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第九章 王都救援なう
216話 意地と無理なう
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「よし……! 行くぞ、まずはガーナ! 結界を解け!」
「おう」
結界が解除されて三人の身体を勢いよく雨が打つ。それと同時にあのSランクAGが言っていた水の魔物もこちらへ向かって来ているようだ。アレが本当に味方してくれるなら何とかなるかもしれない。
トルクが重心を低くしてバキュームトロールに近づく。バキュームトロールは全身が気持ち悪いどぶのような深緑色になっているため雨の中では見づらいが……巨体故に見失うことは無い。
振りかぶられた槌をトルクが受け止めると同時にハイアーとガーナは走り出す。二人でロープを持って。
普通ならこんな愚策にかかるような魔物ではないが、今は雨と夜闇で視界が悪く……更に、あの妙に肥大化した上半身と槌のせいでバランスが悪く、更に足元が見えてない!
バキュームトロールが淡々とトルクに槌を振り下ろしているが、トルクも『職スキル』を総動員して耐えている。
そしてバキュームトロールが踏み込んだ瞬間に合わせてハイアーとガーナは動く。トルクがギリギリのところでロープを避け、踏み込んでしまったバキュームトロールは見事にそれに引っかかってしまった。
グン、と物凄い力で引っ張られるが――バキュームトロールは踏ん張りがきいていない。そのまま頭から倒れこむ。
「っしゃぁ馬鹿め!」
「今だ二人とも!」
ガーナが水弾をバキュームトロールに放ち、目を潰す。その隙をついてハイアーとトルクはバキュームトロールの上に乗って心臓に剣を突き立てた。
しかしやはり刃が立っていない。ガギンという無機質な音と共に剣が弾き返されてしまった。
とはいえこのチャンスを逃すわけにはいかない。ハイアーは自身が持つ最強の『職スキル』を発動しようと腰を落とす。この技にはタメて跳躍する必要があるからだ。
チャンスはこの一瞬。そう考えて一気に飛び上がろうとしたところで――がぱり、という奇妙な音を聞いた。
何が、と思う間も無くその正体を知る。何故なら目の前に闇が広がっていたから。バキュームトロールがとんでもない大口を開けて自分たちを喰おうとしていたのだ。
「――――ッ!! トルク! 逃げろ!」
「――あっ?」
硬直するトルク。マズい――ハイアーは彼を蹴飛ばし、その反動を利用して自分もその場から何とか逃げる。
千載一遇のチャンスを逃した……っ! そう残念がる暇もなく、バキュームトロールの槌が真横に薙がれた。
受け止めることも出来ず吹き飛ばされる。壁を破壊して近くの建物の中に強制入室させられた。
したたかに頭を打ったらしく、平衡感覚が無くなる。自分が立っているのか寝ているのかの感覚が失われ……その後、痛みが全身に走った。
「がっ……ぐっ……『スタンダップ・ライド』!」
吠える。それと同時に体が平衡感覚を取り戻し、強制的に立ち上がる。全身に走る痛みはそのままだが、身体を無理矢理動かす――つまるところ“意地を張って無理をする”、『職スキル』だ。
頭を打ったせいで吐き気はするが、今は休んでいる暇は無い。『健脚』を発動して即座に戦場に戻ると、ガーナが魔法でバキュームトロールが立ち上がるのを阻害してくれていた。これならばまだチャンスはある。
自分より強い相手と戦う時はどうするか。
まずは皆で協力する。
勝利条件を定める。
どんな卑怯な手を使ってでも相手に隙を作る。
手持ちの物は仮にポケットにたまたま入っていた糸くずだろうと使えないか考える。
そして何より……無理をする。
「普通にやって勝てない敵なんだからなァ! トルク、合わせろ!」
「おお!」
全力で跳躍し、力を一点集中させて貫通させる『弾丸刺突』を発動させた。落下スピードを加えて放たれた一撃がバキュームトロールの心臓をめがけて勢いを増す。
バキュームトロールも流石にマズいと判断したのか、左手を二人の剣と心臓の間に挟ませてきた。とんでもない衝撃が周囲に走り、雨が一時的に吹き飛んだ。
「くそ……っ!」
ミシミシミシ、と剣の方が悲鳴を上げている。でもここしかチャンスは無いのだ、今決めるしかないのだ。
歯を食いしばり、全身の力を籠める。このガードを貫いて魔魂石を破壊するために。
「うおおおお!!!」
「届け!」
『ぶも、ぶもももも!!!』
バキュームトロールがほんの少しだけ余裕そうな表情になり、押し返そうとしてくる。ダメか――とほんの少しよぎった瞬間。
周囲から飛び出してきた水の魔物が合体し、巨大化して……バキュームトロールの手足に巻き付いて抑え込んだ。
バキュームトロールは困惑した表情になるが、更に他の水の魔物が目などを突いて邪魔をする。それのおかげか、押し返す力が弱まった。
「今だ!」
ガーナがそのタイミングを見計って強化魔法をかけてくれる。勢いを取り戻したハイアーとトルクの剣がずずっ……とバキュームトロールの左手に滑り込む。
驚愕の表情になるバキュームトロールだがもう遅い。ハイアーとトルクの剣はもう止まらない。
左手を貫き、心臓に到達する。がしゅん! というガラスを砕くような手応えの後……バキュームトロールの肉体はドロドロと溶けて消えてしまった。
後に残るのは討伐部位であるバキュームトロールの槌のみ。最期はあっけなかったが……なんとか生き延びた。
息を切らしながらその場にへたり込む。はっきり言って死ぬかと思った。
だが取りあえず生き延びた。また『悪食』クラスがきてはかなわないが……。
「ハイアー、いったん体勢を立て直すぞ」
「ああ」
トルクが肩を貸そうとこちらへ近づいてきたので、その手をとって立ち上がる。
足と腰が痛む。やはり無理をしたツケはすぐに支払わないといけないらしい。
「よし、いったん建物の中に退避して傷を癒――」
『ぐるおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
巨大な咆哮に三人同時に武器を構える。新手だろうか、こんなすぐに?
しかしそんなことは言っていられない。ハイアーはガーナとトルクと背中合わせになり周囲を確認すると……
「嘘……だろ……!?」
「Bランク魔物が、群れで……!」
『ぐるおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』
豪雨の中、地響きをたてながら何体もの魔物がこちらへと向かってきていたのだ。水の魔物たちが奴らを攻撃しているがハッキリ言って効いている様子はない。むしろ怒らせているだけのように見える。
万事休すとはこのことか。ハイアーは息を吐くと、もう一度『スタンダップライド』を発動させる。たぶん一週間くらいベッドから起きあがれなくなるだろうが死ぬよりマシだ。
「トルク、ガーナ……っ! ここが正念場だぞ!」
「くそっ……逃げれるわけねぇよなぁ」
「ははっ! 強い敵は大歓迎だぜ!」
ザッと見えるのはアックスオークにハンマーオーガ、コアゴーレムにブレードフォックスヘッドなどの強力なBランク魔物や、ロアボアやクレイスライムなどの厄介なCランク魔物。
どれもこれも一体ずつならば危なげなく勝てるだろう。だが集団となると……
「いや……諦めてたまるか! 盾は任せた、トルク!」
「どんだけでも踏ん張るぜ。支援は任せたぞガーナ!」
「このギリギリ感がオナニーより気持ちいいんだよ! とどめは任せるよハイアー!」
ここまできたらもう、自分を、仲間を信じるしかない。
それに自分たちが負ければ、この魔物の群は別のところに行く。非戦闘員を抱えるであろう避難所などに突っ込んでしまえば騎士団がいても危ういだろう。
だからここで止める。
「最後の力まで振り絞れ……! 一歩も下がらんぞ!」
トルクを先頭に三人同時に駆け出す。それに続くように巨大化した水の魔物も。連携はとるが庇わない、庇い合わない。一体でも多く殺し尽くす。
ハンマーオークのハンマーをトルクが受け止め、バランスを崩したところにガーナの一撃で目を潰す。再生が始まる前にハイアーは剣を振りかぶると、『一刀両断』の『職スキル』で頭からから竹割りに真っ二つにした。
喜ぶ暇は無い、左右から同時にアックスオークとブレードフォックスヘッドが襲いかかってくる。やむなくアックスオークを二人に任せハイアーはブレードフォックスヘッドに向き直る。
「はぁっ!」
尾の剣を避け、ギリギリまで引きつけてから一閃。首を狙った一撃は間一髪のところで受けられる。
ハイアーの持つ直剣は力任せに叩き切るのではなく遠心力を利用した速度で斬るものだ。こんなすぐ側では力を発揮出来ない。
蹴りを入れて距離をとり、ブレードフォックスヘッドが怒って雑に剣を振り上げたところで――全身を丸め込むようにして右上から左下に振り抜き、剣を斬り飛ばす。
『キュオオオオ!』
「自惚れるなよ……群れて強くなった気か知らないが! 俺はBランクAG『直進』のハイアー!」
悪足掻きのように左腕の爪で腹をぶち抜こうとしてきたが、直剣の柄で受けると同時に体を入れ替えてバランスを崩させる。
「俺たちはこんなピンチ、数え切れないほどくぐってるんだよぉぉぉぉ!!!!」
斬!
首がクルクルと回転して地面に落ちる。血を払い、即座に次の魔物へ向かおうとしたところで――
「ハイアー、よけろ!!!」
――背後から、アックスオークの斧が振り下ろされていた。
横目で確認すると、トルクは別のアックスオークと対峙しておりガーナはクレイスライムと戦闘中。
剣も間に合わない、その場から跳んで逃げることも出来ない。しかも『スタンダップ・ライド』のツケか膝がガクリと折れる。
(ここまでか……っ!)
「思った通り、さすがに強い。……ありがとう、持ち堪えてくれて」
――声が上から降ってきた。驚くまもなくその声は自分とアックスオークの間に着地すると、ガシィッ! と素手で斧を受け止めてしまった。
「なっ……!?」
「『剣士殺し』……だったね。でも俺はあいにく槍使いなんだ」
激流をその身に纏った槍使いは、まるで戦場にいるとは思えない程落ち着いた声音のまま――全身から殺気を吹き出した。
「お座り」
ガクン! とアックスオークがその場に膝をつく。身動きすらとれないのか、土下座するような体勢になると――全身を真っ赤にした。アックスオークの防御態勢だ。こうなってしまうと並大抵の切断系武器は通用しない。
しかし激流の槍使いはそれを一切に意に介さず手を空に向ける。そして握り拳を作ったかと思うと……そのまま振り下ろした。
ぐしゃっ! という音とともに見えないナニカに頭を押しつぶされるアックスオーク。
「魔魂石はもらうよ。『ファングランス』」
そのまま槍から大顎のようなものを発生させると、心臓部分をくり抜いて魔魂石を取り出した激流の槍使い。
更に周囲を見ると――トルクが相手をしていたアックスオークは髪を一つにまとめた女性剣士に細切れにされており、クレイスライムはとんがり帽子をかぶった魔法師に(雨の中だというのに)燃やされている。
更に周囲に集まっていた他の魔物は亜人族の女性や眼鏡をかけた魔法師が一瞬で蹴散らしてしまっていた。
まるでお伽噺のような光景にしばし目を奪われてから……改めて、目の前の槍使いに礼を言う。
このタイミングで助けに来たのだ。間違いなく彼だろう。
「助かった。……お前が『流星』のキョースケか。最年少でSランカーになったという」
「『流星』? ……まあそれはよくわからないけど、そうだよ。俺がキョースケだ。ちなみに君たちは?」
「俺たちはBランクチーム『残響のデザートローカス』だ。そして俺はリーダーのハイアー」
「ああ、Bランク。どうりで強い」
Sランカーに言われれば嫌味としか思えないが、彼からは見下すような空気を感じない。自分の方が強いという前提はあるだろうが、しっかりとハイアーたちの実力を測った上で客観的事実としてそう言っていそうだ。
だから余計にムカつくわけだが。
「こちらこそお礼と……あと謝罪をね。君らが『強い』AGであることは気配で分かっていたから、申しわけないとは思いつつも周囲の強力な魔物を集めさせてもらってたんだ」
あのエイムダムを使ってね、と水の魔物を指さしてそう言うキョースケ。
「非戦闘員とかち合うよりは、君らみたいなAGに相手をさせた方が効率的だと思ったからね。君らが倒せるならそれでよし、そうでなくとも時間を稼いでくれたら俺たちが間に合う」
「ハッ、俺らは時間稼ぎ要員ってことか。それとも俺らに活躍の機会を与えるとでも言いたいのか? Sランカー様は傲慢でいらっしゃる」
彼の言いざまに少しカチンと来たため――そして舐められるということが無いように、喧嘩を売ってみる。
しかしキョースケは首を振ると、後ろにいた露出の多い女性を呼び寄せた。
「キアラ、この人たちに回復魔法を。……誤解させたなら謝るよ。そんな意図は無い。ただ、君らの経験と実力があるなら最悪の結果は免れる。そう思ったからだよ」
「……テメェらの言う最悪の結果になってたらどうするつもりだったんだ?」
一つ間違えていれば全滅していた。その恨みを籠めてそう言うと……拍子抜けな答えが帰ってきた。
「その時はここにエイムダムを集中させて時間稼ぎの継続かな。ある程度……なら、状況がエイムダムから伝わってくるんだ。ピンチな場所があれば駆け付けられる。……絶対とは言わないけど、トレインした以上は最低限の保険はかけてるよ」
怒るでも悲しむでも虚勢を張るでもないキョースケは、確かに高ランクAGの雰囲気を漂わせていた。
なるほど、『流星』なんて大層なあだ名をつけられていると思っていたが、あながち間違いじゃないらしい。
キレるのもバカらしくなってしまい、ハイアーはやれやれと首を振ってから、キョースケの胸板に拳を当てる。
「しかしこれだけのことを出来るんだから、全部一人でやっちまえると思うんだがな」
躱すことも無くハイアーの拳を受けたキョースケは、肩をすくめて首を振った。
「そうもいかない。やっぱり一人じゃ出来ることに不安はあるよ」
そしてキョースケは口にくわえたタバコを燻らせながらニヤリと笑った。
「それじゃあ、こうしてまたトレインしてもいいかな」
「もちろん……とは言えないが、出来る限りこっちも最善を尽くそう」
「……ありがとう」
キョースケはもう一度礼を言ってからふわりと浮かぶ。見れば彼が連れて来た全員が同じように浮いていた。
空を飛ぶAGがいないわけではないが、一切の詠唱も無しにチームメンバー全員を浮かせるとは何事なのか。本職は槍使いじゃ無いのか。
魔法槍使いとも呼称されているのも納得の技術だ。
「ああそうだ、この騒動が終わったら一回ギルドに来いよ。一杯奢るから」
「……そうだね、今日明日ってわけにはいかないけど必ず顔を出すよ。それじゃあ、またね『直進』のハイアー」
ハイアーの異名を言ってから今度こそ飛び去るキョースケ。驚いて呆けるが、すぐさま自分の失態に気づく。
「あいつ俺のこと知ってやがったのか……? って、ああクソッ。だったら葉巻を渡しとけばよかった」
でも逆に言えば、本当に会いに来てくれる確率は高いということだ。
彼のために何かいい酒でも用意しておこう――そう思いながらハイアーは剣を肩に担ぐ。
「よしお前ら、ラストスパートだ。やってやろうぜ!」
「「ああ!!」」
夜明けは近い。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「知り合いだったのか?」
次の魔物たちのところへ行くために『筋斗雲』に乗っていると、冬子がそう尋ねてきた。
「いや? ……強いて言うなら前に来た時にギルドでいたかな? ってくらい」
「でも異名を知っていたじゃないか」
「ああ」
チラリと背後に立っている新井の方を見る。
「彼女が知ってたみたいでね。さっき教えてもらった」
「はい。清田君のお役に立ちたいですから……情報収集もバッチリしています。うふふふふ」
何故かとろんとした瞳でこちらを見る新井。何か少し怖いけどそこは当然スルーしておく。
「あとどれくらいかな」
「そうぢゃのぅ。まあ、あの男のところに取りあえず強い魔物はやっておけ」
キアラに言われ、俺もあの男を思い出す。
この王都に来て強敵と殆ど戦ってないような気がする、あの男を。
「まったく、俺よりベテランのくせしてサボるなんてね」
「いや京助、流石にサボっては無いと思うぞ。……美女がいたら優先して助けに行ったりはしてそうだが」
「ヨホホ! ……否定は出来ないデス」
俺らが苦笑いしているのを見て、新井がコテンと首を倒す。
「どなたのことですか? ……まさか、別の女ですか?」
目をグリンと開く新井。怖い怖い怖い。
俺は首を振ってから活力煙を吸い込む。
「……男って言ったじゃん。俺の先輩で、リャンの師匠で――」
「不本意ですが」
吐き捨てるように言うリャンの頭を撫でてから、肺一杯の煙を吐き出した。
「――俺の知りうる限り、最強の弓兵だ」
新井がはて、という顔になる。
そう、あいつと一緒に戦場に立ったことは無い。
あいつと一緒に戦ったことも無い。
出会ってからずっとちょっかいをかけるだけの男だ。
でもどうしてだろうか。無性に信頼できる、弓兵としての実力だけは。
『カカカッ、キョースケェ。テメェが集めるマデモネーミタイダゼェ!』
エイムダムから情報を得たヨハネスがそう言って笑うので、俺も彼から情報を共有して……納得する。
「やっぱりアイツは規格外か」
俺は『筋斗雲』を次の場所へと走らせる。強力な魔物のすぐそばに強い人間がいない。急がないと。
俺はアイツみたいに、街の一角を全て自分の陣地にする何てこと出来ないからね。
「おう」
結界が解除されて三人の身体を勢いよく雨が打つ。それと同時にあのSランクAGが言っていた水の魔物もこちらへ向かって来ているようだ。アレが本当に味方してくれるなら何とかなるかもしれない。
トルクが重心を低くしてバキュームトロールに近づく。バキュームトロールは全身が気持ち悪いどぶのような深緑色になっているため雨の中では見づらいが……巨体故に見失うことは無い。
振りかぶられた槌をトルクが受け止めると同時にハイアーとガーナは走り出す。二人でロープを持って。
普通ならこんな愚策にかかるような魔物ではないが、今は雨と夜闇で視界が悪く……更に、あの妙に肥大化した上半身と槌のせいでバランスが悪く、更に足元が見えてない!
バキュームトロールが淡々とトルクに槌を振り下ろしているが、トルクも『職スキル』を総動員して耐えている。
そしてバキュームトロールが踏み込んだ瞬間に合わせてハイアーとガーナは動く。トルクがギリギリのところでロープを避け、踏み込んでしまったバキュームトロールは見事にそれに引っかかってしまった。
グン、と物凄い力で引っ張られるが――バキュームトロールは踏ん張りがきいていない。そのまま頭から倒れこむ。
「っしゃぁ馬鹿め!」
「今だ二人とも!」
ガーナが水弾をバキュームトロールに放ち、目を潰す。その隙をついてハイアーとトルクはバキュームトロールの上に乗って心臓に剣を突き立てた。
しかしやはり刃が立っていない。ガギンという無機質な音と共に剣が弾き返されてしまった。
とはいえこのチャンスを逃すわけにはいかない。ハイアーは自身が持つ最強の『職スキル』を発動しようと腰を落とす。この技にはタメて跳躍する必要があるからだ。
チャンスはこの一瞬。そう考えて一気に飛び上がろうとしたところで――がぱり、という奇妙な音を聞いた。
何が、と思う間も無くその正体を知る。何故なら目の前に闇が広がっていたから。バキュームトロールがとんでもない大口を開けて自分たちを喰おうとしていたのだ。
「――――ッ!! トルク! 逃げろ!」
「――あっ?」
硬直するトルク。マズい――ハイアーは彼を蹴飛ばし、その反動を利用して自分もその場から何とか逃げる。
千載一遇のチャンスを逃した……っ! そう残念がる暇もなく、バキュームトロールの槌が真横に薙がれた。
受け止めることも出来ず吹き飛ばされる。壁を破壊して近くの建物の中に強制入室させられた。
したたかに頭を打ったらしく、平衡感覚が無くなる。自分が立っているのか寝ているのかの感覚が失われ……その後、痛みが全身に走った。
「がっ……ぐっ……『スタンダップ・ライド』!」
吠える。それと同時に体が平衡感覚を取り戻し、強制的に立ち上がる。全身に走る痛みはそのままだが、身体を無理矢理動かす――つまるところ“意地を張って無理をする”、『職スキル』だ。
頭を打ったせいで吐き気はするが、今は休んでいる暇は無い。『健脚』を発動して即座に戦場に戻ると、ガーナが魔法でバキュームトロールが立ち上がるのを阻害してくれていた。これならばまだチャンスはある。
自分より強い相手と戦う時はどうするか。
まずは皆で協力する。
勝利条件を定める。
どんな卑怯な手を使ってでも相手に隙を作る。
手持ちの物は仮にポケットにたまたま入っていた糸くずだろうと使えないか考える。
そして何より……無理をする。
「普通にやって勝てない敵なんだからなァ! トルク、合わせろ!」
「おお!」
全力で跳躍し、力を一点集中させて貫通させる『弾丸刺突』を発動させた。落下スピードを加えて放たれた一撃がバキュームトロールの心臓をめがけて勢いを増す。
バキュームトロールも流石にマズいと判断したのか、左手を二人の剣と心臓の間に挟ませてきた。とんでもない衝撃が周囲に走り、雨が一時的に吹き飛んだ。
「くそ……っ!」
ミシミシミシ、と剣の方が悲鳴を上げている。でもここしかチャンスは無いのだ、今決めるしかないのだ。
歯を食いしばり、全身の力を籠める。このガードを貫いて魔魂石を破壊するために。
「うおおおお!!!」
「届け!」
『ぶも、ぶもももも!!!』
バキュームトロールがほんの少しだけ余裕そうな表情になり、押し返そうとしてくる。ダメか――とほんの少しよぎった瞬間。
周囲から飛び出してきた水の魔物が合体し、巨大化して……バキュームトロールの手足に巻き付いて抑え込んだ。
バキュームトロールは困惑した表情になるが、更に他の水の魔物が目などを突いて邪魔をする。それのおかげか、押し返す力が弱まった。
「今だ!」
ガーナがそのタイミングを見計って強化魔法をかけてくれる。勢いを取り戻したハイアーとトルクの剣がずずっ……とバキュームトロールの左手に滑り込む。
驚愕の表情になるバキュームトロールだがもう遅い。ハイアーとトルクの剣はもう止まらない。
左手を貫き、心臓に到達する。がしゅん! というガラスを砕くような手応えの後……バキュームトロールの肉体はドロドロと溶けて消えてしまった。
後に残るのは討伐部位であるバキュームトロールの槌のみ。最期はあっけなかったが……なんとか生き延びた。
息を切らしながらその場にへたり込む。はっきり言って死ぬかと思った。
だが取りあえず生き延びた。また『悪食』クラスがきてはかなわないが……。
「ハイアー、いったん体勢を立て直すぞ」
「ああ」
トルクが肩を貸そうとこちらへ近づいてきたので、その手をとって立ち上がる。
足と腰が痛む。やはり無理をしたツケはすぐに支払わないといけないらしい。
「よし、いったん建物の中に退避して傷を癒――」
『ぐるおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
巨大な咆哮に三人同時に武器を構える。新手だろうか、こんなすぐに?
しかしそんなことは言っていられない。ハイアーはガーナとトルクと背中合わせになり周囲を確認すると……
「嘘……だろ……!?」
「Bランク魔物が、群れで……!」
『ぐるおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』
豪雨の中、地響きをたてながら何体もの魔物がこちらへと向かってきていたのだ。水の魔物たちが奴らを攻撃しているがハッキリ言って効いている様子はない。むしろ怒らせているだけのように見える。
万事休すとはこのことか。ハイアーは息を吐くと、もう一度『スタンダップライド』を発動させる。たぶん一週間くらいベッドから起きあがれなくなるだろうが死ぬよりマシだ。
「トルク、ガーナ……っ! ここが正念場だぞ!」
「くそっ……逃げれるわけねぇよなぁ」
「ははっ! 強い敵は大歓迎だぜ!」
ザッと見えるのはアックスオークにハンマーオーガ、コアゴーレムにブレードフォックスヘッドなどの強力なBランク魔物や、ロアボアやクレイスライムなどの厄介なCランク魔物。
どれもこれも一体ずつならば危なげなく勝てるだろう。だが集団となると……
「いや……諦めてたまるか! 盾は任せた、トルク!」
「どんだけでも踏ん張るぜ。支援は任せたぞガーナ!」
「このギリギリ感がオナニーより気持ちいいんだよ! とどめは任せるよハイアー!」
ここまできたらもう、自分を、仲間を信じるしかない。
それに自分たちが負ければ、この魔物の群は別のところに行く。非戦闘員を抱えるであろう避難所などに突っ込んでしまえば騎士団がいても危ういだろう。
だからここで止める。
「最後の力まで振り絞れ……! 一歩も下がらんぞ!」
トルクを先頭に三人同時に駆け出す。それに続くように巨大化した水の魔物も。連携はとるが庇わない、庇い合わない。一体でも多く殺し尽くす。
ハンマーオークのハンマーをトルクが受け止め、バランスを崩したところにガーナの一撃で目を潰す。再生が始まる前にハイアーは剣を振りかぶると、『一刀両断』の『職スキル』で頭からから竹割りに真っ二つにした。
喜ぶ暇は無い、左右から同時にアックスオークとブレードフォックスヘッドが襲いかかってくる。やむなくアックスオークを二人に任せハイアーはブレードフォックスヘッドに向き直る。
「はぁっ!」
尾の剣を避け、ギリギリまで引きつけてから一閃。首を狙った一撃は間一髪のところで受けられる。
ハイアーの持つ直剣は力任せに叩き切るのではなく遠心力を利用した速度で斬るものだ。こんなすぐ側では力を発揮出来ない。
蹴りを入れて距離をとり、ブレードフォックスヘッドが怒って雑に剣を振り上げたところで――全身を丸め込むようにして右上から左下に振り抜き、剣を斬り飛ばす。
『キュオオオオ!』
「自惚れるなよ……群れて強くなった気か知らないが! 俺はBランクAG『直進』のハイアー!」
悪足掻きのように左腕の爪で腹をぶち抜こうとしてきたが、直剣の柄で受けると同時に体を入れ替えてバランスを崩させる。
「俺たちはこんなピンチ、数え切れないほどくぐってるんだよぉぉぉぉ!!!!」
斬!
首がクルクルと回転して地面に落ちる。血を払い、即座に次の魔物へ向かおうとしたところで――
「ハイアー、よけろ!!!」
――背後から、アックスオークの斧が振り下ろされていた。
横目で確認すると、トルクは別のアックスオークと対峙しておりガーナはクレイスライムと戦闘中。
剣も間に合わない、その場から跳んで逃げることも出来ない。しかも『スタンダップ・ライド』のツケか膝がガクリと折れる。
(ここまでか……っ!)
「思った通り、さすがに強い。……ありがとう、持ち堪えてくれて」
――声が上から降ってきた。驚くまもなくその声は自分とアックスオークの間に着地すると、ガシィッ! と素手で斧を受け止めてしまった。
「なっ……!?」
「『剣士殺し』……だったね。でも俺はあいにく槍使いなんだ」
激流をその身に纏った槍使いは、まるで戦場にいるとは思えない程落ち着いた声音のまま――全身から殺気を吹き出した。
「お座り」
ガクン! とアックスオークがその場に膝をつく。身動きすらとれないのか、土下座するような体勢になると――全身を真っ赤にした。アックスオークの防御態勢だ。こうなってしまうと並大抵の切断系武器は通用しない。
しかし激流の槍使いはそれを一切に意に介さず手を空に向ける。そして握り拳を作ったかと思うと……そのまま振り下ろした。
ぐしゃっ! という音とともに見えないナニカに頭を押しつぶされるアックスオーク。
「魔魂石はもらうよ。『ファングランス』」
そのまま槍から大顎のようなものを発生させると、心臓部分をくり抜いて魔魂石を取り出した激流の槍使い。
更に周囲を見ると――トルクが相手をしていたアックスオークは髪を一つにまとめた女性剣士に細切れにされており、クレイスライムはとんがり帽子をかぶった魔法師に(雨の中だというのに)燃やされている。
更に周囲に集まっていた他の魔物は亜人族の女性や眼鏡をかけた魔法師が一瞬で蹴散らしてしまっていた。
まるでお伽噺のような光景にしばし目を奪われてから……改めて、目の前の槍使いに礼を言う。
このタイミングで助けに来たのだ。間違いなく彼だろう。
「助かった。……お前が『流星』のキョースケか。最年少でSランカーになったという」
「『流星』? ……まあそれはよくわからないけど、そうだよ。俺がキョースケだ。ちなみに君たちは?」
「俺たちはBランクチーム『残響のデザートローカス』だ。そして俺はリーダーのハイアー」
「ああ、Bランク。どうりで強い」
Sランカーに言われれば嫌味としか思えないが、彼からは見下すような空気を感じない。自分の方が強いという前提はあるだろうが、しっかりとハイアーたちの実力を測った上で客観的事実としてそう言っていそうだ。
だから余計にムカつくわけだが。
「こちらこそお礼と……あと謝罪をね。君らが『強い』AGであることは気配で分かっていたから、申しわけないとは思いつつも周囲の強力な魔物を集めさせてもらってたんだ」
あのエイムダムを使ってね、と水の魔物を指さしてそう言うキョースケ。
「非戦闘員とかち合うよりは、君らみたいなAGに相手をさせた方が効率的だと思ったからね。君らが倒せるならそれでよし、そうでなくとも時間を稼いでくれたら俺たちが間に合う」
「ハッ、俺らは時間稼ぎ要員ってことか。それとも俺らに活躍の機会を与えるとでも言いたいのか? Sランカー様は傲慢でいらっしゃる」
彼の言いざまに少しカチンと来たため――そして舐められるということが無いように、喧嘩を売ってみる。
しかしキョースケは首を振ると、後ろにいた露出の多い女性を呼び寄せた。
「キアラ、この人たちに回復魔法を。……誤解させたなら謝るよ。そんな意図は無い。ただ、君らの経験と実力があるなら最悪の結果は免れる。そう思ったからだよ」
「……テメェらの言う最悪の結果になってたらどうするつもりだったんだ?」
一つ間違えていれば全滅していた。その恨みを籠めてそう言うと……拍子抜けな答えが帰ってきた。
「その時はここにエイムダムを集中させて時間稼ぎの継続かな。ある程度……なら、状況がエイムダムから伝わってくるんだ。ピンチな場所があれば駆け付けられる。……絶対とは言わないけど、トレインした以上は最低限の保険はかけてるよ」
怒るでも悲しむでも虚勢を張るでもないキョースケは、確かに高ランクAGの雰囲気を漂わせていた。
なるほど、『流星』なんて大層なあだ名をつけられていると思っていたが、あながち間違いじゃないらしい。
キレるのもバカらしくなってしまい、ハイアーはやれやれと首を振ってから、キョースケの胸板に拳を当てる。
「しかしこれだけのことを出来るんだから、全部一人でやっちまえると思うんだがな」
躱すことも無くハイアーの拳を受けたキョースケは、肩をすくめて首を振った。
「そうもいかない。やっぱり一人じゃ出来ることに不安はあるよ」
そしてキョースケは口にくわえたタバコを燻らせながらニヤリと笑った。
「それじゃあ、こうしてまたトレインしてもいいかな」
「もちろん……とは言えないが、出来る限りこっちも最善を尽くそう」
「……ありがとう」
キョースケはもう一度礼を言ってからふわりと浮かぶ。見れば彼が連れて来た全員が同じように浮いていた。
空を飛ぶAGがいないわけではないが、一切の詠唱も無しにチームメンバー全員を浮かせるとは何事なのか。本職は槍使いじゃ無いのか。
魔法槍使いとも呼称されているのも納得の技術だ。
「ああそうだ、この騒動が終わったら一回ギルドに来いよ。一杯奢るから」
「……そうだね、今日明日ってわけにはいかないけど必ず顔を出すよ。それじゃあ、またね『直進』のハイアー」
ハイアーの異名を言ってから今度こそ飛び去るキョースケ。驚いて呆けるが、すぐさま自分の失態に気づく。
「あいつ俺のこと知ってやがったのか……? って、ああクソッ。だったら葉巻を渡しとけばよかった」
でも逆に言えば、本当に会いに来てくれる確率は高いということだ。
彼のために何かいい酒でも用意しておこう――そう思いながらハイアーは剣を肩に担ぐ。
「よしお前ら、ラストスパートだ。やってやろうぜ!」
「「ああ!!」」
夜明けは近い。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「知り合いだったのか?」
次の魔物たちのところへ行くために『筋斗雲』に乗っていると、冬子がそう尋ねてきた。
「いや? ……強いて言うなら前に来た時にギルドでいたかな? ってくらい」
「でも異名を知っていたじゃないか」
「ああ」
チラリと背後に立っている新井の方を見る。
「彼女が知ってたみたいでね。さっき教えてもらった」
「はい。清田君のお役に立ちたいですから……情報収集もバッチリしています。うふふふふ」
何故かとろんとした瞳でこちらを見る新井。何か少し怖いけどそこは当然スルーしておく。
「あとどれくらいかな」
「そうぢゃのぅ。まあ、あの男のところに取りあえず強い魔物はやっておけ」
キアラに言われ、俺もあの男を思い出す。
この王都に来て強敵と殆ど戦ってないような気がする、あの男を。
「まったく、俺よりベテランのくせしてサボるなんてね」
「いや京助、流石にサボっては無いと思うぞ。……美女がいたら優先して助けに行ったりはしてそうだが」
「ヨホホ! ……否定は出来ないデス」
俺らが苦笑いしているのを見て、新井がコテンと首を倒す。
「どなたのことですか? ……まさか、別の女ですか?」
目をグリンと開く新井。怖い怖い怖い。
俺は首を振ってから活力煙を吸い込む。
「……男って言ったじゃん。俺の先輩で、リャンの師匠で――」
「不本意ですが」
吐き捨てるように言うリャンの頭を撫でてから、肺一杯の煙を吐き出した。
「――俺の知りうる限り、最強の弓兵だ」
新井がはて、という顔になる。
そう、あいつと一緒に戦場に立ったことは無い。
あいつと一緒に戦ったことも無い。
出会ってからずっとちょっかいをかけるだけの男だ。
でもどうしてだろうか。無性に信頼できる、弓兵としての実力だけは。
『カカカッ、キョースケェ。テメェが集めるマデモネーミタイダゼェ!』
エイムダムから情報を得たヨハネスがそう言って笑うので、俺も彼から情報を共有して……納得する。
「やっぱりアイツは規格外か」
俺は『筋斗雲』を次の場所へと走らせる。強力な魔物のすぐそばに強い人間がいない。急がないと。
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