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第五章 ターニングポイントなう

106話 よりどりみどりなう

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 さて翌朝。

「……うーん、別に二日酔いになった様子もないし、昨日の夜にキアラにかけてもらった回復魔法で全快したから今日は退院できるかな」

 なんて言いながら――俺は、起き上がれないので活力煙を取り出し、風魔法で口もとまで運び火魔法で活力煙に火をつける。

「うーん……」

 なんで俺が起き上がれないのかって?
 …………それはね。

「右手はリャン、左手はキアラ。そして俺の上に冬子が寝てるからなんだ……」

 というか、いくら寝ていたとはいえ、こんな簡単にマウントと腕をとられるなんて……。どれだけ油断してたんだろうか俺は。
 みんなは気持ちよさそうに寝ているので起こすのもしのびない。俺はのんびりと活力煙を吹かしながらぼーっと天井を見上げる。

「皆幸せそうに寝てるなぁ……」

 俺としては速いところ朝ご飯を食べて退院手続きなどをしたいところだけど……。困ったね。
 二度寝……するかな。
 なんて考えていたら、俺の上で「うむ……むにゃぁ……京助……」と冬子が寝言を言っている。なにこのかわいいいきもの。

「あー……うん」

 流石に……男子高校生の身としてはちょいとツラいものがある。そろそろ起きていただこうか。
 何がツラいって? ……俺にも人並みに羞恥心ってものがあるからね。それは流石に言えないよ。

「取りあえず……リャン、キアラ。起きて」

 俺はひとまず自分の両サイドで寝ている美女二人を起こす。この二人にのしかかられていると動けないからね。というか腕のしびれが限界。
 ゆさゆさと二人を揺らすと……「うむ……」とか「ふぁ……」とか言いながら二人とも目を覚ましてくれた。

「おはよう、よく眠れた?」

「え……ま、マスター!? なんで私のベッドに!?」

「それはこっちのセリフなんだよねぇ」

「ほっほっほ。まあキョースケも若い男子ということぢゃ。察してやれ、ピアよ」

「OK、キアラは俺に喧嘩を売ってるってことでいい?」

 っていうかどいてよ二人とも。

「マスター……その、私は……確かにこの身を捧げる覚悟はしておりますが……せめて、せめてシャワーくらい浴びたいというか……」

「リャーン? 俺のことを何だと思ってるの?」

「その……い、意外とマニアックなんですねマスター。ですが、それにお応えするのも私の務め。頑張らせていただきます。……その、優しくしてくださいね?」

「なんでそんな『覚悟を決めました! カモン!』みたいな空気醸し出してるの!? しないよそんなこと!?」

「キョースケよ。避妊はしっかりしておくんぢゃぞ」

「よしキアラ、その喧嘩買った」

「ならばベッドの上で決着をつけようかの。勝利条件は先に――」

「言わせないからね!? っていうか、速く二人とも俺の上からどいて! じゃなきゃ冬子が起きちゃうでしょ!」

「なんぢゃ、起きて欲しくないのかの?」

 ……いや、別に起きてもらった方がいいか。

「そういや別に起きられても問題ないね。っていうか、それよりも二人ともそろそろ腕が痺れて限界……」

 そう言ったところで、フッと腕のしびれが治った。いや助かるけどそうじゃない。

「これでしばらくは大丈夫ぢゃろう」

「いやそうじゃなくてどけって言ってるんだよ? キアラ」

「そうですよ、キアラさん。そこをどいてください。マスターは私の布団に入ってきたんですから」

「さては寝ぼけてるね、リャン!?」

 リャンの方を見ると、ボーっとしている。……リャンって朝に弱いのかな。

「とにかく、キアラ、リャン。俺の上からどいて。そしてなんで俺のベッドに忍び込んでいたのか白状してもらおうか」

 流石にこのままじゃ拉致が明かないので、無理やり二人を持ち上げてベッドの横に放り投げる。

「うみゅっ!」

「いたっ……。マスター……あれ? ここは?」

 リャンが正気に戻った……ように見えてまだ眠そうだ。
 それにしても、こんなに騒いでるのに冬子は全然起きない。なんでだろうか。

「えーと……マスター。私はなんでマスターの病室で寝ていたんでしょうかぁ?」

 何となくまだ起きていない様子のリャン。

「どうせキアラのせい」

 そう言いながらじろりとキアラを睨みつけると、キアラはわざとらしく唇を尖らせてそっぽを向いた。

「失礼な。妾はお主のためを思ってぢゃな」

「寝言を言いたいならもう一回寝る? 寝かしつけてあげようか物理で」

 俺の上に乗っている冬子を一旦横にどかして、半身を起こしてから『パンドラ・ディヴァー』をとりだす。

「場合によっては斬る」

 思いっきりジト目で睨みつけたら、キアラは肩をすくめてから額に指を当てた。

「ふむ……そうぢゃのぅ。お主、最近アレぢゃろ? 娼館にも言ってないぢゃろ?」

「最近どころか一度も行ったこと無いけどそれで?」

「溜まっておるぢゃろ」

「何を? とは聞かないよ。それで?」

「三人もいればより取り見取りぢゃろ。しかも向こうから寝所に入ってきたという心のセーフティ付きぢゃ。お主は誘われたから仕方なく相手のメンツを潰さないために抱くだけぢゃ。ほら、何もマズいことはあるまい?」

 どや顔のキアラ。今までのようにニヤニヤとした表情ではない。善意がビシビシと伝わってくる。えーと……これ、マジで言ってるっぽいなぁ……。

「えーと……キアラ」

「なんぢゃ?」

 ホントにキョトンとしているキアラ。なんなら「褒めても良いのぢゃぞ?」みたいな顔をしている。

「えっとだね……俺は、その、皆を抱きたいけど我慢してる!! ……ってわけじゃ、無いからね?」

「なん……ぢゃと……」

 絶句するキアラ。いやなんぢゃとって言ってるから絶句はしてないか。

「お主は――斯様な美女を選び放題の状況なのに何も思っておらんのか!?」

「いや、思うところが無いわけじゃないけど……」

「リャンも冬子も、無論妾も! 甘い言葉を囁いて押し倒せば即OKなんぢゃぞ!? 何を我慢する必要があるんぢゃ!?」

 マジで驚いているキアラ。えーと……。

「ほれ……お主も本音を言ってみるのぢゃ。それとも……それとも! お主は本当に同性愛者なのか!?」

「いや俺は普通に女の子が好きだよ。恋愛的にも、そういうことにも」

「ならばなぜぢゃ!?」

 隣のリャンはまだなんとなくボーっとしており、冬子は眠っている。うん、なんなんだろうねこの状況。

「……そういうのは恋人同士でするもんでしょ」

 活力煙の煙を吸い込みながらそんなことを言うと、キアラはポカーンとした後に……腹を抱えて笑い出した。

「あっはっは! お、お主……前に妾に言った『初めては好きな人と』っていうのは本気ぢゃったのか……はははは!」

 なんかすっごい笑われてる。
 キアラはひとしきり笑うと、涙を拭ってから立ち上がった。

「アレは照れ隠しではなく本心で言っておったのか」

「そうだよ。悪い?」

「いいや? 悪くはないが――青いのぅ、と」

 そう言ってキアラは俺へ近づくと、何故か耳打ちするようにそっと小声でつぶやいた。

「それは構わんが――手遅れになるやもしれぬのぢゃぞ?」

 ハッとキアラの顔を見ると――その瞳は、真剣なものだった。
 手遅れ――つまりはこういうことだろう。
 俺は、いつ死ぬか分からないんだぞ、と。

「…………」

 分かっているようで、あんなに殺されかけておきながらそれを理解出来ていなかった自分に少し嫌気がさす。
 嫌気が刺すが――それと同時に、キアラの言いたいことも分かる。
 だけど……。

「…………言われるまでもない、よ。ただ、心配してくれてありがとう」

 キアラから目を逸らしながら、そう言う。
 するとキアラはニヤリといい顔で笑い、伸びをしながら出口へ向かった。

「うむ。では妾は買い出しに行ってこようかの。お昼ご飯はここで食べるぢゃろう?」

「そりゃね。どうせ退院は昼過ぎになるだろうし。っていうか、二人にかけてる魔法解いてから行ってよ」

 リャンが未だポーッとしてるのも、冬子がむにゃむにゃしてるのもたぶんキアラの魔法のせいだろう。
 そう思ってキアラに言うと、キアラは悪戯っ子の笑みを浮かべた。

「ほっほっほ。早速お主に魔法の特訓ぢゃ。それを自力で解くが良い」

「えっ……ちょっ、キアラ!」

「ではの」

 そう言ってキアラは改造巫女服の裾をヒラヒラさせながらどこかへ歩き去ってしまった。……ちなみに、キアラの改造巫女服は同じ奴を何着も持っているらしく、たまに洗濯して干してある。なんでやねん。

「えー……」

 まあ、やるか。
 ……ちなみにその後頑張った結果、二人とも睡眠魔法は解けたんだけど冬子からは「まだ早い!」と思いっきり殴られました。なんでさ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「本当に治ってらっしゃる……し、失礼ですが本当に人間ですか?」

 本当に失礼だなこの治癒院のおっさん。

「ということで、お世話になりました。お代は……」

 俺が大金貨の袋を取り出そうとしたところで――治癒院のおっさんは首を振った。

「ああいえ、先払いでお連れの方に払っていただいております。というか、二週間ほど入院していただくつもりでしたので、その差額分をお返ししなくてはなりません」

 あれ、そうなのか。
 残りの金を持ってくると言って奥に引っ込んだのを見送り、することが無いのでボーっとしていると……。

「おう! ……なんだぁ、キョースケ。もう退院すんのか」

「マルキム!」

 そう言いながら、マルキムが入ってきた。

「ここ、院長室的な所なのに入っていいの?」

「ん? いや、その院長からここにお前がいるって聞いたんだぞ。もう退院の手続きをしてるってな」

 そうだったのか。どうりでこっちにすぐに来たと思ったよ。

「……マルキム」

 俺は立ち上がって、マルキムに頭を下げる。

「助けてくれて、ありがとう」

 そう言うと、マルキムは照れくさそうな顔になって「よせよ」と言って手を振った。

「オレは……まあ、人として当然のことをしたまでだ。だがまあ……男が頭下げたんだ。受け取っておくぜ、その礼は」

 はにかみながら笑うマルキムは、とてもあんな戦いをするような男に見えない。あんな隔絶した力を振るう化け物のような男だとは。
 だけど――それでも、俺の命の恩人だ。俺の、仲間だ。
 そんなことを思っていると、マルキムは頭を掻いて「あー……」とか言いながら困った顔になった。

「? どうしたの、マルキム」

 様子が変なので尋ねると、マルキムは何か覚悟を決めたような真剣な面持ちになった。

「……キョースケ、この後時間あるか?」

「え? ……まあ、今日はどうせ休みにするつもりだから暇だけど」

 そう答えると、マルキムは苦い顔をしながら「そうか」と言って作り笑いを浮かべた。

「なら、ちょっと付き合ってくれ」

「構わないけど、どこに行くの? ご飯なら助けてくれたお礼に奢るよ」

 流石に俺の入院費で少し懐が寂しいけど、見栄を張るくらいの金は残ってる。

「ん? ああいや、そういうんじゃねえよ。まあすぐにわかるさ」

「そう。まあ取りあえず外に出ててよ。こっちが終わったらすぐに行くからさ」

 俺はそう言ってマルキムを外へ出し、院長からお金を受け取った。

「何か気を付けることはありますか?」

「そうですね、さっき診察したところほぼ異常はありません。強いて言うなら魔力の回復が未だに続いていること……くらいですかね」

 なにそれ怖い。
 ……あの時、魔力は無理矢理『パンドラ・ディヴァー』で供給しながら動いてたけど……それでも魔力が枯渇するくらい魔力消費が激しかった。俺の魔力量は半魔族化してからそこそこ多くなっていたし、まあ長くかかっても仕方がないかな。
 まあともあれ、肉体には異常が無いという事で俺は退院することになった。っていうかだいぶお金が戻ってきたけど……どんだけ入院費かかったんだろうか。
 そんなことを思いながら俺は出口へと向かう。

「お待たせ、マルキム」

 マルキムは葉巻を咥えながら壁に背を付けてゆっくりと紫煙を吐きだしていた。

「おう、来たかキョースケ」

「うん。相変わらず眩しいね」

「ってだからオレはハゲじゃねえ! ファッションスキンヘッドだ!」

「はいはい、ファッションファッション(笑)」

「テメェなんか含みのある笑い方しなかったか?」

 なんていつもの会話をしていると、アンタレスにも戻ってきたなーという感じがする。こういうくだらないやり取りに日常を感じるんだよね。

「じゃ、行くか」

「行き先は?」

「こっちだ。外だよ」

 ちなみに、アンタレスも一応外壁のようなもので覆われている。どこぞの巨人だか阪神だかが進撃してくる巨壁ほどではないけど、それでも野犬とかゴブリンくらいなら防げる壁だ。
 ……忘れがちだが、戦闘系の『職』を持っていない人からしてみればゴブリンですら命の危機を感じるほどの脅威だからね。この程度の自衛策は講じていないとすぐに滅びる。

「で……なんでこんなところから外に出るのさ」

 そんなマルキムはヒョイと跳んで壁の上に立ってこちらを見降ろしてくる。

「ん? そりゃ、正式な門から出るのはめんどくさいからな」

「そんな理由で……まあいいか」

 俺も『天駆』を発動させて壁を飛び越えた。活力煙の煙が後方へ置き去りになり俺の顔に少しかかった。

「それで? 何か狩るなら先にAGギルドに行かなくていいの?」

「いや……狩る必要はねえから大丈夫だ」

「ってことは採取?」

 そう尋ねるも、マルキムは何も答えずスタスタと奥の方へ歩いて行く。
 ……流石に、ちょっと大丈夫だろうか。

「ねぇ、マルキム?」

 俺が再度声をかけると――マルキムは、「まあここいらでいいだろう」と言って俺の方へ振り向いた。

「どうしたのさ、こんな森の中に俺を連れてきて」

 そう言ってからふと気づいた。街の外にいるというのに――マルキムが、帯剣していない。

「……マルキム? 剣はどうしたのさ」

「ああ、今日は必要ねえんだ」

 そう言ってから、マルキムは近くにあった木に寄りかかった。その様子は、いつものマルキムで――何か含みがあるようには見えない。
 俺は槍も出さず、マルキムの方を見つめている。

「……ねぇ、マルキム?」

「なんだ」

「なんでこんなところまで来たのさ」

 再三の質問。マルキムはジッと黙っていたが……やがて、意を決したように俺の方を向いた。

「キョースケ。お前はもう――|

「……え?」

 降りろ? 何からだろうか。特に何も乗っていないんだけど――

「聞こえなかったか? オレは降りろっつったんだ。この戦いから」

 少し、声に苛立ちを交えながら、マルキムは俺のことを睨んだ。

「……どういう、意味?」

 慎重に――マルキムが本物ではない可能性を考慮しながら、俺は言葉をかける。無論、槍はいつでも取り出せるようにして。

「どういう意味も、こういう意味もねぇ。お前じゃここから先の戦いについてこれない。だから、降りろ」

「……ここから先の戦いって?」

 聞かなくても分かっていることではある。だけど敢えて聞いた。

「覇王との戦いだよ」

 やっぱりか。

「なんでさ」

 ムッとした顔で聞き返すと、マルキムはぶわっと身体から『圧』を出して木から背を離した。

「ここから先は大人の戦いだ。お前らの出る幕はねぇ」

「な……ッ!」

 あんまりにもあんまりな言動に、俺は思わずカッとなって声を荒げる。

「なんでだよ!」

 そう言って手近にあった木を殴りつけると、ガン! と物凄く大きな音がしてへし折れてしまった。
 それに構わずマルキムに一歩踏み出すと、

「そもそも、お前に戦う理由は無いだろ?」

 そう言ってマルキムもこちらへ一歩踏み出してきた。

「ここから先の戦いはただの戦いじゃない。ただでさえ命が危うくなる戦いだ。なのにお前のあの戦い方はなんだ」

 あの戦い方――終扉開放のことだろうか。

「アレの何が悪いのさ」

「悪いに決まってるだろ。アレはそう――命を削る技だ」

 命を削る技。
 それは――そうかも、しれない。
 だが、それの何が悪い。

「命を削って何が悪い。皆を守るために戦う――そのためなんだから、仕方ないでしょ」

 仕方ない、そう言った瞬間に――マルキムは『圧』と共に黄色いオーラを噴出させた。
 その『圧』は――あまりにも冷たく、あまりにも熱く、そしてあまりにも『強』かった。
 それに気圧されてしまい、思わず俺は構えをとる。

「仕方ない? ――ハッ。そんな理由で」

 そう言ったマルキムは、

「……どうしても、戦いたいと言うなら。オレがお前をもう一度治癒院送りにする。今度は回復魔法無しでな」

 ゆらり、と右拳を前に出して俺を睨みつけてきた。

「なっ」

 マルキムの目を見ると――本気、だ。本気で俺を病院送りにする気だ。
 その眼を見た瞬間――俺の中で、何かがキレた。

「ふざけるな……ッ!」

 俺は――一瞬にして魔昇華を完了させた。今までのように魔力放出のプロセスを経ずに。

「マルキム。俺はその程度のことで諦めるつもりはないよ」

「なんでだ?」

「みんなを……守るためだよ」

 そう言って、俺も拳を構える。

「そうか……なら、もうこれで語れ。お前の覚悟を見せろ」

「そうだね……」

 俺は活力煙を地面に叩きつけると、足に風を巻いてゴキリと首を鳴らした。

「行くよッ!」

 俺は、マルキムへ向かって駆けだした。
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