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第五章 ターニングポイントなう

117話 呼び捨てなう

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 マリルが繋がれている牢屋は思っていた以上にひどいところだった。まあ人族の借金奴隷だから警備が薄くて助かったけどね。

「さて……ここから連れ出すことは楽っちゃ楽なんだけどね」

 牢屋をぶっ壊して本部を壊滅させればそれでお終いだ。面倒なことをする必要も無い。
 しかしそうなれば……現時点では俺が犯罪者だ。領主の時はリューがリークしてくれたおかげで獣人の奴隷――つまり違法奴隷――がいることは分かっていたけど、今回はそうじゃないからね。慎重に行かないと。

「キヨタさん……その……」

 マリルが少し恥ずかしそうに足をもじもじさせている。……ああ。

「あー……えっと、後ろ向いてればいい?」

「はい……すみません」

 俺はくるりと後ろを向く。……マリルさん、だいぶ扇情的な格好だからね。ちょっと目のやり場に困ると言うか、ズボン履かせてあげて。

「……キアラ、お願い」

 俺が虚空に声をかけると、そこからスッとキアラも現れる。
 ――あの後、冬子たちには先に『三毛猫のタンゴ』に戻ってもらい、俺とキアラでマリルを探しに来たわけだ。こうして姿を隠して、こっそりと。

「ほっほっほ。……さて、妾のことは知っておろう? キョースケの妻の一人、キアラぢゃ」

「キアラー、嘘つくならぐりぐりするよ」

 すぐばれる嘘をついたキアラにため息をつきながらそう言うと、キアラは嬉しそうに笑ってから魔力を集め出した。

「さて――マリルさん」

「はい」

 俺は背後にいるマリルになるべく優しく声をかける。

「マリルさんを詐欺にかけた男の特徴とか、教えてくれないかな」

「えっと……それは構いませんが、どうするんですか?」

「――捕まえる」

 俺は活力煙を咥えて火を付けながら端的に答える。

「『アクドーイ商会』と繋がりがあるなら、それだけで十分以上に打撃を与えられることだ。詐欺は犯罪だからね」

「……確かに、それなら可能でしょうけど……その、彼とここに繋がりがあるかは分かりませんよ?」

 マリルらしい、冷静な意見。

「けどやらないと意味が無い。一応、他にも嗅ぎまわるつもりではあるけど――これからの目標は、大金貨400枚をゲットすることと、マリルさんを騙した男を問い詰めること。そして――違法奴隷を見付けること」

 活力煙の煙がもくもくと天井に登っていく。換気が悪いなここ……。
 風魔法で煙を手元に集める。後でどこかで解き放とう。

「だからマリルさんは競売の日まで心を折らないこと……が条件になる。出来る?」

「……大丈夫ですよ。私はしぶといですから」

 後ろを向いているため顔は見えないが――いつもの理知的な笑みが戻っていることだろう。俺は口もとに笑みを作り、キアラに話しかける。

「キアラ、魔法の準備は出来た?」

「無論ぢゃ。――さて、マリルとやら。その男を思い浮かべよ。妾がこの魔法によって映し出すからの」

「……そんなこと出来るんですか?」

「妾に出来ぬことなぞ無い――と言いたいところぢゃがまあそういうわけにもいかんでな。とはいえ、この程度のことは簡単ぢゃ。ほれ、出来たぞ」

 そう言ってキアラが俺の前にイメージを像にして映し出してくれた。……便利だなー、キアラの魔法。

「……こいつか」

 如何にも、と言った雰囲気の男だった。金髪ではあるが、真面目そうな雰囲気――そしてどことなく浮かぶ軽薄な笑い。瞳だけがキラキラと輝いているのが逆に怪しい。
 まさに結婚詐欺師って感じだね。

「ま、顔が原型とどめないくらい殴れば吐くでしょ。こういう輩は別に根性は無いだろうし」

 魔力の形も分かればもっと楽なんだけどな……なんて思いながら俺は映像の男を睨みつける。

「名前は?」

「ソーン・スカムです。……偽名かもしれませんけどね」

 まあ偽名だろう。……別に偽名でも構わない。その名前や特徴なんかが分かれば調べようはあるってものだ。
 他にも色々な特徴について聞きだし、粗方の人物像をメモした。

「こんなものかな。……さて、じゃあこいつを探すところからだね」

 後は、と俺は懐からご飯とかを取り出す。

「さ、これ食べて」

 肉の串焼きとか、飲み物とかをたくさん取り出す。……アイテムボックスはたくさんモノを入れられてホント便利だよねぇ。

「……い、いいんですか?」

「何のために忍び込んだと思ってるのさ」

 少しでもストレスを軽減してもらわないといけないからね。希望が無いと人間は生きることもままならない。

「キアラ。マリルさんの鎖を何時でも外せるように……とかできる? 鉄みたいだから腐蝕魔法とかあればできそうだけど」

 ダメ元でキアラに尋ねると、彼女は「良いぞ」とか言って何らかの魔法を唱えだした。枝神の力は無くなろうとも、元となる技術は健在……ってところかな。

「これでいつでも鎖は切れるぢゃろう。錠前にも同じ魔法をかけておく」

「逃げようと思えば逃げられる――そんな状況の方が多少心持は楽でしょ?」

「そうですね……。これで最悪の場合は逃亡奴隷にはなれます」

 心なしか、少し声に明るさが戻っているマリル。
 俺はそのことにホッとしつつ、風魔法で姿を消した。

「それじゃ、マリルさん。もう少しだけ辛抱しててね」

「ほっほっほ。ちゃんと助けるからの。気長に待っておれ」

「分かりました。……あ、キヨタさん」

 俺とキアラがこっそり牢屋から抜け出そうとしていると、マリルに呼び止められた。

「私のことはマリルって呼んでください。……もう、受付嬢とAGの関係ではないので」

 その声には――何故か、少し喜色が含まれていて。
 何でそうなったのか分からないけど、俺はマリルが望むならと思い一つ咳ばらいした。

「分かった。じゃあね、マリル」

「はいっ」

 少し元気が出たみたいだ。
 そのことに安堵しながら俺はキアラと共に牢屋から出た。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「さて……冬子たちは『三毛猫のタンゴ』にいるはずだけど」

「そうぢゃのぅ。……そういえば、クエストの結果を聞いていなかったの。無事ということは普通にクリアしたんぢゃろうが」

「そういえばその話してなかったね。うん、普通にクエスト自体はクリアしたよ。報酬は屋敷の権利」

 けど鍵とか貰ってないんだよなぁ。後で下見にいくつもりだったけど日は暮れちゃったし。

「そんでその後、俺個人だけを雇いたいって話だったけど、流石にそっちは断った」

「そうぢゃったのか。ふむ……しかしまあ、やりにくそうな相手ぢゃのぅ」

「どいつもこいつもね。……種類が違うとはいえ『力』を持ってる奴はやりにくい」

 自分と同じタイプの『力』だったら、それを比べれば勝敗がつく。しかしお互いの持つ力が違う場合――先に自分の『力』の勝負に持ち込んだ方の勝ちだ。

「分が悪いなぁ」

 活力煙の煙を吸い込みながら頭を掻く。純粋な暴力に訴えてこない相手は何にせよニガテだ。

「覇王の方がまだやりやすいよ」

「まあ勝負がすぐつくからのぅ。脳筋のキョースケには分かりやすいぢゃろう」

「すっごいディスってくるんですけど」

 俺がジト目をむけると、キアラは「ほっほっほ」と楽しそうに笑う。

「お主の特徴を完璧に把握しておると言って欲しいのぅ」

 人差し指を唇に当てて、挑発するように微笑むキアラ。その艶やかな姿に一瞬目を奪われると、すぐにキアラがにんまりと笑顔になる。

「今、見惚れておったぢゃろ? ほれほれ、もっと見惚れても良いんぢゃぞ?」

「ば、バカ言わないでよ」

「つれないのぅ……。いつも足ばかり見ておるクセに」

「み、見てないッ! って、ちょっ」

 キアラはニマニマと笑顔のまま、俺の腕に絡みついてきた。正直くっつかれると歩きにくいんだけど……

「温いのぅ」

 ……なんて幸せそうに笑っているキアラを見ると、離れろとも言いづらくて。
 そしてこういうキアラを見ると――以前までの彼女とは違うな、と思ってしまう。上手くは言えないけれど、生きるのを楽しむような……そんな雰囲気が伝わってくる。

「ああ、もう……。『三毛猫のタンゴ』までだからね」

「うむ、妾もトーコとピアから殺されたくはないしのぅ」

 ……なんでそんな幸せそうな声を出すかな。
 俺は二度ほど頭を振り、いったん思考をリセットする。

「取りあえず、報酬としてもらった屋敷はありがたく住まわせてもらおうと思ってる。修行の間はアンタレスを根城にするつもりだったし、宿代も毎日のことと思えばバカにならない。維持費はかかるだろうけどね」

「そうぢゃのぅ。そっちの方がお主も妾たちのベッドに忍び込みやすいぢゃろうしの」

「忍び込まないからね?」

「よいんぢゃぞ? 一晩で三人連続とかでも」

「やらないよ?」

 なんて軽口を叩き合いながら歩いていると、『三毛猫のタンゴ』が見えてきた。

「スカパもいるだろうし、いったん皆にマリルの様子を話そうか」

「そうぢゃな。そしてマリルを騙した奴を捕まえる準備をせねばのぅ」

 そして大金貨400枚を工面する方法を考えないとね。
 なんて思って『三毛猫のタンゴ』の前まで来ると……

「ん?」

「お待ちしておりました、キョースケ・キヨタ様。領主様から鍵と伝言をお預かりしておりますので、お持ちしました」

 なんと、ティルナが立っていた。
 俺はまだ腕にくっついていたキアラを引き剥がし、ティルナの前に立つ。

「鍵って?」

「もちろん、クエスト報酬の館の鍵でございます」

 ああ……。そう言えば俺一人で帰ったから……。
 ってか今日、冷静に考えたら濃密な日だったな。

「届けてくれたのか」

「はい。本来ならばギルドを通して報酬をお届けするモノですが、先ほども申しました通り伝言もございましたので直接お届けに参りました」

 なるほどね。

「そしてあわよくば寝てこいと領主様から」

 何言ってんだ領主。
 俺がツッコもうとした瞬間――ガシッ、とキアラから腕の関節を極められた。

「キョースケ?」

「な、なんぢゃ?」

 思わずキアラみたいに聞き返してしまう俺。いやいやいや、俺は悪くない俺は悪くない!

「至る所で女を口説くでない」

「今回も俺は悪くない。単なるハニートラップだよ」

 というかいっつも俺から口説いた覚えはない。
 それと……。

「なんでキアラが怒るのさ」

 活力煙の煙を吸い込みながら言うと、キアラは少し不思議そうな顔になった。

「……なんでぢゃろうな?」

「いや俺に聞かれても」

「ふむ……」

 顎に手を当てて考える仕草をするキアラ。そのおかげで極められていた腕が解放された。
 ……なんだかよく分からないけど、取りあえず外してくれたのは助かった。

「まあ寝てこいは冗談ですが」

「君の軽はずみな冗談で人の腕が折られかけたんだけど、それに関してどう思う」

「私の腕ではないので」

 よし、この人は酷い。

「まあいいや」

「いいんですか」

 言っても無駄だからね。

「鍵はどこに?」

「こちらでございます」

 そう言って渡されたのは、普通の鍵。正直……普通過ぎてちょっと技術がある人ならすぐにピッキングできそうだ。
 後で鍵は換えないとね。

「ありがとう。ちなみに場所も案内してくれる?」

 何となく位置は理解してるけど、一応ね。
 俺が尋ねるとティルナはコクリと頷いた。

「ええ、本日のうちに案内せよとのことでしたので」

「ん、ありがと。取りあえず中に入ってもいい?」

「はい」

「じゃ、続きは中で話そうか」

 俺はそう言いながら『三毛猫のタンゴ』の中に入る。領主からの伝言なら冬子たちにも聞いてもらった方がいいだろう。

「あ、京助。お帰り」

「マスター。お帰りなさい」

 二人が出迎えてくれるので、俺は手を挙げて応える。

「ただいま。彼女はティルナ。領主の部下で……今から館に案内してくれる。館ってのは領主から出されたクエストでもらったやつね」

 ティルナを紹介すると、彼女も「ティルナです」と一言名乗った。
 冬子とリャンもティルナに軽く名乗り、テーブルに着く。

「じゃあご飯食べてから移動しようか」

「この宿は引き払うのか?」

「完全に引き払うのは明日だよ。今日は確認だけ」

 流石にもう日が暮れる。晩御飯の時間が近い。

「それで? 伝言ってのは?」

 俺がティルナに促すと、ティルナは懐から紙を取り出して読み上げ出した。

「はい。『明日、交渉したいことがあるのでパーティーで私の屋敷に来るように。あなた達にとって最もいい結果になることを約束するわ』。とのことでございます」

 ……ふむ。
 俺一人で――じゃなく、パーティーでときたか。
 しかも領主は俺たちの問題であるマリルのことについても知っていた。その辺のことでまた何か話してくるのかもしれない。

「……どうする、京助」

「どうもこうも、領主様からの御命令とあらば行かないとまずいでしょ」

 あんな出会いだったから無視したいところだけど、何か有用なことがあるかもしれないと思うと行かないよりも行った方がマシだろうと思ってしまう。
 最悪、罠だったとしても俺たち全員をどうにかすることなんて難しいだろう。

「行かないよりも行った方がメリットはある……たぶんね。領主はマリルのことも知ってたからその辺で何か情報ももらえるかもしれない」

「しかしマスター。信頼できるのですか? その方は」

 領主の使いの眼前で何気に凄いことを訊くリャン。……いやでも、彼女じゃないとこの場面でそのセリフは口に出せないか。
 獣人で、失う物がない状態の彼女しか。
 当然のようにティルナはムッとした表情になるが、俺は肩をすくめるだけで答える。

「さてね、一回会っただけじゃそこは何とも。ただ行くだけで取って食われることは無いと思うよ」

 そう言ってリャンにウインクを一つ。それで大体察したようで、リャンはコクリと頷いた。
 俺は懐から活力煙を取り出して火をつける。

「ふぅ……まあ、取りあえず行く方向で話を進めていこう。取りあえず館に案内してもらえるかな?」

 何にせよソレをしないと始まらない。ティルナが頷いたのを見て俺は席を立った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 さて館を見て、俺たちは『三毛猫のタンゴ』に戻ってきた。もう暗かったし、ホントに門の前まで行っただけなので外観はあまり分からなかったけど、そこまで変では無かったと思う。
 明日引っ越し――と言っても持っていくものはないのでリルラとか女将さんにその旨を伝えて、ギルドに普段いる場所の違いを伝えるだけだが。

「で――京助。マリルさんのこと、どうするんだ?」

「マリルからは聞いてきたよ、男の特徴を。それも色々とね。だからそいつを探すことになるんだけど……」

 どこにいるか――これが分からないとどうしようもないわけで。

「アクドーイ商会の店には特に無かったからねぇ。探すとなると骨が折れる。……やるしかないわけだけど」

 考えがないわけじゃない。少し時間はかかるけど、ね。

「キョースケよ、考えとはなんぢゃ?」

 俺がそう言うとキアラが食いついてきた。ふむ……。

「……聞いても怒らない?」

 自分でも無茶なことをやるなーという考えくらいあるので確認すると、キアラは柔らかく微笑んだ。

「別に怒ったりなどはせぬ。あの状態にお主がなるなら話は別ぢゃが」

 ……それなら言おうかな。

「町全体を俺の結界で覆うでしょ? そこの中に風を起こしてひたすらヨハネスに解析させるっていう」

 俺は『パンドラ・ディヴァー』を使えば無限に近い魔力を得ることが出来る。やろうと思えばそれくらい可能なはずだ。
 しかしキアラは口をポカンと開けたかと思うと、俺にデコピンしてきた。

「どれほどの労力がかかると思っとるんぢゃ!?」

「あー。怒らないって言ったのに怒ったー。キアラが怒ったー。冬子助けてー」

 俺が棒読みでキアラを非難すると、冬子が苦笑いしながら俺の頭をぽかりとやってきた。

「いつからそんな軟弱者になった……。そして京助、お前だけに負担がかかる策は私も反対だ」

「マスター、貴方は私たちを心配させないでください……」

 二人からそう言われると、俺も考え直さざるをえないだろう。
 ……ちなみにヨハネスに確認をとったところ、やってやれないことはないらしいが尋常じゃなく疲弊するのでやめておいたほうがいいらしい。

「……まずはティアールからの連絡を待ちつつ、領主との対話に挑まないとってところかな」

 俺は煙を天井に溶かしながらニヤリと笑う。
 ……さて、どうなることやら。
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