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第七章 大事件なう
161話 スポーツバーなう
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カランコロン、入店を知らせるベルが鳴る。スポーツバーと言っても、スポーツ中継されるわけじゃなくて、中でスポーツの試合を直接見る感じだ。
ただこのスポーツバーで見るのはサッカーとか野球とかじゃない(っていうかそんな広さは無い)。
じゃあどうなるのかっていうと……
「すり鉢状の座席で、中心にリング。まさに地下核闘技場って感じだよね」
「グラップラーさんたちが戦うのを見たり、飛び入り参加したりも出来ますよー」
グラップラーって言っちゃうともう完全に範〇刃牙なんだよねぇ。でもあの連中ならこの世界でも割と普通にやっていけそうな気がする。いや流石に無いか?
「まだ試合は後みたいですから、先に飲みましょー」
マリルと一緒にカウンターに行く。実はこの世界ではカクテルもバーも初体験だったりするので、彼女に合わせることにする。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
カウンターに立っているタキシード姿のオジサン……というか、お爺さん。白髪をオールバックにしていて、丸眼鏡と口ひげがダンディで良く似合っている。
俺はメニューを見て……名前だけ聞いたことのあるカクテルを頼む。
「そうだね。デリアザン・ライミンを一つ」
「じゃあ私はトクール・サンライズでー」
「かしこまりました」
手際よく作ってくれたそれを――俺は右手で、彼女は左手で持ってから手をつないで席へ移動する。
俺の頼んだカクテルはデリアザンっていうお酒を注いだグラスにライミンの輪切りがサクッと刺さっているデリアザン・ライミン、マリルのはトクールというお酒とオーランジのジュースのカクテルだ。
「乾杯」
「乾杯」
チン、と小気味のいい音がして、グラスの水面に波紋を作る。
くいっと一口。鼻腔をくすぐるライムのような香りと、舌に残る仄かな甘味と爽やかな喉越しがすこぶるいい。
「やっぱり美味しいですねー」
「ん、美味しい。辛い……ともちょっと違うな。酸っぱいわけでもないし……?」
カクテルって、味がいくつもするから一言では言い表しづらい。もう一口飲んでみると、さっきとは違う感想が浮かんでくる。
不思議だ、けど美味しい。
「それにしてもカクテルなんて初めて飲んだよ」
「いつもキアラさんが持ってくる果実酒ばっかりでしたもんねー。そっちも好きですけど、カクテルも美味しいですよー」
カクテルってそもそも美味しくないお酒を美味しく飲むために混ぜモノをしたのがスタートなはず。つまり必然的に美味しくならなきゃ意味がない。
もう一口。普段お酒を飲むときと違ってダイレクトにお酒の味がするわけじゃないから、飲みやすいね。
「しかし凄い熱気だねぇ」
「そうですねー」
バーの中は和やかな雰囲気だが、結構騒いでいる人もいる。どちらかというとどんちゃん騒ぎをするのが居酒屋で、静かにお酒を飲むのがバーかと思っていたけど違うようだ。
「んー、お店によると思いますよー? 特にここはあくまでスポーツバーですからねー。静かに飲む印象は無いですー」
「それもそうか。……確かに、前の世界のスポーツバーもえらい賑やかだった」
ふぅ、と一つため息をつく。バーの中は全席喫煙可らしく、灰皿が置かれている。
遠慮なく活力煙の煙を吸い込み、天井に吹きかける。
「今日、キアラさんが外で飲んでたら凄いことになってたでしょうねー」
「ベロンベロンになって朝まで帰ってこなかっただろうね……」
というか既に酔いつぶれて道ばたで寝てる人がちらほらいた。どんなペースで飲めばそうなるのやら。
くっとグラスを傾けたところで、カクテルが尽きた。さて、次は何を飲むか。
「マリル的にオススメはある?」
「キョウ君は比較的甘いお酒が好きでしたよねー。でしたらデネブブルーなんかが美味しいと思いますよー」
「ん、ありがとう。マリルは何かいる?」
「一緒に行きますよー。っていうかあんまり見えてないんですから置いていかないでくださいー」
鞄を席に置いて立ち上がり、再びカウンターへ。
「デネブブルーとミラオブキングでー。あとチェイサー代わりに彼にはミカポンカンサワーを。私はこのアマイチゴサワーでー」
「かしこまりました」
流れるように注文するマリル。慣れてるね、流石に。
大きめのグラスにお酒を二種類注ぎ、それから別の瓶から数滴垂らす。銀色の棒……マドラーかな? で混ぜてから、最後に別のグラスに移してサクランボのようなモノをグラスの底に沈めた。
「お待たせしました。ミラオブキングでございます」
「ありがとうございますー。あ、キョウ君のも出来てますよー」
「へ? あ、ああ。ありがとう」
ミラオブキングが作られるのを見るのに夢中になっていたら、俺のも出来上がっていた。会釈してデネブブルーを受け取る。
「チェイサー類はお席まで運ばせていただきます」
「ありがとう」
席に戻り、もう一度乾杯。
一口飲むと……多少独特な香りが鼻に抜けるけど、先ほどのよりも更にさっぱりとしていて美味しい。柑橘系の香りだけじゃなくて……少しだけ苦みも感じる。
「美味しい。甘いだけじゃないって感じ?」
「食レポ下手ですねー。一口飲みますー?」
「いただくよ。俺のもどうぞ」
「はいー」
お互いのを交換して一口。甘い……んだけど、濃い、アルコールが。あと割と苦くてレモンの香りが。
カクテルってこう口当たりが良くて軽いイメージだったんだけど……す、凄いなこれ。
「やっぱりデネブブルーは甘くて美味しいですねー。けどもう少し濃い方が好みですー」
「いや……こ、濃すぎない?」
「そうですかー?」
きょとんと可愛らしく小首を傾げるマリル。彼女もやっぱり凄いな、お酒の方向では。
「いつもキアラさんとかと飲んでる方がストレートにアルコールくると思うんですけどねー」
「いや……なんか濃いカクテルと果実酒ってまたなんか違う感じがする」
美味しいのは確かなんだけどね。
俺がちびちびと飲んでいるうちに、チェイサーが運ばれてきた。そもそもチェイサーって何だろうか。
「チェイサーっていうのは、軽いお酒とかお水のことで、強いお酒とかを飲んだ後の口直しですねー。後、お酒飲むとお手洗いが近くなるので、脱水症状を防ぐ用途もありますー。キョウ君は普通にお水の方が良かったですかねー」
なるほど。
彼女は一息で説明しきると、グッと一気に飲み干してしまった。ヤベーイ……。
俺が引いてると思ったのか、マリルはグラスをテーブルにお淑やかに置いて科を作る。
「キョウ君……私、酔っちゃったみたい……」
潤んだ瞳、上気した頬、ちらりと見える胸元。思わずゴクリと唾を飲み込むが、慌てて首を振る。
「だ、ダウト。マリルがこれくらいで酔うわけ無いでしょ」
マリルは「むー」と可愛らしく頬を膨らませ、胸を張って開き直った。
「キョウ君の活力煙にも付き合ったんですから、こうなったら私のお酒にも付き合ってもらいます」
……確かにそれもそうか。
お酒を飲んだからか、それともこの雰囲気にあてられたのか……不思議と疲労を感じていない。
「お手柔らかにね。……それとも、飲み比べでもする?」
「あ。いいですねー。負けませんよー」
無邪気に微笑むマリル。どうも俺はチョロいらしい。
こうやって微笑まれただけで……こんなにも胸が暖かくなるのだから。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
スポーツバー『ファイブ』のマスターは少し微笑ましい想いで彼らを見守っていた。
彼女がマリルであることにはすぐに気づいた。何せ常連だ、メガネを外して化粧を変えただけで分からなくなるわけもない。
そして彼女が連れている男がキョースケであることも分かっていた。確かマリルは彼の第三婦人になったはずだから。
二人ともいつもと格好が違うのはお忍びだからだろう。ならば気づいていても言わないのがマスターとしての勤め。そしてこの街を守るために闘ってくれたキョースケに気持ちよく飲んでもらうために変な輩がちょっかいを入れてこないように見守るのもマスターの勤めだ。
……決して、悪い男にばかり引っかかっていたマリルがやっといい男を捕まえたのをニヤニヤしながら見たい訳ではない。決して。
「デネブブルーとミラオブキングでー。あとチェイサー代わりに彼にはミカポンカンサワーを。わたしは……うーん、このアマイチゴサワーでー」
「かしこまりました」
いつもと違い、軽めのカクテルを注文するマリル。
流石に愛しの君の前では大酒飲みな自分を見せたくないのか。それとも、彼があまり酒に強く無くて気を遣ったのか。
そんな彼女に微笑ましいものを感じながら、手際よくミラオブキングを作る。
ミキシンググラスに二種のウルィスキーを注ぎ、ビターを数滴垂らす。
ステアしてからカクテルグラスに移して砂糖漬けのチェリーッシュをグラスの底に落として完成。
「お待たせしました。ミラオブキングでございます」
カウンターの上を滑らせるようにして渡す。嬉しそうにキョースケの手をとる彼女を見て、やはり良かったという想いが浮かぶ。
「チェイサー類はお席まで運ばせていただきます」
「ありがとう」
サワー類を簡単に作り、お席まで運ぶ。
しかし楽しそうだ。あんなに楽しそうにお酒を飲むマリルを見るのはかなり久しぶりな気がする。ここ最近、彼女が夜の街に繰り出しているのを見ていなかったからなおさらかもしれないが。
「ふっ……まだまだと思っていたあのマリルが、一端の女性になって……。これだからこの仕事は辞められない」
ニヒルに決めながら他のお客様のカクテルを作っていると……再びマリルとキョースケがやってきた。相変わらずマリルのペースは速い。
「キョウ君にはミラオブキングをー。私はサンイラズでお願いしますー」
ザワ、と。
彼女が注文した途端、バーカウンター内の雰囲気が少しだけざわめく。
飲むと翌朝の太陽を拝めなくなる――という理由で名付けられたお酒、サンイラズ。強い酒であることもそうだが、とても飲みやすい味と香りのせいで飲み過ぎるということがそれに拍車をかけている。
マリルの好きな酒の一つだが……デートの日に飲むというのか。
(いや……そうか)
それくらいでは嫌われないという確信を持つくらい、キョースケを信頼しているのだろう。
「かしこまりました」
さっと準備してお二人に渡す。
楽しそうに……それでいてほんの少しだけ目に挑戦的な雰囲気を漂わせるマリル。
(……もしくは〆のつもりで頼んだのかもしれませんし、な)
――しかしここから先が凄まじかった。
二人とも競うように強い酒を飲みまくり、マリルに至っては『男潰し』と言われた頃のように飲んでいる。二人とも、それはそれは楽しそうに……。
「ま、マスター」
「うむ、分からないように水を二人に渡せ。じゃなきゃ明日がキツいだろう」
店員の一人にそう指示を出してから二人を見守る。しかし完全に潰れるまでは飲むつもりが無いのか、暫くして二人が立ち上がった。
ドコへ向かうのだろう……と思っていると、
「マスター、そろそろ闘技場を開ける時間です」
「そうか、お二人で闘技場に向かわれるのか。ならば私も下に降りよう。カウンターは頼んだ」
「かしこまりました」
カウンターを任せ、闘技場の方へ向かう。マスターがマリルとキョースケを見つけたところで、第一試合が始まった。
「楽しみれすねー、キョウ君」
「そうだねー。もうちょっと前の方に行く?」
「大丈夫れすー。何となく見えればいいんでー」
二人とも相当酔っているようで、顔を赤くしてやや呂律が回っていない。
しかしキョースケの足元はしっかりしており、吐いたりはしなさそうだ。
『さぁ! 第一試合はアレクサンダー・ガーレンVSラベルト・イスタスの戦いだぁ!』
ここでのグラップラーの戦いは、基本的に『職スキル』、魔法、武器が禁止となっている。
それ故に必然的に肉弾戦になる。悪趣味と思われるかもしれないが、その純粋な肉と肉のぶつかり合いをお客様が見に来ていると自負している。
ここのグラップラーは登録制になっているが、飛び入り参加もOKだ。今日の予定では10戦ほどということになっているが、どうせ同日中のリターンマッチや飛び入り参加などでもっとファイト数は多くなるだろう。
しかも今日はお祭り騒ぎの日。お客さんも多ければ、戦いたいグラップラーも多い。何かトラブルが起きなければいいが。
『さぁ、両者手四つで組み合った!』
ショーだが、内容はリアルファイト。それ故に十秒で決着することもあれば、五分、十分と熱戦になることもある。前者も後者も非常に盛り上がるのだが、タイムスケジュールの管理が出来ないために主催者側としてはハラハラしてしまう。
「へぇ……結構やるねぇ。面白い」
「キョウ君は格闘技とか見るの好きれすかー?」
「割と見てたよ。結構楽しいよね、おっ、いいの入った。ボディだ」
「よくこんな遠くから細かく見えますねー」
二人の楽しそうな声が聞こえてきて、よしよしと思う。本来の主役であるキョースケを楽しませることが出来たのなら何よりだ。
その後も一進一退の攻防を繰り広げていたが、最後はラベルトの強烈な膝蹴りが顎に入り、そのまま失神KOとなった。
『勝者はラベルト! さぁ、換金は全試合終わった後ですから、まだまだ試合を見ていってください!』
「っしゃぁ! いいぞラベルト!」
「くそったれ! 何やってやがんだアレク!」
この地下闘技場、当然というかなんというか賭けも行っている。オッズは6:4くらいでアレクが優勢だったため、観客の反応はさもありなんといったところか。
KOしたアレクが担架で運ばれて行き、次のグラップラーが入場してくる。
『お次はこの闘技場で5連勝中の男! 超巨体、アルバ・リガーンだぁぁぁ!』
ワッと凄まじい歓声と共に、今一番人気のある男が入ってくる。身長が2メートルを超えており、純粋な戦闘ではこの闘技場トップだ。
肩まであるぼさぼさの髪と、刈り揃えられた口ひげが尋常ならざる威圧感を放っている。
「ふぅん……」
キョースケの目が細められる。少し値踏みするような視線だけで、彼がSランクAGなのだと感心させられる程の眼光が込められている。
『そして対するはこの男! 3連勝中のセルゲイ・イワノフ! そのスピードでアルバを翻弄出来るか!?』
続いて入ってくるのは坊主頭の男。アルバに比べれば小柄に見えるが、その実180センチは越えているグラップラー。基本的にはスピードと手数で押すファイターだ。
上半身裸の二人がにらみ合い火花を散らす。
「ねぇキョウ君、どっちが勝つと思いますかー?」
「アルバかなー。普通に強そうだ」
キョースケがグイとカクテルを煽る。隣のマリルといい、二人とも大分強いのを飲んでいる。
(キョースケさんも案外酒飲みなのかもしれませんな)
相変わらずガブガブ酒を飲む二人に気を取られていると……なんと開始数秒でアルバのラリアットがセルゲイに決まり、KOしてしまった。
『け、決着ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!! なんと5秒! 5秒でKOしてしまいました! 流石、強い! デカい! そして速い! これがアルバ・リガーンという男だぁぁぁぁぁ!』
うおおおおおおお! と会場中がさらに盛り上がる。そんな中、アルバは倒したセルゲイを踏みつけて雄叫びを上げた。
「がははははは!! オラ! もっと強いやつはいねえのか!? こんな雑魚ばっかじゃ物足りねぇよ! なぁ!」
会場にそう叫び、差し入れとばかりに飛んできた酒瓶をキャッチして一気飲みするアルバ。これで6連勝なのだから調子に乗るのは分かるが、ああしてセルゲイを足蹴にされると担架で運べない。さてどうしたものか。
……なんて考えていると、ふとキョースケとマリルがお互いの酒を乾杯させて……一気に飲み干した。
「ねぇキョウ君」
やや目が据わっているマリルが、ツンツンと手の甲でキョースケの手の甲をつつきながら話しかける。
「んー、どうしたのマリル」
「この大会、飛び入り参加アリみたいれすよー?」
「そうだねぇ」
……何やら不穏な会話だ。
まさか、ね? そう思いながら二人の様子をうかがっていると……二人とも笑顔を見せながら、立ち上がった。やっぱり二人とも目が据わっている。
その足元はややふらついており、二人とも相当――並みの人間ならぶっ倒れてるくらいに酒を飲んでるのだから当たり前だが――酔っていることが分かる。
「私……キョウ君のカッコいいところみてみたいれすー」
しなだれかかるようにキョースケに胸を押し当てるマリル。それを受けたキョースケは、ぽんと彼女の頭に手を置いてニッと笑った。
「まぁ……勝ったからって何してもいいわけじゃないしねぇ」
「じゃあ、キョウ君……やっちゃってくらさーい」
「俺に有り金全部賭けとくよーに」
ニヤっと笑ったキョースケは……そのまますり鉢状の客席の階段部分を駆け下りていき、バッと跳躍した。
(きょ、キョースケさん!?!?)
突然の出来事に慌てて前の方に行くと、マリルもいつの間にか最前列に来ていて眼鏡をかけていた。
「キョウ君、頑張ってくらさーい」
キョースケはスタッと着地すると、目の前にいるアルバに向かって指を突き付けた。
「飛び入り参加、いいかな? アルバ」
「ああ!? ガハハ! 構わねえが、そんな細腕でオレとやりあうつもりか!?」
大笑いして対戦を承諾するアルバ。
……知ーらない、と言って現実逃避したくなったがそうも言っていられない。ハラハラしながら成り行きを見守る。
『なんだぁぁ!? あのアルバに突然挑戦者が現れた! 見るからにグラップラーじゃないが……殺されに来たのかぁぁぁ!?』
実況が煽る。殺されるとしたらアルバだ、止めないと。
しかしここで止めるということは、キョースケの正体が知られるかもしれないということで……。
マスターが悩むのをよそに、場内のボルテージは盛り上がっていった。
ただこのスポーツバーで見るのはサッカーとか野球とかじゃない(っていうかそんな広さは無い)。
じゃあどうなるのかっていうと……
「すり鉢状の座席で、中心にリング。まさに地下核闘技場って感じだよね」
「グラップラーさんたちが戦うのを見たり、飛び入り参加したりも出来ますよー」
グラップラーって言っちゃうともう完全に範〇刃牙なんだよねぇ。でもあの連中ならこの世界でも割と普通にやっていけそうな気がする。いや流石に無いか?
「まだ試合は後みたいですから、先に飲みましょー」
マリルと一緒にカウンターに行く。実はこの世界ではカクテルもバーも初体験だったりするので、彼女に合わせることにする。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
カウンターに立っているタキシード姿のオジサン……というか、お爺さん。白髪をオールバックにしていて、丸眼鏡と口ひげがダンディで良く似合っている。
俺はメニューを見て……名前だけ聞いたことのあるカクテルを頼む。
「そうだね。デリアザン・ライミンを一つ」
「じゃあ私はトクール・サンライズでー」
「かしこまりました」
手際よく作ってくれたそれを――俺は右手で、彼女は左手で持ってから手をつないで席へ移動する。
俺の頼んだカクテルはデリアザンっていうお酒を注いだグラスにライミンの輪切りがサクッと刺さっているデリアザン・ライミン、マリルのはトクールというお酒とオーランジのジュースのカクテルだ。
「乾杯」
「乾杯」
チン、と小気味のいい音がして、グラスの水面に波紋を作る。
くいっと一口。鼻腔をくすぐるライムのような香りと、舌に残る仄かな甘味と爽やかな喉越しがすこぶるいい。
「やっぱり美味しいですねー」
「ん、美味しい。辛い……ともちょっと違うな。酸っぱいわけでもないし……?」
カクテルって、味がいくつもするから一言では言い表しづらい。もう一口飲んでみると、さっきとは違う感想が浮かんでくる。
不思議だ、けど美味しい。
「それにしてもカクテルなんて初めて飲んだよ」
「いつもキアラさんが持ってくる果実酒ばっかりでしたもんねー。そっちも好きですけど、カクテルも美味しいですよー」
カクテルってそもそも美味しくないお酒を美味しく飲むために混ぜモノをしたのがスタートなはず。つまり必然的に美味しくならなきゃ意味がない。
もう一口。普段お酒を飲むときと違ってダイレクトにお酒の味がするわけじゃないから、飲みやすいね。
「しかし凄い熱気だねぇ」
「そうですねー」
バーの中は和やかな雰囲気だが、結構騒いでいる人もいる。どちらかというとどんちゃん騒ぎをするのが居酒屋で、静かにお酒を飲むのがバーかと思っていたけど違うようだ。
「んー、お店によると思いますよー? 特にここはあくまでスポーツバーですからねー。静かに飲む印象は無いですー」
「それもそうか。……確かに、前の世界のスポーツバーもえらい賑やかだった」
ふぅ、と一つため息をつく。バーの中は全席喫煙可らしく、灰皿が置かれている。
遠慮なく活力煙の煙を吸い込み、天井に吹きかける。
「今日、キアラさんが外で飲んでたら凄いことになってたでしょうねー」
「ベロンベロンになって朝まで帰ってこなかっただろうね……」
というか既に酔いつぶれて道ばたで寝てる人がちらほらいた。どんなペースで飲めばそうなるのやら。
くっとグラスを傾けたところで、カクテルが尽きた。さて、次は何を飲むか。
「マリル的にオススメはある?」
「キョウ君は比較的甘いお酒が好きでしたよねー。でしたらデネブブルーなんかが美味しいと思いますよー」
「ん、ありがとう。マリルは何かいる?」
「一緒に行きますよー。っていうかあんまり見えてないんですから置いていかないでくださいー」
鞄を席に置いて立ち上がり、再びカウンターへ。
「デネブブルーとミラオブキングでー。あとチェイサー代わりに彼にはミカポンカンサワーを。私はこのアマイチゴサワーでー」
「かしこまりました」
流れるように注文するマリル。慣れてるね、流石に。
大きめのグラスにお酒を二種類注ぎ、それから別の瓶から数滴垂らす。銀色の棒……マドラーかな? で混ぜてから、最後に別のグラスに移してサクランボのようなモノをグラスの底に沈めた。
「お待たせしました。ミラオブキングでございます」
「ありがとうございますー。あ、キョウ君のも出来てますよー」
「へ? あ、ああ。ありがとう」
ミラオブキングが作られるのを見るのに夢中になっていたら、俺のも出来上がっていた。会釈してデネブブルーを受け取る。
「チェイサー類はお席まで運ばせていただきます」
「ありがとう」
席に戻り、もう一度乾杯。
一口飲むと……多少独特な香りが鼻に抜けるけど、先ほどのよりも更にさっぱりとしていて美味しい。柑橘系の香りだけじゃなくて……少しだけ苦みも感じる。
「美味しい。甘いだけじゃないって感じ?」
「食レポ下手ですねー。一口飲みますー?」
「いただくよ。俺のもどうぞ」
「はいー」
お互いのを交換して一口。甘い……んだけど、濃い、アルコールが。あと割と苦くてレモンの香りが。
カクテルってこう口当たりが良くて軽いイメージだったんだけど……す、凄いなこれ。
「やっぱりデネブブルーは甘くて美味しいですねー。けどもう少し濃い方が好みですー」
「いや……こ、濃すぎない?」
「そうですかー?」
きょとんと可愛らしく小首を傾げるマリル。彼女もやっぱり凄いな、お酒の方向では。
「いつもキアラさんとかと飲んでる方がストレートにアルコールくると思うんですけどねー」
「いや……なんか濃いカクテルと果実酒ってまたなんか違う感じがする」
美味しいのは確かなんだけどね。
俺がちびちびと飲んでいるうちに、チェイサーが運ばれてきた。そもそもチェイサーって何だろうか。
「チェイサーっていうのは、軽いお酒とかお水のことで、強いお酒とかを飲んだ後の口直しですねー。後、お酒飲むとお手洗いが近くなるので、脱水症状を防ぐ用途もありますー。キョウ君は普通にお水の方が良かったですかねー」
なるほど。
彼女は一息で説明しきると、グッと一気に飲み干してしまった。ヤベーイ……。
俺が引いてると思ったのか、マリルはグラスをテーブルにお淑やかに置いて科を作る。
「キョウ君……私、酔っちゃったみたい……」
潤んだ瞳、上気した頬、ちらりと見える胸元。思わずゴクリと唾を飲み込むが、慌てて首を振る。
「だ、ダウト。マリルがこれくらいで酔うわけ無いでしょ」
マリルは「むー」と可愛らしく頬を膨らませ、胸を張って開き直った。
「キョウ君の活力煙にも付き合ったんですから、こうなったら私のお酒にも付き合ってもらいます」
……確かにそれもそうか。
お酒を飲んだからか、それともこの雰囲気にあてられたのか……不思議と疲労を感じていない。
「お手柔らかにね。……それとも、飲み比べでもする?」
「あ。いいですねー。負けませんよー」
無邪気に微笑むマリル。どうも俺はチョロいらしい。
こうやって微笑まれただけで……こんなにも胸が暖かくなるのだから。
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スポーツバー『ファイブ』のマスターは少し微笑ましい想いで彼らを見守っていた。
彼女がマリルであることにはすぐに気づいた。何せ常連だ、メガネを外して化粧を変えただけで分からなくなるわけもない。
そして彼女が連れている男がキョースケであることも分かっていた。確かマリルは彼の第三婦人になったはずだから。
二人ともいつもと格好が違うのはお忍びだからだろう。ならば気づいていても言わないのがマスターとしての勤め。そしてこの街を守るために闘ってくれたキョースケに気持ちよく飲んでもらうために変な輩がちょっかいを入れてこないように見守るのもマスターの勤めだ。
……決して、悪い男にばかり引っかかっていたマリルがやっといい男を捕まえたのをニヤニヤしながら見たい訳ではない。決して。
「デネブブルーとミラオブキングでー。あとチェイサー代わりに彼にはミカポンカンサワーを。わたしは……うーん、このアマイチゴサワーでー」
「かしこまりました」
いつもと違い、軽めのカクテルを注文するマリル。
流石に愛しの君の前では大酒飲みな自分を見せたくないのか。それとも、彼があまり酒に強く無くて気を遣ったのか。
そんな彼女に微笑ましいものを感じながら、手際よくミラオブキングを作る。
ミキシンググラスに二種のウルィスキーを注ぎ、ビターを数滴垂らす。
ステアしてからカクテルグラスに移して砂糖漬けのチェリーッシュをグラスの底に落として完成。
「お待たせしました。ミラオブキングでございます」
カウンターの上を滑らせるようにして渡す。嬉しそうにキョースケの手をとる彼女を見て、やはり良かったという想いが浮かぶ。
「チェイサー類はお席まで運ばせていただきます」
「ありがとう」
サワー類を簡単に作り、お席まで運ぶ。
しかし楽しそうだ。あんなに楽しそうにお酒を飲むマリルを見るのはかなり久しぶりな気がする。ここ最近、彼女が夜の街に繰り出しているのを見ていなかったからなおさらかもしれないが。
「ふっ……まだまだと思っていたあのマリルが、一端の女性になって……。これだからこの仕事は辞められない」
ニヒルに決めながら他のお客様のカクテルを作っていると……再びマリルとキョースケがやってきた。相変わらずマリルのペースは速い。
「キョウ君にはミラオブキングをー。私はサンイラズでお願いしますー」
ザワ、と。
彼女が注文した途端、バーカウンター内の雰囲気が少しだけざわめく。
飲むと翌朝の太陽を拝めなくなる――という理由で名付けられたお酒、サンイラズ。強い酒であることもそうだが、とても飲みやすい味と香りのせいで飲み過ぎるということがそれに拍車をかけている。
マリルの好きな酒の一つだが……デートの日に飲むというのか。
(いや……そうか)
それくらいでは嫌われないという確信を持つくらい、キョースケを信頼しているのだろう。
「かしこまりました」
さっと準備してお二人に渡す。
楽しそうに……それでいてほんの少しだけ目に挑戦的な雰囲気を漂わせるマリル。
(……もしくは〆のつもりで頼んだのかもしれませんし、な)
――しかしここから先が凄まじかった。
二人とも競うように強い酒を飲みまくり、マリルに至っては『男潰し』と言われた頃のように飲んでいる。二人とも、それはそれは楽しそうに……。
「ま、マスター」
「うむ、分からないように水を二人に渡せ。じゃなきゃ明日がキツいだろう」
店員の一人にそう指示を出してから二人を見守る。しかし完全に潰れるまでは飲むつもりが無いのか、暫くして二人が立ち上がった。
ドコへ向かうのだろう……と思っていると、
「マスター、そろそろ闘技場を開ける時間です」
「そうか、お二人で闘技場に向かわれるのか。ならば私も下に降りよう。カウンターは頼んだ」
「かしこまりました」
カウンターを任せ、闘技場の方へ向かう。マスターがマリルとキョースケを見つけたところで、第一試合が始まった。
「楽しみれすねー、キョウ君」
「そうだねー。もうちょっと前の方に行く?」
「大丈夫れすー。何となく見えればいいんでー」
二人とも相当酔っているようで、顔を赤くしてやや呂律が回っていない。
しかしキョースケの足元はしっかりしており、吐いたりはしなさそうだ。
『さぁ! 第一試合はアレクサンダー・ガーレンVSラベルト・イスタスの戦いだぁ!』
ここでのグラップラーの戦いは、基本的に『職スキル』、魔法、武器が禁止となっている。
それ故に必然的に肉弾戦になる。悪趣味と思われるかもしれないが、その純粋な肉と肉のぶつかり合いをお客様が見に来ていると自負している。
ここのグラップラーは登録制になっているが、飛び入り参加もOKだ。今日の予定では10戦ほどということになっているが、どうせ同日中のリターンマッチや飛び入り参加などでもっとファイト数は多くなるだろう。
しかも今日はお祭り騒ぎの日。お客さんも多ければ、戦いたいグラップラーも多い。何かトラブルが起きなければいいが。
『さぁ、両者手四つで組み合った!』
ショーだが、内容はリアルファイト。それ故に十秒で決着することもあれば、五分、十分と熱戦になることもある。前者も後者も非常に盛り上がるのだが、タイムスケジュールの管理が出来ないために主催者側としてはハラハラしてしまう。
「へぇ……結構やるねぇ。面白い」
「キョウ君は格闘技とか見るの好きれすかー?」
「割と見てたよ。結構楽しいよね、おっ、いいの入った。ボディだ」
「よくこんな遠くから細かく見えますねー」
二人の楽しそうな声が聞こえてきて、よしよしと思う。本来の主役であるキョースケを楽しませることが出来たのなら何よりだ。
その後も一進一退の攻防を繰り広げていたが、最後はラベルトの強烈な膝蹴りが顎に入り、そのまま失神KOとなった。
『勝者はラベルト! さぁ、換金は全試合終わった後ですから、まだまだ試合を見ていってください!』
「っしゃぁ! いいぞラベルト!」
「くそったれ! 何やってやがんだアレク!」
この地下闘技場、当然というかなんというか賭けも行っている。オッズは6:4くらいでアレクが優勢だったため、観客の反応はさもありなんといったところか。
KOしたアレクが担架で運ばれて行き、次のグラップラーが入場してくる。
『お次はこの闘技場で5連勝中の男! 超巨体、アルバ・リガーンだぁぁぁ!』
ワッと凄まじい歓声と共に、今一番人気のある男が入ってくる。身長が2メートルを超えており、純粋な戦闘ではこの闘技場トップだ。
肩まであるぼさぼさの髪と、刈り揃えられた口ひげが尋常ならざる威圧感を放っている。
「ふぅん……」
キョースケの目が細められる。少し値踏みするような視線だけで、彼がSランクAGなのだと感心させられる程の眼光が込められている。
『そして対するはこの男! 3連勝中のセルゲイ・イワノフ! そのスピードでアルバを翻弄出来るか!?』
続いて入ってくるのは坊主頭の男。アルバに比べれば小柄に見えるが、その実180センチは越えているグラップラー。基本的にはスピードと手数で押すファイターだ。
上半身裸の二人がにらみ合い火花を散らす。
「ねぇキョウ君、どっちが勝つと思いますかー?」
「アルバかなー。普通に強そうだ」
キョースケがグイとカクテルを煽る。隣のマリルといい、二人とも大分強いのを飲んでいる。
(キョースケさんも案外酒飲みなのかもしれませんな)
相変わらずガブガブ酒を飲む二人に気を取られていると……なんと開始数秒でアルバのラリアットがセルゲイに決まり、KOしてしまった。
『け、決着ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!! なんと5秒! 5秒でKOしてしまいました! 流石、強い! デカい! そして速い! これがアルバ・リガーンという男だぁぁぁぁぁ!』
うおおおおおおお! と会場中がさらに盛り上がる。そんな中、アルバは倒したセルゲイを踏みつけて雄叫びを上げた。
「がははははは!! オラ! もっと強いやつはいねえのか!? こんな雑魚ばっかじゃ物足りねぇよ! なぁ!」
会場にそう叫び、差し入れとばかりに飛んできた酒瓶をキャッチして一気飲みするアルバ。これで6連勝なのだから調子に乗るのは分かるが、ああしてセルゲイを足蹴にされると担架で運べない。さてどうしたものか。
……なんて考えていると、ふとキョースケとマリルがお互いの酒を乾杯させて……一気に飲み干した。
「ねぇキョウ君」
やや目が据わっているマリルが、ツンツンと手の甲でキョースケの手の甲をつつきながら話しかける。
「んー、どうしたのマリル」
「この大会、飛び入り参加アリみたいれすよー?」
「そうだねぇ」
……何やら不穏な会話だ。
まさか、ね? そう思いながら二人の様子をうかがっていると……二人とも笑顔を見せながら、立ち上がった。やっぱり二人とも目が据わっている。
その足元はややふらついており、二人とも相当――並みの人間ならぶっ倒れてるくらいに酒を飲んでるのだから当たり前だが――酔っていることが分かる。
「私……キョウ君のカッコいいところみてみたいれすー」
しなだれかかるようにキョースケに胸を押し当てるマリル。それを受けたキョースケは、ぽんと彼女の頭に手を置いてニッと笑った。
「まぁ……勝ったからって何してもいいわけじゃないしねぇ」
「じゃあ、キョウ君……やっちゃってくらさーい」
「俺に有り金全部賭けとくよーに」
ニヤっと笑ったキョースケは……そのまますり鉢状の客席の階段部分を駆け下りていき、バッと跳躍した。
(きょ、キョースケさん!?!?)
突然の出来事に慌てて前の方に行くと、マリルもいつの間にか最前列に来ていて眼鏡をかけていた。
「キョウ君、頑張ってくらさーい」
キョースケはスタッと着地すると、目の前にいるアルバに向かって指を突き付けた。
「飛び入り参加、いいかな? アルバ」
「ああ!? ガハハ! 構わねえが、そんな細腕でオレとやりあうつもりか!?」
大笑いして対戦を承諾するアルバ。
……知ーらない、と言って現実逃避したくなったがそうも言っていられない。ハラハラしながら成り行きを見守る。
『なんだぁぁ!? あのアルバに突然挑戦者が現れた! 見るからにグラップラーじゃないが……殺されに来たのかぁぁぁ!?』
実況が煽る。殺されるとしたらアルバだ、止めないと。
しかしここで止めるということは、キョースケの正体が知られるかもしれないということで……。
マスターが悩むのをよそに、場内のボルテージは盛り上がっていった。
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