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第五章 ターニングポイントなう
115話 同じ覚悟なう
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「さて――まず、君に訊きたいことがある」
「俺自身のことなら構わないよ」
いつもの部屋に通された俺は、彼が淹れてくれたコーヒーを振る舞われていた。……一応、毒が入ってないことは確認したけど、妙に上手でイラッとする。
「彼女たちとの夜の生活はどうかね」
「『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する……』」
「分かった、真面目にいこう」
両手を上げて首を振ったタロー。……思いっきり魔法を叩き込もうと思ったのに。
彼はコーヒーを一口飲むと、鋭い眼を俺に向けてきた。
「君は――人族側の人間かね?」
「一応はね」
サラッと嘘をつく。どこに所属するつもりも無いが、Sランカーの前で馬鹿正直に言って敵対する必要もあるまい。
それに――マルキムや、マリル、他にもいくらでも知り合いがいる国とわざわざ敵対するつもりもないからね。
そう思いながら俺もコーヒーを飲むと……タローはふぅと一息ついて椅子にもたれた。
「なるほど、嘘ではないようだな」
「そもそも……人族以外の陣営につくメリットは特にないでしょ」
「いや、そうでは無くてだな」
タローはやれやれ、というようなポーズをとる。
「君は――自分がSランクAG並みの力を持っていることを忘れてはいないだろうね」
「……俺が出会ってきたSランカーたちは、俺よりも明らかに強いんだけど?」
「仮にSランクAGに勝てないとしても、一般からすれば十二分に脅威だ。確かに、十回戦えば六回は私が勝つだろう。相性は悪いがね。だが、君は私を殺せる。Sランカーを殺せるだけで十分警戒に値する」
「……そりゃどうも」
「しかも君は――親しい人間は全て自分の目が届くところに起きたがるだろう。独占欲も強いようだしね」
フッとニヒルな微笑みを浮かべるタロー。
「君は――そうだな。ドラゴンが仲間になると言い出したらどうする?」
唐突に変なことを訊いてくるタロー。
「裏切る可能性が無いか徹底的に調べるかな」
「その通りだ。裏切られた場合に、殲滅するまでにどれほどの被害が出るか分からないからな。――それと一緒だ。君が裏切った場合の被害が計り知れない。だからこうして私がやって来たというわけだ」
……どうにもこうにも。覇王を退けたって武功のせいでしがらみが増えているようだね。分かっていたことではあるんだけどさ。
「……ふむ、君は何か思い違いをしているようだ」
「え?」
タローはコーヒーを注ぐと、グッと一気に飲み干した。
「君は覇王を退けたから警戒されているのではない。私含め三人のSランクAGが、『警戒すべきだ』と判断したからだ。覇王の件に関しては『まあそうだろうな』くらいのものだ」
「……買いかぶりすぎだよ」
「行き過ぎた謙遜は嫌味になるぞ? 現に私の狙撃を防いだだろう」
アレはヨハネスのおかげだ。……と、言いたいけど神器のことには触れたくない。取りあえず肩をすくめておこう。
活力煙を咥えてから、タローの顔をジッと見る。
「どうした? 私の顔に何か付いているか?」
「うん。目に鼻に口に」
テキトーに言ってから、さらによく見るけど……うん、カラコンをしているようには見えないし、染めているような感じもしない。いやこっちの世界にそんな技術があるとは思えないけど。
ってことは……地毛で髪と目が黒いわけか。
「ねぇ、タロー」
「……出来れば私のことはアトラと呼んでくれまいか?」
どうもこの名前で呼ばれるのが心底嫌らしい。……なんで嫌なんだろう。
山田太郎と同じ名前でいいと思うんだけどね。
ここで「異世界人なの?」と聞くことは容易い。容易いけど……それを訊くことはつまり俺が異世界人であることを明かすのと同義でもある。
ただでさえ疑われている状況なのに――さらに疑われるようなことを言う意味はない。だからさっさと切り上げるために別の質問をすることにした。
「なら、アトラ。その程度のことを訊きたいがために俺を呼んだわけじゃないでしょ?」
活力煙の煙を吸い込み、吐き出す。普段なら風の魔法で換気するところだけど、目の前のこいつにはまだなるべく手札を見せたくない。情報としては知っているのかもしれないけど、実際に見せるかどうかはえらい違いだからね。
そう思ってジッとアトラの顔を見ていると、アトラはフッと口の端を歪める。
「その通りだな。メインは――覇王の戦い方についてだ」
そりゃそうだよね。
人族にとって最大の脅威の一つ、というか一人。獣人族の王にして自称世界最強――覇王。マルキムと面識があるようだけど、実際に戦った俺からも話を聞きたいというところだろう。
「何が聞きたいの?」
「簡単なことだ。どうやったら倒せると思った?」
…………。
質問自体は簡単かもしれないけど、ここまで難しいことを訊かれるとは思って無かったね。
俺は顎に手を当てて少し考えるそぶりをする。正直今のところ勝てるイメージが沸いてこない。アレは異常だ。
「……俺の持っている攻撃手段の殆どが防がれた」
「ふむ」
「俺は槍使い、そしてマルキムは剣士、ギルドマスターは拳士だ。取りあえずこの三パターンの攻撃は通用しなかったね。……君がマルキムやギルドマスター以上の剣士、拳士に当てがあるなら試してみたらいいんじゃないかな」
「いない……とは言えないが、純粋な『技』という観点で見たら彼らの上を行くものは五人といまい。君の槍は当たっていたという話だが?」
俺の槍が当たっていた――というか打ち合えていた理由の九割が|終扉開放(ロックオープン)状態だったからだ。ドラゴンと力比べ出来る膂力で誤魔化していたにすぎない。
……って、ああ、そうか。
「覇王を倒すのに最も簡単な方法があったよ」
「……何? 攻略法があるということかね?」
グッと身を乗り出してくるアトラ。その瞳は真剣だ。……SランクAGなのに、少し余裕がないよね。その辺が俺と同じで「若い」と扱われる所以なのかな。
「ある……と言えばあるよ」
「ほう……それはどうすればいいんだ?」
「覇王より強くなる」
俺が言った瞬間、アトラが苦笑いを浮かべた。
「なるほど。それしかないのか。まったく、勘弁してもらいたいものだな」
そう、アレは「彼と打ち合える膂力が無ければ」技が無意味になる。そういう次元の身体能力をしていた。
いくら一の力を百にし、相手の千の力を十にする技を持っていたとしても、一億の力が相手だとどうしようもない。しかも向こうが「何も武術を使わない」なんて思えないしね。
「これを言ったら、アトラも驚くんじゃないかな。覇王は、マルキムとギルドマスターの必殺技を見てから対応したんだよ」
「何でもありだな……」
さしものSランクAGも苦笑以外出てこないらしい。
「マルキムやギルドマスターには聞いて無いの?」
「ギルドマスターは『現役から聞け』としか言われなかったし、ミスターマルキムにはそもそも会えていないからな。しかしそこまでか……是非とも戦いたくないものだ」
「あれ、Sランカーなのに積極的じゃないんだね」
Sランカーは全員戦闘狂なものだとばかり思っていたけど。
そう思って尋ねると、アトラは苦笑いを浮かべた。
「……私は弓兵だぞ。後方援護が関の山さ」
「それにしては喧嘩売って来たよねさっき」
ジト目をむけるとアトラはキョトンとした瞳をむけてから肩をすくめた。
「おや? 君はあの程度の戯れでムキになるほど狭量なのか? ふん、あれほどの美女が周囲にいながらいまだに童貞だというのも納得だな」
これだけ煽ってきていて戦う気が無いとか言うつもりなのか。……相当、腕に自信があるんだろうね。
「……いろいろ言いたいことあるけど、取りあえず俺が童貞なのどこで知ったのさ」
「受付のお嬢さんが言っていたぞ。『キヨタ様はどれだけ誘惑してもなびいてくれない。あれだけ初心だとまだ女を知らないんでしょうね』と」
誰が言ったか知らないけど、燃やしてやろうかな……。
俺はため息を一つついて、活力煙の煙を肺に吸い込む。
「ま、それはどうでもいいんだ。他に何もないのなら俺は急ぐ用事があるから失礼してもいいかな?」
「そうだな……今日のところは顔つなぎのようなものだ。そういえば、以前はこのギルドにはメガネをかけた理知的な女性――確か、ミスマリルと言ったかな。彼女がいたと思ったんだが、今日は見なかったな。休みなのか?」
「……その件を解決したいから動かないといけないんだよ、俺は」
まさかアトラがマリルのことを知っているとは思わず、俺は吐き捨てるように言ってしまう。
「彼女を助けなきゃいけないんだよ、こっちは」
「そうか……。ちなみにどんな状況なのか手短に説明してくれるかい?」
「マリルさんが男に騙されて巨額の借金を負った上に今借金奴隷」
「彼女ならやりかねんな」
マリルの置かれた状況って、何度確認しても闇金ウ〇ジマくんなんだよねぇ。そうは言っても大金貨400枚……現代で行くと借金400万円くらい? それなら再起の可能性もワンチャンあるかな。
なんて思っていると、アトラはふむ……と顎に手を当てて少し頬をひきつらせた。
「ミスター京助。ちなみに借金の額は?」
「大金貨400枚」
「恐らくそれは何倍かになっているぞ」
真剣さと呆れが半々になって俺を見つめるアトラ。
「……やっぱり?」
「当り前だ。……ちなみにどこの業者かね?」
「アクドーイ商会」
「……なるほど、面倒な相手だな。一つ言えるとするならば――ミスター京助。今回ばかりは力押しは難しいぞ」
いやに真剣なまなざしを向けてくるアトラ。
「どうして?」
「ミスマリルに金を貸し、そして奴隷にする――これはギリギリ合法な行為だ。つまり、問答無用で叩き潰せば問題になる。特にAランクAGの君がやるとな」
「厄介だね」
だからギルドマスターがアレをくれたのか。
「……ギルドマスターが、逮捕しろって言ってたけど」
「生半なことでは奴らの悪事を暴くことは出来まい。……恐らく、アクドーイとミスマリルを誘惑した男は繋がっているだろう」
「その線で動くしかないかな」
「分からんが。……取りあえずアクドーイに行ってみてはどうだ」
「言われなくてもそのつもり」
「そうか。何かあったら言いたまえ。私も及ばずながら手を貸そう」
「……Sランカーに手を貸して貰えるならこれ以上の増援は無いでしょ。その時は言うよ」
「フッ。では取り調べはまた次の機会だ。さっきも言った通り、今日は顔つなぎのようなものだからな」
とまあそういうわけでアトラとの会話を終えて、俺は冬子たちのところに戻ってきた。
「どうだった?」
「取りあえず今日は帰っていいってさ」
結局、こちらも何も聞けずじまいで終ってしまった。本当に顔つなぎみたいになっている。……それにしては狙撃されたけどね。
「そうか……。では、アクドーイ商会に行くか?」
「そうだね。キアラとリャンは?」
ギルドの中では冬子しか待っていなかったので尋ねると、どうも彼女らは飲み物を買いに行っているらしい。
「私がじゃんけんで勝ったからな。二人が買い出しに行ったんだ」
「……なるほどね。じゃあ彼女らが戻ってきたら行こうか」
「ああ、そうだな」
冬子と軽く話していると、キアラとリャンが戻ってきた。
「おお、キョースケ。思ったよりも早かったのぅ」
「マリルさんの問題について話したらすぐに帰してくれたんだ。どうも知り合いらしい」
キアラが買ってきてくれた飲み物――どうも牛乳みたいだが――を手に取り、グイッと煽る。
冷たい。……この冷たさからして。
「キアラ、さては魔法を使ったね?」
「問題あるまい?」
たしかに問題があるか否かで言えば問題はない。
しかし彼女の身体は今までとは違い――人間の物となったのだ。彼女自身が問題ないというのならそれを信じるしかないが……。
「そう心配するでない。……さて、では行くかの?」
「そうだね」
活力煙を取り出し、咥える。火をつけようとして――キアラがサッと火をつけてきた。
「ふふ、美人に火をつけてもらうなどなかなか無いのぢゃぞ?」
「あーはいはい。……ありがと」
本当に大丈夫なんだろうね……と言いたいところだけど、大丈夫なんだろう。彼女は自分の限界を見極められない程バカじゃない。
「……冬子、リャン。行こうか」
「そうだな」
「行きましょうか、マスター」
肩をすくめて煙を吹かす。
……のんびりなんてしていられない。さて、マリルのところへ行こうか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、この世界にも裏――というか、スラムのような場所はある。俺やマルキムのように実力があるならまだしも、生半可なAGだったら近寄るだけで武装を剥ぎ取られるような、そんな殺伐とした世界。
アンタレスは大規模な町というわけではないのでスラムの規模も小規模だが、スラムはスラムだ。危険地域であることには変わりない。
「さて……アクドーイ商会はこっちか。よくマリルさんはこんなところで金を借りる気になったね」
「ここで直接は借りてないんぢゃろう。彼氏の保証人になったとかそんなことではないのかの?」
なんという典型的な。ここまで典型的だと、一周回って清々しいまである。いやもっと頭働かせてよと思わなくもないけどね。
「それにしても……不気味なところだな。さっきから視線が私たちに集まっている」
「私たちは身なりのいい『女』ですからね。さぞやいい獲物に見えていることでしょう」
そして真ん中に陣取っている俺は、一見ただの優男だからね。いや実際ただの優男なんだけど。
「京助、お前がただの優男に見えると思っているなら甚だしい勘違いだぞ」
「少なくとも優男では無いでしょう。目つきがヤバいですし」
誰の目つきがヤバいんだよ。あと心を勝手に読まないで。
俺は活力煙の煙を吹かしていると……ドン、と体格の大きい男が俺の肩にぶつかってきた。
「おい……痛ってぇな……」
ぶつかってきた男がギロリと俺を睨みつける。身長差はニ十センチほど……だけど、腕についている筋肉は明らかにハリボテのそれだ。実戦的な筋肉ではない。
顔を見てみると、明らかにこちらを舐め切った嘲笑が浮かんでいた。なるほど、いい女が三人もいるもんだから――男である俺をボコボコにして奪おうとでも考えているんだろう。
ゲスだね。
「ああ、ごめんね。まさか肩がぶつかった程度で怒り出すほど器が小さいとは思わなかったから」
めんどくさいことになると理解した上で、あえて挑発する。俺たちAGは睨みつけて何ぼの商売だ。舐められたら終わる。
ましてこんな暴力だけで生計を立ててます――なんて連中に囲まれたら、殴って切り抜けるのが吉さ。
「テメェ……オレ様が誰か分かっててそんな口の利き方をしてんのか?」
グイッと顔を近づけてメンチを切ってくる。そんなことを言う奴に限って大したことが無いのはどこでもいっしょなんだなって思う。
さてどう言ったものか――と俺がほんの少し思案していると冬子がため息をついてから肩をすくめた。
「お前こそ誰にモノを言っているんだ? そいつはキョースケ・キヨタ。アンタレスに居を構えておいて『魔石狩り』の名を知らんわけではあるまい?」
周囲がざわつく。目の前でメンチを切っていた男も、ビクッとして顔を遠ざけた。その眼に浮かんでいるのは――驚愕。こんなスラムにAランクAGが来るとは思って無かったのかもね。
遠巻きに俺たちを見ていた視線が強まった。先ほどまでの興味や好機の視線じゃない。観察するような、値踏みをするような視線だ。
俺は一歩引いた男に合わせ、一歩踏み出す。
「無駄な争いは好きじゃない。お互いの不注意で肩がぶつかった、それでいいでしょ?」
ニヤリと笑みを浮かべてそう言うと、男は周囲を一瞬確認した後――今さら引けないと悟ったのか腰の剣に手をかけた。
「……ま、『魔石狩り』がこんなところにいるはずがねぇ。そんなハッタリが――」
俺はニヤリと笑ったまま――魔力を放出した。全力の何百分の一でしかない魔力。しかし『殺気』を乗せて放たれたそれは、辺り一帯にいる人間の戦意を挫くには十分だったようだ。
「――そんなハッタリが、何?」
「あ、いや……」
男はスッと剣から手を放し、目を泳がせた。今ので実力差が分かってしまったのだろう。
俺はそれに関しては何も言わず――ニヤリとした笑いでは無く、今度はニコリとした笑顔を張り付けた。
「そうそう、アクドーイ商会って場所を知らない? 俺たちそこを探してるんだけど」
「……ウッス、こっちです」
男は目を伏せて歩き出した。案内をしてくれるらしい。
もう俺たちに好機の視線は刺さらない。誰もかれもが関わるまいと積極的に目を逸らす。おかげで幾分か歩きやすくなった。
「……京助」
少し硬い冬子の声。今みたいな問題解決方法は――確かに、あまり良くは無かったかな。お叱りを受けることを覚悟して振り返ると、冬子はかなり難しい顔をしていた。
「何? 冬子」
「争うための力は、争わないための力にもなりうるんだな」
「……皮肉なことだけどね」
争いは同じレベルのものでしか発生しない。
(カカカッ! 弱い奴にシカイキガレナイ奴と――圧倒的強者を見た男。ドッチの方がヤベェカナンテ一目瞭然ダヨナァ!)
(……そりゃね。覚悟が違う)
お互いが同じ覚悟を持っていなきゃ、争いなんて発生しないのさ。
「俺自身のことなら構わないよ」
いつもの部屋に通された俺は、彼が淹れてくれたコーヒーを振る舞われていた。……一応、毒が入ってないことは確認したけど、妙に上手でイラッとする。
「彼女たちとの夜の生活はどうかね」
「『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する……』」
「分かった、真面目にいこう」
両手を上げて首を振ったタロー。……思いっきり魔法を叩き込もうと思ったのに。
彼はコーヒーを一口飲むと、鋭い眼を俺に向けてきた。
「君は――人族側の人間かね?」
「一応はね」
サラッと嘘をつく。どこに所属するつもりも無いが、Sランカーの前で馬鹿正直に言って敵対する必要もあるまい。
それに――マルキムや、マリル、他にもいくらでも知り合いがいる国とわざわざ敵対するつもりもないからね。
そう思いながら俺もコーヒーを飲むと……タローはふぅと一息ついて椅子にもたれた。
「なるほど、嘘ではないようだな」
「そもそも……人族以外の陣営につくメリットは特にないでしょ」
「いや、そうでは無くてだな」
タローはやれやれ、というようなポーズをとる。
「君は――自分がSランクAG並みの力を持っていることを忘れてはいないだろうね」
「……俺が出会ってきたSランカーたちは、俺よりも明らかに強いんだけど?」
「仮にSランクAGに勝てないとしても、一般からすれば十二分に脅威だ。確かに、十回戦えば六回は私が勝つだろう。相性は悪いがね。だが、君は私を殺せる。Sランカーを殺せるだけで十分警戒に値する」
「……そりゃどうも」
「しかも君は――親しい人間は全て自分の目が届くところに起きたがるだろう。独占欲も強いようだしね」
フッとニヒルな微笑みを浮かべるタロー。
「君は――そうだな。ドラゴンが仲間になると言い出したらどうする?」
唐突に変なことを訊いてくるタロー。
「裏切る可能性が無いか徹底的に調べるかな」
「その通りだ。裏切られた場合に、殲滅するまでにどれほどの被害が出るか分からないからな。――それと一緒だ。君が裏切った場合の被害が計り知れない。だからこうして私がやって来たというわけだ」
……どうにもこうにも。覇王を退けたって武功のせいでしがらみが増えているようだね。分かっていたことではあるんだけどさ。
「……ふむ、君は何か思い違いをしているようだ」
「え?」
タローはコーヒーを注ぐと、グッと一気に飲み干した。
「君は覇王を退けたから警戒されているのではない。私含め三人のSランクAGが、『警戒すべきだ』と判断したからだ。覇王の件に関しては『まあそうだろうな』くらいのものだ」
「……買いかぶりすぎだよ」
「行き過ぎた謙遜は嫌味になるぞ? 現に私の狙撃を防いだだろう」
アレはヨハネスのおかげだ。……と、言いたいけど神器のことには触れたくない。取りあえず肩をすくめておこう。
活力煙を咥えてから、タローの顔をジッと見る。
「どうした? 私の顔に何か付いているか?」
「うん。目に鼻に口に」
テキトーに言ってから、さらによく見るけど……うん、カラコンをしているようには見えないし、染めているような感じもしない。いやこっちの世界にそんな技術があるとは思えないけど。
ってことは……地毛で髪と目が黒いわけか。
「ねぇ、タロー」
「……出来れば私のことはアトラと呼んでくれまいか?」
どうもこの名前で呼ばれるのが心底嫌らしい。……なんで嫌なんだろう。
山田太郎と同じ名前でいいと思うんだけどね。
ここで「異世界人なの?」と聞くことは容易い。容易いけど……それを訊くことはつまり俺が異世界人であることを明かすのと同義でもある。
ただでさえ疑われている状況なのに――さらに疑われるようなことを言う意味はない。だからさっさと切り上げるために別の質問をすることにした。
「なら、アトラ。その程度のことを訊きたいがために俺を呼んだわけじゃないでしょ?」
活力煙の煙を吸い込み、吐き出す。普段なら風の魔法で換気するところだけど、目の前のこいつにはまだなるべく手札を見せたくない。情報としては知っているのかもしれないけど、実際に見せるかどうかはえらい違いだからね。
そう思ってジッとアトラの顔を見ていると、アトラはフッと口の端を歪める。
「その通りだな。メインは――覇王の戦い方についてだ」
そりゃそうだよね。
人族にとって最大の脅威の一つ、というか一人。獣人族の王にして自称世界最強――覇王。マルキムと面識があるようだけど、実際に戦った俺からも話を聞きたいというところだろう。
「何が聞きたいの?」
「簡単なことだ。どうやったら倒せると思った?」
…………。
質問自体は簡単かもしれないけど、ここまで難しいことを訊かれるとは思って無かったね。
俺は顎に手を当てて少し考えるそぶりをする。正直今のところ勝てるイメージが沸いてこない。アレは異常だ。
「……俺の持っている攻撃手段の殆どが防がれた」
「ふむ」
「俺は槍使い、そしてマルキムは剣士、ギルドマスターは拳士だ。取りあえずこの三パターンの攻撃は通用しなかったね。……君がマルキムやギルドマスター以上の剣士、拳士に当てがあるなら試してみたらいいんじゃないかな」
「いない……とは言えないが、純粋な『技』という観点で見たら彼らの上を行くものは五人といまい。君の槍は当たっていたという話だが?」
俺の槍が当たっていた――というか打ち合えていた理由の九割が|終扉開放(ロックオープン)状態だったからだ。ドラゴンと力比べ出来る膂力で誤魔化していたにすぎない。
……って、ああ、そうか。
「覇王を倒すのに最も簡単な方法があったよ」
「……何? 攻略法があるということかね?」
グッと身を乗り出してくるアトラ。その瞳は真剣だ。……SランクAGなのに、少し余裕がないよね。その辺が俺と同じで「若い」と扱われる所以なのかな。
「ある……と言えばあるよ」
「ほう……それはどうすればいいんだ?」
「覇王より強くなる」
俺が言った瞬間、アトラが苦笑いを浮かべた。
「なるほど。それしかないのか。まったく、勘弁してもらいたいものだな」
そう、アレは「彼と打ち合える膂力が無ければ」技が無意味になる。そういう次元の身体能力をしていた。
いくら一の力を百にし、相手の千の力を十にする技を持っていたとしても、一億の力が相手だとどうしようもない。しかも向こうが「何も武術を使わない」なんて思えないしね。
「これを言ったら、アトラも驚くんじゃないかな。覇王は、マルキムとギルドマスターの必殺技を見てから対応したんだよ」
「何でもありだな……」
さしものSランクAGも苦笑以外出てこないらしい。
「マルキムやギルドマスターには聞いて無いの?」
「ギルドマスターは『現役から聞け』としか言われなかったし、ミスターマルキムにはそもそも会えていないからな。しかしそこまでか……是非とも戦いたくないものだ」
「あれ、Sランカーなのに積極的じゃないんだね」
Sランカーは全員戦闘狂なものだとばかり思っていたけど。
そう思って尋ねると、アトラは苦笑いを浮かべた。
「……私は弓兵だぞ。後方援護が関の山さ」
「それにしては喧嘩売って来たよねさっき」
ジト目をむけるとアトラはキョトンとした瞳をむけてから肩をすくめた。
「おや? 君はあの程度の戯れでムキになるほど狭量なのか? ふん、あれほどの美女が周囲にいながらいまだに童貞だというのも納得だな」
これだけ煽ってきていて戦う気が無いとか言うつもりなのか。……相当、腕に自信があるんだろうね。
「……いろいろ言いたいことあるけど、取りあえず俺が童貞なのどこで知ったのさ」
「受付のお嬢さんが言っていたぞ。『キヨタ様はどれだけ誘惑してもなびいてくれない。あれだけ初心だとまだ女を知らないんでしょうね』と」
誰が言ったか知らないけど、燃やしてやろうかな……。
俺はため息を一つついて、活力煙の煙を肺に吸い込む。
「ま、それはどうでもいいんだ。他に何もないのなら俺は急ぐ用事があるから失礼してもいいかな?」
「そうだな……今日のところは顔つなぎのようなものだ。そういえば、以前はこのギルドにはメガネをかけた理知的な女性――確か、ミスマリルと言ったかな。彼女がいたと思ったんだが、今日は見なかったな。休みなのか?」
「……その件を解決したいから動かないといけないんだよ、俺は」
まさかアトラがマリルのことを知っているとは思わず、俺は吐き捨てるように言ってしまう。
「彼女を助けなきゃいけないんだよ、こっちは」
「そうか……。ちなみにどんな状況なのか手短に説明してくれるかい?」
「マリルさんが男に騙されて巨額の借金を負った上に今借金奴隷」
「彼女ならやりかねんな」
マリルの置かれた状況って、何度確認しても闇金ウ〇ジマくんなんだよねぇ。そうは言っても大金貨400枚……現代で行くと借金400万円くらい? それなら再起の可能性もワンチャンあるかな。
なんて思っていると、アトラはふむ……と顎に手を当てて少し頬をひきつらせた。
「ミスター京助。ちなみに借金の額は?」
「大金貨400枚」
「恐らくそれは何倍かになっているぞ」
真剣さと呆れが半々になって俺を見つめるアトラ。
「……やっぱり?」
「当り前だ。……ちなみにどこの業者かね?」
「アクドーイ商会」
「……なるほど、面倒な相手だな。一つ言えるとするならば――ミスター京助。今回ばかりは力押しは難しいぞ」
いやに真剣なまなざしを向けてくるアトラ。
「どうして?」
「ミスマリルに金を貸し、そして奴隷にする――これはギリギリ合法な行為だ。つまり、問答無用で叩き潰せば問題になる。特にAランクAGの君がやるとな」
「厄介だね」
だからギルドマスターがアレをくれたのか。
「……ギルドマスターが、逮捕しろって言ってたけど」
「生半なことでは奴らの悪事を暴くことは出来まい。……恐らく、アクドーイとミスマリルを誘惑した男は繋がっているだろう」
「その線で動くしかないかな」
「分からんが。……取りあえずアクドーイに行ってみてはどうだ」
「言われなくてもそのつもり」
「そうか。何かあったら言いたまえ。私も及ばずながら手を貸そう」
「……Sランカーに手を貸して貰えるならこれ以上の増援は無いでしょ。その時は言うよ」
「フッ。では取り調べはまた次の機会だ。さっきも言った通り、今日は顔つなぎのようなものだからな」
とまあそういうわけでアトラとの会話を終えて、俺は冬子たちのところに戻ってきた。
「どうだった?」
「取りあえず今日は帰っていいってさ」
結局、こちらも何も聞けずじまいで終ってしまった。本当に顔つなぎみたいになっている。……それにしては狙撃されたけどね。
「そうか……。では、アクドーイ商会に行くか?」
「そうだね。キアラとリャンは?」
ギルドの中では冬子しか待っていなかったので尋ねると、どうも彼女らは飲み物を買いに行っているらしい。
「私がじゃんけんで勝ったからな。二人が買い出しに行ったんだ」
「……なるほどね。じゃあ彼女らが戻ってきたら行こうか」
「ああ、そうだな」
冬子と軽く話していると、キアラとリャンが戻ってきた。
「おお、キョースケ。思ったよりも早かったのぅ」
「マリルさんの問題について話したらすぐに帰してくれたんだ。どうも知り合いらしい」
キアラが買ってきてくれた飲み物――どうも牛乳みたいだが――を手に取り、グイッと煽る。
冷たい。……この冷たさからして。
「キアラ、さては魔法を使ったね?」
「問題あるまい?」
たしかに問題があるか否かで言えば問題はない。
しかし彼女の身体は今までとは違い――人間の物となったのだ。彼女自身が問題ないというのならそれを信じるしかないが……。
「そう心配するでない。……さて、では行くかの?」
「そうだね」
活力煙を取り出し、咥える。火をつけようとして――キアラがサッと火をつけてきた。
「ふふ、美人に火をつけてもらうなどなかなか無いのぢゃぞ?」
「あーはいはい。……ありがと」
本当に大丈夫なんだろうね……と言いたいところだけど、大丈夫なんだろう。彼女は自分の限界を見極められない程バカじゃない。
「……冬子、リャン。行こうか」
「そうだな」
「行きましょうか、マスター」
肩をすくめて煙を吹かす。
……のんびりなんてしていられない。さて、マリルのところへ行こうか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、この世界にも裏――というか、スラムのような場所はある。俺やマルキムのように実力があるならまだしも、生半可なAGだったら近寄るだけで武装を剥ぎ取られるような、そんな殺伐とした世界。
アンタレスは大規模な町というわけではないのでスラムの規模も小規模だが、スラムはスラムだ。危険地域であることには変わりない。
「さて……アクドーイ商会はこっちか。よくマリルさんはこんなところで金を借りる気になったね」
「ここで直接は借りてないんぢゃろう。彼氏の保証人になったとかそんなことではないのかの?」
なんという典型的な。ここまで典型的だと、一周回って清々しいまである。いやもっと頭働かせてよと思わなくもないけどね。
「それにしても……不気味なところだな。さっきから視線が私たちに集まっている」
「私たちは身なりのいい『女』ですからね。さぞやいい獲物に見えていることでしょう」
そして真ん中に陣取っている俺は、一見ただの優男だからね。いや実際ただの優男なんだけど。
「京助、お前がただの優男に見えると思っているなら甚だしい勘違いだぞ」
「少なくとも優男では無いでしょう。目つきがヤバいですし」
誰の目つきがヤバいんだよ。あと心を勝手に読まないで。
俺は活力煙の煙を吹かしていると……ドン、と体格の大きい男が俺の肩にぶつかってきた。
「おい……痛ってぇな……」
ぶつかってきた男がギロリと俺を睨みつける。身長差はニ十センチほど……だけど、腕についている筋肉は明らかにハリボテのそれだ。実戦的な筋肉ではない。
顔を見てみると、明らかにこちらを舐め切った嘲笑が浮かんでいた。なるほど、いい女が三人もいるもんだから――男である俺をボコボコにして奪おうとでも考えているんだろう。
ゲスだね。
「ああ、ごめんね。まさか肩がぶつかった程度で怒り出すほど器が小さいとは思わなかったから」
めんどくさいことになると理解した上で、あえて挑発する。俺たちAGは睨みつけて何ぼの商売だ。舐められたら終わる。
ましてこんな暴力だけで生計を立ててます――なんて連中に囲まれたら、殴って切り抜けるのが吉さ。
「テメェ……オレ様が誰か分かっててそんな口の利き方をしてんのか?」
グイッと顔を近づけてメンチを切ってくる。そんなことを言う奴に限って大したことが無いのはどこでもいっしょなんだなって思う。
さてどう言ったものか――と俺がほんの少し思案していると冬子がため息をついてから肩をすくめた。
「お前こそ誰にモノを言っているんだ? そいつはキョースケ・キヨタ。アンタレスに居を構えておいて『魔石狩り』の名を知らんわけではあるまい?」
周囲がざわつく。目の前でメンチを切っていた男も、ビクッとして顔を遠ざけた。その眼に浮かんでいるのは――驚愕。こんなスラムにAランクAGが来るとは思って無かったのかもね。
遠巻きに俺たちを見ていた視線が強まった。先ほどまでの興味や好機の視線じゃない。観察するような、値踏みをするような視線だ。
俺は一歩引いた男に合わせ、一歩踏み出す。
「無駄な争いは好きじゃない。お互いの不注意で肩がぶつかった、それでいいでしょ?」
ニヤリと笑みを浮かべてそう言うと、男は周囲を一瞬確認した後――今さら引けないと悟ったのか腰の剣に手をかけた。
「……ま、『魔石狩り』がこんなところにいるはずがねぇ。そんなハッタリが――」
俺はニヤリと笑ったまま――魔力を放出した。全力の何百分の一でしかない魔力。しかし『殺気』を乗せて放たれたそれは、辺り一帯にいる人間の戦意を挫くには十分だったようだ。
「――そんなハッタリが、何?」
「あ、いや……」
男はスッと剣から手を放し、目を泳がせた。今ので実力差が分かってしまったのだろう。
俺はそれに関しては何も言わず――ニヤリとした笑いでは無く、今度はニコリとした笑顔を張り付けた。
「そうそう、アクドーイ商会って場所を知らない? 俺たちそこを探してるんだけど」
「……ウッス、こっちです」
男は目を伏せて歩き出した。案内をしてくれるらしい。
もう俺たちに好機の視線は刺さらない。誰もかれもが関わるまいと積極的に目を逸らす。おかげで幾分か歩きやすくなった。
「……京助」
少し硬い冬子の声。今みたいな問題解決方法は――確かに、あまり良くは無かったかな。お叱りを受けることを覚悟して振り返ると、冬子はかなり難しい顔をしていた。
「何? 冬子」
「争うための力は、争わないための力にもなりうるんだな」
「……皮肉なことだけどね」
争いは同じレベルのものでしか発生しない。
(カカカッ! 弱い奴にシカイキガレナイ奴と――圧倒的強者を見た男。ドッチの方がヤベェカナンテ一目瞭然ダヨナァ!)
(……そりゃね。覚悟が違う)
お互いが同じ覚悟を持っていなきゃ、争いなんて発生しないのさ。
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