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第十一章 先へ、なう

270話 Sなう

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「で……京助が情報を集めろと言ったんだが」

 ぐるっと周囲を見回してみるが……全員、さっと目を逸らす。そりゃそうだ、京助が周囲に思いっきり『圧』を振りまいてから出て行ったのだから。

「まあ、マスターがマスターであることは全員分かっているでしょうからね」

「そうですねー。獣人族を含む美女を六人連れた、若い黒髪のAG。そんなのキョウ君しかいないでしょうしー?」

「ヨホホ……自分で言うのもどうかとは思うデスが、その全員が実力者。まあ関わりたくないデスよね」

 値踏みするような視線すらやって来ない。あるのは腫れ物に触るような、遠巻きな視線。関わったら厄介なことになるとそう信じているっていう感じだ。
 まあ、逆の立場なら冬子もそうする。

「なんであいつはあんな威嚇してから出て行ったかな……」

「あ奴もそろそろ『こいつらは俺のだ!』と周囲に言いたくなってきたんぢゃろう。男の子らしい独占欲ぢゃ。お主らはちゃんとそれを掌の上で転がさねばならんぞ」

「もー。京助君ったら……っ! 私は足の爪から髪の毛の一本まで全部京助君の物な・の・に」

 ここまではなりたくないなぁ。
 なんか目をハートにしてくねくねしている美沙を見ながら、冬子はそんなことを思う。
 素直に好意を表に出せる、という点では素晴らしいのかもしれないが。

「それを本人の前で言わんか」

「……言ったら真剣な顔で『美沙も、美沙の人生も――他の誰でも無い、君自身の物だ。誰かの所有物じゃないよ』って」

「あー……京助は言いそう」

 もちろん、それは京助の善意なのだと理解している。理解しているが同時に――

「俺はお前の人生に責任を持たない、って言われているのと同じですからね」

「私と……ピアさんは、既に物理的にキョウ君の物なのでー……出来れば責任をもって欲しいですけどねー」

 この世界は『職』がほとんど全てだが、それ故に仕事の向いてる向いてないは性別ではなく『職』によって分けられている。
 だから女一人で生きていくことが出来ないわけでも無いのだが――一緒に生活している以上、お互いに相手の人生に責任を持つべきだと思う。

「女の子は一度くらい無理矢理抱かれて『一生離さない。お前は俺の物だ……』とか言われたいものなのにねー」

「そんな少女漫画でしか許されない台詞を聞きたいのか、美沙は」

「冬子ちゃんだって京助君に壁ドンされたいでしょ!?」

 まあ、ちょっとは。

「ていうかそもそも……女の人って子ども産まなきゃいけませんからねー」

 自身のお腹をさするマリルさん。

「今はキアラさんの魔法で……まあ、そういうこと? は止めてますけどー、でも男の人と違って女の人って絶対に子ども産む時って無防備になるんでー……守って欲しいっていうかー……」

「獣人族でも、女性は子どもを産むために必須なので、優先的に守られていました。種族の繁栄のためには、男は一人で事足りますが……女はいればいるほど良いですからね」

 なんというか、こんなことを言うと怒られそうだが……明日、死ぬかもしれない世界では、男よりも女の方が貴重なのだ。それはつまり、子をなせるという意味で。
 よって、仕事や戦闘は男が率先してこなし、女は子どもを産む。それが――少なくとも、この世界においてはベストなのだ。
 冬子としては、思うところが無いわけでは無い。しかし異世界のリアルとして、それが現実にあるのだ。
 それが根底にある以上、殆どの仕事は男性のためにあると言ってもいい。そんな世界で、結婚もしない、戦いもしない――そんな女性に求められることなどは無いと言ってもいいだろう。

「極論ぢゃし、極端な話ぢゃがな。妾は女がガンガン戦って自立していけば良いと思っておる。しかしそれが難しいのが現実ぢゃ。種の繁栄、家の存続のためには男は女を頼らねばならん。であれば、男が女を守る環境を整えるべきぢゃ」

「結婚した時点で、女は男の物になるかもしれませんが――同時に男も女の物になるんですよねー」

「双方向性なんデスよね、本当は」

 あっはっは、と皆で笑い合う。……ゲスなガールズトークには入りづらいが、こういう話題なら何とかついていける。

「あ奴はどこまで行っても自分の価値感で物事を推し進めようとしてしまうからのぅ。とはいえ、最近は少し考えるようになってきた。もう少しぢゃろう」

「……ま、取り敢えずうちのリーダーの指示通り、情報収集しましょう」

 冬子はため息をついてから、改めて周囲を見る。関わりたく無さそうにしているが、きちんと報酬を渡せば喋ってくれるだろう。
 であれば、ベテランそうな相手が良いな――

「おっすー!」

 ――なんて考えながら様子を窺っていると、何やら陽気な男が入ってきた。三人組だが、皆それなりに実力がありそうだ。
 京助の威圧も受けていない、彼らならいいだろう。

「ちょっとあの人たちに聞いてくる。情報屋でも教えて貰えるかもしれないしな」

「じゃあ私はギルドの人たちに聞きますねー。たぶんキョウ君の名前を出せば情報くらい出してもらえるでしょうからー。んー、キョウ君がいないと怖いので、リューさん一緒にお願いしますー」

「ヨホホ、了解デス」

 リューさん、マリルさんペアが揃ってギルドのカウンターの方へ行こうと立ち上がったところで、冬子も動く。
 ……冬子が動いたせいで周囲の人たちが何やらざわついているが、まあもう気にしない方がいいだろう。

「あー、すまない。ちょっといいか? 私は『頂点超克のリベレイターズ』のトーコ・サノだ。ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 先ほどの三人組の一人、軽薄そうな金髪ロン毛に話しかける。彼はギルドのクエストボードから目を外し、こちらを向いた。その途端――ニヤッと下卑た笑みを浮かべた。

「なんだ? 俺に分かることなら何でも聞いてくれよ」

「そうか、助かる。この街にある『EXクラスダンジョン』について、知っていることは何か無いか? もちろん、知っている者を教えてくれるのでもいい。礼はちゃんとする」

 相場が分からないので、取り敢えず千円くらいかと思い大銀貨を二枚取り出す。しかしロン毛はそれを受け取らず、いきなり肩を組んできた。
 そしてニヤニヤと笑ったまま、顔を近づけてくる。

「いやいや、金なんかいらないからさ。遊ぼうぜ? 俺らと。ダンジョンもいいけど、もっと良いところ知ってんだ。だからさ――あぐごがっ!?」

 髪を掴み、強制的にイナバウアーさせる。足を払い、そのまま弧を描いて足を高く上げ、宙に浮いたロン毛のボディに踵落としを叩き込んだ。
 地面に叩きつけられ、のたうち回りながらうつ伏せになるロン毛。その尾てい骨辺りにストンプを入れようとしたが――ロン毛が回避しようと仰向けになった。

「むっ?」

 そのせいで狙いを誤り、ガンッ! と男性の急所に踵を叩き込んでしまう。

「んぎゃぁぁぁあああ!」

 ロン毛の叫びがギルドに響く。痛そうだな……とは思うが、ここで相手を気遣うのも失礼にあたるだろう。冬子はトドメを刺すためにさらに体重をかけた。

「んぁっ」

「……なんでそんな顔を赤くしてるんだ。変態か?」

 冬子が若干引きながらロン毛を睨むと、遠巻きに見ていた連中から「羨ましい……」「俺も踏まれたい……」「踏まれたいし挟まれたい……」とか聞こえてくる。何でこれが羨ましいんだ。
 咳払いして意識をリセットし、さらに踵に力を込める。

「……私はこの体を許すのは一人だけと決めているんだ。遊び相手を探しているんじゃない、AGとして情報を求めている」

 そしてその金髪の仲間――残りの二人に今度は視線をやる。金髪の坊主と、茶髪のカーリーヘアだ。髪型くらいしか個性が無いのはどうかした方が良いと思う。
 冬子はロン毛から足を外し、もう一度口を開く。

「言い方がマズかっただろうか。金銭で礼はする。だから『EXクラスダンジョン』について――っと」

 坊主が殴り掛かってきたので、その腕を躱してジャンピングニーを顎に入れる。プロレスでも見ないくらい綺麗に決まり、吹っ飛んでいく坊主。その様を見て、カーリーヘアは心底嫌そうな顔になってから両手をあげた。

「来ないのか?」

「ああ、オレは魔法師だからな。……もっぺん名乗れよ」

「AランクAG、トーコ・サノ。『頂点超克のリベレイターズ』のサブリーダーだ」

 冬子が名乗ると、カーリーヘアはひゅーっと口笛を吹く。

「聞いたことあるぜ。Sランカー、『流星』のハーレム。リーダーがSランクだからチームメイトも一緒に強く見られてるだけ――そう思ってたけど、なるほどな」

 苦笑するカーリーヘア。

「強いって噂はほんとだったのかよ」

「なんだ? 舐めてたのか?」

 むん! と腕を組んで睨んでみると、カーリーヘアは首を振ってからメモ帳を取り出した。

「ああ、正直な。……オレは『鬼の頭髪』のサブリーダー、カーリー・ブラウン。情報屋の場所を書いておくから、行ってみな。おっと、礼はいい。ただ……落とし前は後でキッチリつけさせてもらうぜ。うちのリーダーは強いぞ」

「そうか。情報提供、感謝する。……そしてそのリーダーにはいつでも来いと言っておけ。私は逃げも隠れもしない。このチームのサブリーダーとしてな」

 冬子にメモを渡して踵を返すカーリーヘアに、不敵な笑みを返すと……冬子の背後でロン毛がよろよろと立ち上がった。

「いや、礼を受け取るべきだカーリー!」

「何言ってんだよロン……お前、ボッコボコにやられてたじゃねえか……」

 呆れた声を出すカーリーヘア、もといカーリー。ロン毛もといロンは気合の入った目で冬子を睨みつけてきた。
 結構念入りにやっつけたはずだが――と冬子が身構えると、ロンは勢いよく一歩を踏み出し、そのままの速度で土下座の体勢に移った!

「礼を……! もう一回踏んでください!」

「誰が踏むか!」

「ありがとうございます!」

 冬子の蹴りが顔面に入り、吹っ飛んでいくロン。カーリーは転がっているロンと坊主頭の首根っこを掴むと、グイッと持ち上げた。

「おら! ロン、ボーズ! 帰るぞ!」

「もう一回踏まれたい!」

「後で娼館街にでも行きやがれ! なんならオレが踏んでやろうか!」

「嫌だ! オレは彼女のブーツで踏まれたいんだ!」

 ちゃんと意識を失うまでみねうちすべきだったか……。

「ああ! オレの女神! もう一度、もう一度あの快楽を~…………」

 ズルズルと二人の成人男性を引きずってギルドから出ていくカーリー。ドップラー効果を残しながら消えていくキモイのはスルーするとして、取り敢えず情報は手に入ったと言ってもいいだろう。
 冬子が皆の元に戻ると、美沙がビシッと冬子のことを指さしてきた。

「ねぇ冬子ちゃん。あんな好戦的なキャラだっけ」

「……いや、まあどっちかというと穏健派だと自負している」

「だよね。京助君が侮辱されたわけでも無いし。……なんで?」

 冬子はさっき貰ったメモをアイテムボックスに仕舞い、マリルさんたちを待つために席に着く。

「皆がどう思っているか分からないが……私は、京助とは常に張り合いたいと思っているんだ。……前の世界の面影を引きずっているだけと笑ってくれて構わないが」

 冬子にとって、京助はあの頃のままあまり変わっていない。
 いつも強がっていて、カッコつけていて、弱みを隠すのが強いことだと思っていて、不器用で。
 でも優しくって、絶対に一度決めたことは曲げなくて、何より皆を守るためであれば身体を張ることに微塵も躊躇いが無い。
 クラスメイトで、オタク仲間で、放課後一緒に帰る仲で――大好きな、男の子。

「だが、今の私は……あいつに届かない。このチームだって結局は『京助のチーム』としか見られていない」

 先ほどのカーリーの『キョースケのハーレム』という評価には非常に情けないと思った。
 何故なら、自分たちが不甲斐ないせいで京助はただキレイどころを集めていると思われているからだ。
 自分たちのせいで、京助の評価が下がる。それは、嫌だ。

「……だから、その、私は取りあえず『ちゃんとした副リーダー』をやろうと思ってな。キアラさんに京助が『リーダーとしての自覚を持て』と言われたばかりだろう?」

 頷く美沙。一週間前のキアラさんからの講義でそんなことを言われていた。

「であれば……チームとして動く以上、私も副リーダーとして体を張るべきだろう。チーム名を名乗った上で私たちが侮られれば、それはチームが侮られていると同義。それはダメだと思ったんだ」

 ああいう時、いつもは京助が体を張ってくれる。体面やプライドを守るためにちゃんと戦ってくれている。
 一方的に守られる存在じゃない――と示すためには、自分も体を張ることも必要だろう。
 だから、今はまずもっとAGとしての自分を磨く。AランクAGとして相応しいふるまいを身に着けるのが目標だ。

「だから叩きのめして、冬子ちゃんを女王様と認めさせた、と。……なるほど、冬子ちゃんはそういうタイプで京助君に迫るんだね」

「わ、私は女王様じゃない! そういうのはキアラさんの担当だ!」

「ですがトーコさん、先ほどから一部の男性の視線が……何と言うか、被虐の色に染まっていますよ」

 被虐の色ってなんだ被虐の色って。

「ほっほっほ。ああいう連中はの、踏みつける前にちゃんと焦らしてやらねばならんぞ? キョースケが望んだ時はちゃんと出来るように教えてやろうかのぅ」

「いりません! 私はどっちかというと、京助にはちょっと強気で責めてもらいたいですから! ……あっ」

 ちょっと顔を赤くして反論すると、再び周囲が何やらざわつきだす。

「ご主人様にだけMで、それ以外にはドSとかむしろ最高……」

「倒錯してんなお前……でも分かるわ……あのブーツがオレたちを惑わせる……」

「踏んでいただけないならせめて蔑んで欲しい……その上でご主人様にデレデレになっているところを見せつけられたい……」

 …………。

「ねぇ、冬子ちゃんってそんなドSな雰囲気纏ってるかな」

「いやあの金玉潰しぢゃろうな。アレでヒュンとなるかキュンとなるかぢゃ。その証拠に、絶対領域とブーツに視線が注がれておるからのぅ」

 ブーツを脱ぎたくなってきた。

「っていうか、冷静に分析しないでください! そもそもAGは変態が多すぎないか!?」

「おお! 変態と罵ってもらえた!」

「馬鹿お前! 俺が言ってもらったんだ!」

「おれに決まってるだろ!」

 もう嫌だこのギルド。

「マリルさんたちが戻ってきたら連絡ください! 私もう出てます!」

「まあ落ち着かんか。今なら情報収集しやすいぢゃろ? ほれ、あっちの方で頬を赤らめておる豚の方に行って命令すれば一発ぢゃ。『教えろ、豚』と言ってのぅ」

「情報収集、確かに情報屋さんの所に行けば確実かもしれないけど……『EXランクダンジョン』なんだし、どれだけ情報を集めても損は無いんじゃない?」

「というか、一つの情報だけでは偏りますからね。無論、ギルドの情報が最も精度が高いのですが……それでも生の声は大事です」

 三人の言うことはもっともかもしれない。
 絶対にやりたくない。しかし確かに情報収集は出来る……気がする……。
 あんなキモいのに近づきたくないという気持ちと、副リーダーとして頑張ると言った手前、やれることはやっておきたいという気持ちがせめぎ合う。
 ………………。

「うう……その代わり、皆もちゃんと色々聞いてこい!」

「妾はここでピアの主人風に振舞っておこう。ミサ、トーコ。頑張るんぢゃぞ」

「はーい。じゃあ私は冬子ちゃんにメロメロになってない人の所に行くねー」

 ててーっと走り去る美沙。冬子はイヤイヤながら立ち上がり、取り敢えずさっき騒いでいた男の方へ歩いていく。……キアラさんの言う通り、太り気味で豚みたいな……。

(流石に初対面の相手に豚とか言えるか!)

 心の中で叫び、歩いていくと……冬子の顔を見るかと思いきや、脚に視線が釘付けのままだった。
 それに何となくムカついたので、コツンとわざとブーツの踵で音を鳴らしてみる。するとその男は頬を赤らめて背筋を伸ばした。

「キモ……ああいや、あー、コホン。……ダンジョンについての情報を教えて欲しいんだが」

「えっ、あ……」

 それでも目線を足から離さない。流石に話しかけられておいて一切相手の目を見ないのは失礼だろう。
 冬子はムッとした感情のままその足でも踏んづけてやろうか……と思って足を上げかけて、止める。いくら何でもこちらに手を出してない相手を攻撃しちゃいけない――

「あっ……ふ、踏んでいただけないんですね……」

 ――ガンッ! グリッ!

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「いいから教えろ!」

「は、はい!」

 もう嫌だこのギルド!!
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