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第一章 異世界生活なう

18話 鍛冶師ヘルミナなう

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「よう、キョースケ。お前、魔法を覚えたんだってな」

 リューとのクエストを終えて数日経ったいつもの昼下がり。
 俺が今日の分のクエストを終えて、ギルドでジュースを頼んでくつろいでいるとマルキムが話しかけてきた。

「ん、そうだよ。もっとも、実戦で使うにはまだ遠いけどね。……というか、どこで聞いたの? それ」

「ああ? もう噂になってたぜ。今日のクエストでさっそく使ってただろうテメエ」

 今日のクエストだけじゃなくて最近のクエストではよく使ってたけど……そうか、今日のは見られちゃっていたのか。
 まあ、魔法を使えることはなるべく隠しておきたかったけど、バレたなら隠す必要もないかな。

「そもそも……テメェの槍捌きは、今の時点でもBランク魔物を単独で倒せるっていうのに。それでなお魔法も覚えちまうなんてよ」

 そう言いながら、マルキムは俺の座っていたテーブルに座る。
 そして軽く店員を呼ぶと、適当なつまみを頼んだ。

「それはそうと、今日は暇か? キョースケ」

「うーん……今日はクエストもそうそうに終わったから、宿でのんびりしようかと思っていたけど」

「じゃあ、今からこの町を見て回らねえか? お前、こっちに来てから俺が初日に紹介してやったところ以外、アンタレスをそんなに見て回ってねえだろ」

 そう言われて、ふむと考えてみる。
 確かに、俺はアンタレスに来てからそう見て回ってない。彼に教えてもらった店以外だと回復薬とかを売っている薬屋と、カリッコリーの楽器店くらいのものだ。飯屋とかは常連になるくらい通い詰めてるんだけどね。
 モクアミさんが卸しているという魔法師ギルドの店にも何度か行ったかな。
 というか、そもそも武器屋すら見に行っていない。

「そういえばそうだね。じゃあ、悪いけど案内してもらおうかな」

「よし、そうと決まればさっそく行こうぜ。どこから行く?」

 そう言ってマルキムが立ち上がった瞬間、

「お待たせしました」

 ……と、さっき頼んだつまみが運ばれてきた。
 自分で頼んだのに忘れてたね、マルキム。

「……これを食べ終わってからな」

「そんなに急がなくてもいいよ」

 少し申し訳なさそうにしているマルキムに苦笑しつつ、俺はどこへ行くか思案する。

「んー……武器屋かな。ついでに、この槍も手入れしてもらいたいし」

 そう言いながら、俺は夜の槍を掲げた。

「ああ? ……まあ、確かにその槍は見たところ業物みてーだが、確かに手入れが行き届いていない感じがあるな。もしかして、お前最低限の手入れの仕方もしらねえのか?」

「……うん、お恥ずかしながら」

「よくそれでやってこれたな。呆れた野郎だ。ロアボアを瞬殺できるような実力があるかとも思えば、こんな基本的なことに関してなんにも知らねえ」

 心底呆れたような声を出すマルキム。確かにそういうことは真っ先に学んでおくべき事柄だよね。
 俺はそれに苦笑いを返しながら、ジュースを一口飲む。

「その辺のことは詮索しないでくれるとありがたいかな」

 うまい言い訳を思いつかなかったので、俺は仕方なしにそう答える。

「……なんも隠し事がねえ奴の方が少ねえけどよ。それならまあ、聞かないでおいてやるよ」

「ん、ありがとうね」

 そう言いながら、俺はマルキムに断りを入れてから活力煙を吸う。外ならまだしも、室内で吸うときは流石の俺も断りを入れる。
 ……うん、ヘビースモーカーになったものだね、俺も。

「俺も吸わせてもらうぜ。……あ、そうだ。お前にもいくつかやるよ」

 そう言って、何故かマルキムが俺に葉巻を数本渡してきた。

「? 俺、葉巻は吸わないよ?」

「AGとしての常識だ。……いいか? これからは野良でチームを組んだりすることもあるだろう。その時にこうして嗜好品を渡し合ったりするんだよ」

 ゆらゆらと葉巻を揺らし、天井を仰ぐマルキム。

「そうすることで、渡された人がこの葉巻を見る時に俺のことを思い出して『また組もうかな』とか思ってくれるかもしれないだろ? ……商人とかは紙に自分の名前と商っているモノを書いて渡し合ったりしているらしいが、俺達はそれの代わりにこういった嗜好品を渡すわけだ」

「ああ、つまり名刺の変わりってことか」

 名刺というか、いわゆる「お近づきのしるしに」ってやつだね。

「お前の場合、活力煙でも渡せばいいんじゃないか?」

「そうだね。じゃあ、そのための少し高い活力煙を買っておこうか」

 マルキムから貰った葉巻が少し高級なものであることに気づいて、俺はそう言う。嗜好品といえど人に渡すものは少し高価な物がいいよね。

「商人の場合は『自分たちの商売を知ってもらうために』だけど、俺たちAGの場合はこうして他人に嗜好品を渡せるだけの経済状況がある。それはつまり、腕のいいAGの証拠だから、って部分もあるんでしょ」

「まあその通りだな。俺みたいに葉巻を渡せるやつは珍しいが、酒を奢ったりとかは出来る奴はいるな」

「なるほどね……」

 じゃあ、後で活力煙を売っているところにも行かないとね。
 俺はグッとグラスをあおって立ち上がる。

「さて、行こうか、マルキム」

「おう」


~~~~~~~~~~~~~~~~


「ここがアンタレスで一番の武器屋だ」

 そう言ってマルキムに連れてこられた場所は、なんとなく寂れた店だった。
 寂れた店だが……一本一本の武器の輝きが、素人目でも分かるくらい凄い。これはなるほど、アンタレス一番の武器屋っていうのは嘘じゃないみたいだ。
 こういう異世界モノのお約束だとドワーフの親父とかが出てくるものなんだけど……果たしてどんな店主さんがいるんだろう。
 俺が少し期待していると、中から……予想が完全に外れた、女性が出てきた。

「マルキムさん、そんな照れる紹介をしないでくださいよ……」

 しかも、なんだかおどおどしている。
 腰まであるぼさぼさの髪を無造作に一括りにしていて、前髪で目が隠れている。本来は綺麗な緑色であろう髪色も雰囲気のせいで何となくくすんで見える。
 作業着にエプロンをつけていて、どちらかというと鍛冶師よりも画家っていう感じの人だ。
 背は高いね、佐野くらいあるかもしれない。それに、歩き方もちゃんと鍛えている人のそれだ。筋力は高そうだね。

「紹介するぜ、キョースケ。こいつは王都ミラで一番の鍛冶師であるキュクロの一番弟子である、ヘルミナ・オリュロスだ。俺の知っている限りではキュクロの次に凄い腕前の持ち主だな。で、ヘルミナ。こいつはキョースケ。アンタレスで唯一の『魔法槍使いマギランサー』にして、オレと同じBランクAGだ」

 ……そんな『魔法槍使いマギランサー』なんて初めて言われたんだけど。まあいいか。

「よろしく、ヘルミナ。凄いね、そんな若そうに見えるのに」

「そ、そんなことないですよぅ」

 ……なんか、凄いおどおどしていて、とても話しづらい。
 置いてある武器は素晴らしいものばかりなので、彼女の腕がいいのは分かるんだけど、こんなにオドオドしているとちょっと疑わしく思ってしまう。

「ねぇ、マルキム……」

「いや、疑わしい気持ちも分かるけどよ。本当にこいつがここにある武器はこいつが作ったんだ。ためしに、その武器を見せてみろよ」

 マルキムが俺の夜の槍を指すので、確かにと思って――自分の武器を渡すことに多少抵抗はあるものの――見せてみることにした。

「じゃ、じゃあ、ヘルミナ。この俺の槍を見てくれない?」

「へ? は、はい……」

 そう言いながらヘルミナは俺から夜の槍を受け取ると、しげしげと眺めだした。

「これは凄い業物ですね……たぶん、これ師匠が作ったんだと思います。銘が無いので、試作品の一つですね」

「試作品?」

「はい。師匠は魔魂石を込めた、魔剣の類にだけ銘を入れるので。それが無いものは試作品として、基本的に流通させないんですよ。だからこれが手に入る場所と言えば……」

「ストップ。出所はどうでもいいんだ。取りあえず、手入れをしてくれない?」

 出所を言われてしまうと、俺が王城から来たことがばれてしまうかもしれない。だからヘルミナの言葉を遮ってそう言った。

「あ、す、すいません。では……」

 ヘルミナは少し申し訳なさそうな声を出しながら、ポケットから砥石や油のような道具を出して、数秒で手入れを終えた。
 って、早っ。そ、それで大丈夫なの?

「はい、これで大丈夫です。後で、ご自分で手入れができるような道具をお売りしますね」

「ん、ありがとう。というか、凄く手際がいいね……」

「へ? そ、そんなことないですよっ! 私なんてまだまだですし……」

 やっぱりおどおどビクビクな対応のヘルミナ。いや、どう考えても今の手際の良さは普通じゃないとおもうんだけど……
 その点を不思議に思ったので、マルキムに訊いてみると、

「……当然、神業だ。詳しいことは省くが――こいつは血のりなんかをぬぐって綺麗にして、そこを軽く研いで油を塗って切れ味を取り戻させるって作業をしたんだ。ある程度以上修行を積んだ鍛冶師なら誰でも出来る基本中の基本だ。しかしだからこそ、今くらいの速度で出来るのは異常なんだよ」

 呆れ顔のマルキム。
 ……なるほど。職人技っていうのは、基本であれば基本であるほどその職人の腕の良さが如実に出るもと聞く。だから、そういう意味で今の技量は神業なんだね。

(……うん、凄まじいね)

 手入れをしてもらった夜の槍をしげしげと眺めてからヘルミナを見る。さっきまではなんとなく疑っていた腕前も、この夜の槍を見れば疑いようもないことだったことが分かる。だって、もらったばかりの頃のような輝きに戻ってるんだもん。
 ……普通、こういう職人っていうのは、オーラというか、全身から自信を立ち上らせてるものなんだけどね。この前にアンナさんから言われたように。
 俺がヘルミナを見つめていたのがヘルミナとしては気まずかったのか、「えと、えと」とどもりながら何事か話始めた。

「え、えっと……よ、よろしければ、多少の切れ味強化の付与くらいならできますけど、しておきますか? 値段は大金貨二枚ですが」

「切れ味強化の付与?」

「は、はい。どんな魔魂石でもいいんですが、それを合成することで切れ味の強化ができるんです。見たところその槍は切れ味強化の付与すらされていないようなので……」

 え、これそんなのが付与されていなかったのにアックスオークやロアボアを倒せるほど凄い武器だったんだ。
 改めて、王都のナンバーワン職人の凄さがよくわかる。

「というか、本当は殆どの武器にそれはついてるはずなんですけどね……」

「俺の剣にも当然ついてるぞ。もっとも、ヘルミナに頼んで三重付与をかけてもらってるけどよ」

「三重付与?」

 聞いたことのない単語を聞き返すと、ヘルミナが補足してくれた。

「はい。切れ味強化は何重にもかけることができるんです。ただ、二重くらいまでなら殆ど失敗しないんですが、三重以降は失敗する確率が高くなってしまうので、殆どの鍛冶師が請け負わないんです」

 ふむ、ゲームとかでよくあるやつか。かけすぎると失敗率が高くなってしまうやつ。

「だけどな。このヘルミナは凄まじい腕の持ち主だからよ。なんと四重まで請け負ってくれるんだ」

「そ、そんな持ち上げないでください……」

「へぇ。マルキムが四重にかけてないのはなんで?」

「あ? ああ。単純に、する機会が無かっただけだな。ヘルミナが四重まで完璧に成功できるようになったのはつい最近だからよ。そうだ、この際だから俺のも四重にしてもらおうか」

 そう言いながら、マルキムが大金貨をヘルミナに渡す。
 ……マルキムがここまで信頼するんだから、俺もしてもらってもいいかもしれない。
 もっとも、これ以上強くなる必要をあんまり感じないけどさ。

「じゃあ、俺もその切れ味付与っていうのをやってもらおうかな。えーと、大金貨は8枚でいいのかな?」

 腰につけている金貨袋から大金貨を(出すふりをしてアイテムボックスから)8枚取り出して、ヘルミナに渡す。
 ヘルミナはそれを一枚一枚数えたあと、自分の腰につけている金貨袋にしまった。

「はい、ちょうど受け取りました。では、マルキムさんは三重から四重への付与、キョースケさんは最初から四重付与ということでよろしいですか?」

「おう、それでいいぜ」

「ん、それでお願い」

「では、だいぶ時間がかかると思うので……そうですね、日が暮れたあたりにもう一度来てください。その時に、ついでにDランク以上の魔魂石をキョースケさんは四つ、マルキムさんは一つ納入してください。もっとも、キョースケさんの場合は今日中でなくても構いませんが」

 どうやら、使った魔魂石はちゃんと納入しなくちゃいけないらしい。しかもDランク以上。
 ……二重以降の切れ味強化の付与がなかなか行われないのは、職人側の問題だけじゃなくて、AG側もそんなにポンポンDランク以上の魔魂石を手に入れられないっていうのもあるかもね。

「じゃあ、それまでどうしようか。その辺でも見て回る?」

「……いや、自分の魔魂石が待ってもらえるからって、のんびりすること確定にしてんじゃねえよ。俺は魔魂石のストックねえから、狩りに行かなきゃなんねえんだっつうの」

 マルキムが半眼で俺を睨むけどスルー。代わりに、俺はその辺にある槍をひょいととる。

「しかし、これはそこまで高価そうに見えないのに、手入れが行き届いてるね……うん、やっぱり凄い」

「そりゃあなあ。で? 俺は狩りに行くけどと、テメェはどうするんだ?」

「……え、本当に行くの? 今マルキム武器ないのに。どうやって魔物を倒すの?」

 キョトンとした顔で聞き返す。いやまあ、マルキムは強いからDランク魔物を素手で屠るくらいわけないかもしれないけど、けれどそれはマルキムがひた隠しにしている力を使わないで出来るものなんだろうか。
 それとも、今ここでテキトーな武器を買ったりするんだろうか。

「いや、違えよ。お前、ちゃんとAGノート読んだか?」

「当然(読んでない)」

「……今、かっこの中で何を言ったかだいたい分かるけどよ」

 あれ、読もう読もうと思っていたら、すぐ忘れちゃうんだよね。
 ガイドブックの方はよく目を通すんだけど。
 俺の返答にマルキムが何度目か分からない呆れ顔をしながら俺に説明してくれた。

「あのな、Bランク以上のAGは予備の武器をギルドに無料で預けることができるんだよ。Cランク以下は、少し金を払えば、預けられる。当然、預けた支部でしか引き出せないがな。だから、俺もそうだがよく行く街の支部には必ず武器と防具を預けてあるんだ。じゃなくちゃ、万が一武器をぶっ壊した時に、すぐに戦力を整えられねえだろうが」

「へぇ……というか、ランクの高いAGはずいぶん優遇されるんだね」

 まあ、ランクの高いAGは人族の中ではとても貴重な戦力だし、優遇して死なない様にするのは当然か。
 俺が納得していると、マルキムが少し暗い表情になった。

「……キョースケ、お前はもっとちゃんと慎重に行動しろ。確かにお前は強い。アックスオークを槍一本で倒せる奴なんざあんまり聞いたことは無い。けどよ、腕っぷしだけでやっていけるほどこの世界は甘くないんだ」

 真剣な顔のマルキム。
 ……確かに、マルキムは腕っぷしだけでやってきているような見た目をしておいて、文字も読めるし、情報網も広く、顔も効く。

「顔が広い、っていうのは、AGにとって生命線だ。ランクの高いAGで愛想が悪いやつなんて殆ど見たことないな。なんでか分かるか? 情報を軽視するAGは長生きできないって知ってるからだよ。情報屋っていう商売が成り立つくらいなんだからな」

「うん」

 だからこそ、ガイドブックはよく読んでたわけだけど……そうか、AGなら誰もが手に入れられる情報を知っていないっていうことは、とても不利になるわけか。

「俺は、自分で言うのもなんだが、それなりに強い。だけど、俺くらい強いやつは同期では何人もいた。キョースケ……お前にはそうなって欲しくないんだよ、俺は」

「マルキム……」

「まあ、その、あれだ。柄にもねえ話をしちまったな」

「いや、その、真面目でありがたい話をしてくれた後で悪いんだけど……鼻毛出てるよ?」

「な!?」

 マルキムがとても驚いたかと思うと、バタバタバタっ……と店から出て行った。
 うん、言うべきじゃなかったかもしれないけど……ごめんね、マルキム。
 まあ、そのうち帰ってくるだろうから、ここで待っていようかな。
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