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第三章 アンタレスの事件なう
64話 みんなで飲みなう
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64話 みんなで飲みなう
目の前の魔物は……なんていうか、蝙蝠のような形をしているキラーバットがそのまま大きくなったような魔物だ。
ただ……足が、ある。太い足で、地面に立っている。
「うーん……足がある、蝙蝠。フットバットとでもしておこうか」
京助が、相変わらずセンスのないネーミングでその魔物を呼ぶ。アイツは前の世界で、捕まえたポケットに入るモンスターの名前も奇天烈な名前だったしな。
京助はフットバットを睨みつけながら、こちらに指示を出す。
「冬子、周りの雑魚をお願い。ただし、確実に首を刎ねること。じゃないと後で魔魂石の回収がしづらいからね」
「了解だ。……京助、お前はどうする?」
「この場で斬っちゃうけど、後でマリルさんに一声かけて討伐依頼を出してもらうことにするよ。そうすれば謝礼ももらえるから」
「そうでなくて! ……倒せるのか?」
「さあね? ただまあ、神器解放――喰らい尽くせ『パンドラ・ディヴァー』」
『カカカッ! アリャAランクにギリギリ辿り着いてナイクライダナァ! 固有性質は……音響操作ッテトコロカァ!』
京助が、物凄い力を凝縮させて――神器を解放する。
一段階、京助の『強さの圧』が上昇したような気すらする。それほどまでに迫力がある。いつでも油断しないところは京助らしい。
「シッ!」
冬子が息を吐くと同時に踏み込むと――
「さて、行こうか」
「ッ!?」
――唐突に、京助の声が耳元で聞こえ、冬子の声が出なくなった。
そのことには京助も驚いたようで、一瞬動きを止める。
「キィッ!」
さらに真上から聞こえてくる奇声に騙されて一瞬上を見るが、そこには何もない。しかし、目の前からメイルゴブリンが噛みつきにかかってきていた。
(くっ)
剣でそれを受け止めるが、音がしない。しかし、今度は風を斬る音が耳に届く。おそらく、これは京助の槍が空ぶる音だ。
(……音が、グチャグチャに聞こえるっ)
それでここまで混乱するとは思っていなかった。人間は……思ったよりも、音を頼りにしているらしい。
冬子はふう、と一度息を吐くと『激健脚』を発動させる。
(音は無視だ。目の前の魔物を斬る!)
意識を切り替え、速度を上げて踏み込み、すれ違いざまにメイルゴブリンの首を斬り落とす。
斬! と首が飛び、冬子はそこからすり足で移動し、魔物たちを視界に収める。
倒したことを京助に報告したいが、音を出すとまた不都合があるかもしれない。冬子はそれをぐっとこらえてまた構える。
二体、三体と問題なく首を飛ばす。今の冬子にとって、Dランク程度の魔物など困惑さえしなければ物の数ではない。
京助に任された雑魚を斬って、斬って、斬っていると――途端に、音が戻った。
「京助! 倒したのか!?」
さすがは京助、と思い振り向くと――そこには、まだフットバットが立っていた。しかし、フットバットの顔は困惑と焦燥に駆られている。
「ふーん……この固有性質、要するに音を操る空間を作り出すっていうタイプの能力だったんだね」
『マ、ソレガワカッチマエバ――あとは簡単ダナァ!』
「うん。その空間を封印してしまえばいいんだから。さて、それにしても……空間、というか結界を作る固有性質なんて初めて見たよ。……いや、もしかしたらウイングラビットとかの固有性質もそう言った類いだったのかもね」
「キシャアアアアアアアアアアア!」
京助は、先ほどまでの緊張はどこへやら、リラックスした表情でフットバットを眺めている。
「さて、フットバット。……覚悟はいいよね?」
そう呟いた瞬間、京助の身体がブレた。
そして次の瞬間には、フットバットの腹に風穴があいた。
「ふう。通常形態で『砲弾刺突』を撃つとこうなるんだね。……少し、体が痛いな」
どうも、ゴーレムドラゴンを倒した時の技を使ってみたらしい。なるほど、それならあの動きも納得だ。
「……なんというか、あれだけ緊張感があったのがバカみたいにあっさり倒したな」
「未知の敵が相手だったからね。アレくらい緊張するさ。……冬子もいたし」
京助が活力煙を咥えながら言う。
「それはそうと、流石は冬子だね。まさか全部の魔物の首を刎ねるとは」
「はは、お前に言われると嫌味に感じるぞ」
京助は冬子のことを褒めながら、サクサクと魔魂石を回収していく。
「フットバットの魔魂石は残念だったな」
「いいや、こいつは頭に魔魂石があるタイプだから、ちゃんと採取出来るよ。……ほら」
そう言いながら、京助はフットバットから魔魂石を抜き出し、フットバットは溶けてしまった。
……Bランク魔物からも軽々と魔魂石を採れるのか。
(そりゃ……魔石狩りとも呼ばれるわけだな)
冬子は改めて京助の凄さを再確認した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
狩りも終わり、ヘルミナの店に納品して――新しい防具を手に入れた冬子と、防具を直してもらった俺たちは、帰路についていた。
ちなみに、フットバットに関してはマリルからえらく感謝された。まあ、Bランク魔物を討伐すればそりゃ感謝もされるだろう。それに、今日の防具とか諸々の代金も取り戻せたしね。
「さて、そろそろ日も暮れるし『三毛猫のタンゴ』に行こうか」
あそこでご飯が食べれるから、特に買い食いしていくことも無いので普通に向かう。
「なんていうか、やっぱり娯楽が少ないものなんだな」
「アンタレスは賭場があんまりないからね。無いわけじゃないんだけど……なんていうか、あんまり盛り上がってない感じかな」
「そうなのか」
「だから、みんなもっぱら娼婦街に行くよ。……非合法だけど、亜人族が娼婦をやっているところもあるからね。そこでは何をしてもいいらしいから」
自分でも吐き捨てるように言ったのが分かる。アンタレスではない場所で、一度指名依頼を受けた時に、亜人族もいる娼館に行ったことがある。依頼人が娼館の長だったからね。
本当に、酷い扱いを受けていた。まさに、奴隷――いや、性奴隷と言った扱いだった。吐き気がするほどに。思わず、依頼も忘れてその場の人間を全員殺してしまおうと思うほどに。
「……そうなのか」
「うん。本当――魔族は拉致されている数が少ないのに、亜人族ともなるとかなりの人数にのぼる。この違いは魔法を使えるか否かなんだろうけど……でも、亜人族だからって何をしてもいいわけじゃない。彼らだって人間なんだから」
俺が、小声で――この世界で暮らしてきたからこんなことを言ったら眉を顰められるのが分かっているからだ――しかし、少し熱を込めて言う。
人族もやはり相当数が奴隷として囚われていて、そして虐待されているだろう。その問題も、亜人族の問題も、俺には解決させることは出来ない。
だから、見て見ぬふりをするしかない。いつか、チャンスが巡ってくるまで。
今すぐ奴隷商たちを皆殺しにしたところで、根本的な解決にはならないからだ。
俺は活力煙を咥え、心を落ち着ける。まったく……やはり、この世界はなかなか厳しいってのがよくわかるよ。
「まあ、そのうち嫌でも関わることになるだろうがな」
冬子が若干呆れたようにそんなことを言う。
……? どういう意味だろう。
「言葉通りの意味だ。お前が我慢できるわけないだろう? どうせ、そのうちことを構える。私はその時は思いっきり手伝うぞ」
「……なんか釈然としないけど、ありがとう。とはいえ、まだそんなことはしないよ」
「それはフラグか?」
「――安心して、俺は自他ともに認めるフラグブレイカーだから」
多少、呆れを滲ませつつ俺は冬子に言う。まったく、俺がそんな安いフラグを建てるわけないじゃないか。
俺は、しばらくは奴隷問題には何も口を出さないよ。
「あれ?」
冬子と話しながら歩いていると、魔法師ギルドの前に着いた。
「ここはなんだ? 京助」
「魔法師ギルドだよ。魔法使い達が研究を共有したりするために作られた組織だよ。中は……ぶっちゃけ、マッドサイエンティストの巣窟みたいになってるから、中に入ることはあまりおススメしないかな。ちなみに、俺はFランクのギルド員でもある」
魔法師ギルドとしての仕事はしてないけどね。それでも、ギルド員であると向こうの恩恵を受けられるし、魔法の実験だって出来る。役に立つことは間違いない。
魔法師ギルドにどうやって入るのかなどを聞かれたので冬子に説明していると……中から、リューが出てきた。
「やぁ、久しぶ、り……?」
声がしりすぼみになってしまったのは、人違いではないかと思ってしまったからだ。恰好は以前と同じ、体全体が黒いローブで包まれており、魔女のごときとんがり帽子をかぶっている。
だが、目が違う。
その眼は――死にに行く、覚悟を決めた目だ。
「リュー、久しぶりだね」
俺は、少しリューの肩を叩いてこちらを向かせる。すると、リューはいつも通りの笑みを浮かべた。
「ヨホホ! お久しぶりデスね、キョースケさん。……おや、そちらの女性はどなたデスか? とても美人デスが……ああ、もしかして彼女さんデスか!?」
なんでそんな愉快な勘違いをするのか。
「違うよ。こいつはトーコ。俺と同郷でね、ついさっきAGになりたてだよ。しばらくはアンタレスにいるつもりだから、何かあったら助けてあげて」
そう言って紹介すると……何故か、リューは物凄くホッとしたような顔になった。
なんでだろう? と俺が思うのよりも速く、リューはいつも通りの雰囲気に戻る。
「ヨホホ! もちろんデス。アンタレスで何かあったら、ワタシも協力を惜しみませんデス!」
笑顔を見せるリュー。冬子も握手してから、名乗る。
「私はトーコ・サノです。先ほど京助に紹介された通り、京助の同郷で……その、一番親しくしていた女、です……。よろしく頼みます」
何故か最後の方をゴニョゴニョと言っていたけど、まあ、いいんじゃないだろうか。
それにしても、敬語を使うとやっぱり珍しいのかな。俺は自分が礼儀知らずなものだから割と最初から誰にでもため口で話していたけど、AGじゃそれは浮かない。むしろ、丁寧な冬子の方が浮いてしまう。教育の水準が察されるような光景だよ。
とはいえ、別にリューはそれを気にするような風でもない。だから、俺も気兼ねなくリューを紹介できる。
「それで、冬子。こいつが、さっき話したリューだよ。本名はリリリュリー……だったよね?」
「確かそうデス」
「……本人も忘れてどうするのさ。まあ、ともかく――これもさっき言ったけど、アンタレスではトップクラスの魔法使いだ。魔法師ギルドではBランクに格付けされている。実戦という点では、アンタレスで一番の強さだよ」
「ヨホホ。そんなことはないデスよ。むしろ、もう魔法師としてはキョースケさんに敵わないかもしれませんデス」
「そんなことはないでしょ」
なんて言っていると、リューがおもむろに、
「そういえばデス、キョースケさん。しばらくアンタレスに滞在されるとのことでしたが……どこの宿に泊まられるんデスか?」
なんて聞いてきた。珍しいこともあったものだね。
「俺は『三毛猫のタンゴ』に泊まってるよ。唐突にどうしたの?」
「いえ、なんとなくデスよ。それでは、ワタシは用事があるのでこの辺で失礼させていただくデス」
「うん、またクエストに行こうね」
俺が声をかけると――リューは、物凄く切ない顔で、俺に笑いかけてきた。
「ええ、いつか、必ず――デス」
――その表情の意味は、実はすぐに分かることになる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
帰るとすっかり出来上がっているキアラと出会った。というか、昼間から飲んでいたんじゃないだろうか。
「おお、遅かったのぅ、キョースケ。妾は先に始めさせてもらっておるぞ?」
「別に構わないよ。俺はそもそもお酒を飲まないしね。リルラ、お久しぶり」
「お久しぶりです! キョースケさん! ……キョースケさんの槍捌き、久しぶりに見たいです!」
第一声がこれだ。まったく、相変わらず武器オタクなんだね。
「そんなに武器オタクだと、彼氏ができないよ?」
つい、親戚のおじさんみたいなことを言ってしまう。
すると、リルラはケラケラと笑うと、「何言ってるんですか~」と言ってきた。
「もう、付き合い始めて三年目ですよ~。ちょっとヘタレなところもありますけど、いい男ですよ? あ、彼もAGを目指してるんで、よかったら今度手ほどきをしてあげてください!」
「え、彼氏いたの?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ」
「……おい、ラノベに出てくる女の子キャラは全員フリーって相場が決まってるだろ!?」
「きょ、京助! 何かが乗り移ってないか!?」
「……はっ、ごめん、なんか電波を拾った」
さっき自分でフラグブレイカーとかほざいたけど、マジでそれを名乗ってもいいかもしれない。それくらい、驚いた。セオリー無視もいいところである。
どうも、俺が驚いているうちにお互いの自己紹介をすませたようで、何事も無く注文をとってリルラは去っていった。
「……いつのまにか、後で私の剣技を見せることになってしまった」
「じゃあ、抜刀術見せてあげたら? こっちの世界で抜刀術の使い手と戦ったことないし」
「そもそも、抜刀術とやらは長剣で出来るような技術ではなかろうに」
俺の提案にキアラが否というけど、本人の冬子は「それもいいな」と言っている。まあ、本人が出来そうなら問題無いね。
俺は活力煙を吹かしながら料理を待っていると……
「おお、キョースケじゃねえか! 前みたいにマリトンでも聞かせてくれよ!」
「ああ、サリル」
周りを見てみれば、懐かしい面々である。マリトンを弾くのは恥ずかしいんだけど……と言っていたら、冬子まで聞きたいと言い出したので、まさかの皆の前で弾くことになった。
「えーと……素人だから恥ずかしいんだけど、まあ一曲だけ」
そう言って、俺は最初に習った曲を弾いてみる。せいぜい一分半くらいの曲で、歌は無い。ゆっくりとしたテンポの、初心者向けの曲だ。
なんとか弾き切ると、拍手をいただけた。やれやれ、素人の曲なんて聞いてもつまらないだろうに。
「相変わらず、なんでもこなすな。京助」
「そう? まあ、気に行ってくれたならよかった」
「なあ、キョースケ! お前、AGじゃなくて吟遊詩人としても食っていけるぜ!」
「……それは無いと思うけどね、サリル」
そんなこんなでみんなと喋っていると、リルラがご飯を運んできてくれた。
「美味しそうだな」
「実際、美味しいよ?」
冬子にそう言って、俺も食べ始める。
後ろでは、どうも飲み比べとかが始まっているようだ。リルラからは、後でまたマリトンを弾いて欲しいとも言われた。そんなに気に入ってくれたのかな、この素人の演奏で。
(……なんていうか、久々に帰ってきたなぁ)
久々のアンタレスの夜、俺は活力煙を吹かしながらそんなことを思った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
楽しくご飯を食べて、みんなとも喋って……夜も更けてきたころ、俺たちはやっと解散して部屋に戻った。
「明日まで休日。明後日から働くから、冬子もキアラもそのつもりでね。お金を貯めて、他の街に行って……目的の物を知るのが俺たちの目標だから」
「分かった」
「分かっておるぞ」
ヨハネスに聞けば、教えてくれるのかもしれないけど……なんていうか、大事なコトであればあるほど、ヨハネスには聞いてはいけない気がするから、まだ聞いていない。
まったく、扱いに困る神器を渡してくれたものだよ、キアラは。
「……ん?」
何故か、俺の部屋の中に気配がある。だけど、殺気は感じない。
……誰だろう。
正直な話、この世界の宿屋の警備はザルだ。忍び込もうと思えば誰でも忍び込める。殆どのAGがお金を貯めないのも、そうして盗まれては意味が無いから、こうして稼いだ分は使ってしまうのだ。
殺気も無ければ、かといって物盗りといった風でもない。さて、誰だろうか。
「……キョースケさん、その、リューデス」
――中にいたのは、リューらしい。
なんでだろう……とは思いつつも、恨みを買った覚えも無いので襲撃されることも無いだろうと思い、中に入る。
「どうしたの? リュー」
俺が中に入ると、いつも通りの恰好をしたリューが、ベッドの前に立っていた。そして、手招きされている。
「?」
よく分からないけど、そちらへ来いという事なのだろうか。
俺はリューの前に立ち、「どうしたの?」と声をかけようとしたところで――
「え?」
――ドサリ、とベッドの上に押し倒された。
混乱する俺を他所に、リューがとんでもないことを言いだす。
「女性にも、性欲はあるんデスよ?」
――いや、ホントに何!?
目の前の魔物は……なんていうか、蝙蝠のような形をしているキラーバットがそのまま大きくなったような魔物だ。
ただ……足が、ある。太い足で、地面に立っている。
「うーん……足がある、蝙蝠。フットバットとでもしておこうか」
京助が、相変わらずセンスのないネーミングでその魔物を呼ぶ。アイツは前の世界で、捕まえたポケットに入るモンスターの名前も奇天烈な名前だったしな。
京助はフットバットを睨みつけながら、こちらに指示を出す。
「冬子、周りの雑魚をお願い。ただし、確実に首を刎ねること。じゃないと後で魔魂石の回収がしづらいからね」
「了解だ。……京助、お前はどうする?」
「この場で斬っちゃうけど、後でマリルさんに一声かけて討伐依頼を出してもらうことにするよ。そうすれば謝礼ももらえるから」
「そうでなくて! ……倒せるのか?」
「さあね? ただまあ、神器解放――喰らい尽くせ『パンドラ・ディヴァー』」
『カカカッ! アリャAランクにギリギリ辿り着いてナイクライダナァ! 固有性質は……音響操作ッテトコロカァ!』
京助が、物凄い力を凝縮させて――神器を解放する。
一段階、京助の『強さの圧』が上昇したような気すらする。それほどまでに迫力がある。いつでも油断しないところは京助らしい。
「シッ!」
冬子が息を吐くと同時に踏み込むと――
「さて、行こうか」
「ッ!?」
――唐突に、京助の声が耳元で聞こえ、冬子の声が出なくなった。
そのことには京助も驚いたようで、一瞬動きを止める。
「キィッ!」
さらに真上から聞こえてくる奇声に騙されて一瞬上を見るが、そこには何もない。しかし、目の前からメイルゴブリンが噛みつきにかかってきていた。
(くっ)
剣でそれを受け止めるが、音がしない。しかし、今度は風を斬る音が耳に届く。おそらく、これは京助の槍が空ぶる音だ。
(……音が、グチャグチャに聞こえるっ)
それでここまで混乱するとは思っていなかった。人間は……思ったよりも、音を頼りにしているらしい。
冬子はふう、と一度息を吐くと『激健脚』を発動させる。
(音は無視だ。目の前の魔物を斬る!)
意識を切り替え、速度を上げて踏み込み、すれ違いざまにメイルゴブリンの首を斬り落とす。
斬! と首が飛び、冬子はそこからすり足で移動し、魔物たちを視界に収める。
倒したことを京助に報告したいが、音を出すとまた不都合があるかもしれない。冬子はそれをぐっとこらえてまた構える。
二体、三体と問題なく首を飛ばす。今の冬子にとって、Dランク程度の魔物など困惑さえしなければ物の数ではない。
京助に任された雑魚を斬って、斬って、斬っていると――途端に、音が戻った。
「京助! 倒したのか!?」
さすがは京助、と思い振り向くと――そこには、まだフットバットが立っていた。しかし、フットバットの顔は困惑と焦燥に駆られている。
「ふーん……この固有性質、要するに音を操る空間を作り出すっていうタイプの能力だったんだね」
『マ、ソレガワカッチマエバ――あとは簡単ダナァ!』
「うん。その空間を封印してしまえばいいんだから。さて、それにしても……空間、というか結界を作る固有性質なんて初めて見たよ。……いや、もしかしたらウイングラビットとかの固有性質もそう言った類いだったのかもね」
「キシャアアアアアアアアアアア!」
京助は、先ほどまでの緊張はどこへやら、リラックスした表情でフットバットを眺めている。
「さて、フットバット。……覚悟はいいよね?」
そう呟いた瞬間、京助の身体がブレた。
そして次の瞬間には、フットバットの腹に風穴があいた。
「ふう。通常形態で『砲弾刺突』を撃つとこうなるんだね。……少し、体が痛いな」
どうも、ゴーレムドラゴンを倒した時の技を使ってみたらしい。なるほど、それならあの動きも納得だ。
「……なんというか、あれだけ緊張感があったのがバカみたいにあっさり倒したな」
「未知の敵が相手だったからね。アレくらい緊張するさ。……冬子もいたし」
京助が活力煙を咥えながら言う。
「それはそうと、流石は冬子だね。まさか全部の魔物の首を刎ねるとは」
「はは、お前に言われると嫌味に感じるぞ」
京助は冬子のことを褒めながら、サクサクと魔魂石を回収していく。
「フットバットの魔魂石は残念だったな」
「いいや、こいつは頭に魔魂石があるタイプだから、ちゃんと採取出来るよ。……ほら」
そう言いながら、京助はフットバットから魔魂石を抜き出し、フットバットは溶けてしまった。
……Bランク魔物からも軽々と魔魂石を採れるのか。
(そりゃ……魔石狩りとも呼ばれるわけだな)
冬子は改めて京助の凄さを再確認した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
狩りも終わり、ヘルミナの店に納品して――新しい防具を手に入れた冬子と、防具を直してもらった俺たちは、帰路についていた。
ちなみに、フットバットに関してはマリルからえらく感謝された。まあ、Bランク魔物を討伐すればそりゃ感謝もされるだろう。それに、今日の防具とか諸々の代金も取り戻せたしね。
「さて、そろそろ日も暮れるし『三毛猫のタンゴ』に行こうか」
あそこでご飯が食べれるから、特に買い食いしていくことも無いので普通に向かう。
「なんていうか、やっぱり娯楽が少ないものなんだな」
「アンタレスは賭場があんまりないからね。無いわけじゃないんだけど……なんていうか、あんまり盛り上がってない感じかな」
「そうなのか」
「だから、みんなもっぱら娼婦街に行くよ。……非合法だけど、亜人族が娼婦をやっているところもあるからね。そこでは何をしてもいいらしいから」
自分でも吐き捨てるように言ったのが分かる。アンタレスではない場所で、一度指名依頼を受けた時に、亜人族もいる娼館に行ったことがある。依頼人が娼館の長だったからね。
本当に、酷い扱いを受けていた。まさに、奴隷――いや、性奴隷と言った扱いだった。吐き気がするほどに。思わず、依頼も忘れてその場の人間を全員殺してしまおうと思うほどに。
「……そうなのか」
「うん。本当――魔族は拉致されている数が少ないのに、亜人族ともなるとかなりの人数にのぼる。この違いは魔法を使えるか否かなんだろうけど……でも、亜人族だからって何をしてもいいわけじゃない。彼らだって人間なんだから」
俺が、小声で――この世界で暮らしてきたからこんなことを言ったら眉を顰められるのが分かっているからだ――しかし、少し熱を込めて言う。
人族もやはり相当数が奴隷として囚われていて、そして虐待されているだろう。その問題も、亜人族の問題も、俺には解決させることは出来ない。
だから、見て見ぬふりをするしかない。いつか、チャンスが巡ってくるまで。
今すぐ奴隷商たちを皆殺しにしたところで、根本的な解決にはならないからだ。
俺は活力煙を咥え、心を落ち着ける。まったく……やはり、この世界はなかなか厳しいってのがよくわかるよ。
「まあ、そのうち嫌でも関わることになるだろうがな」
冬子が若干呆れたようにそんなことを言う。
……? どういう意味だろう。
「言葉通りの意味だ。お前が我慢できるわけないだろう? どうせ、そのうちことを構える。私はその時は思いっきり手伝うぞ」
「……なんか釈然としないけど、ありがとう。とはいえ、まだそんなことはしないよ」
「それはフラグか?」
「――安心して、俺は自他ともに認めるフラグブレイカーだから」
多少、呆れを滲ませつつ俺は冬子に言う。まったく、俺がそんな安いフラグを建てるわけないじゃないか。
俺は、しばらくは奴隷問題には何も口を出さないよ。
「あれ?」
冬子と話しながら歩いていると、魔法師ギルドの前に着いた。
「ここはなんだ? 京助」
「魔法師ギルドだよ。魔法使い達が研究を共有したりするために作られた組織だよ。中は……ぶっちゃけ、マッドサイエンティストの巣窟みたいになってるから、中に入ることはあまりおススメしないかな。ちなみに、俺はFランクのギルド員でもある」
魔法師ギルドとしての仕事はしてないけどね。それでも、ギルド員であると向こうの恩恵を受けられるし、魔法の実験だって出来る。役に立つことは間違いない。
魔法師ギルドにどうやって入るのかなどを聞かれたので冬子に説明していると……中から、リューが出てきた。
「やぁ、久しぶ、り……?」
声がしりすぼみになってしまったのは、人違いではないかと思ってしまったからだ。恰好は以前と同じ、体全体が黒いローブで包まれており、魔女のごときとんがり帽子をかぶっている。
だが、目が違う。
その眼は――死にに行く、覚悟を決めた目だ。
「リュー、久しぶりだね」
俺は、少しリューの肩を叩いてこちらを向かせる。すると、リューはいつも通りの笑みを浮かべた。
「ヨホホ! お久しぶりデスね、キョースケさん。……おや、そちらの女性はどなたデスか? とても美人デスが……ああ、もしかして彼女さんデスか!?」
なんでそんな愉快な勘違いをするのか。
「違うよ。こいつはトーコ。俺と同郷でね、ついさっきAGになりたてだよ。しばらくはアンタレスにいるつもりだから、何かあったら助けてあげて」
そう言って紹介すると……何故か、リューは物凄くホッとしたような顔になった。
なんでだろう? と俺が思うのよりも速く、リューはいつも通りの雰囲気に戻る。
「ヨホホ! もちろんデス。アンタレスで何かあったら、ワタシも協力を惜しみませんデス!」
笑顔を見せるリュー。冬子も握手してから、名乗る。
「私はトーコ・サノです。先ほど京助に紹介された通り、京助の同郷で……その、一番親しくしていた女、です……。よろしく頼みます」
何故か最後の方をゴニョゴニョと言っていたけど、まあ、いいんじゃないだろうか。
それにしても、敬語を使うとやっぱり珍しいのかな。俺は自分が礼儀知らずなものだから割と最初から誰にでもため口で話していたけど、AGじゃそれは浮かない。むしろ、丁寧な冬子の方が浮いてしまう。教育の水準が察されるような光景だよ。
とはいえ、別にリューはそれを気にするような風でもない。だから、俺も気兼ねなくリューを紹介できる。
「それで、冬子。こいつが、さっき話したリューだよ。本名はリリリュリー……だったよね?」
「確かそうデス」
「……本人も忘れてどうするのさ。まあ、ともかく――これもさっき言ったけど、アンタレスではトップクラスの魔法使いだ。魔法師ギルドではBランクに格付けされている。実戦という点では、アンタレスで一番の強さだよ」
「ヨホホ。そんなことはないデスよ。むしろ、もう魔法師としてはキョースケさんに敵わないかもしれませんデス」
「そんなことはないでしょ」
なんて言っていると、リューがおもむろに、
「そういえばデス、キョースケさん。しばらくアンタレスに滞在されるとのことでしたが……どこの宿に泊まられるんデスか?」
なんて聞いてきた。珍しいこともあったものだね。
「俺は『三毛猫のタンゴ』に泊まってるよ。唐突にどうしたの?」
「いえ、なんとなくデスよ。それでは、ワタシは用事があるのでこの辺で失礼させていただくデス」
「うん、またクエストに行こうね」
俺が声をかけると――リューは、物凄く切ない顔で、俺に笑いかけてきた。
「ええ、いつか、必ず――デス」
――その表情の意味は、実はすぐに分かることになる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
帰るとすっかり出来上がっているキアラと出会った。というか、昼間から飲んでいたんじゃないだろうか。
「おお、遅かったのぅ、キョースケ。妾は先に始めさせてもらっておるぞ?」
「別に構わないよ。俺はそもそもお酒を飲まないしね。リルラ、お久しぶり」
「お久しぶりです! キョースケさん! ……キョースケさんの槍捌き、久しぶりに見たいです!」
第一声がこれだ。まったく、相変わらず武器オタクなんだね。
「そんなに武器オタクだと、彼氏ができないよ?」
つい、親戚のおじさんみたいなことを言ってしまう。
すると、リルラはケラケラと笑うと、「何言ってるんですか~」と言ってきた。
「もう、付き合い始めて三年目ですよ~。ちょっとヘタレなところもありますけど、いい男ですよ? あ、彼もAGを目指してるんで、よかったら今度手ほどきをしてあげてください!」
「え、彼氏いたの?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ」
「……おい、ラノベに出てくる女の子キャラは全員フリーって相場が決まってるだろ!?」
「きょ、京助! 何かが乗り移ってないか!?」
「……はっ、ごめん、なんか電波を拾った」
さっき自分でフラグブレイカーとかほざいたけど、マジでそれを名乗ってもいいかもしれない。それくらい、驚いた。セオリー無視もいいところである。
どうも、俺が驚いているうちにお互いの自己紹介をすませたようで、何事も無く注文をとってリルラは去っていった。
「……いつのまにか、後で私の剣技を見せることになってしまった」
「じゃあ、抜刀術見せてあげたら? こっちの世界で抜刀術の使い手と戦ったことないし」
「そもそも、抜刀術とやらは長剣で出来るような技術ではなかろうに」
俺の提案にキアラが否というけど、本人の冬子は「それもいいな」と言っている。まあ、本人が出来そうなら問題無いね。
俺は活力煙を吹かしながら料理を待っていると……
「おお、キョースケじゃねえか! 前みたいにマリトンでも聞かせてくれよ!」
「ああ、サリル」
周りを見てみれば、懐かしい面々である。マリトンを弾くのは恥ずかしいんだけど……と言っていたら、冬子まで聞きたいと言い出したので、まさかの皆の前で弾くことになった。
「えーと……素人だから恥ずかしいんだけど、まあ一曲だけ」
そう言って、俺は最初に習った曲を弾いてみる。せいぜい一分半くらいの曲で、歌は無い。ゆっくりとしたテンポの、初心者向けの曲だ。
なんとか弾き切ると、拍手をいただけた。やれやれ、素人の曲なんて聞いてもつまらないだろうに。
「相変わらず、なんでもこなすな。京助」
「そう? まあ、気に行ってくれたならよかった」
「なあ、キョースケ! お前、AGじゃなくて吟遊詩人としても食っていけるぜ!」
「……それは無いと思うけどね、サリル」
そんなこんなでみんなと喋っていると、リルラがご飯を運んできてくれた。
「美味しそうだな」
「実際、美味しいよ?」
冬子にそう言って、俺も食べ始める。
後ろでは、どうも飲み比べとかが始まっているようだ。リルラからは、後でまたマリトンを弾いて欲しいとも言われた。そんなに気に入ってくれたのかな、この素人の演奏で。
(……なんていうか、久々に帰ってきたなぁ)
久々のアンタレスの夜、俺は活力煙を吹かしながらそんなことを思った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
楽しくご飯を食べて、みんなとも喋って……夜も更けてきたころ、俺たちはやっと解散して部屋に戻った。
「明日まで休日。明後日から働くから、冬子もキアラもそのつもりでね。お金を貯めて、他の街に行って……目的の物を知るのが俺たちの目標だから」
「分かった」
「分かっておるぞ」
ヨハネスに聞けば、教えてくれるのかもしれないけど……なんていうか、大事なコトであればあるほど、ヨハネスには聞いてはいけない気がするから、まだ聞いていない。
まったく、扱いに困る神器を渡してくれたものだよ、キアラは。
「……ん?」
何故か、俺の部屋の中に気配がある。だけど、殺気は感じない。
……誰だろう。
正直な話、この世界の宿屋の警備はザルだ。忍び込もうと思えば誰でも忍び込める。殆どのAGがお金を貯めないのも、そうして盗まれては意味が無いから、こうして稼いだ分は使ってしまうのだ。
殺気も無ければ、かといって物盗りといった風でもない。さて、誰だろうか。
「……キョースケさん、その、リューデス」
――中にいたのは、リューらしい。
なんでだろう……とは思いつつも、恨みを買った覚えも無いので襲撃されることも無いだろうと思い、中に入る。
「どうしたの? リュー」
俺が中に入ると、いつも通りの恰好をしたリューが、ベッドの前に立っていた。そして、手招きされている。
「?」
よく分からないけど、そちらへ来いという事なのだろうか。
俺はリューの前に立ち、「どうしたの?」と声をかけようとしたところで――
「え?」
――ドサリ、とベッドの上に押し倒された。
混乱する俺を他所に、リューがとんでもないことを言いだす。
「女性にも、性欲はあるんデスよ?」
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