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第九章 王都救援なう

227話 ライジングサンなう

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 何となくで返事をしたのか、頭にクエスチョンを浮かべて首を傾げる天川。何でそんなに元気よく返事しちゃったのか。
 俺はフッと笑ってから『筋斗雲』を作り出す。

「最後の仕事だよ、勝利宣言だ。勝鬨と言ってもいい」

 勝鬨と言ってもDJ火縄銃をぶっ放すアレじゃない。っていうかDJ火縄銃ってなんだよ。

「何故俺が?」

「勇者だから」

 天川の端的な問いに、俺も端的に返す。
 その瞬間、天川は少しだけムッとした表情になった。

「……最初は確かに、ああそうだ。『勇者』だから戦っていた。だが、もう今の俺が戦う理由は『勇者』だからでも、『強者』だからでも無い。それなのに俺に『勇者』だからという理由だけで働けと?」

「そうだね」

 俺が一切反論せずに肯定すると、振り上げた拳を降ろす場所を見失ったか、天川が困惑の表情を浮かべる。

「……そもそも、お前が演説したって言っていなかったか? 反撃の狼煙をあげた時に。それなら〆るのもお前がすべきじゃないのか」

「勇者じゃないなら騎士団長でもいい」

 今度はラノールが眉根にしわを寄せる。

「とにかく人に勇気を与えられるような、キラキラした肩書を持つ人ならなんだっていいんだ」

「……キラキラした、肩書?」

「人が聞くだけで勇気を持つような、そんな肩書を持つ人。この街は……本当の意味で壊滅しかけたんだ。過半数が死んだかもしれない、この国の主要都市がそうなったんだ。ハッキリ言って、異常事態で非常事態だ」

 国王がいるなら勝鬨の役目はそっちに行くのだが、幸か不幸か今国王はいない。それに、今回は魔族のみが攻め込んできていたから良かったが……混乱に乗じて獣人族まで攻めてきていたら、国が落とされてもおかしくなかった。そんな未曽有の大災害。

「民の心が折れる、それが一番問題だよ。分かるでしょ? 民の心が折れたら復興出来ない。一刻も早く復興しなくちゃいけない場所で、大多数である非戦闘員の心が折れる。それが由々しき事態なんだよ」

 頷くラノール。むっ、と少し考えるような表情になる天川。

「だから希望が必要だ。全てをひっくり返した英雄がいる、という希望が」

「……そのために、俺が勝鬨をあげるべきということか」

「ああ。お前の想う勇者像がどういうものかしらないけど、俺は……いや、やっぱやめとこう。なんにせよ納得したならお願いね」

 俺が『筋斗雲』を指し示すと、天川も何も言わずそれに乗った。あとはキアラも乗せて、というところでラノールから待ったがかかる。

「その役目、騎士団長でもいいのなら代わってくれないか、アキラ」

 おや、と思う。彼女はあまりそういう「手柄」に固執する人物には見えなかったけど。
 天川の方を見ると、彼も少し驚いた表情になっている。やはりそういうタイプではないのか。

「天川が嫌がるなら、騎士団長でもいいと思うけど……俺は勇者にやってもらいたいかな」

「理由を聞こう」

「勇者だから。復興のためのシンボルは組織の人間じゃない方がいい」

「却下だ。アキラが今まで以上に王都に縛られることになる。それでは駄目だ」

 強い語気のラノール。なるほど、自分の手柄ではなくそれがメインの理由か。王都に縛られていたのは意外だが、しかしそれが強まるのは歓迎出来ないだろう。
 なら騎士団長であるラノールに――と思った時に、天川が一歩前に出た。

「……俺はずっと、戦うための目的として、ある意味では覚悟への逃避として『勇者である』ことに固執してました」

 剣を握る天川。その姿は騎士というよりも――もっと、何か威厳のある風体で。

「自分が『勇者である』ことを妄信していた。だから……『勇者として』ではなく『天川明綺羅として』戦う覚悟を決めました」

 天川の真剣なまなざしがラノールを射抜く。

「それでも俺は勇者なんです。だから、今までのような逃避の結果じゃない、本当の意味で――勇者になりたい」

 ラノールはその言葉を聞いて、少し口を開ける。ともすれば呆然としているようにも見えるが……感動、しているんじゃなかろうか。

「守るだけなら、強ければ出来る。でも心を守ることは……笑顔を守ることは、誰にでも出来ることじゃない」

 そして俺を、志村を見てフッと笑う天川。何となく言わんとしていることが分かった気がして、少しだけそっぽを向いた。
 どうせ俺らが守れるのは身内だけですよ。

「俺は、皆を笑顔にしたい。俺が勇者であることが、皆の笑顔につながるなら――俺は、勇者になる」


 どこかで聞いたようなセリフ。でも今の彼が言うと、これ以上ない説得力を感じられた。
 何があったかは知らない。
 何があったかは分からない。
 でも、これだけは言える。

(なるほど、本当に勇者向きなキャラクターしてるね、天川は)

 ただ頼られたから、ただ自分に強い力があるから。
 弱者を守るのは強者の義務だから。
 それっぽいことを言って危険を顧みず、自分が戦うことを、そして成功することを信じてやまない天川明綺羅はもういない。
 今ここにいるのは、勇者『アキラ・アマカワ』。
 いや――今の彼こそ、天川明綺羅なのかもね。

「勇者は『勇気ある者』ではなく、『勇気を与える者』だ、そう思うんです」

「アキラ……」

 感動か、それとも別の感情か。
 ラノールは笑みを浮かべ、一歩下がった。

「だから、俺がやります。……それに、ちょっと考えてるんですよ。勇気を与え、復興の旗印になったうえで……ちゃんと冒険に出る方法を」

 天川から目をそらし、少し上を向くラノール。俺は大人なので、今の彼女の表情を覗き見ることはしないけど……何となく察せる。
 二人は確か師弟……って言ってたかな。それなら嬉しいだろう、天川が一つ答えを見つけたことが。

「……全く、男になった、アキラは」

「えっ。童貞卒業したんで御座るか、天川殿」

 ラノールの呟きに眼鏡を光らせながら問う志村。

「し、してない! 何を言い出すんだ志村!」

「えっ……してないの……? あんなにヒロインに囲まれて……?」

「お前が言うのか、京助」

 冬子からジト目を向けられたけど無視。今は俺をイジル流れじゃないのだ。

「ど、どうせ志村も清田も童貞だろ! お前らにいじられる筋合いはないぞ! 特に清田!」

「それはどうかな?」

 童貞だけど。
 でもキスと手をつなぐことはしたことがある。天川はどうせまだだ、イケメンのくせに奥手だから。
 つまり俺は精神的上位に位置する……っ!

「何カッコつけてるんですかマスター。奥手って……鏡を見てから言ってください」

「ヨホホ、キョースケさんの名誉のためにYESともNoとも言わないようにしておきますデス」

 二人とも久々に喋ったと思ったらなんで俺を不利にするようなことを!

「……いやー、京助殿。分かっちゃいたで御座るが、同じ家に住んでてそれは無いで御座ろう……」

「えっ……同じ家に、住んでるのか……? 年ごろの男女が? 同じ家に住んでいて? 何も、無い……?」

 ドンびいた様子の志村と天川。やめろ、やめろ俺をそんな目で見るんじゃない!

「っていうか天川だって同じ屋根の下でしょ!」

「天川たちは城、つまり同じアパートに住んでる程度だぞ京助」

「対してマスターは本当の意味で同じ家に住んでいるじゃないですか」

 二人が俺を裏切る。何故だ。

「清田、病気か? それとも他に心因性の何かか? なんなら薬を分けてやろうか、よく効くぞ?」

 マジトーンで心配してくる井川。その薬が何の薬なのかは聞かないけど俺は断固としていらないからね。

「やれやれ……ミスター京助、男が好きなら先にそう言ってくれていれば……AGには多いぞ?」

「よーし、タロー。喧嘩を売ってると見た、一本先取で武器無し、急所攻撃無しだ!」

「やめておこう。掘られたらたまらない。私にそっちの趣味は無くてね、そういうことはミスターマルキムに――」

「『飛槍撃』ィ!」

 ずおっ! と青白い塊がタローの首から上を吹っ飛ばそうと迫るが、簡単に回避された。チッ、殺り損ねた。

「武器無しではなかったのか!」

「うるさい! あーもう、こうなったら戦争だ! キアラが空の雲を消すまでの間にお前ら全員ぶっ飛ばす!!」

 俺が槍を構えると、天川と志村とタローが楽しそうに武器を構えた。井川だけはやや面倒そうだが、それでもちゃんと杖を――

「佐野、ほらコレが前の世界で言うところのバイ――」

「おおっと足が滑ったぁぁあああ!!!」

「――アぐわぁ!?」

 背後から延髄蹴りを喰らわせて取りあえず一人目をノックアウト。さぁ次だ。

「京助! 三人がかりで勝てるわけないだろ!」

「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!」

 志村の弾丸と語録を受け止め、天川の剣を逸らす。タローは弓でなく二刀を構えている。
 剣士二人に銃士一人、上等!

「こら! 四人とも素手でやらんか! 危ないだろう!」

 ラノールに言われ、皆が武器をしまうので俺もしまう。

「さて、胸をかしてやろうかミスター京助」

「ここで清田にリベンジだ!」

「京助殿、手加減無しで御座るよ!」

「パワードスーツ着てないお前が俺の相手になるかパンチ!」

「語呂悪いで御座――あべしっ!」

 志村をノックアウトし、二対一に持ち込む。よし、これならいける!

「さぁ行くぞ!」

「「来い!!」」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……男子って……」

 げんなりとした表情になるトーコ。リャンも彼女が項垂れる気持ちも分かるので、苦笑を返すしかない。

「まあキアラさんの作業にはもう少し時間がかかりそうですからね。ああしてストレス発散するのも良いのではないですか?」

「良し悪しの問題では……いやまあ、いいか」

 ちなみにどうも先ほどの薬はちゃっかり受け取っているようだ。流石ムッツリ。

「ヨホホ! まあ怪我人は二人増えたデスけどね」

「端に寄せておきましょうか。……っと、眼鏡の方は起きましたね」

 リャンが眼鏡の青年――シムラと言われていたか――を引っ張り起こすと、彼は少し恥ずかしそうに笑った。

「いやぁ、流石にスペックが違うで御座るな」

「そりゃまあ、あれでもSランカーだからな、京助は」

「しかしキョースケが押されているようだぞ」

 ラノールに言われ見てみると、マスターが吹っ飛ばされていた。怪我こそしないだろうが、疲れてはいないのだろうか。

「あっ、マスターの顎にクリーンヒットしましたね」

「ヨホホ、でもキョースケさんの蹴りがアマカワという男の顔面にヒットしたデスね」

「ああもう……あいつは私たちを心配しかさせないのか……」

 トーコが顔に手を当ててがっくりと肩を落とす。
 首が千切れんばかりにねじれ、そのまま吹っ飛ばされるアマカワ。しかし彼もタフだ、何発かクリーンヒットを貰っているのに倒れない。脚はもうふらふらだが。

「くそっ……助っ人システム発動! 冬子、冬子を召喚する!」

「ズルいぞ清田!」

「ズルくない! さぁ冬子早く!」

 呼ばれ、トーコが顔を赤くしてうつむく。あれに巻き込まれたく無いのだろう。気持ちはわかる、あの男子特有のノリは女子少し理解しがたいのだ。

「トーコさん、ご指名ですよ? いやぁ、残念です。出来ることならマスターのお傍で戦いたかったのですが」

「なら代わるぞ?」

「ここで応援する仕事が忙しいので」

 トーコは一つため息をつくと、意を決したように走り出した。

「こうなったらヤケだ! 天川! お前の首から上を消し飛ばす!」

「どういう意味だそれは――っとぉ! お、おい佐野! 武器は無しだ、武器は! というか異世界に竹刀なんてあるのか!?」

「うるさい! 男ならピーピーわめくな!」

「いやそりゃ喚くだろ――ぷぎゃっ!」

「まあ武器を持っているトーコさんの勝ちですかね」

 一刀のもとにアマカワが叩き伏せられ、今度は二人がかりでタローに挑む。

「くっ……相手にとって不足無し――」

「足払い!」

「面!」

「――ぐあっ!」

 一瞬でタローもノックアウト。予想通りの結果だ。

「見たか俺たちのコンビネーション! ふっ、これで俺の全面勝利――」

「京助のアホ! おとなしくしていろ!」

 スパァン……とキレイに顔面に入り、倒れるマスター。
 結果、残ったのはトーコ一人だ。

「あいうぃん!」

 屍の上でガッツポーズをするトーコ。心なしか達成感がうかがえる。

「いや勝ってどうするんですか、トーコさん」

 呆れてツッコミを入れると、トーコはハッとした表情になって慌ててマスターを助け起こした。

「まったく……お主らは妾が目を離した隙に何を遊んでおるんぢゃ」

 ぽぅ、と光球を四つ生み出して京助、タロー、アマカワ、イガワに放つキアラ。その光球がパチンと弾けると皆目を覚ます。回復……というよりも気付けだろうか。

「売り言葉に買い言葉、ってやつだよ」

「それでぶっ倒れていたら世話ないぢゃろう。ほれ、勝鬨ぢゃろう? 行くぞ」

 京助は『筋斗雲』を作り出し、アマカワとキアラを乗せる。

「何を言えばいいんだ」

「テキトーでいいよ。勝ったってわかればいいんだから」

「マスター、お気をつけて」

 そう声をかけると、薄く微笑んだ彼に頭を撫でられた。

「もう今さら気を付けることも無いけど、そうだね。ちゃんと気を付けるよ」

「落ちてきたら受け止めてやるから安心しろ、京助」

「落ちないって。じゃ、今度こそ行ってくる」

 ふわりと浮かぶ『筋斗雲』を目で追う。
 落ちてきてくれたら、彼を抱きしめられるのに。
 そんなありもしないことを思った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 雨が止んだ。
 共に戦っていた水の蛇、エイムダムはゆっくりと消えていく。

「ちょっ、おい!」

 慌ててそれに駆け寄るが、ぴちゃりと何の変哲もない水に戻ってしまう。『薫風のアルバトロス』にとって彼らは非常に頼りになる味方だったのだ。

「マジかよ……これでまたBランク魔物とか出てきたら――」

「い、いやサンジャー。周りの気配を探ってみろ」

 言われてきょろきょろと周囲を見回し、耳を澄ますと……シン、と異様な静けさが辺りを包んでいた。
 魔物が王都を闊歩していた時では考えられない程の静けさ。

「魔物の……気配が……?」

「無い、な……無い、終わった……?」

 ブレンダもバートもマヌクもダイクも。
 気配を恐る恐る探りながら……魔物の気配が無くなったことを確認する。

「やった、終わった?!」

「勝った、勝った……っ!」

「うろたえるな! ここで油断すればまた足元をすくわれる、落ち着いて回復と周囲の状況観察に努めろ!」

 サンジャーはチームメンバーにそう叫び、自身も剣を構える。五人のパーティーメンバーたちは各々の方法で索敵、警戒し……そして本当の意味で周囲に敵影が無いことを確認した。まるで、普通の街にいるよう。
 いや、昨日までは普通の街だったはずなのだが……。

「……いない、な。サンジャー」

「ああ……いない」

「この区画……だけ、か? それとも……?」

 カチャリ、と剣を降ろしたところで――ざざっ、と空間にノイズが走った。何事かと身構えると、聞き覚えの無い声が空から降ってきた。

『こほん。俺の名前はアキラ・アマカワ。今はSランクAG、キョースケ・キヨタの力を借りて皆に声を届けている』

 アキラ・アマカワ。聞いたことがある――どころじゃない。王都じゃ有名だ。あのラノール・エッジウッドが直々に剣技の手解きをしているという、塔を踏破した『勇者』の名だ。

『雨が止んだことから分かる通り……王都の魔物は全て駆逐した。一体残らず、全てだ』

 チームメイトがざわつく。この区画だけじゃない。魔物を全て駆逐した?
 王都の、魔物を……!

『辛く、苦しい戦いだった。……ありがとう、戦ってくれて。すまなかった、俺の力不足のせいで多数の犠牲者を出してしまった』

 アキラ・アマカワの声が震える。まるで涙をこらえるように。

『そして……誇ってくれ、俺たちは勝った、勝ったんだ。騎士団の皆、AGの皆のおかげで。魔族を討ち滅ぼし、魔物を全て倒した。魔族の侵略を、俺たちは撥ね退けたんだ!』

 勇者。
 騎士団長。
 SランクAG。
 恐らくこの人族における最高級の戦力がたまたまいた、助けに来てくれたから勝てただけのはずだ、本当は。
 でも彼は、心から『皆のおかげだ』と思っている。
 それが堪らなく嬉しく。
 それが堪らなく誇らしい。

『長くなったが最後に……『勇者』として、宣言する。この王都をグチャグチャにした魔族を許さない! 王都の復興に力を貸した後、必ずや魔王を倒すことを誓おう!』

 彼の声によって王都に歓声が上がる。

「なぁ、サンジャー。今は何が欲しい?」

「そうだな……」

 空を見上げる。

「――ふかふかの布団、かな」

 キラキラと輝く朝日がサンジャーたちを照らした。
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