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第十一章 先へ、なう
259話 我慢なう
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日は沈んでしまった。薪に火を点け、焚火をする。
「一人じゃ勝てない敵が出て来た時、今のままじゃ確実に死ぬ」
その時――彼にとってのマルキムやアルリーフが来てくれるためには……。
取りあえず、我慢しないことと自由の違いを俺なりに説明させてもらおうか。
「というわけで、今から三人の男の話をしてあげよう。誰も彼も、我慢せずに自分の好きなようにしたAGだ」
やや唐突に話し始めたからか、ちょっとキョトンとした顔になるイーピン。
「一人は、DランクAGだった。ベテランって程でも無いが、それなりの年月AGをしていた。素行は悪いが舎弟もいて……気に入らないことにはすぐ噛みついていた」
ある意味、俺が初めて出会ったAG。
「ある日、舐めた男がギルドに入ってきた。優男で、強そうにも見えない。AGとしての仕事を舐めているとしか思えない、へらへらとしまりの無い顔をした若い男だ」
「はぁ……」
「ムカついた、我慢できなかった。AGが――ひいては自分たちが舐められてると思った。だからその男は、優男に噛みついた」
安い挑発だった。
「彼は残念なことに、優男に返り討ちにあってしまってね。……その晩、優男を三人のAGで取り囲んだんだ。武器を構えて、襲い掛かった」
「それで……どうなったんですか?」
イーピンが少し話に食いついてきてくれた。なので、俺はフッと……少しだけ笑みを浮かべた、つもりだ。
「死んだよ。槍に貫かれて、首を飛ばされて」
ギュッと拳を握る。あの時の感触は、俺の手には残っていない。
「じゃあその優男って……」
「殺すつもりがあったのか、無かったのか……今となっては分からない。ただ、彼は死んだ。『我慢出来ない』その一念で起こした行動の結果、殺されてしまった」
あの時、俺にもっと社交性があれば。
俺にもっと強さがあれば。
もしかしたら、彼は死んでなかったのかもしれない。
でも、結果として――俺は彼を殺した。殆ど反射的に。
「…………」
絶句しているイーピン。俺は活力煙を咥えて、火をつけた。
「次の男は……元AランクAG。SランクAGの弟子で本人の実力も十分高かった」
そして本人は、Sランクにも負けないという確固たる自信を持っていた。
「彼は自分の力を認めないAGの世界に嫌気がさして、裏の世界へ降りて行った」
イーピンも貴族だ。裏と聞けばすぐにピンとくるだろう。
「裏は合ってたみたいでね。相当好き放題したようだよ。女も、金も、全て自由に手に入ったことだろう。……ある時、一人のAGが襲撃してくるまでは」
「何故、襲撃されたんですか……?」
「雇い主がちょっとそのAGと揉めてね。本拠地防衛を任されてたせいで、そのAGと対峙することになったんだ」
イーピンは……何かを察したような顔で、恐る恐る問うてくる。
「どう、なったんですか?」
「自害したよ。そのAGに負けてね」
「……ちなみに、その仕えていたところというのは……」
「アクドーイ商会。……最後は笑いながら舌を噛んだよ。この世界に満足した、って感じにね。ある意味では男らしく――ある意味では潔く」
決して憧れないが、蔑むことも出来ない。尊敬とも違う……一目置く、というのが正しい表現だろうか。
イーピンはジッと俺の話を聞いている。本当に昨日の様子が嘘のようだ。
「最後の男は……昔の獣人族との小競り合い? にも出ていた実力者。彼はとある事情から獣人族を憎みに憎んでいてね。我慢できず、恩人から預かった子どもを置き去りにして戦いに明け暮れていたんだ。そしてある日、恩人の息子が奴隷商人に攫われた」
奴隷商人に――というところでイーピンが何かを悟ったような顔になる。まあ、この話の流れなら分かっちゃうかな。
「その日から、彼は恩人の娘だけは何が何でも守ろうとして必死に活動した。ただ、気まずくて恩人の娘の前には一度も現れなかったようだけど。……そしてある日、とあるAGによって恩人の息子さんが助け出され……間接的に、恩人の娘さんも救われた」
とあるAG、っていうところで俺の顔を見るイーピン。はい、君の思う通りだよ。
俺は空を見上げながら、活力煙の煙を吐き出す。
「その男は、今も元気に活動してるよ。誰かは言えないけどね」
マルキムは自分の過去を語りたがらない。特定できるようなことを言うべきでは無いだろう。
俺はそこまで話してから、焚火に薪を投げ入れる。
「今言った三人に共通するのは……『我慢できなかった』ことだ。そして一人一人違うものは『何を守ろうとしたか』だ」
「何を守ろうとしたか?」
頷く。
「一人目は、何も守ろうとしていなかった。ただ、我慢出来ないものに対して反発していただけだった。二人目は、自分のプライドを守ろうとしていた。だから、最後は笑っていたが、命は失った。三人目は……恩人の子どもたちの命を守ろうとしていた。だから今も生きている」
守るべきもの。それがあるか無いかで、どう活動すべきかはだいぶ変わってくるだろう。
「守るべきものが無い奴は、何も考えないから常に捨て身だ。ある意味では、強く見えるかもしれない。でもそういう奴から死んでいくのがこの世界だ」
守る物が無かった奴は、誰からも守られず、自分を守ることも出来ず死んでいった。
自分のプライドに固執し、守ろうとした奴は……それだけを抱えて地獄へ旅立つことになった。
他者を守ろうとした人間だけが、味方がいた。だから、自分も守ってもらえた。だから、長生き出来ている。
守る物の違いとはこういうことだ。
「一人目になるか、二人目になるか、三人目になるか。……それとも誰でも無い、四人目になるか」
謡うようにそう呟くと、イーピンは少しブスッとして膝に顔をうずめた。
「ボクに、守りたい人なんていません」
「自分の命を守ればいい。……もしも自分の命よりもプライドや、我慢しないことが大切ならばそちらを守ればいいと思う」
俺は活力煙を咥えて、火をつける。
「そもそも、だ。……勝負ってのは最後まで立っていた奴の方が強いんだ。強い奴が死なないんじゃない。最後まで生きてる奴が一番強いんだ」
どれだけ嫌な奴でも、腹が立つ奴でも――無敵な奴でも。いつか死ぬ。
「自分のことをコケにした奴の墓に行って、墓石を蹴っ飛ばした奴の勝ちだ。強いAGになりたいなら、生き残れ。生き残るためには、人と争うことを減らせ。実はね、喧嘩が弱くても案外相手に言うこと聞かせられるし……我慢する回数も減らせるんだよ?」
「え……そ、そうなんですか?」
俺はこくんと頷く。
「例えば俺は、チームメイトから言われたことなら多少理不尽でも許せるし、我慢できる。俺の方が強かろうがどうだろうが関係なくね」
チームメイトの顔を思い浮かべながら、笑う。
「……何故、ですか?」
「彼女らのことが大切だから。失いたくないし、傍にいて欲しいと思ってる。だから、嫌われたくないんだ」
自分で言ってて異様に恥ずかしくなってきたけど、顔を二度ピシャリと叩いてから言い切る。
「心から信頼している相手から言われたことは自分にとって少し我慢を要することでも、苦にならないものさ。フィアさんのお弁当にトーマイトが入っていても、サリルは全部食べるでしょ?」
イーピンに好きな人がいるかは分からないが。
「……ボクには、難しいです」
「そうでもない。まずは肩の力を抜いて、『白い尾翼』の皆と一緒にご飯でも食べながら、話をしなよ。彼らと仲良くなって、彼らのことが信頼できるようになったら指示も嫌じゃなくなってくるさ」
話があっちこっちにいったけど、何とか当初の予定通りの場所に着地出来た。ホッと一息を付いて、活力煙の煙を吸い込む。
(話が下手過だなぁ、俺)
自分に苦笑いしつつ、まとめに入る。
「我慢を強いられるのは嫌かもしれないけど、それに反射的に反発しつづけたらいずれ破滅がやってくる。強いのは最後まで生き残った奴。だから、死なないためにはある程度堪えることも大切だ」
そして、と言葉を切る。
「我慢がどうしても嫌なら、相手と信頼関係を築くこと。そうすれば、理不尽だと思うことも減るよ」
俺が話を何とかまとめに入ると、イーピンは少しだけ首をかしげてから……ニコッと笑った。
「正直、あんまりピンときません。……ですが、死なない方がいいってことと、そのためには周囲と協力したほうがいいということは分かりました」
まあ、それが分かれば上々か。
「キョースケさん。……ボクは、キョースケさんのように強くなれるでしょうか」
少し寂しそうな眼で、そう問うてくるイーピン。当然、それにイエスと答えるのは簡単だけど……。俺の強さの根幹は、ちょっと特殊だからな。
以前のように「出会いこそが人を強くする」と言ってもいいんだけど、イーピンに必要な言葉は別な気がする。
気休めじゃ無くて、現実的で具体的な言葉が聞きたいんじゃなかろうか。
「少なくとも、今のままじゃ無理だね。……俺はこれでも、強くなるために色んな人に頭を下げたよ。確かに元々持っているモノに違いはあると思うけど、俺は一人で強くなれたわけじゃない。何人にも導かれてこの力を手に入れた」
シュリー、キアラ、マルキム、シュンリンさん、タローといった俺より強い人から教わったことだけじゃなく、出会った人全てから色んなことを吸収してきたつもりだ。
「一人で強くなろうとしている奴に、俺は絶対に負けない。……だから、イーピンが俺より強くなりたいんだったら、俺の倍以上の人から全てを吸収するくらいじゃないと無理なんじゃないかな」
……結局、「出会いこそが人を強くする」になっちゃったな。
自分の話の下手さにプチ凹みしつつ、イーピンの顔を見る。
「……ボクはやっぱり我慢したくありません。でもそれは、辛いことを強いられるのが嫌だっただけなのかもしれません」
イーピンはそう言うと、立ち上がって剣を抜いた。
「キョースケさん。……是非、ボクと手合わせしていただけませんか? 全力だと、ボクは何も見えずに倒されちゃうと思うので、存分に手を抜いて!」
無茶苦茶いい笑顔でそんなことを言うイーピン。
「……なかなか厚かましいね。でも嫌いじゃないよそういうの」
俺も笑顔を返す。槍を構え、くいッと手招きした。
「おいで、滅多に無いよ? Sランカーに手合わせしてもらえるなんてさ」
「はい!」
イーピンは剣を振り上げ、思いっきり振り抜いてくる。軌道が完全に殺す気だね……この辺ももうちょっと教えた方がいいかな?
(一皮むけたかな)
俺はいい笑顔を見せるイーピンを見ながら、そう思う。
(ご祝儀はこれでいいよね)
「たぁっ!」
イーピンの剣をいなし、石突きで顎を軽く叩く。脳を揺らされて転ぶイーピンは、根性を見せて立ち上がってきた。
「もう一本お願いします!」
「いいよ」
そのまま、イーピンと俺の手合わせは……薪が燃え尽きるまで続いた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
サリルとフィアさんは、めでたく結婚が決まったらしい。式を挙げるのは(資金の問題もあって)当分先のようだが……取りあえず、収まるところに収まったって感じだ。
「なぁ、キョースケよ。今日は流石に割り勘だよな」
そして俺は今日、サリルに鍋の美味しいお店――『鳥の踊り』に連れてきてもらっていた。
「ギルドのマドンナを射止めたラッキーAGが払ってくれるものじゃないの?」
笑いながらそう言うと、サリルは苦笑いを見せた。
「ギルドのマドンナなぁ……あいつ俺と同い年だから今年で三十七だぞ」
「あー、フィアさんに言いつけてやろ。サリルが年齢をあちこちで言って回ってるって」
「言って回ってはねえだろ!」
「エール二つ、お待たせしましたー」
ドン! ドン! と俺の顔くらいあるジョッキが二つ置かれる。このお店は鍋が美味しいのは勿論のこと、お酒の量がとにかく多いことで有名らしい。
サリルはがしっ! とそれを掴むので、俺も同じようにジョッキを掴んだ。
そして……
「「乾杯!」」
がつん! と木製のジョッキをぶち当て……ごっごっごっご……と、ジョッキの中身を飲み干した。
「ぷはぁー! くぅーっ、この一杯のために仕事してるなぁ! もう一杯!」
「ぷはぁ! あー、ヤバいヤバい目が回る」
「がっはっは。良い飲みっぷりだ!」
世界が回る回る。
俺は二杯目を頼み、ビールのジョッキに水を注いで飲み干す。
「魔法で水出すなよ……」
ああ、そういえば普通に頼めばよかった。
水を頼んでから、ふぅと一つ息を吐く。
「イーピンはどう?」
場も温まってきたところでそう問うてみると、サリルはピタッと止まってから笑みを浮かべる。
「なぁ、キョースケ。……Bランク魔物とか、Aランク魔物みたいにな化け物を片手で倒すってどんな感じだ? 強いってのは……どういう感じなんだ?」
こちらに目をあわせず、ジョッキをグイッと傾けるサリル。
「酔ってる?」
「おう」
……なるほど。
俺は少しだけ頷いてから、追加で来た酒をグイッと飲み干す。俺も、酔ってる。
「どんどん、俺の前に立ってる奴がいなくなっていく。地に伏せるか、俺の後ろにいるか。そんな感じ」
酔ってるから、言語化出来ない。
でも、サリルはそれで充分だったらしい。豪快に笑うと、もう一杯酒を頼んだ。
「がっはっは。……なぁ、キョースケよ。俺は今年で三十七。特別な才能が無い限りは……いわゆるロートル、引退するのが先か死ぬのが先か――そんな年齢だ」
サリルは年齢の割には動ける……というか、まだまだ現役って感じだ。
でもやはり、若い頃の彼には……理想の彼には程遠いのだろう。目に宿る悲しみからそれが見て取れる。
「フィアを未亡人にするわけにゃいかねえからな。あと、三年もしたら、俺は正式に『白い尾翼』を引退する」
確固たる決意を感じる言葉。そのセリフを聞いて、俺は少しだけ目を見開く。
しかし、何も言わない。
早い、とは言わない。
まだやれるんじゃない? とも言わない。
彼の決断に口を挟めるような、間柄じゃない。いや、男の決断に口を挟めるのは――その男を世界で一番信頼している女と、世界で一番理解している男しか言っちゃいけないと思っている。
だから、何も言わない。言わないで、彼の言葉の続きを待つ。
「そして次のリーダーに指名するのは……たぶん、イーピンだ。その頃にゃあケヴィンも辞めてるだろうしな。あいつは嫁も息子もいるし」
豪快に笑うサリル。それにしても、次のリーダーはイーピンか。
「随分、買ってるね」
「おう。……まあなんだ、あいつの才能はピカイチだ。磨けば光る」
最初の頃とは評価が一変している。
その事実が少しおかしくて、つい笑ってしまう。
「掌返し過ぎか?」
「いいや? 俺も……拙いながら頑張った甲斐があるってものさ」
サリルはニヤッと笑うと、拳を突き出してきた。
「俺は……恐らく、このランクが最大だ。人生を賭けて歩んだ結果は、Cランクだ。……おい、何でそんな顔するんだよ。悲しい話じゃねえよ、むしろ俺はオメーに喧嘩を売りに来たんだ」
サリルが拳をほどくと、その中には彼が愛用している葉巻が。普段は吸わないけど、今日ばかりはそれを受け取って火をつけた。
サリルも同じように火をつけ、煙が天井の換気扇に吸い込まれて行く。
「……喧嘩?」
「おう。オメーは色んな奴から受け取ってるだろ。色んなもんを。だから俺からは絶対に渡さねえ。俺のコレはイーピンと、ガリアと、キルスと……この後入ってくる、後輩たちに渡す」
サリルは自分の斧をこんこんと叩く。そこに描いてあるのは……黒い鳥の尾羽。意識してみたことは無かったけど、綺麗な意匠だ。彼の趣味に合わないような。
俺の視線の意味に気づいたか、少しだけ得意げに笑うサリル。
「こいつは先代から受け継いだモンだ。名前は変わってるけどな、このマークだけは受け継いでんだ。……だからこの旗印は、俺の後輩たちに渡す」
旗印を、渡す。
「俺はCランクで終わりかもしれねえ。でもな、俺が育てた後輩たちはきっともっと強くなる。そんでそいつらは、やっぱりもっと強いAGを育てる。見てろよ、キョースケ。オメーが俺と同い年になった時……前に立ってるのはなぁ、俺の後輩だ!」
獰猛な笑みで。
お前を食ってやるとでも言いたげな、そんな顔で。
サリルは、吠えた。
「オメーとイーピンの顛末を聞いて、俺も目が覚めたよ。フィアの旦那が……あんな美人の旦那が、ただのCランクAGで終わっていいはずがねぇ。そうだろ? だからよ、俺の後輩たちがお前を越えんだよ。なぁ、アンタレスの支配者!」
「……イーピン一人、御せなかったくせに」
憎まれ口を叩くと、サリルは余裕な表情で頷いた。
「おう。だからこっから俺も再出発だ。……ギルドに教官を導入しようって流れがあってな。俺は引退したらそっちの方向に進むつもりだ」
「へ?」
そんな制度あっただろうか。
「教導があるから、今までは必要無かったみたいなんだがな。魔物が強くなってるってのを重く受け止めて、『技術の教え合い』から一歩進んで、必要なスキルを学べるAG学校みたいなのを作る予定があるらしいんだ。俺はそれの第一陣に応募するつもりだ」
「へぇ……」
「だからこの三年以内にイーピンたちを育て上げて、そしてそこから先はどんどん育成していくつもりだ」
葉巻の煙を吐き出し、もう何杯目か分からない酒を思いっきり呷るサリル。
「ま、オメーがアンタレスにいる限りは俺もいるからな。別れでも何でもねえけど、決意表明っつーか……はっはっは、酔い過ぎか」
「俺も酔ったよ」
サリルにジョッキを突き出す。
彼はにやりと笑うと、勢いよくぶつけてきた。がしゃん! と大きな音が鳴って、エールが跳ねる。
そのまま二人で一気に飲み干すと……ああ、ヤバい。本当に酔いが回ってきた。
「――あ、そうだ」
サリルは何かを思い出したかのように、懐から葉巻を取り出す。挨拶代わりに出している奴とも、名刺代わりに使ってる奴でも無い銘柄だ。
「実はフィアからな、酒はいいから禁煙しろって言われちまってよ。捨てるのももったいねぇから、貰ってくれ」
「え? ……まあ、そういうことなら」
俺はそれを受け取る。箱に書いてある銘柄は……『ワイルド・ダッフディル』か。当たり前だけど、初めて聞いた。
「それはAGの時使ってる奴じゃなくてな、俺が家とか飲む時に吸ってた一番気に入ってる奴だ。好きだから人に渡すのは惜しくてな、一人で楽しむ用だったんだ」
よく見ると、さっき俺に渡してくれた葉巻と一緒の……。
俺は『ワイルド・ダッフディル』をポケットにしまい、天井を見上げた。
「明日は俺、マリルにバッグを買ってあげるんだ」
「おっ、そうか。俺はフィアと服買いに行くんだ。……ってこたぁ領主の店で会うかもなぁ」
豪快に笑うサリルに、俺も笑顔を返す。
(未来の話だ)
俺が結婚して、子どもが出来て。
そうなった時、俺は何を考えてどう生きているのだろう。
(父さんと、母さんは)
どんな気持ちで、何を考えて――俺を育ててくれたのだろう。
その未来で、俺は……分かるんだろうか。
それなら、俺は……
「かぁー! 酒がうめえ!」
「鍋も美味しい。ああ、酒に合うなぁ……」
「よーし、今日は朝まで飲むぞぉ!」
「サリルは明日の約束の時間に寝坊しないようにね」
今日は酒が進むこと進むこと。
明日、ちゃんと覚えてられないかもね。
「一人じゃ勝てない敵が出て来た時、今のままじゃ確実に死ぬ」
その時――彼にとってのマルキムやアルリーフが来てくれるためには……。
取りあえず、我慢しないことと自由の違いを俺なりに説明させてもらおうか。
「というわけで、今から三人の男の話をしてあげよう。誰も彼も、我慢せずに自分の好きなようにしたAGだ」
やや唐突に話し始めたからか、ちょっとキョトンとした顔になるイーピン。
「一人は、DランクAGだった。ベテランって程でも無いが、それなりの年月AGをしていた。素行は悪いが舎弟もいて……気に入らないことにはすぐ噛みついていた」
ある意味、俺が初めて出会ったAG。
「ある日、舐めた男がギルドに入ってきた。優男で、強そうにも見えない。AGとしての仕事を舐めているとしか思えない、へらへらとしまりの無い顔をした若い男だ」
「はぁ……」
「ムカついた、我慢できなかった。AGが――ひいては自分たちが舐められてると思った。だからその男は、優男に噛みついた」
安い挑発だった。
「彼は残念なことに、優男に返り討ちにあってしまってね。……その晩、優男を三人のAGで取り囲んだんだ。武器を構えて、襲い掛かった」
「それで……どうなったんですか?」
イーピンが少し話に食いついてきてくれた。なので、俺はフッと……少しだけ笑みを浮かべた、つもりだ。
「死んだよ。槍に貫かれて、首を飛ばされて」
ギュッと拳を握る。あの時の感触は、俺の手には残っていない。
「じゃあその優男って……」
「殺すつもりがあったのか、無かったのか……今となっては分からない。ただ、彼は死んだ。『我慢出来ない』その一念で起こした行動の結果、殺されてしまった」
あの時、俺にもっと社交性があれば。
俺にもっと強さがあれば。
もしかしたら、彼は死んでなかったのかもしれない。
でも、結果として――俺は彼を殺した。殆ど反射的に。
「…………」
絶句しているイーピン。俺は活力煙を咥えて、火をつけた。
「次の男は……元AランクAG。SランクAGの弟子で本人の実力も十分高かった」
そして本人は、Sランクにも負けないという確固たる自信を持っていた。
「彼は自分の力を認めないAGの世界に嫌気がさして、裏の世界へ降りて行った」
イーピンも貴族だ。裏と聞けばすぐにピンとくるだろう。
「裏は合ってたみたいでね。相当好き放題したようだよ。女も、金も、全て自由に手に入ったことだろう。……ある時、一人のAGが襲撃してくるまでは」
「何故、襲撃されたんですか……?」
「雇い主がちょっとそのAGと揉めてね。本拠地防衛を任されてたせいで、そのAGと対峙することになったんだ」
イーピンは……何かを察したような顔で、恐る恐る問うてくる。
「どう、なったんですか?」
「自害したよ。そのAGに負けてね」
「……ちなみに、その仕えていたところというのは……」
「アクドーイ商会。……最後は笑いながら舌を噛んだよ。この世界に満足した、って感じにね。ある意味では男らしく――ある意味では潔く」
決して憧れないが、蔑むことも出来ない。尊敬とも違う……一目置く、というのが正しい表現だろうか。
イーピンはジッと俺の話を聞いている。本当に昨日の様子が嘘のようだ。
「最後の男は……昔の獣人族との小競り合い? にも出ていた実力者。彼はとある事情から獣人族を憎みに憎んでいてね。我慢できず、恩人から預かった子どもを置き去りにして戦いに明け暮れていたんだ。そしてある日、恩人の息子が奴隷商人に攫われた」
奴隷商人に――というところでイーピンが何かを悟ったような顔になる。まあ、この話の流れなら分かっちゃうかな。
「その日から、彼は恩人の娘だけは何が何でも守ろうとして必死に活動した。ただ、気まずくて恩人の娘の前には一度も現れなかったようだけど。……そしてある日、とあるAGによって恩人の息子さんが助け出され……間接的に、恩人の娘さんも救われた」
とあるAG、っていうところで俺の顔を見るイーピン。はい、君の思う通りだよ。
俺は空を見上げながら、活力煙の煙を吐き出す。
「その男は、今も元気に活動してるよ。誰かは言えないけどね」
マルキムは自分の過去を語りたがらない。特定できるようなことを言うべきでは無いだろう。
俺はそこまで話してから、焚火に薪を投げ入れる。
「今言った三人に共通するのは……『我慢できなかった』ことだ。そして一人一人違うものは『何を守ろうとしたか』だ」
「何を守ろうとしたか?」
頷く。
「一人目は、何も守ろうとしていなかった。ただ、我慢出来ないものに対して反発していただけだった。二人目は、自分のプライドを守ろうとしていた。だから、最後は笑っていたが、命は失った。三人目は……恩人の子どもたちの命を守ろうとしていた。だから今も生きている」
守るべきもの。それがあるか無いかで、どう活動すべきかはだいぶ変わってくるだろう。
「守るべきものが無い奴は、何も考えないから常に捨て身だ。ある意味では、強く見えるかもしれない。でもそういう奴から死んでいくのがこの世界だ」
守る物が無かった奴は、誰からも守られず、自分を守ることも出来ず死んでいった。
自分のプライドに固執し、守ろうとした奴は……それだけを抱えて地獄へ旅立つことになった。
他者を守ろうとした人間だけが、味方がいた。だから、自分も守ってもらえた。だから、長生き出来ている。
守る物の違いとはこういうことだ。
「一人目になるか、二人目になるか、三人目になるか。……それとも誰でも無い、四人目になるか」
謡うようにそう呟くと、イーピンは少しブスッとして膝に顔をうずめた。
「ボクに、守りたい人なんていません」
「自分の命を守ればいい。……もしも自分の命よりもプライドや、我慢しないことが大切ならばそちらを守ればいいと思う」
俺は活力煙を咥えて、火をつける。
「そもそも、だ。……勝負ってのは最後まで立っていた奴の方が強いんだ。強い奴が死なないんじゃない。最後まで生きてる奴が一番強いんだ」
どれだけ嫌な奴でも、腹が立つ奴でも――無敵な奴でも。いつか死ぬ。
「自分のことをコケにした奴の墓に行って、墓石を蹴っ飛ばした奴の勝ちだ。強いAGになりたいなら、生き残れ。生き残るためには、人と争うことを減らせ。実はね、喧嘩が弱くても案外相手に言うこと聞かせられるし……我慢する回数も減らせるんだよ?」
「え……そ、そうなんですか?」
俺はこくんと頷く。
「例えば俺は、チームメイトから言われたことなら多少理不尽でも許せるし、我慢できる。俺の方が強かろうがどうだろうが関係なくね」
チームメイトの顔を思い浮かべながら、笑う。
「……何故、ですか?」
「彼女らのことが大切だから。失いたくないし、傍にいて欲しいと思ってる。だから、嫌われたくないんだ」
自分で言ってて異様に恥ずかしくなってきたけど、顔を二度ピシャリと叩いてから言い切る。
「心から信頼している相手から言われたことは自分にとって少し我慢を要することでも、苦にならないものさ。フィアさんのお弁当にトーマイトが入っていても、サリルは全部食べるでしょ?」
イーピンに好きな人がいるかは分からないが。
「……ボクには、難しいです」
「そうでもない。まずは肩の力を抜いて、『白い尾翼』の皆と一緒にご飯でも食べながら、話をしなよ。彼らと仲良くなって、彼らのことが信頼できるようになったら指示も嫌じゃなくなってくるさ」
話があっちこっちにいったけど、何とか当初の予定通りの場所に着地出来た。ホッと一息を付いて、活力煙の煙を吸い込む。
(話が下手過だなぁ、俺)
自分に苦笑いしつつ、まとめに入る。
「我慢を強いられるのは嫌かもしれないけど、それに反射的に反発しつづけたらいずれ破滅がやってくる。強いのは最後まで生き残った奴。だから、死なないためにはある程度堪えることも大切だ」
そして、と言葉を切る。
「我慢がどうしても嫌なら、相手と信頼関係を築くこと。そうすれば、理不尽だと思うことも減るよ」
俺が話を何とかまとめに入ると、イーピンは少しだけ首をかしげてから……ニコッと笑った。
「正直、あんまりピンときません。……ですが、死なない方がいいってことと、そのためには周囲と協力したほうがいいということは分かりました」
まあ、それが分かれば上々か。
「キョースケさん。……ボクは、キョースケさんのように強くなれるでしょうか」
少し寂しそうな眼で、そう問うてくるイーピン。当然、それにイエスと答えるのは簡単だけど……。俺の強さの根幹は、ちょっと特殊だからな。
以前のように「出会いこそが人を強くする」と言ってもいいんだけど、イーピンに必要な言葉は別な気がする。
気休めじゃ無くて、現実的で具体的な言葉が聞きたいんじゃなかろうか。
「少なくとも、今のままじゃ無理だね。……俺はこれでも、強くなるために色んな人に頭を下げたよ。確かに元々持っているモノに違いはあると思うけど、俺は一人で強くなれたわけじゃない。何人にも導かれてこの力を手に入れた」
シュリー、キアラ、マルキム、シュンリンさん、タローといった俺より強い人から教わったことだけじゃなく、出会った人全てから色んなことを吸収してきたつもりだ。
「一人で強くなろうとしている奴に、俺は絶対に負けない。……だから、イーピンが俺より強くなりたいんだったら、俺の倍以上の人から全てを吸収するくらいじゃないと無理なんじゃないかな」
……結局、「出会いこそが人を強くする」になっちゃったな。
自分の話の下手さにプチ凹みしつつ、イーピンの顔を見る。
「……ボクはやっぱり我慢したくありません。でもそれは、辛いことを強いられるのが嫌だっただけなのかもしれません」
イーピンはそう言うと、立ち上がって剣を抜いた。
「キョースケさん。……是非、ボクと手合わせしていただけませんか? 全力だと、ボクは何も見えずに倒されちゃうと思うので、存分に手を抜いて!」
無茶苦茶いい笑顔でそんなことを言うイーピン。
「……なかなか厚かましいね。でも嫌いじゃないよそういうの」
俺も笑顔を返す。槍を構え、くいッと手招きした。
「おいで、滅多に無いよ? Sランカーに手合わせしてもらえるなんてさ」
「はい!」
イーピンは剣を振り上げ、思いっきり振り抜いてくる。軌道が完全に殺す気だね……この辺ももうちょっと教えた方がいいかな?
(一皮むけたかな)
俺はいい笑顔を見せるイーピンを見ながら、そう思う。
(ご祝儀はこれでいいよね)
「たぁっ!」
イーピンの剣をいなし、石突きで顎を軽く叩く。脳を揺らされて転ぶイーピンは、根性を見せて立ち上がってきた。
「もう一本お願いします!」
「いいよ」
そのまま、イーピンと俺の手合わせは……薪が燃え尽きるまで続いた。
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サリルとフィアさんは、めでたく結婚が決まったらしい。式を挙げるのは(資金の問題もあって)当分先のようだが……取りあえず、収まるところに収まったって感じだ。
「なぁ、キョースケよ。今日は流石に割り勘だよな」
そして俺は今日、サリルに鍋の美味しいお店――『鳥の踊り』に連れてきてもらっていた。
「ギルドのマドンナを射止めたラッキーAGが払ってくれるものじゃないの?」
笑いながらそう言うと、サリルは苦笑いを見せた。
「ギルドのマドンナなぁ……あいつ俺と同い年だから今年で三十七だぞ」
「あー、フィアさんに言いつけてやろ。サリルが年齢をあちこちで言って回ってるって」
「言って回ってはねえだろ!」
「エール二つ、お待たせしましたー」
ドン! ドン! と俺の顔くらいあるジョッキが二つ置かれる。このお店は鍋が美味しいのは勿論のこと、お酒の量がとにかく多いことで有名らしい。
サリルはがしっ! とそれを掴むので、俺も同じようにジョッキを掴んだ。
そして……
「「乾杯!」」
がつん! と木製のジョッキをぶち当て……ごっごっごっご……と、ジョッキの中身を飲み干した。
「ぷはぁー! くぅーっ、この一杯のために仕事してるなぁ! もう一杯!」
「ぷはぁ! あー、ヤバいヤバい目が回る」
「がっはっは。良い飲みっぷりだ!」
世界が回る回る。
俺は二杯目を頼み、ビールのジョッキに水を注いで飲み干す。
「魔法で水出すなよ……」
ああ、そういえば普通に頼めばよかった。
水を頼んでから、ふぅと一つ息を吐く。
「イーピンはどう?」
場も温まってきたところでそう問うてみると、サリルはピタッと止まってから笑みを浮かべる。
「なぁ、キョースケ。……Bランク魔物とか、Aランク魔物みたいにな化け物を片手で倒すってどんな感じだ? 強いってのは……どういう感じなんだ?」
こちらに目をあわせず、ジョッキをグイッと傾けるサリル。
「酔ってる?」
「おう」
……なるほど。
俺は少しだけ頷いてから、追加で来た酒をグイッと飲み干す。俺も、酔ってる。
「どんどん、俺の前に立ってる奴がいなくなっていく。地に伏せるか、俺の後ろにいるか。そんな感じ」
酔ってるから、言語化出来ない。
でも、サリルはそれで充分だったらしい。豪快に笑うと、もう一杯酒を頼んだ。
「がっはっは。……なぁ、キョースケよ。俺は今年で三十七。特別な才能が無い限りは……いわゆるロートル、引退するのが先か死ぬのが先か――そんな年齢だ」
サリルは年齢の割には動ける……というか、まだまだ現役って感じだ。
でもやはり、若い頃の彼には……理想の彼には程遠いのだろう。目に宿る悲しみからそれが見て取れる。
「フィアを未亡人にするわけにゃいかねえからな。あと、三年もしたら、俺は正式に『白い尾翼』を引退する」
確固たる決意を感じる言葉。そのセリフを聞いて、俺は少しだけ目を見開く。
しかし、何も言わない。
早い、とは言わない。
まだやれるんじゃない? とも言わない。
彼の決断に口を挟めるような、間柄じゃない。いや、男の決断に口を挟めるのは――その男を世界で一番信頼している女と、世界で一番理解している男しか言っちゃいけないと思っている。
だから、何も言わない。言わないで、彼の言葉の続きを待つ。
「そして次のリーダーに指名するのは……たぶん、イーピンだ。その頃にゃあケヴィンも辞めてるだろうしな。あいつは嫁も息子もいるし」
豪快に笑うサリル。それにしても、次のリーダーはイーピンか。
「随分、買ってるね」
「おう。……まあなんだ、あいつの才能はピカイチだ。磨けば光る」
最初の頃とは評価が一変している。
その事実が少しおかしくて、つい笑ってしまう。
「掌返し過ぎか?」
「いいや? 俺も……拙いながら頑張った甲斐があるってものさ」
サリルはニヤッと笑うと、拳を突き出してきた。
「俺は……恐らく、このランクが最大だ。人生を賭けて歩んだ結果は、Cランクだ。……おい、何でそんな顔するんだよ。悲しい話じゃねえよ、むしろ俺はオメーに喧嘩を売りに来たんだ」
サリルが拳をほどくと、その中には彼が愛用している葉巻が。普段は吸わないけど、今日ばかりはそれを受け取って火をつけた。
サリルも同じように火をつけ、煙が天井の換気扇に吸い込まれて行く。
「……喧嘩?」
「おう。オメーは色んな奴から受け取ってるだろ。色んなもんを。だから俺からは絶対に渡さねえ。俺のコレはイーピンと、ガリアと、キルスと……この後入ってくる、後輩たちに渡す」
サリルは自分の斧をこんこんと叩く。そこに描いてあるのは……黒い鳥の尾羽。意識してみたことは無かったけど、綺麗な意匠だ。彼の趣味に合わないような。
俺の視線の意味に気づいたか、少しだけ得意げに笑うサリル。
「こいつは先代から受け継いだモンだ。名前は変わってるけどな、このマークだけは受け継いでんだ。……だからこの旗印は、俺の後輩たちに渡す」
旗印を、渡す。
「俺はCランクで終わりかもしれねえ。でもな、俺が育てた後輩たちはきっともっと強くなる。そんでそいつらは、やっぱりもっと強いAGを育てる。見てろよ、キョースケ。オメーが俺と同い年になった時……前に立ってるのはなぁ、俺の後輩だ!」
獰猛な笑みで。
お前を食ってやるとでも言いたげな、そんな顔で。
サリルは、吠えた。
「オメーとイーピンの顛末を聞いて、俺も目が覚めたよ。フィアの旦那が……あんな美人の旦那が、ただのCランクAGで終わっていいはずがねぇ。そうだろ? だからよ、俺の後輩たちがお前を越えんだよ。なぁ、アンタレスの支配者!」
「……イーピン一人、御せなかったくせに」
憎まれ口を叩くと、サリルは余裕な表情で頷いた。
「おう。だからこっから俺も再出発だ。……ギルドに教官を導入しようって流れがあってな。俺は引退したらそっちの方向に進むつもりだ」
「へ?」
そんな制度あっただろうか。
「教導があるから、今までは必要無かったみたいなんだがな。魔物が強くなってるってのを重く受け止めて、『技術の教え合い』から一歩進んで、必要なスキルを学べるAG学校みたいなのを作る予定があるらしいんだ。俺はそれの第一陣に応募するつもりだ」
「へぇ……」
「だからこの三年以内にイーピンたちを育て上げて、そしてそこから先はどんどん育成していくつもりだ」
葉巻の煙を吐き出し、もう何杯目か分からない酒を思いっきり呷るサリル。
「ま、オメーがアンタレスにいる限りは俺もいるからな。別れでも何でもねえけど、決意表明っつーか……はっはっは、酔い過ぎか」
「俺も酔ったよ」
サリルにジョッキを突き出す。
彼はにやりと笑うと、勢いよくぶつけてきた。がしゃん! と大きな音が鳴って、エールが跳ねる。
そのまま二人で一気に飲み干すと……ああ、ヤバい。本当に酔いが回ってきた。
「――あ、そうだ」
サリルは何かを思い出したかのように、懐から葉巻を取り出す。挨拶代わりに出している奴とも、名刺代わりに使ってる奴でも無い銘柄だ。
「実はフィアからな、酒はいいから禁煙しろって言われちまってよ。捨てるのももったいねぇから、貰ってくれ」
「え? ……まあ、そういうことなら」
俺はそれを受け取る。箱に書いてある銘柄は……『ワイルド・ダッフディル』か。当たり前だけど、初めて聞いた。
「それはAGの時使ってる奴じゃなくてな、俺が家とか飲む時に吸ってた一番気に入ってる奴だ。好きだから人に渡すのは惜しくてな、一人で楽しむ用だったんだ」
よく見ると、さっき俺に渡してくれた葉巻と一緒の……。
俺は『ワイルド・ダッフディル』をポケットにしまい、天井を見上げた。
「明日は俺、マリルにバッグを買ってあげるんだ」
「おっ、そうか。俺はフィアと服買いに行くんだ。……ってこたぁ領主の店で会うかもなぁ」
豪快に笑うサリルに、俺も笑顔を返す。
(未来の話だ)
俺が結婚して、子どもが出来て。
そうなった時、俺は何を考えてどう生きているのだろう。
(父さんと、母さんは)
どんな気持ちで、何を考えて――俺を育ててくれたのだろう。
その未来で、俺は……分かるんだろうか。
それなら、俺は……
「かぁー! 酒がうめえ!」
「鍋も美味しい。ああ、酒に合うなぁ……」
「よーし、今日は朝まで飲むぞぉ!」
「サリルは明日の約束の時間に寝坊しないようにね」
今日は酒が進むこと進むこと。
明日、ちゃんと覚えてられないかもね。
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