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第五章 ターニングポイントなう

104話 治癒院なう

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『あーあ……悪運が強いんですねぇ、キョースケさんって』

『ま……そりゃそうでしょうね。何せボクを倒し――ヒルディさんを、殺したんですから。この程度乗り切っちゃうか』

『あーあーあー……せっかく仇を討てると思ったんですけど……すみません。ヒルディさん。どうやらボクらの仇はまだ生き続けるみたいです』

『……さて、そろそろボクもそちらへ逝きます。ふふ……地獄ってのはどんなところなんでしょうね』

『………………』

『………………』

『………………』

『なんて、ね』

『……本当の仇は……まだ、のうのうと生きている。恐らく死にかけてすらいないでしょう』

『…………なんで、ボクらは死んでしまったんでしょうね』

『洗脳魔法が得意なボクらが――洗脳されてちゃ世話ないです』

『先王陛下……アルシファーナ様。申し訳ございません』

『死なないと……洗脳が解けないなんて。無能な側近でした』

『ああ……憎い、憎い憎い憎い憎い憎い!! 魔王が憎い!』

『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!』

『この恨みはらさでおくべきか!』

『――キョースケさん』

『ちょっと弱すぎます。覇王程度にあんな無様を曝されたら困りますよ』

『ああ、全く。そもそも貴方はその程度じゃないでしょう。なんですかあの体たらくは』

『仕方がないので……ボクの残りの『血』。アレを飲んでください。まあ貴方なら飲み下せるでしょう』

『…………次に会うのは地獄でしょうね』

『その時――ボクに嘲笑われるような死に方をしててくださいね』

『もっともっともっともっと苦しんで――魔王を殺してから、地獄に来てください』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ん……」

 ぼんやりと……目を、覚ます。
 朝、か……?

「何時だ、ろ」

 枕元にある時計を見ようとして――何かが、俺の上にのしかかっていることに気づいた。何か人型のモノが、俺に覆いかぶさるようにして乗っかっている。なんだこれ。

「んー……?」

 寝る前のことを思い出そうとして――ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒した。

「――ッ! 覇王は!? 覇王はどうなった!」

 ガバッ! といきなり起き上がろうとしたせいで、ズキリと全身に痛みが走る。

「ぐ、う……」

 あまりの痛みに何かに掴まりたくなり、思わず自分の上に乗っていた柔らかいそれを抱き締める。

「ん……ぐ……って、あれ……? これ……」

 覚醒した頭でそれを今一度確認すると――

「う、む……きょ、京助! 京助! 起きたのか! って、なんで抱き着いてあばばばばばば!?」

「と、冬子!? な、なんで俺の上に――?」

「その前になんでお前は私を抱き締めてくぁwせdrftgyふじこ」

 冬子がバグった。よくバグるね、冬子は。

「お、落ち着いて冬子! ……落ち着いて」

 そう言いながら俺は……優しく冬子を抱き締める。
 ここに冬子がいるってことはつまり……。

「助かったんだね……俺」

「ああ。……心配、かけさせやがって」

「うん……ごめんね、冬子」

 そう言っていると……再び眠気が襲ってきた。
 冬子の顔を見て安心してしまったんだろう。

「生きて帰ってくると……信じてたぞ」

「当り前……でしょ……?」

 そんなことを言いながら……俺は再び眠気にその身を任せた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 再び目を覚ますと、朝だった。外では小鳥のさえずりが聞こえる。
 次に起きた時は、冬子は俺の隣で寝ていた。流石に目覚めると同時に美人が横に寝ているとビックリする。

「お前、三日間も寝たきりだったんだぞ」

「え……そ、そんなに?」

 俺の体感としては、ついさっきまで覇王と戦っていたような感覚なのに。

「大変だったんだぞ。ここまで運んできたり、治癒院に行ったり」

「ん。ありがとうね、冬子」

 それは迷惑をかけちゃったな。
 そう思いながら冬子に微笑みかけると、冬子もにっこりとほほ笑み返してくれた。

「良かったよ……」

 この、平和な世界を守れて。
 ……守れて。
 ……守れた、んだよな。

「あっ……いや、き、キアラは? キアラはどうなった!?」

 守れなかった女性のことを思い出して、俺は冬子に食って掛かる。

「大丈夫だ。京助。キアラさんは無事だ」

「……無事、か。そうか……」

 思った以上にホッとしている自分がいることに、少し不思議に思う。
 ……いつの間にか、彼女も俺の世界の内だったんだろうか。

「というか、その傷の治療をしたのはキアラさんだぞ。後でお礼を言っておけ」

 ……え、あの傷で俺よりも速く復活したの? キアラは。

「化け物だね、キアラは」

 俺のことを治してくれたことに関しては感謝するけど……凄いな、キアラは。

「……言っておくが、お前はキアラさんよりも重傷だったんだぞ。キアラさんは致命傷のように見えて、重要臓器は外してたからな。お前は……魔力は枯渇、腕は骨が砕け、アバラの殆どは折れて、しかも裂傷、打撲、数えきれないほどだったぞ。見に来た治癒院の人が生きているのを不思議がっていたレベルだ」

 わお。

「その治癒院の人と……あと、ロッコリーさん、だったかな? 彼らが初日は付きっ切りで見てくれてな。あるところからキアラさんがいきなり一瞬で回復したんだ。どうも自分の魔法で一気に回復したらしい」

 ああ……そりゃそうか。キアラのチート魔法があればあの程度の傷はすぐに癒えるんだろう。
 って、ロッコリー?

「なんでカリッコリー……ああいや、ロッコリーが? 彼普通の楽器屋でしょ?」

「いや? ギターのような楽器を弾いて魔法をかけてくれていたぞ。『お得意さんやからサービスですわ』となぜか関西弁だったが」

 いやまあ確かによく行ってるけど、彼の店。
 あいつ魔法師だったのか……。

「話を戻すぞ。キアラさんは一気に回復したのはいいんだが……それでらしくてな。一日ほど魔力を回復させてからお前を完全に治癒してくれたんだ」

「え?」

 今、冬子が言ったセリフに――違和感を得た。

「ごめん、冬子。もう一回言ってくれない?」

「ん? だから、キアラさんがお前を完全に――」

「違う、その前」

「前?」

 冬子は少し考えるような仕草をしてから……ポンと手を打った。

「ああ、キアラさんが自分を回復させたせいで魔力が尽きた……っていうのか。まあ確かに彼女の魔力が尽きるのは珍しいが――」

「違う、違うんだよ冬子。キアラが魔法を使っている時に――一度だって魔力が減ったことはないんだ。総量が多いから減ったように見えない、んじゃないんだよ。キアラは魔法を使っても

 枝神が枝神たる所以かもしれないけど、キアラは魔法を使っても魔力は減らない。塔で見たっきりだから確実かどうかは分からないけど――ヘリアラスさんも、一切体力が減っていなかった。
 最初は体力があるから、そう思っていた。
 だけどキアラを見て確信した。もしかしたら俺が『パンドラ・ディヴァー』を使っている時みたいに、使った端から回復している……とも思ったけどそうじゃない。
 枝神は、持つエネルギーが減らないんだ。

「……どう、なってるんだ?」

「え……もしかして、覇王のせいで何か不調があったのか?」

「分かんない。……ちょっと話を聞きに行こうかな」

 そう言いながら立ち上がろうとして――ズキッと身体が痛んで蹲る。

「……なんだ、この痛み……き、筋肉痛……?」

 体の節々が痛む。うん、筋肉痛とも似てるけど……それ以外の痛みもあるねこれ。

「キアラさん曰く『回復魔法とは急速に体の傷を埋めるのみぢゃ。ある程度は魔力で補えるが……これほどの重傷となると、一気に治すとそれで逆に死にかねん』とのことで、少しずつ回復魔法をかけて治すのが普通だそうだ」

 回復痛……? みたいなモンなのかな、これ。
 というか、それほどの重傷だったんだ。

「……よく生きてたね、俺」

「そうだな。ホントに……」

 冬子が瞳に涙をためだしたので、俺は冬子の頭を撫でてあげる。

「ごめんね、心配かけて」

「全くだ。それに……ちょっと、寂しかったんだぞ」

「そうだね、一人にさせちゃうかもしれなかったもん――」

「そうじゃない」

 冬子はフルフルと首を振ると、俺の手をギュッと握ってきた。

「あの時、私だけ逃がしたことだ。次は必ず……一緒に、戦うからな」

「冬子……」

 拗ねたような表情をする冬子を……不謹慎かもしれないが、俺はこう思ってしまった。
 可愛い、と。

(ダメだなぁ……)

 何でか知らないけど、冬子にこういう表情をされたら俺は「NO」といえなくなってしまう。
 あの時はアレが最善だった。そう言うのは簡単だけど……簡単だけど。

「そうだね。次は――一緒に戦おう」

「ああ。そのためにも私はすぐに追いつくぞ、お前に」

「うん」

 よしよし、と冬子の頭を撫でていると……冬子が、目を、つぶった。
 ただ目をつぶっただけ。それなのに、何でか分からないけど――俺は、その冬子の唇に自らのそれも重ねないといけないような気がした。
 ゆっくり……ゆっくりと俺は冬子へ近づいていき――

「マスター! 目覚められたのですね! よか――」

 ――ガチャリと扉を開けてリャンが入ってきた。

「………………」

「………………」

「………………」

 ………………。

「えっと……その! あと一時間ほどマスターは起きてきません!」

「待ってリャン待って!」

「誤解だ! ピアさん、それは誤解なんだーっ!」

「いえその……私は何も見てません!」

「だから違うってば! リャン!」

 結局、話しを聞いてもらえたのはそれからさらに数分経ってのことだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「お二人とも、仲が良いのは良いのですが……マスターは病み上がりなんですからもう少し落ち着いてください」

「面目ない」

 リャンは俺の鎧とかを買い直してくれていたらしい。
 ……あんな戦いをした後じゃ鎧がどこまで有用なのか怪しくなってくるけどね。

「ほら、京助。あーん」

「あーん」

 現在、俺は作ってもらったお粥を冬子に食べさせてもらっている。この歳にもなってあーんとかされると思って無かったけど、腕を上げると痛いんだから仕方がない。

「ふー……ふー……ほら、京助熱いから気を付けろ」

「もぐ。……もぐもぐ。それにしてもアレだね。ここはいつもの『三毛猫のタンゴ』じゃなさそうだけど……どこなの?」

「治癒院の入院施設だ」

「あー……初めて来たな、こんなところ」

 治癒院というのは、平たく言うと病院だ。回復魔法を使える魔法師や、普通にお医者さんなんかが働いている。
 国家が運営している治癒院と個人経営の治癒院があるが……こっちは設備が整ってるから国の方かな。

「あれ? アンタレスに治癒院なんてあったっけ」

「昔からあったらしいぞ」

 なら俺が知らないだけか。

「入院まで出来るほど大きな施設だったのに知らなかったってのも変な話だけど」

「なんでも、私たちが王都に行っている間に入院施設は作られたらしい。新しい領主がどうとか言っていたな」

「――へぇ」

 そういえば、領主は俺らがぶっ飛ばしたんだから……新しい領主が来て然るべきか。

「まあ、そのおかげでこうして入院出来ているわけだから感謝すべきか」

「そうだな」

 なんて言いながらリンゴ……に似た果物を食べる。シャリシャリして美味しい。せっかくならウサギの形にでも……と思ったけど流石にキャラにあわないから言わなかった。
 ボーっと前を見ていると……なんだか、時間がゆっくり流れるような気すらする。

「…………」

 覇王。
 信じられない強さだった。
 俺が今まで思っていた常識の範囲外にいる強さ。
 例えるなら――生きている戦車。いやもっとだ。
 軍隊一つよりも覇王の方が強いだろう、それほどの強さだった。

(完膚なきまでに……やられた、な)

 まだ残っている、あの拳に殴られた感触が。
 あの絶望感が。
 あの――

「ッ!」

「ど、どうした京助?」

 つい身震いしてしまった俺を、冬子が不思議そうに見つめてきている。

「んーん、何でも無いよ」

 苦笑いしながら首を振る。心配をかけてしまっただろうか。
 冬子は眉根を寄せながらそんな俺を見て、フッと笑った。

「そうか。まあ、しばらくはゆっくり休め。お前も疲れが溜まっているだろう」

「そう……だね」

 俺はそう言いながら冬子が口に運んでくれるお粥を食べる。
 なんだか餌を与えられてる雛みたいだ。
 取りあえず今は回復に専念しよう。

「お腹いっぱいになったら眠くなってきたな」

 欠伸をしながらそう言うと、冬子が食器などを片付けながらこちらへ微笑みかけてきた。

「なら一眠りするか? どうせ動けないんだ。仕事は私たちがやっておく」

「仕事……? ああ、AGの仕事か。っていうか、お金類はどうしたの?」

 大金貨とかは基本的に俺が預かっている。冬子も少し蓄えはあるみたいだけど入院費をすぐにポンと出せるほどだったんだろうか。

「ああいや、ギルドマスターがな。非常時だということでお前の口座から私が代わりに引き出せるようにしてくれたんだ。パーティーを組んでいたらパーティー口座を作れるから楽なんだが……とぼやいていたよ」

「なるほどね」

 ある程度は口座に入れておいてよかったよ。
 俺はそう思いながら活力煙を取り出して口に咥える。

「ふ~……」

 腕が痛い。

「……あんなに腕が痛い痛い言っていたのに、活力煙は吸うのか……」

 呆れた声の冬子。そうは言われましてもね。

「リャンだってこの気持ちは分かるでしょ?」

「私は重傷を負って療養中に酒を飲むような愚はおかしません」

 なんだって。

「愚とか言われてるぞ、京助」

「……まあそれは置いておいて」

 活力煙の煙が天井へ溶けていく。
 ああ……染み渡る。

「ちなみにマスター。院内は禁煙だそうです」

 そんなオチだと思ったよちくしょう!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 さて、俺が眠っている間にアンタレスは大変なことになっていたらしい。
 まず――覇王が現れたという尋常ならざる事態に、王都からSランクAGが派遣されてきた。どうもセブンとエースではない別のSランカーらしく、近々俺のところにも来るらしい。
 そしてあの覇王を退けた……ということで、俺、マルキム、そして俺が意識を失っていた時に助けに来てくれたらしいアンタレスのギルマス。この三人は近く表彰されるらしい。なんでさ。
 そして近くであんな怪獣大決戦みたいなことが起きていたことによる賠償……は、無いと言われて安心した。だけど完全に地形が変わってしまったんだとか。下手したらあそこ一帯が池……というか湖になるかもね、とのことで。申し訳ございません。
 あと俺も回復したらいろいろ顔を出さないといけないらしいけど……一番驚いたことは俺がAランクAGになったことかな。
 ギルドマスターが俺の戦いを見ていて「彼がBランクのままなのは勿体ない」と判断したかららしいけど……まあ、今までもAランククラスの魔物は何度か倒してるから、今さら感はあるけど。
 ともあれ、俺はAランクAG『魔石狩り』のキョースケになるわけだ。……なんかもっとかっこいい二つ名が欲しいな。

「そもそも、俺の『魔石狩り』ってそんな天下にとどろくような名前じゃなかったと思うんだけどなー」

 まあAGにとっては『異名がある』ことが重要なのであって、中身はあまり関係ないと言えばそうなんだけどさ。
 俺はそんなことを考えながら、冬子もリャンもいなくなった部屋で一人天井を見上げながら活力煙を吹かす。

「キョースケよ、院内は禁煙ぢゃぞ?」

「ゲッ、バレ……あ、キアラ」

 慌てて活力煙を燃やし尽くしたところで、入ってきたのがキアラだと気づいてホッと胸をなでおろした。

「驚かせないでよ」

「ほっほっほ。すまないのぅ。驚かせようとして声かけたんぢゃ、許せ」

「相変わらず性格が悪いね。ああそれと……俺の傷、治してくれてありがとう」

「構わんぞ。妾からしてみれば片手間のことぢゃ」

 俺はそう言いながらキアラの姿を見る。
 そして……そこで、俺は驚いてしまう。
 キアラは――強い。
 それが、
 強さ、っていうのは隔絶してたら感じ取れない。ましてキアラは枝神――神だ。圧倒的な『ナニカ』がそこにはあった。
 それが、失われている。

「ほっほっほ……。流石にお主は分かってしまうかの」

 呆然と見ていた俺を見たキアラは、楽しそうに笑いながら……俺の方へと近づいてきた。

「まあ、説明せねば納得せんぢゃろうな」

「……そうだよ。ちゃんと説明してもらおうか」

「うむ。では……諸々、説明してやろうかの」

 そう言いながら、キアラは煙管を咥える。
 俺はその煙管を取り上げ、ニヤリと笑う。

「院内は禁煙ですよ、患者様」

「ほっほっほ」

 そう言って、ひゅるりとキアラは結界を張った。
 諸々の効果が付加された結界……そして、冬子の言う通りキアラの魔力が減った。

「……では、どこから話そうかのぅ」

 嫌な予感しかしない。
 それなのに――なんで。
 キアラの横顔は……ずっと、幸せそうなんだろうか。
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