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章間なう⑨

シュリーと里帰りなう⑤

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 二人の戦いを見つつ、魔力を『視』る眼に切り替える。さて、敵の魔魂石の位置はどこかな……と。

(ん……?)

 少しだけ違和感を覚える。殆ど直感的なものだが……検証している暇は無いので、一先ず位置だけ彼女らに教えることにする。

シュリーと里帰りなう⑤


 二人の戦いを見つつ、魔力を『視』る眼に切り替える。さて、敵の魔魂石の位置はどこかな……と。

(ん……?)

 少しだけ違和感を覚える。殆ど直感的なものだが……検証している暇は無いので、一先ず位置だけ彼女らに教えることにする。

「リャン、シュリー! 敵の魔魂石は頭だ!」

「了解(デス)!」

 リャンは脳天ステップを止め、ナイフを投げる。チェーンディアタウロスの肩にスタンと当たると、そこが爆発した。

「ぐおっ!?」

 驚くチェーンディアタウロス。リャンは空中で一回転するとさらに二発、三発とナイフを投げてチェーンディアタウロスの肉体を破壊していく。
 そして彼女が着地したところで、シュリーの詠唱が終わった。彼女の必殺魔法だ。

「『ブレイズ・レオ・ファング』!」

 雄々しい鬣、鋭い炎の牙を携えた紅蓮の獅子が顕現する。シュリーの手の動きに合わせて突進してくると、チェーンディアタウロスの腹部に食いついた。
 そのまま食いちぎり、体内から爆発させる。しっかりと頭部だけは残したまま。

「ふぅ」

「ナイスです、リューさん」

「ヨホホ、ナイスですピアさん」

 ハイタッチする二人。案外息は合うんだねあの二人は。
 リャンがナイフを取り出して魔魂石を取り出しているのを見ながら……俺は重傷者の手当てに戻る。水の魔法を使えば傷口を塞ぐことは出来るが、回復薬だけじゃ厳しそうだ。
 確かに元気ではあるのだが、出血量が多くなると後遺症が残りそうだし。

「とはいえ回復魔法使えないしねぇ」

「……質のいい回復薬だな。処置は下手だが」

「悪かったね。慣れてないんだ」

 俺に手当てされたリッキーがそう呟く。回復薬の空き瓶を眺め、やや羨まし気に。
 極力、効果の良い回復薬を揃えるようにはしているが……最高級品ではない。言われるほどだろうか?

「ああ、そうか。物流が無いのか」

「基本的に野草などで自給自足だからな。……質が良い、礼を言おう」

 二度も質がいいと言うんだから相当だね。リッキーは重傷者とは思えないほど軽く立ち上がり、一つ伸びをする。
そんな彼を見て俺は苦笑しつつ、立ち上がった。

「マスター」

 他の重傷者もあらかた手当てを終えたところで、リャンとシュリーが魔魂石を持ってきた。

「ん?」

「私もリューさんもこのような魔魂石は見たことが無いんですが……えっと、マスター。Aランク魔物でしたよね?」

 問われて頷く。魔力を『視』たんだからほぼ間違いないと言ってもいい。チェーンディアタウロスはAランク魔物だった。
 しかしリャンとシュリーが見せたその魔魂石は……大きさが少し違う。具体的に言うとAランク魔物なのにB~Cくらいの大きさしかない。
 しかも……形が、なんだろう。どこかで見たことがあるような……

「脳……?」

「少し不気味な形状をしていますね」

「ヨホホ、ちょっと嫌な形デスね」

 不気味な形状だが、籠る力に変わりはない。ちょっと今度キアラに見せてみようか。俺はアイテムボックスにしまい、活力煙の煙を吸い込む。

「それにしても、Aランク魔物か……」

 この辺の地域に出るようなレベルの魔物なのだろうか。地理に詳しくないから今度調べた方がいいかもしれない。

「……助かった、リュー。そしてピアさん」

 リッキーが二人に礼を言い、頭を下げる。彼女らもそれに笑顔で答え、撤収と相成った。

「それと……その、手当てや諸々。ありがとう」

 リッキーは俺の方を見ずにそう言う。別に感謝されたいわけじゃないのでいいのだが、手当て以外に俺は何かしただろうか。

「大怪我を負った人がいなくて良かったデス」

 ホッと息を吐くシュリー。あれは十二分に大怪我だったと思うんだが……獣人族の感性はよく分からない。

「でもあんだけ強い人も元奴隷なんだよね? ……そもそも、なんで獣人族の奴隷が人族の国に? 奴隷狩りに行ったら逆に奴隷商人たちが狩られそうなんだけど」

 リッキーは頑丈なだけではなく、あの怪我の仕方からしてタンクとしてチェーンディアタウロスの攻撃を受けていたのだろう。
 Bランク相当の実力とAランク魔物にはかなりの開きがある。それでもなお、怪我人をあれだけの人数に抑えたのは彼の実力が相応以上にあったからだと考えられる。
 ぶっちゃけ、並みの人族じゃ歯が立たないはずだ。

「そもそも獣人族と人族の元奴隷が集まる自由村落と聞いていましたが……大人の人族がいませんね」

「ヨホホ……大人なら、それなりに実力をつければAGでもなんでも、生きていけますデスからね」

 ああ、それもそうか。活躍できるかどうかは別として、ちゃんとした生活をこの国で送れる。それならこの村に留まる理由は薄いのかもしれない。ステータスプレートの職業欄(『職』欄では無い)に元奴隷と書かれるが……それもAGになれれば問題ない。
 だが獣人はそういうわけにはいかない。獣人の国に戻るのには手引きする人がいないと無理だろうし……。

「それとリッキーさんは、戦争時の捕虜だったらしいデス。ああ見えて結構なお年なんデスよ。獣人族の奴隷は殆どが戦争時の捕虜や、その子どもたちで……それ以外は、獣人族の裏切り者が人族に流すらしいデスね」

「獣人族の裏切り者が……ああ、なるほど」

 皆が皆、自国に誇りを持っているわけでも民族に誇りを持っているわけでもない。人族にとってみれば獣人の奴隷は高く売れるし、その逆も然り。金のためにお互いがお互いに横流しし合う裏ルートがあってもしかるべきか。

「つまり前領主は人族の奴隷を集めてそっちと交換するコネクションを独自に持ってたってことになるのか」

 若いころは旅をしていたとか言ってたから、その頃のコネなのかもしれないけど予想外に有能だったのかもしれない。

「何というか、根深い問題だねぇ」

「ですね」

 ……リャンは奴隷狩りにあった側だから、彼女の前でこんな話をすべきじゃなかっただろうか。
 そんな俺の気持ちを察したか、リャンは笑顔を作って首を振った。

「さ、戻りましょうかマスター。そろそろリューさんは私たちの寝床を教えてくださっても良いのでは?」

「ヨホホ! そういえばそうでしたデス」

 彼女に連れられて村の方へ戻っていく。

(まあ、問題は……)

 あの不思議な形の魔魂石だが……何か嫌なことでも起こらないといいけど。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 祝勝会……ではないけど、Aランク魔物を撃退したってことで軽いお祝いがなされた。もちろんメインはシュリーとリャンだ。
 二人は代わる代わる色んな人に感謝され、お酌されている。リャンはどんだけでも飲めるからいいけど、シュリーはそろそろきつそうだね。

「ふぅ~……」

 ワイワイとやっている中、俺は邪魔をしないように端っこで活力煙を吹かす。ツリーハウスだからどうやって祝勝会するのかと思ったら普通にバーベキューだ。

「あ……ふ」

 あくびを噛み殺し、空に溶ける活力煙の煙を眺める。お腹は少し減ったが、あの中に突っ込んでいく勇気は無いので仕方がない。

(マァイイジャネェカ。ドウセ寝るツモリ無かったンダロォ?)

(まぁね)

 ヨハネスにそう答える。何ならご飯も食べるつもりは無かったからこうして遠巻きに彼女らを見ている現状に文句は無いのだが……。

『少し、レーンと話をしていただけませんデスか?』

 この宴が始まる前、シュリーが俺に言ってきたのだ。どのみち、俺は彼と話したいことがあったから二つ返事で頷いたのだが……。

「俺が話したいことと関係無いなら何だろうなぁ」

「なぁ義兄ちゃん、なんで飯食わないんだ?」

 ふと、レーンが肉の棒を持ってやってきた。どう見ても生焼け……いや、これレア? か。一本俺に渡してくれるので、拒否するわけにもいかず受け取る。
 飛んで火にいる何とやら……って言うと何か悪いことしようとしているみたいだな。

「お腹空いてなくて」

「嘘だ、絶対空いてる。じゃなきゃお腹抑えたりしない」

 腹痛かもしれないじゃないか。
 俺は活力煙の煙を吸いこみながら、彼の顔を見る。俺がジッと見たからか、レーンは不思議そうに目を開く。

「その仕草、シュリーに似てるね」

「姉弟だし」

 そりゃそうだけど。レーンは美味しそうにレアの串焼き肉を頬張ると、頬に手をやる。

「美味しいぜ、義兄ちゃん」

 キラキラした目で言われると断るわけにもいかない。俺は火の魔法でもうちょっと焼く。

「なんだよ義兄ちゃん、それが美味しいのに」

「こればっかりは好みかな」

(カカカッ、毒は大丈夫ダゼェ!)

 ……なら安心。

「レーン、シュリーのところにいなくていいの?」

「うん。今姉ちゃん忙しそうだから、義兄ちゃんと話に来た」

 だから俺は義兄ちゃんじゃないのだが……。

「そっか」

 俺はそう言ってから……少しだけ、口ごもる。シュリーがこの村に戻ると言った時に、俺が着いていくと言った理由は彼女らに話した理由だけじゃない。もう一つあるのだ。
 それは……

「あー、ねぇ、レーン。少し訊きたいことあるんだけど……いいかな」

 食べ終え、櫛を燃やし尽くす。レーンは二個目に突入してもしゃもしゃとほおばっていた。この子はよく食べるね。

「なんだ。義兄ちゃん」

「いや。……あー、そうだね。レーン、寂しく無い?」

 上手い言い方が思い浮かばず、結局ストレートに聞いてしまう。レーンはある程度俺に何を訊かれるか覚悟していたのか、特に困った様子も無く首を振った。

「そりゃ一切合切全く寂しくない! って言ったら嘘になるけどさ。でもまあ、うん。我慢出来るくらいだ」

 我慢。
 その単語が出てきたことで、俺は少し怯む。彼の年齢は十三歳程度。日本であれば中学生くらいだ。
 やっと思春期に入ったかどうかという年齢の彼が、唯一の肉親と離れ離れになって寂しくないわけがない。
 俺が何も言わないからか、レーンが少し苦笑いする。

「いや、そりゃ寂しいは寂しいんだよ。でもさ、姉ちゃんには……頑張れば、会える。今姉ちゃんが住んでる街までは行ける。俺……見た目は完全に人族だからさ」

 手でケモミミを表現した後、ちょっと寂しそうにくるっと回る。確かに耳は顔の横だし、尻尾も生えていない。どこをどう見ても人族だ。

「どんだけ遠くてもさ、お互い自由なんだ。どこにだって行けるんだ。だから会おうと思えば会える。……そう考えれば寂しくはねえよ」

「それは……そうかもしれないけど」

「それにさ」

 レーンは……その見た目にはそぐわない大人びた笑みを浮かべる。寂しさ……ではない、悲哀、諦観、そして僅かな希望。

「姉ちゃんは、生きてる。だから寂しいなんてねえよ」

 あはは……と、気の抜けた笑いを浮かべるレーン。俺はフラッと木に寄りかかり……空を見上げた。

「レーン、煙草吸ったことある?」

「無い」

「はい」

 活力煙を渡すと、キョトンとした顔に……なるかと思いきや、嬉々として口に咥える。火をつけてあげると……初めて吸ってるとは思えないほどスムーズに煙を吸い込んだ。

「甘いなこれ」

「厳密には煙草じゃないからね。あ、シュリーには内緒ね」

 こっちの世界、別に未成年がどうこうとかそういう決まりは無いが……やはり、酒と煙草はある程度の年齢になったらと言われている。体に悪いからね。

「……そっか、そうだね。シュリーには……会えるもんね」

「おう! ……父ちゃんも、母ちゃんも……二度と、会えねえからな」

 彼の顔に影が差す。今夜は綺麗に月が出ているというのに、彼の表情が暗くて見えない。

「……そっか」

 さっき、彼のことを思いっきり子ども扱いしたが……俺も、結局はまだ十八歳のガキなのだと思い知らされる。こんな時、何をどう言ってあげれば良いのかが分からない。

「なんだよ、義兄ちゃん。暗くなんなって! 寂しくねえよ、この村の皆は優しいからさ!」

 しかもレーンから気を遣われるし。

「それにさ、義兄ちゃんは俺たちを救ってくれた英雄だぜ?」

 英雄、と言われると何となく気恥ずかしいが、起きた出来事だけを評価するならばそうなるかもしれない。

「そんな英雄に対して何も恩返ししないなんてありえない。そんなの、獣人とか人族とかどうとか関係なしに、最低だと思う」

「別に気にしないけど」

「恩知らずにはなりたくねぇよ。……だからさ、姉ちゃんが俺たちの分まで恩返しするって言ったらさ。なんも言えねえし、何も言わない」

 精悍な顔立ちになるレーン。

「それに、姉ちゃん幸せそうだしな。姉ちゃん、あんな顔で笑うんだって昼間思ったよ。俺の知ってる姉ちゃんって……どっちかっていうと、ずっと真剣な顔で戦ってくれてた印象の方が強いからさ」

 彼女らの境遇を考えればさもありなんというところか。
 でもまあ、弟の彼からも納得させられるレベルで彼女を笑顔に出来ているのなら……あの時、怒りに任せて暴れた甲斐があったってものだ。
 一歩間違えたらお尋ね者だったからね。

「なぁ、義兄ちゃんは……兄弟とか親とかいるのか?」

 俺がシュリーのことばかり聞いていたからか、そんなことを訊くレーン。

「兄弟はいないよ、一人っ子だ。親は……生きては、いると思うよ」

 素直にそう答えると、少しだけ目頭に何かが浮かぶ。どうもバーベキューの煙が目に入ったらしい。
 水の魔法で目を洗い、新しい活力煙を咥えて火をつけた。

「生きては……って?」

「んー……なんていうかな。別の場所にいるんだ。遠い、遠い場所に。……二度と会えないかもしれないくらい、遠い場所に」

「そっかぁ。でも、生きてるってのはいいな! 俺と姉ちゃんみたいに、もう一回会えるかもしれないし!」

 妙に明るく言うレーン。ホント、年下に気遣われてりゃ世話が無い。
 俺も笑い、肩をすくめた。

「そうだね。生きていれば、会えるかもしれない。その通りだ」

「あちっ」

 レーンが活力煙を取り落とす。思いっきり根本まで吸っていたせいで、火の部分を誤って触ってしまったらしい。
 俺は水で彼の指を冷やしつつ、オデコを指でピンと弾く。

「ダメだよ、こんなギリギリまで吸ったら」

「初めてだから分かんねえんだもん」

 それもそうか。新しい活力煙を彼にも渡し、再び二人で煙を吹かす。

「なぁ、義兄ちゃん。ピアさんと姉ちゃん、どっちが正妻なんだ?」

「……別にどっちとも結婚してないんだけど。っていうかやっぱり兄ちゃんって義兄ちゃんって呼んでるよねこれ」

「何言ってんだ義兄ちゃん。姉ちゃんのことリューって呼んでねえじゃん。ピアさんのことも。ってことは二人とも義兄ちゃんのお嫁さんってことだろ?」

 そういえば……獣人族は親からつけられた愛称以外で呼ばせるのはどうこうって言っていたような気が……。
 とはいえ、リャンにはそれを知らずに呼びやすいように呼んでただけだし、シュリーは彼女から言ってきたんだし。

「俺はまだ独身だよ」

「……なんか姉ちゃん苦労しそうだぜ」

 分かったようなことを。
 でも取り合えず、さっきまでのしんみりとした空気が霧散してくれたのはありがたい。俺は活力煙の煙を吸い込みながら、空を見上げる。

「やっぱ俺が姉ちゃん守ってあげないとダメだな」

 うんうん、と何か納得したように頷くレーン。なんでさ。

「レーンはまず彼女をまもってあげないと」

 俺が含み笑いしつつそう言うと、レーンは顔を真っ赤にして俺に体当たりしてきた。

「な、ななななナリアは彼女じゃねえし!」

「あれ? セーヌじゃないの?」

 あっ……みたいな感じで口元を抑えるレーン。よくこれで隠せていると思えるものだ。

「さっきの寂しい? って質問は愚問だったかな。彼女いるんだもんね」

「そ、それとこれとは別問題だろ」

 まあね。
 俺は苦笑しつつ、レーンの頭に手を乗せる。

「誰を守るにせよ、強くならないとね。レーンの『職』は剣士? それともレンジャーとかシーフ系?」

 シュリーも獣人でありながら『職』を持っている。だからより人族に近い見た目をしている彼にも『職』はあるだろう。
 人族が強くなるのに手っ取り早いのは『職』を使いこなすことだ。覇王に負けるまで『槍術師』の『職』について深く考えなかった俺が言えることではないが。
 と思って聞いてみたのだが……レーンは神妙な表情になり、口をつぐんだ。

「『職』……さ」

 俯き、串焼きを頬張るレーン。その声はさっきまでとは打って変わり沈んでおり、ちょっと泣きそうな声になる。

「俺……魔法も、使えないのに」

 レーンは、その声のままうずくまった。

「俺に……『職』なんて、本当にあるのかなぁ……」

 いじけているわけではない、前の世界でもよく見た光景。
 自信、自尊心。その全てが失われている顔。

(ああ――)

 そうか、これがシュリーが話して欲しいと言っていた理由なのか。
 活力煙をもう一度吸い込み、吐き出す。
 さて、何て話をするべきか。
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