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第七章 大事件なう

159話 『信頼』なう

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「きょーすけ……眠い……」

 ふにゃふにゃと冬子が俺の腕にしなだれかかってくるので、ゆさゆさと彼女の体を揺さぶってみる。

「冬子、我慢して。……っていうか、もうちょっとしゃっきりして」

「しゃきっ」

 ダメだ完全に寝ぼけてる。

「……キアラ、お願い」

「うむ」

 キアラが魔法をかけると、冬子が目をぱちぱちとさせて「……お、お騒がせした」と顔を真っ赤にして俯いた。

「疲労が抜けたわけじゃないが、眠気は抜けた」

「そりゃよかった」

 あの状態のままギルマスのところには連れて行けない。念のため疲労回復の魔法をキアラからかけてもらうけど……やっぱり一眠りしたい気持ちは残るな。

「夜の宴会は出なくていいよね」

「ヨホホ、でも主役がいないというのも盛り上がらない気がするデス」

「マスターがお望みとあらば惨殺事件を起こして宴会を中止させることも吝かでは無いですが」

「いやせっかく守ったのに殺してどうするのさ」

 そんな気の抜ける会話をしながら会議室に入ると……

「おう、キョースケ」

 中にいたのはギルドマスターにオルランド、マルキム、タロー、フィアさん。そしてティアール。って、ティアール!?

「ちょっ、他のメンツは分かるけど……ティアール、なんでここに?」

「偶然にしては出来すぎているが……ちょうど二日後にオルランド商会と商談の予定があってな。まさか代理人に任せるわけにはいかないので自ら来ていたんだが……ここに着いた途端この有様だったんだ」

 運がいいのか悪いのか。いや明らかに悪い方だよねコレ。
 俺は苦笑しながらティアールに話しかける。

「言ってくれたら護衛任務受けたのに」

「うちにも護衛はいる。街と街を移動するくらいなら余裕だ。それとも何か? うちの私兵では頼りないか?」

「俺にビビらされて逃げるような人たちばっかりだからねぇ……」

 初めて出会った時のことを思い出しながら言うと、ティアールは苦い顔になる。

「……まあいい。そのおかげでこうしてSランクAGとパイプを持つことに繋がったわけだしな」

 ため息をつくティアール。

「そろそろいいかしら?」

「ああ、申し訳ないオルランド伯爵」

 ティアールがすっと一歩引く。そんな彼に向かってオルランドは笑顔で「オクタヴィアお姉さまとお呼びなさい」と言ってから、俺に何枚か書類を見せてくる。

「私から話してもいいかしら? ギルドマスター」

「ええですよ」

「ありがとう。取り敢えず座ってから話を始めましょうか」

 ギルドマスターからの許可を得たオルランドがそう言って全員で座る。リャンだけは俺の後ろに控えているけど。
 この会議室はそれほど広いわけでは無く、握手が出来るくらいの幅の長い机が二つくっつけられているだけだ。それでも黒板のようなものがあったり、書類作成用の器材が置いてあったりと会議室らしいところは会議室らしいが。

「まずは改めて礼を言わせてもらうわ。キョースケ、そして『頂点超克のリベレイターズ』のメンバーたち。よくこの街を救ってくれたわ」

「ワシもギルドを代表して礼を言わせてもらう。流石はキョースケや」

 二人から頭を下げられる。
 俺たちは胸を張ってその感謝を受け入れた。

「この功績を以って、キョースケはSランクAGとして認められることになるわけだけど……それにはいくつか手続きがいるのよ。その説明のために来てもらったってわけ」

 なるほど。

「疲れてるところ、ごめんなさいね。ただどうしても早くやっとかなきゃいけないこともあるのよ。後、他のチームメンバーたちにも伝えなくちゃいけないことがあるし」

 そうオルランドは前置きをして、説明を始めた。

「まずは、この書類を見てもらえるかしら」

 そう言って渡された書類を俺と冬子、キアラで覗き込む。

「えーと何々……? SランクAGとして認められるまで……」

『SランクAGとして認められるまで』

 まず以下の三つの条件を満たさなくてはならない。
・個人、もしくは団体でSランク魔物を討伐していること。
・Aランク以上のAGによる実力保証がなされていること。
・貴族及び商会の長というギルドと関係の無い実力者による保証があること。

「今回、SランクAGとして認められるのはキョースケだけになるわ」

「何故ですか?」

「例外を除いて、チームでSランク魔物を倒した時はリーダーがSランクAGになるのよ。というか貴男たちのチームで最強なのはキョースケなんだから当然でしょう?」

 そう言われるとそんな気がしてくる。

「後なぁ……言いづらいんやけど、ギルド側にも事情があってな。あんまポンポンSランクAGとして認めるわけにはいかんのや」

「SランクAGにならなければ分からないことだが……やはり、扱いが特殊になるのでな。何人も何人もは増やせないということだ」

 ギルマスとタローがそう言って補足する。なるほど、確かにBランクAGになるとギルドの金庫が使えるようになったり、優遇されることが増える。
 それがSランクになればなおさら、か。

「リリリュリーとトーコのランクはグッと上がってAにはなるけれど、そこまでね」

「でもAランクにはなれるのか」

 冬子が少し嬉しそうな声を出す。まあランクが高いと煩わしいことが無いわけじゃないが、AGとして活動する以上はデメリットよりもメリットの方が大きい。

「一つ目の条件に関しての証明として、お前さんが手に入れた魔魂石の鑑定書を本部に送っとる。せやからあんま気にせんでええで」

「ん、了解」

 というかギルドにも本部とかあるんだ。やっぱり王都にあるんだろうか。
 俺のそんな思いが顔に出ていたのか、マルキムが首を振って教えてくれた。

「本部はシリウスにあるんだ。……まあ、あれだ。国の力が介入されないようにって名目で王都からは大分遠いところにあるぜ」

「へぇ」

 シリウスか。一度も行ったことが無いな。
 ギルドの本部ともなるとやはりSランカーが何人も常駐していたりするんだろう。むしろそのギルド本部がこの国で一番ヤバい場所じゃなかろうか。

「で、さらにAランク以上のAGによる実力保証って部分だけど……コレはタローに頼もうと思っているわ」

「アトラです、ミスターオルランド」

「オクタヴィアお姉さまと呼びなさい、タロー」

「……だからアトラと……」

 タローは泣いていい。

「……ふっ、ミスター京助ならすぐにでもSランカーになるだろうとは思っていたがこんなにも早いとはな。流石の私も驚いた」

「俺だって驚いてるよ。この保証人っていうのは、やっぱり書類とか必要なの?」

「いえ? まあ先に三つ目のギルド員以外の実力保証って部分を話すわね。これは私が貴族として、ティアールが商会の長として保証することになるわ」

 俺と唯一繋がりのある二人だから当然だろうね。

「天下のオルランド商会にお声をかけていただくのは光栄ですが……良いのですか? オルランド商会と繋がりの濃い商会や貴族と共に保証人にならなくて」

 ティアールが尋ねると、オルランドはフッと口の端を上げて笑う。

「別に問題ないわ。むしろこれを切欠に――貴方の商会と仲良くさせてもらえるなら十分以上のリターンよ。というか、そもそもキョースケと接触したのは貴方が先でしょう? 私が貴族だからそこの権利を主張すると思ったら大間違いよ」

 最後の部分で少しだけ険を込めた目つきになるオルランド。彼にとっての矜持が少しだけ傷つけられたような気分になったのだろう。

「……感謝いたします。そして無礼な発言をしてしまったことを謝罪します」

 ティアールは一つ頭を下げる。お互いかなり大きい商会の長だけど、やはり貴族であるオルランドの方が立場としては上になるんだろう。

「それで、保証人の話だが……私、そしてミスターオルランドとミスターティアール、この三人でキミと共に認定式に出るんだ」

「認定式?」

「ああ。ギルド本部で行われるSランクAGとして正式に認められる式だ。これには多くの実力者も参加するから、認定式があることは大々的に告知される」

 なるほど。なんか大ごとになってきたなぁ。
 俺が他人事のような感想を抱いていると、マルキムが豪快に笑った。

「まあ、そんな面倒ごとじゃねえよ。……認定式は、な」

 含みのある言い方をするマルキム。嫌な予感がする。

「何時間もあるわけじゃないし、ギルドの長官が出した書類に皆がサインした後、お前がサインしてお終いだ。むしろそれの後にあるお披露目パーティーの方が面倒かな」

「うわ……」

 お披露目パーティーとかいう単語に思わず顔を顰める。タローもあまりいい思い出が無いのか苦い顔だ。

「そのためにティアールを連れて行くのよ。彼か私がくっついていれば、話しちゃいけない人間について教えられるからね」

 俺の脳裏に『不当な扱いを受ける弱者を救済する会』の会長だったヒトイートのことが思い出される。アレほど胡散臭ければ俺も分かるが、そういう分かりやすい輩ばかりじゃないということなんだろう。

「ヨホホ……パーティーってことはこの格好じゃ駄目デスよね……」

「当り前じゃない」

 シュリーが苦笑いする。そうか、とんがり帽子が無いと耳が。
 その辺のことはまた考えるとしても、チラリとリャンを見る。

「そうねぇ……彼女は従者としても中には入れないかもしれないわね……」

「京助、腹が立つかもしれないがちゃんと抑えろ」

 冬子に釘を刺されるが、肩を竦めて首を振る。

「俺を何だと思ってるのさ。確かに腹が立つのは間違いないけど、そのくらいの分別はあるよ」

 この国のそういう部分は理解しているつもりだ。というか、彼女の扱いは俺の奴隷ということになっているのだから仕方が無いだろう。
 何度も言うがこの国の経済、生活に奴隷制度は根付いている。それに文句を言うというのは――大袈裟に言えば――元の世界でいう電気を奪おうとしているようなものだ。

「当日は……リャンだけ外っていうのもアレだし、キアラも出とく?」

「まあ妾も正式なメンバーでは無いからのぅ。その日は妾とピアで飲み歩くのも一興かものぅ」

「いいですね」

「いや飲み歩きはさせないよ?」

 一体誰が介抱すると思ってるんだか。まあマリルだけど。
 そういえばキアラがべろんべろんになってることは多いけど、リャンがフラフラになってるのは見たことが無い。それは少し見てみたくはある。

「その認定式でギルドの長官であるジョエルから認定されて初めてSランクAGになれるってわけだな」

 ギルドの長官ってジョエルさんなのか。なんか強面のお爺さんが出てきそうではあるね。

「SランクAGまでの流れはそんな感じよ。何か質問はある?」

「いえ特に……」

 そこまで言ったところで、タローが「待ちたまえ」と遮ってきた。

「キミはSランクAGになるんだ。だから敬語はなるべく使わない方がいい。特に、人前ではな」

「え?」

 今まで言われてきたことと逆のことを言われ、キョトンとする。オルランドがやれやれ、みたいな表情で説明をしてくれた。

「貴方はSランクAGになったの。それは何ものにも縛られてはいけない存在になったことと同義なのよ」

「言い方は嫌やろうけど、特権階級みたいなもんやな。貴族、商会の長、そしてSランクAG。権力、財力、そして武力が一定を超えてる人間であると公式に認めるわけやからな」

「それが誰かの下に着くような言動をすると、パワーバランスが崩れるわけだ。ミスター京助は私、ミスターオルランド、そしてミスターティアールと繋がりのあるSランクAGとして認知されることになる。その状態でミスター京助が誰かの下に着いたら、私たちもそれに倣うのかと思われてしまうかもしれない。無論、たかが言葉遣い一つでそうとられることは無いだろうが、懸念は一つでも減らした方がいいというわけだ」

 なるほど。
 薄々気づいていたけど、やはり俺もパワーバランスに組み込まれるようになってしまうのか。今後AGとして活動するにあたって、それが是か非かは分からないけど……あまり気持ちのいいものではない。

「分かりやすく言うなら、キョースケ。お主の言動の重みは今まで以上になるということぢゃ。立場を弁えよというやつぢゃな」

「ま、そんなに気張る必要はねぇぜ。自然にしてりゃいいさ」

「そうか……」

 俺がイマイチ納得していないと思ったのか、オルランドはやれやれという風に首を振った。

「いい? ……私の持論だけど、他者に自分の要求を通すための圧倒的な『力』は大別して四つしかないと思っているわ」

 四本の指を立てるオルランド。そして人差し指を折ると左手で自分の胸に手を当てた。

「まずは私のような貴族が持っている『立場の力』。血筋、役職、様々な要因があるけども単純な努力だけでは得られない特殊な力よ」

 次に中指を折り、ティアールを手で示す。

「そして『財産の力』。彼のような商会の長が持つ、貴方とは違えどやはりある程度以上特殊な才能に拠る力ね。努力もいるけど、やっぱり」

 そして薬指を折って、タローを示した。

「三つめが貴男も持つ『戦闘の力』。ただ、今言った三つの中では最も難しいわよ。何せ一個人で群を   超える力を持たねばならないんだから」

 立場、財産、そして戦闘。確かに、人に理不尽に言うことを聞かせるにはもってこいの力だろう。
 そう思ってやや自嘲気味に嗤おうとしたところで――四つ目の力がまだであることを思い出す。
 オルランドはスッと小指をこちらに向ける。まるで、指切りをするように。

「四つ目が、『信頼の力』よ。……そしてこれが最も大切なの。いくら前者の三つの『力』があったとしても、そこに『信頼の力』が無ければどれもただの『暴力』よ」

 オルランドから出された右手の小指。それに眼が吸い寄せられる。

「貴方はただSランク魔物を倒したからSランクAGになれるわけでは無いわ。Sランク魔物を倒せる『戦闘の力』があり――それでいて私とティアール、タローから『信頼』されているからSランクAGとして認められるの。貴方だったらその『力』を正しく使えると思うから」

 その証だ、とそう言ってオルランドは俺の小指に自らのそれを絡める。

「『誠実で あれ』。約束よ?」

 指切った、と小声で言ったオルランドが指を放す。そしたらティアールが俺の小指に絡めてきていた。

「『正しくあれ』。誰かが間違っていたら正してやれ。お前なら出来る」

 それに面食らっていると、さらにタローまでが俺の小指に小指を絡ませた。……お互いの利き手である右手同士で。

「『強くあれ』。Sランクという肩書に恥じぬ強さを持て。言うまでもないとは思うがな」

 フッとニヒルに微笑んだタローが指を放すと、そのまま後ろへ下がる。
 そこまできてやっと、『俺を公式に認める』三人から激励されたのだと理解した。俺の『戦闘の力』だけではなく『人となり』を認めているんだぞ、ということだろう。
 俺はその三人に向かって胸を張って答える。

「俺が俺である限り、必ず忘れない。ありがとう」

 そう答えると、三人とも満足そうにうなずく。
 ギルドマスターとマルキムは苦笑しつつ、肩を竦めた。

「言いたいこと大体言われてもうたな。マルキム、なんやあるか?」

「オレからは……そうだなぁ」

 腕を組んで少し唸ったマルキムは、まるで父親が息子を見るような表情で口を開いた。

「でっかくなったな」

 その一言で、目頭が熱くなる。視界の半分がほんの少しだけ歪むので、唇をかみしめた。

「AGとしての心構えは背中で教えたつもりだからこれ以上なんも言うことなんかねえよ」

 おどけたように言うマルキムの禿げ頭に、ギルドマスターのツッコミがピシャリと入る。

「禿げ頭で教えたの間違いやろ」

「だから俺は禿げてねぇ!」

「ま、そんな感じや。今夜の宴会には参加せんでええで。後日また、小さく祝賀パーティーはやるけどな」

「ミスター京助は派手な祭りよりも小さく身内でやる方が好みだろうからな。流石にキミらチームだけのお祝いで終わられては困るが」

「だからうちの館でパーティーね。呼ぶ人員は基本的に貴方たちに任せるわ。気心の知れた人を呼んでちょうだい。関係者はこちらで呼ぶから」

「じゃ、解散ですねー。ギルドマスター、私はもう上がっていいですかー?」

「おう、よーやってくれた。すまんかったな。今夜はキョースケについとったってくれ」

「じゃあお疲れ様でしたー……」

「貴方にはまだ仕事があるでしょう。シェヘラ」

「ふぇぇぇぇぇぇ!! ふぃ、フィアさん、見逃してください~!」 

「――ミス冬子。男のハンカチは女性用だ。だから鈍感になるのも一つの仕事だぞ?」

 足音と共に、皆の話し声が遠ざかっていく。
 バタン、とドアが閉じたタイミングで冬子が俺の顔を覗き込んできた。

「……京助。皆出て行ったぞ」

「ん」

 彼女から顔を隠して、ザブッと顔に水をかぶる。立ち上がると同時に炎と風で机や床を一瞬で乾かすことも忘れない。
 顔はわざわざタオルで拭き、よく目元を拭ってから皆に笑顔を向けた。

「じゃ、帰ろうか」

 キアラはやれやれと言った風に、リャンは微笑ましいものを見るように、シュリーは楽し気に、マリルはほんの少しだけ涙ぐんで――そして冬子は俺の腕をとって笑顔を返しながら頷いてくれた。

「ああ」

 こうして、俺たちは会議室を出た。
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