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第三章 アンタレスの事件なう

65話 冷静になう

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 ――OK、俺よ。冷静になれ。冷静に今の状況を思い出すんだ。
 自分の部屋に戻ってきたと思ったらなぜかリューがいて、さらに押し倒された上に言われたセリフが「女性にも性欲はあるんデスよ?」だ。
 ――OK、冷静になってもわけわからん。
 だが、ここはフラグブレイカーと言われる俺(自分でしか言ってないけど)。異世界モノのお約束として、このままベッドインするわけにもいかない。というか、前に迫られた時も、「純粋に性欲なんです!」って言われたよね。この世界の女性たちは欲求不満なんだろうか。
 ……って、ソンナコトを考えている場合じゃない。俺は押し倒された状態のまま、取りあえずほほ笑む。

「えーと……リュー。一応、説明してくれる?」

「ヨホホ。男女がベッドの上で二人きり……何をするかは、誰でもわかると思うのデスよ」

 なるほど、確かに――恋人でなくても、男女が二人きりでベッドの上にいたら、することは1つなのかもしれない。しかも、俺はリューのことを別段憎く思ってはいない。むしろ友達として好ましく思っている。
 そしてリューのセリフ、「女にも性欲はあるんデスよ?」から考えるに……久しぶりに会って、俺への好意が爆発、ないしは性欲の発散のために。夜のベッドに忍び込んできて一夜を共にしようとしている。
 まあ、無い話じゃないかもしれない。特に後者ならば、わかる話でもある。この街には男性用の娼婦街はあっても、女性用の男娼街は無いからね。
 とはいえ――本当に、そうだろうか。

「……ごめんね、俺は田舎者なもんでさ。わからないんだ。リューの、口から――説明してくれる?」

 ――何か悩みがあって、自暴自棄になっているのかもしれない。例えば、クエストをしていてパーティーメンバーが死んでしまった、とか。そして、それによって自分を罰したい気分に苛まれているのかもしれない。男が欲しいだけなら、この世界にはもっとイケメンがいるし、なんならナンパ待ちでもすれば、金だってもらえるかもしれない。けど、それをしないということは……やはり、そう言った自棄な気持ちになっているんだろう。そして、その自棄に付き合ってはだめだ。ここで俺が止めないと。
 などなどを考えたので、俺はリューの目を見て出来るだけ優しく言うと、リューは……少し、頬を朱に染め、帽子を深くかぶり直した。

「よ、ヨホホ……キョースケさんは、そう言うプレイがお好みなんデスね」

 そしてか細く呟かれる声。いや、そう言うプレイって何!?
 本格的に分からないので目を白黒させていると、なんと……リューは、パサリ、と着ていたローブを脱いでしまった。いや、どうやって帽子をかぶったままローブを脱いだんだ。
 中から、そこそこ引きしまった体と、ローブのせいで隠れていたからわからなかったが、そこそこ大きい胸部のふくらみ。
 なんていうか……なんんていうか。こう、冷静になったつもりだったけど、まだ混乱が残っているらしい。リューが服を脱ぎだしたようにしか見えない。
 ――OK、冷静になろう。
 だぼっとしたローブのせいで分かりにくかったが、リューの身体は……出るべきところは出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいる、といういわゆるぼんきゅっぼん(死語かな)な感じだ。女性の裸なんて見たことがないけど、スタイルは抜群なんじゃないだろうか。また、肌も綺麗だ。真っ白で、つるつるしていそうだ。
 さすがにAGとクエストを受けるだけあって、筋肉もしっかりついているんだろうけど、筋肉質な感じもしない。それが余計に、女性らしさを際立たせている。
 ――いや、冷静にリューの身体についてレポートしてどうする。

「その、これが、ワタシの答えデス……」

 下着姿になり、そっと体の各部を隠すリュー。いやだから、なんでそんなに煽情的なのか。ってそうじゃない。そこじゃない。
 俺はふ~……と息を吐いて、自分の上に跨って服を脱いでいる痴女に向かって拳骨を落とす。落とすというか、アッパーみたいになっちゃうけど。

「ぐふっ」

「だ、だからなんで脱いでるのリュー!?」

 というか、キスもまだの童貞にこれはいろいろとキツイ。キツすぎると言っても過言ではない。
 俺は動揺を必死に押し殺し、リューに語り掛ける。

「……ほ、本当に、どうしたの? リュー」

「ヨホホ。では、早く脱いでくださいデスキョースケさん」

 俺の問いかけをスルーし、ガシッと俺の服に手をかけて、引き裂こうとしてきた! だからなんで!?
 混乱している場合じゃない。俺はリューの手を掴むと、引き裂かれまいと抵抗する。

「ちょ、リュー! 話を聞いて、なんでこんなことしてるの!?」

「ヨホホ! ワタシは初めてデスけど、キョースケさんは経験豊富だとお聞きしましたデス。だから、だから――」

「だ、誰に聞いたのそんなこと」

「サリルさんデス!」

 経験豊富どころか初めてだよ悪かったね! あの野郎、俺が娼館を断ったのをまだ恨んでるの!?
 ……なんてばかなことを言っている場合じゃない。俺は取りあえず体勢を入れ替えようと――さすがにマウントをとられているとキツイので――掴んでいる手を支点にして体を入れ替える。
 しかし、敵もさるもの引っ掻くもの――足で俺の腰をがっしりと掴み、体勢を入れ替えられることを拒否する。
 なれば、もう加減などしないで、ステータスと筋力に任せて一気にリューの身体を押し倒す!
 ブンと無理やりリューを投げ飛ばし、その勢いで――リューが最後まで俺の腰を離してくれなかったから――ゴロゴロっとベッドの下まで転がり落ちる。

「あ痛た……だ、大丈夫? リュー」

 取りあえず起き上がってみると――ちなみに両手はちゃんと地面についていた。都合よく胸に手がいったりなどしない――コロコロ、と何かが転がっているのが見えた。
 なんだろう、と思ってみると、それはリューがいつもかぶっているとんがり帽子だった。
 それを手に取り、持ち上げると、下からものすごい勢いで「か、返してくださいデス!」と言われた。
 そんなに必死にならずとも――と思ってリューのことを改めて見ると、

「え」

「―――――っ! み、見ないでくださいデス!」

 バッと、リューが耳を隠してうずくまった。
 そう、頭の上についている、猫ミミのような耳を隠して。

「――え?」

 今度こそ本当に理解が出来ず、俺は呆然としてしまう。

「おい! キョースケ、どうしたんだ?」

 どんどん! と冬子が扉をノックする音すら忘れて、俺はリューの姿をまじまじと見てしまうのであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 取りあえず冬子には「何でもないよ」とだけ伝え、俺はリューと向かい合っている。俺はベッドの上に腰掛け、リューは椅子に座っている。

「…………」

「…………」

 俺は活力煙を吹かし、リューの帽子を手で弄ぶ。
 リューは……顔を俯いたまま、黙り込む。落ち込んでいるのか、頭の上についている猫耳もたれている。……俺にケモナーの気は無いはずだけど、なんだか来るものがあるね。

「あー……リュー。取りあえず聞いていいい?」

「……?」

 俺が問いかけると、瞳に涙をためてリューがこちらに顔を上げる。
 もっと年上かと思っていたけど、そうでもないみたいに見える。猫のようなクリッとした目に、左が青、右が緑のオッドアイ。童顔で、十五歳くらいと言われたらそう見えてしまうね。なんていうかまあ……普通に整っているんじゃないだろうか。
 リューは何やらビクビクしているが、俺は怒っている分けじゃない。それを分かってもらうためにも、活力煙を燃やし尽くし、ニコリと尋ねる。

「その耳、触っていい?」

「え」

 リューが固まる。ダメなんだろうか。
 ……いや、普通はダメか。いきなり男から「その耳触っていい?」とか、前の世界ならセクハラで事案だし、最悪は痛いニュース入りだ。たぶん2chにスレも立つ。
 やっぱ何でもない、そう言おうとしたら、リューが恐る恐るという表情で尋ねてきた。

「え……その、な、なにも言わないんデスか?」

「どちらかというと、その猫耳を触りたい」

「いえ、その……」

 自分のキャラが崩壊しつつある感じがする。いかんいかん。
 俺は首を振って煩悩を振り払うと、もう一本活力煙を取り出し、口に咥えて火をつける。

「ふぅ~……。何も、っていうのは、リューが亜人族かどうかって話?」

「えっと、その……はいデス」

「――俺は、不気味で信じられないかもしれないけど、亜人族も魔族も、当然人族も、何も変わらないただの人間だと思っている。だから、そこに差別意識は特にない。リューは今まで通り、AGとして一緒にクエストに行ったりする仲間のままだけど?」

 そう言うと、リューは今度こそ「何言ってるんだこいつ」みたいな顔をしだした。その表情はとても失礼だと思うんだけどな。

「俺は、生まれも育ちも田舎の方でね。この世界の常識に疎いんだ」

「……ど、どんな田舎でも、普通は獣人族と魔族には差別意識と、恐怖があるはずデスが」

「さあ? ま、その辺は詮索しないでもらえると助かるかなぁ」

「……ワタシは、ワタシが獣人であることをカミングアウトしているんデスから、キョースケさんも詳しく説明して欲しいところなんデスが……まあ、キョースケさんがあまり差別意識を持っていないことは薄々感じていましたデスけど」

「え、なんで?」

「……獣人の奴隷を見た時は、普通の人なら、その獣人の奴隷に侮蔑のまなざしを向けるデス。デスが、その時――キョースケさんが見ていたのは、獣人の奴隷をいじめている人の方だったデス。だから、偏見を持っていないとは思いませんデスが、そこまで憎んでいないものなんだろうと思っていたデスよ」

 ……ああ、確かに。リューと一緒にいた時に何度かそういう状況になったね。たしかに言われてみれば、それは変だったかもしれない。

「あと、マリルさんが酔っぱらった時に『キヨタさんは、常識が無いですからね~。亜人族も魔族も同じ人間とか言ったら、そりゃ眉を顰められますよ~』としなだれかかっていたのを見たからデスね」

 ……マリル、確かにそんなこともあったね。
 まあ、それは今大事なことじゃない。マリルは後でしばこう。俺はため息とともに活力煙の煙を吐き出し、話を元に戻す。

「……それはさておいて、別にリューが獣人だろうが魔人だろうがいいんだよ。俺はさっきも言った通り、そこに偏見は無いから。まずはっきりさせたいことは、なんでさっきみたいなことをしたのかってことなんだけど」

「それは……」

 口ごもったリューを見て、やはりなんらかの打算があるということが分かる。まあ、なんらかの打算が無きゃ……こんな冴えない男に夜這いをかけることなんてないだろう。

「俺に夜這いをかけることによる、メリット。リューが俺に恋愛感情を抱いている……なんて、ありえないことは除外すると、可能性は絞られてくる。夜這いすることによって、それをたてに交渉することが出来る……というよりも、体での支払いの先払いってところか」

 そして――今まで通りのことをするのであれば、俺程度の人間に抱かれる必要はない。ということは、非合法、ないしは倫理的にマズいことのどちらかに協力させたい、んだろう。

「俺は、BランクAGだから、実力はそれなり。若いから女を宛がう方が、金よりもいいと思ったのかもしれない。そして、体を払ってさせたいことは……暗殺、誘拐、あとはテロ、ってところかな」

 リューが亜人族……いや、さっき獣人族って言っていたね。よく考えたら、亜人族ってのは人族が勝手に名付けただけだろう。亜人族の人たちは自分たちのことを獣人と言うのかもしれない。
 ということは、人族に紛れてテロリズムを行うってのが、最も考えられるシナリオかな。幸い、アンタレスは王都に近いし。

「ま、どのみち――俺は、犯罪行為をするつもりは無いし、友人がそれをするなら止めるつもりだよ」

 この距離なら、俺はリューに負けることは無い。リューは腕のいい魔法師だが――たぶん、今の俺でも魔法の撃ち合いじゃ勝てない――あくまで後衛。本職が槍使いの俺とは速度が違う。人間、戦うのにちょうどいい距離っていうのがあるからね。

「というわけで、話してくれる?」

 俺が促すと――リューは、友人と言われた部分が嬉しかったのか、口元に若干笑みを浮かべながら、話し始めてくれた。

「……まず、その……ワタシが、キョースケさんに何かさせたい、というわけではない、デス。手伝ってくれたら、嬉しいデスけど」

 あれ、さっそく考えが外れた。
 残念、と思っていると、リューは……とんでもないことを言いだした。

「今夜、ワタシは死ぬので……その前に、一度くらい性欲を満たしてみたかったのデスよ」

 ――今夜、死ぬ?
 俺が怪訝な顔をしていたからだろう。リューは「ヨホホ」と笑って首を振った。

「別に、自殺するわけではないデスよ。ただ、ただ……今夜することで、必ず殺されてしまうだろうというだけデス」

 リューが死ぬ――アンタレスに来て以来、いや、この世界に来て以来の、マルキムと並んで仲良くなった人間であるリューが、死ぬ。
 仲間が死ぬことは今までだってあったが、それでも慣れるものではない。まして、こんな憎しみと悔しさと、そして覚悟を決めた眼でそんなことを言われてしまい、俺の思考が止まってしまった。
 リューは少しだけ申し訳なさそうな顔をすると、上半身の下着を、脱いだ。
 ぱさり、と下着が床に落ち、リューは腕で胸を隠しながらゆっくりと立ち上がった。

「キョースケさん、今夜だけデスから……ワタシの我がままを聞いて、欲しいデス」

 ゴクリ、と生唾を飲む音が聞こえる。それは果たして、俺からなのか。それとも、リューからなのか。
 分からない、わからないが――俺は、混乱の中、なんとか言葉を絞り出す。

「なんで、死ぬんだ……? なんで、俺、なんだ……? なんで、死んでしまう前に、そんなことに拘るんだ……?」

 心の中で、冷静に、冷静に――とつぶやく。何があるのかは知らないが、リューが死にに行くというのであれば、止めなくてはならない。
 情報量が足りない。リューに喋る気が無いからだろうが。だから、取りあえず、ウォーターバインドを用意しつつ、俺は質問する。

「何を、今晩するつもりなんだ……?」

「……それは言えませんデス。言ってしまったら、キョースケさんも他人事じゃすまされなくなってしまうデス」

 儚げな笑顔。安宿の一室なのに、まるで華やかな宮殿にいるような気分になる。

「なんで、キョースケさんか、デスか……。さっきも言った通り、キョースケさんは獣人に対して憎しみも偏見も持っていなさそうだったデスし、何より、ワタシの弟子、だからデス。こんなナリなので殆どパーティーを組んだことは無いので、キョースケさんが一番パーティーを組んだ回数が多いんデスよ。出会ってからは短いデスけどね」

 付け加えるように「あと、顔もカッコいいデス」と言われたけど、まあお世辞だろう。
 けど、さっき言われた俺が獣人に特に偏見も持っていないってのが大きいのか。

「それと、なんでこんなことに拘るか、デスけど……。ワタシ、これでもそれなりの年齢なんデスが、一度もしたことが無いんデス。したくても、する時は帽子を脱がなくちゃいけないデスから。それで、こんな時期に発情期が重なったものデスから……せっかくデスし、キョースケさんなら……と。あと……いえ、なんでもないデス」

 最後に少し口ごもったけど、だからなんでこっちの世界の女の人は欲望のはけ口として俺を選ぶのか。
 またため息をつくと、リューが、話は終わったとばかりに俺の方へしなだれかかってきた。しまった、ウォーターバインドを発動するのが遅れた!
 むにゅりと……どこの感覚とは言えないけど、柔らかい何かが押し当てられる。え、これなんてエロゲ。

「……幸いにも、キョースケさんにはパートナーがいない様子デス。それなら……ワタシに、たった一夜だけでいいデスから、お情けをくださいデス……」

 儚げに、それでいて艶っぽく……俺の耳元で囁く、リュー。
 断るのは簡単だ。ここで突き飛ばせばいい。
 だけど、俺の心が警鐘を鳴らしている。
 リューの――あの、死を覚悟していた眼。
 ここで突き放してしまうと、二度とリューに会えない気がする。
 別に、赤の他人――それこそ、一度も喋ったことのないクラスメイトだったらそれでいいだろう。けど、リューは赤の他人というには、関わりを持ちすぎている。
 出来たら……死んで欲しくは、無い。
 さあ、どうする。
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