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第五章 ターニングポイントなう

108話 守る力なう

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 パチリ、と目を覚ました。
 ……治癒院のベッドの上で。

「あー……冬子に怒られそうだね」

「ほう、よくわかっているじゃないか。キョースケ」

 背後に『ゴゴゴゴゴゴゴ』と書き文字が見えてきそうな程額に青筋を浮かべた冬子が俺の横に立っていた。

「えーと……本日はお日柄もよく」

「そうだな。お前を折檻するにはいい天気だ」

 ぽきぽきと指を鳴らす冬子。

「OK、落ち着いて話をしよう。人間には口がある。言葉がある。これは動物では出来ないことだよ」

「そうだな。私もお前が落ち着いて対話してくれていればこんなに心配しなかったんだがな……お前は肉体言語が好きなようだから私もお前と同じ土俵で怒ろうという話だ」

 よし、もうダメだということはハッキリと分かった。

「分かった、落ち着いて冬子。きっと君は誤解している」

「一部始終見ていたんだが」

 なんでだよ。

「お前はマルキムさんにいきなり殴りかかっていただろう」

「……あんだけ殺気を叩きつけられればそりゃそうなるさ」

「殺気という程のものでもあるまい。……確かに凄い圧だったが」

 そう言ったかと思ったら冬子は俺のベッドに腰掛けて――グッと俺の胸ぐらをつかんだ。

「京助。私は口下手だ」

 にっこりとほほ笑む冬子。……いつもなら冬子の笑顔を見たら心が晴れるはずなのに。どうしてだろう……こんなにも寒気がするのは。

「……そ、そうだね」

 頬をひくつかせて辛うじてそう答えると、冬子はにっこりとした顔のまま拳を振り上げた。

「冬子、その拳をどうするつもり?」

「……私は口下手だ。しかし京助、お前は口が巧いだろう」

 俺の問いに答えず冬子は胸ぐらを掴む手に力を籠める。

「だから話しているうちにいつの間にか怒りが消えているしかもしれない。それでは困るんだ」

「う、うん?」

 よく分からない理屈を言いながら――冬子は、クワッと目を見開いた。

「お前は! 何度私を心配させたら気がすむんだ! バカ! バカーっ!」

「ぐはっ!」

 バキィッ! と俺の頬に冬子の拳が叩きつけられた。
 全然痛くない拳――だけど、冬子が怒っていることだけはよくわかった。

「……ごめんね、冬子」

「まったく。……そんなに好き勝手ボロボロになって帰ってくる奴は看病してやらん。どうせお前のことだ、すぐに回復するんだろう」

 そう言って冬子は頬を膨らませると……フイッとそっぽを向いてしまった。
 その姿はとても可愛いんだけど……本当に心配かけちゃったんだね。
 どう謝ったものか……とおもっていると、そっぽを向いたまま冬子がぼそりと呟いた。

「……その、だな」

「うん?」

「元気になったら私に……甘いモノでも食べさせに行ってくれたら、許してやらんこともない」

「……また王都でも行こうか。それとも別の街? アンタレスでもいいね」

「任せる。私を満足させない限り許さん」

 そう言ってずかずかとドアの方へ歩いて行く。

「……ふん」

 最後にもう一度鼻を鳴らして、冬子は部屋から出て行ってしまった。
 扉の方をなんとなく眺めながら、俺は活力煙を懐から取り出し口に咥える。

「ふぅ~……」

 体の状態を確認すると……うん。これなら問題ないね。
 俺は立ち上がり、部屋から出て行こうとすると――

「その、ですね」

 ――治癒院のおじさんが出てきて、苦笑いを浮かべた。

「院内は禁煙です……というよりも、朝退院していきなり戻ってくるのはやめていただけると……その」

「いやぁ……俺もまさか戻ってくるとは」

「まあ治癒院に来るほどの怪我では無かったんですが、奥様が『こいつは反省しないから反省するまで閉じ込めてください』とえらくご立腹で……」

「待って、奥様って?」

 俺はまだ結婚していない。つまり奥さんはいない。
 そう思って尋ねると、キョトンとした顔をされた。

「先ほど出て行かれた方は奥様では無いのですか?」

「あー……冬子か」

 俺は活力煙の煙を吸い込みながら苦笑いする。

「彼女はAG仲間だよ。よくクエストにはいくけど」

「そうなのですか。先ほど『旦那様のことが心配ですか?』と尋ねましたところ否定されませんでしたので……」

 冬子、何してるの?

「それに、キョースケ様は有名ですからね。アンタレスでも指折りの美人を侍らせている男として」

「その噂の出所は誰だ」

 どうせサリル辺りだろうけど。
 俺がため息をつくと、治癒院のおじさんも苦笑いを浮かべた。

「まあ、実は回復魔法も使っていませんので……今日はこのままお帰りいただいて結構です」

「いや、ベッドを貸して貰ったのにそれは……」

「いえ大丈夫です。それよりも今度寄付でもしていただければ。まだ大きくなったばかりでして色々足りていませんので」

「ならそれで。今度纏まった金が入った時にでも寄付させていただきますよ」

「ええ、お待ちしております。……そういえば名乗り忘れていました。私、アンタレス治癒院の責任者且つ院長をしておりますラド・ラッグといいます」

「よろしく」

 俺はそう言って一つお辞儀をしてから今度こそ治癒院を出る。
 外は晴れていて……時刻はお昼過ぎを回ったところか。

『覇王に勝ちたいんだよ!』

「……まさか俺があんなこと言うなんて」

 ついムキになってしまったかもしれない。というか、あそこまで煽られてムキにならない方がおかしいと思う。
 マルキムと殴り合って、言い合って……スッキリしたね、多少は。

「……今のままじゃ、ダメだよね」

 俺の持つ手札は全て通用しなかった。魔法も、槍も、俺の得意技は全部効かなかった。っていうかあの魔法で倒せないってなんだよ。消し炭すら残さないレベルの火力だったんだけど。
 奥の手だった……終扉開放ロックオープンでも手応えが無かった。っていうか狂化してたせいでいまいち記憶がないけど、倒せなかったらしいからそれでも勝てなかったんだろう。

「それがマズかったね……」

 今まで、どんな敵が来ても「まあ終扉開放ロックオープンすればワンチャン」くらいに思っていた。けど見込みが甘かった。
 それでやっと同じ土俵――なんて思いもしなかった。

「じゃあどうするか……」

 そのことをマルキムやキアラに相談したかったというのに、マルキムはあんなだったし。
 ……でも、やっぱり。俺が強くなるにはマルキムに教えてもらうしかないよね。

「取りあえずご飯食べてから考えよう」

 冬子にも会いづらいしね。
 そんなことを思いながら、俺は近くにあった店に入った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「………………」

「………………」

「ご、ご注文は……な、なにになさいますか……?」

 店員さんにパーフェクトな作り笑いを浮かべて「ランチセットで」と言ってから俺は向かいの席に座る。
 誰の向かいの席かって?

「店内だと太陽が増えなくていいね」

「だからオレのこれはファッションだ!」

「はいはいファッションファッション。毛根死滅系ファッションね知ってる知ってる。ギルドのお姉さんから『昔はふさふさだったんですけど、ある日から頭頂部が……』って言われてたファッションね」

「誰だそんなこと言ってたやつ!」

 俺が肩をすくめると、マルキムは憮然とした表情になった。

「……無駄な偶然もあったものだね」

「狙ったとは思わんから……まあ、変な偶然もあるもんだな」

「というか、冬子に怒られたんだけど」

「愛されてる証拠じゃねえか。オレも怒られたぞ、『あそこまでボコボコにする必要はあったんですか!?』っつってな」

 マルキムは葉巻を咥えて火をつける。灰皿を見る限り、結構前からマルキムはこのお店にいたね。
 俺も活力煙を取り出して口に咥える。

「今度何か甘いモノ奢ることになったんだよ? どれだけ散財させられることか」

「そうは言っても聞いたぞ、お前あの嬢ちゃんにドレスをプレゼントしたらしいじゃねえか」

「それはほら……必要だったからだし」

「お高いレストランにでも行かねえ限り着ねえだろ、AGがドレスなんか」

 お高いレストラン、というところで露骨に目を逸らしてしまったからか、マルキムが物凄いジト目をむけてくる。

「……キョースケ、お前どんだけあの嬢ちゃんのこと好きなんだよ」

「別にそういうわけじゃない。彼女の誕生日だったから行っただけだよ」

「ほー、そうかい。ペアリング付けてるのも誕生日だからかい?」

「ペアリング?」

 キョトンとして聞き返すと、マルキムはあんぐりと口を開けて「こいつ……」みたいな顔になった。

「嬢ちゃんと全く一緒の指輪付けてんじゃねえか」

「ああ、これ」

 俺は右手を天井に向け、指輪を眺める。

「ただの魔道具だよ。それ以上でもそれ以下でも無い」

「ほー……」

 物凄いジト目。視線だけで人を一人胃痛に出来そうなレベルだ。

「ま、まあそれは置いておいて」

 俺は思いっきり話題を逸らしながら、活力煙の煙を吐きだした。

「……マルキムはどれくらい前から目を覚ましてたのさ」

「あん? バカ言ってんじゃねえよ。オレは最初から気絶なんてしてねぇ。気絶したのはテメェだけだキョースケ」

「へぇ……さっきちゃんと治癒院のラドさんから聞いたよ。マルキムさんは治癒魔法が必要なレベルでしたって」

「なっ、あのおっさん黙ってろって!」

「あ、マジだったんだ」

 俺がかまをかけただけと気づいたのか、マルキムは顔を真っ赤にしてテーブルをぶっ叩いた。

「テメェ、キョースケ!」

「あはは、男の赤面とか誰得」

 俺はそう言いながら、天井を見上げる。
 活力煙の煙がふわ~……と天井の方へ溶けていき、消える。その光景を眺めているとなんだか自分が「普通の人間」である錯覚を覚える。

「……俺のこと、どこまで聞いた? キアラから」

 天井を見上げながらそう訊くと、マルキムは葉巻を灰皿に押し付けながら「あん?」と言って俺の方を向いた。

「どこまでって……別に、しょげてるから励ませくらいのもんだが」

「マルキムにハゲませだなんてキアラも残酷な」

「はッ倒すぞ」

「そうじゃなくてさ」

「あん? ……ああ」

 マルキムは新しい葉巻を取り出すと、再び火を付けながら店員さんを呼んだ。

「そっちはアルから聞いたよ。こっちの人間じゃないってことだろ」

 ギルドマスターから……か。
 たしかに俺が異世界人であることを知っているのは……俺の仲間を除けばギルマスとマリルさんくらいか。その二人が言いふらしていたらその限りじゃないけど。
 ……こっちの世界に来てばっかりの俺って用心してないねぇ。

「異世界なんてもんがあるとは思って無かったが……それならお前の常識はずれの実力も納得がいく」

「常識外れの実力だなんて、俺より強い人から言われたら嫌味にしか思えないよ」

 肩をすくめてそう言うと、マルキムはニヤリと笑って伸びをした。

「何言ってんだ。お前の年齢なら十分過ぎるほどの実力だろうが。何が不満だよ」

「さっき言ったでしょ」

 俺は活力煙の煙を吐きだしながら言う。

「覇王に勝ちたい。……そのために、俺はもっと強くならなくちゃいけない」

「…………そうかよ」

「だからさ、マルキム」

 俺はマルキムにスッと頭を下げる。

「俺を――強くしてほしい」

「……ここ数日、いろんな奴に頭下げられてばっかりだな」

 そう言ったマルキムは、席を立とうとする。

「マルキム」

 だから俺はグッとマルキムの腕を掴んで席に無理矢理戻して、マルキムの目をジッと見つめた。
 しばらくの無言。

「…………確かに、誰かに勝ちてえってのは命を賭けるに値する理由だ」

「なら」

「だが――オレには、何かを教える資格は無い。他を当たってくれ。オレのあの力は――誰かを傷つけるためにしか使えねえもんだ」

 少し、悲しそうな表情。怒るでも、苛立つでもなく、悲し気な表情。まるで過去の何かを思い出したかのような――そんな、顔。
 それの答えを俺は、黙ったまま……懐から手紙を取り出した。
 アンタレスの事件で、リューから貰った手紙。その内の一枚。
 だ。

「……そりゃ、なんだキョースケ」

 唐突に手紙を取り出した俺に訝し気な目を向けるマルキム。俺は活力煙の煙を吸い込みながらマルキムに手紙を押し付けた。

「リューから、マルキムに」

「………………は?」

「ちなみに俺が貰った手紙にはこう書いてあった。『貴方に足りない強さを確実に、レオさんは教えてくれるデス。そしてどうしても教えてくれなかった時は、もう一通の手紙を渡してくださいデス』って」

 俺は活力煙の灰を落としながら、マルキムに視線を向けた。

「知ってるよ、俺も。そうでしょ? リューのお父さんのお弟子さん?」

 マルキムの目が見開かれる。
 なんでそれを……って顔だね。

「それもリューからの手紙に書いてあった」

「……あいつ、そこまでキョースケのことを」

 そう言いながら、マルキムはぺらりと手紙を読み始めた。
 真剣な表情をするマルキムを見ながら、俺は活力煙の煙を吹かす。天井へ溶けていくそれを眺めながらマルキムの様子を伺うと……彼は、どこか懐かしい眼をしていた。

「マルキム?」

「ああ……ああ、そういやそうだった。そういや……あの人からそんなこと言われたなぁ」

 何が書いてあったのか、俺にはうかがい知れないが……懐かしいことでも書いてあったんだろうね。
 マルキムは何度もその手紙を読み返していたようで……やがて顔を上げると、俺に笑みをむけてきた。

「…………そうか、そういえばそうだったよ、オレも。っつか、言えばその程度……助けに行ったってのによ、変な気使いやがってあいつ」

 何か、彼の中で繋がったのだろうか。
 マルキムは諦めたような、懐かしむような、そんな複雑そうな笑みを浮かべている。

「キョースケ」

「うん」

「…………リューに免じて、教えてやるよ。嬢ちゃんと、あの獣人の姉ちゃんも連れてきな。いっしょに鍛えてやる」

「……いいの?」

「ああ。……昔、おやっさんに言われたことを思い出したよ」

「なんて言われたの?」

「……『人を守る力ってのは、単なる戦闘力だけじゃねえ。自分の身を守れるように育てるのもまた守るための力だ』ってな」

 ああ。
 なんかその人、師匠とかに向いてたんだろうな……って感じだね。その人に鍛えられて今のマルキムがあるのか。

「だからキョースケ。……テメェが覇王を片手でひねりつぶせるくらい鍛えてやる。覚悟しておけ」

「はは、それは頼もしいね」

「厳しいぞ?」

「望むところだよ。――もう、負けない」

 そう言ってマルキムの目を見ると……マルキムは、いつもの顔になって俺の頭をワシャワシャと撫でまわした。

「よし! それなら修行だ! ……の前に、オレの知ってる一番槍の扱いが巧い奴を連れてくる。修行はそれからだな」

「槍術の達人? 宝蔵院流の人?」

 槍使いと言えばこの人とあとクーフーリンと本多忠勝くらいしか思い浮かばない。
 そう思って尋ねたけど、マルキムは「何言ってるんだこいつ」みたいな目で見てきた。

「ホーゾーイン……? よく知らんがシュンリン・トレジャグラっていう神仏に届く域の槍と謳われた俺の知る限り最高の槍術師だ。全盛期は二段階進化していない『職』でありながら相性のいい魔物であればSランクにも届きうると言われた化け物だぞ」

 化け物だね。

「……そんな人に教えを乞えるの?」

「ああ。あの人は自分の槍を広めたくて若い頃は諸国漫遊していた人だ。お前のことを聞かせれば必ず来てくれるだろう」

 自分の極めたモノを後世に伝えたい気持ちはよくわかる。

「一応、戦争の時に仲良くなってな。ちょっと会いに行ってくる。一週間もあれば大丈夫だろう」

「なら、一週間後からかな」

「ああ。……ホント、キョースケ。いい友達に恵まれたと感謝しろよ」

「もちろんだよ」

 いつ言ったんだか。
 強くなるためには――人と出会うこと。
 出会いが人を強くする。

(……自分で言っておいて自分でそれを思い知ることになるとは)

 俺は活力煙を灰皿に押し付けてから、背もたれに体重を預ける。

「じゃあ、オレは行くぞ」

「うん」

 マルキムがそう言って席を立ったタイミングで料理が運ばれてきた。
 俺はその料理に手を付けながら……どのタイミングでリャン達と合流しようかと思案する。
 ……キアラはさておいて、残りの二人はカンカンに怒っていそうだから。
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