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第一章 異世界生活なう

6話 アンタレスなう

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 とはいえ、血が汚いのは確か。どうにかならないかな。
 顔とかについた血は拭えるけど、鎧についたものはクリーニングに出すしかないのだろうか。いや、異世界にクリーニングってあるのかな。

「あ、そうだ。収納」

 アイテムボックスを使ってみると、なんと鎧に付着してた血だけ収納できた。おお、返り血が全部綺麗になったね。

「こりゃあ便利だ。では、取り出してみるか」

 アイテムボックスから出すと、血が塊になってどばっと出てきた。よしよし、想定通り使えるね。普通にグロいけど。

「後は……魔魂石の剥ぎ取り、かな」

 解体用ナイフを構え、心臓部分に突き立てる。……が、面倒そうだね。グロいし。

「そうだ、こんな時の『職スキル』。『ファングランス』」

 ガバァッと顎門が槍先から出てきて、心臓部分を喰らう。そして引き抜くと……

「おお、見事に魔魂石だけくりぬけた。もしかしてこのスキル、こうやってくりぬくためにあるのかもね。……まあいいや」

 直径ニ十センチほどの魔魂石を取り出す。想像よりもずっと大きいね。……これがBランク魔物の魔魂石か。素人の俺にもわかるほどの『チカラ』を感じられる。
 魔魂石を取り出したアックスオークの身体が溶けていき、右手の斧だけが残った。溶けていく様はあんまりグロくなかったね。

「斧が残ったってことは……これが討伐部位なんだね」

 手に持った魔魂石をアイテムボックスに仕舞い、ついでにさっきと同様の方法で槍も綺麗にしておく。
 すると、そこに御者のおっさんが駆け寄ってきた。

「さ、流石は救世主様! あのアックスオークをいとも簡単に退治してしまうなんて……これ程とは思いませんでしたぞ!」

「興奮しすぎだよ。でも、まあ……勝ててよかったかな」

 興奮しているのか握った俺の腕をブンブンと振るおっさん。ちょ、痛い。

「というか、俺でもBランク魔物をどうにか出来るってことは……天川はもっとヤバいってことか。恐れ入るね」

 全ステータス700でこの結果。
 今の戦いではかなりギリギリだったけど、この身体に慣れてくればBランク魔物くらいたぶんもう少し簡単に倒せると思う。さっきの戦いはこう……身体に振り回されてる感じがしたし。
 ……Aランク魔物がどれくらい強いのか分からないけど、今のアックスオークの二倍くらいの強さなら勝てるんじゃないだろうか。

(――いや)

 調子に乗るのは禁物だ。少なくとも俺より強い奴は異世界人勢に数人はいる。俺のステータスは平均的だけど、相性を考えるなら俺は弱い方から数えた方が近いかもしれない。無論、非戦闘職の奴らは除いてね。
 となると、やっぱり俺はそんなに強くないと考えた方がいいだろう。前の世界では無能で頭の悪い残念さんだったんだ。こっちの世界に来たからといって変わるモンじゃあないだろうしね。

「それじゃあ行こうか」

「そうですな。いやぁ、でもキョースケ様がいるならどんな魔物でも平気ですな!」

「買い被ってもらっちゃ困るよ」

 まあ、死にたくないから負けたくないんだけどね。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 そんなわけで馬車に揺られること三時間、俺はとある街の外に来ていた。

「ここが、アンタレスか」

「ええ。城下からそこまで遠くなく、人の往来もあり、物価もそこまで高くないし、治安も悪くない。住みやすい街だと思いますよ」

 街は外壁で覆われている。どうやらAGか、身元を保証する人間がいない限り入れないらしいんだけど……今回は御者のおっさんが口利きしてくれるんだそうだ。俺を異世界人とは黙っている方向で。

「じゃあ、行くかね」

「ええ」

 俺とおっさんは門番のところに行く。

「待て。何者だ?」

 門兵とおぼしき人が俺達を呼び止めるが、俺が何かを言う前におっさんが口を開いた。

「詳しくは申せませんが、このお方の身元は王城で保証されています。こちら、正式な書状です」

 おっさんが何かを懐から取り出し門兵に渡す。門兵はそれを見ると、途端に居住まいを正して俺達に向けて敬礼してきた。

「この紋は確かに王家のもの。どうぞ、お通りください」

「ありがとう御座います」

「ありがとうございます」

 俺とおっさんは同時に門兵に頭を下げる。ふう、なんの問題も無く通れてよかったよ。

「ではキョースケ様。私はこれで」

「ここまで運んできてくれてありがとう。帰りは気をつけてね」

「もちろんです。では」

 おっさんは俺にもぺこりとお辞儀をしてきたので、俺も慌ててお辞儀を返す。

 最後にもう一度おっさんに手を振ってから、門兵に連れられて中に入った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「おお……なかなかの賑わいだねぇ」

 街の中、アンタレスの中はなかなか賑わっていた。屋台の店があったり、数人の武器を持っている男がワイワイしていたりなどかなり活気がある。

 道は綺麗に掃除されており、不潔な感じもしない。文明の度合いはそう高くないみたいだけど……魔法があるからなんとかなってるんだろう。

「さて……まずは、AGギルドを探さなきゃね」

 武装を解除した状態で街を歩く。AGになるまでは武装して街中を歩くのは違反になるからね。アイテムボックスが無かったら面倒だったけど、ありがたいことだ。

「さて、地図によるとそこらへんにあるはずなんだけど……お、あったあった」

 大通りを歩いて行くと、大きな建物が目に入った。看板には『AGギルド アンタレス支部』と書いてある。だから何故文字が読めるんだ俺は。
 二階建てだけど、奥に長いため建物自体は結構大きい。この世界では二階建てまでしか建てられないからワンフロアが広いんだろうか。でも王城は結構大きかったような。
 二つ入口があるのだけど、片側には行列……って言うほどじゃないけど、少なくない人数が並んでいる。もう片方は並んでいないのに。

「……入り口によってギルドへの用件が違う、とかかな?」

 並んでいる人の見た目からして、いわゆる冒険者稼業をやっている人には見えない。ということは、AGとして入る方は並んでいない側の入り口だろう。並んでいる人は……依頼のためかもしれない。
 そうと決まれば早速出陣だ。武器は……用意しなくていいだろう。
 扉を開けると、目の前は市役所とか郵便局みたいなカウンターになっている。一つの窓口だけもう一つの扉から列が続いているけど、他の窓口はギルドの職員だろう人がいるだけだ。
 右側を見ると、テーブルとカウンターのある……西部劇の酒場みたいになっている。荒くれ者が集まる酒場、って感じだ。
 まだ朝だけどそこそこの人数がいて、テーブルを囲って酒を飲んだり飯を食べたりしている。
 うーん、『異世界モノのギルド』って言われたら十人いたら十人とも思い浮かべるような雰囲気だ。ここまで異世界感を出してくるとは思ってなかったよ。

「おい、坊主。入るところを間違えてるぞ」

 と、俺がお上りさん全開で辺りを見渡していると、急に声をかけられた。
 ゴツいおっさんの声。もしかしなくても俺に話しかけた?

「何のこと?」

 声の方を振り返ると、少々顔が赤くなったムキムキのおっさんが立っていた。鎧は着ておらず、肩当てとパンツだけというかなり際どい格好をなされてる。おっさんの露出とか誰得なのさ……。
 俺がヘラヘラ笑いながら返事をしたのが気に入らなかったのか、おっさんは苛立ちを隠そうともせず荒々しく怒鳴ってきた。

「ここは依頼専用の窓口じゃねえ! 依頼の窓口は隣の扉から入るって決まってるんだ! ほら、早く出ろ!」

「ん? ……ああ、じゃあ俺の推理は当たりか。いやいや、大丈夫だよ。俺、依頼があって来たわけじゃないからね」

「あぁ? もしかしてその細腕でAGだとか言うんじゃねぇだろうな」

「ちょっと外れ。俺は今からAGに登録しようとしてるんだ。もちろんDランクをね。さて、どの窓口に行けばAGに登録出来るか、よかったら教えてくれない?」

 そう言うとおっさんは「チッ」と不機嫌そうな顔のまま舌打ちし、俺の胸倉を掴んできた。

「いつどこにでも冷やかしは出るもんだな。おら、てめぇみてぇなガキが来るような場所じゃねーんだよ! 消えろ!」

 やれやれ。EランクとかFランクみたいな武装しないAGだっているだろうに。なんで俺いきなりこんな扱いなの? え、ちょっとマジで服のびる。
 顔が赤いから酔っぱらっているのかもしれない。まったく、酔っ払いが迷惑なのはどの世界でも一緒なのかな。

「ちょっと、ちょっと。待ってよ。俺は別に冷やかしじゃないよ? 普通に登録しにきただけで」

「だからそういう舐め腐った態度が気にくわねえんだよ! どうせそんな態度の奴はすぐに死んじまうんだからさっさと消え――」

「はぁ……」

 俺はため息と同時にアイテムボックスから夜の槍を取り出し、おもむろに露出おっさんに突きつけた。

「ッ……!」

 露出おっさんは何が起きたか分かっていないのか、目をまん丸に見開いている。

「じゃあ俺は行くから」

 そう言い残した俺は槍を首筋から離し、カウンターに向かって歩き出した。この露出おっさんが登録カウンターを教えてくれたら手間が省けたんだけど、まあいいいか。
 ……と、俺の中では完全に終わった出来事だったんだけど、どうやら露出おっさんにとってはそういうわけにいかなかったらしい。

「待てや」

「……え、何?」

 ――鬱陶しい。
 流石にそれは口にしなかったものの、露骨に不機嫌な態度で振り向くとなんと露出おっさんが拳を振り上げた。

「は?」

「世界の広さを教えてやるぜクソガキがっ!」

 振り上げられた拳が俺に向かって飛んでくる。……が、遅い。アックスオークと比べたら雲泥の差だ。
 俺はそれをさらりと躱し、面倒だったのでカウンター気味に股間を蹴り上げる。

「ゴフッ!?」

 漫画だったら「チーン」と軽快な効果音が鳴る瞬間だね。うん、痛そう。
 ブクブクと泡を吹いてうずくまってしまった露出オッサンを尻目に、俺は今度こそカウンターに向かう。

「で、登録はどのカウンターですか?」

「あ、はい。ここです」

 目についたカウンターに声をかけると、そこには理知的な美人さんが座っていた。眼鏡をかけており、髪型は青いボブカット。歳は俺より少し上、ニ十歳くらいだろうか。営業スマイルなんだろうけど、ニコニコとしている。
 服装はいかにも受付嬢って感じの、紺色で襟付きの服にこれまた紺のネクタイ。

「じゃあ、登録をお願いします」

「はい、ではステータスプレートを見せてください」

 そう言われて、ステータスプレートを出そうとして……ピタリ、と俺の動きが止まる。
 ……ステータスプレート、見せていいものなのか? これ、凄く珍しいステータスだと思うけど……。
 職業欄には『異世界人』って書いてあるし……ヤバいね、いきなり俺ピンチだ。

「あ、あの~、ちょっとステータスプレート渡す前に訊きたいことがあるんですけど」

「はい?」

「その……俺のステータスはちょっと変わってまして、出来れば広めないで欲しいんですけど……」

「あぁ、それなら大丈夫です。AGのステータスをむやみに人に触れ回ることはありませんし、むしろステータスを見せたくないという人が多いですので、ステータスプレートとは別の身分証をこちらから用意することになっております」

 なるほど、つまり免許証みたいなのを発行してくれるってことか。

「じゃあ安心ですね。ステータスプレート……はい、これ」

 俺はポケットから探し出すフリをして、アイテムボックスからステータスプレートを取り出す。さっきは意表を突くためにアイテムボックスから槍を出したけど、本当はアイテムボックスから物を出し入れするのはあまり人前では見せたくない。
 俺のステータスプレートを受け取った受付嬢は、笑顔でそれを確認し――ピタ、っと固まった。
 油の切れたロボットのようにギ、ギ、ギ……と動かし、引き攣った笑みを浮かべる。

「え、あ、あの、これ……」

「ま、そうなるよね……」

「す、すみません。少々お待ちください。……マスター!」

 受付嬢はカウンターから立ち上がり、マスターなる人を呼びに行った。はてさて、どうなるんだろうか。

「お待たせしました」

 それから一分もしないうちに口に髭を生やした厳つい初老の人が現れた。この人がマスターか。
 襟付きのスーツにネクタイと一見まともな服装……なんだけど、その屈強な身体を押し込めるのには足りていないのか、腕とかがパツンパツンになっている。
 俺はそのマスターに「申し訳ありませんが、こちらへお入りください」と言われ、小部屋に連行された。

「すみません、いきなりこのようことをしてしまって」

 部屋の中にはさっきの受付嬢とマスターが向かいあわせになっているソファの一つに座り、俺はその対面に座った。そう広くない部屋なので、三人もいると圧迫感がある。

「別にいいですよ。それよりも、なんでここに呼び出されたんですか? やっぱり、ステータスのことですか? それとも――職業のことですか?」

 どちらにせよ、あのステータスプレートに書いてあることで俺に話を聞きたいんだろう。
 王様の態度からして指名手配はされていないと思うけど……もしされていたらどうやって逃げればいいんだろうか。
 考えても仕方が無いのでストレートに訊くと、マスターと呼ばれた男は一度頭を下げてから名乗りだした。

「私の名前はアルリーフ・エクスハフ。このギルドのマスターをしています」

「わ、私はマリル・ハイネです。このギルドの職員です」

「これはご丁寧に。俺の名前は清田京助。ファミリーネームが清田で、名前は京助です」

「キョースケ様、ですね。では単刀直入に伺います。このステータスプレートに書かれている異世界人というのは……随分前から噂になっている、異世界の救世主様ということでよろしいのですか?」

「どういう噂?」

「はい。なんでも国王陛下が魔王、覇王と対抗するために、異世界から救世主を召喚するらしいという噂がありまして……。私はキョースケ様のことを、その関係者なのではないか、もしくは救世主様そのものではないかと思っています」

 ああ、そんな噂が既に市井に広まってるのか。それならすぐにこうして察されたのも頷ける。

「……うーん。まあ、大体正解ですかね。ただ俺は救世主じゃなくて……そうだな、はぐれ救世主とでも言いましょうか。とにかく、今王城にいる奴らと違って俺は王城を追い出されたんですよ」

「そんなっ!? な、何故ですか!?」

 勢い込んでくるマスターに、俺はヘラヘラ笑いながら答える。

「俺、魔族も亜人族もほぼ人じゃん、みたいなことを言ったら凄まじい不興を買いましてね。それで、ポーンと」

「……そりゃあ、追い出されますよ」

 ぼそりと呟くマリル。やっぱり、そういう主張は追い出されても当然のものらしい。

 俺はそのマリルに苦笑を返してから、改めてマスターのほうを向く。

「俺がそうだとして……どうしますか?」

 まあ……雰囲気からしていきなり襲われるようなことは無いと思うけど、俺は一応警戒しながら尋ねる。

「そうですね……とりあえず、私はアンタレス支店専属AGになっていただいたら嬉しいですね。救世主様云々関係なく、ステータスの高い方にはお頼みしているんですが」

 専属、か……それは、なんか厄介ごとを呼び込みそうな予感。

「専属になると、具体的にどんなことになりますか?」

「まず、毎月契約料として少なくない額をお渡しさせていただいています。その代わり、万一AランクやSランクの魔物が出てきた場合や、その他並のAGでは対処出来ないような事態が起きたときに、こちらから強制依頼という形で事態に当たってもらいます」

 つまり、月給払うから死地に飛び込め、と。

「どう、ですか?」

 マリルがかなり真剣な表情で言ってくる。
 ふむ、そこまで悪い話じゃないかもだけど……

「もしもその専属AGになったとしたら、やっぱりアンタレスからあんまり出られない感じ?」

「そうなりますね。無論、小旅行などは問題ないのですが、長くても三日から四日くらいしたら戻ってきていただかないと……」

 専属契約って言うくらいだからそうなるよね。

 アンタレスから離れてもいいんなら悪くない条件なんだけどなぁ……。
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