上 下
303 / 352
第十一章 先へ、なう

267話 ねむけなう

しおりを挟む
「あああああ~~~~~~……疲れた」

 と言うわけで、夜。
 俺たちはリビングでぐったりと溶け切っていた。

「キョウ君たち、だらしないですよー?」

「……いやあのまま十戦もやると思って無かったし」

 まさかのキアラが鬼コーチと化したせいで、大変な目にあった。いや付き合ってくれたマルキムたちには感謝しないといけないんだけどさ。

「マスター……肩でもおもみしましょうか……?」

「そんなボロボロの声で言われても……」

「あー……じゃあ、私がして欲しいです」

 俺はふらふらとリャンの背後に回り、彼女の肩をもむ。

「あああああああ……マスタぁー……」

「なんて声出してるのさ……」

 皆パジャマでぐだーっとしているのは、何となく部活の合宿のようだ。まあ合宿なんて行ったこと無いんだけどね。

「ピアさんだけずーるーいー。私もー」

「というかピアが京助に甘えるなんて珍しいな」

 比較的元気なのは美沙と冬子だ。あくまで比較的、であってやっぱり疲れているのは疲れているのだと思うけど。

「うう……私だけ一回も勝てませんでした……」

 ガックリと肩を落とすリャン。そういえば何度かチームをシャッフルしてたけど、リャンだけ勝ててなかったね。
 今回の戦いはあくまで自分の課題を見つけるもの(と、キアラが言っていた)だから、勝てなくても気にするところじゃないと思う。
 思うが、まあ悔しいよね。

「私はあの戦い、正直速すぎて見えなかったんですけどー。どうやったらアレに反応出来るんですかー?」

 マリルが頭にハテナを浮かべながらそんなことを問うてくる。どうやったらと言われても……

「見えてるからだよ」

「IQが3くらいしか無さそうな答えだな」

「セクシー担当大臣みたい」

「疲れてるから勘弁して……」

 何というか、説明するのも難しい。もちろん、実際に目で捉えているかと言われると怪しいと思う。前の世界の頃と比べたらやっぱり動体視力は上がってるけど、それだけが理由じゃないからね。

「でもやっぱり、予測とか勘とかも含めて『見えてる』って表現しかしようが無いからなぁ」

「はぁ……ピンとこないですけどー」

 志村に「弾丸なんて遅いもの見て躱せばいい」って言った時も似たようなこと言われたっけね。なんで見えるんだって。
 今ではあいつも経験と予測、そしてアイテムの補正で見えるようになっているらしいけど。

「ヨホホ……魔法師はともかく、前で戦う方々は信じられないスピードで動くデスからねぇ」

「私もたまに追えないことあるしね」

 シュリーと美沙が苦笑する。純粋魔法師と俺らじゃそりゃスピード感も違うしね。

「魔法師並みに魔法が使えるのに前衛も出来るお主が狂っておるんぢゃ」

「この中で一番ヤバい奴に狂ってるとか言われたんだけど……」

「あとトーコさんの剣から出るビームって何だったんですかー?」

「ああ、アレは私の剣を変えてから……」

 皆と和気あいあい話すマリルを見て、今日は仲間外れにならなくて良かったなーと感じる。やっぱり独りぼっちは寂しいもんな。
 テーブルに突っ伏し、ボーっと皆を眺める。あんまりにも疲れたからか、どうにも頭が回らないな。

(あー……ヤバい)

 うとうと、少しだけまどろむ。晩御飯はまだマリルが作ってる途中だし、これ部屋に帰ってちょっと横になってた方がいいかな。
 ホント、久々に疲れた。眠い頭を無理矢理動かし、俺は椅子から立ち上がる。

「じゃあキョウ君、それでいいですかー?」

「は? え? あ、うん。何が?」

 まさかのタイミングで話しかけられて、変な声を出してしまう。何にも話を聞いてなかったので慌てて問い返すと、彼女はコロコロと楽しそうに笑う。

「やですねー。ベガの温泉地に着いたら必要だから、今のうちに水着をオルランド伯爵に用意してもらわないとって話ですよー」

「……水着?」

 温泉地に行くのに何故水着。掲載の関係で絶対冬場になるよ? その水着回。
 一瞬、誰か別の人が乗り移った気はしたがそれはそれ。ちょっと眠くて電波を受け取っちゃったみたいだ。

「なんで温泉なのに水着なの?」

「温泉だから水着なんですよー?」

 …………?

「宇宙猫みたいになってるぞ京助。……何でもこっちの世界の温泉は混浴が標準、そして入る時は水着らしいんだ」

「えー……?」

「そもそも大浴場っていうか、大衆浴場っていう文化が無いみたいだよ。タイシュウヨクジョウって響きがなんかエッチだね」

「何言ってんの美沙?」

「ま、海外でも温泉はあるが……日本のそれと違って水着でレジャーって感じだっただろう。アレと同じ感じじゃないか?」

 世界全部の温泉を知っているわけじゃないが、昔ちょっとテレビで見たのはそんな感じだったね。

「言われてみれば、アンタレスに作ろうとしてる銭湯が大衆浴場第一歩みたいな感じらしいしね」

「魔法と水浴びで衛生面は何とかなるからのぅ。前も話したが、金がかかることも相まって風呂は貴族の遊びぢゃ」

 そういえば以前に、毎日湯を張ってるのはおかしいと言われたね。

「それにしても混浴で、水着か……」

「え? 何々? 京助君、私の水着が見たいって? んもー、言われなくても見せてあげるってば」

「いや」

 美沙の戯言をスルーし、俺は活力煙を咥える。チラッとマリルを見ると、彼女は窓際を指さした。ご飯作ってる最中に吸うのは良くないか。
 俺は窓際に行き、窓を開ける。窓に腰掛け、風を操って中に煙がはいらないようにすれば取りあえずOKだろう。

「ふぅ~……。だって、混浴ってことは俺以外のお客さんもいるわけじゃん?」

「ヨホホ、キョースケさんが貸し切りにしない限りはそうでしょうデスね」

「でしょ? ……他の男に、皆の水着姿を見せるなんて嫌じゃん? 他の男に皆の可愛い姿を見せたくない」

 活力煙の煙を吸い込み、吐き出す。窓の向こう、夜空に紫煙が溶けていく。ふわふわと伸びる煙は、今日は珍しく天井まで登っていく。
 ボーっとしている頭に煙がしみこむ。なのにいくら吸っても眠いのが抜けない。ちょっとした眠気ならこれで飛ばせるのに、今日は結構来ているらしい。

「そりゃ皆の水着が見れるのは嬉しいけど、他の奴らに見られるのは嫌。それなら俺も見なくていい」

 脳みその外側を使ってるような感覚、マジで一回寝た方がいいな。

「マリル、ご飯出来たら言ってー。旅館は貸し切りにしたいなぁ。どうせタローの紹介だし、ちょっとくらい我儘を言っても……って、皆?」

 俺が灰皿に灰を落とし、家の中に戻ると……何故か皆が黙り込んでいた。俺、何か変なことを言っただろうか。

「……京助って、自分で思ってる百倍くらい独占欲強めなんだよな」

「無自覚なんですかね。しっとりしてます」

「ヨホホ……何かこう、DV男がたまに見せる優しさにコロッと落ちる感覚ってこんな感じなんデスかね」

「あ、全然違いますよー。ああいう奴らってマジで全部こっちにおっかぶせてきますから―。家を支えて全員を養える甲斐性があって、仮に一方通行で不器用だとしても、相手のことを考えようとしてるキョウ君とは全く違うんでー。キョウ君は釣った魚に餌をたまにしかあげないタイプですー」

「滅茶苦茶早口になりますね、マリルさん。……まあそれはそれとして、他の奴に渡すもんか! お前は俺のだ! ってもう一回言って、京助君」

「お主ら全員、目が節穴かのぅ? 言うほどコロッと来る台詞ではないぞ?」

 何でか知らないけど、皆が微妙な表情で顔を赤くしている。というか俺って釣った魚に餌を上げないタイプと思われてるの?
 言われて、自分のセリフを思い返してみる。……ふむ、まあでも普通のことしか言ってない気がするんだけどな。
 他の男に皆の可愛い姿を見せたくない。当たり前のことだろう。

「何かよく分からないけど、俺は釣った魚には餌あげるよ」

「じゃあちゃんと餌ちょうだい! ほら早く!」

 何故か俺にタックルしてくる美沙。彼女の口に活力煙を突っ込んでみる。

「……あ、これさっき吸ってたやつ?」

「んなわけないでしょ。新しい奴だから安心して」

 俺はふわふわする思考のまま、リビングを後にする。
 あー、眠い。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「お主ら……今のはチャンスぢゃったぢゃろう?」

 京助が欠伸をしながら上の階に行ったのを見届けて、ポツリとキアラさんが呟く。全員それを受けて、ちょっとだけ気まずそうに笑った。

「私はアピールしました!」

「お主はやり方がマズすぎて冗談としか思われておらん」

 バッサリいかれる美沙。彼女がよよよ……と泣いているのをしり目に、冬子はヒョイと手をあげる。

「いや、今のは不意打ち過ぎて……」

「さっきも言ったがキュンと来るほどの内容ではないぞ」

「……こう、明確に好意と独占欲を出されたのは初めてですし」

 京助がこっちのことをどう思っているのか、あまり口にしない。そんな彼が言ってくれたのだから、驚いても仕方が無いだろう。

「ま、これで分かったぢゃろう。妾が何度も言っておる通り、あ奴を落とすなんて赤子の手を捻るより簡単ぢゃろう? キョースケが他の女になびくと妾が困るんぢゃ。それはお主らにも前々から言っておるぢゃろう?」

 うっ、と全員が言葉を詰まらせる。
 確かに前々から言われている。ここにいる女性陣は、一応キアラさんの面接を突破してここにいることを許されているらしい。
 記憶に新しい女性で言えばパイン。アレは変則的だが、京助に救われた女性であると考えてもいいだろう。
 結局フラグは建たなかったが――仮に建っていたとしたら、キアラさんはへし折るつもりだったらしい。
 神様らしい傲慢さが抜けないというか、一周回ってモンペというか。

(ハニートラップが入る余地を消す、か)

 キアラさん曰く。男は良い女と悪い女に逆らえない。
 だから、良い女で周囲を埋める。それが一番だ、と。
 冬子たちはキアラさんに言われたから京助の側にいることを決めたわけじゃないし、彼から離れる日が来たら(来るとは思えないが)それはきっと自分の意思だ。
 ……と、まあ色々言いたいところが無いわけではないが、それでこの心地いい空気が保たれるならそれはそれでいいだろう。

「っていうか、今さらですけど、なんでキアラさんが京助君と付き合う相手を決めるんですか?」

「む? なんぢゃ、知らんかったのか? このハーレムは妾のハーレムでもあるんぢゃぞ? 良い男と良い女に囲まれる……これ以上ない幸せぢゃろ?」

「キアラさんのハーレムだったのここ!?」

 目が飛び出そうなほど驚く美沙。そういえば似たようなこと、前にも言ってたな。

「後はまあ、魔法や能力に頼らぬ洗脳なども防がんといかんからのぅ……あの神器を持たせている以上」

 何やら意味深に呟くキアラさん。本当に意味があるのかは知らないが。

「ただハニートラップ防げって言いますけどー、私たちが出来ることって少ないと思いますよー?」

「気持ちを伝えたけど、恋心が分からないとフラれた人がここにいますし?」

 そう言ってまたわざとらしく泣き出す美沙。とはいえ彼女の言う通り。

「でも……少しずつ、恋心を教えるしかないと思っていましたが、あの様子ならもっと早いのでは?」

「ヨホホ、もうワタシたちは受け入れられる前提で話してるの、ちょっと面白いデスけど」

 リューさんが苦笑する。正直、冬子も似たような気分だ。

「あ奴がお主らの悲しむ顔を見たいはずが無かろう。ま、それは今度の話にした方が良いぢゃろうな。……そういえば、鎧はどうぢゃったんぢゃ?」

 ちょっと強引に話を変えるキアラさん。ごろん、とソファに寝っ転がる姿はまるで猫のようだ。

「問題無かったです。少し普段の鎧よりは機動力が落ちた気がしますけど」

「私は若干動きづらかったんでもう少し調整してもらいます。セパレートタイプだからか、ちょっと勝手が違うんですよね」

 他の皆も概ね問題無いようで、こくんと頷いている。取りあえずそこが確認出来れば今日の目的は果たしたと言えるだろう。
 冬子たちがワイワイ話している間に、マリルさんがご飯を作り終えていた。今日は鍋のようだ。

「暑くなっていきますからねー。最後ですよー、これが食べられるのはー」

「別に私の魔法で部屋をちょっと冷やせば美味しく食べられると思うんですけどね」

「……ミサさんは無粋ですねー。ブスイですよ、ブスイ」

「だ、誰がブスですか!」

 何故かムキーッと反論する美沙。そろそろ京助も起きてくる頃だろう。
 何というか、こういうのんびりとした空気は良いな。
 そんなことを思いながら、冬子は皆と一緒に皿を並べるのであった。



 ……ちなみに、顔を真っ赤にして『さっきのは、何かその、無し』と情けないことを言う京助が部屋に入ってきたのはその五分後のことだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「おう、タロー。こっちだこっち」

「お呼びいただき光栄だが、珍しいな」

 遡ること一週間。京助たちの鍛錬に付き合わされた日、その夜。マルキムはアルとタローと一緒に酒を飲んでいた。

「ただ、私は明日があるので……少し早くお暇させていただくよ」

「かまへんで。わしも明日は仕事やしな」

「オレは休みだ。久しぶりにちょいとアンタレスをまた離れようと思ってるぞ」

 取りあえずエールを頼み、三人で乾杯する。

「それで? 私を呼んだんだ。何も用事が無いということはあるまい」

「いや、マジでただ飲もうってだけだぜ」

「そうそう。最近は結構話すことも増えたしな。一回酒の付き合いってのをやっといてもええやろってこっちゃ」

 わっはっは、とマルキムとアルで笑い合う。タローも別に嫌じゃないのか、グーッとエールを飲み干した。

「ぷはっ。それならそれで楽しませていただこう。おかわりを頼めるかな、美しいお嬢さん?」

 息を吐くように店員をナンパするタロー。相変わらず手の早い男だ。

「ちょっと前にキョースケんところの嬢ちゃんにも言われただろ。精を吐き過ぎだってな」

「こればっかりは性分でね。奥方のいるミスターアルリーフはまだしも、ミスターマルキムのように浮いた噂が一切ないAGの方が珍しいだろう」

 そう言って少し探るような目を向けられるが、マルキムはぐいっと酒を飲んでその視線を躱した。

「んなこと言ってもよ。オレはオメーやキョースケみてぇにモテるわけじゃねえからな。剃る前は結構モテたもんだが」

「ハゲたらそらモテへんようなるやろ」

「だからオレはハゲてねぇ! 剃ってるんだ!」

 ぴしゃっと自分の頭を叩くアルの手を振り払い、タローを見る。

「オレはいいんだよ。オメーこそ、身を固めたりしねぇのか」

「私は全ての女性を愛しているのでね」

「プレイボーイやなぁ。そのうち刺されるで」

 既に二ケタ単位で刺されていそうだが。タローも少し意味深な笑みを浮かべている辺り、もしかすると本当に刺されたことがあるのかもしれない。

「しかし今日のアレには参った」

 タローはため息をついてから、届いた煮物にフォークをつける。一口サイズにトポロイモンを切って、口に運ぶ。相変わらず育ちのいい男だ。

「最後はキョースケのチームVSわしら三人やったからなぁ」

「ミスター京助が一切手を抜かないのはどういう了見なのか」

「最初の一戦目はともかく、途中からオレらもマジでやってたからそこはしょうがねぇ」

 むしろキョースケ以外、トーコ、リュー、ピア、ミサの四人がついてきたことが驚きだ。

「ええチームになるやろうなぁ」

「だな」

「はーい、生三つ! 大ジョッキです!」

 ガシャン! と景気よく置かれたジョッキを持ち、再び乾杯する。こういう酒は思いっきりジョッキをぶち当てて乾杯するのがいいものだ。

「しっかしタロー。お前も飲めるようになったもんやな。昔は一杯でへべれけやったんに」

「何年前の話をしているんだ、ミスターアルリーフ。もうアレから……七年、そうか七年か。私がSランクAGになって」

 タローが指折り数えて、少し感慨深げに笑う。なるほど、あの若造がSランカーになってもう七年――おじさんになるはずだ、とマルキムは違う理由で笑ってしまう。

「お前も後輩が出来るなんてな、ホント」

「私も驚いている。まさかこんなに若い後輩が出来るとは」

「あと二十年は記録更新されへんって言われとったんにな」

 わっはっは、と皆で笑い合う。歳を重ねれば強くなれるものでもないが、歳を重ねねば得られない経験というものはある。
 そしてSランカーというのはその経験に裏打ちされて実力者とみなされるのだ。
 それから三人で近況報告、そして思い出話に花を咲かせた。一時間も経った頃だろうか、タローがチラッと外を見た。そろそろ時間だろうか。

「そういやタロー。お前、そろそろウルティマにまた会いに行ったらどうや? 寂しがっとるやろ」

「アレが寂しがるとは到底思えないが……ただそうだな。たまに顔くらい見せた方がいいかもしれんな」

 SランクAG、ウルティマ・トラーマン。マルキムは数度しか会ったことは無いが、いずれ彼女ともキョースケは会うのだろう。
 どんどん世界を広げていくキョースケは、どんどん自分の知る彼とは違う者になっていくのだろう。
 それが寂しくもあり、誇らしくもあるのは……何だろうか、この気持ちは。

「さて、すまないな。明日の朝が早いんだ。また誘ってくれ」

 夜はまだまだこれから、というタイミングだが――タローは申し訳なさそうに席を立った。

「おう、ほんならなー」

 ひらひらと手を振るアルを見ながら、マルキムはぐいっとジョッキを呷る。

「……あー、アストラ」

 ポツリと、そう呟く。

「懐かしい名前やな、レオ」

 アルもまた、マルキムの昔の名を呼んだ。

「アルリーフ・ストラ・エクスハフ。略してアストラって、何で定着してもうたんやろな。レオンハルトをレオに変えるんは分かりやすいんやけど」

 あっはっは、と大声で笑うアル。まだ何となく獣人族との交流が抜けきれなかったマルキムが、それっぽく着けてしまったのだ。

「オメーの弟……虎口流の五代目はどうしてる」

「わしと違って師匠から貰ったカトラの名前で頑張っとるで」

 武道家の習わしで、免許皆伝と同時に武名を貰う。明確にルールが決まっているわけではないが、少なくともアルのところは虎口流にならってトラの文字が入るようにしてあるらしい。

「オレはSランクに戻るつもりはねぇ」

「言うてたな」

「……オメーもそうだろう?」

「そやなぁ。わしにも嫁さんも娘もおるしなぁ」

 あーん、とつまみを食べるアル。しかしその目が若干笑っていない。

「今日、何割出せた」

「全盛期の七割ってところやな」

 マルキムもそんなものだ。お互い、本気の装備じゃないことを差し置いても九割には届くまい。
 そこで、二人で視線をぶつけ合う。アホらしいことだと自覚しているが、お互い腕っぷしだけでここまで生きてきた人間同士だ。考えることは同じらしい。

「あれだけ舐められたらなぁ……」

「せやな」

 相手が自分より強かろうが、弱かろうが。
 鍛え方が足りないなど――言わせて捨て置けるわけがない。
 自分が、最強なのだから。

「わしらも歳のはずなんやがな」

「こればっかりは性分だろ」

「弟呼ぶわ。万が一のことがあってもあいつがおれば何とかなるやろ」

「後任はどーすんだよ」

「わしが両立出来んとでも思っとるんか?」

 それもそうだ。
 遠征に行かねば身体が鈍る一方だろうが、それはどうにかするのだろう。

「あー、くそ。なんやろなぁ、せっかくこう……熱いモンを消しとったのになぁ」

「覇王の件だってある。魔族の件だってある。……隠居してらんなくなっちまったな」

 二人でガツンとジョッキをぶつける。
 いつからだろうか、酒の席じゃないと……お互いの本音を引き出せなくなったのは。
 でもまあ、それもいいだろう。
 鍛え直して、再出発。
 こんな言葉こそ。いつぶりだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

処理中です...