」



 時計を見ると、きっかり六時間。疲れが完全に抜けたわけでは無いが、それでもだいぶ楽になった。

 時刻は午後十二時。このダンジョンから出たら昼夜逆転して大変なことになりそうだ。



(このダンジョンに入ってからおよそ二十六時間……か)



 一日と少し経過した。野宿等で一夜明かすことは今でもあるが、ダンジョン内で一日経つのは初めてだ。



『トーコさん、おはよーございますー。ふぁぁ……』



「おはよう、マリルさん。……なんか声が疲れてるな」



『まぁ、一徹してますからねー。あ、シェヘラ! この書類間違ってますよー!』



『ふぇぇぇぇ……あ、ホントだ。ありがとうございます、マリル先輩』



『ちょっとシェヘラ、受付交代よ。あとマリル、こっちの書類の数字間違えてるっぽくて、計算お願いしていい?』



『分かりましたー。あ、ごめんなさい。いったん切りますねー』



 ブチッ、と彼女との通信が途切れる。そういえば、マリルさんがギルドをクビになったのって、一度奴隷になったら主人に逆らえない、だから情報漏洩を防ぐ目的で……とかじゃなかっただろうか。

 まあ、フィアさんが叩き出していないのならいいのだろう。



「……じゃあ、進むか!」



「「「おー!」」」



 取りあえずそう言って立ち上がる。美沙が地面を凍らせてくれるのでその上を歩いていくと……確かに、転移罠が作動している様子は無い。



「これで後はダンジョンモンスターを倒しつつ、壁を破壊するだけだな。スコルパイダーインパクトォっ!」



 叫びながら、剣を振るう。黄色く発光した斬撃が通路を埋め尽くすダンジョンモンスターを消し飛ばしていく。



「冬子ちゃんのその技って便利だよねー。物凄い範囲攻撃だし」



 確かに、Sランク魔物の攻撃をそのまま発射しているようなものだ。弱いわけがない。なんなら、冬子の『飛斬撃』よりも手軽に火力を出せる。連射速度は遅いが。



「時間火力より瞬間火力を重視した攻撃って感じ? 冬子ちゃんの戦略に合ってない気がするけど」



「いや、これはありがたい。私の攻撃は殆ど下準備が必要だからな。たぶん『刀剣乱舞』を使って最大火力にした『昇龍煌刃』の方が威力自体は強いだろうが、こっちの方が手軽にいつでも火力を出せる」



 冬子の『職スキル』で要となるのが『断魔斬』と『刀剣乱舞』だ。特に一撃ごとに威力が上がっていくスキルである『刀剣乱舞』は、対魔物戦で非常に強力になる。

 実際、十回目に合わせて強力な一撃を放てるように調整した方が良いのだが、雑に使ってもダメージは加速する。ゲームとかなら『撃ち得』な強スキルだ。



「ヨホホ、そういう自身の火力を上げるスキルでも特に珍しい能力デスよね。あまり聞いたことが無いデス」



「そうなのか。言われてみれば確かに」



 天川も直接火力をあげる『職スキル』は持っていなかったような気がする。



「私もそういう気軽に使える必殺技が欲しいですね」



「ヨホホ、そうデスねぇ。一発で敵を倒せる魔法もあればよいのデスが」



 美沙は地面を凍らせながら、ドヤ顔を二人に向ける。



「ふふふ。私はあの京助君が本気にならないと打ち消せなかった魔法があるからね! 冬子ちゃんよりも火力が出るよ!」



「……あの魔法は捨て身の魔力だろう。安定して使えないと武器とは言えないぞ」



「うっ……で、でも私も『エターナルフォースブリザード』があるもん!」



 そう言って、壁を全て凍らせて破壊する美沙。凄いな、と思う反面、会話の流れで魔法を発動するのはやめて欲しい。

 見事に壁の向こうまで凍っており、どういう原理なのだろうと首を捻る。魔法というのはやはり分からないな。



「……今から、十二時間後を長期休息、三時間ごとを小休憩にするぞ」



「ここからは慎重に進むということですね」



 ピアの言葉にコクリと頷く。昨日の探索では合流を重視したために無理なペースで進んだが、ここからは死なない、無理しないことを優先すべきだろう。

 京助と合流するまでに死んでしまっては意味が無いからだ。



「そもそも、このダンジョンがどれほど深いのか分からないからな……」



「ここからは食料も計画的に食べないといけませんね」



 一か月分の食料類を持っている冬子と美沙だが、ピアやリューさんに分けることも考えたら単純計算で半分の二週間くらいしかもたないだろう。

 塔でも二週間籠っていたことはある。しかし……あの時と違い、人数が少ない。慎重にならねば。


「では、前に進むぞ。皆、覚悟は良いな?」



 全員が頷くのを確認して、前を塞ぐ壁を壊す。

 何があっても退かない、という覚悟を持って。
 
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