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第八章 王都動乱なう

190話 逃避と涙と剣

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「うぷっ……」
 
 腹の底からおぞましいものが込み上げてくる。喉元まで酸っぱさを感じたため、咄嗟に口もとを抑えた。
 ドスン。
 両手で抑えたため神器が音を立てて落ちるが、拾うことは出来ない。今この手を離せば、強烈な嘔吐感に敗北して辺り一面にまき散らしてしまうことになるだろう。

「ぐっ……うぅ、うぷっ……」

 膝から崩れ落ち、ぐわんと視界が歪んだ。天地がひっくり返る、そのせいでバランスが取れなくなり――頭を地面にこすりつけてしまった。

(俺、は、人を、人を――)

 殺した。
 天川の剣が。
 人の命を奪った。
 物言わぬ肉塊となった魔族が、こちらを睨んだ気がした。

「――ッ」

 ぶるりと身震いする。
 頭の芯までどんどん冷えていくのが分かる。

(俺、が……人、を!)

 ガタガタ、カチカチ。
 耳障りな音が聞こえる。
 それが自分から出ているということに一泊置いてから気づいた。

「あ、ああ……」

『人を殺した』――その意味を頭が理解した瞬間、自身の身体がまるで氷になったように冷える。
 ――寒い。
 あまりの寒さに我慢できず、自分の身体を抱くように腕を回すと、ぴちゃりと液体に触れた。
 それは、自分が殺した人の――血液。

「ひゅっ」

 変な息の吸い込み方をしてしまった。
 自分でも何をしているのか分からない、分からないが――体に付着した血液をごしごしと拭う。拭う度に血は広がるが、混乱した頭ではそれを理解出来なかった。

「はぁ……はぁっ……」

 落ち着け。
 自分に言い聞かせる。
 こんなこと……いつか、起きると覚悟していたはずだ。
 しかしそれでも、到底……

「天川君!」

 どさりと倒れこむ。
 そのせいで――自分の剣が目に入る。
 たった今、人を殺した自分の剣が。

「うっ」

 再び湧き上がる嘔吐感。どうしようもなくこみ上げる異物感を無理やり押し込み、飲み込む。

「うぷっ……あ、ああ……」

「天川君! 落ち着いてください! 天川君!」

 手によみがえる、刺した瞬間の感触。
 今までと何ら変わらない。魔物を殺した時の感触と同じなのだから。
 でも、でも。

「天川君! 落ち着いてください! 天川君、天川君! 明綺羅君!」

 仕方が無かった。
 魔物だったから。
 だから仕方が無かった。
 しかもここは戦場だ。相手を殺さなければ天川も桔梗も死んでいた。
 だから、仕方が無かった。

「う、あ、うああ……」

 文字通り頭を抱える。
 寒い。
 身体が震える。
 寒い。
 全身に鳥肌がたつ。
 寒い、寒い、寒い。
 人を殺す。
 命を絶つ。
 自分の身体に刷り込まれている『人を殺してはいけない』という倫理観が頭の中で騒ぎ立てる。
 なんて酷いことを。
 なんて惨いことを。
 人殺し、犯罪者。
 お前は人を、殺したんだ。

「あ、あああああ……ああああ!」

 ここは戦場だ、相手が先にたくさん殺している。
 魔物も魔族も敵だ。
 魔物を殺していいのに、何故魔族を殺したらいけない。
 正当防衛。やむを得ない自衛。
 いつかこんな日が来ると、自分で覚悟していたはずじゃないか。

「殺し、俺の、剣が、人を……!」

 漏れる言葉は止まらない。

「明綺羅君! ……明綺羅君!」

「人の、命を奪って……」

 何のために力を磨いていたんだ。何のために心も鍛えたのか。
 勇者として戦うためだろう。こんなことになった時に強く自分を保つためじゃないのか。
 落ち着いて、思い出すんだ。
 自分は勇者だ。強者だ。
 その義務は、弱者を守ること。
 ラノールさんと修行し、過去の勇者の手記を読み。

「明綺羅君! もう……もう!」

「あ……?」

 勇者として培ってきた自信はなんだったのか。
 思い出せ、自分がどうやって来たのか。
 こんなところで折れるような柔な鍛え方はしていない。

(そう、だ)

 天川明綺羅は、勇者だ。
 天川明綺羅は、強者だ。
 天川明綺羅は、救世主だ。
 だから戦うんだ。
 だから、ここで立ち止まっちゃいけないんだ。
 だから、だから……人を殺した程度で、立ち止まっちゃいけないんだ。
 それは乗り越えるべき壁。
 だから、だから……だから。

「あ、ああああああああ!」

 絶叫。
 ただし今回は、空に向けて。
 立ち上がる。前を向く。
 大丈夫だ、戦える。
 天川明綺羅は――戦える。
 勇者だから。

「明綺羅!」

「はぁっ……はぁっ……もう、大丈夫だ。桔梗」

 見なくとも自分の顔面が蒼白であることは分かっている。でも、それでも立ち止まれない。
 そもそも魔物たちのいる戦場のど真ん中で、何故自分は武器を手放したのか。
 重たい身体を引きずり、何とか剣を掴む。その瞬間、手に肉の感触が蘇るが……何とか、手放さない。
 勇者だから。

「心配……させたな。桔梗。でも、俺は――」 

 もう大丈夫。
 その台詞を言う前に……天川は、地面に押し倒されていた。他ならぬ桔梗の手で。

「お、おい桔梗?」

 苦笑いする。そんなに不安にさせてしまったか。
 天川は何とか笑顔を作って……桔梗の頭を撫でた。

「すまない、取り乱したな。……でも、もう大丈夫だ」

「……戦いに行くんですか?」

「ああ、そもそもまだ杭を破壊出来てないからな」

 ぐりぐりと、腹に顔をうずめる桔梗。
 天川は何とか半身を起こし、彼女の頭を抱く。

「大丈夫だ、大丈夫だ。桔梗も守る、皆も守る」

「……なんで、ですか? 勇者だから、ですか?」

「ああ」

 勇者だから。
 そう頷くと――桔梗はガバっと顔を上げた。
 目を真っ赤にし、ボロボロと大粒の涙を流している桔梗は……それでも真剣な瞳で、天川の顔を両手でつかんだ。

「逃げましょう、よ」

「え?」

 桔梗は顔を真っ赤にし……息を大きく吸い込んだ。

「逃げましょう、逃げよう、逃げましょうよ! もう嫌です、嫌なんです! 嫌嫌嫌嫌! 嫌なんですよ! 嫌だ! 怖いです……! 戦いなんて怖いです!!」

「お、落ち着――」

「嫌だ! 逃げよう、逃げましょうよ! もう私、明綺羅が傷つくの見たくないんです! 嫌だ、逃げましょうよ! 嫌だ嫌だ、もう戦いたくない! 傷つくあなたも見たくない! 何もかも、全部捨てて――逃げましょうよ!!!」

 まるで、桔梗じゃないみたいだった。
 感情を爆発させ、とめどなく――滝のように涙をこぼしながら桔梗は天川に泣きつく。

「二人で逃げるのが嫌なら、呼心ちゃんも連れてきましょう! 井川君の転移で、皆で頑張って持ちこたえれば何とかなります! 逃げましょう、逃げて、逃げて二度と戦わなくていい場所に逃げましょう!」

「落ち着け、桔梗! ……ここで俺たちが逃げて何になる。王都に逃げ場は――」

「嫌! 嫌嫌嫌嫌! 嫌ぁ! もう戦いたくない、戦わないで欲しい! 明綺羅君は優し過ぎるんですよ! 敵を殺しただけであんなに取り乱すあなたは――見たくない! 見たくない見たくない! 優しいあなたが、誰よりも相手のことを考えて動けるあなたが! なんで傷つかなきゃいけないんですか!? なんで逃げちゃいけないんですか!? なんで、なんで!」

 わんわんと泣く桔梗。ふと見ると、彼女の頭のベレー帽がどこかへ行っていた。絵描きになりたいから、形から入りたいからと言って被っていたベレー帽が。

「なんで、戦うんですか……! もう、逃げましょう……!」

 そう懇願する桔梗に首を振る。

「決まってる、俺は、勇者だからだ」

 そう、勇者だから。
 強者だから。
 自分は強いから。
 だから、戦わないと――という、天川の矜持は彼女に届かない。

「そうじゃ……そうじゃない、はずです……!」

 桔梗は否定した。
 確信を持った瞳と、覚悟のこもった眼が天川を射抜く。 

「ラノールさんだっている、SランクのAGさんだっている! なのに! なんで、明綺羅君が戦うんですか!? なんで、一年前まで一度も戦ったことのなかった明綺羅君が! 救世主で、勇者なんですか!? おかしい、おかしいでしょう! だって、あなたはまだ何もしていない! 今だってそう! 勇者だから強くならなくちゃ――なんて、おかしい! 強い人が勇者をやればいいじゃないですか!」

「で、も……俺は、強い! 強いから、だから!」

「強くなんかないです! 強くあろうとしてるだけじゃないですかっ!!!!」

 魂の咆哮。そう呼べるだけの勢いと、力強さがあった。
 桔梗は、本気で……そう、思っている。
 天川は、強くない、と――

「明綺羅君はいつも強くならなくちゃと言ってるじゃないですか! 魔物を倒せたら強いんですか? 剣を振れたら強いんですか!? そもそも、強いってなんなんですか! 確かに、確かに明綺羅君は世界で一番頼りになります! いつだって、笑ってます! でも、でも!」

 ぶんぶんと首を振る桔梗。

「人を、殺してしまって! 叫んで、泣き叫ぶあなたが! 戦いに向いているなんて、思えない! 強いなんて、思えない! 強がって、強がって! 勇者だから、強者だからって自分に言い聞かせてるだけにしか見えません!」

 誰よりも――天川たちの中で誰よりも弱かった桔梗は。
 誰よりも――天川を、ジッと見ていたのかもしれない。

「そもそも! 強いからって、人を守らなきゃいけないなんておかしい! 強かったら戦わなきゃいけないんですか!? 勇者を押し付けられたから戦わなきゃいけないんですか!? 敵を倒せたら戦わなきゃいけないんですか!? 明綺羅君が戦う理由が……どこにあるんですか!?」

 陽が完全に落ちた。
 夜闇の中……桔梗の泣き叫ぶ声が響く。

「勇者なんて、止めましょう。戦いなんて、止めましょう……! 皆で逃げましょう? だって、だって……明綺羅君は、戦いに向いてると思えないです……勇者だから、戦うというのなら……」

 勇者なんて、止めてください。
 桔梗の言葉が、重く突き刺さる。
 天川は必死に反論の言葉を探し……口を開く。

「俺は、異世界人の皆が……安心して暮らせる場所を作らなくちゃいけないんだ。皆を守るためにも……」

「じゃあ、誰が……あなたを、守るんですか?」

「え?」

「明綺羅君が、私たちを守るために戦うっていうなら、誰があなたを守るんですか? 明綺羅君が戦うから、明綺羅君が私たちの傷を全部引き受けるから……私たちが、安心だなんて、おかしいでしょう! そんなの……明綺羅君が傷つく、ばかりで、辛いばかりじゃないですか……! 弱い私じゃ守れないかもしれない、でも、せめて……一緒に逃げることはできます」

 だから逃げましょう。
 桔梗の涙はいつしか止まっていた。
 だが、瞳から悲しみは消えていない。
 しかし……涙が止まった分、同時に見えてきた感情がある。
 それは――

「なん、で。俺は……俺は、皆のために……戦ってるんだ。なのに、なんで止めるんだ」

「大好きだからです。私は、明綺羅君が」

 ――真っ直ぐな、愛情。

「大好きだから、あの日――あの日、私の趣味を笑わないでくれたあの日から」

「趣味を笑わないなんて、当たり前の……それだけの、ことで」

「それが当たり前だと思える明綺羅君だから、大好きなんです。そうやって自分の身を犠牲にしてまでも、皆を守ろうとする明綺羅君が大好きです。優しい……誰よりも優しいあなたが、大好きなんです。一緒にいた時間は短いかもしれません。でも、大好きなんです……! この世界の誰よりも、あなたのことが大好きなんです。だから……あなたが傷つくのが怖い。傷ついて欲しくない。だから、戦わないで欲しい。勇者なんて、ただ誰かに押し付けられただけの肩書を捨てて、逃げましょう?」

 勇者をやめて。

「ただの天川明綺羅になって……逃げましょうよ……!」

 ただの天川明綺羅になって。

「逃げ、る……?」

「はい、そうです。勇者なんて、押し付けられただけの使命なんて忘れて……逃げましょう? 明綺羅君は何がしたいですか? 勇者じゃなくなれば、もう何にも縛られなくていいんですから」

 勇者じゃ無くなれば。
 天川明綺羅は、天川明綺羅でしかなくなる。

「私は……絵が描きたいです。明綺羅君の描いた青空、綺麗でしたから……また描きましょう。そうだ、今度見晴らしのいい山とか……登りませんか? きっと、凄い景色ですよ」

 勇者じゃない、天川明綺羅がやりたいこと。

「明綺羅君……一緒に、逃げて……好きなことを……やりたいことを……やりましょうよ……」

 天川がやりたいこと、とは……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……あれ? なんか、魔物……集まって、来てる」

 こてん、と首を九十度に曲げ――周囲の魔物たちに視線を向ける。ワイバーン、だろうか。それとグリフォン、ペガサスのような魔物も。
 空を飛べる魔物が、新井の周囲に集まっていた。
 新井は背にベルゲルミルを背負ったまま、ニッと口元を歪める。

「好、都合。『凍える風よ、大海をも飲み込む凍てつく牙よ。我が命に従い、此の世に永遠の氷結を顕現させよ! エターナルフォースブリザード』」

 ひゅう……周囲の気温がグッと下がる。新井の詠唱に呼応するようにして周囲の魔物が火球やブレスを吐いてくるが……遅い。
 絶対零度の冷気が渦を巻き、敵の攻撃ごと周囲百メートルは氷漬けにしてしまう。空中故、人を全く巻き込まないのは都合がいい。

「相手は、死ぬ……あはっ。強い、魔物も……いるけど、そんなでもない、かな」

「……こんな化け物、ばっかりなのかしら」

「――え?」

 いつの間にか、自分の背後に女が浮かんでいた。
 どうせ敵だろうと判断した新井は、『詠唱無視』の『職スキル』でいくつもの氷の矢を撃ち出す。
 しかし――

「うっわっ! ……何よ、とんでもない速度と威力ね……! これ、勇者より強いんじゃない?」

 ――黒い塊によって防がれてしまう。
 厄介な、そう思った新井は別の魔法に切り替える。

「……『詠唱短縮』。『追跡する氷の刃を撃ち出せ! アイス・ブーメラン』」

 氷の刃が五つ射出される。それらは一旦見当違いな方向に飛んでいく。
 そして弧を描き……魔族の女を囲うように迫る。
 さらに『詠唱無視』によってニ十本以上の氷の矢を前面から射出した。

「ちょっ……! はぁっ!」

 魔族の女は黒い塊を広げ、結界のようにして自分の周囲に張る。何重にも張られたその防壁は、新井の攻撃を完全に受けきってしまった。

「……手強い。なら……!」

「嘘……まだ魔力が上がるの!? ちょ、ちょっと待ちなさいよアンタ! アタシはアンタをスカウトに来たの! いったん話を聞きなさいな!」

 魔力ポーションを呷り、詠唱を始める。

「『霜の力よ! 氷結者の美沙が命令する! この世の理に背き、敵を圧殺する凄絶なる氷撃を! コキュートス・デッドエンド』」

 氷の結晶がキラキラと煌めき……ベルゲルミルに降り注ぐ。魔力が籠められた氷に触れた途端、ベルゲルミルがぐんぐんと巨大化していく。

「う、そー……」

 呆れたように呟く魔族の女。
 その魔族の女を下から突き上げるように氷の柱が生えてくる。ベルゲルミルに気を取られていた魔族の女は、その柱を避けることが出来ない。

「げふっ……ちょっ、待――」

 振り下ろされるベルゲルミルの拳。柱と拳による圧殺……それがコキュートス・デッドエンド。
 ズズンっ! 物凄い音を立ててプレスされる魔族。しかし、一滴も血が流れない。

(……今ので倒せた、とは思ってない、けど……無傷、ってことは、無い……よね?)

「っぷあぁー! ヤバい、マジでヤバい! なんなのよこのプッツン女!」

 後ろからそんな声が。
 慌てて振り向くと、そこには無傷の魔族が浮かんでいた。

「――っ!?」

「こんな一発芸、いつまでもは誤魔化せないわね……まあ、いいわ。どうもルーツィアが種は撒いてくれたみたいだし。トリガーは……深い絶望ってところかしら」

 意味深なことを呟く魔族。
 即座に追撃しようと氷の矢を生み出すと……すーっ、と彼女の姿が透けて行った。

「チャオ。仲間になれるのを楽しみにしてるわ……ミサ」

 何故、自分の名前を。
 そう問いただそうとした時には既に彼女の姿は見えなくなっていた。

「……なん、だった、んだろう」

 コテン、と首を九十度倒す。
 しかし考えても無駄と判断して思考を切り替えた。眼前にはたくさんの魔物が。

「あは……まずは、そっちだね」

 魔力ポーションを呷る。そろそろ無くなりそうだ。

「あは」

 魔物は、なかなか減らない。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「真奈美! 下がれ!」

「つってもよ! 伸也!」

 木原と井川は、五体の魔物に囲まれていた。
 ……子どもたちと一緒に。

(マズい……)

 井川は自分の軽率な判断を後悔する。一人ずつではなく、皆纏めて王城に送ろうとしたせいで……接近する魔物に気づかなかった。
 それでも、木原ならどうにか出来ただろう。本来ならば。
 しかし……

「真奈美! その足で何する気だ!」

「時間稼ぎに決まってるだろ!」

 気丈に返す木原だが、その足は小刻みに震えている。それはそうだろう、彼女は先ほど子供を庇ったせいで足を折ってしまったからだ。
 王城に戻れれば、すぐに治る程度の怪我。しかし今は、その王城に戻ることが困難になっていた。

「うわぁぁぁぁぁん!」

「ぴええええああああ!」

「ああ、もううるせえ! 静かにしてろガキども!」

 木原がそう叫ぶが、子供たちは泣き止まない。むしろ泣き止むわけがない。

(どうすべきだ……)

 井川の転移魔法には時間がかかる。すぐに発動できるのはショートワープだけだが、運べるのは多くても二人。子どもたちは四人。しかもショートワープでは飛距離が足りない。
 どうすれば、木原を、子供たちを、全員救える。

「やるしかないか……戦闘は苦手なんだがな」

 恋人と子供たちを守るためだ。
 限界を超えてやるしかない。
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