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第八章 王都動乱なう

187話 草とタブーと剣

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 白衣はボロボロで、手や足には殴られた跡が。口の中が切れたのか、血が口もとを伝っている。
 ……なんて、酷いことを。

「お? ……おー、天川か。悪い、なんか捕まったわ……」

 気の抜けた声を出す温水先生。しかし今は分かる、それは強がりだ。本当は喋るだけでも痛いだろうに……!

「さて、問題です。……いくらステータスが高くとも戦闘経験のない彼らが、一体どれだけの期間この王都で生き延びられるでしょうか」

「ふざけるな……っ! ふざけるなよ、ビザビ!」

 とうとう敬語すら忘れ、剣を抜こうと手を前にかざす天川。だが温水先生を連れて来た男はダガーを取り出すと、温水先生の首元にピタリと当てた。

「そうそう、別に魔物に食われてしまえば……死因なんて分かりませんよね?」

「……この距離なら、一瞬で殺されなければ私の魔法で治せる」

「天川くん、援護します」

 呼心と桔梗も一瞬で戦闘態勢に入るが、三人の中で最も戦闘経験を積んでいる天川だから分かる。あの男は、間違いなく一瞬で温水先生を殺しきる。
 それはシロークも理解しているようで、二人の前に手を出す。

「ここで抜けば、もうその瞬間反逆罪とこじつけられかねません。そうなれば王都どころか国に貴方たちの安寧の地はありません。抑えてください」

「く、そ……ッ!」

「おーう、天川。落ち着けって」

 しかしとうの温水先生はのんびりとした声のままだ。のんびりとした声のまま、目つきだけ鋭いものに変える。

「俺は……お前らよりも戦えない組、っつーか城に残る組とばっか話してたんだけどさ。一人だけいるだろ? 城にずっと残ってるけど……すっげぇ頼りになる奴」

 誰のことだろうか。
 眉根を寄せる天川に対し、笑みを返す温水先生。

「ま、分からねえなら分からねえでいいわ。大丈夫、大丈夫。安心しろって、。うぐっ」

「「温水先生!」」

「……喋り過ぎだ」

 後ろの男が温水先生の腹を殴って黙らせる。
 ビザビはそんな彼を一瞥し、こちらの方へ歩いてきた。

「シローク長官、貴方には……彼らの監視をお願いしたいんです。この城内から勝手に抜け出さないか」

「……ですが、今は彼らの力が無い限りはこの状況を打破できません。最低限、この戦いが終わってから――」

「何を仰います。この城さえ無事であればじきに助けは来ますよ」

 ……本当に現場を何もわかっちゃいないようだ。あの惨状を見ていればこんな事は言えまい。

(ああ、クソッ……!)

 天川が歯噛みしていると、扉の向こうが唐突に騒がしくなってきた。
 何人もこちらへ歩いてくる音。足音がバラバラだから一般人が混ざっているのだろう。

「……ッ、まさか!」

「やれやれ、やっとですか。……彼らを見れば、勇者様の考えも変わるかもしれませんね。自分から、罰を受けたくなるかもしれません」

「どこまで、外道なのか……」

 シロークが失望したように呟いたその瞬間、バン! と勢いよく扉が開けられた。
 そこから六芒星を付けた黒ローブを着た男が二人現れ……

「え?」

「アキラぁ……ふぁ、あふ。こんなのに好き勝手させるんじゃないわよぉ」

「ハロー、悪夢の時間だ。まさかオレがマール以外を守ることになるとは……やれやれ」

 ……の、首根っこを掴んで連れてきている黒いマントの男とベリーダンサーみたいな格好の妖艶な女性。
 その後ろには非戦闘員の異世界人全員と、新井や難波たち。

「な、な……なんだ、貴様ら!」

 ビザビがわなわなとした表情で叫ぶと、志村はバサッと黒いマントを翻して眼鏡に中指を当てた。

「オレか? ……オレは魔弾の射手ナイトメアバレット。近づくもの皆ハチの巣さ。こんな阿呆な人質計画を企てる奴も、な」

 ……随分前から考えてたんだろうな、あのセリフ。

「天川ー、悪い、何人か斬ったわ。死んではいないと思うけど」

「真奈美の暴走を止めれなかった。すまん」

 井川と木原が笑いながら報告する。新井はしっかりと宇都宮の横に控えており、その手には氷漬けの男が……。後で呼心に回復させよう。

「ふ、ふふ……なるほど。侮っていましたか。ですが、こちらにはもう一人いることをお忘れな――」

 ズギューン!
 黒ローブが持っていたダガーが弾き飛ばされる。志村の弾丸だ。あまりにも素早い抜き打ち、天川とヘリアラス以外の誰も反応できなかっただろう。
 その隙をついてもがき、なんとか振り払う温水先生。しかし敵は戦闘のプロ、即座に捕まえようと襲いかかった。

「先生!」

 そう叫んで天川が助けに行こうとした刹那、温水先生がにやりと笑う。

「悪いな、俺も持ってるんだわ……アイテムボックス」

 いきなり手に現れるスプレー。それを吹き付けた途端黒ローブが目を抑えてうずくまる。
 更に追い打ちをかけるように何らかの液体を顔や体にぶちまける温水先生。黒ローブで顔は隠れていたが、むき出しになっていた手が……ドロリ、と溶ける。

「おー、やっぱ効くなぁ、コレ。前の世界じゃ危険だってんで作れなかった代物なんだが。……さっきはよくもやってくれたな、うり、濃塩酸を3、濃硝酸を1! 王水でも喰らっとけ!」

「がぁぁぁぁぁ! わ、私の手が……ヒィッ、顔も……あ、ああああ!」

 嬉々として物騒なモノをぶっかける温水先生。……色々台無しです先生。
 特徴的だった六芒星のシンボルもドロリと溶け、見るも無残な姿になった黒ローブを踏みつける温水先生。
 そのまま実験の時と同じような笑みを浮かべて悠々と天川たちの方へ歩み寄る。

「いやー、さっき言ったの撤回するわ」

「は?」

「俺、これくらいは出来る」

 へら、っと笑う温水先生は……まるで前の世界にいる時のようで。
 つい天川も笑ってしまった。

「呼心、治療を頼む」

「ん。『天の力よ、救世主にして聖術士たる心が命令する。この世の理に背き、全ての疵を治す癒しの光を! セイクリッドヒール』」

 ぱぁっ、と輝いた温水先生の傷がみるみるうちに治っていく。

「あ、先生。拙者が伝えたキメ台詞、言ってくれたで御座るか?」

「おう、バッチリよ。お前らが入ってくるタイミングも良かったぞ」

「いえーいで御座るよ」

「いえーい」

 何故かハイタッチしだす二人。仲いいな。
 天川は一つ咳払いし、空気を緊迫した物に戻す。

「……ビザビ、大臣。一旦この件は終了にしましょう。俺は今回の件の責任として、外の魔物を討伐しに行きます。良いですね?」

「第二騎士団は騎士団として、王城を避難所に出来るように第一騎士団の残留部隊と連携して行っていきます」

 二人でそう宣言すると、ビザビは顔を真っ赤にして拳を握りしめた。

「……ふ、ふざけるな……私が何のために今まで王家派と行動を共にしてきたと……!」

 ぼそりと小さい声で呟くビザビ。そのことを問い返そうと口を開くが――その前に、オーモーネルによって遮られる。

「ビザビ、下がれ」

「で、ですが!」

「下がれと言っている。二度も言わせるな。これほど大胆な行動に出ておいて……何も咎めが無いなど思わぬことだ。そして……勇者、アマカワよ。今回の魔族を呼び寄せた件に関しては、今はいい。すべてが終わった後だ」

 天川は不意を突かれたように固まる。まさかオーモーネルがそこを追求してこないとは思っていなかった。
 彼はそのまま立ち上がると、魔物たちが来ているであろう方を向く。

「個人の主義主張はどうあれ、今は民を守るのが先決だ。シローク、勇者と連携し何としてでも魔物を掃討しろ」

「ハッ、父上」

 天川からすれば意外でしかない展開に目を白黒させていると、ツカツカとオーモーネルがこちらへと近づいてきた。

「フン、私が貴様らに何も言わないのが不思議か?」

「……それは、その」

 言葉に詰まると、オーモーネルは嘲弄と侮蔑の混じった表情を浮かべた。

「見くびるなよ、小僧。何故私が民を守るために使い勝手のいい兵器を寝かせておくと思う。今必要な力だ、役立てろ。……その後、しっかりトドメを刺してやるから覚悟せよ」

 ……ああ、なるほど。
 妙に納得した天川はつい笑ってしまう。

「承知しました」

 天川は一礼すると、異世界人を全員連れて歩き出す。
 その足取りは、来た時よりも軽かった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「志村、助かった」

「ああ。……オレは行くところがある、ここからは助けられないぞ」

「もちろん、十分だ。ありがとう」

 志村に礼を言って別れ、現在は第二騎士団のミーティングルームだ。
 城の最も外部に位置しており、窓から戦況を眺めることすらできる。窓の向こうに見えるのは、火の海となっている王都。そして空が完全に隠れ切っている結界。
 そろそろ……日も落ちるか。

「……現在、AGギルドの方とも連絡を取りましたが他のギルドへの連絡も出来ないとのことです。せめてこの結界を解除出来ればいいんですが……」

 シロークがそう言ってため息をつく。
 ほんの少しだけ心当たりのある天川は呼心と目配せし……やがて、腹をくくる。

「……呼心」

「うん。……あの、シローク長官。実は……」

 そう言って阿辺のあれこれを説明し、もしかするとその杭を破壊できればこの結界も消え去るかもしれないということを説明する。

「なるほど……逆にホッとしました。何の準備も無しにこんな結界が張れるのでしたら、既に人族は負けていますからね」

 それはその通りかもしれない。
 彼が特に追及してくることもなかったので、そのまま役割分担に入る。

「まず……戦えない異世界人の方々は第二騎士団と共に怪我人の救護にあたってください」

「そうですね、彼らもやる気はあるようですし。呼心、悪いんだが……」

「うん。分かってる。どう見ても手が足りてないから。私は救護に回るよ」

 呼心がやれやれという風に首を振る。
 そしてポン、と天川の胸元を軽く殴ってきた。

「その代わり、無事に帰ってきてよ。生きてさえいれば治すから」

 無事とは。
 呼心なりの冗談だったのか、にやにやと笑っているので……天川は彼女の頭をポンと軽く叩く。

「ああ、お前の魔力が切れていても大丈夫なように無傷で帰って来るさ」

「ん、頼んだよ」

 呼心の笑顔は、見る人を安心させる。
 まるで女神みたいだ……というのは気取りすぎだろうか。
 天川はそんな自分に苦笑しつつ、シロークの方を向く。

「第一騎士団、第二騎士団はそのまま私が指揮を執ります。ですが、結界の破壊は……お任せしてもよろしいでしょうか」

「無論です」

「……ありがとうございます。頼もしいですね」

「自分たちの仲間の始末は自分たちで付けます。……井川に怪我人を運ばせようと思うのですが、救護室にそのまま運んで良いですか?」

「ええ、もしも満杯になったら別の場所に移しますが……都度、お伝えします」

 頼もしいと言われたがむしろ逆だ。今は彼が最も頼もしい。

「ラノールさんがいてくださったら良かったんですが」

 シロークが苦笑するが、天川は首を振る。

「確かに彼女は強いですし、俺も頼りにしていますが……兵の運用であなたが彼女に劣っているとは思いません。頼りにしています」

「はは、勇者にそう言われれば気張るしかありませんね」

 いつもと違い、心底愉快そうに笑うシローク。そして目つきを真剣なものに変えた。

「城の防衛はどうしましょうか」

「それだったら新井を置いて行こうかと思っているのですが……」

 と、言いかけたところで。
 ドサッと何か柔らかくて暖かいものが後ろから天川に覆いかぶさってきた。

「アキラぁ……」

「へ、ヘリアラスさん。……先ほどは助かりましたけど、今はちょっと真剣な話を――」

「違うわぁ。城の防衛、任せなさいな」

 え、と。
 天川は驚き、ヘリアラスをはがし彼女の顔を見つめる。
 そして彼女はそっと天川の手を握る。

「じゃないと、流石にマズいのよ」

「な、なにを言って……」

 唐突にけだるげな口調が無くなるヘリアラス。それは彼女が真剣な話をしている時に他ならない。
 ただならぬ気配を感じ取った天川がヘリアラスに正対すると、彼女は手を握ったまま天川を抱き寄せる。

「えっ、ちょっ……」

「アキラ、枝神にはいくつかタブーがあるわ。……でも、その最大のタブーを今から破ろうと思うの」

「は、何を言って――」

 そう、言いかけた瞬間。
 あまりにも大きな、大きな気配が……唐突に城の傍に現れたのだ。
 唐突過ぎて、天川は一切感知出来ていなかった。それは他のメンバーも同様で、なにがなんだか分からない困惑の表情を浮かべる。
 しかしヘリアラスだけは冷静だ。冷静に――窓に向かって走り出した。

「Aランク上位……いえ、Sランク下位くらいはありそうね」

 天川たちが止める暇もない。超高速で窓に走った彼女は、鋭い蹴りを放つ。
 それと同時に――壁を突き破り、巨大な怪鳥が突っ込んできた。

「なっ……!」

「いっ……!?」

 ヘリアラスはまるでそれらすべてを読んでいたのかのように、その怪鳥を蹴りで吹き飛ばす。……一戸建て程の大きさだった怪鳥を、一撃で。

「う、そ……」

 思わず天川の口からそう漏れる。
 ヘリアラスは淡い青色のオーラを消し、天川に向き直った。

「……枝神のタブー、戦闘の結果を変えてはならない。……アキラ、本来であれば今ので壊滅していたわ」

 それは、そうだろう。
 仮に天川が無事だったとしても、シロークはほぼ確実に死ぬ。そしてシロークが死んでしまえば兵をまとめ上げられる人間がいない。
 ゾッ、と背筋が凍る。何もかもうまくいくと思っていた矢先のコレだ。不安で全てが塗りつぶされてしまいそうになる。
 しかし――ヘリアラスはゆっくりと天川に近寄ると、その顔をむにっと挟んだ。
 ……胸で。

「ふぇ、ふぇふぃふぁふぁふふぁん!?」

「ヘリアラスさん何やってるんですかーっ!」

「へ、へへへへへヘリアラスさん!?」

「アキラ様!」

 周囲ドン引き。
 しかしヘリアラスは天川をそのままギューッと抱きしめると、次は呼心を抱きしめに行った。

「あふっ!?」

「呼心!?」

 むぎゅむぎゅと胸に埋められた呼心は……心なしか少し嬉しそうだ。
 そしてたっぷり三十秒ほどそうしていると、呼心を解放したヘリアラスは桔梗に狙いを定める。
 あまりのことにポカーンとしてた皆をしり目に、どんどん標的を変えていく。
 桔梗、新井、井川、木原、そして難波と皆を挟んだヘリアラスは、チラリとシロークを見た。

「貴方もいる?」

「私は妻がいるので」

「じゃあ奥さんにやってもらいなさい。……アキラ、落ち着いた?」

 落ち着けるか! そう叫びたい気持ちを我慢して頷く。
 ヘリアラスはその顔を見て慈愛に満ちた笑みを浮かべると、その辺にあった椅子に座った。

「私は枝神のタブーを犯した。よって、この戦いが終われば枝神の力を失うわ。詳しいことはこの戦いが終わったら話すけど……今は、これだけ伝えておくわ」

 ヘリアラスは胸を持ち上げるように腕を組み、挑発的にな笑みを浮かべて足を組み替えた。

「この城は今みたいに私が守護まもるわ。だからアキラたちは存分に外で力を振るいなさい」

 その、あまりのオーラに気圧される。それと同時に心の底から自身が沸き起こってくる。
 彼女がいてくれるなら安心だ、と。
 天川は頷くと、無くなってしまった壁から王都を見下ろしながら指示を飛ばす。

「井川、怪我人や非戦闘員の避難を頼む。木原はその護衛だ」

「さっきと一緒だな、了解」

「魔物見つけたらちゃんと狩るぜ」

「ああ。……呼心はさっきも言った通り城で救護だ。難波、お前しか杭の位置は分からない。案内を頼むぞ」

「OK! ……場所は、ややうろ覚えだけど」

「それでも頼りにしてる」 

 難波に苦笑いを向けた後、桔梗の方を向く。

「桔梗、悪いが俺と難波のアシストだ。バフや索敵を頼む」

「わ、分かりました。……頑張ります」

 そこまで言ったところで、外をボーっと眺めていた新井がゆっくりとこちらを振り向く。その目は虚ろで焦点を結んでいなくて……そして、魔力が嘘のようにあふれ出していた。

「城の、護衛が……ヘリアラスさん、なら。私は……何をします、か……?」

「ああ。……新井、いつでもいいぞ」

 天川は街を指さし、にやりとした笑みを浮かべた。

「――好きに暴れてくれ」

「あはっ」

 後ろに音符かハートマークでも付きそうなほど弾んだ声を出す新井。
 そしてその瞬間、ずっと詠唱状態で待機していたのであろう魔法が発動する。

「『サモン・ザ・ベルゲルミル』!」

 噴出する魔力。
 形作られる氷の魔人。三頭身で関節が五個ある腕が二本ついていて角が二本生えている。両手には剣が握られており……そのシルエットはまるで地獄の悪鬼。
 見る者全てを心から凍り付かせる、新井の全力の魔法が……今、爆発した。

「あははははははは!」

 刹那、空中に飛び出していく新井。そして氷のスロープを滑ってぐんぐん空を駆けあがっていく。
 そして空中にいた魔物をものの数秒で十体は殺し、王都の中心へ――災禍のど真ん中へ突っ走っていった。
 そのあまりの迫力に苦笑いしつつも、天川は気を取り直して皆に声をかける。

「行くぞ!」

「「「「「おお!」」」」」

 第二ラウンドだ。
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