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第九章 王都救援なう
200話 火蓋なう
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「……ここは?」
ラノールは少し呆然とした口調で呟く。
パッ、と。
意識と視界が切り替わった。
先ほどまで魔族四人と対峙しており、そして鎖のようなものを胸に撃ち込まれたところまでは覚えているが――。
「――ッ!」
鋭い炎が空から雨のように降ってきた。
――まさか炎に鋭い、なんて形容を使う日が来るとは。
ラノールはほんの少しだけ苦笑を浮かべると跳躍して炎を躱す。
「キヒャァ!」
空中にいるラノールへ更なる追撃。刃のように形成された鋭い炎は、なるほど剣で受けるには不向きだろう。
数えきれないほど撃ち出された炎の刃を冷静に見極め、僅かに開いていた隙間に身体を滑り込ませる。
完全に躱した――そう思った瞬間、ラノールの身体が炎に包まれた。
「ぐっ!?」
何故?
疑問が頭を埋め尽くしそうになるが――それを無理矢理振り払う。
重要なのは今自分に起きていることの対処。
延焼などの状態異常を弾く『職スキル』、『騎士の構え』を使い、身体の炎を弾く。幸いなことに皮膚は灼けていないが、後もう少し弾くのが遅れていたらマズいことになっていただろう。
炎が飛んできた方を睨みつける。
ばさり。
全身を炎に変え、背からはさらに炎の翼を生やした魔族――モルガフィーネがそこには浮かんでいた。どうやら彼女によってこの空間の中に拉致されたらしい。
周囲は溶岩で囲まれており、空すら真っ赤に燃えている。空気も熱い……照り焼きにされた気分だ。
こんな場所、自然界ではあり得ない――だろう。少なくともラノールはこんな場所に心当たりはない。
であれば、ここは間違いなく奴が生み出したフィールド。つまり、向こうにとって有利で自分にとって不利な空間なのだろう。
……本来であれば。
(やれやれ。キョースケ・キヨタはまだ分かるが……あの魔法師は何者だ?)
熱さはやや感じるが、それ以外の不調は感じない。体内のバフによって守られている感覚がある。
なるほど、これがSランカーの仲間か。
「キヒャァッ! 特筆戦力、ラノール・エッジウッド! アンタを灼けるなんてなァ……ああ! なんてアタシは幸運なんだ! キヒャァッ! 神なんて信じちゃないけど、神に祈りたいような気分だ!」
悦楽によるものか、うっとりとした表情で身を震わせるモルガフィーネ。ラノールはそんな彼女を冷ややかに眺めながら、ふと足元に何かが落ちていることに気づいた。
「?」
真っ黒で灰になりかけているから分かりづらいが――どうも人骨、それも頭部のもののようだ。
可愛らしく悲鳴を上げたいところだが、生憎とそんな時期はとうに過ぎた。
……女子力アピールをしたい相手もいないことであるし。
「この空間はお前が作ったのだろう? この骸骨に意味はあるのか?」
何とはなしに――否、今すぐに斬りかかりたい衝動を抑えるため敢えて話しかける。敵の手の内を探り、報告するのが騎士の務めだ。まして魔族ともなればデータは少ない。
「意味? あるに決まってんじゃん。キヒャァッ! ここはアタシの心の世界、理想の世界。理想の世界なんだから――アタシが今まで殺した人間が! 全部、いるんだよここには! 死体で!」
完全に狂気に満ちた眼。
まともな会話が成り立つとは思っていなかったが、ここまでとも思っていなかった。
「……どうも私に理解出来る人種じゃないらしいな、貴様は」
「そう? アンタも一度やってみればいいじゃん! ハマるぜェ!?」
ペラペラと熱に浮かされるように捲し立てるモルガフィーネ。ラノールの剣がミシリと鳴るが……まだ、斬りつけない。
「……楽しかったか?」
「あ?」
代わりに静かに問いかける。
抑えねばならない、まだ。
「楽しかったか、と訊いている。この国の民を――私が守るべき民を殺すのは、楽しかったかと訊いているんだ」
モルガフィーネはにんまりと笑うと、体中の炎を噴き上げながら興奮したようにうなずいた。
「キヒャァッ! そりゃあ、強い奴を燃やすのもいいけど――雑魚を絶望させながら燃やしていくのも快感だぜェ? キヒャヒャァッ! 特に、子どもを守ろうとする親なんかいいなァ。最初に子どもを焼くんだ、そうすると消そうと親がもがく。もがいてもがいて、何とか火が消えた瞬間――足を焼き尽くすんだ。逃げられなくなって、炎に囲まれて! 絶望しながら燃えていく――!」
うっとりと。
まるで絶頂に達しているような表情のモルガフィーネ。
「そう、か……」
戦闘スタイルは……炎の魔法だろう。肉体を炎に変えるなど聞いたことは無いが、似た魔物なら見たことがある。対処の仕方は似ているだろう。
話を聞く限り愉快犯。であれば、今回の王都襲撃の目的などは知らされていない可能性が高そうだ。
なら――
「――死ね」
「燃えろォ!」
ギギギギギギギギギギギギギィィィィィィィィィィン!!
目にもとまらぬ超速連撃、それをモルガフィーネは手にしていた短剣で防いだ。先ほどラノールに飛ばしていた炎の斬撃はこれから放たれたものだろう。
一目でわかる『力』と『圧』。数度しか見たことが無いアキラの神器に勝るとも劣らない『力』を持っているだろう。
「キヒャァッ! いいねいいね、最高! あひゃきひゃあははは! アンタを燃やし――」
何か言おうとしていたようだが関係ない。
ラノールは一振りで三度の斬撃を繰り出し、その『剣圧』と『風圧』で超高温の炎を弾き返し――超速で接近し、盾でその顔面を殴りつけた。
「我が名はラノール・エッジウッド! エッジウッド家当主として、第一騎士団団長として! 貴様を狩る――魔族、モルガフィーネ!」
「あひゃひゃひゃ、キヒャァッ! いいよ、いいよいいよいいよキヒャヒャハヒャハァァァ!!」
狂ったように嗤うモルガフィーネ。木と木を打ち合わせたような音が鳴る。そして真っ赤な――まるで血のような色の魔力が全身を覆い、二本の角が生えた。
爆風に吹き飛ばされそうになるが、空中で一回転してから着地。跳躍して再度接近する。
「推して、参る!!!」
「キヒャァッ! 焼き尽くして殺るよ。ああ、ああ! 怒り以外の感情もちゃんとアタシに向けてから――死んでくれよ!?」
人知超越の戦い。
その第一陣の火ぶたが切って落とされた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……ん?」
時間にしてほんの零コンマ数秒だろうが意識を失っていた。戦闘中だというのに。
鎖がイプシロンの装甲を突き抜けて自分に刺さったところまでは覚えているが……。
周囲を見渡すと、荒れ地というか荒野というか。とにかく草木の生えていない地面がむき出しになった平野に立っていた。
遮蔽物が無く、また弾丸を反射させるための建物も無い。志村にとっては非常にやりにくそうなフィールドだ。
(あの鎖で……結界内に取り込まれたと考えるのが妥当で御座ろうな)
周囲に味方の気配は無し。まあ敵がわざわざ複数人取り込んでいるとは考えづらいから、先ほどブリーダとやらが言った四人が各々結界内に取り込まれているのだろう。
マールの傍にいられないこと、また彼女に危険が及ぶかもしれないことは非常に腹立たしいが……同時に、ほんの少しだけ好機だともいえる。
――新造神器。
どうせならもう一つ欲しいと思っていたところだから。
(ヴェスディアンカーの分で一つ、イプシロンの分でもう一つってところで御座るな)
無限に魔力を得られる武器、それがあればどちらも更に性能を向上させることが出来る。実力の全てを装備に依存する志村としてはどうしても手に入れておきたい品だ。
先の戦いで手に入れたものと合わせて二つ、これだけあれば十分研究も進むだろう。
「砂利、で御座るな。……ということは、結界というより空間を一つ作り出していると考えるべきで御座るか? アイテムボックスのように」
であれば相当高度な魔法だ。王都を覆う結界を作り出せるのだから今さら何をされても驚かないが、改めて手強い敵であると認識させられる。
手強いと言えば……。
(さっきブリーダが言っていた四人だと……京助殿とラノール殿はさておき、天川殿は今回の戦いで苦戦するで御座ろうな)
確かに天川は実力をかなり伸ばした。しかしそれでもなかなか厳しい戦いになるだろう。志村の見立てでは天川はあの四人それぞれと互角くらいだろうというところだ。
「向こうの指名で御座るからなぁ」
こうなれば信じるしかない。
それに――今、志村がすべきは自分の心配だ。
負ける気は微塵も無いが――かといって楽に勝てるとも思っていない。イプシロン抜きではそもそも土俵にすら立てないだろう。
「殆ど怪人で御座るな――ッ!?」
レーダーがギリギリのところで感知した。超速で飛来する土塊の弾丸。
バックステップしてそれを躱し、足のジェットを発動させて空中に浮かび上がる。
「なかなか手荒い挨拶だな」
空中で姿勢を制御しつつ、攻撃の出所を探る。魔力を探知するレーダーの改良版、記録した敵の位置を座標で表示する高精度レーダーだ。
魔力の位置を探り、フォーカスすると……
(地中?)
反応があった位置に拳銃をぶっ放す。
ドッ!
肩にかかる強烈な反動。恐らく普通の状態で撃てば志村ですらまともに敵に当てることは叶わないだろう。しかしイプシロンを着ている今なら、簡単に制御することが出来る。
ドドドッ! ドドドッ!
地中を逃げる敵影にさらに追撃。あまりに正確な射撃がくるからか、とうとう地中に潜っていた魔族が姿を現した。
そこに――
「やるではないか――む?」
「BOMB!」
――ズガンッ!
地雷ならぬ空雷だ。まあ実際の空雷は空中魚雷の略で地雷とは微塵も関係ないんだがそれは置いておいて。
志村がバラまいた透明な浮遊する爆弾が、地中から現れた魔族――タルタンクの身体を吹き飛ばす。
爆風に紛れ、さらにいくつかのドローンを発射した。これで準備は取りあえず整ったと言ってもいいだろう。
「……ふむ、魔法ではないようだが。興味深い攻撃だ」
もうもうと立ち込める土煙が晴れると、そこには無傷のタルタンクが浮遊していた。口もとには余裕の笑みを携えて。
しかし先ほどまでとは違い――体が岩に包まれている。まるでゴーレム、いやもっと洗練されているか。
「ああ、『職スキル』だ。いいだろう?」
息を吐くように嘘をつく。どうせ理屈を説明しても分かるわけがないのだが。
「ふむ、なかなかいい挨拶だが……目くらましかね? 威力が低すぎる」
「おいおい、オレはお前の攻撃に合わせてやったんだ。お前の挨拶に対する返礼としはちょうどよかったはずだが?」
仮面の下でフッと笑うと、タルタンクは少しだけ眉に皺を寄せた。
そのままタルタンクは身体の調子を確かめるように一つ、二つ拳を振るう。その一撃一撃から魔族とは思えない程の重さを感じるが――まさか、魔法よりも肉弾戦がメインの魔族なのだろうか。
(だとすれば少し、相性が悪いか)
志村の持つ『魔法喰らい』や『魔法師殺し』があれば魔法師や魔族の対処はかなり楽になるが、ルーツィアのように物量で攻められたり肉弾戦で来られるとなると少々対処を変えなければならない。
笑みを苦笑いに変え、腰から二丁の拳銃を抜く。
右手に切札。
左手に冀望。
イプシロンでのみ扱えるそれをクロスさせて構え――ジェットの勢いを増した。
「じゃあ行こうか、タルタンク」
ズガガガッ!
ガガガッ! 三点バーストの冀望から放たれた弾丸がタルタンクへ吸い込まれていくが――それら全てを腕に纏わせた岩で防いできた。
「……先ほどよりは良い威力だ」
無傷か。
想定内とはいえ、今ので一つもダメージを与えられないのはしんどいな。
志村はクルクルと拳銃を回しつつ、さらに周囲に弾丸をばらまく。
「そんな直線的な攻撃――何度こようと効かぬ」
「それはどうかな?」
志村が呟いた途端、タルタンクの膝裏に志村の弾丸が突き刺さった。
怪訝な顔になるタルタンク――そこに更に雨あられのように弾丸を撃ち出す。
「ふっ!」
それらをバシバシバシィッ! と弾くタルタンクだが――志村はその弾丸をさらに別の弾丸で撃った。まるでビリヤードのように。
異様な軌道でタルタンクに襲いかかる弾丸たち。驚きに目を見開くタルタンクは跳躍してそれらを躱そうとするが――
「そこにはオレがいる」
――一瞬で距離を詰めた志村が、超至近距離で切札をぶっ放した。
「ぬぅん!」
タルタンクは自身の周囲に球形になるように岩を生成し、志村の弾丸を弾こうとする。しかし籠められているのは『魔法師殺し』。魔力で編まれた防壁など、チリ紙程の役にも立たない。
「ぐっ!」
呻くタルタンク。ギリギリ腕でガードしたか。
「視界を塞ぐだけだぞ?」
志村は更に弾丸を見当違いな方へ撃つ。一瞬銃撃が止んだ隙をついたつもりか、タルタンクが何枚もの盾を生み出す。しかもさっき出した物と違い強固そうだ。
だが――
「四方八方――半径二十メートルの弾丸の結界だ! ……ってな」
フッと笑い、周囲のドローンに反射した弾丸が全てタルタンクに襲いかかっていく。不規則にバウンドする弾丸の一撃一撃は弱くなるかもしれないが、そもそも頭に当たれば一撃だ。
タルタンクはそれらを防御せず、何と肉体を地中に滑りこませることで全て躱す。
「……|土精霊(ノーム)系統か?」
記憶の中からそれと似たような能力を持つ魔物の名前を引っ張りだす。魔物殺しは自分の領域外であると考えているが、だからといって知らねばマールを守れない。
(……どうせなら人工知能でも搭載して、検索をかけれるようにしたいで御座るな)
それをやるとバッタの改造人間というよりアメコミの赤い空飛ぶパワードスーツだが。今の時点で割とそっちに寄ってる気がしなくもないか。
「よく分かったな」
志村の呟きは誰かに聞かせるためのものではなかったが、地中から返事が来た。
「如何にも、我が宿している魔物はバレットノーム。地に類する魔物では最上位に位置する存在よ」
ご丁寧にぺらぺらと話してくれるタルタンク。このまま新造神器のことも話してくれないだろうか。
そう思った志村が黙ると……地中からズブズブと斧を持ったタルタンクが現れた。
斧、どう見ても尋常じゃない『力』を内包しているそれは――まあ、ルーツィアの持っていたものと同種だろう。
「しかしこれなら我が名乗る価値があるというもの。では改めて名乗らせてもらおうか」
そう言ったタルタンクはゴトンと地面に斧を突くと、胸を張って名乗りをあげた。
「我が名はタルタンク。魔王の血族が一人にして新造神器を渡されし者!」
そんな名乗りを待つつもりもない。新造神器のことを話さないならこのまま――
「おっと、待て待て。その前にこれを」
手の平で志村を制し、タルタンクは懐から小瓶を取り出す。中身は……ポーション、だろうか。緑色の液体だ。
「お主はここまでの戦いで疲れていよう、怪我していよう? それではあまりにフェアでない。よって、これを渡そう。我らの技術の粋を凝らして作った回復薬だ。たちどころに傷が治るぞ」
一体何のつもりだろうか。
志村は訝しみつつも……魔族製の回復薬と言われたら気になる。もしも持ち帰って温水先生に渡せば更に彼の研究に役立つだろう。
「……生憎、敵から貰ったものを飲めるような温かい世界で暮らしているわけじゃない。まだドクペかルートビアの方がマシだ」
ちなみに志村のフェイバリット炭酸飲料はコーラ、とくにペプシ派だ。
タルタンクはその反応は予想通りとでも言いたげに頷くと、その瓶の口を開けて一口飲んだ。
「この通り、毒など入っていない。そら」
投げ渡されたそれをキャッチし、ジッと見つめる。
……置き毒の可能性もあるし、底に毒が溜まっているパターンもある。どのみち飲まない方が賢明だろう。
「……ありがたいが、さっきオレはきちんと補給してきててな。今は怪我も無く、体力的にも問題ない。せっかくの好意を無下にして悪いが――今のオレは万全だ」
実際、これは嘘じゃない。ルーツィア戦の負傷はさっきのポーションで治したし、体力もヴェスディアンカーに乗っている間にマールから回復魔法をかけてもらっている。
気力は流石にそこそこ削がれているが、集中力を切らすほどじゃない。文字通り、万全だ。
タルタンクはにっこりと笑うと、うんうんと頷きだす。
「そうか、それならばいい! やはり勝負はフェアな状態でやらねばな!」
癇に障る考え方だが、そういうのは人それぞれだ。むしろ自分が不利にならないなら歓迎すらする。
志村は懐から――と見せかけてアイテムボックスからタバコを一箱取り出し、タルタンクに投げた。イプシロンのどこに入れてたんだとか言われまい。
「しかし人から施されて何も返さないのも失礼だろう。返礼だ」
タルタンクは受け取り、コツコツとそれを叩く。不用心に開けて中身を確認すると嬉しそうな顔になった。
「ほう、紙巻か。ありがたい、戦闘が終わった後吸わせてもらおう」
そのまま懐に仕舞うタルタンク。
「なんだ、生きて帰る気でいるのか?」
「異なことを。負けると思って戦う阿呆がこの世にいるのかね?」
やりにくいタイプだ。
「では君の名を聞こう! 何者だ!」
タルタンクの問い。
志村はマスクの下で頬少し上げると、クルクルと拳銃を回し、ビシッとポーズを決めて声高に名乗りを上げた。
「オレの名前は魔弾の射手! 常夜の支配者にしてあらゆる外敵を撃ち払う漆黒の騎士」
クイクイッ、と指を曲げて挑発しながら銃口をタルタンクに向ける。
「狙った獲物はハチの巣だ」
タルタンクもまた、厳めしい面のまま堂々と胸を張る。
そしてコーン……と木魚を叩いた時のような音とともにまるで岩のような色の魔力に覆われ、二本の角が生えた。
「来い、ナイトメアバレット!」
「行くぞタルタンク!」
悪夢の時間だ。
ラノールは少し呆然とした口調で呟く。
パッ、と。
意識と視界が切り替わった。
先ほどまで魔族四人と対峙しており、そして鎖のようなものを胸に撃ち込まれたところまでは覚えているが――。
「――ッ!」
鋭い炎が空から雨のように降ってきた。
――まさか炎に鋭い、なんて形容を使う日が来るとは。
ラノールはほんの少しだけ苦笑を浮かべると跳躍して炎を躱す。
「キヒャァ!」
空中にいるラノールへ更なる追撃。刃のように形成された鋭い炎は、なるほど剣で受けるには不向きだろう。
数えきれないほど撃ち出された炎の刃を冷静に見極め、僅かに開いていた隙間に身体を滑り込ませる。
完全に躱した――そう思った瞬間、ラノールの身体が炎に包まれた。
「ぐっ!?」
何故?
疑問が頭を埋め尽くしそうになるが――それを無理矢理振り払う。
重要なのは今自分に起きていることの対処。
延焼などの状態異常を弾く『職スキル』、『騎士の構え』を使い、身体の炎を弾く。幸いなことに皮膚は灼けていないが、後もう少し弾くのが遅れていたらマズいことになっていただろう。
炎が飛んできた方を睨みつける。
ばさり。
全身を炎に変え、背からはさらに炎の翼を生やした魔族――モルガフィーネがそこには浮かんでいた。どうやら彼女によってこの空間の中に拉致されたらしい。
周囲は溶岩で囲まれており、空すら真っ赤に燃えている。空気も熱い……照り焼きにされた気分だ。
こんな場所、自然界ではあり得ない――だろう。少なくともラノールはこんな場所に心当たりはない。
であれば、ここは間違いなく奴が生み出したフィールド。つまり、向こうにとって有利で自分にとって不利な空間なのだろう。
……本来であれば。
(やれやれ。キョースケ・キヨタはまだ分かるが……あの魔法師は何者だ?)
熱さはやや感じるが、それ以外の不調は感じない。体内のバフによって守られている感覚がある。
なるほど、これがSランカーの仲間か。
「キヒャァッ! 特筆戦力、ラノール・エッジウッド! アンタを灼けるなんてなァ……ああ! なんてアタシは幸運なんだ! キヒャァッ! 神なんて信じちゃないけど、神に祈りたいような気分だ!」
悦楽によるものか、うっとりとした表情で身を震わせるモルガフィーネ。ラノールはそんな彼女を冷ややかに眺めながら、ふと足元に何かが落ちていることに気づいた。
「?」
真っ黒で灰になりかけているから分かりづらいが――どうも人骨、それも頭部のもののようだ。
可愛らしく悲鳴を上げたいところだが、生憎とそんな時期はとうに過ぎた。
……女子力アピールをしたい相手もいないことであるし。
「この空間はお前が作ったのだろう? この骸骨に意味はあるのか?」
何とはなしに――否、今すぐに斬りかかりたい衝動を抑えるため敢えて話しかける。敵の手の内を探り、報告するのが騎士の務めだ。まして魔族ともなればデータは少ない。
「意味? あるに決まってんじゃん。キヒャァッ! ここはアタシの心の世界、理想の世界。理想の世界なんだから――アタシが今まで殺した人間が! 全部、いるんだよここには! 死体で!」
完全に狂気に満ちた眼。
まともな会話が成り立つとは思っていなかったが、ここまでとも思っていなかった。
「……どうも私に理解出来る人種じゃないらしいな、貴様は」
「そう? アンタも一度やってみればいいじゃん! ハマるぜェ!?」
ペラペラと熱に浮かされるように捲し立てるモルガフィーネ。ラノールの剣がミシリと鳴るが……まだ、斬りつけない。
「……楽しかったか?」
「あ?」
代わりに静かに問いかける。
抑えねばならない、まだ。
「楽しかったか、と訊いている。この国の民を――私が守るべき民を殺すのは、楽しかったかと訊いているんだ」
モルガフィーネはにんまりと笑うと、体中の炎を噴き上げながら興奮したようにうなずいた。
「キヒャァッ! そりゃあ、強い奴を燃やすのもいいけど――雑魚を絶望させながら燃やしていくのも快感だぜェ? キヒャヒャァッ! 特に、子どもを守ろうとする親なんかいいなァ。最初に子どもを焼くんだ、そうすると消そうと親がもがく。もがいてもがいて、何とか火が消えた瞬間――足を焼き尽くすんだ。逃げられなくなって、炎に囲まれて! 絶望しながら燃えていく――!」
うっとりと。
まるで絶頂に達しているような表情のモルガフィーネ。
「そう、か……」
戦闘スタイルは……炎の魔法だろう。肉体を炎に変えるなど聞いたことは無いが、似た魔物なら見たことがある。対処の仕方は似ているだろう。
話を聞く限り愉快犯。であれば、今回の王都襲撃の目的などは知らされていない可能性が高そうだ。
なら――
「――死ね」
「燃えろォ!」
ギギギギギギギギギギギギギィィィィィィィィィィン!!
目にもとまらぬ超速連撃、それをモルガフィーネは手にしていた短剣で防いだ。先ほどラノールに飛ばしていた炎の斬撃はこれから放たれたものだろう。
一目でわかる『力』と『圧』。数度しか見たことが無いアキラの神器に勝るとも劣らない『力』を持っているだろう。
「キヒャァッ! いいねいいね、最高! あひゃきひゃあははは! アンタを燃やし――」
何か言おうとしていたようだが関係ない。
ラノールは一振りで三度の斬撃を繰り出し、その『剣圧』と『風圧』で超高温の炎を弾き返し――超速で接近し、盾でその顔面を殴りつけた。
「我が名はラノール・エッジウッド! エッジウッド家当主として、第一騎士団団長として! 貴様を狩る――魔族、モルガフィーネ!」
「あひゃひゃひゃ、キヒャァッ! いいよ、いいよいいよいいよキヒャヒャハヒャハァァァ!!」
狂ったように嗤うモルガフィーネ。木と木を打ち合わせたような音が鳴る。そして真っ赤な――まるで血のような色の魔力が全身を覆い、二本の角が生えた。
爆風に吹き飛ばされそうになるが、空中で一回転してから着地。跳躍して再度接近する。
「推して、参る!!!」
「キヒャァッ! 焼き尽くして殺るよ。ああ、ああ! 怒り以外の感情もちゃんとアタシに向けてから――死んでくれよ!?」
人知超越の戦い。
その第一陣の火ぶたが切って落とされた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……ん?」
時間にしてほんの零コンマ数秒だろうが意識を失っていた。戦闘中だというのに。
鎖がイプシロンの装甲を突き抜けて自分に刺さったところまでは覚えているが……。
周囲を見渡すと、荒れ地というか荒野というか。とにかく草木の生えていない地面がむき出しになった平野に立っていた。
遮蔽物が無く、また弾丸を反射させるための建物も無い。志村にとっては非常にやりにくそうなフィールドだ。
(あの鎖で……結界内に取り込まれたと考えるのが妥当で御座ろうな)
周囲に味方の気配は無し。まあ敵がわざわざ複数人取り込んでいるとは考えづらいから、先ほどブリーダとやらが言った四人が各々結界内に取り込まれているのだろう。
マールの傍にいられないこと、また彼女に危険が及ぶかもしれないことは非常に腹立たしいが……同時に、ほんの少しだけ好機だともいえる。
――新造神器。
どうせならもう一つ欲しいと思っていたところだから。
(ヴェスディアンカーの分で一つ、イプシロンの分でもう一つってところで御座るな)
無限に魔力を得られる武器、それがあればどちらも更に性能を向上させることが出来る。実力の全てを装備に依存する志村としてはどうしても手に入れておきたい品だ。
先の戦いで手に入れたものと合わせて二つ、これだけあれば十分研究も進むだろう。
「砂利、で御座るな。……ということは、結界というより空間を一つ作り出していると考えるべきで御座るか? アイテムボックスのように」
であれば相当高度な魔法だ。王都を覆う結界を作り出せるのだから今さら何をされても驚かないが、改めて手強い敵であると認識させられる。
手強いと言えば……。
(さっきブリーダが言っていた四人だと……京助殿とラノール殿はさておき、天川殿は今回の戦いで苦戦するで御座ろうな)
確かに天川は実力をかなり伸ばした。しかしそれでもなかなか厳しい戦いになるだろう。志村の見立てでは天川はあの四人それぞれと互角くらいだろうというところだ。
「向こうの指名で御座るからなぁ」
こうなれば信じるしかない。
それに――今、志村がすべきは自分の心配だ。
負ける気は微塵も無いが――かといって楽に勝てるとも思っていない。イプシロン抜きではそもそも土俵にすら立てないだろう。
「殆ど怪人で御座るな――ッ!?」
レーダーがギリギリのところで感知した。超速で飛来する土塊の弾丸。
バックステップしてそれを躱し、足のジェットを発動させて空中に浮かび上がる。
「なかなか手荒い挨拶だな」
空中で姿勢を制御しつつ、攻撃の出所を探る。魔力を探知するレーダーの改良版、記録した敵の位置を座標で表示する高精度レーダーだ。
魔力の位置を探り、フォーカスすると……
(地中?)
反応があった位置に拳銃をぶっ放す。
ドッ!
肩にかかる強烈な反動。恐らく普通の状態で撃てば志村ですらまともに敵に当てることは叶わないだろう。しかしイプシロンを着ている今なら、簡単に制御することが出来る。
ドドドッ! ドドドッ!
地中を逃げる敵影にさらに追撃。あまりに正確な射撃がくるからか、とうとう地中に潜っていた魔族が姿を現した。
そこに――
「やるではないか――む?」
「BOMB!」
――ズガンッ!
地雷ならぬ空雷だ。まあ実際の空雷は空中魚雷の略で地雷とは微塵も関係ないんだがそれは置いておいて。
志村がバラまいた透明な浮遊する爆弾が、地中から現れた魔族――タルタンクの身体を吹き飛ばす。
爆風に紛れ、さらにいくつかのドローンを発射した。これで準備は取りあえず整ったと言ってもいいだろう。
「……ふむ、魔法ではないようだが。興味深い攻撃だ」
もうもうと立ち込める土煙が晴れると、そこには無傷のタルタンクが浮遊していた。口もとには余裕の笑みを携えて。
しかし先ほどまでとは違い――体が岩に包まれている。まるでゴーレム、いやもっと洗練されているか。
「ああ、『職スキル』だ。いいだろう?」
息を吐くように嘘をつく。どうせ理屈を説明しても分かるわけがないのだが。
「ふむ、なかなかいい挨拶だが……目くらましかね? 威力が低すぎる」
「おいおい、オレはお前の攻撃に合わせてやったんだ。お前の挨拶に対する返礼としはちょうどよかったはずだが?」
仮面の下でフッと笑うと、タルタンクは少しだけ眉に皺を寄せた。
そのままタルタンクは身体の調子を確かめるように一つ、二つ拳を振るう。その一撃一撃から魔族とは思えない程の重さを感じるが――まさか、魔法よりも肉弾戦がメインの魔族なのだろうか。
(だとすれば少し、相性が悪いか)
志村の持つ『魔法喰らい』や『魔法師殺し』があれば魔法師や魔族の対処はかなり楽になるが、ルーツィアのように物量で攻められたり肉弾戦で来られるとなると少々対処を変えなければならない。
笑みを苦笑いに変え、腰から二丁の拳銃を抜く。
右手に切札。
左手に冀望。
イプシロンでのみ扱えるそれをクロスさせて構え――ジェットの勢いを増した。
「じゃあ行こうか、タルタンク」
ズガガガッ!
ガガガッ! 三点バーストの冀望から放たれた弾丸がタルタンクへ吸い込まれていくが――それら全てを腕に纏わせた岩で防いできた。
「……先ほどよりは良い威力だ」
無傷か。
想定内とはいえ、今ので一つもダメージを与えられないのはしんどいな。
志村はクルクルと拳銃を回しつつ、さらに周囲に弾丸をばらまく。
「そんな直線的な攻撃――何度こようと効かぬ」
「それはどうかな?」
志村が呟いた途端、タルタンクの膝裏に志村の弾丸が突き刺さった。
怪訝な顔になるタルタンク――そこに更に雨あられのように弾丸を撃ち出す。
「ふっ!」
それらをバシバシバシィッ! と弾くタルタンクだが――志村はその弾丸をさらに別の弾丸で撃った。まるでビリヤードのように。
異様な軌道でタルタンクに襲いかかる弾丸たち。驚きに目を見開くタルタンクは跳躍してそれらを躱そうとするが――
「そこにはオレがいる」
――一瞬で距離を詰めた志村が、超至近距離で切札をぶっ放した。
「ぬぅん!」
タルタンクは自身の周囲に球形になるように岩を生成し、志村の弾丸を弾こうとする。しかし籠められているのは『魔法師殺し』。魔力で編まれた防壁など、チリ紙程の役にも立たない。
「ぐっ!」
呻くタルタンク。ギリギリ腕でガードしたか。
「視界を塞ぐだけだぞ?」
志村は更に弾丸を見当違いな方へ撃つ。一瞬銃撃が止んだ隙をついたつもりか、タルタンクが何枚もの盾を生み出す。しかもさっき出した物と違い強固そうだ。
だが――
「四方八方――半径二十メートルの弾丸の結界だ! ……ってな」
フッと笑い、周囲のドローンに反射した弾丸が全てタルタンクに襲いかかっていく。不規則にバウンドする弾丸の一撃一撃は弱くなるかもしれないが、そもそも頭に当たれば一撃だ。
タルタンクはそれらを防御せず、何と肉体を地中に滑りこませることで全て躱す。
「……|土精霊(ノーム)系統か?」
記憶の中からそれと似たような能力を持つ魔物の名前を引っ張りだす。魔物殺しは自分の領域外であると考えているが、だからといって知らねばマールを守れない。
(……どうせなら人工知能でも搭載して、検索をかけれるようにしたいで御座るな)
それをやるとバッタの改造人間というよりアメコミの赤い空飛ぶパワードスーツだが。今の時点で割とそっちに寄ってる気がしなくもないか。
「よく分かったな」
志村の呟きは誰かに聞かせるためのものではなかったが、地中から返事が来た。
「如何にも、我が宿している魔物はバレットノーム。地に類する魔物では最上位に位置する存在よ」
ご丁寧にぺらぺらと話してくれるタルタンク。このまま新造神器のことも話してくれないだろうか。
そう思った志村が黙ると……地中からズブズブと斧を持ったタルタンクが現れた。
斧、どう見ても尋常じゃない『力』を内包しているそれは――まあ、ルーツィアの持っていたものと同種だろう。
「しかしこれなら我が名乗る価値があるというもの。では改めて名乗らせてもらおうか」
そう言ったタルタンクはゴトンと地面に斧を突くと、胸を張って名乗りをあげた。
「我が名はタルタンク。魔王の血族が一人にして新造神器を渡されし者!」
そんな名乗りを待つつもりもない。新造神器のことを話さないならこのまま――
「おっと、待て待て。その前にこれを」
手の平で志村を制し、タルタンクは懐から小瓶を取り出す。中身は……ポーション、だろうか。緑色の液体だ。
「お主はここまでの戦いで疲れていよう、怪我していよう? それではあまりにフェアでない。よって、これを渡そう。我らの技術の粋を凝らして作った回復薬だ。たちどころに傷が治るぞ」
一体何のつもりだろうか。
志村は訝しみつつも……魔族製の回復薬と言われたら気になる。もしも持ち帰って温水先生に渡せば更に彼の研究に役立つだろう。
「……生憎、敵から貰ったものを飲めるような温かい世界で暮らしているわけじゃない。まだドクペかルートビアの方がマシだ」
ちなみに志村のフェイバリット炭酸飲料はコーラ、とくにペプシ派だ。
タルタンクはその反応は予想通りとでも言いたげに頷くと、その瓶の口を開けて一口飲んだ。
「この通り、毒など入っていない。そら」
投げ渡されたそれをキャッチし、ジッと見つめる。
……置き毒の可能性もあるし、底に毒が溜まっているパターンもある。どのみち飲まない方が賢明だろう。
「……ありがたいが、さっきオレはきちんと補給してきててな。今は怪我も無く、体力的にも問題ない。せっかくの好意を無下にして悪いが――今のオレは万全だ」
実際、これは嘘じゃない。ルーツィア戦の負傷はさっきのポーションで治したし、体力もヴェスディアンカーに乗っている間にマールから回復魔法をかけてもらっている。
気力は流石にそこそこ削がれているが、集中力を切らすほどじゃない。文字通り、万全だ。
タルタンクはにっこりと笑うと、うんうんと頷きだす。
「そうか、それならばいい! やはり勝負はフェアな状態でやらねばな!」
癇に障る考え方だが、そういうのは人それぞれだ。むしろ自分が不利にならないなら歓迎すらする。
志村は懐から――と見せかけてアイテムボックスからタバコを一箱取り出し、タルタンクに投げた。イプシロンのどこに入れてたんだとか言われまい。
「しかし人から施されて何も返さないのも失礼だろう。返礼だ」
タルタンクは受け取り、コツコツとそれを叩く。不用心に開けて中身を確認すると嬉しそうな顔になった。
「ほう、紙巻か。ありがたい、戦闘が終わった後吸わせてもらおう」
そのまま懐に仕舞うタルタンク。
「なんだ、生きて帰る気でいるのか?」
「異なことを。負けると思って戦う阿呆がこの世にいるのかね?」
やりにくいタイプだ。
「では君の名を聞こう! 何者だ!」
タルタンクの問い。
志村はマスクの下で頬少し上げると、クルクルと拳銃を回し、ビシッとポーズを決めて声高に名乗りを上げた。
「オレの名前は魔弾の射手! 常夜の支配者にしてあらゆる外敵を撃ち払う漆黒の騎士」
クイクイッ、と指を曲げて挑発しながら銃口をタルタンクに向ける。
「狙った獲物はハチの巣だ」
タルタンクもまた、厳めしい面のまま堂々と胸を張る。
そしてコーン……と木魚を叩いた時のような音とともにまるで岩のような色の魔力に覆われ、二本の角が生えた。
「来い、ナイトメアバレット!」
「行くぞタルタンク!」
悪夢の時間だ。
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