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第六章 修行の時なう

143話 ダンジョンなう

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「やぁ、シェヘラ」

 ギルドに顔を出すと、シェヘラがまたビクッと身体を震わせた。もうどんだけ俺にビビってるんだよ……。
 いつものことなので気にせず、俺はさっさと用件を済ませることにする。

「ダンジョンに行きたいんだけど、何か気を付けなきゃいけないことはあるかな?」

「へ? だ、ダンジョンですか!? はわわわわ……Sランクダンジョンとかに行かれると困るんですが……えっと、えっと……」

「……大丈夫、そんなに難しいところにはいかないよ。Cランクくらいで、ここから一番近いダンジョンってどこかな」

 流石にリャンも人族の土地のダンジョンに関しては詳しくないらしいので、ここで聞くことにした。
 ダンジョンは既に探索されている場合、地図があるのでそれを買えば比較的楽に攻略できるんだそうだ。

「え、えっと……ここから最も近いダンジョンですと……馬で二時間ほどいったところにある、Cランクダンジョン《レギオンの横穴》でしょうか……」

 地図を広げてそう言ってくるシェヘラ。
 階層――深さなんかは他のCランクダンジョンと比べると浅いが、その分強力で小型なダンジョンモンスターが多く出てくるのが特徴なんだそうだ。

「へぇ、じゃあそこに行ってみようか」

「うう~……まあ、キヨタさんたちなら大丈夫でしょうけど、一応死なないように気を付けてください……えっと、AランクAGなので『転移丸薬』が支給されますので、後でお渡しいたします」

 そう言って彼女は『レギオンの横穴』についての情報が書かれているレポートや、地図を取りに裏へと引っ込んだ。

「トラップの類いはお任せください。元々、私はシーフをしていましたので。この手の仕事は得意です」

「それは助かる」

 俺にその手のスキルは無いからね。まあ今日、出来る限り盗める技術は盗みたいところだけどさ。

「宝箱はいずれリセットされるらしいので、何かいいアイテムを手に入れられるといいですね」

「そうだね。個人的には、洗濯機とか乾燥機とかあると嬉しいな」

 流石にそこまで大きい宝箱は無いと思うけど。
 今、我が家では洗濯板で洗濯してるからね。以前は自分のものは自分で洗っていたけど、最近はマリルが全部やってくれている。
 そして外に干しているんだが……どうも、下着類は必ず自室で干しているらしい。まあ、俺もそんなものが干されていたら目のやり場に困るけど。
 彼女らの負担も洗濯機や乾燥機があると減るだろう。
 とはいえ、やはりこちらには無い概念らしくリャンが「?」とした表情になっている。

「洗濯機っていうのは、文字通り勝手に洗濯してくれる機械のことだよ」

「マスターの世界にはそんなに便利なものが」

 無くても何とかなるけど、あると便利だよね。っていうか、現代日本だったら洗濯機が無い生活は考えられない。風呂に入る時についでに洗うとかすればある程度は負担を減らせるだろうか。
 なんて話していると、シェヘラが諸々を持ってきてくれた。

「では、こちらが地図です。探索がすんでいるので既出の情報は全て書かれていますが、万が一、新しい道を発見した場合はお知らせください。あと、こちらは自動で風景を記憶してくれる魔道具です。あとで絵におこすことが出来るので、新しい道を発見した場合はこれで記録を。そうでなくとも最深部に辿り着いた場合はこちらで記録をとってください。き、キヨタさんたちの場合は関係ありませんが、パーティー自体のランクアップにつながる場合もあるのでお願いします」

 すらすらと説明してくれるシェヘラ。いつもこれくらいやってくれたらいいのに。
 というか、証拠写真を撮る魔道具みたいなのもあるのか。これもダンジョンから出てきた魔道具の一種なのかもしれない。
 さらに出てくるダンジョンモンスターの傾向や、他にも様々なことを聞いてから俺たちはギルドから出た。

「じゃあ行こうか」

 馬で二時間なら、俺の魔法で行けばもっと早く着く。ちゃんと半日で帰ってこれるだろうね。
 武器のチェックを簡単に済ませ、俺はリャンと一緒に『筋斗雲』に乗ってその《レギオンの横穴》へと向かう。

「マスター」

「どうしたの?」

「いつもながら、この魔法は便利ですね」

「そりゃねー」

 弱点としては、魔力消費が激しいので『パンドラ・ディヴァー』を使いながらじゃないと長時間の発動が出来ないことかな。
 とはいえサラマンダー……もとい、馬なんかよりずっと早いのでどう足掻いてもこれを使わない選択肢はない。
 なんてことを思っているうちに着いた。

「地図によるとこの辺かな……よっと、リャン、掴まってて」

「はい、マスター」

 魔法を解除して、空中でリャンを抱える。そのまま地面にゆっくりと降下していく。
 着地してリャンを降ろし……

「リャン、降りて」

「?」

「いや『?』じゃなくてさ。なんでずっとしがみついてるの?」

 俺がパッと手を離したら、彼女はそのまま首にぶら下がり足で俺の腰をガッチリとロックしてきたのだ。
 こう……前の世界風に言うなら『だいしゅきホールド』って言うんだっけ。死ぬほど恥ずかしいんだけど。

「高いところから飛び降りて怖かったのです。腰が抜けましただからマスター、暫くこのままで」

「腰が抜けた女の子はガッチリとホールドしない」

 俺がグイッと外すと、リャンが名残惜しそうに離れた。

「じゃあまずお弁当食べて、それから中に入ろうか」

「はい」

 リルラから買ったお弁当をもぐもぐと食べながら、シェヘラから貰った資料を読む。

「階層は五つ。一般的なCランクダンジョンよりも階層が少ないものの、小部屋がいくつかあるので宝箱自体はそれなりの数がある。モンスタールームとも言うべき部屋もいくつもあるので油断は禁物、と」

「マスター、ご飯を食べながら何かを読むのはお行儀が悪いですよ」

 お母さんみたいなことを言うリャン。そういえば親父も俺もよく怒られてたっけ、母さんに。

「ん、そうだね」

 というわけで俺は一旦サンドイッチを置き、資料を読む。

「……普通は、先にご飯を食べるのでは?」

 どうもこのダンジョンは稼ぐため、というよりも腕試しのために使われることが多いようだ。修行中の俺たちにはぴったりかもしれないね。
 この《レギオンの横穴》は、マジでただの洞穴って感じの外見だった。この中がダンジョンと言われても信じられない。
 そして賑わっている様子も無い。見張りとかがいるのかと思ったらそういうわけでもないし、子どもが間違えて入ったらどうするんだろうか。

「マスター、子どもはそもそもこんなところに来れません。ここ、魔物の出る森のど真ん中ですからね?」

「シェヘラが言ってた馬で二時間ってホントかな。どう足掻いてもここまでそもそも馬が来れない」

 何せ森のど真ん中に岩壁があり、そこから横穴が伸びているのだから。馬で来るなら相当手練れじゃないと無理だ。少なくとも、Cランクパーティ―くらいじゃ馬を守り切れない。
 俺は一通り書類に目を通し、リャンに渡す。

「リャンも目を通しておいて」

「道中で一通り読んだので。それよりもマスター、早くお弁当食べちゃってください」

「はいはい」

 ちなみにサンドイッチは、野菜とハムのやつ、ジャムのやつ、あとトポロイモンサラダが挟んであるやつの三種類だった。
 どれもこれも美味しかったのでさっさと平らげると、リャンがお茶をついでくれた。

「どうぞ、マスター」

「ん、ありがと」

 ふぅ、と一息ついてからアイテムボックスに全部しまう。
 そして食後の一服を――

「マスター、魔物です」

「みたいだね」

 魔力の接近を感知したので後ろを見ると、アックスオークがぬっとあらわれた。

「アックスオークだね、久しぶりだ」

「ぶもおおおおおおおおお!!」

 振り下ろされた斧を躱し、槍を構える。
 そして攻撃しようとしたところで――

「マスター、ここは私に任せてください」

 ――リャンが俺の前に出た。
 ナイフをすらりと構える彼女だが、そもそもアックスオークは『剣士殺し』。いくら俺たちの実力が上回っているとはいえ相性の悪い彼女では時間がかかるだろう。
 そう思って俺が魔法で焼き払おうと思ったのだが、どうも彼女は自信満々。何か秘策があるのかもしれない。
 タローとの修行の成果か。

「ん、じゃあお願い」

 活力煙を咥え、火を着ける。危なくなったらすぐに飛び込めるように準備は怠らない。

「はい」

 リャンが一気にアックスオークの懐に飛び込むと、ナイフを三本投擲した。魂も纏わせずに放たれたそれは、アックスオークの固い皮膚に簡単に弾かれる。
 しかし彼女はその隙にアックスオークの斧の上に乗り、トントンと飛び跳ねて右肩に魂を纏わせた蹴りを叩きこんだ。

「ぶ、もおおおおおお!」

 リャンはアックスオークの体を足場にしてアクロバティックに翻弄している。その姿はまさに『蝶のように舞い蜂のように刺す』。
 じれったくなっているのかどんどん攻撃が大降りになるアックスオーク。それを丁寧に捌き、着実に攻撃を当てて行くリャン。
 妙なのは、魂を纏わせた攻撃とそうでないものがあることだ。一撃一撃の威力に差がありすぎる。しかも、魂を使って無い方が多い。
 それが余計アックスオークを焦らしているのか、怒り狂うように暴れまわる。

「そろそろですかね」

 リャンがぼそりと呟くと――アックスオークの一撃を躱し、魂を纏わせたナイフで首の部分を一突きした。
 対して力の籠っていないような一撃。しかし、アックスオークは何も言わずバタンと倒れてしまった。
 ピクリとも動かないアックスオークと、ふうと一つ息を吐くリャン。

(カカカッ! アリャア急所を突いタナ。ソレモ普通の急所ジャネェ。エネルギーが集まってイル所を破壊シテイク感じダナ。エゲツナイゼ)

(どういうこと?)

(要するに体内のエネルギーバランスをワザト崩させテカラ、破裂サセル――ホースの一部を掴んで水の巡りを悪くさせた後に、水が流れにくくナッテイル所を突いて破裂サセル感じダ)

 なるほど。
 そして気のない攻撃に見えていたそれは、水の流れをせき止めていたようなものか。

「お疲れ様」

「少し時間がかかってしまいました」

 謙遜するリャンだけど、耳がぴょこぴょこしている。褒めて欲しいんだろうか。褒めるってのは何だか違う気がするので感謝することにする。

「ありがとう、リャン。助かったよ」

「……マスターであればものの十数秒で終わったでしょうに」

 あれ、ちょっと耳のぴょこぴょこが減った。何か間違えたんだろうか。
 女性は難しい。
 何故か頭を俺の前にリャンが出してきたので、反射的に撫でるとまた耳のぴょこぴょこが復活した。これが正解だったのかな。

「じゃあダンジョンに入ろうか」

 そう言って槍を手にとり、中に入る。

「マスター、私の傍から離れないでください」

「了解。それにしても……中、暗いね」

 入口から中に入るにつれ、徐々に徐々に見えにくくなってくる。
 用意するように推奨されていたランプに火を灯すも、それでも遠くまで見える程ではない。せいぜい三メートルくらいか。

「魔力は無駄遣いしないようにしてください、マスター。いくらここが簡単なダンジョンとはいえ、油断は禁物です」

「う、ごめん」

 ……俺が横着して魔法で火を着けたからか、じろりと睨まれる。

「以降は気を付けてください。めっ、ですよ?」

 ふふ、と少し悪戯めいた笑みを浮かべて額をつつくリャン。なんだかドキっとしてしまった。やっぱり美人ってのは俺の心臓に悪い。
 いったん深呼吸をして落ち着いてから、さてと周囲を観察する。今のところはただの洞窟って感じだが……。

「リャン、これ……!」

 周囲にぼんやりと気配を感じたので目を凝らすと……辺り一帯に真っ赤な目をしたネズミのような魔物が……しかし、スピードはネズミのそれとは段違いで、とにもかくにも捉えづらい。

「そうか……ダンジョンモンスターって、魔魂石が無いけどこのダンジョンによって魔力を得ているってことか……」

 故に、魔魂石の大きさに強さが左右される魔物と違い、小さかろうが強力になる可能性もあるってことか。
 小っちゃくすばしっこいダンジョンモンスターを俺は槍で突き、払い、石突で潰してから足でけり飛ばす。
 リャンはナイフを抜かず、躱し、体術だけで応戦している。

「ん、これ数が多いね」

 トン、とリャンと背中合わせになりながら俺はそう呟く。リャンも頷いたので……俺たちの選択は一つだ。

「三十六計逃げるに如かず、ってね」

 周囲にいたネズミの魔物を薙ぎ払い、俺とリャンは奥へと走っていく。
 一本道なので後ろからネズミが追いかけてくるが……俺たちが走る方が速い。どんどん差が開いていく。
 そして分かれ道に来たところで、俺とリャンはさっと隠れた。

「……魔法使って一掃してもよかったんだけどね」

「ダンジョンモンスターは倒しても旨味がありませんからね。出来るだけ戦闘を避けるのが無難です」

 なるほど。
 ……この世界、塔の踏破者が全然出てないのもその辺に起因するのかもしれない。アレはなるべく魔物を倒して枝神に認められないといけないから。いや、魔物を倒すだけが枝神に認められる条件では無いだろうけど、戦闘を避けていたらなかなか選ばれないだろう。

「というわけで、マスター。索敵出来たら即座に避けて宝箱を手に入れましょう」

 二人でランプの灯りを頼りにダンジョンの中を進む。暗くて狭いが、その分ダンジョンモンスターが襲ってくる様子はない。学校の廊下くらいだろうか。
 魔力を『視』る眼があまり役に立たないので、耳で索敵するしかない。なかなか慣れないことだが、リャンにはしっかり分かるらしくスイスイと彼女はすすんでいく。

「マスター、止まってください。落とし穴です」

「え。どこ?」

 問うと、彼女が地面にペタっと伏せ、こんこんと地面を叩く。途端になんの前触れもなくぽっかりと穴が開いた。
 ……そう、前の世界で言う落とし穴というよりも魔物の口が開いたかのよう。何も無かったところに開いた穴はまるで冥途に繋がっているかのようで不気味だった。

「よく……分かるね」

「多少、地面が他の場所と違っていたので」

 ジャンプしてそれを超えながら言うと、こともなげに言うリャン。俺たちが通り過ぎた後その穴は塞がるが、答えを知った後でも俺には落とし穴の位置は分からない。

「これがダンジョンか……ちなみに落ちたらどうなるの?」

「場合によりますが、最悪の場合はダンジョンの養分にされますね」

「え」

 背筋がゾッと凍る。正直言って、Cランクダンジョンだからと完全に舐めていた。しかし、もしもソロで入ったら2ランクは上がると言われていたことを思い出す。
 Cランクよりも2ランク上なら……A。俺のランクと一緒だ。舐めては、いけなかった。

「怖いなら手でも繋ぎますか? マスター」

 少し――いや、かなり嬉しそうに笑顔を作るリャン。なんていうか、ダンジョンに来てリャンは唐突に生き生きとしだした気がする。

「……大丈夫だよ、むしろこれくらい無いとダンジョン感が無い」

「そうですか、それは残念です」

 リャンはニコニコと笑いながら――ピタっと足を止め、身を屈めた。
 俺も同じようにすると、ヒュン、ヒュン、と頭の上を矢が通った。今の俺なら別に刺さってもほぼダメージが無いだろうけど……。これに気を取られて、唐突にダンジョンモンスターから襲われたりするかもしれない。

「何事も経験ですよ、マスター。大丈夫です、私がいればだいたいの罠は避けられます」

「ありがとう……うん、もっと戦闘ばっかりなもんだと思っていた」

「それはこれからですよ、情報は載っていたでしょう? 一層、二層と層によって傾向が変わるんです。二層はダンジョンモンスターばかりですよ、罠もありますけど」

 罠を気にしながらダンジョンモンスターの相手とか出来る気がしない。

「あ、マスター。そこの小部屋は宝箱があるかもしれません」

「ん」

 リャンが罠を確認してから中に入ると、そこには宝箱が二つ。紫色に金のラインが入っており、毒々しい見た目になっている。両方とも、全く同じものに見えるけど……これ、絶対片方はミミックだよね。

「擬態型のダンジョンモンスターでしょうね。どうされますか?」

「んー……他に罠は?」

 リャンに尋ねると、しっかり十秒ほど中を確認してから「ありません」と断言した。

「じゃ、開けるね」

 俺は宝箱の一つに近づき、テキトーに中を開ける。

「ちょっ、マスター! 擬態型のダンジョンモンスターは強力なモノが多く――」

 後ろでリャンが何事か叫んだ瞬間、俺が開けた宝箱に手足が生え四つん這いになって牙を生やして俺に襲いかかってきた。手足には棘があり、さらに鋭い爪がギラリと鈍く光る。
 しかも体は巨大化しており、迫力だけならアックスオークよりも上かもしれない。

「グルルルグァァッァァアラァァァルルルr」

「なんだ、偽物か」

 俺は槍で口を無理矢理閉じさせ、さらに足を払ってバランスを崩させてから宝箱のど真ん中から背中まで突きさした。
 そして後は力任せにブンと振り払えば、勝手に消えて行く。

「――マスターには、関係ありませんでしたね……」

 なんか後ろで苦笑いされている気はするけど気にしない。

「じゃ、初の戦利品獲得といきますか」

 俺はウキウキで本物の宝箱を開けた。
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