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第三章 アンタレスの事件なう

72話 勝ち取るなう

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 俺が突っ込もうと前傾姿勢になった瞬間、先ほどとは比べ物にならないくらいの数、土の槍が生成され俺に飛んできた。
 俺が水でそれを全て散らすと同時に、上から岩が降ってくる。

「ふぅん」

 槍で砕いて岩を排除。今度は横と下から岩の槍が発射されたが……これもまた、槍と水で防いだ。

「シッ!」

 領主に向かって『飛槍撃』を放つが、これは岩壁に阻まれてしまった。いや、正確には岩壁は貫いたんだが……その向こうにいる領主までは届かなかったのだ。
 これは、直接攻撃すれば砕けるかな。刺突で岩に攻撃するのは相性が悪そうだけど。

「……ほう、なかなかだな」

「まいったね、今のが効かないとなると少しつらいな」

 少し苦笑しながら言う。今のが効かないと……やっぱり魔法とかで攻撃しないといけないからね。面倒だ。

「はっ!」

 得意満面の笑みで岩の槍を雨あられのように放出してくる領主。これはさすがに槍一本で防ぐのは難しいので、風の結界で防ぐ。
 風の結界で防いだ……つもりだったんだが、風で全ての岩槍を圧し潰して粉々にしてしまった。ふむ、やりすぎたか。

「……なんなんだ、その威力は」

 領主も呆れ顔だ。俺は特に何も言わず風の刃を作り出し、領主に向かって高速で撃ちだす。先ほどの領主が出した岩槍とは比べ物にならない数を。

「くっ、うおおおおおお!」

 領主は必死に地面から岩壁を出してそれらを防ぐ。威力は十分なんだろうけど、いかんせん相手は岩だからね……風の刃で切り裂くのは少し難しいか。

「ああ、もう――」

 イライラする。ここが地下空間でなければ大盤振る舞いで炎魔法を使えるのに。
 どうも空気も若干薄い。リューが炎の魔法を使い過ぎたんだろうか。岩に風は少し相性が悪いし、面倒だね。
 魔昇華して出す炎ならあの程度の岩壁くらいすぐに破壊できるだろうけど、そしたら冬子たちも巻き込むかもしれない。

「ふっ!」

 やはり接近戦でとどめを刺すのが一番だ。俺は風の刃を防ぐのに忙しい領主にむかって一直線に近づく。

「ぬっ!」

「いくよ」

 ギン! と槍が領主の出した岩の籠手に当たって火花を散らす。ふむ、近接も出来なくはないんだね。……無意味なんだけど。
 防がれたまま槍にグッ、と力を籠めて岩の籠手ごと領主の腕を斬り飛ばした。

「ぐっ、あ、がぁぁぁぁ!」

 領主は叫び声をあげると、俺にむかって岩の礫を掃射し、同時に地面を盛り上げらせることで俺のことを遠ざけた。

「チッ……」

 領主が痛がっている姿が異様に不快で、俺は思わず『飛槍撃・三連』をノーモーションで繰り出す。

「ぬっ!」

 それも異様な量の岩壁で防ぐ領主。……なんか部屋が広くなってると思ったら、広くなってるんじゃないな。領主が地面を掘ってさらに地下に進んでいるんだ。
 ――まあいい。広くなる分には戦闘がやりやすいだけだからね。

「……正直、腹が立って仕方がないんだよね」

 接近。槍の石突で領主の岩壁を突く。さらに追撃の『三連突き』で攻撃するが……地下に潜るごとに固くなっているね。
 イライラして攻撃が雑になっているのが分かる。全力を籠めた蹴りで岩壁に穴を開ける。なるほど、岩壁には打撃がいいのか。

「なら……こうだね」

 俺は槍を仕舞い、風を拳に纏わせる。

「……なんだ、なんなんだ貴様は!」

「何が? 黙ってろよ外道」

 拳を振り上げ、岩壁を殴る。そう鍛えていない拳ではあるが、風のグローブでボコボコと岩壁を殴っていく。

「ああああああああ!!!」

 珍しく、俺にしては珍しく大声をあげた。一発殴るごとに、一つの岩壁が粉砕されていく。それでも領主は地下へ地下へ潜っていくので、俺は『天駆』で空中を足場にして『音速突き』の要領で全身の筋肉を連動させながら殴っていく。
 右拳が岩壁に突き刺さり岩壁が砕ける。返す左フックがもう一枚砕く。さらに一撃、一撃――とドンドン減らしていっているのに、なかなか領主までたどり着かない。

「らぁっ!」

 ゴッ! とさらにジェットの勢いまで加えてぶん殴ると、岩壁が完全に砕けて領主が露出した。
 なんか長いこと会ってなかった気もするけど、おそらく数分。いや、数秒だったのかもしれないね。

「冬子がいるから我慢するよ。命があるだけでもラッキーと思ってね」

 俺がとどめをさそうと槍を取り出した瞬間……ガッ、と後ろから岩の腕に掴まれていた。
 煩わしかったので水の鞭で砕くと、領主が岩の壁の中に完全に隠れてしまった。
 俺がそれを砕くために特大な水の弾丸を形成しようとしたところで――岩壁の中の領主から声をかけられた。

「貴様は何故怒り狂う? 何故私の財産に手を出そうとする?」

 焦っていない、何か含みのある声音。時間を稼ごうとしているのかもしれない。なんのために――? と思って見てみると、領主の腕がくっつきかけている。さっきヨハネスが言っていたな……地下であれば回復力も上がる、と。それのおかげで腕が治っていくのか。
 俺が怒り狂う――まあ確かに怒り狂っているのかもしれない。リューの弟を助け出すだけのつもりがあんなものを見せられちゃったからね。

「簡単なことだよ」

 大量に人がいると思って少し寄り道したら……地獄のような光景だった。人に首輪をつけ、逆らえば殺すと命令して……しかもそのどれもが女子供。女は百歩譲って犯罪者だったかもしれないが、あれほどの人数の子供が犯罪者というのは考えづらい。
 つまり、あれは奴隷狩りで手に入れた――奴隷だ。

「俺ね、奴隷狩りってのが嫌いなんだ。人の自由を奪うなんて……最低だと思わない?」

 人は自由でこそ人だ。選択肢があってこそ人だ。自由とは人である以上与えられているべきだ。それを奪うのは――人として、間違っている。
 それが人としての矜持だ。
 そう思って俺が問うと、領主はふっふっふ、と笑いだした。

「青いな、小僧。奴隷狩りが嫌い? 人の自由を奪う? 馬鹿が! 自由っていうのは自分で勝ち取るものなんだ! 他者から与えられるモノでは無いわ!」

 岩壁の中から嘲るような声が聞こえる。いや、嘲るような、ではない。心底俺のことを見下している。
 自由を謳う俺をバカにしている。

「奴らは弱いから自由を奪われた! そして私には力がある! 金がある! 力で勝るものも金には逆らうことは出来ない! 金と力のある私こそが自由を奪えるのだ!」

 そして、岩壁の中で魔力が吹き上がった。先ほどまで撃っていた土塊や岩の槍などと比ではない。何か大きな魔法でも撃とうとしているのだろうか。ならば俺も準備しておこう。

「『大地の力よ! 地術師であるマースタベが命令する! この世の理に背き、全てを砕き殲滅する巨岩の大熊を! ロック・ベアー・クラッシュ』!」

 詠唱の後、岩壁の中から俺の体躯の優に三倍はあろうかというほどの大きさの熊が現れて俺の方へ襲いかかってきた。
 ごつごつした体、鋭い牙と爪。熊というよりは魔獣とでも形容したいほどの禍々しい姿で物凄い速度で迫ってくる。

「ふあはははははははははは!!! 悠長に会話に乗るとは! 青い、青いわ! 本当は私の手駒にしてやろうかと思ったが――面倒だ! 完全に詠唱した『ロック・ベアー・クラッシュ』! 防げるものなら防いで――」

 大きな口を開いた大熊。その牙と爪が迫ってきて――

「『エクスプロードファイヤ』」

 俺は右腕に準備していた魔力を解放する。人の頭ほどの火球が熊の口の中に吸い込まれていき――爆発した。
 轟! と暴風が吹き荒れる。大熊がそれを抑えるかの如く力を増したが、それすらも許さず大爆発を起こした。

「で?」

 辺りに残ったのは、熊の破片くらいのもの。本来は使わない方がいい炎魔法だが、爆発の爆風だけになんとか抑えたので問題ないだろう。

「は……?」

 呆然とした表情の領主。ロックベアークラッシュだかなんだか知らないが、これなら天川の岩魔法の方がまだ強かった。
 俺がこの世界で一番最初に覚えた魔法で打ち消せる程度の威力でしかない。

「それで?」

 俺が煽ってみると、領主は「バカな、バカな……」と呻いた後、両手をこちらに向けた。先ほどよりも更なる魔力がみなぎっている。

「ならば――真なる我が切り札を食らうがいい!」

 ビリビリと空間が震え――なんと、ゴゴゴゴゴゴゴ……と部屋が広がっていく。これはさすがに面倒なことになるかと思い俺は水の弾丸をいくつか放つが、高まった魔力のこともあり、岩壁に簡単に阻まれてしまう。
 岩壁――厄介だな、ホントに。あんな固いものに槍をぶち当てるとこっちの手が痺れるし……って、そうか。

(『砲弾刺突』を使えばいいのか)

(ソレハソノ通りナンダガ……チト遅くネェカァ?)

 どうも頭に血が上りすぎていたらしい。俺は『砲弾刺突』の構えをとり、攻撃しようとしたところで領主が詠唱を完成させてしまった。

「『大地の力よ! 地術師であるマースタベが命令する! この世の理に背き、全てを砕き殲滅する巨岩の大熊の大群を! ロック・ベアー・クラッシュ・エンドレス』!」

 上まで――たとえて言うならデパートの吹き抜けの天井を見上げているような感じだ。相当地下まで潜ってきてたんだな。しかしここまで地形を変えるとは……一流の土魔法師っていうのは間違いじゃないみたいだね。

「くらえ!」

 上や下からボコボコと岩の熊がたくさん出てくる。一、二、三……うん、この数はさすがに面倒だな。
 炎? ――こんな地下空間であんな高温の炎を出したら酸素が一気になくなる。
 風? ――ダメだ効率が悪い。出来なくはないが魔力を使い過ぎる。手加減しづらくなってしまう。
 水……しか、無いか。

「ははははははっははははははははは!! 死ねぇ!」

 高笑いする領主。……助けが間に合ってよかったね。これほどの魔法を使ってくる相手は……冬子でも殺さずに勝つのはまず無理だったろうから。
 舌打ちして、槍に――というかヨハネスに語り掛ける。

(ヨハネス)

(モウ殺しチマエバイイジャネェカァ?)

(そうもいかないよ、獣人の奴隷たち、そしてその販売ルートのこと――全部喋ってもらわないといけないんだから)

(チッ、ブチ切れてるクセニ妙な部分は冷静ダナァ。マアイイカ。ソレヨリモ……アレか)

 俺はヨハネスに魔力制御を手伝ってもらい、右手に鳴門の渦潮のごとき水流を発生させる。その水流に風と炎の魔力で作った、触れると爆発する空気の球を流し、水流の破壊力を増す。まあ機雷がたくさん流れてくる渦巻とでも思えばいい。
 すべてを破壊する激流――受けてみなよ。

「『エクスプロードストリーム』」

 轟――!!!
 激流が渦となり龍となり駆け上がる。その空間内にいた全ての岩の熊たちを押しつぶし、破壊し爆破していく。
 地下空間のすべてに水が満ち、領主の出す岩の熊を悉く潰していく。やれやれ、少し魔力を使い過ぎたかな……魔力の効率が悪かったという意味で。

「…………っ? っ!?」

 声も出ない領主。というか、今さらだけど領主の名前ってマースタベって名前だったんだね。
 領主の魔力も大分小さくなっている。もうあれほどの魔法は撃てまい。取りあえず蒸籠でも発動して動きを止めるか。
 そう思って領主へ近づいて槍を構える。

「き、さま……」

「……弱いと自由は奪われるんだよね」

 ガン! と地面を踏み抜くと地面にヒビが入る。

「ひっ」

 このまま顔面を踏み抜きたいが……そうはいかない。腸は煮えくりかえっているけれど、怒りに任せて殺してしまってはただの殺人者だ。冬子に言われたことを忘れてはならない。

「なら、お前は今から自由を奪われる。何故なら俺より弱いから。人は自由であればこそ人だ。その自由を侵した外道が自由を語る資格はない」

 今頃冬子やリュー、キアラは上にいた人々を逃がしてくれただろうか。もう逃がし終わっていたら後は獣人たちの居場所を聞くだけだ。

「ま、待て、待ってくれ」

 領主が両手を挙げて背中を壁に当ててこちらに静止を求めてきた。
 一見投降しているように見えるが……その実、内部では魔力が膨れ上がっている。これがラストの魔法……だろう。というか、下手したら天川や井川や新井のような捨て身の魔法になりかねない。

「お前が魔法を用意していることは分かっているよ。もしも自爆しようと思ってるんなら……さすがに殺すよ?」

 俺がそう脅しをかけると……領主はニヤリと笑って魔法を発動した。

「……岩壁?」

 領主の周囲に現れたのは先ほどと同じ岩壁。……何がしたいんだ?

(マズイゼ、キョースケ)

(わかってる)

 領主の表情はこちらからはうかがい知れないが、間違いなく何か企んでいる。上には冬子たちもいる――ここで何かさせるわけにはいかない。

「チッ……喰らい尽く――」

 俺は神器を解放しようとして――

(――――ぢゃぞ)

 ――頭に声が響いた。

(……今の声はキアラか)

 なるほど、それなら確かにこのまま魔法を発動させるべきか。
 俺は神器の解放をやめ、領主の魔法の発動を待った。

「馬鹿め! 死ねぇ!」

 溢れる魔力、いやこれはむしろ結界の解除のような感覚。その瞬間、なんと地下空間の壁が崩落しだした。

「こりゃマズいかな」

「ははははははははははははははははははははははははははは!!」

 領主の地面は盛り上がり、さらに崩落のがれきも全て領主を避ける。一方、俺の方へは瓦礫が降り注いでくる。……なるほど、こんな魔法だったんだね。

「死んでしまえ……!」

 怨嗟の籠った声。それだけ言うと領主は高速で地上へ向かって登ってゆく。あれをおいかけるのはそう難しくはないけど、キアラに言われたからねぇ。

「全員の無事は確保しているから、領主の心を折れって……確かに冬子の魔力は地下にはないけどさ」

 有効な作戦だと思うよ、確かに。殺すと脅すよりもよほど効果的だろう。

「……ここまで派手にやると上にある館も完全に倒壊してると思うな」

(ソノ時点で大分心ナンテ折れソウナモンダケドナァ)

「確かに」

 俺は懐から活力煙を取り出して火をつける。上から降ってくる瓦礫を槍の石突で弾きながら、ゆっくりと深呼吸をする。

「さて」

 ちらりと上を見る。どんどん崩落してきて……そろそろ動かないとヤバいかもしれないね。

「……ん?」

 なんか妙な魔力の流れ……結界? いや、違う、これは……?

(シカモコレハ封印ダナァ! ココノ地下空間ゴト土封印で封印スルツモリナンダロウナァ!)

 何故か少し嬉しそうなヨハネス。自分だって封印されているくせに何が嬉しいんだろうか。
 それにしても封印か。
 俺は活力煙の煙を吐き出し、槍を掲げる。

(封印の神器を使う俺に対して封印とは)

 戻ったらキアラに封印の解除の仕方とか教えてもらおう。今は……仕方がない、力技でどうにかするか。

「神器解放――喰らい尽くせ『パンドラ・ディヴァー』」

 轟! と『力』が槍にむかって集まっていく。周囲の魔力を吸って神器は解放されるからこれほどの『力』を感じるんだと言っていたが、言われてみればこの『力』は魔力と似ているかもしれない。
 けど、魔力以上に純粋な『力』を感じる。きっと俺にはまだ分からない『力』なのだろう。

「いつか分かるかな」

 あまりに神器が謎だと俺も命を預けるのに抵抗があるからね。

『カカカッ! デ? ドースンダァ、キョースケ』

「片っ端から封印、魔力変換を繰り返して……魔力を集めたら普通に出れるでしょ」

 ゆらぁ……と陽炎のように揺らめく透明の何かが『パンドラ・ディヴァー』の石突から七本出ている。これを飛ばしたり操ったりしてモノを封印するわけだ。
 俺はこれを操って周囲の瓦礫を封印し、さらにヨハネスの力で魔力に変換していく。

「さっきの『エクスプロードエクストリーム』で使った分もこれで回収出来たね。さて、次は……」

『カカカッ! キョースケ、ソノママ上に出るノカ?』

「そのつもりだけど」

 俺は上から降ってくる瓦礫を封印したり消し飛ばしたりしながら『天駆』で駆け上がっていく。この程度の高さ――と思ったけど結構深かったなここ。

『領主の心を折るンダロ? ダッタラモットはったりのキイタ恰好ニシネェト!』

 はったりか……一理あるかもしれない。だったらどんな格好がいいだろうか。

「……ま、普通に恐い格好でいいか」

 せっかくだし、少し凝ってみよう。
 俺は少しだけ人の悪い笑みを浮かべながら地上へ駆けるのだった。
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