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第七章 大事件なう

172話 守るという想い、なう

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 ジョエルはジッと俺を見つめると……試すように軽く『殺気』を出してきた。

「……っ?」

 咄嗟のことで反応しようとして――それがただのフェイントだったことに気づく。
 ……もしもさっきまでのように『力』に『力』で対抗してたら、簡単に引っ掛かっていただろう。
 恐ろしいほど落ち着いている自分にホッとしつつ、ジッとその瞳を見返す。
 空のように蒼い瞳と、黒い眼帯に塞がれているもう一つの眼。しかし何らかの魔法的な雰囲気を感じる。……あの眼帯の下は怪我してるとかじゃなさそうだ。
 肉体は鍛え上げられているのがスーツの上からでも分かる。白髪は綺麗にあげられており、見事な口ひげも丁寧に手入れされている。黒いスーツもよく似合っているが……その鋭すぎる眼光と、ニコリともしない口元のせいで一切紳士には見えない。
 そこそこ広い部屋に本棚と観葉植物があるだけなので本来ならばガランとした雰囲気を感じ取るべきなのだろう。しかし真ん中に陣取るジョエルのあまりの存在感のせいで、一切「広さ」を感じられない。

「……気負いの無い、いい眼だ」

 ジョエルはそう言うと、立ち上がってこちらへ歩いてきた。

「オルランド殿は下の階にいる。先に私がお前達を見たくて呼んだんだ」

「……じゃあ明日の認定式の話はそっちでやるんですか?」

 そう尋ねると、ジョエルは静かに頷いて外を示した。ジョエルの座っているイスの向こうは窓ガラスになっており、シリウスの街がよく見える。

「いい街だろう。私たちが守る、人族最高の街だ」

 活気という部分では王都も都会だなと感じたが、こちらは逆ベクトルに都会だ。

「AGは魔物や驚異から人々を守る仕事だ」

 AG見習い扱いのE、FランクならまだしもDランクを超えたら殆どが魔物がらみ、人を守るクエストが多い。そうでないクエストも普通にあるが、比率でいえば八対二くらいだ。

「AGであるためには二つ条件があると思っている」

 重々しい口調で語り出すジョエル。

「一つは強さ、もう一つは人々を守るという想いだ」

 そう言ったジョエルは、俺の前に一歩踏み出してくる。

「そこには人族であるかどうかは関係ない。……そこの二人の女性は強さを、そして仲間を守る姿勢を見せつけてくれたな、先ほど」

 リャンとシュリーを見て、ジョエルはそんなことを言う。

「そこにいる二人の女性は『亜人族』であるだけではなく『AG』だ。そして『AG』である限りは何も心配はいらない。明日の認定式にも、パーティーにも参加しなさい」

 仏頂面のままだが、多少優しい声音で言うジョエル。しかし俺は言葉の後半よりも――前半、二人の女性はというところに注目してしまう。

「な、なんで……シュリーが獣人族だって……」

 そう尋ねると、ジョエルは少しだけ愉快そうな声音で教えてくれた。

「覚えておくといい、人は立っているだけ、歩いているだけで多量の情報を相手に与えている」

 つまり見るだけで見抜いたと。
 末恐ろしいもの感じながら、俺はとりあえず笑みを浮かべる。

「ありがとうございます、会長」

 リャンとシュリー、そして冬子とマリルも同時に少し頭を下げる。力の世界というものの良い部分を見せてもらえたようで、少し嬉しかった。
 キアラだけは特に反応を示していないが、少しだけ嬉しそうにしている。
 そんな俺達を見て、ジョエルは少し意外そうな顔になる。

「礼儀正しいな。もう少し跳ねっ返りだと聞いていたが」

 誰から聞いたんだろう。……思い当たる節がありすぎて困る。
 ジョエルは俺の仲間達を見て、満足そうに頷いた。

「いいAGだ、いいチームだ」

 ジョエルは「ついてこい」と言うと部屋を出て上空盤にさっさと乗り込んでしまう。
 慌てて俺たちもそれに続き、十一階で降りる。そこは少し広い応接間のようになっており、オルランド、ティアール、タロー、そしてギルマス(アルリーフって呼んだ方がいいかな)が座っていた。
 テーブルの上には飲み物も置いてあり、量の減り具合から察するに結構待たせちゃったようだ。

「遅かったやんか、キョースケ」

「ん、ちょっとね」

 アルリーフにそう返し、俺達は勧められた席に座る。……リャンだけはいつも通り後ろに立っているが。
 しかしそんな彼女を見て――一旦シュリーに目線をやった後――ジョエルがジロリと俺を睨みつける。そして彼が何か口を開こうとしたところで――リャンが先んじて喋り出した。

「私はマスターの従者ですので」

 いつも通りのリャンの言い分。ジョエルの言葉も理解した上で、彼女も譲れないのかもしれない。
 ジョエルは仏頂面のまま、少しだけ目じりを下げると俺に視線を送ってきた。ただしさっきとは違い睨みつけるというよりは、困ったような視線を。

「……中々頑固な女性だな」

「そこがいいところなんですよ」

「なるほど、そうか」

 たぶん俺がお願いすれば座ってくれるだろうけど、そういうものじゃないんだろう。

「失礼します、お飲み物をお持ちしました」

 全員が席に着いたところで、女性がお茶を持って入室してきた。アルリーフとタローが飲みかけだったものを飲み干し、ティアールとオルランドは残っていたものをそのまま渡している。……何となく、育ちが垣間見える気がする。

「さて、では明日の認定式について話そうか。……と、言ってもこの書類を用意したのは私では無いがね」

 タローが微笑みながらそう切り出す。

「特別に何か練習することがあるわけでも無い。タイムスケジュールくらいのものか、把握しておくべきことは」

 そう言って彼はタイムスケジュールについての紙を渡してくれる。認定式は結構朝早くからやるらしい。
 午前中いっぱいを認定式に使い、午後からはSランカーと模擬戦を二度、そして夜からパーティーか。
 更に渡されたのは認定式、模擬戦、パーティーについての詳細なスケジュール。合計4枚だ。

「ちなみに一戦目は私、二戦目はキミの知らない男だが……後少しでここに来るらしいから挨拶しておきたまえ」

「ん、了解」

 俺は一通りタイムスケジュールに目を通し、冬子に渡す。そして彼女たちが見ている間にタローが話を進める。

「認定式ではミスター京助、キミだけが壇上に上がることとなる。その後、私たちの名前が読み上げられキミとのつながりを示した後、会長からSランクと認められることで終了する。挨拶や入退場を含めて全部で二時間ほどだ」

 二時間、卒業式とかと同じくらいか。

「懐かしい」

 ジョエルはそう言ってタローとアルリーフの顔を交互に見る。

「そっか、タローとギルマス……アルリーフもこうして認定式でSランカーになったのか」

「……せやな、昔の話やけど」

「私はそう昔ではないが……。最年少記録を塗り替えられてしまったからね。あまり思い出したくない記憶になってしまったか」

 冗談めかして笑うタロー。

「あの時は結構話題になったものだが……今回、ミスター京助はそう話題になっていないようだな」

「あら、貴男の時もSランカーとしての認定式を終えてからでしょう。話題になったのは」

「せやで。Sランク魔物を倒して割とすぐ認定式があるから、知名度が広がる前にSランカーになってまうんや」

 オルランドとアルリーフの言葉に、タローは「……それは言わないで貰えれば誤魔化せたのに」と苦笑する。
 ……俺も将来、こうしてSランカーの保証人になったりしたら他の人からこんなこと言われるのかな。

「オルランド殿も昔は――」

「そ、そういえばジョエル会長、さっき王都と連絡が取れないと言っていなかった?」

 ジョエルがオルランドの方を見て何か言おうとしたのを遮り、焦った様子で口を開くオルランド。彼が焦るというのも珍しい。
 ……さてはオルランドの若い頃を知っているんだろうか。後で聞き出せないかな。

「ああ。目下調査中だ。王都と連絡が取れないなど今まで無かったからうちの職員も困惑している」

 王都と連絡が取れない、か。何かあったんだろうか。
 後で志村に電話してみようかな。

「マスター、誰か来たようですが」

 暢気なことを考えていると、リャンからそんなことを言われた。確かに人の気配だ。
 俺がドアの方を振り向くと、そこから一人の……だ、男性? 女性? どっちか分からない人が入ってきた。

「おやおや、どうもお待たせしてしまったようで」

「安心しろ、ミスタージャック。今キミの話をしていたところだ」

 ジャックと呼ばれた男――タローがミスターと言っているから男だろう――は糸目で、背まである流麗な髪を持ちニコニコとした表情が張り付いている。見た目からは年齢が判別できないがそんなに歳はいってないだろう。チャイナ服……というか、昔映画で見たキョンシーみたいな服を着ている。

「では初めまして、キョースケ君。拙はジャック。ジャック・ニューマン。明日の模擬戦の相手を務めます」

「初めまして、ジャック。俺はキョースケ・キヨタ。明日からSランクAGになるよ、よろしくね」

「ええ、よろしゅう」

 何か妙なイントネーションの人だ。前の世界で言うなら関西圏みたいな……でも少し違う。
 ジャックはジョエルにも挨拶を済ませると、俺の方へ近寄ってきた。

「どうも拙の弟子が迷惑をかけたようで。その節はどうも申し訳ない」

「弟子?」

 思い当たる節が無く問い返すと、ジャックは一切表情を変えないままその名を口にした。

「スターブですよ。彼は拙の弟子でした」

「えっ」

 スターブ・ベムーラ。忘れるはずもない、俺の戦った中ではかなり上位に位置する邪悪。実力もそれなりに高かったが、それ以上に人格が逝っていた。
 驚きに目を見開いていると、ジャックは首を振る。

「別に其方に恨みがあるわけではありません。ただ、彼に引導を渡すのは拙の役目だと思っていましたから……。ほんに、あのバカ弟子は」

 侮蔑するように――しかし声音は少しだけ寂しそうに吐き捨てる。やはり弟子ということは思い入れもあるのだろう。
 っていうか、どう見ても成人以上でむしろややおっさんに近かったようなスターブの師匠って……。ジャックは何歳なんだ。

「しかし彼は強かったですか?」

 少々、意地の悪い問いだ。
 俺は苦笑し――肩をすくめて首を振る。

「戦った時、俺は怪我しなかった。そして俺が生きて彼が死んだ。俺から言えるのはこれだけかな。後は明日の模擬戦で判別して」

「……なるほど」

 ジャックはそう言って頷き、離れていく。今日は顔合わせだけということだが……。明日はどうなることやら。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「もうすっかり日が落ちたな」

「そうだねー」

 本当にあの後簡単な打ち合わせを行い、俺達はシリウスの街に繰り出していた。
 と言っても見るところがあるわけでも無い。王都と違って特に物凄い観光スポットがあるわけではないらしいからね。

「晩御飯はどうしようか。ホテルで食べる?」

「ヨホホ、明日も早いですし何か買ってホテルで食べた方が良いのではないデスか?」

「私もそれで賛成ですー。というか、ずっと偉い人と会ってたから私疲れましたー……」

 マリルが大分お疲れの様子で笑うのでホテルで食べようという事になり、その辺のお店で晩御飯を買った。何か肉巻き……みたいな奴だけど美味しいだろうか。こっちの世界だと火魔法ですぐに温められていいね。
 そしてのんびりと商店の間を歩きながら話していると、ふと冬子がポンと手を打った。

「それにしても京助。さっきのアレは何だったんだ?」

「あれって?」

「ジョエルさん……ギルド会長と会う前のことです。まるでキアラさんのようでした」

 冬子とリャンに聞かれ、ああアレかと思い出す。

「ん……そうだね。ほら、ああして『圧』をかけられたらその分倒れないように外に向けて気張るでしょ?」

「ヨホホ、そうデスね」

「あの時は立っているだけでやっとだった」

 冬子もシュリーもリャンも同意してうなずいてくれる。

「でもあの時、俺は内部に力を向けたんだ。こう……自分の中に芯を通して吹き飛ばされないようにする感じ? イメージとしては暴風に対してこちらも同じものをぶつけて対抗するんじゃなくて、風除けを作るというか」

 言葉では説明しづらい。
 俺が困り果てていると、キアラが苦笑しながら指を一本立てた。

「こ奴が行ったのは、端的に言えば瞑想ぢゃ。慣れれば瞑想せずともああなるが、慣れぬうちは瞑想してからあの状態になればよかろう。自然体になり、必要以上に気張らずともすむようになっていたわけぢゃな」

「自然体か……。あの雰囲気の中で自然体でいるには相当な訓練が必要な気がするが……」

 冬子がため息をついてそう言うと、キアラはにやっと口の端をゆがめて俺の胸をトントンと叩いた。

「ならば暫くの間はキョースケを風除けにしておれば良い」

「マスターを? どうやってですか」

「簡単ぢゃ。要するにアレは相手の力を必要以上に気にしすぎている状態なわけぢゃな。ぢゃからキョースケの『力』を感じ取り、己の中をキョースケの『力』で満たせ。これ以上無いほど安心できる『力』ぢゃろう?」

 流し目するように、どや顔をかますキアラ。何故このタイミングでどや顔をしたのかが分からない。
 でもシュリー達には凄く分かりやすかったようで、目を輝かせる。

「ヨホホ! なるほど、それは確かに良い考えデスね!」

「では試してみるかの」

 次の瞬間――

「――キアラ……あのさぁ」

「ん? なんぢゃ?」

 ――ゾゥッ! と、よりにもよって先ほどのジョエルと全く同じだけの『圧』を俺達にぶつけてきた。
 俺は咄嗟に拮抗しようとしてやめる。そして一瞬の瞑想の後に受け流すことに成功した。
 一方の冬子たちはというと、何故か先ほどと違い平気そうだ。

「おお……大分楽だ」

「マスターの力を感じればいいだけですから楽勝ですね」

「ヨホホ! これはいいデス」

 三人とも嬉しそうに自然体を保っている。キアラのアドバイスですぐできるようになるって……皆凄いね。
 俺が感心していると、マリルがちょいちょいと遠慮がちに裾を引っ張ってきた。

「あの……キョウ君。皆さんで何をやってるんです……?」

「あー、ちょっとした訓練」

 メンタルトレーニングに近いかな。
 無論、この『圧』をマリルの方に向ければ彼女でも一発で俺達が何しているか分かるのだろうが……そんなことをしたらこの場で気絶する。

「キアラ、そろそろやめにしないと別の連中に気づかれない?」

「そうぢゃの」

 フッと『圧』が消え去る。何度もアレをされていたら肩がこるね。

「皆さんが戦闘の話をしだすと話に入れなくて悲しいですねー」

 マリルがそんなことを言いながら冬子に話しかける。

「でもマリルさんは知らない方がいいんじゃないか?」

「それは分かってるんですけどねー。時々羨ましくなります、トーコさんたちが。だってキョウ君と本当に同じ目線で喋れるじゃないですかー」

 その声には少しの寂しさと……多分な悲しみが含まれており、彼女の本心であろうことが伺えた。
 しかし冬子はそれに首を振ると、微笑んだ。

「全員が同じ方向を向いて、全員が同じ目線で見ることが……京助のためになるとは限りませんよ」

「そうです。私もマスターも……皆さん一人の人間ですからね」

「ヨホホ! 全員対等で、全員立場が違う……それで良いのデスよ。仲間なのデスから」

「お主は戦えぬ。それでよいのぢゃよ」

 俺は活力煙を咥え、火をつける。チームメンバーに言いたいことを言われちゃって、間が持たなくなっちゃったから。
 煙が空に溶けていく。きっと、彼女のような思いを抱いて……仲間としてついていけなくなった人もいるのだろう。
 だけど、このメンバーなら大丈夫だ。誰も相手の役割を奪わないし、お互いがお互いにいい関係を築けている。

(カカカッ。男女比が気になるケドナァ!)

(五月蠅いよヨハネス)

 軽口をたたくヨハネスにそう言い返し、俺達はやっと泊っているホテルに辿り着く。
 このホテルは当然ティアール商会の系列で、無理を言ったわけじゃないが最上階のスイートルームに泊めさせてもらっている。やっぱりリャンがいるから一部屋だけしか借りれないけど。
 普通は男女別だと思うんだけどね……ティアールがそうしてくれと言う以上仕方が無い。

「やっと一息ついたな」

 ベッドに寝ころびながら冬子がそう言う。リャンやシュリー、マリルも各々腰を下ろして一息ついている。キアラは既に飲んでいる。速すぎるでしょ。

「ちょっと吸ってくるね」

 俺は皆にそう声をかけて窓から外に出る。恐らく立ち入ってはいけないだろう屋根というかビルの上に飛び、活力煙に火をつける。

「あ……そういえば王都に連絡がつかないんだっけ。志村に連絡してみるか」

 そう思ってかけてみるけど……繋がらない。これは魔法で通話機能をつけているはずだから電波が入らないとかそういうことは無いはずだ。

「……イヤな予感。ヨハネス」

(アア。念波がジャミングサレテヤガル。キアラに言ってミロ、ソシタラ繋がるカモシレネェ)

「了解」

 すぐさま部屋に戻り、キアラにそう伝えると……怪訝な顔をしながらケータイを調べてくれた。

「ふむ……そうぢゃの。壊れている様子も無い、となれば念波が邪魔されておるのぅ」

「どうにか出来そう?」

「簡単ぢゃ。ここをちょちょいと……コレで良い、繋がっておるぢゃろ」

 割と複雑な魔法を使ったキアラは、俺にケータイを押し当ててくる。これで志村がなんともないならいいけど――そう思った俺の考えは、通話に出た人間の声でぶっ壊された。

『も、もしもしですの! 繋がったですの、やったですの!』

「あれ、マール姫? どうし――」

 ――たの、そう言う前に彼女は畳みかけるように食い気味で叫んだ。

『大変ですの! 王都が襲われてるですの!』

「なんだって?」




 ――日曜朝の怪人たちは、週に一人ずつ出てきてくれる。
 しかし現実ではそんなことあるわけがない。俺達の都合とは一切関係なく襲い掛かってくる。それは津波のように、竜巻のように……考慮されるのはただ向こうの都合だけだ。理解していたはずなのに、俺達は完全に油断していた。
 この日を境に世界の情勢は加速していく。
 速く――速く――速く――
 目を離せない戦い、その第一陣が始まる。
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