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第六章 修行の時なう

136話 再起の拳

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「最強って、なんだろうな」

 大歓声の中、隣にいる加藤にのみ聞こえる声で呟く。
 加藤はいつも通り退屈そうな、眠そうな顔で肩をすくめる。

「キミが目指すものなんでしょ? なにをいきなり」

「いやさ、ほら……」

 白鷺の目の前には、倒れ伏す男が一人。前回大会でこの街最強となった柔術の師範だ。組み技、打撃技と隙の無い男だった。技量が劣っているとは思わなかったが、恐らく異世界に来ることで手に入れたステータスが無ければ歯が立たなかっただろう。

「――遠すぎると思ってさ」

 周囲からは賞賛の声と拍手。汗と血に塗れ、努力に努力を重ねて紙一重の差で手に入れたこれは――白鷺にとってこれは最強の称号でもなんでもなかった。
 挑戦権でしかない。アイツらと同じ目線に立つための。

「その挑戦権をゲットするために……これだぜ?」

「しょうがないでしょ。向こうはこの街最強だったんだから。……取りあえず、手を出しなよ。治してあげるから」

 逆方向に曲がっている手を治してもらいながら地団太を踏む。

「ああくそっ……! ぜってー追いつく!」

「はいはい。……じゃ、怪我も治ったしご飯食べて、どうする? 娼館街行く?」

 いつも通りの軽口。いつもなら気合を入れてツッコむところだが、戦いの後で気が張っている白鷺はいつもと比べ幾分か落ち着いた声を返す。

「行かねーよ」

 ヒラヒラと手を振り、首を鳴らす白鷺。

「それよか、準備だ。さっさと上るぞ、塔」

 その様子を見て何か思うところがあったのか、加藤はふむと顎に手を当てて口を閉じた。
 数瞬、何か考えるような仕草をしたが特に何も言わずニヤリと楽し気に笑う。

「はいはい」

「……はいは一回って習わなかったか?」

「習ったけど、君に対して真剣に返事する必要ないと思ってね」

「ひでぇ」

 軽口をたたきながら、二人は歩き出す。この後は授賞式だが、そんな煩わしいものはさっさと終わらせたかった。
 決意を籠めて――天までそびえたつ塔を見上げる。

「ぜってー、枝神とやらを引きずり出す!」

「威勢だけは一人前だね、相変わらず」



「……あの二人、凄いな」

「ああ。身に纏ってる雰囲気が尋常じゃない。並大抵の覚悟じゃねえぞアレは……」

 賞賛と困惑、そして期待の混じった拍手は続く。
 しかし見ている観客たちは皆一様に思っていた。あいつらなら、もしかして……塔を踏破するのではないか、と。


~~~~~~~~~~~~~~~~


 準備と言っても二人がやることは少ない。せいぜい食料や薬、キャンプ器具を追加するくらいだ。
 塔の前に立ち、見上げる。
 ――この塔への挑戦権を得るための戦いは熾烈を極めたが、今ここにこうして立っている。足踏みしている時間なんてない。

「一瞬で踏破してやるぜ」

「あのさぁ……そんなやってツッコんでいったらまた死ぬよ? っていうか、死にかけるよ? 何回死にかけた、あの大会で」

 いつになくビシビシ言う加藤。確かに危うい展開は多かったが、彼に心配されるほどではない。

「三回だろ。しかも死にかけただけできっちり相手をぶっ飛ばしてるから問題なし!」

 手の甲を見せつけるように握り拳を振り上げると、これ見よがしにため息をついて顔に手を当てる。

「はぁ……先行きが思いやられるよ。だから童貞なんだよキミは」

「だから俺が童貞なの今関係あるか!?」

「脳筋だから女の子の気持ちが分からないんだよ」

 線の細い地味メンかつ陰キャである加藤に言われるとムッとする部分が無いわけではないが、実際女心なんて分かりはしないから苦虫を噛み潰すしかない。

「お前にも分かるとは思えないけどな!」

「想像くらい出来るよ。やるかやらないかは別問題だけど」

 そう言って加藤は棒のようなものの先を切り落とし咥える。集中力を高めるために吸っているミントのような香りがする木の棒だそうだ。

「うし」

 白鷺は白鷺でバンテージを巻き、シャドーボクシングをする。レバー、チン、ジョー、ストマック、ソーラープレキサス、テンプル、最後にもう一度ジョー。
 風切り音で調子を判断する。本日の調子は実に良好。

「さて、行くか」

「それは構わないけど、もう一つ忘れてない?」

「ん?」

 そこまで言って、丸薬を投げ寄こす加藤。
 黙ってそれを受け取り、ため息をついた。

「……『転移丸薬』か」

「ストック、切れてたでしょ」

「よく覚えてるな」

「そりゃ連携しなくちゃいけないんだから」

 何を当たり前のことを、とでも言いたげに肩をすくめられるが、流石に相手の持っている丸薬の個数までは覚えていない。
 この『転移丸薬』や文字通り転移が出来る。二人が同時に口に含むことで最寄りの一番人が多いところに転移させられる。脱出アイテムだ。ただし持っている魔力を全て使い切る。
 発動条件が厳しいためにあまり使われないが、便利であることは間違いない。

「塔の中でも使えるのか、これ」

「さあ? まあ無いよりマシでしょ」

「それもそうか」

 アイテムボックスにしまい、気を取り直して塔を見る。

「じゃあ改めて、行くか」

 塔。
 そろそろ三桁に届こうかという死者を出している、人によってはトラウマになる悪夢のような地獄。
 だが天川がクリアして神器を手に入れてからはさらに挑戦者が増え、ついにはこの街のように挑戦者に制限が設けられるようになった。
 生きて帰れるなんて思っていた最初や二度目の時とは違う。死に触れた今は、ぽっかりと開いている入り口がまるで魔物の口のように見える。
 思い返すのはゴーレムドラゴン。何もすることができずやられた。

「うん」

 塔の中に入る。
 かつて――デネブの塔に登った時は仲間が多くいた。異世界人が十二人、それとヘリアラスさんで十三人。
 今は白鷺と加藤だけだ。
 しかしあの頃に比べ、自分は比べ物にならないくらい強くなった。鉄よりも硬かったこの拳は今や黄金の拳と言っても過言では無いだろう。

「言っておくけど、金は柔らかいよ」

「え、そうなのか。ってかなんで俺が考えてることが分かるんだよ」

「……鋼、くらいにしておきなよ。あと口が微妙に動いてたから」

 超能力者かよ。……超能力者みたいなもんか。

「そういや、精神に作用する魔法って使えなかったっけ」

「ぼくの魔法で精神に作用するのは『意気高揚』くらいのものだよ。調べたところによると、魔族の使う闇魔術ってのが精神に作用する魔法を使えるみたいだね」

 以前、塔で天川達が洗脳された出来事があるから魔族が使えるというのは本当だろう。

「ほーん……お、出たでた。スケルトン系か……?」

 テキトーなことを言っていると、さっそく魔物が出てきた。手が剣になっていたり、弓になっていたり、矢になっている奴もいる。
 しかも一体一体が百八十センチ近くあり、鎧のようにスライムのような何かを身に纏っている。

「気持ち悪いな……コレ」

「データには無いね、塔特有の魔物かも」

「そうか。よーし、んじゃやる……かっ!」

 強く踏み込み、一体目のボディを殴りつける。自分よりデカい敵なうえに物理が効くかもわからない。取りあえず様子見の一撃だった。
 ガシャン! と骨自体が砕ける音。しかしスライムによって骨が飛び散ることなく元の位置に戻り再生した。

「あー、めんどくさそう。白鷺、スライムが無いとこを狙う方がいいと思う」

「わぁーってる! ッラァ!」

 伸びあがるように顎に一撃――と見せかけて拳を引き、スケルトンがのけぞって躱そうとしたところに強烈なストレートをかます。派手な音とともに首から上が吹きとび、燃え上がる。

「うーし、頭フッ飛ばせば――」

 横から来た剣をかがんで躱し、さらにアッパーのように振り上げられた槍をパリィし、ステップで横に回り右側頭部(テンプル)を消し飛ばした。

「――問題ねえな! 加藤、スピードバフ頼むわ!」

「ごめん、上からなんかスライムみたいなの落ちてきたから先に焼き払ってる。そっちはそっちで頼むよ」

「ん? あー」

 ボディを殴り、再生する間もなくもう一撃でスライム部分に穴をあける。そしてスケルトンがそれをカバーしようとボディをガードしたところで眉間に一撃。吹き飛ばす。

「しゃあねえ、じゃあスケルトンは任せろ!」

「じゃあスライムでもボコボコにしておくねー」

 恐らく一体一体はBランク魔物ほどの強さがあったことだろう。しかし今の二人にとってはBランク魔物などモノの敵でも無かった。
 一撃でフッ飛ばし、敵の攻撃を的確に躱し、パリィし、ステップで距離を取り慌てて詰めてきたらカウンター。

「ほら、テンカウント数えてやろうか? 起き上がれねえだろうけどな!」

 ワラワラ出てくるが、大して体力も使わない。集中力さえ保っていれば負けは無い。

「戦闘になるとそれだけでイキイキするね。ぼくは別に戦闘狂ってわけじゃないからその気持ちは分からないけど。ただまぁ」

 加藤は加藤でニッと暗黒微笑を浮かべ、スライムを同時に爆散させる。

「雑魚に新しい魔法を試すのはそれなりに楽しいかな。実験やってるみたいで」

「相変わらず性格悪いな!」

「性格軽いキミよりマシだよ」

 いったんバックステップをすると、トンと背中と背中がぶつかる。
 お互いに背を預けて戦うというのも、いい気分だ。

「はぁーあ、清田は美人と背中合わせで戦ってるのに俺は陰キャかよ」

「別に女性に拘るつもりはないけど、もう少し頼りになる人に背中を預けたかったね」

「誰が頼りにならないって!?」

「キミ以外いないでしょ、残念なことに」

 無造作に魔法をばら撒きスライムを殲滅する加藤。
 ステップの出入りとスウェー、ダッキングで躱し一撃で沈めていく白鷺。

「片手が開いたからエンチャントかけれるよ」

「じゃ、スピードで」

「了解」

 ぼぅ、と身体が光り速度が上がる。気分は倍速だ。

「腰の横の部分を叩いた方がいいか?」

「懐かしいねー、それ。あれのオープニング好きだったよ」

「おばあちゃんが言っていた……」

 淡く青く光る体。
 残り数が少なく成って来たから一気に決めるための技だ。

「敵の数が多いならこっちも分身すればいい! 『瞬即』!」

 更なる加速。分身するほどの速度が出るわけではないが、白鷺のステップと攻撃と攻撃の間がゼロに近いために敵からすれば捉えきれなくなる。
 結果、全てのスケルトンは反撃さえ許されず首を飛ばされて逝った。

「最強!」

「最強かどうかはさておいて、素早く片付けたね」

「そりゃな。小回りが利くのが利点だし、お前のバフを受けやすいしな」

 拳にはどんなバフも綺麗に乗る。ある意味黄金コンビかもしれない。

「魔魂石は取れそうにないね」

「俺はどうしてもそういう戦い方じゃないからな」

「まあいいよ、別に。それじゃあ一休みしてから昇りますか」

 いったん腰を下ろし、休憩する。

(リミットは二週間)

 本当に二週間でどうにかなるかは甚だ疑問ではある。
 しかしヘリアラスに言われた塔はここだ。きっと、きっと……!

「今まで出会った枝神は全員美人、つまりこの塔にいる枝神もきっと……!」

「わー、不純」

 美人であることに越したことは無い。
 まだ見ぬ枝神の美貌に思いを馳せながら、次の戦いへ備えて気を練るのであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「チッ、そっち行ったぞ加藤!」

「分かってるよ。……『愛そうか、殺そうか。全てはぼくの思うがまま、ってね。ウォーターマリオネット』!」

 糸のように細い水の糸が敵の身体をからめとり、操る。
 操られたアックスオークはまるで人形のようにぎこちない動きで敵の魔物を蹴散らす。

「ッラァ! 喰らえ……『拳々轟々』!」

 手がいくつにもなったように見えるほどの速度で繰り出される拳がハンマーオークに突き刺さり、フッ飛ばす。

「一丁上がりィ!」

「はっ、ぼくはあのバカみたいに体力お化けじゃないんだ。お前らいい加減にしろよ……! 『この魔物の魂を喰らいて迸れ我が魔力。始原の力よ。大賢者の聡が命令する。この場にいる魔物を飲み込む大河を眼前に! デス・ギガントウェーブ』!!」

 苛立った加藤が大技を放つ。操っていたアックスオークを絡めていた水の糸で絞め殺し、殺した瞬間の魔力をそのまま別の魔法に変更して出てくるのは大量の水。大津波がその場にいたAランククラスの魔物たちをまとめて押し流す。

「お、お前! 俺まで巻き込まれるところだったじゃねえか!」

「はぁ? バカみたいに速いのが取り柄でしょ。ぼくの津波ごときでやられると思わなかったんだよ!」

 ストレスからか、いつもの余裕ある口調がだいぶ荒れている。白鷺自身も大分疲れている自覚があるので人のことは言えないが、あんまりイライラしているとミスが多くなるから落ち着いてもらいたい。

「落ち着け、加藤。熱くなった俺を抑えるのもお前の役割だろ?」

「……キミに諭されるとムカつくね。けどそれもその通りだ、バカに手綱を握られることほど腸が煮えくり返ることも無い。――ふぅ」

 加藤が大技で流したものの、さらに魔物が湧いて出てくる。

「階段のところだと魔物が出ないんだよな?」

「そうだね。……んで、階段までは後百メートルってところか」

 その間に魔物が十体、そして後ろには数えられない程。

「前門の虎後門の狼……まあ、虎とか狼なら可愛いもんだけどな」

「外じゃBランクくらいのくせに中だとAランクくらいの強さになるからね、じゃあ特攻隊長。逝って来い」

「それ字が違わねえか? ガッチリバフ頼むわ」

「はいはい」

 全能力が上がり、一気に駆けだす。デスサイズラクーンの鎌を紙一重で躱し、ボディ、そして下がった顎に|打ち下ろしの右(チョッピングライト)を叩きこむ。
 通常の攻撃じゃなかなか効かないが、連発ならば別だ。人間の急所が効かないのであれば魔物の急所……魔魂石の部位を狙う必要がある。

「加藤! こいつの魔魂石は!?」

「一体一体確認してられない。頭か心臓、どっちか貫いて」

「じゃあ心臓!」

 威力のみを追求した一撃、心臓を抉りぬくと魔魂石を砕く感触とともにデスサイズラクーンが溶けて消え去った。後に残るのは大鎌のみ。

「ラッキー!」

「運だけはいいね……ふぅ、『始原の力よ。大賢者の聡が命令する。この世の理に背き、全てを貫く炎の槍を! ブレイズランス』!」

 ドドドドドドドドド! と鋭い炎の槍が魔物を一掃する。魔物との戦いでは前衛の白鷺が時間を稼ぎ、後衛の加藤がとどめを刺す場合が多い。
 白鷺はどうしても対多数の戦いとなるとツラいのだ。

「一気に駆け抜けるぞ加藤!」

「ぼくに命令しないでよ」

 二人でダッシュし、何とか階段部分に滑り込む。

「あー、くそ。しんどい」

「……以前までの塔は本当に楽な仕事だったんだね」

「そうだな」

 セーフスポットである階段まで来ないと休めないというのがこれほどまでにキツイとは思っていなかった。
 しかも、入って四日を過ぎてから当り前のようにAランク魔物が大挙して押し寄せてくる。その全てを薙ぎ払っていたら魔力も体力も全くもたない。

「次で何階だっけ?」

「階数を数えることに意味は無いと思うけど、一応は十五階。そして入って六日だね」

「……あと八日間か、リミットは」

「そろそろだと思うけど」

 天井を見上げながら、木の棒を咥えている加藤がぼんやりと呟く。

「そうか?」

「うん、魔物が強くなってるのはもちろんだけど、何となく意思を感じるんだ。追い込み方って言ってもいいかな」

「具体的には?」

「具体化できるほどじゃないね。ホントに何となくだよ」

「そうか、まあしょうがない。取りあえず俺が先に見張りをするよ」

「じゃあぼくが起きたら出発しようか」

「いや俺にも休息を!?」

「……冗談だよ、お休み」

 スッと目をつぶりすぐに寝息をたてる加藤。なんで女子の寝顔じゃなくて地味な陰キャの寝顔を見ているんだろうと世の中の理不尽に対して思うことが無いわけじゃないが、今はコイツでいいのだろう。
 背中を預けられるのは……まあ、暫くはコイツだけだ。

「待ってろよ、清田。天川! ぜってぇ可愛い彼女見付けるからな!」

 そして――死んでも、神器を手に入れて追いついてやる。
 もう二度と、一撃で死ぬような無様は晒さない。二度と、そう、二度と――
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