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第六章 修行の時なう

145話 サプライズなう

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 それからはとくに不都合も無く、俺達は最下層までたどり着いた。
 その後も見つけた宝箱からは特にレアものは無かったが、壁を掘って結構いい鉱石を手に入れられたのでよしとする。

「で、ここが最下層の部屋か」

「そうですね」

 大きさは学校の教室ほどで、壁には様々な名前が彫られている。

「踏破したAG達が彫っているようですね。その様子を魔道具に記録することで踏破したことを認められるのでしょう」

「じゃ、俺らも彫ろうか」

 とはいえ、殆ど埋まっているので端っこの方にささやかに二人分の名前を。

「じゃ……『頂点超克のリベレイターズ』、『魔石狩りのキョースケ・キヨタ』、そして『従者・リャンニーピア』……と」

 ナイフでガリガリ刻み、それを魔道具で撮影する。

「これでよし、と」

 って、漢字とカタカナじゃダメじゃん。
 ……まあいいか。俺が書いたってことはわかるだろう。

「じゃあリャン、そろそろ戻ろうか」

「そうですね、そろそろいい時間でしょうし」

「いい時間?」

 リャンが意味ありげに呟くが、曖昧な笑みを浮かべられて誤魔化される。
 多少気になるけど、俺が困るようなことはしないだろうし、事件なら俺に言ってくれるはずだから問題無いだろう。

「帰り道……ダンジョンを上に魔法でぶち抜いて行っちゃダメかな」

「ダメです。何考えているんですか、マスター」

 あんまり何も考えて無いです。
 とはいえ、来た道を戻るくらいなら行きよりはストレスも少ないだろう。

「少々名残惜しいですがね。はぁ……あのダンジョンモンスターがいなければ……」

 ……あのダンジョンモンスターには助けられたね。
 とはいえ、思い出がダンジョンウェポンだけというのも少々悲しいだろう。
 俺はギルドから渡された記録用の魔道具を起動する。

「はい、チーズ」

「?」

 ピッ、と俺とリャンのツーショット。自撮りなんて滅多にしないし、してもだいたい冬子が撮ってくれてたから上手く撮れてるか自信はないけど……。

「ん、後で現像してもらおう」

「ああ、記録用の魔道具……ま、マスター。それは後で私の部屋に飾ります!」

「いいよ」

 さて、今度こそ。
 俺とリャンは最下層の部屋を後にした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ふぇぇぇえ……ご無事で何よりです……」

「無事も無事だよ。ダンジョンでとれたものはギルドで買い取ってもらえるのかな?」

「ご自身で直接お売りになられても構いませんが、面倒くさがってギルドで売っていかれる方が多いですね。ふぇぇぇ……それでなんか超高額の品を出されたらどうしよう」

 いや俺がCランクダンジョンに行ったのはわかってるんだから、そうそう高額商品は出ないことはわかっているだろうに。
 あー、でもリャンが持ってるナイフはそれなりの業物なのかな? 今度ヘルミナの店に見せに行くつもりだけど。
 というわけで、俺は自分たちで使う物以外は全部売っぱらった。

「あぁ……これ、ボックスカードですね……これなら私でも値段が分かる……えっと、大金貨15枚ですねー」

「へぇ、かなりの額だ」

「何分需要の高いものですから。それと、先ほど頼まれていた魔道具の記録です」

「ありがと」

 写真を現像して貰ったが、うん、よく撮れてる。

「こういうの、よくあるの?」

「は、はい。記念に、と仰って現像を依頼される方は結構いらっしゃいます」

 それならよかった。
 それらを受け取り、俺はシェヘラに一言挨拶してからギルドを出た。外はもうすっかり暗くなってしまっている。

「一日、遊んだなぁ」

「Cランクダンジョンは遊びではありませんよ? マスター」

 それもそうか。

「マスターは相変わらず、自分を基準点に考え過ぎです」

「……あまりにも突然強くなったからね。常識とのすり合わせが大変なんだよ。あと、敵のインフレが尋常じゃない」

「インフレ?」

「一足飛びで世界最強とバトルとか往年のジャンプ漫画じゃあるまいし」

 リャンが頭に「?」マークを浮かべているけど、俺は気にせず帰り道を歩く。

「強さと精神が追い付かないと、いつか手痛いしっぺ返しを食らいそうだ」

「マスターなら心配ないでしょう。少なくとも、私たちがいる限り孤独にはなりません」

 リャンの一言に、俺はハッとする。
 そうか……SランクAGであるタローや、マルキムがたまに見せる寂しげな表情。アレはもしかすると孤独、なのかもしれない。
 俺は――俺は、俺よりも強い人が周囲にいた、俺と一緒に成長してくれる仲間もいる。だから、この『力』のせいで疎外感を感じたことは無い。
 強者故の驕り、ではなく強者故の疎外感。

「……いい仲間に恵まれたよ」

「そう思うなら取りあえずそこの角を曲がってですね」

「そっちラブホ街でしょ」

 苦笑いしてリャンの指さした方を見ると……

「あ」

「む?」

 ラブホ街から、女性と腕を組んで出てくるタローがいた。
 別に人の恋路にどうこう言うつもりもないし、タローがデリヘルを買おうがワンナイトしようが関係ないけど、バッチリ目が合うと微妙に気まずい。

「ボルメンタールさぁん、どちら様?」

 しかも偽名使ってるし。
 そのことを後でつついてやろうと思っていると、タローはフッと笑って「同業者だよ」と説明していた。

「ってことはぁ、AGさぁん?」

 タローが連れている女性は、お世辞にもタローの好みからは外れているような気がする人だった。亜麻色の髪をロールにしており、メイクがケバい。なんていうか、アメリカかぶれの勘違いギャルって感じだ。

「もう行こうよぉ」

 彼女は俺に興味が無いようで、タローを急かしている。タローもそれに従うようで笑顔を見せて俺に背を向けた。

「そうだな。ではミスター京助、失礼する。……っとと、そうだ。ミスター京助、今日のパーティーには参加出来なくてすまないね」

「パーティ?」

 俺が首をひねると、タローは「おや」と言った表情でリャンの方を見てから何かを察したようにうなずいた。

「すまない、忘れてくれ。どうも別のパーティーと勘違いしたようだ。そも、キミのところでパーティーをやるなら男の私は呼ばないな」

「……男だから、じゃなくて普通にタローだから呼ばないんだけど。ってか、俺に女好きってキャラ付けするのやめてくれない?」

 タローだけじゃなくて、あとはティアールとか。電話する度に「女は一人に絞れ」だの「いつか刺されるぞ」だの。俺はそんなチャラ男みたいなことはしていない。
 とはいえ、まあその場を去っていったタローは何でああいう女性といろいろしていたんだろうか。……女性の好みが変わったかな。

「まあ、いいか。行こう、リャン」

「そうですね」

 家に帰ればご飯だ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 家の近くまで来ると、いい香りが漂ってきた。今夜のメニューは豪華かもしれない。
 鍵を取り出して家の中に入ろうとするが、

「マスター、少々ここでお待ちください」

 と、リャンに止められてしまった。
 理由が分からず頭に「?」を浮かべているうちにリャンは中に入ってしまったので、仕方なく外で待つことにする。
 活力煙を吸ってればすぐに五分や十分は経つし、あまりにも待たされるようならマリトンでも練習していよう。

「ふぅ~……」

 ふわりと浮かぶ紫煙が夜空へ吸い込まれるように消えて行く。
 煙を夜空へ溶かしていると、ふと初めてマリトンを買った日のことを思い出した。まだ異世界に来てすぐだったころだ。
 ……アレから、そうか、もう何か月か経てば一年か。というか、暦の上では俺もう高校三年生になっているんじゃないだろうか。

「公式も半分くらい忘れてる気がする」

 英単語や英文法はもうダメだ。理科系や社会系もダメダメだろう。
 向こうの世界に戻ったら、まずは勉強を一からやり直さないといけない……果たしてちゃんと大学に行けるだろうか。

「それでも、俺は戻らないと」

 戻る方法も分からないままだけど、俺は。
 きっとラノベの新刊を読んで、ジャンプの続きを……。

「それに小説も書きたいし……ああ、そういえば最近、冬子も日記をつけてるって言ってたな」

 俺はこの日記を元に、異世界転生した主人公を書くつもりだし……冬子の日記もそのための資料として使わせてもらおうかな。
 ……いや、流石に人の日記を見るわけにはいかないか。

「でも俺以外の視点も欲しいしなぁ、天川とか今頃小説映えすることやってないかな」

 元の世界に戻ったら根掘り葉掘り取材しよう。タイトルは「勇者天川明綺羅伝説」かな。ダサすぎて二十年前のジャンプでも打ち切られそうだ。
 やりたいことがいっぱいある、俺はちゃんと戻らないとね。
 ぼんやり空を見上げていると、ふと中が騒がしいことに気づく。今日は何かあったっけ。

「疲れてるからさっさと中で休みたいんだけどなぁ……」

 へとへと……とまでは言わないけど、さっさとシャワーを浴びてベッドに寝ころびたいくらいには疲れてる。
 思考を脳内で打ち消し、壁にもたれながら二本ほど活力煙を吸い終えたところでようやっと中から「入っていいぞ」という声が聞こえてきた。

「やれやれ、一体何が――」

 ぼやきながら扉を開けた途端、

「「「「誕生日、おめでとう!!」」」」

 パンパンパン! と。
 クラッカーの音と、舞う紙吹雪。呆気に取られている俺が思考停止していると、皆が口々に祝福の言葉を述べてくれる。

「おめでとうございますデス、キョースケさん。ヨホホ!」

「おめでとうございます~。キヨタさん、これで一緒にお酒を楽しめますねー」

「おめでとうございます、マスター。以前よりも更に男らしくなりましたね」

「おめでとうぢゃ、キョースケ。ふむ、今夜は寝かさんぞ? 朝まで飲むのぢゃ」

「おめでとう、京助。まあ、中に入ってくれ。食事はもう準備出来ているぞ」

「………………」

 俺の誕生日を知っているのは冬子だけなので彼女が企画してくれたんだろう。
 リビングに入ると、かなり豪華な料理と飾り付けられた室内。椅子類は取っ払われて何故か立食形式だ。欧米の誕生日パーティーっていう感じの出で立ちになっている。
 リャンと一緒にダンジョンアタックに行っている間にこれを準備してくれたのだろう。素直に嬉しい。

「あー、えっと、ありがとう。凄く嬉しい」

 陳腐な言葉しか出てこない自分に若干嫌気がさすが、とはいえ他には思い浮かばない。いやむしろ彼女らの心遣いによって溢れるこの感情を他人が生み出した言葉で定義づけたくない。俺自身の、俺だけの感情として心にとどめておきたい。
 だから敢えて月並みな言葉を選ぼう。
 俺は今、凄く嬉しい。

「さぁ、座ってくださいー。っと、その前にシャワー浴びますかー?」

 マリルがニコニコしながらそう言う。確かにシャワーを浴びて汗を流したいが、それよりも何というか先にパーティーをやりたい。ご飯も冷めちゃうかもしれないし。

「じゃあ着替えるだけ着替えてくるよ」

「じゃあその間に配膳してしまおう」

「マスター、御着替えはお手伝いいたしますね」

「いや手伝わなくていいから」

 何でそうなる。
 俺は一旦部屋に引っ込み、部屋着に着替える。まさか誕生日パーティーを開いてもらえるなんてびっくりだ。

「前の世界だと、親から祝われて終わりだったのに……いや、高二の時は冬子に祝ってもらったか」

 塾の帰り、冬子がどこからともなく現れて俺にプレゼントをくれたんだっけ。友達からも祝われたことが無かったから凄く嬉しかったのを覚えている。

「……俺も、十八歳か」

 まったく意識していなかった。冬子の誕生日は忘れないようにってしっかりと日付を確認していたのに、自分の誕生日は全く考えていなかった。
 さっさと着替えて下の階に降りて、食卓に着く。

「うん、豪華だね。大きいケーキも置いてあるし」

「ヨホホ! ケーキはデザートデスよ? まずはご飯デス」

 リューがスープを運びながら俺に笑いかける。今日は料理の種類が多いからかリューも配膳を手伝っているようだ。
 向かいで煙管を吹かしているキアラはニヤリと笑うと、俺に煙管を向けてきた。

「お主は何杯飲めるかのぅ」

「……まだ十八だから、お酒は飲まないよ?」

「何を言う、十八なら充分ぢゃ。めでたい日くらい飲まんか」

 けらけらと笑っているキアラだけど、お酒を飲んでいる様子はない。もしかすると、パーティーまでは飲まないつもりなのかもしれない。
 って、お酒があるなら冬子は気を付けないと。

「冬子はお酒飲んじゃダメだよ?」

「うっ……わ、分かっている。おとなしくジュースで我慢するさ」

 一口で真っ赤になってたからね。
 配膳が終わり、今夜はチャンプキン(カボチャと栗を混ぜたみたいな味の野菜)のスープとステーキ(何の肉かは分からない)、そしてチャンプキンのグラタン、コロッケ。あとはシーフードサラダ。パンはいつもとは違い少し奮発したようで、ちょっと高級なやつだ。
 真ん中に置いてあるケーキは六人で食べるためだからか、コンビニで売っているホールケーキより二回り大きい。蝋燭はしっかり十八本立っている。

「豪華だね」

「今日は腕によりをかけたからな、主にマリルさんが」

「私とリューさんと冬子さんで作ったんですよー」

 ふふん、と何故か得意げな冬子と嬉しそうなマリル。そしてリューはいつも通りニコニコしているけど耳がぴょこぴょこしている。

「その準備をしている間は、リャンが俺を連れ出していた、と」

「そうですね、マスターが途中で短気を起こして下までぶち抜かないかひやひやしましたよ」

 やれやれ、とでも言いたげに首を振るリャン。

「いくら俺でもそんなことは……」

「いえマスター、たまにジッと地面を見ていましたよね」

 さて、話題を逸らすか。

「キアラは何かしてたの?」

「飾りつけをしたぞ。良いセンスぢゃろう」

 ぐるっと部屋を見ると……うん、まあ確かにパーティーらしいいい飾りつけだと思う。

「だけどそれ、一番楽だよね」

「良いんぢゃよ」

「美人だから?」

「うむ」

「そんで神だから?」

「よく分かっておるの。というか妾のキメ台詞を取るでない」

 そりゃ付き合いもそれなりに長いし。それと仕返しだよ、だいぶ前の。
 なんか最近俺のキメ台詞とられてばっかりだし。

「ところで、だけど……」

 テーブルの横にいつもは無い机が置かれており、そこにはラッピングされた……恐らく俺へのプレゼントが置いてある。
 それはいいんだけど、明らかにここにいる人数よりも多い。

「マルキムさんとシュンリンさん、タローさん、ギルドマスター、それとカリフさんもプレゼントを置いて行ってくれたからな」

 カリフさん……ああ、カリッコリーか。カリッコリーとしか呼んで無いから忘れてたよ。

「なるほどね」

 道理で数が多いと思った。

「ヨホホ! ちなみに皆さんは口をそろえて『チーム水入らずで祝ってやりな。お邪魔虫は退散するぜ』と、パーティーへは参加してくれませんでしたデスが」

 まあ、確かにこの屋敷は広いけど、リビングに10人以上は入らないからね。

「リューさん、灯りを消してくれ。蝋燭に火を灯そう」

「こっちの皆、その文化知ってるの?」

 冬子のセリフにそう問うと、他の面々は「冬子に教えてもらった」と一応の流れは知っている様子。

「ちなみに伴奏は私ですー」

 オカリナのような楽器を取り出すマリル。
 ウキウキとした顔でオカリナを撫でている。

「久しぶりだったんで、短い曲とはいえ手間取りましたよー」

 ……しかもわざわざ練習してくれたんだ。

「じゃあ行くぞ」

 はっぴばーすでーとぅーゆー

 はっぴばーすでーとぅーゆー

 はっぴばーすでー でぃーあ きょーすけー

 はっぴばーすでーとぅーゆー

「「「「おめでとーう!!」」」」

 俺がふ~っ、と蝋燭を吹き消して部屋が完全に暗闇に落ちる。と言っても月明かりで皆の顔は見えるんだけど。
 ――蝋燭を吹き消すなんて人生で初めてやったよ。

「皆、ありがと。うん……人生で一番嬉しい誕生日かもしれない」

 人間は一人では幸福を感じられない、誰かと分け合って初めて……っていうのは、誰の言葉だったか。その言葉を今、実感している。
 一人でいることは確かに『らく』なのかもしれない。でも、その『らく』は決して『楽しい』には転じない。
 皆の楽しそうな顔のせいで、俺ももっと楽しくなる。連鎖するのは負の感情だけじゃないみたいだ。

「リュー、リャン、マリル、キアラ……そして、冬子」

 俺は全員の顔を見て、もう一度お礼を言うと同時に微笑む。

「ありがとう、さいっこうに……幸せだよ」
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