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第三章 アンタレスの事件なう

60話 殺人者なう

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 メローは、震えることすら忘れ、ただただ呆然と京助を眺めている。瞳に生気……という か生きようという意思がなく、諦観が浮かんでいる。絶望に塗りつぶされた眼。
 京助はそんなメローを見て表情を一切変えることなく体に纏っていた炎を右手に集め、メローに向けた。明らかに殺すつもりだ。

(あっ……)

 ドクン、と心臓が跳ねた。嫌な跳ね方、緊張のそれとも違う――言うなれば恐怖。自分は今、彼によって助けられた。もう危機は脱したはずだ。それなのに、自分は恐怖を感じている。
 それは、何故だ?

「……何してるの、冬子」

 ギョロリ、と京助が鬱陶し気な目を向ける。そんな目で見られて初めて気づいた、自分が京助の左手にしがみついていることに。

「えっ……あっ……いや、その……」

 上手く言葉が出てこないが、腕だけはしっかりと彼の腕を掴む。この手を離したら、マズい。それだけはよく分かる。
 そもそも、今回は自分が先走ったせいでこうなったのだ。自分が先走り、敵を見誤り、挙句ピンチに陥り……それを京助が助けてくれた。
 悪党を倒し、自分は救出され……敵のボスと対峙している。そういう場面のはずだ。
 なのに、何故……こうも不安に駆られるのか。焦りに駆られるのか、恐怖が掻き立てられるのか。

(……でも、ダメ、なんだ)

 心臓が煩い。体の中からまるでライブハウスにいるような重低音が聞こえる。
 そっと、京助の顔を見る。怒りに満ち、今にも人を殺しそうな殺気をまき散らす京助の顔を――

(……あっ)

「ねぇ、冬子。もう一度訊くよ? ――何してるの?」 

 ――その殺意に満ちた瞳を見て、何が冬子を恐怖に駆り立てていたのか見当をつける。それは冬子の心に根本的に根差している倫理観。ある意味では真っ当な心理。
 京助が、人を殺すことが……怖い、のではなかろうか。

「ダメ、だ。京助、落ち着いてくれ」

「……俺は落ち着いてるよ。冬子こそどうしたの? まさかとは思うけど、殺すなとか言わないよね?」

 冷たい眼を向ける京助。ただそれだけで皮膚がひりつくような感覚を覚える。これがもしも自分に向けられていたら――と、想像するだけでゾッとする。
 とはいえ、彼の言うことももっともだ。メローは自分を売り飛ばす気で攫い、部下にレイプさせようとしてきた。ハッキリ言って救いようのない外道だ。
 それなのに助命を願う?

(バカバカしい、はず……なのに)

 やはり恐怖が消えない。いや――むしろ京助の言葉を聞いて余計に増した。京助がメローを殺す、その状況に冬子は恐怖を抱いている。
 京助が誰かを殺すシーンを見るのは初めてじゃない。ヒルディの時は何も思わず、むしろ頼もしいとさえ思ったのに。
 一体、何が違う? メローが無様に命乞いをしたから情が移った?
 いや、違う。そんなバカなことはない。 
 冬子が混乱しているのを察してか、諭すように京助が口を開く。

「いい? 冬子。こいつは既に俺たちに危害を加えた。君に至っては売られかけた。……つまり、明確に敵ってことだ。万が一ここで取り逃せば復讐に来るかもしれない。だからしっかりトドメを刺さないとダメなんだよ」

「そう……なの、か? その……冒険者ギルドとか、そういう組織に連れていけば裁かれるとか、そういうのは……無い、のか?」

 冬子の問いに、京助はやれやれという風に首を振る。

「あるかもしれないけど、確実にこいつを始末出来るとは限らない。……大事なことは、今後二度とこいつが俺たちの前に現れないことだ。そして、そうするためには殺すしか確実な方法はない」

 そう言って、京助はメローの方に顔を向ける。

「この世界には、俺たちを守ってくれる親はいない、教師もいない、法だってどこまで信用出来たものか。自分の身は自分で守る必要がある。だから――殺すんだ。冬子、邪魔をしないで」

 自分の身は自分で守る。当然だろう。そしてそのために敵は徹底的に――殺してでも排除する。それも分からなくはない。一人で生き抜くための覚悟としては真っ当かもしれない。
 だが、それでも――ここで京助に殺させるわけにはいかないと心が叫んでいる。理屈ではなく、本能で。
 冬子は、京助の手をグッと握る。先ほどまでよりも、さらに強く。 

「どうしたの? 冬子」

「京助……殺しちゃ、ダメだ」

 強い目で睨むと、どうやら冬子が本気だということが京助に伝わったらしい。再び、メローから冬子へと意識を向けてくれた。
 冬子は――体ごと京助をこちらに向けさせて、無理やり自分に正対させる。

「ほだされたの? 冬子」

「いや、違う」

「じゃあなんで?」

 京助の短い問いに、冬子は少しだけ考えてから……口を開く。

「その、今はもう……戦闘が終わってるからだ」

 ピクリ、と京助の眉が少し動いた。

「どういう意味?」

 そして、ぞわり……と、京助からの『圧』が増す。殺意ではない。しかし、かなりの怒りを感じる。
 そして、その『圧』に耐えきれなかったのか、先ほどまで震えていたメローは、とうとう白目をむいて気絶してしまった。
 無論、冬子もそれが恐ろしかったが……それでもなお、己の心に従って口を開く。

一度口から出た言葉はもう取り消せないし、取り消すつもりもない。

「どういう意味も、こういう意味も……もう、お前は制圧完了しているだろう?」

「まあ、そうだね」

「なら、もうこれ以上やる必要はないんじゃないか?」

「甘いよ冬子」

 京助の目つきが鋭くなり、右手の火球を更に大きくする。

「さっきも言ったけど、ここで見逃したらこいつが俺たちを殺しにくるかもしれない。後ろから刺されるかもしれないし、毒を盛られるかもしれない。俺たちより強い人を金で雇うかもしれない」

 カッ、京助のブーツが鳴る。見れば踵で地面を削るように叩いていた。

「制圧完了してようが何だろうが、俺たちに敵対した相手が生きている――それがもう脅威なんだ。生きている限り復讐される可能性は消えない。だから殺せる時に殺す」

 ゾッとするような眼。冬子が今ここで一歩下がれば、一秒もかからずメローを灰にしてしまうだろう。
 殺す、というセリフが脅しではなくただの行動として実行される。

「分かった?」

「い、いや。……京助、人は人を殺したら、ダメなんじゃないか?」

「何を今さら。俺が何人殺してきたと思ってるのさ。そもそも、それは元の世界の倫理観だ。この世界では通用しない」

 取り付く島もない京助。だけど、ここで退くわけにはいかない。
 冬子は、必死に頭を回転させる。

「京助、確かに……こちらの世界では人の命が、前の世界よりも軽いかもしれない。だけど、だけど――やはり、やっていいこととダメなことがあると思うんだ」

 一歩、京助に近づく。京助は多少困惑した顔をしつつも腕の炎を消して冬子の目を見つめた。少し色素の薄い茶色がかった瞳を見て――改めて想う。

(私は、京助のことが――好き、だ)

 だからこそ、恐ろしい。彼が今、無抵抗の人間を殺そうとしていることが。
 いや、前提としてこの女は屑だ、外道だ。殺されて当然――とまではいわないが、彼女を殺すことを咎める人間はいないだろう。
 しかしそれはあくまで、彼女が抵抗してきた場合の話……では、無いだろうか。

「京助、メローをここで殺す理由が、本当にあるのか? 復讐してくると言うが、本当にそうか? ここまで心を折られた人間が、本当に向かってくると思うのか?」

「うん。こういうのに限って執念深いからね」

 吐き捨てるように言う京助。

「こいつは既に冬子を狙った。であればもう敵だ。洒落で済む範囲を超えてる」

「だ、だが……だな、京助。お前はこの場にいた連中を一瞬で殺してしまったんだろう? 象が蟻を踏み潰すように。ここにいるのは心の折れた雑魚だ。それでも……か?」

 無造作に手で振り払うだけで、対処出来てしまう。それほどまでに、京助と彼らの実力差はある。

「俺たちを狙う方が悪い」 

 バッサリと切り捨てる京助。そしてバッと冬子の腕を振り払った。これ以上話すことはないとばかりに。
 慌てて今度は京助の胴に抱き着く。

「……いい加減にして、冬子。そろそろ本気で怒るよ」

「だ、だが……ダメだ! お前は、本当にただ敵対されたっていうだけで殺すのか!?」

「ただ敵対されただけじゃない。こいつは冬子を奴隷として売ろうとしていた。犯罪も犯罪――重罪の外道だ」

「で、でも――」

「万が一、ここで殺さなかったとして――こいつのバックに、例えば貴族とかがいたとして……助命されたらどうする?」

 京助の言葉に、びくっと身をすくませる。
 そういえば、こいつは領主がどうとか言っていた。それはつまり、仮に捕まっても出てくるということなのか?
 冬子の腕から力が抜ける。京助は冬子を引きはがすと、目をメローの方へ向けた。

「無いとは限らない。それで牢から出たらまた同じことをやる! ならここで確実に息の根を止める。分かったら邪魔だ、どいてて冬子」

 ――そう言って、京助は火球を膨れ上がらせる。
 もうだめだ、とそこで悟る。京助にはもう声は届かない。でも、どうしても――今、無抵抗なメローを殺そうとしている京助というのが受け止め切れない。
 仮にここで彼がメローを殺したとして、彼に失望するとか嫌いになるとかそういうことは一切無いだろう。
 しかし、それとは別なのだ。好きな人が、無抵抗の人を殺めるという恐怖は。元の世界の倫理観もあるだろう。でもそれとは違う、本能的な何かが訴えているのだ。
 ここで京助がメローを殺すのは、ただ犯罪者を殺すというだけじゃないということを。

「本当にそれだけ……なの、か?」

 ジワリ、視界が滲む。

「それだけの理由か? 人を攫って奴隷にしようとしている。これは反吐が出るほどの悪だろう。だが、だが! 相手が投降しているのに、それでも殺すのか?」

 もう、自分でも何を言っているのか分からないまま口を開く。ただ己の恐怖心に従い、思うままに。

「それは、それは……違う、違うだろう京助!」

「だったら――冬子、それなら、冬子は許せるっていうの? 人の尊厳を踏みにじり、侮辱し、そしてすべてを奪うことを! そんなことをやっている人間を許せるっていうの!?」

 冬子の叫びに、振り返った京助はそれ以上の声量で言い返してくる。しかしそれでやっと分かった、違和感の正体に気づけた。
 ああ、やっぱり殺させちゃだめなんだ。少なくとも、落ち着いてもう一度判断してもらわないとダメだ。とにかく今はダメなんだ。

「……そう、やっと分かった。京助、お前は……キレてる、違うか?」

「何を――」

「お前は!」

 そのまま、京助の胸倉を掴む。長身の京助を見上げる形になり、鼻と鼻がくっつく。目と目が合い、少しだけ言いようのない羞恥に襲われて顔を赤くする。
 しかしそれでも、言葉を止めない。
 冬子は京助が人を殺すことが恐怖だったわけじゃないのだ。
 冬子は――京助が感情のまま、無抵抗の人間を殺すことが怖かったのだ。

「お前は! メローが許せないだけだ。人を攫って奴隷にするなんていうことをしているメローが許せないだけなんだ! お前はキレているから、衝動的に殺したくなっているだけなんだ! この世界では自分の身は自分で守らなきゃいけないという言葉を言い訳にして、ただ自分の腹が立った奴を殺したいだけなんだ! 違うか!?」

 目を見開く京助。何かに気づいたというよりも――思っても無かったことを言われた、という風な顔だ。

「お前が、お前が……本当に、落ち着いて考えた上で……メローを殺すと判断したなら、私は何も言わない、言えない。当たり前だ、私は今助けられる立場で……足を引っ張った側だからだ」

 でも、と首を振る。滲んだ視界が完全に水没する。

「でも……ただ、感情のままにその力を振るおうとしているなら……やめて、くれ。ただ衝動的に力を使わないでくれ……っ。それじゃまるで、ただの人殺しじゃないか……っ」

 つぅ、と暖かい液体が冬子の頬を伝う。

「頼む……頼む、頼むよ、京助……少し落ち着いて考えてくれるだけでいいんだ。キレて、無抵抗の人を殺す、それだけはやめてくれ……!」

 うなだれるように、京助の胸に顔をうずめる。だらりと腕から力が抜ける。

「それが、お前の日常になったら……きっと元の世界にも帰れない。万が一、お前が感情のままに人を殺す人になってしまっていたら……普通には生きられない。そんなのは、嫌なんだ……ッ!」

 そうして、京助を見つめる。彼の表情は……先ほどまで冷たいものと違い、穏やかになっている。いつもの京助だ。
 それに少なからず安心を覚えていると……京助の腕がそっと背中に回された。

「冬子……落ち着いてと言ったね」

 そして、ギュッと抱きしめられる。

「うん、少し落ち着いた。……俺はやっぱり殺す必要があると思うよ、メローは。これだけ派手にやってて未だに捕まってないんだ。バックがある可能性は高い」

 耳元でささやかれるように告げられる京助の声。メローの命に執着があるわけではないので、彼が落ち着いてくれただけでもホッとする。
 ……だからといって、好きな男が無抵抗の人間を殺すところを積極的に見たいわけじゃない……というか見たくはないが。

「でも、冬子。……無抵抗の人間を殺すのには抵抗がある?」

 京助の問い。さっきまでそう主張していたのだから訊かれるのは当然だろう。嘘をつく必要もないかと思い、コクリと頷く。

「そう」

 京助は一言そう言って黙り……更に腕に力を籠めた。

「……だからといって、流石に殺すなとは思っていないさ。必要性があるなら割り切る、そのつもりで城を出たからな。ただ、私は……キレて、感情だけで殺さないで欲しいだけだ」

 そうなればきっと、元の世界に戻った時に苦労するから。
 冬子の言葉を聞いた京助は一度、二度頷いてから……ゆっくりと口を開く。

「俺は、今後も敵に容赦はしない。俺や冬子に危害を加えたのならば情状酌量の余地なしだ。たとえそれが神でも悪魔でも。俺は、俺の世界を害する奴を許すつもりはない」

「ああ」

「だけど――そう、だね」

 京助は一度言葉を切ると、苦笑して天を仰いだ。

「ただ感情に任せて……無抵抗の人間の命を奪わないことにするよ。向こうが抵抗をやめたら、体の自由を奪って、あとはギルドなりに任せる。だけど、もしも抵抗してくるなら、たとえ相手がいくら弱かろうとも躊躇はしないし、必要とあれば無抵抗でも殺す。これだけは譲れない」

 キッパリと言い切った京助。だけど、声音からはもう怖い何かは感じられない。
 だから、冬子も何も言わず、ただ黙ってうなずいた。

「それと、もう三つ頼みがあるんだ」

 京助は、冬子の身体をパッと離すと少し悲し気な目で見つめてきた。

「一つ目は……頼みというか、そうだね。お説教? 彼女が盗賊団かもしれないって言ったでしょ。あの忠告を無視して一人で向かったのはいただけない。最低限、街の外にいるときは……AGの先輩である俺の言うことを聞いて、単独行動をしないで欲しい。これが守れないなら街の外に連れて行けない」

「あ……その、すまない」

 素直に謝罪する。言われてみれば、今回の件は冬子の独断専行でピンチに陥ったと言っても過言ではない。少々、AGの仕事というものを舐めていたのかもしれない。

「今回は運よく助かったけど、次以降もそうなるとは限らない。絶対に今回みたいなことはしないで。仮に譲れないものがあるとしても、感情に任せた単独行動はダメだ。分かった?」

「ああ、本当にすまない」

 深く頭を下げる。
 騙されていたことはまだしも、独断で単独行動してしまった。それは……良くない。自分の力を過信していた。
 もっと気を付けねば。
 深々と下げた頭を上げると、京助は「じゃあ二つ目ね」と指を二本立てた。

「俺は……確かに、こっちの世界に慣れ過ぎている、というよりも、必要以上に気を張り詰めていたかもしれない。だから、冬子。俺があまりにも元の世界の倫理観からズレていたら……指摘して欲しい」

「ああ、わかった」

 京助は、冬子が了承するとかなり安心した表情になっていた。

「それで、俺が元の世界のことを忘れないように……して、欲しいんだ。このままじゃ、俺は冬子の言うとおりになるかもしれない。それを一切自覚していなかったのが、恐いんだ」

「そうか……」

 一切自覚していなかった――というのは、ずっと一人だったからじゃないだろうか。京助が人を殺すことに忌避感が無いのが何故かは分からないが、きっとそこに何か理由があったんだろう。
 だったら、京助の頼みを聞いてやるだけのことだ。

「分かった。私は、お前に元の世界のことを思い出させるために思い出話に花を咲かせよう。それでいいか?」

「うん、お願い」

 穏やかにほほ笑む京助を見て、冬子の心も落ち着いてきた。
 心が落ち着いてきたことで、周りが見えるようになってくる。そして、周りが見えるようになってくると――

「それで、最後の頼みなんだけど……いくら、冬子の身体が起伏に乏しいからといっても、その、下着姿で密着されるとさすがの俺も……」

「~~~~~~~~~~~~~っ!!!! この、アホーっ!!!」

 バキッ!
 異世界に来て、一番威力の高いパンチを打てたんじゃないかと思う。


~~~~~~~~~~~~~


「どれ、こちらの準備……というか、ステータスプレートの回収は終わったぞ? キョースケ、トーコ」

「ん、ありがとう、キアラ」

 俺はキアラからステータスプレートを受け取り、痛む頬をさすりながらメローの方を向く。

「それでどうするんぢゃ?」

「ん、殺す気だったけど……仮にこいつらにバックがいるなら、ここで捕まえて尋問なりにかけた方が芋づる式に他の奴らを捕まえられるんじゃないかって思って」

「賢明ぢゃな。少しは冷静になったようぢゃ」

 キアラがニヤニヤと笑う。確かに短絡的になっていたかもしれない。こいつ一人の情報から全てが知れるとは限らないが……組織的にやっているなら、それごと皆殺しにした方が効率的だ。
 ちゃんと全て解決するためには一時の怒りは飲み込まないとね。
 そういえばと思って俺はメローのステータスプレートを探そうとして……彼女が裸だったことを思い出す。
 このまま裸でギルドに突き出してもいいけど……そうすると、あらぬ疑いをかけられる場合がある。あらぬ疑いというのは、相手が盗賊だからということで裸に剥いて性的暴行を加えたという疑いだ。そういうAGはたまにいるので、無用な疑いをかけられる必要もないだろう。

「冬子、その女に何か服でも着せておいて」

「分かった」

 そして、フンと顔をそらされる。顔が真っ赤になっているから、おそらく怒っているのだろう。
 ……いや、アレは俺が悪いのか? まあ、いいか。
 俺はその他盗品とかが無いかアジトの中を手分けして探して……特に何もなかったのでみんなで集まり、デネブに引き返す。

「やれやれ、これで勇者と鉢合わせなければいいけど」

「大丈夫だろう。この後行こうとしていた塔は私たちが行こうとしているアンタレスとは逆方向だ」

「どこの塔?」

「確か、アケルナーの塔だ」

「ほぅ、それならば確かにアンタレスとは真逆ぢゃのぅ」

 こちらの地理には疎いが、真逆と言うなら大丈夫だろう。
 俺がメローを背負っていると……モゾモゾと動き、メローが目覚めた。

「え……ヒッ!!」

「怪しい動きを見せたらすぐ殺す」

 俺が釘をさすと、メローはがたがたと震えて動かなくなった。うん、これなら無害そうだ。
 ……さっきは、本当に頭に血が上っていたんだね。冷静な判断なんて、出来ていやしなかった。
 そして……自分は、予想以上に気を張ってしまっていたみたいだ。如何なる時も敵は皆殺し――ではなく、必要に応じて殺しの人数を変えないといけないね。抵抗するなら躊躇いなく殺すし、投降しているフリとかなら容赦なく殺すつもりだけど。
 当然だけど、それは良心の呵責とかではない。ちゃんと、殺すべき時と殺すべきでない時を感情ではなく、ありとあらゆる面から判断し、考慮しなくてはならない、ということを忘れかけていただけだ。
 ……冬子のことになると、どうしても俺は冷静さを欠くみたいだね。それを今回の出来事で痛感したよ。
 ため息をついて、キアラの方を見る。

「何もかも見透かした顔がとても腹が立つよ」

「そうかのぅ。妾でも見通すことが出来んものもあるんぢゃぞ? 例えば、お主のトーコへの想いとかのぅ」

「……キアラ、俺もう今日疲れてるから怒りたくないんだけど」

「ほっほっほ」

 もう一度ため息をついて、怒りを逃がす。そして懐から……あ、活力煙が切れてる。クソッ、イライラさせることが続くな。
 暫く歩くとデネブの門が見えてきたので、ギルドの出張所でメローを受け渡す。その結果が出るまで俺たちは出張ギルドの外で待つことにして、壁にもたれかかった。

「生け捕りにしたから……少し、色を付けてくれるかもしれないってさ。どうも、賞金首ではなかったらしいけど、ここ最近多発していた女性AGの失踪事件と何か関わりがあるかもってさ」

「そうか。……ちなみに、アレでいくらくらいになりそうなんだ?」

「ん? んー……」

 どんぶり勘定になるが、頭の中で計算してみる。
 ふむ……盗賊は基本的には、そこまでの値段にはならない。その盗賊がある程度名前が知られていない限りは。
 ただ……メローはそこそこ困らせていたみたいだからね。Cランク魔物くらいの価値はあるかもしれない。

「大金貨五枚くらいかな」

 諸々の事情を踏まえてそう言うと、冬子はかなり驚いた顔をした。

「そ、そんなにもらえるのか!?」

「いつもいつもそんなに貰えるわけじゃないよ。正直、このレベルでもらえるのは稀だからね。普段は地味な仕事ばっかりだし。採取の仕事とか、なかなか面倒だよ」

 油断しているとバッサリやられることも多いしね。
 けれど、冬子はそれを聞いていても衝撃が大きいらしい。

「その……AGというのは、全くもらえない仕事だと聞いていたんだが……」

 確かに、日当五万円とか、前の世界で考えたらどんだけ危険なアルバイトなんだよとは思わんでもない。

「その分危険だからね」

「やはり、一人で暮らしていると逞しさが違ってくるものなんだな」

 少し、尊敬のまなざしを向けてくれる冬子。
 ……ある程度以上に好意を持っている相手から尊敬されるというのは、気持ちいいものだね、ほんと。
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