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第一章 異世界生活なう

12話 魔法使い出現なう

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 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ。

「ん~……んぁー、あふぅ」

 翌朝、俺は腕時計のアラームで目覚めた。うん、これが残っていてよかったと心底思うよ。

「うーん、今朝はよく寝たね」

 コキコキと首を鳴らして立ち上がる。窓から外を見ると……まだ日が昇ってすぐといった時間帯だからだろうか、若干朝靄がかかっていた。
 眠い眼をこすりつつ、今日の予定について考える。

(さて、今日は――まず、朝は鍛錬、昼は軽めのクエストを受けて稼いだ後、買い物かな。下着とかタオルとか欲しいし)

 大金貨が貰えるようなクエストは、昨日見た限り少ない。だから低いランクのクエストと同時に常在クエストをこなして魔魂石を換金する感じでいこう。
 アックスオークを狩って稼げた金が結構あるけど、それはもしもの時のために蓄えておきたい。しばらくはその日の飯代と宿代を稼ぐのが精一杯かもしれないけれど、いずれは貯金出来るように稼ぎたいな。
 俺はアイテムボックスがあるから貯金も余裕だし。

「後は……」

 生活に余裕が出てきたらもっと頑張るつもりだけど、今は何よりも優先してやりたい大事なことが三つある。昨晩、ガイドブックを熟読していた時に知ったことだけど。
 一つ目は着替えなど日用品を揃えること。二つ目は異世界生活の常識を知ること。
 そして何と言っても三つ目は――

「――魔法を覚えること。せっかく異世界に来たわけだし、ね」

 魔法――それは神秘にして深遠なる技術! ……ではないらしい。こっちの世界では。
 ガイドブックによると、魔法は大まかに分けて生活魔法と戦闘魔法の二つ。読んで字の通り、生活魔法とは生活を便利にする魔法のことで、こっちの世界の人の多くが生活魔法は扱えるらしい。
 戦闘魔法はAG、もしくは魔法師ギルドに所属している人間しか使えないうえに(武器類と同じ扱いなんだそうだ)習得も難しい。
 だから戦闘魔法は適性がなかったら諦めるしかないだろうけど、生活魔法は覚えておきたい。火の魔法と水の魔法を使えば、夢の「お風呂」を実現出来るかもしれないからね。

「そのためには魔法を教えてくれる人と巡り会わなきゃいけないんだけどね」

 その点、王城に残った奴らは王室付きの魔法使いから教えて貰えるんだろう。正直、それに関しては少しうらやましいかな。

「……さって、とりあえず鍛錬しようかな。といっても庭でビュンビュン槍を振り回すわけにはいかないから」

 ピョンッ、と俺はベッドから降りる。まずはランニングからかな。
 ステータスが高いといって基礎体力が無いと話にならない……と思うからこれから毎日筋トレとランニング、そんで槍の素振りをしようと思ってる。
 顔を洗いたいので一階のカウンター的なところで水と桶を借りて(こんなに早い時間なのに店員がいた。凄いね)、洗顔等をサッとすませる。
 カウンターを見ると、流石にリルラはいない。仕方が無いから別の店員さんに広場的な場所が無いか聞いてみる。

「ここから一キロくらいのところに公園がありますよ」

「そう、ありがと。さて、行くかな」

 槍を持って走り出す。……傍から見ると完全なる不審者だが、まだ早い時間で人通りはそんなに無いから心配ないだろう。
 ランニング一キロなんて久しくやっていないからさぞツラいだろう……と思っていたけど、ステータスのおかげか少し息が上がっただけですんだ。

「……これ、相当ハードなことやらなきゃ基礎体力つかないんじゃない?」

 今から筋トレするつもりだけど、大丈夫かな? 正直、腹筋六つに割れるのっていつになるんだろう。
 考えていても仕方が無い。とりあえず俺は腹筋、腕立て伏せ、ハーフスクワットをやることにした。回数は二十回十セットずつだ。今度、ダンベル的なものがあったらそれも買いたいね。
 静かな公園内で、黙々とメニューをこなす。ふむ、向こうの世界にいた時は筋トレなんかあんまりしなかったけど……なんか、あんまりキツくないからか、割と楽しくなってきたよ。

「……十八、十九、二十! よし、終わった」

 全部を終えると……うん、心地よい疲労感。朝の鍛錬には調度いいくらいかもしれない。前の世界だったら確実にぶっ倒れてるけどね。
 後は槍の素振りかな。体が勝手に動くとはいえ、そんなあやふやなものに自分の命を任せるわけにはいかない。独学とはいえやらないよりはマシだろうし、無言でのスキル発動も練習しておきたいしね。
 ……そうやって、朝の鍛錬を始めて一時間くらい経った時だろうか。唐突に後ろから声をかけられた。

「ヨホホ……これはこれは、AGなのに変わった訓練をされるんデスねぇ」

 当然、誰かがいることには気づいていたんだけど……特に何のアクションもしてこないので無視していたんだよね。
 振り向いてみると、一人のなんか怪しげな格好をしている人がいた。

「どちら様?」

 多少警戒しつつ俺が尋ねると、怪しい人間はペコリと頭を下げてから特徴的な笑い声とともに名乗る。

「ヨホホ。魔法使いのリリリュリーと申しますデス。リューとお呼びくださいデス」

「ご丁寧にどうも。俺は――」

「知っていますよ、キョースケ・キヨタさんデスね。ヨホホ」

 変な笑い方だねぇ、とは思うモノの今は取りあえず置いておく。
 リリリュリー(舌を噛みそうだ)と名乗った人物は、中々目立つ格好をしていた。
 昔懐かしの魔女が被っていそうな黒いとんがり帽子を目深に被っていて、顔がよく見えない。そのせいで男か女かも分からない……が、声的に女性かな。
 足首まで隠れるこれまた黒いスカートで、茶色いローブも着けている。とにかく、肌を出すことを好まないのか、全身黒ずくめだ。アクセサリーの類いもあまり好きじゃないのか、胸元についている青く光るバッヂが唯一だ。
 顔が見えないせいで年齢もイマイチ分からないけど、動きはキビキビしているし恐らく俺よりちょっと上くらいだろう。
 ここまでテンプレな「魔女!」って格好した人もなかなかいないだろう。口調は完全にギャグキャラのそれだけどね。

「で、何の用? 俺そろそろ宿に帰って朝飯食べたいんだけど」

「ヨホホホ。では、朝食をご一緒してもよろしいデスか? 少しお話ししたい事があるので」

「朝食? まあ、いいけど。じゃあ……二十分後くらいに『三毛猫のタンゴ』に戻るから、それから一緒に食おうか」

 昨日のゴゾムみたいな殺気は特に感じられないから、一緒に食事をするくらいならいいかな、と思って俺はそれを了承する。

「分かりました、では後ほどデスね」

 ヨホホ……とリューは独特の笑いを残して、去っていった。なんだったんだ。
 ――とはいえ、魔法使いといきなりコンタクトがとれたのはありがたい。上手く話を持っていけば、簡単な魔法くらい教えてくれるかもしれない。

「それに、一人で食べるご飯も味気ないなー、と思ってた所だしね」

 今日は朝から幸先がいい。


~~~~~~~~~~~~~~~~


 さて、きっちり二十分後、俺は『三毛猫のタンゴ』に戻ってきた。
 食事スペースをキョロキョロと見渡すと、リューはあの目立つ出で立ちのまま席に座っていた。

「あー、えーっと……リュー? でいいのかな?」

「どうも、キョースケさん。ヨホホ、では注文しましょうかデス」

 俺とリューは朝食を注文し、それが運ばれてきた辺りで俺はリューに切り出した。

「で? なんでいきなり俺に声をかけてきたの?」

「ヨホホ。アックスオークを倒したという槍使いがいると聞きまして、一目見たいと思ったのデスよ」

 パンとスープを食べながら、俺達は話を続ける。

「へぇ、そんなに珍しいんだ」

 というか俺がアックスオークを倒したのは昨日のことなのに、もう知られてるのか。
 それとも、昨日のことだからこそ知っているのか。

「えぇ、そりゃあもうデス。ワタシ、それなりに生きてきましたが、アックスオークをソロ狩りした新人AGなんて聞いたことありませんデスよ。ヨホホ」

 えらい上機嫌に見えるリュー。これなら魔法教えて、って頼むのもいけるかな?

「リューはどんな魔物倒したりしてるの?」

「ヨホホ、ワタシはそこまで大物は倒したことありませんよ。でもこの前――」

 と、俺達はしばらく倒した魔物の話で盛り上がった。
 そのまま数分が経過し、場がだいぶ温まってきただろうというタイミングで本題を切り出す。

「なるほどねぇ。あー……物は相談なんだけどさ」

「ヨホホ? 何でしょうかデス」

「実は生活魔法も使えなくてね、結構困ってるんだ。だから、魔法を教えてくれるとありがたいんだけど」

 ヘラっと、軽薄そうに笑いつつなるべく軽く俺は言うと、何故かリューは嬉しそうに身を乗り出してきた。

「本当デスか! いやぁ、話しかけた甲斐があったというものデス!」

「え?」

 その予想外の食いつきにビックリして目を開くと、更に彼女は俺の手を掴んでブンブンと振りだす。

「実は、ワタシもキョースケさんに魔法を教えたかったのデス!」

「はい?」

 更なる事実に驚く俺に、リューは嬉々として話し出した。

「まず、最初からご説明しますデス。ワタシは魔法師ギルドに所属しているのデスが、魔法師ギルドはAGギルドとランクアップの仕方が違うのデス」

「どう違うの?」

「AGは戦闘力を重視しているのデスが、魔法師ギルドは『魔法使いとしての腕』が重要なのデス」

 AGはランクが高い魔物を狩ればそれで昇格できるもんね。

「Bランク以上を上級ランクと言うのデスが、その上級ランクに上がるためにこなさなければならない課題がランクごとにあるのデス」

「へぇ、課題。……つまり、俺に魔法を教えたいっていうのは、その課題と何か関係あるってこと?」

 俺が先回りしてそう言うと、リューは満足げに頷く。


「ヨホホ、話が早くて助かりますデス」

 そう言って彼女が見せてくれたのは、魔法師ギルドが発行しているらしい冊子。

「口で説明するよりも、図が載っているこちらの方が良いかと思いましてデス」

「ん、ありがとう。……えっと」

 魔法師ギルドに入るためには試験を通らなければならない。その試験が『攻撃魔法を使える』ことである。
 実戦に堪え得る攻撃魔法が使えると判断された者がFランク魔法師としてギルドに登録される。
 Eランクに上がるための課題は、魔法師ギルドのクエストを一つ以上こなすこと。
 Dランクに上がるための課題は、AGギルドが依頼人となっているクエストを一つ以上こなすこと。
 Cランクに上がるための課題は、攻撃魔法以外の戦闘魔法を覚えること(具体例として結界魔法や、回復魔法など)。
 Bランクに上がるための課題は、一人以上の『Fランク魔法師』を育成すること。

「結構細かいね」

 雑に魔物を殺してればいいAGとは大違いだ。

「ヨホホ、一般的にはDランクを越えた辺りから一人前扱いされますデス。AGギルドが依頼人になっているクエストは実戦的なモノが多いデスからね」

 なるほどね。

「Bランクから上はAGと同じシステムなんデスけどね。強さこそすべてデス、ヨホホ!」

「まあ、大体分かったよ。つまりリューはCランク魔法師で、Bランクへ上がるために弟子を募集してる……ってことでいいのかな?」

 確認するように問うと、彼女はコクコクと嬉しそうに頷く。

「ヨホホ、その通りデス! Bランクに上がりたいと思ったものの、弟子が見当たらなくて……どうしたらいいかと悩んでいたら、アックスオークを倒した槍使いの新人がいる、とAGの方から聞いたんデス」

 思い出すようにうなずきながらそう言うリュー。

「それ程の方ならば、魔力もかなり持っているに違いない! そう思って会ってみたわけなのデス。すると、なんと向こうから魔法を教えてと言われるではないデスか。それはテンションも上がるわけデスよ」

 一気にまくし立ててくるリュー。テンション上がりすぎデスよ。

「なるほどね。って、俺が既に魔法を使えたらどうするつもりだったの? もしくは、魔力が全然無かったらどうするつもりだったの?」

「それを確認するためにも会わなくちゃいけなかったのデスよ。あと、感覚からして魔力量は十分ありそうデスね」

「あ、そう……」

 どうやら、俺が教えて貰うというのは、win-winの関係になりそうだ。それなら、遠慮無く教えて貰おう。

「そんな事情があるんなら、喜んで弟子になろうかな。手ほどき、よろしくね? 師匠」

「ヨホホ。師匠なんて、今まで通りリューでいいデスよ。では、よろしくお願いしますデス、キョースケさん」

 そう言って、俺達はお互いに握手する。
 よし! これで俺もファンタジーの代名詞、魔法を使えるようになるぞ!


~~~~~~~~~~~~~~~~


 小一時間後、俺とリューは街の近くの森の中にいた。魔法の練習のためだ。
 街を出るに当たって、ついでとばかりに討伐系のクエストをギルドに受注しにいったんだけど……その時カウンターにいたのがマリルで、顔を真っ赤にしながら超小声で「さ、昨夜はお世話になりまして……」と物凄く謝られた。
 何かお詫びを、と、とても申し訳なさそうに言われたので、今晩おごって貰うことになった。やったね、一食浮いた。

「ヨホホ、さて、ではまず魔法の基本からデスね」

「よろしく頼む」

「魔法は、魔力によって発動しますデス。魔力に呪文で命令を送ることによって、『魔法』という形になりこの世界に現れるのデス」

「なるほど。じゃあ、魔法を使う時は必ず呪文は詠唱しなきゃいけないんだよね?」

 この手の異世界物のおきまり、無詠唱魔法が使えないのか訊いてみる。

「ヨホホ、人族の場合はそうデスね」

「ってことは、魔族は違うの?」

 この世界で魔力があるのは人族と魔族だけっていうのは知っている。そういう言い回しをするって事は、魔族は人族とは何か違うんだろう。

「魔族の場合、魔力を直接操ることが可能らしいのデス。しかし、人族は魔力を感知し、取り込むことは出来ても直接操ることは出来ないのデス。だから呪文によって魔力に命令し、魔法を発動させるのデス」

「へぇ……なんでそんなことになるんだろうね」

「人族は体外から魔力を取り入れる事で体内に保有しますが、魔族は体内で魔力を生成することが出来るのデス。故に、魔族は魔力の直接操作が可能になっていると言われていますデス。その違いから魔族の使う魔法は、魔術とも言われていますデス」

「そうなんだ。詳しいね」

「魔法使いとしての基礎デスよ。ヨホホ」

 リューはヨホホと笑いながら、右手を突き出した。

「では、簡単な魔法を……生活魔法デス。いきますよ『大いなる恵みの力よ、魔法使いリリリュリーが命令する、この世の理に背き、我が目の前に灯りを! トーチ!』」

 大仰な詠唱の後、リューの指先にポンッと火が点いた。……活力煙を吸う時に便利そうだね。
 ついでなのでそれで俺の活力煙に火をつけ、深々と煙を吸い込む。

「凄い、ね……」

 煙と共に感想を言う。いやぁ、魔法なんて初めて見たよ……うん、本当に。
 なんというか、テンションが上がる。

「ヨホホ、これは初歩なのでおそらくすぐ出来るようになりますデスよ。喫煙者ならばこの魔法は便利だと思いまして」

「そうだね。じゃあ、さっそく教えて貰おうかな」

「はい、ではまず呪文の基礎から。ほとんどの呪文は――数少ない例外を除き――定型文になっていますデス。こんな感じデスね」

 そう言って、リューが手にしていた紙を開く。どれどれ?

『○○(自分の感じた魔力のイメージ)よ、○○(自分を象徴する職と本名)が命令する、この世の理に背き、○○(自分の発動させたい現象)! ○○(魔法の名前)!』

「自分の感じた魔力のイメージ?」

「ヨホホ、そうデス。魔力を感じられなくては魔法を使えませんデス。しかし、魔力の感じ方は人それぞれなのデス。例えば、ワタシは魔力を『大いなる恵みの力』と感じますデス。ワタシの周りでは、『黒き力』、『赤き力』など、色を感じる人が多かったデスね」

 要するに、魔力は人それぞれの感じ方があり、その感じられる魔力のイメージが大切ってことか。

「ヨホホ、では魔力を感じるところからスタートしますデス」

「どれくらいかかるものなの?」

「人によるのデスが、大概の人が一月程、短かったら一週間ほどで出来る人もいるデスね」

「一月か……ふむ、思っていたよりは結構簡単なんだね」

「ヨホホ、あくまで技術デスからね。その基礎がもの凄く時間がかかるはずも無いじゃないデスか」

「そんなもんかな」

「そんなもんデス」

 言い切るリュー。うーん、魔力を感じるとか、俺のイメージだと年単位でかかるようなものなんだと思っていたんだけど……まあ、プロが言うんだから間違いないだろう、たぶん。

「それじゃあ、やろうかな」

「はいデス。まずは目を閉じて座禅を組みますデス」

 言われるまま、俺は目を閉じて座禅を組む。ふむ、瞑想でもするのかな?

「次に額にある第三の目を開いて――」

「いや、いきなりハードル高いよ? え、あるの? 人類皆第三の目あるの? 人類総天○飯化したの? もしくは三ツ目が○るかなにか?」

 怒涛のツッコミをいれると、リューが苦笑を浮かべる。

「じょ、冗談デスよ。本当に三つ目になるわけでは無いじゃないデスか」

「う、うん……」

「次に煩悩を捨て去り、世界と身体を一体にして悟りを開くデス」

「悟りを――だからそれ本当に一月かそこらで出来ることじゃないよね。なに、悟り開かないと魔法は使えないの?」

「冗談デス」

「冗談多いよ……」

 本当にこんなんで魔法を会得できるのか……
 そんなこんなで、俺はリューという師匠を手に入れて、魔法の習得を頑張るのであった。
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