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第四章 王都なう

90話 イキがいいなう

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「はっはっは。しかしイキのいい若造だったな」

 セブンがそう言いながら高笑いするので、クラウディアは「はぁ……」とため息をつきながら窘めるように肩を叩く。

「あのね……Sランクに上がるかもしれない人材は貴重なの。あなた方の遊びで壊さないでくれる?」

「おう、分かってる分かってる」

「……本当に?」

 そう言いながらクラウディアはネックレスを外した。すると体がぽぅと光り……先ほどまでの六十代くらいの姿から、三十代くらいの姿に戻った。
 そう、クラウディアは王都のギルドマスターということで威厳のために、魔道具で老人の姿に化けているのだ。
 文官である自分がギルドマスターをやるにはこうする他ないと分かってはいつつも……やはり素の姿で出来たらなとまいど思ってしまう。

「やっぱお前はそっちの方がいいな」

 嬉しそうなセブン。自分も旦那の前では若い姿でいたいので彼が喜ぶ気持ちも分かるわけだが……素直にそういうわけにもいかず、

「そりゃ私だってこっちの姿でいられるならいたいわよ」

 とそっぽを向いた。

「ぽやぽやぽや。立ち話もなんですし、部屋に一度戻らないでおじゃるか?」

「そ、そうね。……ところで、彼らはどうなの? 実力的に」

 部屋に戻りながらクラウディアは尋ねる。クラウディアは基本的に文官だ。戦闘は「出来なくはない」レベルである(それでもギルドマスターであるからには魔道具の力などを駆使してある程度以上は戦えるのだが)。
 だからああした有望な若者の実力の見極めは基本的にセブンたちに任せている。

「そうだなぁ……あの嬢ちゃんは、いいな。ありゃ間違いなく『職』が二段階進化している。あのまま経験を積んでいったら間違いなくSランクになるぜ。今でもAランク上位くらいの力は持ってるな」

 セブンが本気で無かったとはいえあそこまで打ち合っていたのだから、それも当然だろうと思いながらクラウディアは頷く。

「ぽやぽやぽや。実力だけならもうSランク魔物でも相性がいい相手なら倒せるでおじゃろうな」

 ガチャリと扉を開けてエースが部屋の中に入り、クラウディアたちもそれに続く。

「そうだなぁ……それこそオレたちがコンビを組んで最初に倒したモーニングスターコングとか手ごろなんじゃねえかな」

 モーニングスターコングとは腕に鉄球が付いた全長十五メートルはあるゴリラだ。無論、出現したら遺書を書いたAGや騎士団が出張るような案件となる。あれを手ごろと言える精神性は相変わらずぶっ飛んでいるとしか言えない。

「それにしても、あの子はいいな。エース的にはどうだった」

「弟子にはしたくないでおじゃるな。キョースケさんのことを好きすぎでおじゃる。あの子の行動原理の大半が彼に役に立つことなんでおじゃろうな」

 先ほど、エースはトーコさんとも話していた。その間に聞いたんだろう。

「はあん。まあいいんじゃねえの? あいつらって二人パーティーなんだろ?」

「彼らは一応二人パーティーとして申請しているけど、魔法師が一人、そして亜人族の奴隷が一人いつも行動をともにしているわよ」

「マジかよ。まさか全員美人ってオチじゃねえよな?」

「全員美人だったわよ」

「さっき殺しておけばよかったな」

 物騒なことを言うセブンだが、どうでも良さげに鼻を鳴らして腕を組んだ。

「そんなわけだから、あの嬢ちゃんは間違いなく今後Sランクまで上がってくる。まあ早々にBランクまで上げてやった方がいいんじゃねえかな」

「ではそういう風に言っておくわ。それで……今回の件で魔族を殺したっていう、彼の方は?」

 クラウディアが本命の話を切り出すと――セブンとエースは、先ほどのトーコという少女について話していた時とは明らかに違う雰囲気になった。敵意では無い、しかしそれに似た何かを感じる。

「えっと……?」

 突然雰囲気の変わった二人に対してなんと言っていいか分からず困惑していると、セブンが重々しく口を開いた。

「あれは……異常だ。いくつ手札を隠し持っていたのかオレには最後まで分からなかった」

「ぽやぽやぽや。魔術の属性は見た感じ三つでおじゃったが……本当に三つなのか怪しいところでおじゃるな。それに、某と同じで無詠唱は出来そうでおじゃったな」

 戦闘と魔術の専門家である二人の言葉に、クラウディアは戦慄する。

「あの人は……あなたたちよりも強いの?」

 ゴクリ、と唾を飲みこみながら最悪の可能性を考える。ギルドに|#_家族という人質_・__#がいないSランクAG並みの実力者――歯止めをかけられないそんな兵器なのか、と。
 どうか否定してくれ――そういう気持ちを込めた問いかけには、セブンは真剣な面持ちで、首を振った。振ってくれた。

「いや、それはねえ。十回やれば八回は勝つだろう。地力は間違いなくオレが上だ」

「よか――」

「だが、その二回を最初に持ってくるだけの実力はあるぞあいつは」

「――っ」

 息を飲む。

「手数が多い、手札が多いってのはそういうことだ。こちらが分からないうちにいきなり倒される。……最後、見ただろ」

「え、ええ。あなたが倒されるところなんて初めて見たわ」

「ああ。何らかの魔法なんだろうが――踏ん張ったのに手応えが無かった。オレが魔法関連に弱いのを見抜いて、ここぞって時に一発で仕留めてきやがった。……実戦なら良くて致命傷、悪くて確殺だ。一度見たから次からは対応できるだろうが――まだ出してねえ手札が相手にある以上、それでやられる可能性はゼロじゃねえ」

 手札が多い――とれる戦術の幅が広いということは、相手を『初見殺し』出来るということ。実戦においてこれほど怖い相手はいない。

「それに、だ」

 セブンは首を振ると、トントンと自分の大剣を叩いた。

「キョースケがこいつにエースの刃引きの魔法もどきをかけていたんだが……それは分かったな?」

「ええ」

「あいつはな、オレのマウントをとった瞬間――」

 カッ、と首を掻き切る動作をして舌を出すセブン。

「――その刃引きの魔法を解除しやがったんだ。あのままいきなり殺されはしねえだろうが、致命傷は貰ってただろうな」

「そんな……模擬戦よ?」

 信じられない、という思いを口にすると後ろからエースが「ぽやぽやぽや」と笑い声を出した。

「……某の魔法を信じていたと言えば聞こえはいいでおじゃるが、半分以上試されていたんでおじゃろうなぁ」

 にぃ、と口元を歪めるエースだが、その眼は些かも笑っていない。

「某と彼が魔法の撃ち合いになれば某が確実に勝つでおじゃる。魔法師としての腕は全くと言っていいほど比べ物にならないでおじゃるからな」

 それでも、とエースは唇を舐める。

「実戦で一対一となれば……はてさて、某は一秒間で何度殺されることやら。あれは異常でおじゃる。強いとか将来有望とか、そういう次元ではないでおじゃる。異常――その二文字に尽きるでおじゃる」

 自分とは埒外の戦闘能力を持つ二人、その二人が彼のことをただ一言『異常』と言う。
 その異常さに冷や汗が噴き出る。
「普通、『一流』っていうのは一つの武芸を極めた先に到達する境地だ。どんな奴だって得意分野苦手分野ってある。オレの場合は魔法だし、それ以外にも遠距離戦とか苦手な分野ってのは存在する」

 しかしその部分はエースなど得意な人と補い合って彼はSランクAGまでたどり着いた。苦手な分野は他人が補う。それが普通のAGというものだろう。

「ワンパターンって言ったら聞こえは悪いが……どこの誰だか上手いことを言う奴がいてな。そいつ曰く『二流のワンパターンは馬鹿の一つ覚え。しかし一流のワンパターンは黄金のワンパターン』だそうだ。ハマれば無敵――ってところだな。トーコって嬢ちゃんはまさにそうだ」

 たしかに、彼女は『剣』を極めている途中のように見えた。

「だからオレたちは応援したくなる。……だが、あのキョースケってのは殆どが『一流半』くらいだ。しかしその『一流半』の数が普通の奴よりも多い。平均以上に使える――実戦で使える手札がこれほど多いのはオレたちとは『違う』形での一流ってやつだ」

 エースもセブンも神妙な面持ちをしている。

「大雑把に言うなら、あいつはオレたちの『二流』の部分に『一流半』をぶつけてくる。何度も言うが戦闘力なら間違いなくオレが上だ。しかし奴は――どこまでも『|強者喰い(ジャイアントキリング)』の可能性を秘めている。危険な男だ」

 そんな恐ろしい存在なのか。
 クラウディアは自分の認識の甘さを変更し、彼を脅威として認めたうえで……最も肝心なことを尋ねる。

「彼らは……どうなると、思う? 人族の敵になりうると思う?」

 もしもなりうるのであれば、倒せるうちに倒しておかねばならない。そう、『執行官』の力を借りたとしても。
 人類に仇なす可能性のある優秀な人間を早めに摘み取る殺し屋――『執行官』の手を。
 そう覚悟を決めて答えを待つと、セブンは「う~む……」と唸った後に、

「分からん」

 と一言だけ言った。

「そもそも、オレはあいつらの人となりを殆ど知らんのだからわかるわけが無いだろ。そういうのはお前とエースが担当だろ」

 呆れたように言うセブン。そう言われてみるとその通りなので、少し恥ずかしくなりながらも考える。

「わ、私の見立てでは……魔族を殺してくれたし、人族の側だと思っているけど」

「某もそう思うでおじゃるよ。敵とするならば恐ろしい――いや、嫌らしいでおじゃるが、味方にすれば頼もしい限りでおじゃろう。特にあの二人は互いに互いを相当に『大切な存在』のようでおじゃるからな。どちらか片方を取り込めれば問題ないでおじゃるよ。ぽやぽやぽや」

 そう言って今度は普通に笑うエース。

「特に――トーコさんでおじゃったか。彼女はとても純粋な印象を受けたでおじゃる。彼女の方が取り込みやすいんではないでおじゃろうか」

「そうね……確かに。じゃあ彼女の家族から洗ってみるわ。彼女の家族がギルドの職員にいればよし、いないなら家族を引き入れるなりしてみるわ。……流石に話し過ぎたわね。私は仕事に戻るわ」

 そう言いながら、クラウディアは老婆の姿に戻る。

「ぽやぽやぽや。では某は宿に戻って一休みするでおじゃる。セブンはどうするでおじゃるか?」

「オレはクラウディアの手伝いをちょいとして家に帰るぜ。帰りにいい酒を買って帰るからまた飲もうぜ」

「そうでおじゃるか」

 エースはニコリと笑い、セブンとともに立ち上がった。

「じゃあもうひと踏ん張りしましょうかね」

 クラウディアはそう言って仕事に戻っていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「強かったな」

「そうだね……少しムキになっちゃったよ」

 活力煙の煙を吹かしながら帰り道を歩く。
 今夜の晩御飯でも買って帰ろうかという話になり、俺たちは商店街を歩いている。

「あれがSランクAGか……道のりは遠そうだね」

 先ほど戦った手ごたえを確かめながらそう呟く。
 セブン――彼の実力を物凄く少なく見積もったところで、俺と彼がまともにやり合って勝てるのは十本中二本ってところだろう。|終扉開放(ロックオープン)したらまだマシかもしれないけど、たぶん仕留めきれない。
 そこにエースが加わったらもうお手上げだ。俺一人じゃ手も足も出ないだろう。流石は人類最高峰――やってられないね。

「彼らのステータスプレート、見てみたいよね」

 いったいどれほどの能力値で、どれほどの『職スキル』があるのか。とても興味がある。

「確かにな……『職』も気になるしな。やはり私たちのようになっているのだろうか」

 冬子が言っているのは『職』の二段階進化のことだろう。……俺はまだしていないけど。
 たしかに、セブンの身体能力は異世界人のそれに勝るとも劣らない――むしろ身体異能力は平気で凌駕していたような印象がある。

「王様、ステータスの平均ってどれくらいって言っていたっけ」

「さあ……どうだったか。三百くらいじゃなかったか?」

 ありえないでしょ、と思う。まああの時の情報が全て正しいだなんて思っていないけどね。

「ちなみに、京助。私たちのパーティーであのコンビと戦ったら……どっちが勝つと思う?」

 冬子の何気ない疑問にふむと顎に手を当てて考えてみる。

「……『チーター』がいるからね。キアラがどれだけ頑張ってくれるかでしょ。キアラ抜きなら五分じゃない?」

 キアラがエースを抑えてくれるなら、俺がエースを獲れる。そしてエースがいない状態ならいくらセブンでも隙が生まれるだろう。

「キアラ抜きなら、エースをどれだけ速く倒せるかにかかるだろうね。セブンはゴーレムドラゴンよりも少し強いくらいと仮定して」

 言葉に出した後冷静に考えてみると、凄いな。人ひとりにあれだけのエネルギーが詰まっているということだ。

「あのドラゴンくらいしか指標が無いっていうのもおかしな話だが……。って待て。その話でいくと私とピアさんの二人でゴーレムドラゴンを抑えろと?」

 物凄いひきつった顔でそう言う冬子。うん、確かに厳しそうだ。

「五分は言い過ぎたね。それこそ三分がいいところかな」

「まあそうだろうな。……強いな、人類最高峰は」

「そうだねぇ」

 そう言いながら煙を空に溶かす。まあ確かにいい経験になったと思うしかない。自分よりも強者と戦えるということはそれだけ吸収できるということだ。
 だけど、

「……手札を一枚切ったのは間違いだったかもね。あれをやってなければもっと油断してくれるだろうに」

「ムキになるとろくなことが無いということだ」

「……肝に銘じるよ」

 魔法を無詠唱で扱える……場合によっては魔術が使えるという事がバレたかもしれない。少なくとも、無詠唱は間違いなくばれている。
 向こうの手札は殆ど開かせられていないのに、こちらは貴重な一枚を切ってしまった。奴隷のカードで皇帝のカードに立ち向かうギャンブラーのように、彼らの手札と俺たちの手札では一枚の価値が違う。
 俺たちはSランクAGの彼らの技を調べようと思えばいくらでも調べる方法があるが、俺たちは戦闘回数が少ない。そんな「伏せた手札があること」しか有利な点が無いのにその利点を自ら捨てるなんてどうかしている。

「今後は敵対しないようにしたいところだね」

「まあギルドのSランクAGだ。そうそう敵対することは無いだろう。……私たちが人族に敵対しなければ」

「そこだよね」

 俺たちは、別に人族に忠誠を誓っているわけじゃない。もしも不都合があれば遠慮なく仲間だけ連れて逃げるつもりでいる。その場合は彼らが敵に回るわけだ。

「元の世界に戻るために裏切るときもあるかもしれないし……思ったよりも敵対する可能性はあるね」

 俺たちは人族として戦っているわけじゃない。どちらかというとどの勢力にも属していない勢力だ。

「向こうは取り込む準備をしていそうだね……」

「まあ仕方がない。私たちが逆の立場ならそうするだろう」

「……まあね。考えても仕方ないか」

 そう言いながら俺は商店街をぐるっと見る。

「今夜は麺が食べたい」

「……いきなりだな」

 活力煙を吹かしながら一つ一つの店を見てみる。

「麺類……どんな麺類があるかな」

「ふむ、うどんのような物なら王城で食べたぞ」

「へぇ。ならそういうのが売ってないかな」

「いや、そもそも麺類なら宿に持って帰るようなものじゃなくて食べに行くものじゃないか?」

 そう言われてみるとそうだね。

「よし、なら皆を呼ぼう。ここで買うのは朝ご飯に変更だね」

 冬子は苦笑しながらケータイを出した。

「珍しいくらいに推すな」

「お昼時からずっと食べたかったんだよ。そういう時ってあるでしょ?」

 ニヤリと笑って言うと、冬子はなんだかほんわかとした笑顔になった。なんか前の世界でよく見たような笑顔だね。

「分かるぞ。私もそういう気分の時はある。私が皆を呼ぶからお前は朝ご飯でも買いに行ってくれ」

「OK」

 冬子はそう言いながら商店街の外の方へ行くので、俺は商店街の中で朝ご飯を探しに行く。
 ……さて、久々にのんびりしないとね。
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