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第一章 異世界生活なう
19話 急襲なう
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「じゃ、行こうぜ、キョースケ」
「ん、さっきはごめんね」
「……もういいから、謝るな。ギルドに預けてる武器を取りに行くついでにクエストを取ってくるからよ。ここで待っててくれ」
「分かった。その間に予備の槍を買っておくかな」
そうして待つこと数分、マルキムはDランク魔物であるサイズラクーンのクエストを取ってきてくれた。サイズラクーンっていうのは、手が鎌になっている狸頭の魔物だ。
数少ない進化形態を確認されている魔物で、進化すると厄介なBランク魔物になる。力自体は強くないため戦闘力自体は低いが、変化して人間に混じって悪さをする魔物らしい。
そのため、Dランク魔物にも関わらず、ギルドから依頼が出るという……言ってはなんだが、非常にお得な魔物だ。
しかしDランク魔物だからといって簡単に倒せるわけじゃない。俺のような駆け出しがホーンゴブリンの討伐などと似たようなものと勘違いして油断して、やられる例も少なくないらしい。
「マルキムって、何歳くらいの時にBランクになったの?」
「んー……五年くらい前だったかな。オレが今三十五だから、三十の時だ」
「え、そもそもマルキムそんな歳だったの?」
三十五って……それなりの歳だろうとは思っていたけど、まさか俺の倍以上あったとは。少し老けてるけど、二十代後半くらいだとばかり。
「そうだぞ。っつーか、お前もいくつなんだよ」
「俺は十七だよ」
「はぁ!? 十七でその実力か!? お前、どんだけなんだよ!」
「そう言われてもね」
殆ど借り物の力だ。自慢できるようなものじゃない。
「……でもそれなら確かに、こう迂闊なのも分かるけどよ。じゃあ、久しぶりに一緒にクエストに行くか。ロアボア以来か?」
「そうだね」
とはいえ、もう昼は過ぎているから、うかうかしていると日が暮れてしまう。
さっさと行くべきだね。
「念のため、明かりの出る使い捨ての魔道具を買っておくべきか?」
「俺が火を出せるから特に問題ないよ」
俺は指に火を灯して、自分の活力煙に火をつける。
「……便利なもんだな」
「マルキムは生活魔法、使えないの?」
あれはそんなに魔力が無くても使えるはずだ。
その点を不思議に思って訊くと、マルキムはフイッと目をそらして歩きだした。
「それは置いといてよ、さっさと行こうぜ。俺とお前ならそんなに時間はかかんねえだろうけど、そこまで探知が得意なわけでもねえからな」
……訊いちゃいけないことを訊いちゃったかな。
リューが、稀に人族でも一切魔力が無い人がいるって聞いたことがあるって言っていたからね。もしかしたら、マルキムはそれなのかもしれない。
剣士で攻撃魔法が使える人なんて殆どいないんだから気にしなくてもよさそうなものだけど……彼にもいろいろあるのだろう。
俺はマルキムの背中を見ながら、そう思った。
~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、気合を入れてマルキムと狩りに出たんだけど……これはこれは。
「やれやれ、俺もマルキムも運が悪いね」
「逆に考えたら、運が良かったかもしれねえぞ。自分で言うのも正直どうかと思うが、アンタレスのAGの中で最高戦力であるオレたち二人が一緒にいるときに出会えたんだからよ」
確かに最近強い魔物が出易くなってるってマリルも言っていたけど……これはちょっと。まさかBランク魔物が出てくるとはね。
アックスオークとは少し系統の違う……俺ともマルキムとも、相性の悪そうな魔物だ。
「で? あのデケエ鎌を持っている女が、デスサイズラクーンか……ッ!」
俺たちが数体のサイズラクーンを倒した時、唐突にそいつは現れた。鮮やかな金髪で真っ白なワンピースを着た、どこからどう見ても普通の人間。
しかし魔物が跋扈するこの森の中、普通の人間が無傷で何の汚れも無く歩いているというその事実が不自然極まりなかった。
案の定、俺たちに近づくと同時に腕を鎌に変えて攻撃してきたので……そいつがデスサイズラクーンだと分かったというわけだ。
「女の恰好をしてるからって、油断するのは一度っきりだぜ」
マルキムがそう呟いた瞬間、デスサイズラクーンの姿が消えた。
「なっ!」
「マルキム、後ろだ!」
「くそっ!」
突如現れたデスサイズラクーンの鎌をマルキムが剣でいなし、距離をとる。
「キシャァァァァァ!」
そして、また姿を消すデスサイズラクーン。正直、これは面倒くさい。
「どうなってやがるんだ!」
「たぶん、自らの体表を透明に変化しているとかそんなんじゃないかな!」
今度は俺に攻撃してきたので、槍で弾き飛槍撃で反撃する。
しかしデスサイズラクーンは簡単にそれを防ぐ。変化ばかりかと思いきや、普通に近接戦も出来るようだ。面倒な。
俺の連撃の隙をついて、再びデスサイズラクーンの姿が消える。
「キョースケ! どうする!」
マルキムがそう言った瞬間、マルキムの背が切り裂かれた。
透明になったまま攻撃出来るみたいだねっ!
「マルキム!」
「かすり傷だ! けど、これどうすればいいんだ!」
マルキムが自分の傷に回復薬を振りかけながら、俺の方にやってくる。
(魔力を『視』ていれば場所は分かるけど……)
いくら姿が透明になろうが、魔力までは隠せない。
だから場所だけは分かるんだけど……こいつは、普通に強い。
「マルキムはどうにかできない?」
「俺の職スキルは攻撃系ばっかりだ! どうしようもねえ!」
それがダメだとは言わない、言えない。だって、普通はそうだから。
聞いてないけど、おそらくマルキムの『職』は剣士系だ。剣士に他のことを求める方が酷だろう。
「いったん、引く?」
透明な斬撃を弾きつつ彼に問うと、マルキムは俺と背中合わせになりながら首を振った。
「ここで逃がしたら確実にアウトだ! このままアンタレスに入られて、何人も殺されるぞ! デスサイズラクーンは肉食だからな!」
「ああもう、面倒だね!」
とはいえ、俺もマルキムもBランクAG。
Bランク魔物を単体で倒せるから、BランクAGになっているんだ。
(この程度の敵で困ることはないんだけどね、本来は)
しかし、それはあくまでお互いに本気で戦ったら、の話。
俺は魔法や『ファングランス』など軽々しく使いたくないし、マルキムも同様に見せたくない手札があるだろう。
だとしても……本来であれば二人がかりならBランク魔物相手にそこまで手こずるはずはない。厄介なだけだ。
俺は慌てるのをやめて落ち着いた口調でマルキムに語り掛ける。仕方ない、『視』えることは言うか。
「マルキム、俺が位置を言うから隙を作って」
マルキムは少し驚いた表情で俺を見て……一つため息。詮索せずに頷いてくれた。
「お前の合図に任せる」
「ん、了解」
「キエエエエエエエ!!」
デスサイズラクーンが再び透明化したので、魔力を『視』る眼に切り替える。高速で移動する魔力の位置を確認し、短く合図する。
「右斜め前、四メートル先!」
「おう!」
俺が叫んだ瞬間、マルキムが動き『職スキル』を発動させる。
「『固定剣』!」
どんな効果か分からなかったが、マルキムの剣がデスサイズラクーンに触れた瞬間、敵の動きが止まった。
「今だ!」
「ん、『音速突き』!」
その隙をついて、俺は『音速突き』で喉元を貫く。
「ごふっ……」
「悪いね、デスサイズラクーン。特に恨みはないんだけど……死んでもらうよ」
そしてそのまま槍を地面まで引き下ろそうとして……刃が動かない。うん、やっぱ夜の槍っていうのはいい槍だったんだね。
しょうがないので、俺は無音で『亜音速切り』を発動させて真っ二つに切り裂く。
斬! と刃を振りぬいた瞬間、デスサイズラクーンが溶けてなくなってしまう。しまった、魔魂石も真っ二つにしちゃった。
「やれやれ、ごめんね? ちょっと魔魂石は獲れなかった」
「いや、大丈夫だ。……しかし、デスサイズラクーンが出るとはな」
俺が倒したアックスオーク、クレイスライムの突然変異種だったグリーンスライム、そして今回のデスサイズラクーンとBランク魔物が立て続けに三体も出ている。
「一体、何があったんだろうね」
「そうだな……自然発生するとは考えづらいしな」
「となると、誰かが連れてきたってことになるけど」
「Bランク魔物を連れてこれるなんて、相当だぞ。少なくとも俺らじゃ無理だ。生け捕りして、ここに放つとか難易度が高すぎる」
「SランクAGで、なおかつ『調教者』みたいな『職』だったら?」
「そんな『職』があるのかは知らないが……可能かもしれんな」
「魔物を扱うような『職』は無いの?」
「一応、『魔物使い』は見たことがあるが滅多にいないぞ。しかも、そういうタイプの『職』は複数体の魔物と契約したりなどは出来ない」
「そうなんだ……」
そうなると……
「もしかすると、人族じゃないのかもね」
「なっ……」
何気なく俺が言うと、マルキムが目を見開いた。
「じゅ、獣人族にはそんなことできるはずないぞ!?」
そして、なにやら訳の分からないことを言い出した。
この世界は、人族、亜人族、魔族しかいないはずだけど……
「獣人族?」
問い返すと、マルキムはハッとした表情になって、ばつが悪そうに目を逸らした。
「……今のは忘れてくれ」
「ん、分かった」
気まずい沈黙が下りる。
それを嫌ったのか、マルキムがことさら大きな声を出した。
「ま、まあアレだな! このデスサイズラクーンの鎌を持っていけば、もしかするとギルドから臨時報酬が出るかもしれないぞ!」
「へえ、いいね。というか、出るの? 俺がアックスオークを倒した時は出なかったけど」
「今回は任務中の出来事だからな。ギルドの調査不足とか言われるのを嫌って、出してくれることがあるんだよ。Bランク魔物の魔魂石を売った時ほどじゃないが、それでもそこそこの額は貰えるぜ?」
なるほどね。だとしたら倒してよかったってところかな。
それにしても……やっぱりマルキムは強いんだね。アックスオークを倒す時はあんなに時間がかかったのに、こんなにあっさりと倒せてしまった。
いやあ、凄いものだね。
「さて、と。それじゃあ本来のクエストを達成しに行こうか」
「そうだなぁ」
俺は活力煙を咥えて、火をつける。
「その前に、一息ついてね」
俺が少し笑ってマルキムを見ると、彼は少し苦笑いした後葉巻を咥えた。
「はい、マルキム」
俺は『トーチ』で付けた火で、マルキムの葉巻に火をつけてあげる。
「……おう、悪いな」
そうして、二人でしばらく休憩する。
黙って煙を吹かしていると……
「マルキムの頭に光が反射して魔物が寄ってきたりしないかな」
「俺の頭は反射してねえ!」
「というか、防御力がかなり低下してそうだよね」
「うるせえな! これはオシャレなんだよ!」
「……それを本気で言ってるとしたら、かなり間違ってるよ、オシャレ」
「カッケえだろうが!」
「あー、カッコいいカッコいい。たぶん後三回くらい生まれ変わればモテるんじゃない?」
「いや、今世でモテさせろよ」
「それは無理」
「なんでだよ!」
そんな適当なことを言い合いながら、煙を吐き出す。
「ふぅ~……ヘビースモーカーになりそう」
「一日に何本吸ってるんだよ」
「さぁ、何本だったかな」
十本くらいじゃないかな。活力煙は一箱十二本入りで、毎日一箱は吸うから。戦闘の時に落としたりすると、もっと吸うかな。
「……数えきれないくらい吸ってる時点で、ヘビースモーカーだ」
「そうかな? まあ、マルキムほどじゃないよ。マルキムは一日何本?」
「……一ダース入り、三箱だ」
どう考えてもマルキムはヘビースモーカーだね。
それにしても、この世界は衛生観念がいまいち発達していないからか、男はタバコを吸っていてもその臭いが目立たないくらい別の臭いがする。慣れたけど。
というか、マルキムに訊いたら「だからこそ吸うってやつもいるな」とか言っていた。男は香水をつけ無いから……だとかなんとか。完全に逆効果だと思うけど。
本格的に銭湯を作る計画を進めていくべきかな……その前に、お風呂がある家を手に入れたいね。
そのためには、まだまだお金が足りない。もう少し稼ぎたいものだけど。
「さて、そろそろ倒しに行くか」
「二手に別れて倒す?」
「いや、一緒でいいだろう。どのみち俺もお前も索敵系の技はねえんだしよ」
「二人でいたほうが安心か」
Bランク魔物を瞬殺できるんだしね、二人でいると。
さて、魔魂石を狩りに、働きますか。
~~~~~~~~~~~~~~~~
デスサイズラクーンとの戦いの後、普通に出てきたサイズラクーンを倒して、なんとか魔魂石を手に入れた。
「やっと集まったね」
「そうだな。やれやれ、そろそろ日が暮れるぞ、まったく」
「デスサイズラクーンで無駄な時間を使わされたね」
日が暮れてしまってからでは困るので、俺は今のうちにその辺の木を拾って松明を作る。
「マルキム、油とか持ってない? あと、布」
「ん? ああ、剣に塗る用でいいんならあるぜ」
「ありがと、じゃあそれで」
俺はマルキムから受け取った油をかけて、水で濡らした布を持ち手に巻き付けて、最後に魔法で火をつける。
「んー……さて、これでおkだね」
「そうだな。じゃあ、アンタレスに戻るかー」
さすがに完全に日が暮れたら、いくら俺とマルキムでも魔物の対処は難しくなる。
松明だって、無駄とは言わないけど、無いよりマシ、くらいのものだからね。
「まあ、Bランク魔物が出るといっても一体だけでよかったよな」
「そうだね。まあ、マルキムならBランク魔物百体くらい余裕なんじゃない?」
「そんなわけねえだろ。お前と俺の実力は殆ど一緒なんだぞ? お前が無理なら俺も無理だ」
「ランクだけは一緒だけど、マルキムの方が強いだろうに」
「買いかぶりすぎだ」
と、マルキムが言った瞬間――空気が、変わった。
マルキムは剣を抜いて一瞬で戦闘態勢に入り、俺も若干遅れて槍を構える。
「……マルキム、どうする?」
「なんか……ヤバいな、これは」
確かに、ヤバいね。今まで普通に晴れていたのに、唐突に霧が出てきた。
それだけじゃなく、とても寒い。この霧のせいなのか、それとも別の要因なのか……。
俺がマルキムと背中合わせになって周りを警戒していると、
「ッ!」
ビュウッ! と突風が吹いて、俺の持っていた松明の光が消された。
「キョースケ!」
「分かってる!」
役に立たなくなった松明を放り捨て、周りにいくつか炎をばらまく。
「さて、こんなことができるのはどなたかな……?」
「どう考えても、水を扱う魔法師がいることは確定だな」
「風もいるかもしれない」
俺はさておき、マルキムは純粋剣士。魔法を使うよりも速く踏み込めるならさておいて、速度に優れる風に、汎用性の高い水の魔法師だ。下手したらつるべ打ちに合うことも考えられる。どうしようか……。
「マルキム、最近何か恨みを買ったとかは?」
「さあな。もっとも、俺さえいなければ捕まらなかった盗賊も、俺さえいなければ死ななかった人も何人もいる、どこで恨みをかったかなんざわかりゃしねえよ。お前は?」
「んー……アンタレスに来てから、誰の恨みも買って無いつもりだったけどね。何人かとは揉めたけど」
主にゴゾムとその仲間たちだけど、彼らに身内がいたとも思えないしね。
魔力を『視』ると、四……いや五個、かなり大きな魔力の塊が見える。魔力量だけでいうのなら、Bランク魔物に匹敵するクラスだね。
(そもそも、相手は人間なのかな……)
魔物で魔法が使えるのかどうかは知らないけど、ね。
魔力の塊が動き出して、俺とマルキムを包囲する。うん、こうなってくると困るね……どうなるかな。
このままジッとしていても埒が明かない。俺はしょうがないから虚空に向かって声をかける。
「ねえ、そろそろ姿を見せてくれてもいいんじゃない?」
返事はない。だけど、このまま動かないで日が完全に暮れてしまうと、不利になるのはこちらだ。動くならすぐに動かないといけない。
せめて、相手が人か魔物か分かればいいんだけど――
「ギッギッギ。なかなかおもしれえじゃねえの?」
ザッザッと、霧の中から一人の男が現れた。いやまあ、ローブを被っていて顔は見えないんだけど、声が男性のものだったからね。
マルキムと背中合わせになったまま、俺はその男に向かって声をかける。
「何者? 俺たちに何か用かな?」
「ギッギッギ。オレのことはどうでもいいんだ。今はテメェらに用があるんだよォ、マルキム、キョースケ」
「「!」」
俺とマルキムは同時に驚く。
「……なんで、俺の名前を知ってる? テメェ」
マルキムが、低く、押し殺した声を出してその男に尋ねる。
しかし、その男は俺たちの質問に答えるつもりはないのか首を振った。
「ギッギッギ。オレがなんでテメェらの名前を知っていたのかもどうでもいい。……けどよォ、やっぱ流石だなァ、Bランク魔物を歯牙にもかけねェか。ギッギッギ」
「……そう言うってことは、さっきのデスサイズラクーンも君が仕向けてきたってことでいいのかな?」
槍をその男――ギーギーギーうるさいから、ギギギとでも名付けようか――に向けながら、低い声で尋ねる。
だが、ギギギは俺の問いかけに答えるつもりはないのか、手を広げて訳の分からないことを喚き始めた。
「だーかーらー! テメェは人に訊くしかしねェのか!? お前ら人族の特筆戦力ってのはそんなに頭が回んねェのか!? 自分の頭で考えろよッ!」
ギャーギャーとまるで幼児のように叫ぶギギギ。
俺はそれに舌打ちしたくなるのを抑えながら、槍と敵意をギギギに向ける。
「じゃあ、説明はいいや。捕まえて聞き出せばいいんだし。――ということで、マルキム、やろうか」
「最初からそのつもりだぜ」
マルキムは背中合わせのまま、剣を構える。
「さて、と――誰か分からないけど、手を出してくるなら容赦するつもりはないよ」
「ああ。俺たちに手を出したことを後悔させてやる」
さて――アンタレスという狭い地域だけど。
最強タッグの完成、ってね。
「ん、さっきはごめんね」
「……もういいから、謝るな。ギルドに預けてる武器を取りに行くついでにクエストを取ってくるからよ。ここで待っててくれ」
「分かった。その間に予備の槍を買っておくかな」
そうして待つこと数分、マルキムはDランク魔物であるサイズラクーンのクエストを取ってきてくれた。サイズラクーンっていうのは、手が鎌になっている狸頭の魔物だ。
数少ない進化形態を確認されている魔物で、進化すると厄介なBランク魔物になる。力自体は強くないため戦闘力自体は低いが、変化して人間に混じって悪さをする魔物らしい。
そのため、Dランク魔物にも関わらず、ギルドから依頼が出るという……言ってはなんだが、非常にお得な魔物だ。
しかしDランク魔物だからといって簡単に倒せるわけじゃない。俺のような駆け出しがホーンゴブリンの討伐などと似たようなものと勘違いして油断して、やられる例も少なくないらしい。
「マルキムって、何歳くらいの時にBランクになったの?」
「んー……五年くらい前だったかな。オレが今三十五だから、三十の時だ」
「え、そもそもマルキムそんな歳だったの?」
三十五って……それなりの歳だろうとは思っていたけど、まさか俺の倍以上あったとは。少し老けてるけど、二十代後半くらいだとばかり。
「そうだぞ。っつーか、お前もいくつなんだよ」
「俺は十七だよ」
「はぁ!? 十七でその実力か!? お前、どんだけなんだよ!」
「そう言われてもね」
殆ど借り物の力だ。自慢できるようなものじゃない。
「……でもそれなら確かに、こう迂闊なのも分かるけどよ。じゃあ、久しぶりに一緒にクエストに行くか。ロアボア以来か?」
「そうだね」
とはいえ、もう昼は過ぎているから、うかうかしていると日が暮れてしまう。
さっさと行くべきだね。
「念のため、明かりの出る使い捨ての魔道具を買っておくべきか?」
「俺が火を出せるから特に問題ないよ」
俺は指に火を灯して、自分の活力煙に火をつける。
「……便利なもんだな」
「マルキムは生活魔法、使えないの?」
あれはそんなに魔力が無くても使えるはずだ。
その点を不思議に思って訊くと、マルキムはフイッと目をそらして歩きだした。
「それは置いといてよ、さっさと行こうぜ。俺とお前ならそんなに時間はかかんねえだろうけど、そこまで探知が得意なわけでもねえからな」
……訊いちゃいけないことを訊いちゃったかな。
リューが、稀に人族でも一切魔力が無い人がいるって聞いたことがあるって言っていたからね。もしかしたら、マルキムはそれなのかもしれない。
剣士で攻撃魔法が使える人なんて殆どいないんだから気にしなくてもよさそうなものだけど……彼にもいろいろあるのだろう。
俺はマルキムの背中を見ながら、そう思った。
~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、気合を入れてマルキムと狩りに出たんだけど……これはこれは。
「やれやれ、俺もマルキムも運が悪いね」
「逆に考えたら、運が良かったかもしれねえぞ。自分で言うのも正直どうかと思うが、アンタレスのAGの中で最高戦力であるオレたち二人が一緒にいるときに出会えたんだからよ」
確かに最近強い魔物が出易くなってるってマリルも言っていたけど……これはちょっと。まさかBランク魔物が出てくるとはね。
アックスオークとは少し系統の違う……俺ともマルキムとも、相性の悪そうな魔物だ。
「で? あのデケエ鎌を持っている女が、デスサイズラクーンか……ッ!」
俺たちが数体のサイズラクーンを倒した時、唐突にそいつは現れた。鮮やかな金髪で真っ白なワンピースを着た、どこからどう見ても普通の人間。
しかし魔物が跋扈するこの森の中、普通の人間が無傷で何の汚れも無く歩いているというその事実が不自然極まりなかった。
案の定、俺たちに近づくと同時に腕を鎌に変えて攻撃してきたので……そいつがデスサイズラクーンだと分かったというわけだ。
「女の恰好をしてるからって、油断するのは一度っきりだぜ」
マルキムがそう呟いた瞬間、デスサイズラクーンの姿が消えた。
「なっ!」
「マルキム、後ろだ!」
「くそっ!」
突如現れたデスサイズラクーンの鎌をマルキムが剣でいなし、距離をとる。
「キシャァァァァァ!」
そして、また姿を消すデスサイズラクーン。正直、これは面倒くさい。
「どうなってやがるんだ!」
「たぶん、自らの体表を透明に変化しているとかそんなんじゃないかな!」
今度は俺に攻撃してきたので、槍で弾き飛槍撃で反撃する。
しかしデスサイズラクーンは簡単にそれを防ぐ。変化ばかりかと思いきや、普通に近接戦も出来るようだ。面倒な。
俺の連撃の隙をついて、再びデスサイズラクーンの姿が消える。
「キョースケ! どうする!」
マルキムがそう言った瞬間、マルキムの背が切り裂かれた。
透明になったまま攻撃出来るみたいだねっ!
「マルキム!」
「かすり傷だ! けど、これどうすればいいんだ!」
マルキムが自分の傷に回復薬を振りかけながら、俺の方にやってくる。
(魔力を『視』ていれば場所は分かるけど……)
いくら姿が透明になろうが、魔力までは隠せない。
だから場所だけは分かるんだけど……こいつは、普通に強い。
「マルキムはどうにかできない?」
「俺の職スキルは攻撃系ばっかりだ! どうしようもねえ!」
それがダメだとは言わない、言えない。だって、普通はそうだから。
聞いてないけど、おそらくマルキムの『職』は剣士系だ。剣士に他のことを求める方が酷だろう。
「いったん、引く?」
透明な斬撃を弾きつつ彼に問うと、マルキムは俺と背中合わせになりながら首を振った。
「ここで逃がしたら確実にアウトだ! このままアンタレスに入られて、何人も殺されるぞ! デスサイズラクーンは肉食だからな!」
「ああもう、面倒だね!」
とはいえ、俺もマルキムもBランクAG。
Bランク魔物を単体で倒せるから、BランクAGになっているんだ。
(この程度の敵で困ることはないんだけどね、本来は)
しかし、それはあくまでお互いに本気で戦ったら、の話。
俺は魔法や『ファングランス』など軽々しく使いたくないし、マルキムも同様に見せたくない手札があるだろう。
だとしても……本来であれば二人がかりならBランク魔物相手にそこまで手こずるはずはない。厄介なだけだ。
俺は慌てるのをやめて落ち着いた口調でマルキムに語り掛ける。仕方ない、『視』えることは言うか。
「マルキム、俺が位置を言うから隙を作って」
マルキムは少し驚いた表情で俺を見て……一つため息。詮索せずに頷いてくれた。
「お前の合図に任せる」
「ん、了解」
「キエエエエエエエ!!」
デスサイズラクーンが再び透明化したので、魔力を『視』る眼に切り替える。高速で移動する魔力の位置を確認し、短く合図する。
「右斜め前、四メートル先!」
「おう!」
俺が叫んだ瞬間、マルキムが動き『職スキル』を発動させる。
「『固定剣』!」
どんな効果か分からなかったが、マルキムの剣がデスサイズラクーンに触れた瞬間、敵の動きが止まった。
「今だ!」
「ん、『音速突き』!」
その隙をついて、俺は『音速突き』で喉元を貫く。
「ごふっ……」
「悪いね、デスサイズラクーン。特に恨みはないんだけど……死んでもらうよ」
そしてそのまま槍を地面まで引き下ろそうとして……刃が動かない。うん、やっぱ夜の槍っていうのはいい槍だったんだね。
しょうがないので、俺は無音で『亜音速切り』を発動させて真っ二つに切り裂く。
斬! と刃を振りぬいた瞬間、デスサイズラクーンが溶けてなくなってしまう。しまった、魔魂石も真っ二つにしちゃった。
「やれやれ、ごめんね? ちょっと魔魂石は獲れなかった」
「いや、大丈夫だ。……しかし、デスサイズラクーンが出るとはな」
俺が倒したアックスオーク、クレイスライムの突然変異種だったグリーンスライム、そして今回のデスサイズラクーンとBランク魔物が立て続けに三体も出ている。
「一体、何があったんだろうね」
「そうだな……自然発生するとは考えづらいしな」
「となると、誰かが連れてきたってことになるけど」
「Bランク魔物を連れてこれるなんて、相当だぞ。少なくとも俺らじゃ無理だ。生け捕りして、ここに放つとか難易度が高すぎる」
「SランクAGで、なおかつ『調教者』みたいな『職』だったら?」
「そんな『職』があるのかは知らないが……可能かもしれんな」
「魔物を扱うような『職』は無いの?」
「一応、『魔物使い』は見たことがあるが滅多にいないぞ。しかも、そういうタイプの『職』は複数体の魔物と契約したりなどは出来ない」
「そうなんだ……」
そうなると……
「もしかすると、人族じゃないのかもね」
「なっ……」
何気なく俺が言うと、マルキムが目を見開いた。
「じゅ、獣人族にはそんなことできるはずないぞ!?」
そして、なにやら訳の分からないことを言い出した。
この世界は、人族、亜人族、魔族しかいないはずだけど……
「獣人族?」
問い返すと、マルキムはハッとした表情になって、ばつが悪そうに目を逸らした。
「……今のは忘れてくれ」
「ん、分かった」
気まずい沈黙が下りる。
それを嫌ったのか、マルキムがことさら大きな声を出した。
「ま、まあアレだな! このデスサイズラクーンの鎌を持っていけば、もしかするとギルドから臨時報酬が出るかもしれないぞ!」
「へえ、いいね。というか、出るの? 俺がアックスオークを倒した時は出なかったけど」
「今回は任務中の出来事だからな。ギルドの調査不足とか言われるのを嫌って、出してくれることがあるんだよ。Bランク魔物の魔魂石を売った時ほどじゃないが、それでもそこそこの額は貰えるぜ?」
なるほどね。だとしたら倒してよかったってところかな。
それにしても……やっぱりマルキムは強いんだね。アックスオークを倒す時はあんなに時間がかかったのに、こんなにあっさりと倒せてしまった。
いやあ、凄いものだね。
「さて、と。それじゃあ本来のクエストを達成しに行こうか」
「そうだなぁ」
俺は活力煙を咥えて、火をつける。
「その前に、一息ついてね」
俺が少し笑ってマルキムを見ると、彼は少し苦笑いした後葉巻を咥えた。
「はい、マルキム」
俺は『トーチ』で付けた火で、マルキムの葉巻に火をつけてあげる。
「……おう、悪いな」
そうして、二人でしばらく休憩する。
黙って煙を吹かしていると……
「マルキムの頭に光が反射して魔物が寄ってきたりしないかな」
「俺の頭は反射してねえ!」
「というか、防御力がかなり低下してそうだよね」
「うるせえな! これはオシャレなんだよ!」
「……それを本気で言ってるとしたら、かなり間違ってるよ、オシャレ」
「カッケえだろうが!」
「あー、カッコいいカッコいい。たぶん後三回くらい生まれ変わればモテるんじゃない?」
「いや、今世でモテさせろよ」
「それは無理」
「なんでだよ!」
そんな適当なことを言い合いながら、煙を吐き出す。
「ふぅ~……ヘビースモーカーになりそう」
「一日に何本吸ってるんだよ」
「さぁ、何本だったかな」
十本くらいじゃないかな。活力煙は一箱十二本入りで、毎日一箱は吸うから。戦闘の時に落としたりすると、もっと吸うかな。
「……数えきれないくらい吸ってる時点で、ヘビースモーカーだ」
「そうかな? まあ、マルキムほどじゃないよ。マルキムは一日何本?」
「……一ダース入り、三箱だ」
どう考えてもマルキムはヘビースモーカーだね。
それにしても、この世界は衛生観念がいまいち発達していないからか、男はタバコを吸っていてもその臭いが目立たないくらい別の臭いがする。慣れたけど。
というか、マルキムに訊いたら「だからこそ吸うってやつもいるな」とか言っていた。男は香水をつけ無いから……だとかなんとか。完全に逆効果だと思うけど。
本格的に銭湯を作る計画を進めていくべきかな……その前に、お風呂がある家を手に入れたいね。
そのためには、まだまだお金が足りない。もう少し稼ぎたいものだけど。
「さて、そろそろ倒しに行くか」
「二手に別れて倒す?」
「いや、一緒でいいだろう。どのみち俺もお前も索敵系の技はねえんだしよ」
「二人でいたほうが安心か」
Bランク魔物を瞬殺できるんだしね、二人でいると。
さて、魔魂石を狩りに、働きますか。
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デスサイズラクーンとの戦いの後、普通に出てきたサイズラクーンを倒して、なんとか魔魂石を手に入れた。
「やっと集まったね」
「そうだな。やれやれ、そろそろ日が暮れるぞ、まったく」
「デスサイズラクーンで無駄な時間を使わされたね」
日が暮れてしまってからでは困るので、俺は今のうちにその辺の木を拾って松明を作る。
「マルキム、油とか持ってない? あと、布」
「ん? ああ、剣に塗る用でいいんならあるぜ」
「ありがと、じゃあそれで」
俺はマルキムから受け取った油をかけて、水で濡らした布を持ち手に巻き付けて、最後に魔法で火をつける。
「んー……さて、これでおkだね」
「そうだな。じゃあ、アンタレスに戻るかー」
さすがに完全に日が暮れたら、いくら俺とマルキムでも魔物の対処は難しくなる。
松明だって、無駄とは言わないけど、無いよりマシ、くらいのものだからね。
「まあ、Bランク魔物が出るといっても一体だけでよかったよな」
「そうだね。まあ、マルキムならBランク魔物百体くらい余裕なんじゃない?」
「そんなわけねえだろ。お前と俺の実力は殆ど一緒なんだぞ? お前が無理なら俺も無理だ」
「ランクだけは一緒だけど、マルキムの方が強いだろうに」
「買いかぶりすぎだ」
と、マルキムが言った瞬間――空気が、変わった。
マルキムは剣を抜いて一瞬で戦闘態勢に入り、俺も若干遅れて槍を構える。
「……マルキム、どうする?」
「なんか……ヤバいな、これは」
確かに、ヤバいね。今まで普通に晴れていたのに、唐突に霧が出てきた。
それだけじゃなく、とても寒い。この霧のせいなのか、それとも別の要因なのか……。
俺がマルキムと背中合わせになって周りを警戒していると、
「ッ!」
ビュウッ! と突風が吹いて、俺の持っていた松明の光が消された。
「キョースケ!」
「分かってる!」
役に立たなくなった松明を放り捨て、周りにいくつか炎をばらまく。
「さて、こんなことができるのはどなたかな……?」
「どう考えても、水を扱う魔法師がいることは確定だな」
「風もいるかもしれない」
俺はさておき、マルキムは純粋剣士。魔法を使うよりも速く踏み込めるならさておいて、速度に優れる風に、汎用性の高い水の魔法師だ。下手したらつるべ打ちに合うことも考えられる。どうしようか……。
「マルキム、最近何か恨みを買ったとかは?」
「さあな。もっとも、俺さえいなければ捕まらなかった盗賊も、俺さえいなければ死ななかった人も何人もいる、どこで恨みをかったかなんざわかりゃしねえよ。お前は?」
「んー……アンタレスに来てから、誰の恨みも買って無いつもりだったけどね。何人かとは揉めたけど」
主にゴゾムとその仲間たちだけど、彼らに身内がいたとも思えないしね。
魔力を『視』ると、四……いや五個、かなり大きな魔力の塊が見える。魔力量だけでいうのなら、Bランク魔物に匹敵するクラスだね。
(そもそも、相手は人間なのかな……)
魔物で魔法が使えるのかどうかは知らないけど、ね。
魔力の塊が動き出して、俺とマルキムを包囲する。うん、こうなってくると困るね……どうなるかな。
このままジッとしていても埒が明かない。俺はしょうがないから虚空に向かって声をかける。
「ねえ、そろそろ姿を見せてくれてもいいんじゃない?」
返事はない。だけど、このまま動かないで日が完全に暮れてしまうと、不利になるのはこちらだ。動くならすぐに動かないといけない。
せめて、相手が人か魔物か分かればいいんだけど――
「ギッギッギ。なかなかおもしれえじゃねえの?」
ザッザッと、霧の中から一人の男が現れた。いやまあ、ローブを被っていて顔は見えないんだけど、声が男性のものだったからね。
マルキムと背中合わせになったまま、俺はその男に向かって声をかける。
「何者? 俺たちに何か用かな?」
「ギッギッギ。オレのことはどうでもいいんだ。今はテメェらに用があるんだよォ、マルキム、キョースケ」
「「!」」
俺とマルキムは同時に驚く。
「……なんで、俺の名前を知ってる? テメェ」
マルキムが、低く、押し殺した声を出してその男に尋ねる。
しかし、その男は俺たちの質問に答えるつもりはないのか首を振った。
「ギッギッギ。オレがなんでテメェらの名前を知っていたのかもどうでもいい。……けどよォ、やっぱ流石だなァ、Bランク魔物を歯牙にもかけねェか。ギッギッギ」
「……そう言うってことは、さっきのデスサイズラクーンも君が仕向けてきたってことでいいのかな?」
槍をその男――ギーギーギーうるさいから、ギギギとでも名付けようか――に向けながら、低い声で尋ねる。
だが、ギギギは俺の問いかけに答えるつもりはないのか、手を広げて訳の分からないことを喚き始めた。
「だーかーらー! テメェは人に訊くしかしねェのか!? お前ら人族の特筆戦力ってのはそんなに頭が回んねェのか!? 自分の頭で考えろよッ!」
ギャーギャーとまるで幼児のように叫ぶギギギ。
俺はそれに舌打ちしたくなるのを抑えながら、槍と敵意をギギギに向ける。
「じゃあ、説明はいいや。捕まえて聞き出せばいいんだし。――ということで、マルキム、やろうか」
「最初からそのつもりだぜ」
マルキムは背中合わせのまま、剣を構える。
「さて、と――誰か分からないけど、手を出してくるなら容赦するつもりはないよ」
「ああ。俺たちに手を出したことを後悔させてやる」
さて――アンタレスという狭い地域だけど。
最強タッグの完成、ってね。
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