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第六章 修行の時なう

146話 素直に、なう

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「というわけでプレゼントタイムぢゃ」

 キアラがパチンと指を鳴らすと、部屋の明かりが点く。いきなり明るくなったので思わず目を瞑り、そして再び目を開けると……そこには一升瓶が。

「プレゼント……?」

 申し訳程度にリボンが巻かれているが、プレゼントというよりはなんだろう、お中元?
 日本酒ではなく果実酒のようだが……いつも彼女が飲んでいるそれとは違い、かなりお値打ち物っぽい。

「プレゼントぢゃ。今宵は飲むぞ?」

 有無を言わせぬ表情のキアラ。……まあ、今夜くらいはいいか。
 続くリューが取り出したのは、一本の杖。杖といっても手のひらサイズなので、実戦で使うというよりはどちらかというとインテリア用かもしれない。
 捩じるようなデザインで、炎のように紅い宝石が先にはめ込まれている。

「ヨホホ! ……一応、師匠デスからね。あまり戦闘では使えませんが意匠の綺麗なものを選びましたデス」

 少し照れた様子のリューは、杖を小箱に戻してそれにキスをしてから俺に渡してくれた。
 小箱自体も綺麗で、白い箱が蝶の鱗粉を纏ったようにうっすら緑色に輝いている。宝石箱のようだ。

「ほう……?」

 リューが小箱にキスをした時、何故かキアラが目を細めた。
 そしてリューはキアラの反応を見て何かに気づいたのか、首をブンブンと振って顔を真っ赤にしだした。

「っ、い、いやそのこれはデスね……!」

 そんな様子をキアラはニヤニヤしながら眺め、フッと肩をすくめた。

「――ふむ、まあそういうことにしておこう」

 むーっ! と頬を膨らませてキアラの肩を叩いているリューは、何となく子どもっぽくて少し可愛い。
 そんな二人を眺めているとリャンが俺にこっそりと近づいてきて耳打ちを始めた。……リューにも聞こえそうな声のボリュームで。

「マスター、獣人にはいくつか決まりがあってですね。自分の持ち物に口づけをして渡すのは――」

「決闘デス!!!!」

「望むところです!!!」

「割とマジでなんで!?」

 リューとリャンが唐突に外へ出ようとしたので慌てて止める。彼女たちは一体何がしたいんだか……。
 取りあえず二人を落ち着かせて、特に興奮していたリュー(顔を真っ赤にして半泣きになっていた)を宥めてから、プレゼントのくだりに戻る。

「では、私からはこれですー」

 マリルから紙袋に入った何かを貰ったので中を見ると……

「……これ何?」

 液体の入った小瓶? が入っている。

「香水ですよー。そろそろキヨタさんもオシャレに目覚めるべきですからねー。無難なのを選んできましたー」

 こ、香水か。というかオシャレなんて考えたことも無かったから……。
 シュッとひとかけしてみると、ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香りだ。恐らく何らかの花、だろうね。

「ちなみに、なんの香りなんですか?」

「カシアローズですー」

 冬子の問いに、何故か少しニヤリとして答えるマリル。カシアローズっていうのは、確か花の名前だったか。
 小さい薔薇がたくさん集まっているような見た目の花で、香りがよく育てやすいのでガーデニングの定番なんだとか。

「こちらの世界にも花言葉とかはあるんですか?」

 更なる冬子の問いに、マリルはピタリと動きを止めた。
 そしてそれには答えず「じゃ、じゃあ飲み物をとってきますねー」と台所へ引っ込んでしまった。

「トーコよ、カシアローズの花言葉は――」

「キアラさん、今夜はお酒無しにしますよー」

「――ふむ、なんぢゃったかの。妾も忘れてしまったようぢゃ」

 顔だけ出して声をかけたマリルから、あっさり買収されるキアラであった。

「あ、これらはマルキムさん、タローさん、シュンリンさんからデスね」

 そう言って手渡されたのは……マルキムからは葉巻のセット、タローからはシャレたハンカチ、シュンリンさんからは槍の手入れセット。ちょうど油とか切れかけてたからこれは嬉しい。
 タローからのプレゼントにはメッセージカードも添えられており、「女性の涙を拭うのには必要だろう?」と書かれていた。お前の鼻の中に突っ込んで窒息させてやろうか。

「それでカリフさんからは……ちょっと大きいのでお部屋に置いておきましたデス。楽譜のセットだそうデス」

 無難だね。貰っておいて言うのもなんだけど、彼らしい。
 とはいえ、最近は新曲を練習できていなかったからそれはありがたい。

「では私からはこれを」

 そう言ってリャンが渡してくれたのは……鍵開け道具? かな、これは。ポーチの中に針金や万能鍵が入っている。

「こういう小技もそろそろ基本は一通り学んでいただこうかと思いまして」

「確かに、全部リャンに任せきりになるわけにもいかないしね」

「そして鍵開けをマスターした暁には私の部屋に忍び込んできてください。いつでもウェルカムですよ」

「京助!」

「なんで俺が怒られるのさ」

 理不尽な。
 まあリャンの部屋に忍び込む云々という戯言は置いておいて、鍵開けのスキルを学べるのはありがたい。今後、リャンとはぐれる場合もあるかもしれないし、

「では夜想曲をかけてお待ちしておりますね」

「かけなくていいから」

 レーティングの垣根を超えるつもりはない。この作品は健全な小説です。

「未成年飲酒も未成年喫煙も出てくるがな」

「それはいいの」

 この作品は未成年の喫煙や飲酒を推奨するものではございません。

「じゃあ最後に、私からだ」

 冬子が渡してくれたのは、ラッピングされてるけど大きさや形で分かる。本だ。

「……もしかして」

「この前読みたがっていただろう? 小説があればそれが良かったんだろうが、この世界にはあまり流通していないからな」

 この前から欲しかったとある本だ。まあ伝記のようなもので、はるか昔にこの世界で戦っていた勇者の話なんだそうだ。
 マルキムからもオススメされていて、その時の話を冬子が聞いてたんだろう。

「ありがと」

 つい口もとがにやける。ダメだ、相変わらず本には弱い。
 これで暫くは夜中に読むものに困らないね。

「……なんぢゃ、冬子。ラブストーリーでは無いのかの?」

「違いますよ、勇者アルタイルの冒険です」

 拍子抜けしたように言うキアラに、何故か少し恥ずかしそうに答える冬子。リャンやリューたちも少し驚いている。

「そんなんだからいつまでもおぼこなんぢゃよ。胸も無いんぢゃからもっと積極的にいかんとダメぢゃというのに」

「か、関係無いでしょう!? というか、京助の前で何を言ってるんですか!」

 顔を真っ赤にしてキアラに食って掛かる。冬子っていつも顔を真っ赤にしてる気がする。
 リャンはやれやれと首を振って、勝ち誇ったように冬子の肩に手を置いた。

「美脚かつ胸もある私がトーコさんの上位互換なんですから」

「その喧嘩買った!」

「買うな買うな」

 むきー! と今にも抜刀しそうな勢いでリャンに詰め寄った冬子をどうどうと落ち着かせて、皆の方に向き直る。

「皆もプレゼント、ありがとう。全部大切にするね」

 香水は使うかどうかわからないけど……いやまあ、使ってみるか。
 杖は、ちょうど机に飾れるし……酒は、今夜飲むか。

「では乾杯するぞ?」

 ウキウキ顔のキアラがグラスを持ってきて注いでくれる。
 おお……いい香りだ。

「トーコさんはジュースですよ。何サラッと飲もうとしてるんですか」

「うっ……」

 冬子がリャンに窘められている。

「一杯くらい……」

「ダメだよ冬子。以前それでへべれけになっちゃったんだから」

 俺は苦笑し、さてと杯を掲げる。

「ではキョースケの誕生日を祝って、かんぱーい、ぢゃ」

「「「「かんぱーい」」」」

 カチン、とみんなでグラスをぶつけてから一口煽る。果実の香りが鼻を抜け、口の中全体に優しい甘さが染み渡る。
 スッキリしていて、これなら何杯でもいけちゃいそうだ。それをやるといつものキアラみたいにべろんべろんになっちゃうだろうからやらないけど。

「美味しいですね、これ」

 リャンもご満悦。マリルとリューもにへー、っと幸せそうな顔だ。
 皆のそんな反応を見てうんうんと嬉しそうに頷くキアラ。

「うむ、妾が見つけてきた中でもピカイチぢゃ。どうぢゃ? キョースケ。美味しいぢゃろ?」

「……これならまた飲んでもいいかもね」

 もう一口飲みながら、少し微笑む。
 活力煙でも吸いたいところだけど、灰皿が置いてないってことは吸っちゃいけないんだろう。

「素直じゃ無いのぅ」

 ぴとっ、とグラスを持っていない方の腕に引っ付いてくるので、振り払おうとしたら冬子が引き剥がした。
 むぅ、と少し不満げに口を尖らせるが、特に文句はないのかすぐにいつもの微笑みに戻った。

「だいぶ素直だと思いますよ、京助にしては」

 冬子がクスクスと笑いながらそう言うと、周囲もニヤニヤと口元を緩ませている。

「そうぢゃの、否定せんかったからの」

「今日は珍しくマスターが素直な日ですね」

「ヨホホ! キョースケさんが『嫌いじゃない』以外で好意を示すのは珍しいデスね」

 うるさいよ。

「キヨタさんは何があっても好きとか言いませんからねー」

 ケーキを切り分けたマリルが皆にお皿と一緒にケーキを渡してくれる。
 普通に美味い。店のって言われても納得できるレベルだ。
 そう思いながらもきゅもきゅと食べていると、マリルが俺の頬から生クリームを指でふき取った。

「ついてましたよー」

 そしてぺろっ、と指を舐めるマリル。なんだか艶めかしい。

「流石マリルさんだな」

「ヨホホ、慣れているデスね」

 リューと冬子は何故か感心している。リャンは妙に悔しそうだし、ちょっと意味が分からない。

「ふっ……私が何度騙されてきたと……」

「涙を拭いてください」

「ぐすっ、ありがとうございますー」

 何故か泣きだしたマリルに冬子がハンカチを差し出しているけど、話にあまりついていけない。

「ドンマイぢゃ。今回ばかりは大丈夫ぢゃよ」

「まあマスターなら安心ですね」

 キアラとリャンも彼女の慰めに向かう。俺が四人についていけない中、リューがほろ酔いな雰囲気で俺に近づいてきた。

「ヨホホ、キョースケさん」

「どしたの?」

「ワタシ、さっき杖を差し上げたじゃないデスか」

「うん」

 もう一口飲む、美味しい。
 リューはくいーっ、とグラスの中身(殆ど満タン入っていた)を飲み干して、俺に顔を近づけてきた。

「アレは……その、師匠から弟子に贈るものでして……その、デスね」

「うん」

「……ちょ、ちょうどいい区切りなので、そろそろ呼び方を改めていただきたいというか……その、デスね。新しく愛称を付けて欲しいんデス。出来れば、師匠に対する愛称的なやつをお願いしますデス!」

 普通、師匠って愛称で呼ぶものだろうか。少なくともシュンリンさんを愛称で読んだことは無いが……。
 とはいえ、彼女が他の呼び方で呼んでほしいというのならやぶさかではない。理由はよく分からないけど。

「んー……リューの本名って、リリリュリーだよね」

「そうデス」

 リュー、以外の呼称が思い浮かばないくらいには馴染んでるんだけどな。
 リリィ? なんか違うかな。
 師匠に対する愛称って言ってたけど、師匠、って言うとなんか固いし……。

「じゃあ師匠のリリリュリーで、シュリーで」

 うん、これは可愛い。数秒で考えた割にはいいんじゃないかな。
 珍しく俺が自分のネーミングセンスを自画自賛していると、リューははわわわ……と口元をわぐわぐさせてから、俺の手を握ってブンブン振り回してきた。

「ヨホホ! あ、ありがとうございますデス!」

 えらく喜ばれた。
 ……まあ、彼女が喜んでいるなら、良かった。

「ヨホホ……あ、新しい愛称……」

 くねくねしているリュー……いや、シュリーは、もう一杯お酒をついで一気飲みした。急性アルコール中毒にならないように。
 俺も飲み干したので、もう一杯いただくことにする。

「ん、美味しい」

 飲みやすくてぐいっ、と俺も一気に呷った。美味しい。
 こんなに美味しいお酒を今夜だけで空にするのは忍びないので、キアラたちが飲んでいるお酒を注ぐ。
 これは甘ったるいのは同じだけど濃い。しかしだからこそ熟した果実を丸ごと齧っているような感覚になる。
 美味しい。
 グッと飲み干し、一息つく。

「今日くらいはいいかな」

 さらにもう一杯ついで、一口。そのまま壁にもたれかかって、ぼんやりと皆を眺める。
 ……なんか美人ばっかりだね。
 ミニスカ巫女服美女、和風美女、ケモ耳スレンダー美女、ケモ耳魔女っ娘美女、知的美女。可愛い系がいない。いや、冬子は可愛いんだけど見た目は美人系だからね。

「どうしたんぢゃ、キョースケ。酌でもしてやろうかの?」

 ニヤニヤとしながら酒瓶を持って近づいてきたので、俺は一気に呷ってグラスを空けた。
 そしてグラスをキアラに向かって差し出す。

「美人の酒は断れないね。ありがとう、キアラ」

「…………ど、どうしたんぢゃ? キョースケ」

 何故かドン引きながらついでくれるキアラ。何か変なことを言っただろうか。
 キアラがそそいでくれたお酒は、これは果実酒じゃなくて……なんだろう、飲んだことが無い味だ。
 辛い、んだけど唐辛子とか塩のような辛さとはまた違う、舌から喉へ広がっていく旨味を内包した辛さ。
 甘いお酒も美味しいけれど、これはこれで美味しい。

「む……キョースケ、お主こっちの酒を飲んだな?」

「そうだよ?」

 二種類目のお酒を持ち上げながらキアラが問うてくる。

「ま、マスター。大丈夫ですか? お水を飲みましょう」

「ん、ありがとう、リャン。いつも俺のことを助けてくれるから感謝してもしきれないよ。……早く、こんな美女が仕えるのに相応しい男にならないと」

「マスターが壊れてます! ま、マリルさん! 早くお水を!」

「何言ってるのさ、俺はいつも通りだよ」

 どちらかというと最近壊れ気味なのはリャンだろうに。
 シュリーが俺に近づいてくると、ぴとっと俺のおでこに手を当てた。手が冷たくて気持ちいい。

「ヨホホ……これ、完全に酔っているデスね」

「シュリー、キミみたいに可愛らしい女性からいきなり近づかれたら照れちゃうよ。こう、もう少し心の準備をさせて欲しいな」

「キャラ崩壊が激しいデスし、正直こんなキョースケさん見たくないデスが……す、ストレートに褒められるのは癖になりそうデス」

 やっぱり嬉しそうにうねうねするシュリー。何してるんだろうか。

「はいはい、キヨタさんはお水を飲んでください」

「ああ、マリル。ん、ありがとう。なんでこんなに気が利いて美人なのに悪い男ばっかり引っ掛けるんだろうね」

「……私だけ褒め言葉じゃないのすっごく納得がいかないんですけど」

 何故か暗い顔をさせてしまった。
 仕方が無いので頭を撫でてあげる。

「こっ、この程度で誤魔化されるのは今日だけですからね」

「誤魔化されるんぢゃの」

 ん、マリルも笑顔に戻った。良かった良かった。
 俺は貰った水を飲み、そろそろご飯にも手を付けて……。

「あ、あれ?」

 何故か足元がふらついた。
 よく考えると、体が多少重い。肝臓辺りが鈍く痛む。
 気づいてしまうと先ほどまでの高揚感とは打って変わり、ぼんやりとした呆れになる。無論、自分に対する呆れだが。

「……あー、これが酔いか、なるほど」

 座り込むほどではないが、それでも腰を下ろしたい気分だ。疲労感というよりも倦怠感。

「水を飲んでおけ。まったく、トーコよ、こやつを部屋に連れて行って休ませてやれ。何、水を飲ませて少し経てばすぐに復活するぢゃろう。そしたらパーティーの続きぢゃ」

 夜は長いぞ、と言いながらグイッとグラスを……いや、あれグラスじゃない。ボトルだ。なんのお酒かは分からないけど。
 改めてキアラのすさまじさに戦慄していると、冬子がヒョイと肩を貸してくれた。

「ん、ありが――んむっ」

 唇に人差し指を当てられて、黙らされる。
 なんで? と思って冬子の顔を見ると、ちょっと不機嫌そうに頬を膨らませていた。

「今、お前が口を開くといらん勘違いをしそうだ。ほら、さっさと歩け」

 冬子にズルズルと引きずられるようにして部屋に戻り、ベッドに座り込む。
 ぼーっ、としながら冬子に出された水を飲むと、だいぶ良くなってきた。

「お前は全く、私にあれだけ注意しておきながらなんだこの無様さは」

「面目ない」

 ごろんと寝っ転がると、冬子が少しもじもじしながら……何かを取り出した。
 アイテムボックスに入っていたんであろうそれは、こちらの世界で見るはずが無いものだった。

「……アルクマン?」

「そんないいもんじゃない。とはいえ、携帯式音楽プレーヤーであることは間違いないが。志村に頼んでおいた、私からの本命のプレゼントだ」

 苦笑する冬子から渡されたのは、どう見てもアルクマンという名前の携帯式音楽プレーヤー。いや、少し大きいかな。
 イヤホンがついているわけじゃなさそうなので、せっかくだし再生してみることにする。

「ああ、京助。その、人前でそれを使うなよ?」

「なんで?」

 カチッ、とスイッチを入れると一曲目に入っていた歌が流れだした。曲目は『誇り、レヴォリューション!』。数少ない、俺が好きなラブソングだ。

「ちょっ、なんで流して――」

 冬子が慌てて駆け寄ってきた瞬間、歌が流れだす。……冬子の歌声で。

「あっ、あっ、ああ……!」

 真っ赤――を通り越して、もはやトマトのようになってしまった冬子が俺の前でがっくりと膝をつく。
 一応、階下の皆に聞こえないように音量を小さくして俺だけで堪能する。この曲を好きになった理由は、冬子がカラオケで歌った時に凄く上手くて聞き惚れたからなんだよね。

「歌声のプレゼントなんて――うん、最高の誕生日プレゼントだ。嬉しいよ、冬子」

「くっ……殺せ! 殺してくれ!」

 女騎士のようなことを言いながら俺の腕に縋りつく冬子。そのままアルクマンのスイッチを切られてしまった。
 残念。

「違うんだ、京助……。そんな、歌声のプレゼントとかじゃなくて純粋にアルクマンがプレゼントなんだ……。で、でもなんかそのアルクマンは録音しないと歌が入れられないとか言われて、何も曲が入ってないのは寂しいからと志村に言われたから、だから私の歌を入れただけなんだ……」

 そう言って、イヤホンも渡してくれた。最初からこれを渡してくれたらよかったのに。
 俺の隣に座った冬子は顔を両手で隠してため息をついている。

「というか、これ志村作か」

 まあ、ケータイが作れるくらいだ。ウォークマンくらい造作も無いか。
 ……異世界感薄れるけどね。

「アイツ以外作れる人はいない。……まあ、ともかく、だ。その、歌声のプレゼントとかじゃなくて、それは仕方なく入れただけなんだ。だから、だな。人前で絶対に聴くなよ? まして、絶対に誰にも聴かせるなよ?」

 何度も念を押す冬子に、俺はニヤッと笑って頷く。

「当然、俺が一人占めさせてもらうよ。世界最高の宝物さ」

 誰が聞かせるものか。
 俺がそう言ってアルクマンの画面を操作すると、何故か冬子はさっきとはまた違う恥ずかしがり方をしていた。

「……京助、絶対に酔いがさめたら恥ずかしくてのたうち回るぞ、お前が」

 そんなことは無いさ。
 なるほど、現在収録されている曲は六曲。全部冬子の歌だろう。

「いや、一曲だけ志村が歌っている。確か、『エンデ・デア・ヴェルト』」

 懐かしー。志村の十八番だっけ、それ。
 なんのアニメか忘れたけど、凄い中二力を感じる作品だったことは覚えてる。

「じゃあ冬子五曲、志村一曲か」

「……なんか悔しいから、京助。お前の歌も聞かせろ」

「いつも歌ってるじゃん、マリトン弾きながら」

「そうだった……。じゃあ踊れ!」

「無茶言うね」

 こうなったら『アメ雨ワラエ』でも踊ってやろうか、それか『愛は混迷の隷属者』。

「ああ、もう、とにかく。もう少し休んだら戻るぞ」

 そう言って、冬子は俺の肩にこてん、と頭を乗せてきた。

「せめて私の頭置き場になれ」

「ん、了解」

 もう少し休んだら下に行こう。

(ああ――)

 お酒って、いいね。
 普段言わないことも――言えないことも、それのせいに出来る。

「なんて、ね」

 どうも、まだ酔っているらしい。
 が、まあいい気分だ。

「? どうした、京助」

「何でもないよ」

 ともあれ。
 人生最高の誕生日だ。
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