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第八章 王都動乱なう
192話 仮面と絶望と輝く剣
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やれやれ、と安堵の息を漏らす。
志村は二人のレディーを胸に抱いたまま、頭を撫でた。
「すまなかったな、遅くなって」
「大丈夫ですの! 信じていましたの!」
「信じて……いました」
ぐりぐりと頭をこすりつけてくる二人が怪我をしないように、強化外骨格(パワードスーツ)を解除する。
(間に合って……良かったで御座る。ぐっ!)
ズキンと激痛が走り、思わず膝をつく。とうとう痛み止めが切れたらしい。しかも強化外骨格を脱いだせいで肉体のアシストを失ってしまう。
腕の中にいる二人を放し、その場に座り込む。ルーツィアとの戦いは予想以上に志村の肉体にダメージを与えていた。
(アバラ……何本折れてるんで御座るかな、これ。足がやられていないのが救いで御座るが……腕もヒビ入っていそうで御座るなぁ)
空美の回復魔法を浴びればすぐにでも治る程度の怪我だが、そろそろ強化外骨格によるアシストで動くのも限界だ。それに、彼女らにもだが……本館にいる連中にはもっと弱味を見せられない。
不気味で実力が分からない護衛がついている、それがマールの命を守ることに繋がっているのだから。
(もう一本……は嫌で御座るが)
そもそもあの薬は非常用だ。連続して飲むものじゃない。
異世界に来て初めての大怪我は……正直、のたうち回りたいほど痛い。だがそんなことは出来ない。彼女らの前で弱い自分は見せたくないから。
黙り込んでしまった志村の頭を、二人の少女が撫でる。
「ミリオ、大丈夫ですの?」
「ナイトさん、大丈夫ですか?」
「……平気だ」
強がる。強がってしまう。
絶対に弱い自分を見せない。見せたくない。
彼らの前では『最強の魔弾の射手』でいること――それが彼女を守っていくために志村が自分に科した最低限の条件なのだから。
よしよしと撫で続ける二人にフッと笑みを見せる。
「大丈夫で御座るよ。致命傷じゃないで御座るから」
「で、ですが……顔色は最悪です。せめて回復の魔法師を……」
そう言うシャンに首を振り、アイテムボックスから気休め程度のポーションを取り出す。
温水先生印のポーションは素晴らしい効果のものが多いが、流石にバッキバキに折れた骨を一瞬で治せるほどではない。怪我の回復に関してはまだまだ回復魔法師のそれには及ばないと温水先生は嘆いていた。
それをグイっと呷ってから、ふらふらと立ち上がる。
「大丈夫で御座るよ」
強い瞳で見つめる。シャンは何か言おうと口を開きかけるが……わぐわぐと何度か躊躇ってから、やめた。
「……分かりました。ですがせめて、肩を貸させてください」
「い、いやそれは大丈夫で御座るよ」
いくら志村の背が低いとはいえ、成人が近い男性だ。彼女に肩を貸されてもむしろ負担になる。
しかし、マールがニッコリと笑って……シャンの上に肩車された。
「二人でならちゃんと支えられますの。ほら」
「ええ」
二人は今、志村が渡したスーツを着ている。身体能力をある程度上げる、それだけのスーツだが……肩車して、さらに小男を支えるくらいの出力は出る。
仕方なく二人に肩を貸してもらい、自室へ。
(部屋にある……あのポーションは使いたくないんで御座るが)
背に腹は代えられない。覚悟を決めるしかないか。
「着いたですの!」
「逃げている時にも思いましたが、このスーツは凄いですね……」
シャンが感服したように目を見開く。
当然だ、オレが作ったんだぞ。
そう言いたいが、もう喋るのも辛い。ニヤッと笑って強がるだけにしておく。
カチャリと部屋に入ると、インテリアがところどころ壊れていた。恐らくここを通って逃げたのだろう。
「……二人ともマールの部屋で待っててくれ。すぐに行くから」
ズキン、肺が痛む。喋るだけでこの痛みだ。
「ミリオ?」
「しんぱい、するな」
何とか顔に出さないように堪え、二人の顔を見ないで扉を閉めた。
志村はタンスからポーションを取り出すと、ふらふらとベッドまでたどり着く。
タンスから取り出したポーションは、温水先生謹製の一本。マッドサイエンティストの気がある彼をして「これは回復用っていうか拷問用だな」と苦笑いしたものだ。
怪しい紫色の液体。何も知らないで見れば毒薬にしか見えないだろう。
(うう……い、嫌で御座るなぁ)
げんなりする。ハッキリ言って、やりたくない。
しかし――こんな体じゃまともに戦えるはずもないし、回復魔法師にも頼れない。それならば効果が実証されているこれを使うべきだろう。
(はぁー……)
自分の才の無さを呪う。
自分の凡庸さを呪う。
自分にせめて、京助や天川の持つ才能のほんの一欠けらでもあれば……二人をピンチに陥れることも、こうして激痛に悶える必要もなかっただろうに。
どれだけ強がろうとも。
どれだけ足掻こうとも。
結局のところ、自分は凡人だ。装備を整え、入念に準備し、最後の切り札まできっても二人を危険に晒してしまった。心の底から守りたい二人なのに。
そして今、自分が弱いせいで二人に心配をかけてしまった。
(やるしかない、で御座るな)
紫色の瓶を持ったまま覚悟を決め、蓋を開ける。
嫌な臭いが鼻に来る。それを我慢して一気に呷った。
そして――
「ガッ……!」
――肋骨の骨折なんか目じゃない程の痛みにのたうち回る。
「ッ! ッ! ……ッッッ!」
咄嗟にシーツに噛みつき、何とか叫び声を堪える。しかしそれでも痛みが納まるわけではない。激痛が体中を暴れまわる。
「んぐっ! ッ!」
メキメキメキメキっ! 身体の中から、明らかに人体が鳴らしてはいけない音が聞こえる。骨が砕け散る音だ。さらにブチブチブチィッ! と紐が切れるような感触が全身を揺らす。首から下の骨という骨、筋肉という筋肉がちぎれて行く音だ。
この薬は全身の怪我を綺麗さっぱり治すことが出来る魔法薬なのだが、とある欠点が存在する。
それは、一度肉体を治すために……全身を一度砕くということ。治すというよりも肉体の再構築と言った方が近いかもしれない。しかもそのためには膨大な魔力を必要とする。
肉体からどんどん魔力が失われていく。異世界人として世の中の平均以上の魔力を持っている志村だから何とかなっているが、一般人ならこの時点で魔力切れだ。
さらに猛烈な寒さに襲われる。体内の血液が一気に凍り付いたような感覚だ。
「んぅぷっ……」
酸っぱい物がせりあがってくるが、シーツを更に強く噛むことで耐える。魔力が一気に失われたためだろうか、脳を直接殴られたような衝撃が走り意識が混濁してきた。
まるで洗濯機の中にいるようだ。上下の感覚も曖昧になり、自分が空に浮いている気すらしてくる。
「ん……ぁ……」
依然として痛みと吐き気は収まらないが、何とか意識が戻ってくる。それと同時に今度は身体が灼けるように熱くなってきた。
最後に脊髄から脳まで痺れるような痛みが迸り――ふっ、と嘘のように痛みが消え去る。肉体の再構築が完了したようだ。後に残ったのは吐き気と喪失感、そして気怠さ。
「あがっ……!」
ガバッと起き上がる。死ぬかと思った。というか魔力回復ポーションを飲まないと死んでしまう。すぐさまアイテムボックスから取り出し、一気に二本も飲み干した。
さらにいくら魔力で補っているとはいえ、肉体を再構成するために膨大な栄養を消費している。何か食って飲まないと。
「ぷはっ……あ、あとは……水を……」
そう呟いたところで、横からコップが差し出される。ありがたいと思いながらそれを飲み干すと、目の前にはジャーキーのようなものが。
血肉となるものはありがたい。それを齧ったところで――
「ま、マール!? シャン!?」
――少女二人がそれを差し出していたことに気づく。
「取りあえず食べるですの、飲むですの! シャン!」
「はい!」
二人がどんどん飲み物と食べ物を運んでくる。その殆どがお菓子とかなのだが、今はとにかく腹につめこみたい。栄養があるかは知らないが。
がつがつと食べ、飲み……取りあえず落ち着く。
「ふぅ……口の中が甘いな」
「では塩でも舐めますの!?」
「いやそういう意味では……というか、二人とも何故ここにいるんだ。俺は部屋で待っていろと――ぶぺっ」
――パァン!
そこまで言いかけたところで、二人から同時にビンタを喰らった。両頬に。
左右どちらにも衝撃を逃がせなかったので、やむなく後ろに倒れこむ。ベッドで助かった。
そしてベッドに半身を倒れこませた志村の上に、マールとシャンがのしかかる。
「ぐふっ……な、なにを」
「ばかっ!」
「ナイトさんのばか!」
のしかかってきた二人は……ボロボロと涙を流していた。顔を怒りに真っ赤にしながら、悲しみの涙を流す二人。
一瞬、何故そんなことになっているのか分からず志村は困惑する。そしてマールは志村が『分かってない』ことが『分かった』からか、胸に頭突きしてきた。
「ばかっ! ばかばか! ミリオのばか! なんで、なんであんなに辛そうなのに……頼ってくれないんですの!」
「……読んだか?」
志村が問うと、さらにマールは怒りのボルテージを上げる。顔どころか首まで真っ赤にして、志村の胸板をぽかぽかと叩く。
「んなわけないですの! あんなに辛そうなミリオ――魔法なんかなくても! すぐにわかるですの! 舐めないでほしいですの!」
「私でもわかるくらいですから。……ナイトさん」
「ばかばかばかっ! ミリオのばかっ! なんで辛いのに言ってくれないんですの!? 言ってくれるのを、待っていたですのに!」
「頼ってください。ナイトさん。私たちは貴方に守られてばかりですが……本当に困った時くらい、助けさせてください」
自分の胸の中で泣きじゃくる二人を見て、志村は自分の読み違えを反省する。
それと同時に――
「ミリオ、貴方は強いですの。一人で何でもできちゃうですの」
「だからこそ……本当に辛い時は頼ってください。弱った時は頼ってください」
「わたくし達を守るんですのよ。自力で時間をかけて復活するよりも、頼って即座に復活した方が絶対に効率いいですの! コーリツチューになるんですの!」
(……そりゃ、そうで御座るな)
自分の葛藤も、弱さも。
全部全部ひっくるめて知っているマール。
そしてそれらを言葉として知らないまでも、普段の態度や言動から察しているシャン。
敏くて賢い二人の少女を前に、強がっていたのは何のためなのか。
自分が『強がっている』と知っている二人の前で、それでも『強がった』のは何故なのか。
それは――仮面を被るため。
人を殺すことはおろか、魔物を殺すことも――もっと言うなら、戦いそのものが苦手な自分が、彼女たちを守るため。
その仮面が壊れるのを恐れたから、自分が強がっていたのだ。
(でも……そうか)
二人の言葉が刺さる。
「約束通り、一生守ってもらうですの」
「ええ。絶対に、何があっても……今日のように」
マールをこの世でただ一人守るために、ただ本当に『強く』なることを諦めた。
本当は、志村だってまともに強くなりたかった。機械に頼り、薬に頼り、人を殺すことに特化した戦いではなく……本当の意味で『どんな時』でも『どんな相手』でも、倒せる男になりたかった。
しかし、そうはなれない。だからマールを守れる力を手に入れる『力』――それ以外を、捨てた。
だけど、もう認めていいのかもしれない。
自分は二人を守れるほど、強くなれたのだと。
もう『強がり』の仮面を被らなくても、戦えるのだと。
「マール、シャン。……ありがとう」
二人にそう礼を言うと同時に、コロンと転がって二人の下から脱出する。ベッドから立ち上がり、半身になってばさぁっ! と大きく音を立てて黒いロングコートを羽織った。
銀縁眼鏡を押し上げ、二丁拳銃をクロスさせながら流し目をするさいっこうにカッコいいポーズをとると……フッと笑った。
「だが……頼れだって? オレを誰だと思ってる」
二人ともありがとう。
心の底から感謝しながら……ドヤ顔を決める。
もう、二度と――弱さを隠すためには強がらない。この姿は弱さを隠す仮面じゃない。前を向いて戦うための戦装束だ。決意の姿だ。
この名前は、弱さを隠すためのものじゃない。
二人を守る騎士としての名前だ。
「オレの名前は『魔弾の射手』。常夜の支配者にしてあらゆる外敵を撃ち払う漆黒の騎士!」
ばさぁっ、とマントを翻してウィンク。マールとシャンは顔を真っ赤にして「きゃぁーっ!」と黄色い声援を上げる。
この姿は――二人の前で最高にカッコよくありたいという、男の意地。それでいいじゃないか。
迷うなんて自分らしくない。
志村は抱き着いてきた二人をよしよしと撫でてから、さてと上を向く。
「二人とも、一緒に来てくれるか? ちょっと頼みがある」
満面の笑みで頷くシャンとマール。志村に頼られたのが嬉しいらしい。
一応二人の衣服を着衣解放する前の状態に戻してから、ベランダに出る。
「よし、魔物はいないな」
周囲を確認してから二人を体に捕まらせる。
ヒラヒラとした衣服がついていても中身は簡易強化衣服のままだから、やや乱暴に飛んでも振り落とされないだろう。
「掴まってろ」
「はいですの」
「了解です」
ひゅん、と屋上までひとっ飛び。先日、天川が女子たちとここでスケッチをしていたらしい。
さぞやいい光景だっただろう。ディスコで踊る女みたいな派手な化粧をした王都を眺めながらそんなことを想う。
マールの愛した街を。
マールの愛した民を。
傷つけた魔族には天罰を与えねばなるまい。醒めぬ悪夢という天罰を。
「さて……」
今から行うのは魔弾の射手らしからぬ『殲滅』。本来であれば使う予定は無かったもの。
でも……今なら。
強くなれたと思える今なら。
この兵器を『自分の力』と言ってもいいだろう。
「殲滅だ」
王都を眺めて呟いた。
決戦は近い。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
もう、限界だった。
限界で、限界で――選んでしまった。
誰を助けるか。
「なっ……」
一瞬で視界が切り替わり、魔物たちの包囲から抜け出す。
さらに短距離転移を繰り返し、どうにか魔物たちのいない場所までたどり着いた。腕の中に……木原を抱えた状態で。
「な……なに、を! なにしてんだ伸也!」
腕の中で木原がもがくが、まともに力が入っていない。それはそうだ。腕も足も片方しか動いておらず、愛剣は既に取り落とし片目も血でふさがっている。
そんな……恋人を見て、何も出来ないはずがなかった。
殺されるのを、黙ってみていられる分けが無かった。
「馬鹿野郎! バカバカ! 馬鹿野郎! 何してるんだ……何してるんだよ! 伸也!」
暴れる木原。その言葉を無視し、彼女から目を合わせず……長距離転移の魔法の準備を行う。
「……もうすぐで、城だ。それまで黙ってろ」
「ふざけんな! アタシを今すぐあそこに戻せ! じゃなきゃ別れるぞ!」
「うるさい!」
怒鳴る。ボロボロと涙をこぼしながら。
木原がビクリと身をすくませる。彼女の目からも……ぽたり、と涙が零れ落ちた。
「オレは……お前を、失いたくないんだ。お前を失うかもしれない恐怖に……耐えられないんだよ」
「しん、や……」
お互い、心も体も限界だった。あの状況で離脱していなければ、確実に全滅していた。それが分かる。
だから、井川は選んだ。
誰と生き残るのかを。
こんなボロボロの自分に出来る……精いっぱいを。
「あ、あたし……も……」
そこまでだった。木原は井川の胸の中でわんわんと泣きだす。彼女だってわかっていた。実力不足を。守れないことを。最後は、お互いを選んでしまうことを。
「もうすぐ城だ、いいから黙ってろ」
井川だって逃げたくなんかなかった。
兄弟だったらしい子供たちは、お互いを必死に守り合おうとしていた。一番年長の子は精いっぱい魔物を睨みつけていた。
そんな子どもたちを見捨てるなんて――人間の屑だ。人として、年長者としてやっていいはずがない。
でも、と。
「……お前が別れたいって言ったらオレはすぐに別れる。でも、それは怪我を治した後にしてくれ。今は、もう……お前を救いたい、しか、考えられない」
泣きながら魔力を集める。
木原は、何も言わず井川の手を握った。
お互い限界で、お互いギリギリで。
ピンチの連続で、切り抜けることなんてできなくて。
皆を救えるヒーローなんていなくって……。
「伸也、こっち……向いて?」
涙目の木原にそう言われ、彼女と目を合わせる。
遠くから肉の裂ける音が聞こえる。自分たちが護れなかった証のような音が。
そんな音をバックに……二人は、絶望のキスをした。
今までで一番、苦く、辛いキスだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さっきまで自分たちを守ってくれていた男女の姿が唐突に消えた。
何が何だか分からない。彼らは唐突に現れ、真っ赤な血を流しながらも何体も何体も倒したところで……また唐突に消えてしまったのだ。
夢だったのだろうか。追い詰められ過ぎて幻覚を見ていたのだろうか。
背中に妹たちを庇う。涙で前が見えないけれど、兄として精いっぱいそれくらいはしなくてはならないと思ったから。
二人の妹と一人の弟を背に庇い、今まさに振り下ろされる爪が視界一杯に広がって――
「……え」
――視界が、青白く金色に輝き出した。
「はぁっ!」
一瞬にして魔物が消え去る。周囲にいた魔物も同時に。
唖然としてしりもちをつく。何が起きているのか分からない。
分からないが……ポカンとしたまま、目の前に立つ金ぴかな人に話しかけてみた。
「だ、誰……?」
「俺か?」
その金ぴかな人は振り返ると、笑みを浮かべた。
「俺の名前はアキラ・アマカワ」
その笑みは、あまりにも力強くて。
その笑みは、あまりにも自信に満ちていて。
その笑みは、あまりにも優しかった。
「君たちを 助けに来た」
まるで勇者様みたいだ。
心から、そう思った。
志村は二人のレディーを胸に抱いたまま、頭を撫でた。
「すまなかったな、遅くなって」
「大丈夫ですの! 信じていましたの!」
「信じて……いました」
ぐりぐりと頭をこすりつけてくる二人が怪我をしないように、強化外骨格(パワードスーツ)を解除する。
(間に合って……良かったで御座る。ぐっ!)
ズキンと激痛が走り、思わず膝をつく。とうとう痛み止めが切れたらしい。しかも強化外骨格を脱いだせいで肉体のアシストを失ってしまう。
腕の中にいる二人を放し、その場に座り込む。ルーツィアとの戦いは予想以上に志村の肉体にダメージを与えていた。
(アバラ……何本折れてるんで御座るかな、これ。足がやられていないのが救いで御座るが……腕もヒビ入っていそうで御座るなぁ)
空美の回復魔法を浴びればすぐにでも治る程度の怪我だが、そろそろ強化外骨格によるアシストで動くのも限界だ。それに、彼女らにもだが……本館にいる連中にはもっと弱味を見せられない。
不気味で実力が分からない護衛がついている、それがマールの命を守ることに繋がっているのだから。
(もう一本……は嫌で御座るが)
そもそもあの薬は非常用だ。連続して飲むものじゃない。
異世界に来て初めての大怪我は……正直、のたうち回りたいほど痛い。だがそんなことは出来ない。彼女らの前で弱い自分は見せたくないから。
黙り込んでしまった志村の頭を、二人の少女が撫でる。
「ミリオ、大丈夫ですの?」
「ナイトさん、大丈夫ですか?」
「……平気だ」
強がる。強がってしまう。
絶対に弱い自分を見せない。見せたくない。
彼らの前では『最強の魔弾の射手』でいること――それが彼女を守っていくために志村が自分に科した最低限の条件なのだから。
よしよしと撫で続ける二人にフッと笑みを見せる。
「大丈夫で御座るよ。致命傷じゃないで御座るから」
「で、ですが……顔色は最悪です。せめて回復の魔法師を……」
そう言うシャンに首を振り、アイテムボックスから気休め程度のポーションを取り出す。
温水先生印のポーションは素晴らしい効果のものが多いが、流石にバッキバキに折れた骨を一瞬で治せるほどではない。怪我の回復に関してはまだまだ回復魔法師のそれには及ばないと温水先生は嘆いていた。
それをグイっと呷ってから、ふらふらと立ち上がる。
「大丈夫で御座るよ」
強い瞳で見つめる。シャンは何か言おうと口を開きかけるが……わぐわぐと何度か躊躇ってから、やめた。
「……分かりました。ですがせめて、肩を貸させてください」
「い、いやそれは大丈夫で御座るよ」
いくら志村の背が低いとはいえ、成人が近い男性だ。彼女に肩を貸されてもむしろ負担になる。
しかし、マールがニッコリと笑って……シャンの上に肩車された。
「二人でならちゃんと支えられますの。ほら」
「ええ」
二人は今、志村が渡したスーツを着ている。身体能力をある程度上げる、それだけのスーツだが……肩車して、さらに小男を支えるくらいの出力は出る。
仕方なく二人に肩を貸してもらい、自室へ。
(部屋にある……あのポーションは使いたくないんで御座るが)
背に腹は代えられない。覚悟を決めるしかないか。
「着いたですの!」
「逃げている時にも思いましたが、このスーツは凄いですね……」
シャンが感服したように目を見開く。
当然だ、オレが作ったんだぞ。
そう言いたいが、もう喋るのも辛い。ニヤッと笑って強がるだけにしておく。
カチャリと部屋に入ると、インテリアがところどころ壊れていた。恐らくここを通って逃げたのだろう。
「……二人ともマールの部屋で待っててくれ。すぐに行くから」
ズキン、肺が痛む。喋るだけでこの痛みだ。
「ミリオ?」
「しんぱい、するな」
何とか顔に出さないように堪え、二人の顔を見ないで扉を閉めた。
志村はタンスからポーションを取り出すと、ふらふらとベッドまでたどり着く。
タンスから取り出したポーションは、温水先生謹製の一本。マッドサイエンティストの気がある彼をして「これは回復用っていうか拷問用だな」と苦笑いしたものだ。
怪しい紫色の液体。何も知らないで見れば毒薬にしか見えないだろう。
(うう……い、嫌で御座るなぁ)
げんなりする。ハッキリ言って、やりたくない。
しかし――こんな体じゃまともに戦えるはずもないし、回復魔法師にも頼れない。それならば効果が実証されているこれを使うべきだろう。
(はぁー……)
自分の才の無さを呪う。
自分の凡庸さを呪う。
自分にせめて、京助や天川の持つ才能のほんの一欠けらでもあれば……二人をピンチに陥れることも、こうして激痛に悶える必要もなかっただろうに。
どれだけ強がろうとも。
どれだけ足掻こうとも。
結局のところ、自分は凡人だ。装備を整え、入念に準備し、最後の切り札まできっても二人を危険に晒してしまった。心の底から守りたい二人なのに。
そして今、自分が弱いせいで二人に心配をかけてしまった。
(やるしかない、で御座るな)
紫色の瓶を持ったまま覚悟を決め、蓋を開ける。
嫌な臭いが鼻に来る。それを我慢して一気に呷った。
そして――
「ガッ……!」
――肋骨の骨折なんか目じゃない程の痛みにのたうち回る。
「ッ! ッ! ……ッッッ!」
咄嗟にシーツに噛みつき、何とか叫び声を堪える。しかしそれでも痛みが納まるわけではない。激痛が体中を暴れまわる。
「んぐっ! ッ!」
メキメキメキメキっ! 身体の中から、明らかに人体が鳴らしてはいけない音が聞こえる。骨が砕け散る音だ。さらにブチブチブチィッ! と紐が切れるような感触が全身を揺らす。首から下の骨という骨、筋肉という筋肉がちぎれて行く音だ。
この薬は全身の怪我を綺麗さっぱり治すことが出来る魔法薬なのだが、とある欠点が存在する。
それは、一度肉体を治すために……全身を一度砕くということ。治すというよりも肉体の再構築と言った方が近いかもしれない。しかもそのためには膨大な魔力を必要とする。
肉体からどんどん魔力が失われていく。異世界人として世の中の平均以上の魔力を持っている志村だから何とかなっているが、一般人ならこの時点で魔力切れだ。
さらに猛烈な寒さに襲われる。体内の血液が一気に凍り付いたような感覚だ。
「んぅぷっ……」
酸っぱい物がせりあがってくるが、シーツを更に強く噛むことで耐える。魔力が一気に失われたためだろうか、脳を直接殴られたような衝撃が走り意識が混濁してきた。
まるで洗濯機の中にいるようだ。上下の感覚も曖昧になり、自分が空に浮いている気すらしてくる。
「ん……ぁ……」
依然として痛みと吐き気は収まらないが、何とか意識が戻ってくる。それと同時に今度は身体が灼けるように熱くなってきた。
最後に脊髄から脳まで痺れるような痛みが迸り――ふっ、と嘘のように痛みが消え去る。肉体の再構築が完了したようだ。後に残ったのは吐き気と喪失感、そして気怠さ。
「あがっ……!」
ガバッと起き上がる。死ぬかと思った。というか魔力回復ポーションを飲まないと死んでしまう。すぐさまアイテムボックスから取り出し、一気に二本も飲み干した。
さらにいくら魔力で補っているとはいえ、肉体を再構成するために膨大な栄養を消費している。何か食って飲まないと。
「ぷはっ……あ、あとは……水を……」
そう呟いたところで、横からコップが差し出される。ありがたいと思いながらそれを飲み干すと、目の前にはジャーキーのようなものが。
血肉となるものはありがたい。それを齧ったところで――
「ま、マール!? シャン!?」
――少女二人がそれを差し出していたことに気づく。
「取りあえず食べるですの、飲むですの! シャン!」
「はい!」
二人がどんどん飲み物と食べ物を運んでくる。その殆どがお菓子とかなのだが、今はとにかく腹につめこみたい。栄養があるかは知らないが。
がつがつと食べ、飲み……取りあえず落ち着く。
「ふぅ……口の中が甘いな」
「では塩でも舐めますの!?」
「いやそういう意味では……というか、二人とも何故ここにいるんだ。俺は部屋で待っていろと――ぶぺっ」
――パァン!
そこまで言いかけたところで、二人から同時にビンタを喰らった。両頬に。
左右どちらにも衝撃を逃がせなかったので、やむなく後ろに倒れこむ。ベッドで助かった。
そしてベッドに半身を倒れこませた志村の上に、マールとシャンがのしかかる。
「ぐふっ……な、なにを」
「ばかっ!」
「ナイトさんのばか!」
のしかかってきた二人は……ボロボロと涙を流していた。顔を怒りに真っ赤にしながら、悲しみの涙を流す二人。
一瞬、何故そんなことになっているのか分からず志村は困惑する。そしてマールは志村が『分かってない』ことが『分かった』からか、胸に頭突きしてきた。
「ばかっ! ばかばか! ミリオのばか! なんで、なんであんなに辛そうなのに……頼ってくれないんですの!」
「……読んだか?」
志村が問うと、さらにマールは怒りのボルテージを上げる。顔どころか首まで真っ赤にして、志村の胸板をぽかぽかと叩く。
「んなわけないですの! あんなに辛そうなミリオ――魔法なんかなくても! すぐにわかるですの! 舐めないでほしいですの!」
「私でもわかるくらいですから。……ナイトさん」
「ばかばかばかっ! ミリオのばかっ! なんで辛いのに言ってくれないんですの!? 言ってくれるのを、待っていたですのに!」
「頼ってください。ナイトさん。私たちは貴方に守られてばかりですが……本当に困った時くらい、助けさせてください」
自分の胸の中で泣きじゃくる二人を見て、志村は自分の読み違えを反省する。
それと同時に――
「ミリオ、貴方は強いですの。一人で何でもできちゃうですの」
「だからこそ……本当に辛い時は頼ってください。弱った時は頼ってください」
「わたくし達を守るんですのよ。自力で時間をかけて復活するよりも、頼って即座に復活した方が絶対に効率いいですの! コーリツチューになるんですの!」
(……そりゃ、そうで御座るな)
自分の葛藤も、弱さも。
全部全部ひっくるめて知っているマール。
そしてそれらを言葉として知らないまでも、普段の態度や言動から察しているシャン。
敏くて賢い二人の少女を前に、強がっていたのは何のためなのか。
自分が『強がっている』と知っている二人の前で、それでも『強がった』のは何故なのか。
それは――仮面を被るため。
人を殺すことはおろか、魔物を殺すことも――もっと言うなら、戦いそのものが苦手な自分が、彼女たちを守るため。
その仮面が壊れるのを恐れたから、自分が強がっていたのだ。
(でも……そうか)
二人の言葉が刺さる。
「約束通り、一生守ってもらうですの」
「ええ。絶対に、何があっても……今日のように」
マールをこの世でただ一人守るために、ただ本当に『強く』なることを諦めた。
本当は、志村だってまともに強くなりたかった。機械に頼り、薬に頼り、人を殺すことに特化した戦いではなく……本当の意味で『どんな時』でも『どんな相手』でも、倒せる男になりたかった。
しかし、そうはなれない。だからマールを守れる力を手に入れる『力』――それ以外を、捨てた。
だけど、もう認めていいのかもしれない。
自分は二人を守れるほど、強くなれたのだと。
もう『強がり』の仮面を被らなくても、戦えるのだと。
「マール、シャン。……ありがとう」
二人にそう礼を言うと同時に、コロンと転がって二人の下から脱出する。ベッドから立ち上がり、半身になってばさぁっ! と大きく音を立てて黒いロングコートを羽織った。
銀縁眼鏡を押し上げ、二丁拳銃をクロスさせながら流し目をするさいっこうにカッコいいポーズをとると……フッと笑った。
「だが……頼れだって? オレを誰だと思ってる」
二人ともありがとう。
心の底から感謝しながら……ドヤ顔を決める。
もう、二度と――弱さを隠すためには強がらない。この姿は弱さを隠す仮面じゃない。前を向いて戦うための戦装束だ。決意の姿だ。
この名前は、弱さを隠すためのものじゃない。
二人を守る騎士としての名前だ。
「オレの名前は『魔弾の射手』。常夜の支配者にしてあらゆる外敵を撃ち払う漆黒の騎士!」
ばさぁっ、とマントを翻してウィンク。マールとシャンは顔を真っ赤にして「きゃぁーっ!」と黄色い声援を上げる。
この姿は――二人の前で最高にカッコよくありたいという、男の意地。それでいいじゃないか。
迷うなんて自分らしくない。
志村は抱き着いてきた二人をよしよしと撫でてから、さてと上を向く。
「二人とも、一緒に来てくれるか? ちょっと頼みがある」
満面の笑みで頷くシャンとマール。志村に頼られたのが嬉しいらしい。
一応二人の衣服を着衣解放する前の状態に戻してから、ベランダに出る。
「よし、魔物はいないな」
周囲を確認してから二人を体に捕まらせる。
ヒラヒラとした衣服がついていても中身は簡易強化衣服のままだから、やや乱暴に飛んでも振り落とされないだろう。
「掴まってろ」
「はいですの」
「了解です」
ひゅん、と屋上までひとっ飛び。先日、天川が女子たちとここでスケッチをしていたらしい。
さぞやいい光景だっただろう。ディスコで踊る女みたいな派手な化粧をした王都を眺めながらそんなことを想う。
マールの愛した街を。
マールの愛した民を。
傷つけた魔族には天罰を与えねばなるまい。醒めぬ悪夢という天罰を。
「さて……」
今から行うのは魔弾の射手らしからぬ『殲滅』。本来であれば使う予定は無かったもの。
でも……今なら。
強くなれたと思える今なら。
この兵器を『自分の力』と言ってもいいだろう。
「殲滅だ」
王都を眺めて呟いた。
決戦は近い。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
もう、限界だった。
限界で、限界で――選んでしまった。
誰を助けるか。
「なっ……」
一瞬で視界が切り替わり、魔物たちの包囲から抜け出す。
さらに短距離転移を繰り返し、どうにか魔物たちのいない場所までたどり着いた。腕の中に……木原を抱えた状態で。
「な……なに、を! なにしてんだ伸也!」
腕の中で木原がもがくが、まともに力が入っていない。それはそうだ。腕も足も片方しか動いておらず、愛剣は既に取り落とし片目も血でふさがっている。
そんな……恋人を見て、何も出来ないはずがなかった。
殺されるのを、黙ってみていられる分けが無かった。
「馬鹿野郎! バカバカ! 馬鹿野郎! 何してるんだ……何してるんだよ! 伸也!」
暴れる木原。その言葉を無視し、彼女から目を合わせず……長距離転移の魔法の準備を行う。
「……もうすぐで、城だ。それまで黙ってろ」
「ふざけんな! アタシを今すぐあそこに戻せ! じゃなきゃ別れるぞ!」
「うるさい!」
怒鳴る。ボロボロと涙をこぼしながら。
木原がビクリと身をすくませる。彼女の目からも……ぽたり、と涙が零れ落ちた。
「オレは……お前を、失いたくないんだ。お前を失うかもしれない恐怖に……耐えられないんだよ」
「しん、や……」
お互い、心も体も限界だった。あの状況で離脱していなければ、確実に全滅していた。それが分かる。
だから、井川は選んだ。
誰と生き残るのかを。
こんなボロボロの自分に出来る……精いっぱいを。
「あ、あたし……も……」
そこまでだった。木原は井川の胸の中でわんわんと泣きだす。彼女だってわかっていた。実力不足を。守れないことを。最後は、お互いを選んでしまうことを。
「もうすぐ城だ、いいから黙ってろ」
井川だって逃げたくなんかなかった。
兄弟だったらしい子供たちは、お互いを必死に守り合おうとしていた。一番年長の子は精いっぱい魔物を睨みつけていた。
そんな子どもたちを見捨てるなんて――人間の屑だ。人として、年長者としてやっていいはずがない。
でも、と。
「……お前が別れたいって言ったらオレはすぐに別れる。でも、それは怪我を治した後にしてくれ。今は、もう……お前を救いたい、しか、考えられない」
泣きながら魔力を集める。
木原は、何も言わず井川の手を握った。
お互い限界で、お互いギリギリで。
ピンチの連続で、切り抜けることなんてできなくて。
皆を救えるヒーローなんていなくって……。
「伸也、こっち……向いて?」
涙目の木原にそう言われ、彼女と目を合わせる。
遠くから肉の裂ける音が聞こえる。自分たちが護れなかった証のような音が。
そんな音をバックに……二人は、絶望のキスをした。
今までで一番、苦く、辛いキスだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さっきまで自分たちを守ってくれていた男女の姿が唐突に消えた。
何が何だか分からない。彼らは唐突に現れ、真っ赤な血を流しながらも何体も何体も倒したところで……また唐突に消えてしまったのだ。
夢だったのだろうか。追い詰められ過ぎて幻覚を見ていたのだろうか。
背中に妹たちを庇う。涙で前が見えないけれど、兄として精いっぱいそれくらいはしなくてはならないと思ったから。
二人の妹と一人の弟を背に庇い、今まさに振り下ろされる爪が視界一杯に広がって――
「……え」
――視界が、青白く金色に輝き出した。
「はぁっ!」
一瞬にして魔物が消え去る。周囲にいた魔物も同時に。
唖然としてしりもちをつく。何が起きているのか分からない。
分からないが……ポカンとしたまま、目の前に立つ金ぴかな人に話しかけてみた。
「だ、誰……?」
「俺か?」
その金ぴかな人は振り返ると、笑みを浮かべた。
「俺の名前はアキラ・アマカワ」
その笑みは、あまりにも力強くて。
その笑みは、あまりにも自信に満ちていて。
その笑みは、あまりにも優しかった。
「君たちを 助けに来た」
まるで勇者様みたいだ。
心から、そう思った。
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