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第三章 アンタレスの事件なう

49話 美女を口説いているなう

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「進化……?」

『アァ。異常ナホド、精神力が強クナッテイル。元から相当な精神力を持ッテイタヨウダガ、進化シタオカゲデそれが更なるモンニナッテルゼ。ソレニ付随して、精神耐性と魔法構築力が上がってイルナァ。正直、魔法構築力を磨けバ、キアラ。テメェを超える可能性がアルゼェ』

 ……進化、か。
 つまり、これも主神様が授けてくれたチートってことなのかな。
 俺がそう思っていると、キアラがふむ……と顎に手を当てた。

「妙ぢゃのぅ……」

「なにが?」

「そんなこ……ぬぅ、これは引っかかるのか。難しいのぅ」

 口を開いたところで、キアラの口は動くモノの、声が出なくなった。
 ……いっこく堂のようだね、口だけが動くさまは。

「引っかかる?」

「妾には、お主に知らせることが出来ぬ情報らしい。ふむ……しかし、どういうことぢゃろうか……お、これなら言えるようぢゃ」

 どうやら、言ってはいけないことを言おうとすると、声が出なくなるらしい。なんというか、主神様はかなり凄いことができるらしいね。

「それで? 言えることは?」

「主神様は、そんな手を加えておらぬ。しかし、この進化は、おそらくお主のみに起きているモノではない」

「……異世界人、全員が進化している? ってこと?」

「その可能性はあるのぅ……」

「なるほどね……それにしても、だとしたら、他のみんなはなんで人を殺すのを躊躇っているんだろう」

 俺が言うと、ヨハネスが「カカカカッ!」と笑いだした。

『マァ。テメェはアイツらトハ少し違う経験をシテキテルカラナァ。倫理観が、多少違うンダロウ』

「……ヨハネス、余計なこと言うなら折るよ」

『カカカカッ、ソリャア失礼』

 なるほどね、キアラが疎んでいる気持ちが分かる気がするよ。
 俺はヨハネスを仕舞いたいと思いつつも……キアラに話を戻す。

「異世界人全員がもしも進化しているとしたら……俺だけ精神攻撃が効かないっていうのもおかしな話だけど」

『見た感じ……ソウダナァ、異世界人は進化によって、イクツカ耐性ヲ獲得シテルミタイダッタナァ。タトエバ、アライとかカラミは魔法攻撃耐性を獲得シテルミテェダッタ。シラサギとナンバはソレゾレ物理攻撃と、斬撃に耐性がアッタゼ』

 言われてみれば、その人らは他の人たちよりも攻撃に強かった気がする。単に防御力が高いのかと思ってたけど……

「へぇ、それで俺は」

『アァ。精神攻撃耐性ってトコロダロウナァ。タダ、コレも過信出来るモンジャネエゼ? 記憶を見る限り、ヒルディのテンプテーションを回避デキタノモ、コノ耐性と、他にも要因がアッタカラダ。アクマデ耐性デアッテ、無効化ジャネエコトは覚えてオケヨ?』

「その辺に関しては過信しないでおくよ。まあ、つまり俺だけにチートだったわけね」

『ソレハ違うナァ。お前ダケニッテワケジャネエ。タマタマお前は役に立つタイミングが他の連中ヨリモ先に来たダケダ。ソウ自分を卑下スルコタぁネェゼ』

「そう?」

 俺がジュースを飲みながらヨハネスに聞き返すと、キアラは少し笑いながら俺の肩を叩いてきた。

「まあよいぢゃろう。それに、お主の価値はそんなやわな耐性なんぞではない。お主は、アレほどまでに条件がそろっていてなお――ヒルディという女に魅了されず、力に魅了されず、自らを貫きヒルディをくだした。妾は、そんなお主に惚れておるんぢゃ。もっと自分に自信をもってもよいのぢゃぞ?」

「そうかな……」

 活力煙を咥え、天井を見上げる。
 ……自信、ねぇ。
 こちらの世界に来て、俺は確かに力を得た。
 それは莫大な身体能力であり、ステータスであり、魔力であり、魔法であり、魔術であり、神器であり――そしてそれらのすべてを努力せずに受け取った。そのことが、俺は嫌だ。
 一応、物書きになろうと思って努力を人並みにはしてきた自負がある。これから先、何年も書き続けても目が出なかったとして――そして、もしも今売れている作家さんが、神様からどんな本でも面白く書ける力をもらっていたらどうするか? 俺は間違いなく嫉妬するだろう。俺が享受しているのはそういう類いのものだ。
 確かに、嫌なら使うなと言われるかもしれない。だけど、もしも使わなかったら、この世界では生きていけない。
 死ぬか、それともチートを使うか――と言われたら迷わず使う。その程度の想いと言われればそれまでだけど、それでも自分に自信なんて持てるはずもない。

「……まあ、二人とも俺のチートのことは知っているうえで言ってくれているから、多少は気休めになるかな」

『カカカッ、変な奴ダナァ。ウジウジシテテキモいぜ?』

「……言うねぇ、ヨハネス」

「そうぢゃぞ、キョースケ。男のくせにグチグチ言うのはみっともないぞ。まずは自分のおかれた状況を受け入れるところからぢゃ」

「その通り、だから余計に、腹が立ち。……っていう言葉知ってる?」

「正論を言われると腹が立つというやつぢゃな」

「わかってるならやめようか? キアラ」

 ふぅ~……と活力煙の煙を吐き出して、灰皿に押し付ける。
 まあ、ちょっとウジウジしすぎていたかもしれないかな。

「さて、と。そろそろかな」

「ほぅ、さっそくヨハネスを使いこなしているようぢゃのぅ」

 どうやら、キアラにはお見通しらしい。
 俺はずっとヨハネスの力を借りて、宿の半径数十メートルに風の結界を張っておいた。その中に誰が来ても分かるように。
 そして――ついに、彼女が来たわけなんだけど。

「じゃあ、ヨハネス。取りあえず解除するよ。そして、キアラ。結界を解いてくれる?」

 俺がキアラに頼むと、キアラは少しニヤリと口の端をゆがめた。

「練習も兼ねて、ヨハネスの力を借りずにこの結界を解いてみたらどうぢゃ?」

「面倒くさいことを……」

 ヨハネスを仕舞い、改めてこの結界を『視』てみる。
 ……どうみても俺の手に負えるようなものじゃないよね、これ。

「ねぇ、キアラ。結界の解除ってどうすればいいの?」

「ん? ……そうぢゃのぅ。普通に魔力の流れをせき止めるなり、力ずくでこじ開けるなり、ぢゃな。まあ、結界を解除するというときは、前者の魔力の流れをせき止めることぢゃな。どんな魔法も、魔力の供給が途切れれば無効化できる」

 そう言われましても。
 じゃあ魔力の流れを見て……ああ、ここから入り込んでるわけね。それの続きは……はいはい、なるほどね。
 なんていうか、死ぬほどこんがらがっている数式とか、イヤホンをほどいてるようなイメージ。一つずつすればできないわけじゃないけど、難しい。
 あー……こうしてこうして、うん、解けた。

「こう、かな」

「……ほぅ」

 ガシャーン、とガラスが壊れるような音がして、結界が解けた。

「割と簡単な構築にしていたとはいえ、初めてでよく解けたのぅ」

 今ので簡単なのか……

「まあ、前の世界でこういうのはやっていたからね」

 尋常じゃなく難しい数学Ⅱってところだし。

「さて、と。まあこれで彼女を迎える準備が出来たわけだし……」

 テーブルを見ると、すでに俺が注文したお酒と料理は運ばれてきていた。うん、これなら喜んでくれるだろう。
 俺がそう思いながら宿屋のドアの方を見ると――

「えっと……ここ、だよな」

 ――黒髪を一つに束ねた、釣り目の美人が入ってきた。

「そうだよ、佐野」

「き、京助! そんなところにいたのか!」

 あ、俺の呼び名がやっぱり下の名前になっている。なんでだろう。

「まあね。ほら、こっちの席に座ってよ」

 俺がキアラと俺の間の席を勧めると、なぜか佐野はキアラに警戒の視線を向けた後に、そっぽを向いてから椅子に座った。
 うーん、今の行動は何だろう。
 まあ、佐野の行動を考えていても仕方ないかな。

「よく来てくれたね、佐野」

「当り前だ」

 佐野は腕を胸の前で組んで、少し胸を張るようにしてからまたツンと澄ました表情になった。

「じゃあ取りあえず、あの鬼畜な塔を生き抜いた乾杯でもしようか」

「……いや、この液体はどう見ても酒なんだが?」

 俺が奢ってあげたエールは、佐野にはお気に召さなかったらしい。

「お酒、嫌だった?」

「というか、私は未成年だぞ」

「こっちの世界にそんな法律は無いよ。別に、一杯くらいならいいんじゃない? 俺はあんまりお酒が好きじゃないから飲まないけど」

「私も飲む気がせん。別の物を頼む」

「そう、じゃあ仕方ないね」

 俺は佐野にあげておいた酒をキアラの前に移し、新しくジュースを注文する。
 ただ、料理は気に入ってくれたみたいで、特に嫌な顔一つせず、警戒もせず食べ始めていた。やれやれ、警戒心が薄いというかなんというか。
 そこに多少苦笑しつつも、俺はそういえば目のことを説明するのを忘れていたな、と思い出す。まずはそこから説明しよう。

「じゃあ、佐野。取りあえず俺のこの眼から説明しようか」

「いや、それよりも先に。訊きたいことがある」

「え?」

「お前はなんで――塔から出た後、すぐに姿を消した?」

 どうやら、それが気になっていたらしい。
 けれど、最初から俺は居場所の紙を渡していたんだから……抜け出すっていうことも分かりそうなものだけど。

「私たちと一緒に行ってくれるんじゃないのか……?」

「あー……」

 そうか、最後に新井に言ったセリフのせいか。
 じゃあ、仕方ない。予定変更だ。
 俺はある意味開き直って、佐野に向き直る。

「ねえ、佐野。俺が塔の中で一つ約束したのを覚えてる?」

「約束?」

「うん、俺の言うことをなんでも一つだけ聞くって約束」

「な、なあああぁぁぁぁ!!!!」

 佐野が大きな声を出してしまったので、俺はさっきキアラが使っていた風の遮音結界を、ヨハネスの力を借りながら張る。

「あんまり大きな声を出さないでよ、佐野。目立っちゃう」

「……す、すまん」

「まあ、いいよ。今遮音結界を張ったから」

「60点ぢゃのう。多少荒いぞ」

「……今採点はいいから」

 確かに、さっきのキアラが作っていた遮音結界に比べると、荒いのが自分でもわかる。しかも、ヨハネスの力を借りてこれだ。微妙すぎる。

(マア、正直コノ域マデ辿り着くのはそもそも容易ジャネェカラ、凄い方ダゼ? その魔力の流れを『視』ラレル眼は大分使い勝手ガヨサソウダナァ。天性ノモンダ、大事にシロヨ?)

 天性のもの……なのか。珍しく、俺にも才能があるらしい。

「って、それはいいんだ。とにもかくにも、佐野。君に一つお願いがある」

「……な、なんだ?」

「単刀直入に言う。俺と一緒に来てくれ?」

「え?」

「もちろん、勇者勢から抜けてね」

「えええええ!?」

 バン! とテーブルを叩いて、立ち上がる佐野。
 まあ、そんな反応するのは当然かもね。

「な、何を言っているんだ!? 京助!」

「俺もね、さすがにそろそろソロプレイでは限界を感じてきたんだよ。遠征がなかなかできないしね。けれど――そのためには、信頼できる仲間が必要なんだよね」

「そ、それがどうして私の勇者脱退につながる!?」

 勇者脱退ってなにさ。アイドルでもあるまいし。

「まあ、聞いてよ。信頼できる仲間っていうのはね、なかなか手に入るもんじゃない。こっちの世界で信頼できそうな人たちは、パーティーを組む気が無いみたいだし、この女は信頼できるかどうかなんてわかりやしないし」

 ちらりとキアラを見る。
 キアラは「つれないのぅ」と言って肩をすくめるけど、だって出会って数時間しかたっていない人を信頼できる道理なんてないだろうに。

「そこで、白羽の矢が立ったのは佐野なんだよね。この世界で、戦えるうえに信頼できる仲間なんて――佐野しかいないんだよ」

「し、信頼出来る仲間……そ、それなら勇者である天川達だって」

 若干しどろもどろになる佐野をしり目に、俺は活力煙を咥えて火をつける。

「アレのどこが信頼できるの? 魔物を見つけたら我先にと飛び出し、連携も何もあったもんじゃない。強い魔物が出てきても撤退なんて考えていない戦い方。能力だよりの力押し――まあ、これは俺もそうだから何とも言えないけど――そしてなにより、後ろから襲ってこないとも限らない。特に阿辺とか難波とかね。そんな人たちを背にして戦うなんてできないよ。だから、佐野。君しかいないんだよね」

 俺が煙を吐き出しながら言うと、佐野は少し恥ずかしそうに「そ、そうか……?」と顔を赤らめた。

「それに、理由はそれだけじゃない。俺は前衛も後衛もこなす自信があるけど、ジェネラリストはスペシャリストに敵わない。できたら、今の――魔法を使うときは魔法、槍を使うときは槍、みたいな中途半端などっちつかずじゃなくて、魔法槍使いとでも言えるような戦い方をしたい」

 そしてチラリとキアラを見てから、

「ついてきて欲しいなんて言ってないけど、どうにも魔法のスペシャリストを名乗る人が俺についてくるみたいだからね。図らずとも、あとは近接のスペシャリストである佐野に入って欲しいんだよ」

「そ、そんなこといきなり言われても……そ、そうだ! 第一、魔王と覇王を倒さないと元の世界に帰れないんだぞ!? 京助、お前は元の世界に帰れなくていいのか!?」

「ああ、その件か」

 そういえば、佐野にはまだ魔王と覇王を倒しても元の世界に帰れないことを教えてなかったんだっけ。……俺でも気付けているんだから、佐野も気づいていそうなものだったんだけど。

「そこにいるキアラも教えてくれたけど、魔王と覇王を倒したところで元の世界になんて帰れないよ」

 もちろん、キアラが嘘をついていて、魔王と覇王を倒せば元の世界に帰れるのかもしれないけど、今はこっちの方が都合がいいからこう言わせてもらおう。

「な……っ!」

 驚きに目を見開く、佐野。

「だから、逆に言うなら、元の世界に戻る方法を探すこともしなくちゃならない。それは、勇者たちにはできないことだし、彼らと一緒にいても出来ないことだ」

 俺が言うと、佐野は少しムッとした顔になった。

「……何故、天川達ではできないと? 彼らは確かにお前と比べれば弱いかもしれない。しかし――だからと言って、無能というわけじゃない。それは馬鹿にし過ぎだぞ、京助」

「あー……違うよ、佐野」

 俺は首を振って、真剣な顔を作る。

「別に強さや、有能さのことで言ってるんじゃないし、彼らが足手まといになるからとかいう理由じゃない。単純な話――彼らには、王の目が届きやすい」

 こんなの根拠なんてない。だけど、俺が王なら、勇者たちを元の世界に帰したくない。
 ドラゴンすら滅殺出来る力を、容易に振るえる人間。あんなの、人間じゃなくて兵器だ。
 魔王と覇王を倒した後も、勇者が国に残る。最強の兵器が国にある以上、それが壊れるまでは世界に覇を唱えられる。
 それが一人ではなく、十数人。どこにもやりたくないはずだ。

「魔王と覇王を倒したら、今度は別の敵を倒さないと帰れない――そう言って、延々と戦わせて、そして人族の敵をすべて滅ぼした後、勇者たちを全員暗殺してこの国は安泰――なんて考えていないとも限らない。勿論、全部想像だけど、そうじゃなかったとしても、元の世界に帰って欲しくはないだろう」

「そ、そうかもしれんが……」

「だから、勇者たちが元の世界に帰る方法を探しはじめたらどうする? たぶん、妨害にかかるよ。俺は、この国のために働くつもりなんて毛頭ない。俺は元の世界に帰る方法を探して、いつでも帰ることができる状態にしたいんだよ。そうじゃなきゃ、この世界に残る、という選択肢すらない。自由でいたいんだよ、俺は」

 元の世界でだって、何時でも「ほかの土地に移る」という選択肢が与えられていた。現実的には不可能に近くても、パラグアイだろうがモンタナだろうがドレスデンだろうがどこへでも行けた。
 けれど、この地から元の世界には戻れない。
 そんなのは、自由とは言えない。

「けれど、これは今のところあまり芳しい成果を得られてなくてね。佐野にも手伝ってもらいたいわけよ」

「……つまり、元の世界に帰還する方法を探すのを、誰にも邪魔されたくないから、王の目がすぐ届く状況にある勇者たちからは独立して動きたい、と」

「まあそういうことだね」

 もちろん、佐野を引き抜くことでこちら側に密偵とかがつくかもしれないけど――たぶん、無いと思う。だって、王の方では、俺は「亜人族や魔族を人間扱いする異端者」らしいからね。そんな人に差し向けられるのは、監視者じゃなくて暗殺者だ。
 ……今思えば、こうして平和に暮らせているのは、ラッキーだったよね。あの後すぐに暗殺者が仕向けられていたら、俺は殺されていたはずだから。
 勇者である天川以外の異世界人には興味が無かったのか、それとも別の要因で生かされたのか……理由は不明だけど、取りあえず、生き残れたことを喜んどこう。

「佐野を引き抜くことで誰かしら監視をつけられるかもしれないけど、よほどの手練れじゃないと俺たちを――というか、キアラを――完全に補足することは不可能だろうし」

「そうぢゃのぅ……本気で妾が隠密すれば、見つけられるのは同じ枝神で、しかも妾並みの魔法構築力が必要ぢゃしの」

「そんな人いるの?」

「おらぬことは無いが、少なくとも下界に顕現してきておるものの中にはおらんのぅ」

 ということは、まず間違いなく逃げられるってことだ。

「そ、それなら、勇者たち全員で逃げればいいんじゃないか?」

「天川達が俺の話を聞くと思う? 『そんなことあるわけがない! そうじゃなくても、魔王と覇王を倒して人族を救うのが人としての道だ!』くらい言いそうだもん」

 そしてそれは道徳的には何も間違っていないから何も言えない。嫌がる人を巻き込んでまでするのはどうかと思うけど。

「そうなって喧嘩するのもバカらしいからね。だから、佐野だけをこうして引き抜きたいんだよ。信頼できて、強くて、そして何より――一緒にいてくれた方が安心できる」

 俺の友達が、あんな連中と一緒にいるなんて考えたら、気が気でいられない。というか、なるべく近くにいて欲しい。
 じゃないと、いざというときに守れないから。

「ふぇっ、京助、それはどういう意味だ!?」

 佐野が赤くなっているけど、気にしない。

「じゃ、そういうことで、いい?」

 俺が尋ねると、佐野は少し逡巡したような顔をして――

「――って、呼んでないんだけどなぁ……」

「え?」

 佐野が不思議そうな顔をするが、俺はため息とともに煙を吐き出す。

「キアラ、どれくらい前から気づいてた?」

「あのアベとかいう男の結界はなかなかのものぢゃのぅ。妾も、気づいたのはつい先ほどぢゃ」

 来られてしまったのは仕方がない、目を白黒させている佐野にジュースが運ばれてきたところで、宿屋の扉がバン! と大きな音を立てて開けられた。

「ここか! 清田!」

 途端に、酒場が先ほどの喧騒とはまた違った風にざわめきだす。
 ……この勇者に、公共の場所では騒がないという常識はないんだろうか。大声で人の名前を呼ばないで欲しい。

「な、天川!?」

「何の用? 事と次第によっては叩き出すけど」

 俺は活力煙を灰皿に押し付けながら、天川を睨んだ。
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