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第三章 アンタレスの事件なう

57話 冬子とグダグダ会話なう

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 結論から言うと、冬子の基礎体力は俺よりもあった。当然と言えば当然か。だって、前の世界での鍛え方が違う。
 俺も冬子も帰宅部だったけど、冬子は家の道場で毎日稽古していたらしいからね。

「お前は運動神経が悪いわけでもなかったのに、なんで帰宅部だったんだ?」

「ん? うーん……単純に、スポーツが好きじゃなかったことと、制限が増えるでしょ? 運動やってると」

 ランニングしながら、俺は冬子との久々の会話を楽しむ。こうしてとるに足らない話をなんとなくできていた前の世界での日常は、貴重だったんだなあとかみしめながら。

「制限? 自分の時間が減るとかそういうことか?」

「それもあるけど、例えばボクシングとかやっていたら、人を殴ったりしたらダメなわけでしょ?」

「いや、ボクシングをやってなくても人を殴ったらいけないと思うが」

 それもそうか。

「……人ってさ、やっぱり自由であるべきだと思うんだよ。学校が終わった後の時間を、本屋さんに行って潰すのも自由、自ら進んで部活動を行って、自由な時間を減らすのもまた自由。俺は、自分の時間を減らしてまで、何かスポーツをすることに意義を見出せなかったってだけだよ」

「そういうものか」

「そういうものさ」

「ふむ……けど、中学の時は部活動に強制参加しなくちゃいけなくなかったか? その時は何部だったんだ」

 冬子とは中学が違ったけど、どこも中学とはそういうものなのかもしれない。俺の中学もそうだった。だから三年間一応運動部にいたんだよね。
 ふむ、その話をしてなかったっけ。

「あれ? 言ってなかったっけ。中学の時は野球部だよ」

「え」

 冬子の意外そうな顔。
 そんなに意外かな、と思いつつ俺は中学の時のことを想い返す。

「野球部で、レギュラーだったんだけど、あんまり野球をするのは好きじゃなくってね」

「その前に、レギュラーだったのかお前は」

「そうだけど?」

 なぜかポカンとしている冬子に向かって、軽く説明する。

「俺の学年が10人とかしかいなくてね。しかもほとんど素人だけ。だから、上手い下手にかかわらず、試合に出るしかなかったんだよ」

 というか、そんなに俺は上手くなかった。今でも野球の腕前は素人に毛が生えたくらいだと思うし。
 ……そういえば、天川と一番最初に話したのもそれだった気がする。

『清田、お前は野球部だったって聞いたんだが、野球部に入らないか?』

 とかなんとか。
 鬱陶しかったからスルーしていたし、たぶん天川当人も忘れているだろうけど……思えば、気に食わないと思い始めたのはあの時からかもしれない。

「京助が野球部だったとは意外だった」

「そもそも、ルールを知ってる運動がそれくらいだったんだよ。テニスは炎を出したり、隕石を引き寄せたり、次元を削り取ったりしなくちゃいけないらしいし」

「それはごく一部のテニヌだけなんだが」

「あと、サッカーも」

「それもごく一部の超次元だけだな」

 どっちも冬子好きだったよね。

「……ふと気づいたんだけどさ、今の俺たちってアレを再現することも出来るんじゃない? さすがに次元を削り取ったりは出来ないけど、炎に燃えたサッカーボールとか、相手のボールがすべてコート内に戻ってくるゾーンなら作れる自信がある」

「おお……た、確かに。私も、とある漂白剤の必殺技とかも撃てるんだ」

 今なら俺も撃てるな、それ。
 考えてみる。今の俺に出来ない必殺技って……

「超有名な龍玉の必殺技は無理かな」

「空は飛べるじゃないか」

「素手でビームが撃てない」

「炎で代用してみたらどうだ?」

「……出来るな。じゃあ、他は?」

 考えてみれば、キアラやヨハネスに相談してみたら、魔力のエネルギーをそのまま撃つとかそういうことも可能かもしれない。

(カカカァッ! 変なコトを考えルンダナァ、キョースケ!)

 唐突に俺の思考に割り込んでこないでよ、ヨハネス。

(カッカッカ。チナミニ、出来なくもナイゼェ? 魔力をエネルギーにスルノハヨォ)

 で、出来るんだ。

(タダ、効率が悪い上に、威力モソンナニ上がらねえカラおススメはシネエケドナァ)

 そういうものなんだ。

「じゃあ他には?」

「等価交換の錬金術師は無理じゃないか?」

「大佐なら出来るけど、鋼を刃にはできないね、確かに」

 キアラならできそうだけど。

「あとは、悪霊系は無理だな。背後霊で戦うのとか、時間を止めるとか」

「異能を無効にしたり、虎に変身したりも出来ないな。ふむ、私の場合は器用なことができないから、出来る必殺技の方が少ないか」

 こうして考えてみると、いろんな能力ってあるんだな。炎と水と風を操るだけじゃ、再現できない必殺技も多い。

「虎と言えば、普通に変身か」

「ああ、確かに変身は出来ないな。……しかし、京助。お前はモードチェンジが二段階もあるじゃないか。それで十分だろう」

 確かに。
 もっとも、魔昇華……もとい、炎鬼化は魔王の血族とやらなら誰でも出来るし、そもそも俺はアレになってやっとヒルディに付いていけたわけだから、むしろアレが第一段階という見方も出来るけどね。
 終扉開放状態は――言いづらいから、他の呼称を募集したいところだ――は気軽に出来ないって辺り、確かに必殺フォームっぽいけど。

「時間制限のある最強フォームって燃えるけど、実際に自分が使ってみると、使い勝手が悪くて嫌だね」

 留年した騎士の必殺技とか、ケータイで変身するバイク乗りの最速フォームとか(あれ10秒しかないからね)、ゴム人間の四段階目とか(どうせそのうち他のフォームみたいにデメリットを踏み倒せるようになるんだろうけど)、読んだり見たりしている時は燃えるけど、実際に自分が使うとなるとキツイ。

「まあ……終扉開放状態を使わなくていいなら、使わなくて済むのがいいんだけどね」

 使ったらぶっ倒れるフォームとか、使い勝手が悪いにもほどがある。

「冬子も、身体強化のスキルはあったよね」

「とはいえ、私のソレは天川のように全身の身体能力を強化するわけじゃないからな。変身とは言えないだろう」

「けど、使い勝手はよさそうだ。特にデメリットもなさそうだし」

「まあ、デメリットは無いな」

 魔昇華も、一切のデメリットが無いわけじゃない。やっぱり、俺も身体強化系の『職スキル』は欲しいところだね。

「はぁ……」

 俺は近くにあった公園で少し休憩しよう、と言ってから、俺は活力煙に火をつける。

「ふぅ……しかし、俺は思ってなかったよ。まさか、自分がまるでフィクションのように異世界に来るなんて」

「ああ。私も思ったことは無かったよ」

 苦笑する冬子。というか、異世界があるなんて本気で信じている人がいたら、その人は中二病か少し精神をやられている人かのどちらかだろう。
 今まで同じ境遇の人がいなかったから、こうして冬子と喋るのは楽しいね。
 俺はそんなことを考えながら、煙を空に溶かすのであった。

「ところで、今日は何で伏字を使わないんだ?」

「んー……なんとなく?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 トレーニングを終えて宿に戻ると、すでにキアラが起きてきていた。

「おはよう、キアラ」

「おはようございます」

「うむ、お早う、キョースケ、トーコ」

 美人ってのは、お茶を飲むだけで絵になるもんなんだね。
 なんてことを思いながら俺は冬子を伴ってキアラと同じ席に着く。

「お主ら、朝ご飯は食べたのか?」

「ううん。トレーニングの前に食べたら吐いちゃうかもしれないし、食べてないよ」

「そうか」

 そう言って、キアラは懐から……と、見せかけてどこかから、煙管を取り出した。

「……ねぇ、キアラ。今どこからその煙管を取り出したの?」

 キアラが魔法で何をしても驚かないけど、今のは少し驚いた。
 俺が――俺たちが持っている、アイテムボックス。
 それから取り出している時と、似たような感じで取り出されたからだ。

「む? ふむ、ふつうに次元部屋からぢゃが? お主らも持っておるぢゃろう」

「次元部屋?」

 聞きなれない単語だけど、俺たちも持っている……類推するに、

「これのこと?」

 と、右手のアイテムボックスを見せる。

「それのことぢゃ。お主らはアイテムボックスと呼んでおるようぢゃがの」

「枝神もこれを持っているんですか?」

 冬子がキアラの身体を見回しながら、尋ねる。
 その次元部屋とやらが俺たちのアイテムボックスと同じならば、腕輪型のはず。しかしキアラの腕にはアイテムボックスと同じような腕輪は無い。他のシルバーなら巻かれてるんだが。もっとシルバー巻くとかしてるんだろうか。

「ほっほっほ。妾はお主らのように腕に巻いてるわけではないのぢゃ。これでも枝神、神の眷属ぢゃからな。標準装備として体に搭載されているのぢゃよ」

 まさかのだった。ふむ、よくある異世界モノのスキルであるアイテムボックスに近い何かがあるな。

「それにお主らの持っているものと違って、生き物だけでなく……おっと、店員が来たようぢゃぞ。朝食を頼んだらどうぢゃ?」

 スッと店員の方を向くキアラ。今、何か大事なこと言いかけてなかった?

「生き物だけじゃなく、なんだよ、キアラ。というか、そもそも生き物入れられるの?」

 俺が食い下がろうとすると、キアラは立ち上がってから階段の方へと歩いていく。

「ふぅ~……。妾は部屋でのんびりと煙管でも吹かしているからのぅ。終わったら上がってきてくれ」

 ……どうも話す気はないらしい。だったら、最初から言わないで欲しいけど。

「しかも次元部屋って名称も気になるところだね」

「よう、注文は何にする? 兄ちゃん」

 店主が来たから、この思考は一時中断することにしよう。

「朝食を頼むよ。二人分ね」

「あいよ」

「ああ、冬子。吸ってもいい?」

「タバコは嫌いだが、その煙の香りは嫌いじゃない。いいぞ」

「ん、ありがと」

 俺は活力煙を取り出し、火をつける。テキトウに防音結界を張ってから、少しの間天井を見上げる。

「……本が読みたい」

「分かるが、朝食の席に着いて第一声がそれか?」

 冬子が若干呆れを滲ませた声で言ってくるが、これは彼女と俺のいつものやり取りなので気にする必要はない。

「けど冬子も分かるでしょ?」

「否定はしない。というか、城の書庫にはいくらか本はあったぞ?」

「――よし、今から城に忍び込もうか」

「お前が言うと冗談に聞こえないからやめてくれ」

 なんだ、本気だったのに。
 本が無いと、人生からだいぶ色があせる気がするよ。あと、美味しいご飯と、少しの仲間。

「まあどうせ城には志村を回収するために忍び込むから、そのついでに何冊か拝借するだけで」

「……泥棒はよくないぞ」

「失敬な。黙って借りてくるだけだよ」

「それを人は泥棒と言うんだ」

「……じゃ、誰かに言ってから無理やり借りてくればいいのか」

「それは強盗だ! なお質が悪い!」

 俺は灰皿に活力煙を押し付けて火を消す。

「けど、今までいくつかの街に行ったけど、図書館すら無いところが多いんだよね」

 元の世界に戻る方法を調べる時、本の資料を探したいんだけど……なかなか無いんだよね。図書館があるところはあっても、蔵書の数が少ない。まあ大量製紙の技術がそこまで発達してないから仕方のないことかもしれないけど。
 印刷の技術自体はあるみたいだから、その問題すらクリアできればいいんだろうけど。

「大量製紙って、異世界人がチートでどうにかしてないかな」

「志村辺りなら、私たちと同じで活字中毒だから作っていそうなものだがな」

「確かに」

 そんなくだらない話をしていたら、店主が料理を運んできてくれた。

「ほら、スープとパンだ」

「どうも」

「ありがと」

 俺と冬子は食べながら話すタイプでもないので、さっさと食べてしまう。ちなみに、ふつうにおいしい。何の肉を使っているのかわからないのが少し不安だけど。

「さて、キアラのところに行こうか」

「そうだな。……今日はアンタレスという街に行くんだったな。どれくらいかかるんだ?」

「そんなに遠くないよ。1日も歩けばつく。途中でちょっと野宿するかもしれないけど」

「……今の私たちの足で一日歩かなきゃいけないというのは、だいぶ遠くないか?」

「んー……どうだろ。行きは護衛任務をしながら来たからね。それが無いからもっと早いかもしれないな」

 上の階に着いて、俺は迷わず自分の部屋の前まで行く。

「どうした? もう出るんだろ、キアラさんの部屋に行くんじゃないのか? それとも、何か忘れものでもしたのか?」

「いや、どうせここにキアラがいる気がして」

 俺は自分が借りている部屋のドアを開けると、そこには案の定キアラがいた。

「……なんで自分の部屋で待ってなかったの?」

「ふむ、ここぢゃと京助の匂いがする気がしてな」

「ド変態発言ありがとう」

 というか、男が使った部屋なんて臭そうなものだが。特に、換気していたとはいえ俺は活力煙も吸っていたんだし。まあ、いいか。

「じゃあ、俺たちも食べ終えたから行こうか、キアラ」

「そうぢゃの」

 言って、キアラがベッドの上から立ち上がる。

「どうせ持ち物はアイテムボックス――次元部屋だっけ? に入れてるんでしょ。それならもう荷造りも必要ないよね」

「うむ」

 ホントに便利だよ、アイテムボックス。貴重品の管理とか考えなくていいもの。これが無いと、俺の異世界生活も大分制限されていた気がする。
 まあ、天川達みたいに無制限に自重なく使っているつもりはないけど。
 そこまで考えて、ふと頭に嫌な考えが過った。

「自重か」

「どうした? 京助」

「……もしもこのまま異世界人どもが自重しないで、そうだな、例えばAGになったりとしたら。アイツらはこの世界の人間のかなりの仕事を奪っていくんじゃないかと思ってね」

「唐突だな」

 アイテムボックスがあれば、どんな荷物だって仕舞える。つまり、身一つで荷の運搬が出来る。そこに異世界人の強さが加われば完璧だ。
 しかも、さっきキアラが言っていた「人もしまえる」という事実を知ってしまえば、護衛任務すら無敵となる。守る必要がないからな。

「……特に阿辺とかかな。アイツが無軌道な行動しないといいけど」

「えらく阿辺だけ気にするんだな」

「……アイツが塔に入る前の日、難波と一緒に女の子に、ナンパというには少し情熱的過ぎるアプローチをかけていたからね。かなり心配になるよ」

 アイツから異世界人の評判が下がってしまった場合、俺が異世界人であることがバレたら俺の評判まで下がってしまう。それでなくても、アイツらは異世界人として目立っている上に、強いんだから嫉妬の声だってあがってくるはずだ。その時に、あんな無軌道な行動をされていると俺と冬子に迷惑がかかる。
 それだけは嫌だ。

「まあ、隙を見て……殺、ああいや、再起不能にしたいところだよね」

「言い直したつもりかもしれないが、結局ボコボコにするということには変わりないぞ」

 冬子からツッコミが入るけど、まあそれはさておいてだね。
 俺たち一行が外に出ると、そこそこ日が昇っていた。ふむ、これはお昼ご飯は買っておいて、晩御飯と翌朝のごはんは保存食ってところかな。

「ねぇ、キアラ。アイテムボックスの中って時間の経過があるの?」

 今まで一度も生ものを入れたことが無かったから試したことは無いけど、もしも時間の経過が無いなら作りたてをいつでも食べれることになる。
 自重する気はあるが、これくらいならいいだろう。

「ふむ? まあ時間経過は無いわけではないが、こちらの世界よりも遅いから、生ものもそうは腐らんぞ。もっとも、さすがに熱々のまま保存は出来んがのぅ」

 残念。

「じゃあお昼ご飯買いに行こうか。冬子はまだ保存食とかはある? 干し肉とか」

「ああ。あと数日分はあるぞ」

「キアラは……まあ、俺のを分けてあげる。それとも、自分の分を買っておく?」

「妾は一文なしぢゃが」

「……怖いから、キアラの分は一応買っておこう」

 というわけで諸々買い物をすませ、俺たちはデネブを出発するために街の端っこまで来ていた。

「さて、と。ここは門番がいない街なんだよねー」

「そうなのか」

「そう。その代わり、小さいAGギルドが近くにあるのさ」

 正確に言うと、AGギルドの討伐系クエストだけを受け付けている小さな事務所が。AGギルドってのは自治とかも兼ねている組織だから、クエストを受ける業務以外にもいろいろあるから、この街のように討伐系のクエストの受注だけが出来る事務所を門番代わりに置いている時もある。

「人の行き来が多い土地だから、いちいち積み荷とかを確認してられないってのもあるんだろうね。こうしてAGギルドがあれば、AGがここに溜まるから、必然的に街の防衛も兼ねられるってのもあるのかもしれない」

「まあ、そうでなくとも門番は形だけになっている街も多いからのぅ。盗賊なんかは捕まえたり殺したりすれば金が出る以上、AGたちも見つけたらすぐに討伐するからの」

「なんだか殺伐としているな」

「そんなもんだよ」

 アンタレスに帰るときは何か護衛任務をしようと思っていたけど、今はAGじゃない人員を2人も連れているからね。

(……ホントは、冬子もキアラも魔法使っちゃいけないし、なんなら武装もしていたらダメなんだよなぁ)

 まあ、キアラは見た目何も持ってないし、冬子はつい昨日まで王国付きの騎士様って扱いだったからいいんだろうけどさ。
 益体も無いことを考えつつ、俺と冬子とキアラがデネブの外の森に入ろうとしたところで――

「あ、あのっ! 助けてください!」

 ――ボロボロの衣服を着た女の子に、縋りつかれた。
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