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第七章 大事件なう

171話 シリウスなう

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 マリルは苦笑いしながら外と上空の大乱闘を眺めていた。

「シリウスの街も結構物騒ですねぇ」

「普通ならそこそこのところで終わりになるんだがな。最年少SランクAGという触れ込みのせいで予想以上にAGが集まったんだ」

 心配そうにため息をつくティアール。アンタレスギルドマスター、アルリーフは少し懐かしむような眼になる。

「昔はもっと過激やったで」

「死者が出ないのが驚きだ」

「そう言わないで欲しい、ミスターティアール。コレはAGの|性(さが)みたいなものだ」

「そうそう、強い相手とやりあってみたいっちゅうな。特にこの街をメインにしとる連中なんか皆そうやで」

 いつの間にか現れたタローも会話に参加する。タローも懐かしそうにしている辺り、彼もこの洗礼を受けたのだろうか。

「皆がコレを……ってわけやないで。Aランカー以上のAGが来た時だけや」

「毎度これをやられたらこの街に住む人間にも迷惑だろうに……」

「そのためのビル群やで。富裕層なんかは文字通り『高みの見物』や」

 朗らかに笑うタローとアルリーフ、苦虫を噛み潰したような顔のティアール。助けを求めるようにこちらを見てくるが、マリルはどちらかというとタローやアルリーフ側なので何とも言えない。
 ティアールはそれを悟ったか、ブスっとした表情で腕を組む。

「……まあ、いい。アイツの無事なんぞどうでもいいからな」

「あれやな、心配性やな」

 アルリーフが笑うと、ティアールは狼狽しながらクワッと目を見開く。

「だ、誰がアイツの心配なんか!」

「ツンデレですねー、分かります!」

「ツンデレではない!」

 マリルが目を輝かせると、ティアールがマジ引きといったように頬を引きつらせる。

「キョウ君、ドロドロにならないといいですけど」

 ため息をつきながら、マリルは外の方へ眼をやった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ギィン! と敵の剣を弾く。やれやれ、流石に数が多いね。
 ぐいっ、と口元の血を拭う。人間同士の戦いで血を流したのはいつぶりだろうか。あの風魔法師が手強い。

(風の結界をよくインターセプトされるせいで防御に使えない)

(カカカッ! 水の結界に切り替えろッテ言ってルダロウガァッ!)

(あんまり見せたくないんだよ……)

(ドウセ三属性使えるッテコトハバレテンダヨ、気にスンナァ!)

(……それもそうか)

 ため息をつき、防御を水の結界に切り替えた。飛んできた魔法や矢が全て打ち落とされる。

「おい! こんなに水も達者なんて聞いてねえぞトレイ!」

「オレに言うんじゃねえ!」

「あーもう、メンドクサい! ボクが殺しちゃおう! いいね!」

「ばっ……行くなドラス! 下がれ!」

「やぁっ!」

 ボウガンを構えたやや幼い印象の男がこちらへつっこんでくる、ドラスって言われてたか。
 ニヤリと笑い、俺は地面から数本の水で拘束しようと魔法を使う。
 しかしドラスはそれを体捌きだけで避けて距離を詰めてきた。

「それ!」

 そして炎を纏わせた矢を撃ちだしてくる。なかなか悪くない速度だ。
 水と槍で払い、顔と顔がくっつきそうな距離まで近づく。

「――近いよ! 離れて!」

 よく見ると綺麗な顔立ちをしているが、まだ俺より年下じゃないか?
 ドラスは鬱陶しそうに手を闇雲に振り回す。接近戦に慣れてないというよりコレは――

「つれないね、そっちから近づいてきたのに」

「燃えつきちゃえ!」

 ――やはり陽動だった。
 ボン! と足下が爆ぜる。地面に向かってボウガンを撃ったね。
 地面……というかビル上部が壊れて辺りにまき散らされる。その瞬間俺は一瞬で加速しドラスの後ろに回り込む。

「焼き加減はどれが好み? レア? ミディアム? それともウェルダン?」

「――いつのまに後ろにっ!」

「残念、時間切れ。今回はレアだ。『エクスプロードファイヤ』!」

「うわぁ!」

 俺の発動した魔法がドラスの腹部に直撃し爆発と共に彼をビルの外まで吹っ飛ばす。

「何だあの威力……!」

「面倒……っていうのはこっちの台詞かな。そろそろマジでいくよ」

 三色の魔法が俺を巻く。ちょっと魔力消費は激しいけど炎、風、水を肉体に付与する。

「『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する。この世の理に背き、荒くれ者を薙払う大鎌を! シグナルカラーデスサイズ』!」

 炎、風、水が一体となった大鎌がふるわれ、その場にいた全員の胴に直撃していった。クリーンヒットをかわせた奴は数名いたが、そいつらも衝撃派でビルの向こうへ吹っ飛んでいった。

「ふう……やっぱり火力が低くなっちゃうな」

「今ので低いって意味わかんねぇぞ……!」

 俺の呟きに答える声が。見ればトレイが風を全身に纏って空を浮遊していた。
 ビルの上に降り立つと、イラだった表情で呪文を詠唱し、風を集める。

「クソが……! なんで息一つ切らしてねえんだテメェ!」

「こっちは口の中切っちゃったんだよ? 十分な戦果だと思うけど」

「意味わかんねーよクソが! これだからSランカーってのは嫌なんだ! 『ストームライナー』!」

 そして発射される風の弾丸――否、この威力は砲弾と言うべきか。
 それのコントロールを奪い、空に散らす。向こうが俺の魔法に干渉できるなら逆も……って思ったけど案の定だったようだ。
 トレイはさらに苛立ちを覚えた表情になり、呪文を詠唱する。
 それに合わせ、俺も呪文を詠唱しながら風を集めていく。

「『荒れ狂う力よ! トレイキングリーダーのトレイが命令する、この世の理に背き、全てを飲み込む風の砲撃を! ヘビーストームライナー』!」

「『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する、この世の理に背き、全てを飲み込む風の大砲を! バイオレンスストームライナー』!」

 殆ど同じ魔法が、同時に放たれる。周囲のものを弾き飛ばすのではなく中心に飲み込みながら迫る風の砲弾だ。
 それが俺とトレイの間で激突し――俺の放った魔法がトレイのそれを飲み込み、ビルの上部をめくりあがらせながら吹き飛ばした。

「覚えてやがれぇぇぇぇえええええ!」

 トレイの断末魔が聞こえる。風魔法で声を届けてるね。あれだけ叫べるなら死にはしないだろう。

「ホームラン、っと」

(カカカッ。神器も使わず魔昇華も使わずアシラウタァヤルジャァネェカ)

「これでもそれなりに修羅場は潜ったからね。成長もするさ。それに――」

 俺は炎を手のひらに集め、斜め後方に炎弾丸を飛ばす。ゴッ! と凄まじい音がして魔法を一つ燃やした。

「――見られてるのに手の内を晒す程バカじゃあない」

 どうせこれ一個じゃないんだろうけど。
 戦闘の最中に吹っ飛んでしまっていたので新しい活力煙を咥え、火をつける。
 煙を肺いっぱいに吸い込み……大きく吐き出す。やや薄くなった紫煙がゆらゆらと横に流れる。

「さて、下の様子でも……って、もう終わっちゃったのか」

 眼下を伺うと、もう戦闘は終了していた。
 慌ててキアラと冬子、シュリーの魔力を補足すると、全員ピンピンしてる様子だ。良かった。

「じゃあ下に降りようか」

 活力煙の紫煙が横から再び縦に変わる。
 俺はビルの上から落下するように飛び降りた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「やぁ、お疲れ。……だいぶドロドロになったね皆」

 俺が下に降りると、ドロドロになった四人に出迎えられた。美人は多少汚れても美人だが、流石に着替えた方が良さそうだ。

「途中からキアラさんが飽きだしてな……」

「移動砲台みたいになって破壊放題ですよ」

「新しく四字熟語を作らないの、リャン。そこのぶっ倒れてるシュリーは疲労?」

 ドロドロだけど傷はない。魔力も安定してるから寝ているだけかと思ったけど……。

「いや、キアラさんの魔法を避けきれなかったんだ」

「キアラ! 何してるのさ!」

「妾は悪くない! 悪くないのぢゃ、わらわらたくさん出てくるアイツらが悪いのぢゃ!」

 珍しくだだっ子みたいなことを言い出すキアラ。よほどイライラしたのだろうか。

「本気でやってないだろうね」

「そこは安心せい。それにリューに当たりそうになった魔法は自壊させた。衝撃波で気絶しただけぢゃ」

「シュリーが衝撃波で気絶するレベルとかどんな威力のを撃ったのさ……」

 死者が出てないか心配になってきた。
 俺はため息をついてから倒れ伏しているシュリーを抱き上げると、そこにオルランドたちがやってきた。

「お疲れさま、キョースケ。だいぶ色男になったじゃない」

「ホテルはとってきたので、先に着替えましょー。キョウ君も同じ部屋なのは我慢してくださいねー」

「死者がゼロ名なのは流石と言おう。だがもう少し野蛮じゃない方法はなかったのか……」

「着替え終わったらギルドに来い。ああ、本部の方に直やで。マリルに地図渡しといたさかい」

 投げキッスを寄越すオルランド、タオルと飲み物を渡してくれるマリル、頭痛を押さえるような仕草のティアール、そしてにこにこしているギルマス。
 三者三様ならぬ四者四様の連中に出迎えられ、俺も苦笑を返すしかない。ちなみにオルランドの投げキッスだけは丁重に避けさせていただいた。

「それにしても京助、空中でどんな戦いをしてたんだ?」

「普通に殴って突いて斬って払って」

「そっちにAランクが向かったと聞きましたが……」

「ああ、そこそこ手強かったよ。もう治ったけど、口の中切っちゃった」

「マスターが手傷を負ったんですから、相当でしたね。お疲れ様です」

 リャンの頭にポンと手を置き、さてと伸びをする。

「それじゃあ……行こうか」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ホテルで着替えてシャワーも浴びてさっぱりした後、俺達はギルド本部までやって来ていた。
 アンタレスのギルドはおろか、王都のギルドよりも圧倒的に大きい。ビルが丸まる一つギルドになってるのか。

「クエストを受けたりする場所はまた別の建物なので、ここでは財務とか人事とか、もろもろの事務作業が行われてますよー」

 マリルの解説になるほどと頷く。
 さてどうなることやら。
 取り合えずロビーらしきところに向かう。流石に自動ドアじゃないので普通に手動で開けると、受付嬢みたいな人がこちらに一礼してきた。

「いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ」

「ああ、こちらのギルマスに呼ばれててね。AランクAGのキョースケ・キヨタだよ」

「ああ、伺っております。少々お待ちください」

 何やら羊皮紙のようなものに書き込むと、その文字が消える。そして数秒経つと、何とその羊皮紙に勝手に文字が浮かび上がってきた。
 メールみたいな機能があるんだろう、面白い。

「ではそちらの上空盤からお上がりください。最上階の十二階です」

 上空盤、とは何だろうか。
 俺が取り合えず促された方を見ると、そこには手すりのついた円盤があった。前方の一部分が扉のように開くようになっており、少し頼りない。
 それが円状の何かで包まれており……まあ、要するに円盤で上がるエレベーターか。

「……これ、異世界モノじゃなくてSFモノだったの?」

「よく見よ、キョースケ。お主ならかけられてる魔法もある程度わかるぢゃろ」

 ジッと魔力を『視』る目に変えてその円盤を観察してみると、確かに複雑な魔法が絡みあっていたがいくつか俺も分かる魔法があった。SFじゃなくてギリギリファンタジーか。

「これなら魔族の国って何かもっとSFチックで近未来な感じになってるんじゃ……?」

「どうぢゃろうな。人族は『職スキル』があるから建築などの技術は発達しておるが、魔族は魔法オンリーぢゃ。恐らく違う発展を遂げておるぢゃろう」

 俺の呟きにキアラが答える。
 仮に人族だけがこんな風に発展しているとしても、正直今までと全く世界観が違いすぎて何がなんだかって状態だ。

「リャン、獣人族の国にもこんなのあるの?」

 彼女に尋ねると、リャンも眉にしわを寄せて呆けた表情で首を振る。

「私がいた頃は少なくともありませんでしたね……。というか、正直この手の技術は人族がトップなんじゃないでしょうか」

「ヨハネスに京助が聞けばわかるんじゃないか?」

「ファウストじゃあるまいし、知的好奇心を満たすために悪魔と取引する趣味は無いね」

 いや本当は別に知的好奇心のために契約したんじゃないんだっけ。まあいいか。

「ヨホホ、マリルさんはこれを知っていたんデスか?」

「いいえー……。私、一応アンタレスのギルドではそれなりの立場でしたけど、ギルドの本部に来れるほどエリートじゃなかったのでー……」

「むしろエリートなら来れるんだ」

「立候補したら、書類選考、筆記試験、実技試験を終えた後四度の面接を潜り抜けたら入れますねー」

「凄いね」

 日本企業の面接がどんな風になっているかは知らないけど、ギルド本部で働くのはかなり狭き門らしい。

「ちなみにフィアさんは面接も受かったんですけど、何か事情があって辞退したらしいですー」

「あの人そんなに凄かったんだ」

「というか、アンタレスは何か凄い人ばっかりいないか……?」

 冬子が苦笑しながらそんなことを言う。……まあ、割と戦闘力とか高いよね。
 取り合えず全員でその円盤に乗ると、1F~12Fと書かれたボタンがあった。ちゃんと4Fもあるのは、日本じゃないからか。
 12を押すと、魔法が起動して円盤が上昇していく。普段俺が飛ぶのよりはよほど遅いスピードなので怖さは無いが、マリルはやや顔を青ざめさせている。

「た、高いですね……キョウ君」

「そりゃね」

「て、手をつないでもらってもいいですか……?」

「いいけど、すぐ着くよ」

「そ、それでもいいのでー!」

 そう言ってマリルが俺の手を掴もうとしたところ――ガッ、と冬子とリャンに阻まれていた。

「そんなに怖いなら私が手を繋いでやろう」

「マリルさん、抜け駆けは禁止ですよ」

「お、お二人は飛べないじゃないですかー!」

 楽しそうだし、マリルももう怖くなさそうだ。
 そうこうしているうちに十二階に到着。そこには扉が一つしかなく、そこに……まあ、俺達を呼びつけたというか、ギルドのお偉いさんがいるのだろう。
 少しだけ緊張してノックしようとすると――

「「「「「――ッ!」」」」」

「へ? み、皆さんどうしたんですー?」

 ――マリル以外の全員が、一瞬で戦闘体制に切り替える。中から……尋常じゃない圧力がこちらへと降り注ぐ。

「……対面してないのにコレって」

 暴風のように叩きつけられる『力』に俺達ははすに構えて取り合えず倒れるのを防ぐ。

「威圧感……もはや『職スキル』の勢いだな」

「勘が鋭いのぅ、トーコよ。コレはその類のスキルぢゃ」

「まあ覇気が凄いって効果なのかもしれませんけどね、マスター」

「ヨホホ……」

 状況について行けていないマリルが目を白黒させているが、ひとまず俺達は文字通り『気合』を入れなおして扉に向かって正対する。

「このまま会話するの……キツく無いか、京助」

「そうだねぇ……」

 俺はそう言いながら、チラリとキアラを見る。彼女は相変わらずこの『力』の嵐の前でも平然と受け流している。
 ……俺も、出来ないだろうか。

(俺は今、相手の覇気に対して心を折られないように気合を入れて踏ん張っている状態だ)

 つまり『力』と『力』で相殺しているわけだ。
 しかしキアラの場合はそんなことをせずぶつけられる『力』をまるで柳のように受け流し、踏ん張らず自然体でそこに立っている。

(……魔昇華と同じか)

 要するに『力』をただぶつけるだけじゃダメなんだ。ぶつかるんではなく、流す。そのためには自分がその場に一本芯を通すことが必要なんだ。

(集中して……しかしその場で、自然体で……!)

 気負い過ぎず、集中して自分の内に『力』を感じるんだ。相手の『力』を気にし過ぎず、自分の『力』を信じるんだ。
 軽い瞑想のようなものか、俺は心を落ち着かせ――

(あっ……)

 ――ふっ、と風が通り抜ける感覚。
 感じない、いや感じてはいるがそれは倒れそうになるほどの『圧』じゃない。成功だ。
 一気に気持ちが楽になったので、背筋を伸ばすと……冬子からギョッとした目で見られた。

「な、何したんだ京助……! キアラさんみたいになってるぞ!」

「何で悪いことのように言うんぢゃ」

 ため息をつくキアラ。

「一皮むけたかの」

「……だといいんだけど」

 キアラは冬子たちに「また今度教えてやろう」と言って皆に軽い結界をかけた。大分楽になったようで、リャンもシュリーも冬子も顔色が多少よくなった。

「……もう大丈夫だ」

「ヨホホ……」

「じゃ、行こうか」

 俺はそう言いながら胸を張り、扉をノックする。

「入れ」

 渋い声で促され中に入ると……

「私がAGギルド会長のジョエル・ティードだ」

 さらに一段ビリっと空気が張り詰める。
 なるほど……

(無茶苦茶強いね、この人)

「AランクAG、キョースケ・キヨタ

 スッと目礼し、相手の鋭い眼光を受け流す。
 なぜだか知らないが――俺の心は不自然なまでに落ち着いていた。
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