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第九章 王都救援なう

199話 ただの任務なう

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 ラノール・エッジウッドは王国騎士団団長である。
 しかし同時に、エッジウッド家の当主でもある。
 ラノールは「王国騎士団団長」だから国に剣を捧げているわけではない。
 エッジウッド家に生まれついたから、この国に剣を捧げているのだ。
 アトモスフィア家、エッジウッド家、ベルビュート家。
 始まりの三家とも、単に御三家とも呼ばれるこの三家は勇者の血を引いている。
 家に力が宿っているのか、それとも血筋に力が宿っているのか――そこまでは分かっていないが、この三家には勇者の持っていた『三つの欲』が強く継承されている。
 アトモスフィア家には『支配欲』が。
 ベルビュート家には『破壊欲』が。
 そしてエッジウッド家には――『性欲』が。
 他家にどういった形でその『欲』が表出しているのかは知らないが、エッジウッド家の場合は非常に分かりやすい。
 愛する人を守りたいと思う時に尋常ならざる力を発揮する。そのため、彼女らエッジウッド家は代々「国民」を愛し、年ごろになったら「夫と、国民」を愛するようになる。そしてそれらを守るために力を発揮するのだ。

(まさかこの私が、な)

 だが、しかし。
 ラノールは元々、婿を取らないつもりだった。年の離れた妹がいることだし、彼女が強者との子を産んで家を継げばいいと考えていた。何故なら、自分より強い男なんていないから。少なくとも、自分と同等以上の公的な身分を持つものの中には。
 ラノールは自分より強いと思った男にしか自分の身体を預ける気にはならなかった。
 AGの中にはいくらかいたが――しかしその殆どが既婚者であり、積極的に付き合いたいと思うような人間もいなかった。
 だから自分は一生独身で力を磨き続ける。そしていつか生まれるであろう姪に、いくらか技術や心構えを伝授していければいい――そう思っていた。
 彼と出会うまでは。

『初めまして。アマカワ・アキラ……こっち風に言うなら、アキラ・アマカワですね。よろしくお願いします』

 今でも鮮明に思い出せる。あの衝撃を。
 初めてだった。見ただけで確信できる程の才能。
 その力に見合わぬ優しさも、剣を振ることへの抵抗も、それでも前に進まなくてはならないという熱い意志も。どれもこれも、ラノールが初めて見る類いのものだった。

『とある男を鍛えて欲しい』

『勇者の『職』に覚醒しているらしい。まずはラノール、貴方が。でなければルミールとの橋渡しを』

 国王と母上から出された命令に従うため。その程度しか彼への興味はなかった。
 しかし、しかしだ。
 最高の原石を渡された――そう思った時の胸の高鳴りは何とも表すことが出来ない。
 それからはもう彼を育てることに夢中だった。
 じっくり成長してくれればいい、どうせいつかは抜かれる。そして自分を彼が抜いた時、自分は王国騎士団の団長を辞めて彼と結ばれるのだろう。
 苦手だった男女関係の機微も一から学んだ。たまに『性欲』のせいで暴走しかけるが、彼は器が大きい。そんな結婚適齢期もとうに過ぎた行き遅れの、『恋愛に不慣れな二十六歳』にも真摯に対応してくれた。
 日に日に愛が募っていった。
 徐々に成長する彼から目を離せなかった。
 愛しい、狂おしい程手に入れたい。
 優しい故にこれから先、様々な葛藤に直面するだろう。
 それでも彼は乗り越えられる強さを持っているはずだ、自分はそれを引き出す手伝いをしてやればいい。
 剣の腕もそうだ。自分は呼び水になればいい。後は勝手に伸びていく。彼の剣はまっすぐで美しい、素直な剣だ。あれほど実直な剣であれば間違わねばぐんぐん伸びていくだろう。
 そう、思っていたのに。

(――男子三日会わざれば刮目して見よ、か。はは、まさに言葉の通りだ。本当に刮目した)

 再会した瞬間。
 彼と目が合った瞬間。
 周囲を見るまでも、彼から何かを聞くまでもなく分かった。
 自分がこれから何年もかけて教えて行こうと思っていたことを、たったの数日で無理矢理叩き込まれ、そして乗り越えたということを。
 それを理解した瞬間、ラノールの心にやってきた想いは――『怒り』だった。
 それもとびきりの、自分の使命すら霞むほどの。
 彼が乗り越えるため、どんな出来事があったかは分からない。それでも、生半可な出来事ではああはならない。
 数年分の経験をこの数日にギュッと詰め込む、それはどれほどの苦痛と苦悩を伴ったものなのか。ラノールは理解出来るが故に、だからこそ彼にはそんなもの味わってほしくなかった。
 無論、ここで彼は完成ではない。もっともっと伸びる。
 しかし、それでも。
 ここまでの道のりが――本当ならば一番長いはずだったのに。

(これが『愛』か)

 人生で初めて、人生を賭けて愛したいと思った男がそんな仕打ちをされて黙っていられるはずもなかった。
 無論、エッジウッド家のラノールとしての怒りもこれ以上ないくらいある。
 愛する国民をこれほど傷つけられ、剣を捧げたこの国の中心地がボロボロにされた。そんな大変な時にいられなかった自分の不甲斐なさにも、そしてこんな出来事を引き起こした魔族たちにも尋常じゃない怒りが湧いている。
 しかしそれとほぼ同等に、『ラノール』が怒っている。愛する者を傷つけられた、これに勝る動機もあるまい。

(魔族よ、死をもって償わせてみせる)

 かつてないほどの怒り、戦闘への動機をもって。
 ラノール・エッジウッドは魔族たちと対峙する。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ギッギッギ……ギィーッギッギッギ! ああもう無茶苦茶だ! だからキョースケェ! テメェは殺す! もともと殺す予定だった勇者、テメェも殺す! それと計画崩壊の一因である、そこの鎧野郎! テメェも殺す! ついでに特筆戦力! ラノール・エッジウッド! テメェも殺す!! 殺す、殺す殺す! せめてこれだけでも――殺す!!!」

 空に叫ぶブリーダは、本当に正気を保っているのか怪しい表情で頭を掻きむしる。
 せめてこれだけでも、と言う割には大分大きく出てるけど――

「へぇ」

 ――俺はニヤリと笑い、槍を向けた。

「やってみたら?」

 ザッ、周囲の皆も武器を構える。タローは矢を番え、ラノールは脚に力を籠める。
 俺は魔力を練った。いつでも奴らを消し飛ばす魔法を編めるように。
 戦闘態勢に入った俺たちに、魔族たちはなんのアクションもしない。魔力も練らず、武器を構えることも無く。

(……?)

 ほんの少しだけその状況に困惑し、警戒する。ここで突っ込むアホと言えば天川くらいしか思い浮かばなかったが――彼すら警戒して出方を窺っていた。
 張り詰めた静寂。それを破ったのはブリーダだった。

 とぷん。

 ブリーダは目を血走らせ――身体を水に変えた。

「「「「!?」」」」

 流石に全員驚いた顔になる。体から水を出したならまだ分かる。その程度なら俺も出来る。
 水の使い魔を呼び出したなら分かる。そのくらいならやってのける魔法師はいる。しかし身体を水そのものにするなんてどんな魔法だ。
 いや、本当に魔法なのか……?

「って、まさか……」

 思い返すのはほんの一週間くらい前に戦ったソードスコルパイダー。その変身者である二人の魔族。
 奴らは血走らせた目のまま、二人で合体し――そしてSランク魔物となった。たった二人の、それも雑魚がくっついてあれだけの強さだったんだ。四人の実力者が合体してしまえばいかほどのものか。
 ヤバい、気がする――

「まさかとは思うけど、さっきキアラが言っていたこの結界の防衛反応で生み出される最強の魔物っていうのは――」

「それはさっきお前たちが倒した」

「オレたちが悲壮な覚悟を決めて挑もうとしたデモンアシュラを一撃でやっつけただろうが」

「――あ、はい」

 天川と志村の冷ややかな目。もしかして最初の結界をぶち抜いた一撃でやっつけてしまったんだろうか。
 ……それならいいんだ、うん。
 肉体を水に変えたブリーダがニヤリと笑うと――後ろの魔族に向かって叫んだ。

「ギッギッギ。ホップリィ! モルガフィーネ、タルタンク! テメェらも見せてやれ!」

 待ってましたとばかりに自らの肉体を変化させだす魔族たち。

「嫌な予感がビンビンだね」

 俺が苦笑しつつ溜めていた魔力を解放しようとするが――それよりも速くラノールと天川が斬撃を飛ばす。

「「はぁっ!」」

 息ぴったりのその一撃を――モルガフィーネと呼ばれた女は防ぐこと無く手を広げた。

「キヒャァ。効くわけねーだろ、ばぁぁぁぁぁか」

 ぼしゅん。
 すり抜ける二人の斬撃。流石のラノールも驚いた顔だが……魔族どもは微塵も動じていない。そうであることが当たり前とでもいうように。
 物理無効系か……。

「キヒャァ! ああ……こーなるといいぜ、いいぜ」

 肉体を炎に変えたモルガフィーネは狂気に満ちた笑みを浮かべる。

「ふむ……確かに、拘りは捨ててこうなるべきだろうな」

 タルタンクはモルガフィーネとは対照的に、肉体を岩に変えた。
 モルガフィーネのように物理が無効……ってことはないかもしれないが、どうだろうか。油断は出来ない。

「ああもう……解体バラすわ……っ!」

 ホップリィは風に。四人全員が一切魔力を膨らませることなくまるで精霊エレメントのような姿に変えてしまった。
 魔力の感覚が変わる。そう、まさに魔物――

「魔王の血か……」

「ギッギッギ、よーく覚えてたなァ。キョースケ」

 忘れるわけがない。まだあの戦いからそう経っていないのだから。
 俺は舌打ちしつつ、向こうの出方を窺う。まさか未知の敵に突っ込むわけにはいかない。
 空気が張り詰める。肉体を魔物に変えた魔族たちも、俺たちも睨み合いながら動けない、動けば――隙を見せればたちまち狩られる。そんな空間。
 キアラの方をチラリとみると、涼し気な顔で頷かれる。うん、準備はOKってことだね。

「ギッギッギ……」

 バッ!
 ブリーダが内側から何か宝珠のようなものを取り出す。そしてそれを起動させようとするよりも速く、タローの狙撃が炸裂した。ワンテンポ遅れて志村の射撃も。
 ……志村の抜き打ちより速いのか、タローの矢は。
 しかしそんな音すら置き去りにする攻撃よりも更に速く、宝珠が起動した。四つの光があふれ出し、鎖となって俺たちに向かってくる。
 槍で弾こうと払った瞬間、なんとその鎖がすり抜けてしまった。

「ッ!?」

 マズい、そう思った俺は跳躍して躱そうとするが異常な角度で曲がって心臓に突き刺さった。

(ヤバい――ッ!?)

 焦りそうになる頭を無理矢理冷静に戻す。俺の槍で干渉出来なかったってことは、物理的な効果ではなく魔法効果のある鎖。となれば、魔法で対処出来るはず。
 しかし俺が何か対処するよりも早く――視界は闇に包まれてしまった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「京助!?」

 咄嗟に京助の腕を掴むが遅かった。しゅるん、と空間に溶けるようにして京助の姿が消えてしまう。
 それとほぼ同時に天川もラノールさんも――そして志村も謎の鎖に貫かれ、消えてしまった。そして彼らが消えると同時に魔族も姿を消す。
 後に残されたのは冬子たち頂点超克のリベレイターズの面々と、タローと巨大ロボットのみ。

「……ここまで読み通りとはな、流石はミスター京助だ」

 ため息をつくタロー。そして苦々しい顔で自分の弓を眺める。

「私の弓矢よりも速く起動できるとはな……。流石に驚いた、アレが魔族か」

「そうぢゃな。……やれやれ、妾でも知らぬわけぢゃからアレは魔族の技術で作られた魔道具と見るべきぢゃろうな」

「くそっ……せめて手を掴めていれば」

「無駄ぢゃろう。アレは恐らく一対一を作り出すための結界。あ奴らが許可した人間以外入れぬよ」

 そう言うキアラはある一点を見つめている。

「ふむ……あそこか。では……」

 そう言ってキアラはパチンと指を鳴らす。すると、そこに四つの黒い塊が現れた。大きさは全て体育館程もあり――空が一面埋まってしまうほどだ。

「キアラさん、それは……?」

「ヨホホ! なるほど、アレが魔族の結界デスね」

 そう言いながらリューは杖の先に炎を灯す。青白いそれはぐんぐんと大きさを増し、象ほどになった。そして勢いよく杖を振り上げ――

「ヨホホ!」

 ――シュボッ! とBランク魔物程度なら容易く灰になりそうな一撃を食らわせた。
 だがしかし、黒い塊は小動もせず浮かんでいるだけだ。あの攻撃でもビクともしないか。

「アレを外部からどうこうするのは結構骨ぢゃのぅ。バフを渡しておいて良かったわ」

 キアラさんはそう言って少し誇らしげに笑う。提案をした京助のことを誇っているのか、それとも自分の魔法の腕を誇っているのか。彼女からすれば後者な気もするが。

「京助の言う通り、魔族が一対一に持ち込むなら結界を使うというのは当たりでしたね」

 冬子の呟きに、うんうんと頷きながらピアが嬉しそうに解説する。

「そうですね。それに合わせてキアラさんに『一定時間敵からの魔法付与を無効化する』バフをあらかじめかけさせるとは……流石はマスター!」

『俺が前に魔族と戦闘した時は必ず分断してきた。闇属性は絡め手も多いし、結界に取り込まれるかもしれない。だからそれの対策だよ』

 京助が突入前にそう言って、キアラさんに前述の魔法をかけさせていた。流石に魔族との戦闘経験が一番多いだけのことはある。

「なんでそんなに説明口調なんデス?」

「そっちのゴーレムの中におる人らのためぢゃろう。安心せい、ミリオとやらにもアキラとやらにも同じバフはかけておる。中で何か理不尽なデバフを押し付けられたりはせぬよ」

 キアラさんがそう〆て、王都の中心部に向かって歩き出す。

『……ご説明感謝しますですの。Sランクチームの皆様』

 ロボットから女性――というには幼さの残る声が。恐らく彼女が志村の言っていたマール姫だろう。年齢は十歳ほどと聞いていたがしっかりとした芯を感じられる声だ。流石は王女と言ったところか。

『ただ、それならミリオにも事前に言っておいて欲しかったですの』

「生憎と、妾は妾の男にしか興味が無いものでな」

 マール姫の少しだけ不満の籠められた声にいけしゃあしゃあと言ってのけるキアラさん。流石に彼女もムッとするかと思いきや、特に反論することなくガシャン、と身体をゆすった。

『なるほど、ではわたくしは王城に戻りますの。流石にミリオ無しで戦いに挑むほど馬鹿じゃあ無いですので』

 ……自分を守る護衛である志村が囚われたというのに落ち着いている。本当に少女なのか疑わしくなる。
 そんな冬子の想いをまるで読んだかのように、ロボットのスピーカーから声が聞こえる。

『ミリオは無敵ですの、最強ですの。だからわたくしが心配すべきは自分の安全だけですの。それに――ミリオは何があってもわたくしを守ると約束してくれたですの。だから何も心配はいらないですの』

 真剣な口調。妄信ではなく確信、幼さと無知による万能感ではなく志村の実力を正確に把握した上での台詞だということが伝わってくる。
 ガチャンと踵を返したロボットの上にタローが乗り、ニヒルにほほ笑んだ。

「では私がそこまでは護衛しよう。その後は君らに合流するつもりだが、いいかね?」

 タローの問いにコクリと頷く。
 今は戦力が一人でもいた方がいい、それは何となくムカつくこの女好きでも同じこと。

「今日はナンパしないんですね」

「さしもの私もそこまで余裕はないよ。特に君らに粉をかけると――」

 パチン、とウィンク。気持ち悪い。

「――ミスター京助に殺されてしまうからね」

「気持ち悪いですね」

 バッサリと切り捨てるピア。リューさんが苦笑いしながら彼女を窘める。

「よ、ヨホホ……ピアさん、皆思ってはいますが円滑な人間関係のためにもそこは黙っておくのが大人というものデス」

 前言撤回、とどめを刺しに行った。

「……この私にウィンクされて気持ち悪がる女性は君らだけだろうな」

 ドヤ顔から一転、呆れ顔になるタロー。だがその表情には呆れ以上に何故か楽し気な雰囲気が滲んでいる。

「君らは彼が危ないとは思わないのか?」

 タローがそう言って笑う。どの口が、と返してやりたくなるほど全く京助の敗北を疑っていない。
 それは京助の実力を知っているからか、それとも同じ『Sランク』に身を連ねる者だからか。
 それは分からないが――志村を愛している女に負けない『信頼』を見せてやろうと口を開く。

「京助は割と仕事には真面目なんですよ。そして、今回『王都を救う』という依頼を受けたうえで来た」

「これはマスターにとって『戦い』にはならない。『任務』なんですよ」

「ヨホホ! ……AGになったころからキョースケさんが任務をしくじるのは見たことが無いデス」

「勝利を確信するとかそういう次元ではないのぢゃ。あくまで一つの依頼、任務。こなして当然――それが妾の推す京助ぢゃ」

 それがSランクAGキョースケ・キヨタとそのチームである冬子たちだ。お互い、任務をしくじるはずがない。

「――成程」

 タローは嬉しそうに笑うと、弓矢を引き絞った。
 王都の空をただ狙い、魔力が膨れ上がる。

「では前祝いだ、派手に行こうか!」

 バッ!
 放たれた矢は冬子の目で持ってすら数えられぬ程に拡散し、王都中に飛んでいく。さながら大玉の花火のように。きっと相当数の魔物がコレで爆散することだろう。
 冬子はその様子を見て苦笑いしつつ、王都の中心に向かって歩き出す。

「では『頂点超克のリベレイターズ』はこれから王都の救済に入る! 各人離れず、徹底的に魔物を殲滅するぞ!」

「「了解です(デス)!」」

 仲間に声をかけ、走り出す。
 ――京助が帰ってきたら、心配したんだと文句を言おう。いや、今回は怒鳴るのではなく半泣きで迫ってみようか。
 京助のうろたえる姿が楽しみだ。
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