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第四章 王都なう
95話 美女会合なう
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「ところで」
リャンは部屋でいきなり酒盛りを始めたキアラに向かって問いかけた。
「キアラさん。あなたは本当にマスターの味方なんですか?」
キョトンとした顔を返してくるキアラ。その姿からして答える気は無いのかもしれないが、リャンにとってその確認は絶対に譲れないものである。
京助がキアラにとって重要な人間であることは十分理解している。しかしそれと彼の味方であることがイコールで繋がるわけではない。
じっとキアラを見つめるが、キアラは何かを答える様子が無い。
「そもそも――あの時、ヨダーンと戦った時ですが。あなたがもっと早く手を貸してくれていれば、マスターはあそこまで苦戦しませんでした。一度、貴方が他者に危害を加えてはならないと説明されましたが、それならもっと冬子さんや私、マスターにバフをかけて戦闘を有利にさせることも出来たはずです」
「ふむ……」
キアラは立ち上がるとグラスを一つ持ってきた。
そしてリャンの前に置くと、なみなみと酒を注いぐ。
「まあ飲め」
その様子に悪意や敵意といった自分を害する感情が見えなかったし、何より先ほどまで彼女自身が飲んでいた酒だ。毒は入っていまい。
「……では、頂きます」
そう言って一口飲む。ふわりと果実の香りが鼻腔をくすぐる。少し飲んだだけでいいお酒だということが分かる。
「果実酒ですね。だいぶ濃いみたいですが」
「うむ。良い酒ぢゃろう。今朝、冬子をセッティングしている時に見付けてきたんぢゃ」
そう言いながらグッとキアラはグラスを傾ける。
リャンもグラスを呷り、酒を飲み干す。
「こうしていい酒と出会うとぢゃな。生きていて――いや、この世界に降りてきてよかったと本気で思えるのぅ」
「いい酒を飲むと気分がよくなるのは確かにその通りです。ですが今それは関係ないでしょう?」
「……まあそうぢゃな」
キアラはそう言いながら開いたリャンのグラスに酒を注ぐ。
酔い潰すつもりだろうか。しかし生憎リャンは生まれてこの方一度も酔ったことが無い。酒の飲み比べなら受けてたとう。
そう思いながらグイッと杯を乾かす。
「いける口ぢゃのぅ」
「ええ。飲み比べなら受けてたちますよ」
まだだいぶ日は高いが。
なんて思いながらリャンはキアラと一緒に暫く静かに酒を飲む。
「ふむ……まず、お主は枝神というものが何か知っておるかの?」
「……私は獣人ですので、人族の伝承には疎くて」
そう言いながらもう一杯飲む。
(久々に飲む酒は五臓六腑に染み渡りますね)
「ふむ、ではルーリッツは知っておろう?」
「ええ」
ルーリッツ。歴史の中に稀に現れる謎の存在。獣人族の味方のこともあれば敵になることもある。
一説によると我が獣人族の英雄達が死した後天に昇り、そこで昇神したと言われている。
「ルーリッツと妾たち枝神は、根本的には同じものぢゃ。主神様を手助けするために人から神へと成り上がった者。それが人族ならば枝神、獣人族ならばルーリッツと呼ばれる。ただそれだけのことぢゃ。無論、枝神が獣人の地に降り立てばルーリッツと呼ばれるようになるぢゃろうよ」
「な――ッ!?」
ありえない、そう思う。
キアラが今さら神かどうかのことは置いておく。今までも彼女が神業とも言える魔法を何度も使っていたからだ。
しかし、その話が本当ならば。
主神は――獣人族で信仰されている主神と、人族が信仰している主神は同じということになってしまう。
それは、おかしい。
ガタンと勢いよく立ちあがったせいで、グラスから酒がこぼれる。それをキアラは指先を動かすだけでまるで時が逆流したかのように元に戻った。
「まあ落ち着け。ここからぢゃ。妾がキョースケの味方かどうかのな」
「っ……」
その言葉を出されては落ち着かずにいられない。リャンは浮かした腰を椅子に戻す。
キアラはその様子をみながらニヤニヤと――せずに、妙に真剣な面持ちを浮かべた。
「妾たち枝神は基本的に世界の味方ぢゃ。人族の味方でも、獣人族の味方でも、無論魔族の味方でもない」
「…………それはつまり、マスターの味方でもないと?」
ならば――。
ならば、ここで目の前の女を殺すことも視野に入れなくてはならない。
リャンにとって、キョースケは恩人だ。あの場で朽ちるしかなかった己を救い出し、妹と会えるかもしれない可能性を残してくれた。
それは結果でしかないのかもしれない。彼にとっては別の人を助ける片手間だったのかもしれない。
それでも――殺意を持って相対したリャンを。
手加減をせず、生かした。
その戦い方に敬意を抱いた。
恋や愛ではなく、尊敬。無論、体をもとめられればその通り差し出すだろうが――彼はそんなことをしない。そしてそう確信しているからこそ、体を差し出してもいいと思える。
最も、そんなことをすれば冬子が悪鬼になるだろうが。
だから、目の前の女が。もしもここ一番で京助を害する可能性があるなら。
彼に嫌われたとしても――ここで仕留める。たとえ命に代えたとしても。
そう心に決めた瞬間、キアラはヒラヒラと手を振った。
「逆ぢゃよ。ぢゃからこそ――妾は確実にキョースケの味方であると言えるということぢゃ」
人族の味方ではないからこそ、確実に京助の味方である。
それは一体、どういうことだろうか。
「……それは、どういう?」
「ふむ、まず――キョースケたちが異世界から来たということは知っておるな?」
「ええ。以前彼から聞かされました」
異世界から呼ばれた救世主であること。
塔と呼ばれる場所であの神器を手に入れたこと。
そして、魔族の力を半分くらい使えるということ。
まるで夢物語の主人公だ。
「そしてキョースケとトーコは、城から出た。つまり人族の庇護から出ていると言える。つまり、どの勢力にも属さないというわけぢゃ」
「……なるほど」
「うむ。そしてそれはつまり――この世界に来ておる脅威に、なんの利権も絡ませず立ち向かうことが出来るということぢゃ。自分たちが生きるためだけに、愛するお互いを守るためだけに」
愛するお互い。それは京助と冬子のことだろう。
しかしそういうことはつまり。
「…………つまり、この世界に迫っている脅威は、放っておいたらこの世界の人間が死滅するということですか?」
彼らは――というか、京助は自分のメリットになる戦いか、もしくは自分たちにデメリットが降りかかる戦いしかしない。
要するにただ「世界のために」なんて戦い方はしない。もしも戦わなくても彼らに特にデメリットが降りかからないなら人族全体なんて簡単に見捨てるだろう。
そんな彼らが――自分から戦いに出向く。
それはつまり、世界全てが滅びるような脅威ということだ。
リャンがそう思って尋ねると、キアラは頷くことで肯定の意を示した。
「……まだキョースケたちには言えぬがの。主神様のせいで」
その様子に嘘を言っているようには感じない。
「この世界は、放っておくと滅びる。ぢゃから、妾はそれまでにキョースケたちを育てねばならぬ。そのためなら別に嫌われようとかまわぬよ。妾は嫌われても構わん。しかし、彼らに『この世界が滅ぼされたら困る理由』はたくさん作らねばならん。最後に逃げられても困るからの」
寂しげな笑顔。
どこまでも人間臭いのに――どこまでも超越者のように、今までなんら人間らしい反応を示さなかったキアラがいきなり見せたその姿に、リャンは訝しい気持ちになる。
「……ならば、貴方が好かれようとすればいいじゃないですか」
「ほっほっほ。……それは無理ぢゃ。あ奴が何度も言っておるぢゃろう? 妾のことを排除できないから、妾の意に沿うように動いているだけぢゃ、と。あ奴は一度たりとも妾のことを信用しておらん。だんだんと情は移ってきておるようぢゃが、いつ裏切られてもいいように動いておる。その証拠に、あ奴が一度たりとも『パンドラ・ディヴァー』を手元から話したことがあったか? あれを持っているとヨハネスが妾の攻撃などを察知できるからずっと持っておるんぢゃ」
たしかに、京助が『パンドラ・ディヴァー』を手放したことはない。
「出会ったその日から、あ奴は妾のことを一瞬たりとも信用しておらん。それはそれでよい。――キョースケに死なれたら妾は困る。そして、キョースケの明確な不評を買っても妾は困る。ぢゃから、あ奴は一応妾がお主らに攻撃を加えないだろうという憶測の元、こうしてピアと二人きりの状況や、トーコと二人きりの状況も容認しておるんぢゃ」
「……なるほど」
信用していない、確かにそうかもしれない。正直――リャンは奴隷にならないとついていくことが出来なかったのだから、その警戒心はなかなかの物ともいえる。
「執拗にデートを推していたのもそのためですか?」
「うむ。まあ冬子と一緒の時があやつにとっては最も心が休まる時になるぢゃろう。本当は妾たちがおらぬところで寝た方がよいのかもしれんが……そうなると、今度は冬子の安否が心配ぢゃろうしな。見た目以上に疲れは溜まっているぢゃろう」
予想以上にキアラが京助のことを見ていたので、リャンは少し驚いた。
キアラが酒を再びグラスに注ぐので、リャンも自分のグラスを持ち上げる。
それにキアラは少しだけ驚いた表情をしたものの、すぐに普段の余裕のある表情に戻して酒を注いでくれた。
「ふふふ。ちなみに、お主は妾よりもキョースケからは信用されていると思うぞ」
「それは単に彼が私のことを倒せるからでしょう。信用しているというか、脅威に思っていないというか」
「ほっほっほ。脅威に思っていないということは、あの臆病者としては――充分、信用していると思ってもよいぢゃろうよ」
どことなく寂しげに、しかしどことなく誇らしげにそう言うキアラ。
「臆病者ですか? マスターは」
「うむ。あ奴は基本的に何も信用しておらん。自分の力すらのぅ……。そう、お主があやつと戦った時に言ったぢゃろう。対応力がある、と」
「……ええ。言いました」
彼の強みは手札の多さ。それは皆が思っていることだろう。
どれも一級品、その上でさらに多くの手札を持つ彼は、|大物喰い(ジャイアントキリング)の適性が高いだろう。
そして何より、彼は脳筋に見えて戦闘時の機転が利く。自分の戦闘技術をいくらか伝授したいレベルだ。まあ、今まではそんな機会が無かったのだが。
「それが悪いことですか?」
少し睨みつけると、キアラは口の端を吊り上げて首を振った。
「そんなわけが無いぢゃろう。……しかし、何故そうなったと思う? あ奴はわざわざたくさんの手札を作るという戦い方に」
「……それは」
「それはぢゃな」
くいっとグラスを傾けて、喉を鳴らす。濃い酒だと思ったのに一気に飲むとは。
「あ奴は、ずっと恐れておるんぢゃ。目が覚めたら自分の力が無くなるかもしれない……とまでは流石に思っておらんぢゃろうが。例えば、いきなり槍が相手に通用しなくなったら。いきなり魔法が通用しなくなったら。いきなり神器が使えなくなったら……。それらは全てキョースケの『恐れ』もっと言うなら『生への執着』が生み出したものぢゃろう」
そしてその状況全てに対応するためにいろいろなコトを吸収している、と。
「あ奴が誰かと戦う時、毎度必ずと言っていいほどこう言うぢゃろう? 『我の経験値になるが良い……』と」
「言ってないと思いますが……」
似てるけど違う。
「『首を出せ……』ぢゃったかの」
「そんな物騒なことも言ってませんね」
「『チェストォォォォォォォォ!!』ぢゃったかの」
「まあもうそれでいいです」
「それであ奴の言う『俺の経験値になれ』という言葉ぢゃが」
覚えてるじゃないですか。
そう言いたくなる気持ちをぐっとこらえて、キアラの言葉の続きを待つ。
「いつだって貪欲に力を――自分の手で手に入れた力を欲しているからぢゃろう。殆ど毎日トレーニングをしているのもそのためぢゃろうし、しばらく働かなくていいほどの金を持っていてもクエストを受けるのは戦闘勘を養うため。生きるために戦う――そういうことぢゃろうのぅ」
生きるために戦う。それはリャンにとっては当たり前のことだ。
しかし、たまに話してもらえる京助が過ごしていた前の世界。そこでは魔物もおらず、人は武器を持たなくても街を歩ける平和な世界だったらしい。
そんな世界から突然弱肉強食の世界に放り込まれて。
それなのに彼は、生き抜くために戦うことを選んだ。本当に戦う必要があるのかどうかも分からないのに。
「ぢゃから信用できない、人を信用しない。妾のことは本当に怖いぢゃろう」
煙管をどこからともなく取り出し、煙を吐きだすキアラ。
「……なら、もう少し協力的になるなりしてマスターを安心させてあげれば良いのでは?」
そう言うと、キアラは珍しく苦い顔をした。普段から余裕綽々で泰然自若な態度を崩さないキアラにしては珍しい。
「まず、枝神が下界に降りてくる時にはいろいろと制限があるんぢゃが……」
「ああ。たしか、この世界の人間を傷つけてはいけない、でしたか」
前そんな話をしていたような気がする。
しかしキアラは首を振ると、肩をすくめた。
「それぢゃったらお主らにバフでもかけたり、無限回復なりすれば良いぢゃろう? 枝神に課せられた条件はいくつかあるんぢゃが……『介入することによって戦闘の結果を変えてはならない』んぢゃ」
介入によって戦闘の結果を変えてはいけない。
それは――
「ど、どんな戦闘にも参加できないのでは」
「そうぢゃ。異世界人同士の諍いや、戦闘でないと判断すれば手を出せるがのぅ」
「優しくないですね」
「これでも神ぢゃからのぅ」
神は優しくない――まあ、まさにその通りだろう。
(もしも神が優しいのならば――マスターもトーコさんもこの世界に流れてこなかったでしょうしね)
「それにのぅ……あまり干渉しすぎると、それこそあ奴は嫌うぢゃろう。妾がいないと何も出来ない――なんて絶対に思われたくないぢゃろうからのぅ」
そう言う彼女の顔はなんだか誇らしげで。
「ずるいですね」
「神ぢゃからのぅ」
「もっと申し訳なさそうにしたらどうです?」
「神ぢゃからのぅ」
それに、とキアラはもう一本酒を取り出してからニヤリと笑った。
「美人ぢゃからな」
「美人がしょぼくれていたら様にならないと?」
「無論ぢゃ」
まあ確かに美人だ。
「なら私ももう少し胸を張って生きないといけませんね」
「ほう?」
キアラが面白いモノを見るような眼でリャンを見てくる。
リャンはなるべく感情を見せないようにしながら――口もとだけで笑った。
「貴女が美人なら、私はもっと美人ですから」
「ほっほっほ。言うのう」
そう言ってキアラは新しい酒をグラスに注ぐ。
リャンもそれを貰い、二人でチンとグラスを合わせた。
「「乾杯」」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
結局、冬子は水色のワンピースを選んだ。いわゆるお嬢様が着てそうなワンピースだ。
爽やかな雰囲気で、とても冬子に似合っている。
「いいのが買えて良かったね」
ワンピース姿の冬子と手を繋いでいると、なんだか前の世界に戻ったみたいな感覚になる。ちなみに、俺は普通にスーツと普段使いのジャケットを買いました。異世界感が薄れるよマジで。
「……なんか目立っていないか?」
冬子が辺りを見ながらそう言う。そりゃ目立つだろう。
だって、俺たちが着てる服の値段――二人分合わせて普通の人の一か月分のお給料だからね?
「また働かないといけないねぇ」
そう言いながら俺はティアールに教えてもらったカフェに向かって歩く。さて、これでボロボロのカフェだったら怒るところだけど……。
「うん、流石ティアール。いいところを教えてくれた」
「イイ感じだな。ムンフロみたいだ」
「そうだねぇ」
そう言いながら店のドアを開ける。カランコロンと涼やかな鈴の音色が鳴り、店員さんが「いらっしゃいませー」と元気な声をかけられた。
そしてそのまま席に案内されたので冬子と対面して座る。
「ご注文はいかがなされますかー」
「取りあえず、俺は紅茶」
「私はコーヒーを頼む」
そう言って二人で注文してから、少し笑い合う。
「相変わらずコーヒー、好きだね」
「こっちの世界のコーヒーは苦みが強くて私の好みだ。お前こそ、砂糖の数を三つと言わなくて良かったのか?」
俺は確かに紅茶にお砂糖をどっさり入れるのが好きだが、こっちの世界は砂糖が貴重だからそんなことは出来ない。
「ストレートで飲むのも慣れたよ。さて――」
テーブルに頬杖をついて、少しだけ笑う。
「久し振りにたくさん話せるね」
リャンは部屋でいきなり酒盛りを始めたキアラに向かって問いかけた。
「キアラさん。あなたは本当にマスターの味方なんですか?」
キョトンとした顔を返してくるキアラ。その姿からして答える気は無いのかもしれないが、リャンにとってその確認は絶対に譲れないものである。
京助がキアラにとって重要な人間であることは十分理解している。しかしそれと彼の味方であることがイコールで繋がるわけではない。
じっとキアラを見つめるが、キアラは何かを答える様子が無い。
「そもそも――あの時、ヨダーンと戦った時ですが。あなたがもっと早く手を貸してくれていれば、マスターはあそこまで苦戦しませんでした。一度、貴方が他者に危害を加えてはならないと説明されましたが、それならもっと冬子さんや私、マスターにバフをかけて戦闘を有利にさせることも出来たはずです」
「ふむ……」
キアラは立ち上がるとグラスを一つ持ってきた。
そしてリャンの前に置くと、なみなみと酒を注いぐ。
「まあ飲め」
その様子に悪意や敵意といった自分を害する感情が見えなかったし、何より先ほどまで彼女自身が飲んでいた酒だ。毒は入っていまい。
「……では、頂きます」
そう言って一口飲む。ふわりと果実の香りが鼻腔をくすぐる。少し飲んだだけでいいお酒だということが分かる。
「果実酒ですね。だいぶ濃いみたいですが」
「うむ。良い酒ぢゃろう。今朝、冬子をセッティングしている時に見付けてきたんぢゃ」
そう言いながらグッとキアラはグラスを傾ける。
リャンもグラスを呷り、酒を飲み干す。
「こうしていい酒と出会うとぢゃな。生きていて――いや、この世界に降りてきてよかったと本気で思えるのぅ」
「いい酒を飲むと気分がよくなるのは確かにその通りです。ですが今それは関係ないでしょう?」
「……まあそうぢゃな」
キアラはそう言いながら開いたリャンのグラスに酒を注ぐ。
酔い潰すつもりだろうか。しかし生憎リャンは生まれてこの方一度も酔ったことが無い。酒の飲み比べなら受けてたとう。
そう思いながらグイッと杯を乾かす。
「いける口ぢゃのぅ」
「ええ。飲み比べなら受けてたちますよ」
まだだいぶ日は高いが。
なんて思いながらリャンはキアラと一緒に暫く静かに酒を飲む。
「ふむ……まず、お主は枝神というものが何か知っておるかの?」
「……私は獣人ですので、人族の伝承には疎くて」
そう言いながらもう一杯飲む。
(久々に飲む酒は五臓六腑に染み渡りますね)
「ふむ、ではルーリッツは知っておろう?」
「ええ」
ルーリッツ。歴史の中に稀に現れる謎の存在。獣人族の味方のこともあれば敵になることもある。
一説によると我が獣人族の英雄達が死した後天に昇り、そこで昇神したと言われている。
「ルーリッツと妾たち枝神は、根本的には同じものぢゃ。主神様を手助けするために人から神へと成り上がった者。それが人族ならば枝神、獣人族ならばルーリッツと呼ばれる。ただそれだけのことぢゃ。無論、枝神が獣人の地に降り立てばルーリッツと呼ばれるようになるぢゃろうよ」
「な――ッ!?」
ありえない、そう思う。
キアラが今さら神かどうかのことは置いておく。今までも彼女が神業とも言える魔法を何度も使っていたからだ。
しかし、その話が本当ならば。
主神は――獣人族で信仰されている主神と、人族が信仰している主神は同じということになってしまう。
それは、おかしい。
ガタンと勢いよく立ちあがったせいで、グラスから酒がこぼれる。それをキアラは指先を動かすだけでまるで時が逆流したかのように元に戻った。
「まあ落ち着け。ここからぢゃ。妾がキョースケの味方かどうかのな」
「っ……」
その言葉を出されては落ち着かずにいられない。リャンは浮かした腰を椅子に戻す。
キアラはその様子をみながらニヤニヤと――せずに、妙に真剣な面持ちを浮かべた。
「妾たち枝神は基本的に世界の味方ぢゃ。人族の味方でも、獣人族の味方でも、無論魔族の味方でもない」
「…………それはつまり、マスターの味方でもないと?」
ならば――。
ならば、ここで目の前の女を殺すことも視野に入れなくてはならない。
リャンにとって、キョースケは恩人だ。あの場で朽ちるしかなかった己を救い出し、妹と会えるかもしれない可能性を残してくれた。
それは結果でしかないのかもしれない。彼にとっては別の人を助ける片手間だったのかもしれない。
それでも――殺意を持って相対したリャンを。
手加減をせず、生かした。
その戦い方に敬意を抱いた。
恋や愛ではなく、尊敬。無論、体をもとめられればその通り差し出すだろうが――彼はそんなことをしない。そしてそう確信しているからこそ、体を差し出してもいいと思える。
最も、そんなことをすれば冬子が悪鬼になるだろうが。
だから、目の前の女が。もしもここ一番で京助を害する可能性があるなら。
彼に嫌われたとしても――ここで仕留める。たとえ命に代えたとしても。
そう心に決めた瞬間、キアラはヒラヒラと手を振った。
「逆ぢゃよ。ぢゃからこそ――妾は確実にキョースケの味方であると言えるということぢゃ」
人族の味方ではないからこそ、確実に京助の味方である。
それは一体、どういうことだろうか。
「……それは、どういう?」
「ふむ、まず――キョースケたちが異世界から来たということは知っておるな?」
「ええ。以前彼から聞かされました」
異世界から呼ばれた救世主であること。
塔と呼ばれる場所であの神器を手に入れたこと。
そして、魔族の力を半分くらい使えるということ。
まるで夢物語の主人公だ。
「そしてキョースケとトーコは、城から出た。つまり人族の庇護から出ていると言える。つまり、どの勢力にも属さないというわけぢゃ」
「……なるほど」
「うむ。そしてそれはつまり――この世界に来ておる脅威に、なんの利権も絡ませず立ち向かうことが出来るということぢゃ。自分たちが生きるためだけに、愛するお互いを守るためだけに」
愛するお互い。それは京助と冬子のことだろう。
しかしそういうことはつまり。
「…………つまり、この世界に迫っている脅威は、放っておいたらこの世界の人間が死滅するということですか?」
彼らは――というか、京助は自分のメリットになる戦いか、もしくは自分たちにデメリットが降りかかる戦いしかしない。
要するにただ「世界のために」なんて戦い方はしない。もしも戦わなくても彼らに特にデメリットが降りかからないなら人族全体なんて簡単に見捨てるだろう。
そんな彼らが――自分から戦いに出向く。
それはつまり、世界全てが滅びるような脅威ということだ。
リャンがそう思って尋ねると、キアラは頷くことで肯定の意を示した。
「……まだキョースケたちには言えぬがの。主神様のせいで」
その様子に嘘を言っているようには感じない。
「この世界は、放っておくと滅びる。ぢゃから、妾はそれまでにキョースケたちを育てねばならぬ。そのためなら別に嫌われようとかまわぬよ。妾は嫌われても構わん。しかし、彼らに『この世界が滅ぼされたら困る理由』はたくさん作らねばならん。最後に逃げられても困るからの」
寂しげな笑顔。
どこまでも人間臭いのに――どこまでも超越者のように、今までなんら人間らしい反応を示さなかったキアラがいきなり見せたその姿に、リャンは訝しい気持ちになる。
「……ならば、貴方が好かれようとすればいいじゃないですか」
「ほっほっほ。……それは無理ぢゃ。あ奴が何度も言っておるぢゃろう? 妾のことを排除できないから、妾の意に沿うように動いているだけぢゃ、と。あ奴は一度たりとも妾のことを信用しておらん。だんだんと情は移ってきておるようぢゃが、いつ裏切られてもいいように動いておる。その証拠に、あ奴が一度たりとも『パンドラ・ディヴァー』を手元から話したことがあったか? あれを持っているとヨハネスが妾の攻撃などを察知できるからずっと持っておるんぢゃ」
たしかに、京助が『パンドラ・ディヴァー』を手放したことはない。
「出会ったその日から、あ奴は妾のことを一瞬たりとも信用しておらん。それはそれでよい。――キョースケに死なれたら妾は困る。そして、キョースケの明確な不評を買っても妾は困る。ぢゃから、あ奴は一応妾がお主らに攻撃を加えないだろうという憶測の元、こうしてピアと二人きりの状況や、トーコと二人きりの状況も容認しておるんぢゃ」
「……なるほど」
信用していない、確かにそうかもしれない。正直――リャンは奴隷にならないとついていくことが出来なかったのだから、その警戒心はなかなかの物ともいえる。
「執拗にデートを推していたのもそのためですか?」
「うむ。まあ冬子と一緒の時があやつにとっては最も心が休まる時になるぢゃろう。本当は妾たちがおらぬところで寝た方がよいのかもしれんが……そうなると、今度は冬子の安否が心配ぢゃろうしな。見た目以上に疲れは溜まっているぢゃろう」
予想以上にキアラが京助のことを見ていたので、リャンは少し驚いた。
キアラが酒を再びグラスに注ぐので、リャンも自分のグラスを持ち上げる。
それにキアラは少しだけ驚いた表情をしたものの、すぐに普段の余裕のある表情に戻して酒を注いでくれた。
「ふふふ。ちなみに、お主は妾よりもキョースケからは信用されていると思うぞ」
「それは単に彼が私のことを倒せるからでしょう。信用しているというか、脅威に思っていないというか」
「ほっほっほ。脅威に思っていないということは、あの臆病者としては――充分、信用していると思ってもよいぢゃろうよ」
どことなく寂しげに、しかしどことなく誇らしげにそう言うキアラ。
「臆病者ですか? マスターは」
「うむ。あ奴は基本的に何も信用しておらん。自分の力すらのぅ……。そう、お主があやつと戦った時に言ったぢゃろう。対応力がある、と」
「……ええ。言いました」
彼の強みは手札の多さ。それは皆が思っていることだろう。
どれも一級品、その上でさらに多くの手札を持つ彼は、|大物喰い(ジャイアントキリング)の適性が高いだろう。
そして何より、彼は脳筋に見えて戦闘時の機転が利く。自分の戦闘技術をいくらか伝授したいレベルだ。まあ、今まではそんな機会が無かったのだが。
「それが悪いことですか?」
少し睨みつけると、キアラは口の端を吊り上げて首を振った。
「そんなわけが無いぢゃろう。……しかし、何故そうなったと思う? あ奴はわざわざたくさんの手札を作るという戦い方に」
「……それは」
「それはぢゃな」
くいっとグラスを傾けて、喉を鳴らす。濃い酒だと思ったのに一気に飲むとは。
「あ奴は、ずっと恐れておるんぢゃ。目が覚めたら自分の力が無くなるかもしれない……とまでは流石に思っておらんぢゃろうが。例えば、いきなり槍が相手に通用しなくなったら。いきなり魔法が通用しなくなったら。いきなり神器が使えなくなったら……。それらは全てキョースケの『恐れ』もっと言うなら『生への執着』が生み出したものぢゃろう」
そしてその状況全てに対応するためにいろいろなコトを吸収している、と。
「あ奴が誰かと戦う時、毎度必ずと言っていいほどこう言うぢゃろう? 『我の経験値になるが良い……』と」
「言ってないと思いますが……」
似てるけど違う。
「『首を出せ……』ぢゃったかの」
「そんな物騒なことも言ってませんね」
「『チェストォォォォォォォォ!!』ぢゃったかの」
「まあもうそれでいいです」
「それであ奴の言う『俺の経験値になれ』という言葉ぢゃが」
覚えてるじゃないですか。
そう言いたくなる気持ちをぐっとこらえて、キアラの言葉の続きを待つ。
「いつだって貪欲に力を――自分の手で手に入れた力を欲しているからぢゃろう。殆ど毎日トレーニングをしているのもそのためぢゃろうし、しばらく働かなくていいほどの金を持っていてもクエストを受けるのは戦闘勘を養うため。生きるために戦う――そういうことぢゃろうのぅ」
生きるために戦う。それはリャンにとっては当たり前のことだ。
しかし、たまに話してもらえる京助が過ごしていた前の世界。そこでは魔物もおらず、人は武器を持たなくても街を歩ける平和な世界だったらしい。
そんな世界から突然弱肉強食の世界に放り込まれて。
それなのに彼は、生き抜くために戦うことを選んだ。本当に戦う必要があるのかどうかも分からないのに。
「ぢゃから信用できない、人を信用しない。妾のことは本当に怖いぢゃろう」
煙管をどこからともなく取り出し、煙を吐きだすキアラ。
「……なら、もう少し協力的になるなりしてマスターを安心させてあげれば良いのでは?」
そう言うと、キアラは珍しく苦い顔をした。普段から余裕綽々で泰然自若な態度を崩さないキアラにしては珍しい。
「まず、枝神が下界に降りてくる時にはいろいろと制限があるんぢゃが……」
「ああ。たしか、この世界の人間を傷つけてはいけない、でしたか」
前そんな話をしていたような気がする。
しかしキアラは首を振ると、肩をすくめた。
「それぢゃったらお主らにバフでもかけたり、無限回復なりすれば良いぢゃろう? 枝神に課せられた条件はいくつかあるんぢゃが……『介入することによって戦闘の結果を変えてはならない』んぢゃ」
介入によって戦闘の結果を変えてはいけない。
それは――
「ど、どんな戦闘にも参加できないのでは」
「そうぢゃ。異世界人同士の諍いや、戦闘でないと判断すれば手を出せるがのぅ」
「優しくないですね」
「これでも神ぢゃからのぅ」
神は優しくない――まあ、まさにその通りだろう。
(もしも神が優しいのならば――マスターもトーコさんもこの世界に流れてこなかったでしょうしね)
「それにのぅ……あまり干渉しすぎると、それこそあ奴は嫌うぢゃろう。妾がいないと何も出来ない――なんて絶対に思われたくないぢゃろうからのぅ」
そう言う彼女の顔はなんだか誇らしげで。
「ずるいですね」
「神ぢゃからのぅ」
「もっと申し訳なさそうにしたらどうです?」
「神ぢゃからのぅ」
それに、とキアラはもう一本酒を取り出してからニヤリと笑った。
「美人ぢゃからな」
「美人がしょぼくれていたら様にならないと?」
「無論ぢゃ」
まあ確かに美人だ。
「なら私ももう少し胸を張って生きないといけませんね」
「ほう?」
キアラが面白いモノを見るような眼でリャンを見てくる。
リャンはなるべく感情を見せないようにしながら――口もとだけで笑った。
「貴女が美人なら、私はもっと美人ですから」
「ほっほっほ。言うのう」
そう言ってキアラは新しい酒をグラスに注ぐ。
リャンもそれを貰い、二人でチンとグラスを合わせた。
「「乾杯」」
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結局、冬子は水色のワンピースを選んだ。いわゆるお嬢様が着てそうなワンピースだ。
爽やかな雰囲気で、とても冬子に似合っている。
「いいのが買えて良かったね」
ワンピース姿の冬子と手を繋いでいると、なんだか前の世界に戻ったみたいな感覚になる。ちなみに、俺は普通にスーツと普段使いのジャケットを買いました。異世界感が薄れるよマジで。
「……なんか目立っていないか?」
冬子が辺りを見ながらそう言う。そりゃ目立つだろう。
だって、俺たちが着てる服の値段――二人分合わせて普通の人の一か月分のお給料だからね?
「また働かないといけないねぇ」
そう言いながら俺はティアールに教えてもらったカフェに向かって歩く。さて、これでボロボロのカフェだったら怒るところだけど……。
「うん、流石ティアール。いいところを教えてくれた」
「イイ感じだな。ムンフロみたいだ」
「そうだねぇ」
そう言いながら店のドアを開ける。カランコロンと涼やかな鈴の音色が鳴り、店員さんが「いらっしゃいませー」と元気な声をかけられた。
そしてそのまま席に案内されたので冬子と対面して座る。
「ご注文はいかがなされますかー」
「取りあえず、俺は紅茶」
「私はコーヒーを頼む」
そう言って二人で注文してから、少し笑い合う。
「相変わらずコーヒー、好きだね」
「こっちの世界のコーヒーは苦みが強くて私の好みだ。お前こそ、砂糖の数を三つと言わなくて良かったのか?」
俺は確かに紅茶にお砂糖をどっさり入れるのが好きだが、こっちの世界は砂糖が貴重だからそんなことは出来ない。
「ストレートで飲むのも慣れたよ。さて――」
テーブルに頬杖をついて、少しだけ笑う。
「久し振りにたくさん話せるね」
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