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第八章 王都動乱なう

181話 相談と青と剣

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 修練場の片づけを終え、天川たちは先ほどの会議室に戻ってきた。
 天川はひとまず腰を下ろし、背もたれに体重を預ける。

「作戦の立て直しだな。……呼心、すまない」

 今後のことを考えると頭が重い。具体的な案も湧いてこず、舌打ちしたくなる衝動を抑えるくらいしかやることが無い。
 ハダルの件に関しては後日兵が送られることになった。計画の一部が使えなくなった以上、別ルートで外に出るしかない。
 しかし、今日から最低でも二十日間は城を出ることは許されないだろうというのが呼心とティアーの見解だ。
 足踏み、確かに見えていた自分たちの前進を止められる。これほどツラいことは無い。

「謝るのは私だよ。……ああ、本当にどうしようか」

「天川君が全部……ぶっ飛ばして城から出るというのはどうですか?」

 新井の提案に苦笑いを返す。

「それをやったら一気に国中のお尋ね者だぞ」

 勇者から一転して犯罪者だ。天川たちだけならともかく、非戦闘員は更に身動きが取れなくなる。それだけでなくラノールにもティアーにも迷惑がかかってしまう。
 苦笑しつつも、それが出来たらどれだけ気楽かと想いを馳せる。

(邪魔する奴はぶっ飛ばして城から出る……ふっ、俺もこんなことを考えるなんてヤキが回ったか)

 モラルに反することはしてはならない。それは強者としてやってはならないことだ。天川は首を振って楽な方に逃げようとしていた自分を戒める。

「もう少ししたら井川君たちも来るだろうから、お茶でも用意してくるね」

「あ、呼心ちゃん待ってください。私も行きます」

 パタパタと呼心と桔梗が出て行き、部屋には新井と天川が取り残される。
 やや気まずさを感じつつも……何か世間話でもしておくかと口を開きかけた天川に、先に新井が話しかけてきた。

「その……天川君に質問……というか、相談があるんですけど」

「俺に相談? ……どうした」

 唐突にそんなことを言われて虚を突かれたものの、よく考えたら前の世界では悩み相談なんて何度もやっていたなと思い直す。

「俺に答えられることなら。でも呼心たちがいた方がいいんじゃないか?」

「いえ……その、男性の天川君に訊きたいんです」

 となると恋愛がらみか。
 わざわざ「男性の」と言う以上間違いないだろう。そして新井の好きな男性はまず間違いなく清田だ。

(であれば、俺よりも志村の方が適任じゃないかと思うんだが……)

 とは思っても言わないのがマナーだろう。
 新井は暫くモジモジしたかと思うと、意を決したように口を開いた。

「天川君にとって……特別な人、って誰ですか? その、恋人以上に特別な人と言うか……そういう次元じゃなく、この人じゃなきゃいけない! っていう人です」

「特別な、人? 恋人以上に?」

 予想の斜め上どころかジェット機で通り過ぎるような質問に今度こそ面食らう。恋愛相談じゃないのか?

「何故、そんなことを?」

 地雷がどこにあるか分からない以上、慎重に尋ねる。

「……昔、本で読んだんです。男には愛する人とは別に、どうしても譲れないものがあるって」

 新井はポツリ、と自分でもどうしたらいいのか分かっていないような様子で話し始める。

「私は……出会った早さも、過ごした時間も敵わないから……せめて、もっと特別な存在になれたらって思ったんです。そんな、譲れない存在に」

 天川の頭に佐野のことが浮かぶ。彼女にも同じ人物が浮かんでいるのかもしれない。

「その、こう……そういうのって男性特有なのかな、って思うんですよね。私じゃ想像できないから……」

 そう言うわけでも無いと思うが、彼女に想像しづらいというのなら力になるのはやぶさかではない。
 まあ……新井の言う譲れない存在と、譲れない物というものにズレはある気がするが、彼女の言っている方に合わせるのが得策だろう。
 それに――天川にとって思いついた言葉は、確かに男性……というか戦う者特有なものかもしれないから。

「俺なら、特別な人と言えば……今は、清田とラノールさんかな」

 コテン、と首を倒す新井。だから怖いってそれ。
 そんな感想を押し込め、笑顔を作る。

「ライバル、というかさ。ラノールさんは追い付きたい存在。清田は……追い抜きたい存在なんだ。俺にとって」

「ライバル……追い抜きたい……」

「ああ。好敵手、とも書くだろ? どっちも別に敵じゃないが……競争相手というか。目標の一つというか、さ」

 そんな天川の答えに満足したのか、まるで憑き物が落ちたような笑みを浮かべる新井。

「あは……。何となく、分かってきました。ありがとうございます天川君」

「そうか、それなら良かった」

 頭を下げると同時にぷにゅん、と胸部にある二つの重しが机に押さえつけられまるで餅のように広がる。そして頭を上げるとぷるるん、とその双丘が大きく揺れた。呼心や桔梗にはない、それどころかスタイル抜群のヘリアラス以上のそれについ目を奪われかけ――

「明綺羅君、それはギルティだよ。何で美沙ちゃんの胸元をガン見してるの?」

「天川君……その……え、えっちなのはいけないと思います。いくら新井さんの胸が大きいからって……」

 ――ガシッ、と。背後から両肩を掴まれた。

「こ、呼心!? 桔梗、いやちが……」

 言い訳をしようと口を開くが、新井は苦笑いのまま胸元を抑える。明らかに天川の視線を警戒している動きだ。
 今までの人生で女性からそう言った警戒を向けられたことのない天川は、異世界に来て一番のショックを受けつつも何とか心を持ち直す。

「あ、新井。えーと……見てない、からな」

 天川がそう言うと、呼心がハンッと鼻で笑った。

「今ので『何も見てない』は無理があるよ明綺羅君」

「明らかに目で追っていましたよね」

 二人ともニヤニヤとしている口もとを抑えきれていない。珍しく天川を揶揄う流れのようだ。
 しかし、仮に呼心と桔梗の二人が遊びだったとしても新井から「セクハラ男」と認定されてしまうのは避けたい。それ故に何か言い訳を捻りだそうと頭を回転させ――

「明綺羅君、明綺羅君」

 ――ようとしたところで呼心から呼ばれ、その声の方向に視線を向ける。
 呼心はにっこりと笑い、輝くような笑顔で――今度は桔梗のスカートをピラッとめくった。桔梗はあまり肌を出すことを好まず、常に長袖とロングスカートなのだが……だからこそ隠されたそれを見ることは並み以上の衝撃で。

「――ッ」

 純白のそれをイメージしていた天川だったが、実際は紫色でレースのついているものだった。
 以前習得した『猛禽の瞳』が勝手に発動し、その柄の一つ一つ、レースの一本一本をしっかりと視認してしまい……慌てて目をそらす。

「きゃぁっ! こ、呼心ちゃん! 何するんですか!」

 ベレー帽で顔を隠す桔梗。しかし呼心はにやにやとした表情のまま天川に詰めよる。

「今……目がちらっと青色に光った気がしたんだけど……どうして?」

 しかもスキル光のことまで見られている。死にたい。
 天川は何も言えず一歩後ずさりすると、呼心はその場でクスクスと笑う。

「い、今のもさっきのも、俺は悪くないだろう!? 不可抗力だろう!」

「見たことは認めるんだね」

「み、認めない。見てない」

 何故こんな目に合わねばならないのか。
 そんな情けないことを考えていると、桔梗がむーっと頬を膨らませて……呼心の後ろに回った。

「呼心ちゃんだけ見られてないのは卑怯ですよ!」

「えっ、キャッ!」

 ……今度は、呼心のスカートの中があらわになる。ばさっとめくられた向こうには、桔梗のそれとは打って変わって清楚……というよりやや子どもっぽい雰囲気の真っ白なもの。
 しかも一瞬しかめくらなかった呼心とは違い、桔梗は暫くめくったポーズのまま保持している。そのせいか、今度はスキルを使わずとも中心についているリボンまでしっかりと目に焼き付いた。
 呼心は顔を真っ赤にすると……スカートを抑え、その場にうずくまる。

「え……えっち」

「いやだから俺は何も悪くないだろう!?」

「あ、明綺羅君のエッチ! 違うからね!? 普段からこんな色気の無いパンツ履いてないからね! ちゃ、ちゃんと桔梗ちゃんみたいなスケスケで色っぽい下着履いてるから! っていうか、何で桔梗ちゃんは今日勝負下着なの!?」

 そこなのか。

「ちょっ、呼心ちゃん!? べ、別に私は勝負下着じゃないから……!」

「え、じゃあ普段から履いてるんですか? 追花さん」

「新井さん、ちがっ……!」

「おーい、遅くなっちまったな」

「悪い悪い。阿辺の野郎の部屋が異様に汚くて寝かす場所が無くてな」

「とにかく! 明綺羅君、私たちのパンツを見た責任をとって――」

 ――なんて、女性陣がわたわたしだしたところで、井川、木原、難波の三人が転移してきた。

「「「え……」」」

 三人の視線が天川に集まる。
 天川の周囲には、顔を真っ赤にしている女性が二人。しかも呼心に至ってはスカートをしっかりと抑えた状態で屈みこんでいる。
 そんな状況に呼心のセリフを照らし合わせると――

「あ~ま~か~わ~! この、女の敵がぁあぁぁぁ!!」

「木原! 待て、誤解だ誤解! 呼心、説明してくれ! 誤解だと!」

「うるせぇ! 問答無用!」

 抜剣した木原が襲いかかり、とっさに天川はそれを剣で弾く。
 頼みの綱の呼心は、ウソ泣きで井川に助けを求めていた。

「うう……明綺羅君、酷いよ……」

「酷いのはお前だ呼心!」

「くたばれやぁぁぁ!」

「援護するぞ真奈美!」

「援護するな井川! 止めろ!」

 どったんばったん。マジ切れしている木原と、明らかに面白がっている井川が狭い室内で天川に攻撃を繰り返す。

「で、実際どうなのよ」

 難波が桔梗に話しかけると、桔梗は顔の前でベレー帽を構えたまま微笑ましげな声を漏らす。

「あ~……呼心ちゃんが天川君を励ましたいって言って、一芝居うったところです」

「だろうと思った。あはは、でも面白いから俺も天川ぶっ飛ばそう。おらー! 天川、リア充はくたばりやがれ!」

 その流れはおかしいだろう難波!
 難波の攻撃も加わり、余計に複雑な戦況になる。
 しかしいつしか、天川の顔にも笑みが浮かんでいた。

(……落ち込んでばかりじゃいられない、か)

 今さら数歩足踏みしたところでそう離されまい。いつか追い付けばいいのだから。
 何も解決していないどころか、問題が更に増えた状況だが……問題は無い。天川の異世界生活は常にそんな感じなのだから。
 上手くいかないから人生は面白い――なんて、誰が言ったんだか。

(取りあえず今は、この状況をおさめねば)

 木原以外は遊びでかかってきているが、やるならとことんだ。いい実戦経験にもなるだろう。
 口元に笑みを携えた天川は、剣を構えて叫ぶ。

「こうなったら自棄だ! どっからでもかかってこい! どうせならパンツコンプリートだ!」

「認めやがった! やっちまえ木原ァ!」

「うおりゃああああ!!」

「真奈美! ちゃんとパンツは隠せ! その上でぶっ殺せ!」

「美沙ちゃん、このままだとパンツ覗かれるよ!」

「そ、それは困りますね……」

「わ、私は……ちょっと分が悪そうな天川君を応援します。エンチャント!」

 後で会議室は片づければいいだろう。
 久々に……高校生に戻って遊ぼう。
 そして明日からまた前に進むんだ。

「「「見えた! 青!」」」

「何であたしのパンツを皆で見てんだよ!」

 ……ちょっと羽目を外し過ぎている気はしないでもないが。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あっ……あの、野郎……志村ァ!」

 ――夜。
 自室で目を覚ました阿辺は耐え難い屈辱に見舞われていた。絶対無敵の防御力を誇る自身の結界を、あっさり乗り越え自分を眠らせた志村のことを思い出して。

「クソが……バカにしやがって! くそっ、クソッ! あー!! クソッ、バカにしやがって、クソがっ、クソがっ! 道端に落ちてるタバコ以下の価値しかねぇゴミのくせしてよぉ!」

 ガン! 机を蹴飛ばし、中身がぶちまけられる。どうせ明日になればメイドに片づけさせるのだ。故に自室はどれだけ散らかしても問題ない。
 普段であればこうして暫く暴れればそれなりに落ち着くものだが、今日はどれだけ暴れてもおさまりがつかない。

「イラつく……イラつくんだよぉ! 清田のせいで俺はまだこんなところに軟禁される羽目になってんだぞ……! それを新井はよぉ! 胸がデカいからって優しくしてやってたら付け上がりやがって! 女のくせに、女のくせに!」

 異世界人の中でムカつく人間は何人もいるが、そのトップに来るのが清田、志村、新井の三人だ。
 清田は言わずもがな、志村は王女に媚びを売って護衛とかいう一番安全で自由なポジションに収まりやがった。最初は「ガキのお守りなんてかわいそうに」なんて思っていたが、あれほど自由にしている姿を見るとイラつきしか浮かんでこない。
 さらに新井だ。佐野がいないから仕方なく目をかけてやったのにも関わらず、微塵も自分になびきやしない。何度食事に誘っても断り続ける。いや、断るどころか最近は無視する。これでムカつかないわけがない。
 なのに、なのに。
 今日は清田のせいで自分たちの自由がパァになり、新井には魔法を撃ちこまれ、あろうことか志村に失神させられた。

「クソがぁ……! クソが、クソがクソがクソが! なんでだ……何で上手くいかない!? 俺は特別なんだ……俺は、誰にも負けないくらい強い特別な存在なんだ……!」

 天川は勇者だ、だから自分よりも強い可能性があることは否定しない。
 だが他はダメだ。阿辺より弱い、それなのに徒党を組んで阿辺を邪魔する。
 耐え難い。

「クソがぁぁぁぁ!!!」

 ベッドを破壊し、更に椅子を破壊したところで――こんこん、とドアをノックされた。
 阿辺の住んでいる部屋は、他の連中よりワンフロア下で隣人は難波だけだ。そして難波は阿辺がどれだけ煩くしても文句は言わない。
 では誰だろうか。
 怪訝に思って近づくと――

「――おかしいのでございます」

 ――女性の、それも蕩けるような甘い声をかけられた。メイドの誰かと思うにはあまりにも艶めかしく、娼婦というにはあまりに気品のある声。

「あなたは強い……なのに、誰も認めない。これは明らかに変でございます」

 妙な喋り方だ。しかしそれを補ってあまりあるほど色気のある声。いつしか阿辺は、この声に聞き惚れていた。

「誰よりも強い……そうでございますね?」

「あ、ああ。……俺は、誰よりも強い。当たり前だ」

 問いかけに答えると、扉の向こうからクスクスと笑い声が聞こえる。

「その通りでございます! あなたの才能は、実力はもっと称賛されるべきであります。あなたも、そう思っているはずでございますわ」

「ああ、勿論だ」

 誰も阿辺を誉めない、賞賛しない。それはおかしいのだ。
 何故なら、自分は強いはずだから。阿辺の結界は今日の新井の攻撃にでさえ余裕で耐えきった。ああしていれば魔力が先に尽きるのは新井のはずで、となれば阿辺が必ず勝っていた。

「今日……魔法の撃ち合いをしていましたが、あれもあなたが勝っていたはずでございます」

「! あ、ああ。その通りだ」

 阿辺の口もとに笑みが浮かぶ。
 初めて……初めて、自分を正しく評価できる人間に出会えた。
 急いでその女の顔を拝もうとドアノブを掴んだところで――違和感を覚えた。
 自分の周囲に、ドア以外何も無いことに。

「……?」

「あなたは強い、あなたは選ばれた人間でございます。だから……スカウトしに来たんでございます」

 ――スカウト。
 であれば騎士団か何かの人間だろうか。もしくはAGの誰かか――否、もっと凄い組織かもしれない。この国を裏から操る組織みたいな。
 高揚する。自分を認めなかった連中を丸ごとバカに出来る。
 それが嬉しくて、嬉しくて――ガチャリと扉を開けた。

「……あ?」

 しかしそこには静寂が広がるのみ。先ほどの声の主は影も形も無い。
 とはいえ、今のが夢であったとは考えられない。自分が選ばれた存在で――その自分をスカウトしに来た人間だ。つまり、姿を消すことくらい容易だということだろう。

「その通りでございます。……無論、あなたが魔法を使えば立ちどころに看破出来るのでしょうが、それはわたくしの立場がなくなるので勘弁してほしいのでございます」

「なら……仕方ないな」

 フン、と鼻を鳴らしてニヤッと笑みを浮かべる。
 すると声の主が楽しそうな笑い声をあげた。

「クスクス……」

「あ? なんだよ」

「いえいえ、ただわたくしの見込んだ通りのお方だと思ったのでございます」

 その瞬間、周囲が闇に包まれる。
 魔力が散らされ、自動防御の『職魔法』が掻き消えてしまった。
 それに驚いて辺りを見回すが、やはり闇しかない。深い、深い……闇しか。
 パニックを起こしかけ……いや、と頭を振る。選ばれた人間である自分が、この程度で動じるわけがない。

「ほら、こうなっても動じないのでございます。流石でございます」

「あ、ああ。その通りだ」

 ふわっ、と。
 鼻腔をくすぐる甘い香りとともに……魔力が散って、闇が消えた。
 何が起きたか分からず混乱すると、足元に一本の瓶が置いてあることに気づいた。

「それはお試し……で、ございます。ふふふ……もし気に入られたら、我らとともに来てくださるよう……お願いします」

「ま、待て! これはなんだ!」

 阿辺が虚空に叫ぶが、反応は無い。
 一応探知魔法を使おうとして……やめる。そんなことで答え合わせをしてもつまらないからだ。
 足元の瓶を拾うと、そこには一口分の真っ赤な液体が入っていた。紅く、朱く、赤い。昏く、暗く、|冥(くら)い……まるで血のような液体が。
 瓶の下には一枚の紙片が置いてあった。そこには『お試し用。素晴らしい力が手に入ります』と書かれている。

「よく分からないが……」

 ようやく運が回ってきたらしい。
 阿辺は口もとに笑みを浮かべ、自室に戻っていった。



 異変まで、あと四日。
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