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最終話「14少女漂流記」4

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「ジメジメしていて埃っぽいけど我慢してね。一体いつから掃除してないのかも分からないから」

 紀子さんはそう言って服が汚れてしまうのも気にせず書斎の中を探し始めた。
 清掃業者を呼ぶことも出来ない秘密の地下書庫。
 存在すら公にされていないこの場所自体が祖母の遺産のように私には感じられた。

 虫とか幽霊が出てこなければいいけど……、私はそんなことを思いながら持ってきていたマスクと手袋を装着して、一緒に探し始めた。
 しかし、どこから探していいのか分からないので、時間の許す限り手当たり次第に探し回るしかなかった。

「もう少し何か、ヒントでもあればよかったんですけど」

 闇雲に机や本棚を探す私は紀子さんに言った。

「そうね、でも他の人には見つけられなくても、知枝さんには見つけられるはずだと姉も思っていたはずだから、そんなに難しいことはしていないはずよ」
「そうですかね……、大変な修行が多かったですし……、意地悪な印象がありますけど」
「そう? 姉も孫の反応を見るのが楽しかったのかしらね」

 人の反応を見て楽しむとは、今更ながら何て意地悪なんだと思った。

 私はなんとなく怪しい印象を受けた年代物かつ高級そうな木製の机を調べ、そこにある引き出しを探った。すると鍵がかかって開かない引き出しがあった。

「紀子さん、ここ、鍵がかかって開かないです」
「本当? そんなところがあったの」

 施錠された引き出しがあるなんて紀子さんも知らなかったようだ。

 調べ尽くしたというわけではないにしても、これくらいは普通は気付きそうなものだが、まさか、条件が揃わないと視界に入らないよう、魔術を込めた仕掛けが施されていたのか。そんな想像はしたくないけど、おばあちゃんならあり得るかもと私はつい思ってしまった。

 紀子さんが寄って来て、本当に鍵が掛かっているかを自分でも確かめる。

「本当に閉まってるわね、どうしてかしら、閉まってた記憶はないのだけど」

 意図的にまやかしの術でもかかってたのか? 
 説明の付かない不可思議な現象に私はそんなとんでもないことを考えていた。

「例えばですけど、特定の人にしか見えない扉のようなものかもしれません。結界の一種として捉えてもらえば分かりやすいと思いますけど」

 私が視界に入れたことで結界が解かれる。そんな仕掛けが施されている可能性を私は考察した。

「そんなものが、そんな錯覚を引き起こすようなものが作れるかしら」
「おばあちゃんは万能ではないですけど、こうした小細工は得意だったように思います」
「まるでマジシャンね、確かに似たようなので私も騙されたことはあるけど」
「マジシャンと言ったら、怒られると思いますよ?」
「そうね、手品だって言ったらよく怒られたわ。本当に魔法があると知ってからは、そんなことは言わなくなったけど」

 魔法を信じないものほど魔法を見抜けないと祖母は話してくれたけど、実際そういうものだろう。

 疑ってかかれば見えるはずのものも見えなかったりする。
 幽霊の存在を信じてる前提で、出たら怖い、何か嫌な気配がすると思えば、普通の人が見えないものでも見えてしまう事がある。

 それが危険な存在かどうかの判断は、その見えざるものの性質を読み解く能力の差異が影響するけど、私自身はそこまで危険を感じる異質なものと遭遇したことはない。

 私自身、幽霊やオカルトなことは苦手意識があったからというのもあるけど、深く関わってもロクなことがないと思ってきたところもある。

 人間の認識力が、その時々の心理状態によるということはよく知られることだし、理屈の立たない話というわけではないだろう。

「少し待ってね、開くかどうか試してみるから」

 私が余計な考えに耽っていると紀子さんはそう言って、膝を曲げて姿勢を下げると鍵束を取り出し、一本一本、合う鍵がないか引き出しの鍵穴に差し込んで試していく。10本以上試して開く様子はない。

「やっぱり、ダメみたいね」

 全部の鍵を試しても鍵は合わなかった。困り果てた紀子さんに代わって私の出番のようだ。

「じゃあ、私が試してみますね」
「あら、鍵を開く魔法があるなんて、さすが、便利ね」
「えっ? そんな、魔法なんて使わないですよ? 使うのは、これです」

 そういって私は、この時のために持ってきていた、ピッキングアイテムを取り出して見せた。

「ピッキング?」
「そうです、これくらいなら、私でも開くと思うので」
「魔法使いがピッキングしてるところなんて、見たくないのだけど……」

 それは確かに泥棒の使うような代物だと思われて仕方のないことなので、紀子さんは目を伏せたくなるほど幻滅しているようだった。 

「医者だってそうです。患者を救うためにはあらゆる可能性を考えて、一番適切な処置を選ぶ、魔法使いだって同じですよ」
「それを同じにしてしまったら、色々危ない気がするわね……」

 私は紀子さんの言葉を無視してピッキングを開始した。ゴソゴソ、カチャカチャと3分程集中して作業すると、あっさり引き出しは開いた。

「本当に開いた」

 手際よく私が鍵を開くと紀子さんは驚き声を上げた。

「これくらいは、ちょっと訓練すれば出来ますので」

 そう笑顔で言葉にしながら、すでに興味は引き出しの中身に目がいっていた。

「学園の資料ばかりですね……」
「かなり昔の個人名簿や会計書類ばかりね、重要といえば重要だけど、私たちが探しているものとは違うわね」

 引き出しの中は、思っていたより夢のない代物ばかりで、特に興味を惹くようなものでもなかった。 

「あれ、何かありますね」

 引き出しの底の方を見ると、資料に隠れてメモ帳のようなものがあった。

「”14少女漂流記”……、まるで小説のタイトルですね」

 文庫本サイズのメモ帳のような紙の表紙にはタイトルなのか、それだけが書かれている。
 印刷された字には見えない筆跡で書かれた文字に、もしかしたら手書きの手記であるのかもしれないという想像もできた。
 
「珍しい素材の紙ね」

 手触りからすでに不思議な点が多く、横から覗き込む紀子さんも目的の品かもしれないと思い気になっているようだった。

「そうですね、何か意味があるんでしょうか」

 触り心地が日本のお札に使われているみつまたのようなもので、かなりザラザラとしているが、触っても嫌な気持ちにはならない。しかしそれよりも関心を持つところが、このメモ帳らしきものにはあった。

「ダイヤルロックですね」

 金属製のダイヤルロックがメモ帳を開けないように取り付けられている。
 形状は自転車やロッカーに取り付けるようなダイヤルロックだが、解錠に必要な暗証番号の桁数がやたら多い。

「―――もしかしたら、これかもしれないですね、私たちが求めていたものは」

 通常見かけるような印刷物とは異なり、さらに厳重に中身が読めないよう閉じられている。 
 いかにも怪しく、重要な資料であると思うのが自然な心理だった
 手に持つものの重要性に気付き、私は緊張し始め手に汗を掻いてしまう。

「タイトルはカモフラージュかしら、それにしても意味深でありますけど」

「分からないですね、でも、ここまで厳重な仕掛けが施されているところを見ると、祖母の手記であることは間違いないと思います」

「これが、姉の残した手記……、本当に存在するとは、ここに厄災の真相が書かれているのかしら」

 真剣な表情で私の持つ手記に興味深い様子で覗き込んでくる紀子さん。
 私は予想していたような歴史書とは雰囲気が違うが、段々とこれが本物であると感じ始めていた。

「まだ断定するのは早いですけど、如何にもって感じがしますね」

 これだけ厳重にしているのだから、何も書かれていないということはないだろうと思った。

「闇雲に触って開くとは思えないですから、ここで使うために必要な番号であったと信じましょう」

 そう私は思って、ここまで指にはめて来た指輪にあった11桁の番号をダイヤルしていく。
 一つ一つ、確かめながらダイヤルを回していく、緊張と部屋の湿気で蒸し暑く、手汗をかきながら解錠作業を進める。
 焦る気持ちを抑えながら、これで開いてくれと願いを込めて作業をした。
 だが、あと一つというところで重大な問題が発生した。

「これ、12桁ありますね、一つ足りないです。ここで使う番号ではなかったでしょうか……」

 緊張で落ち着かない心境のまま、私は言葉を溢した。

「いや、さすがにここで使う以外、目立ったヒントも他になかったのだから、それは考えられないかしら」

 冷静に指摘を入れてくれる紀子さん、ここは紀子さんの知恵を借りるのが手っ取り早い気がした。

「じゃあ、どうすれば……」
「知枝さん、簡単なことよ」

 そういって紀子さんはニヤリと微笑んだ、その表情に私は驚いて一瞬頭が真っ白になった。
 そして紀子さんは、気が付いた答えを口にした。

「0から9まで全部試せばいいのよ」
「ああぁ!! そうですね、どうして気が付かなかったんでしょう!」
「そういうこともあるから、あまり焦ってはダメよ」

 紀子さんのフォローを受けながら私は言われた通りにダイヤルを回して、解錠出来ることを願った。

(お願い!! 開いて!!!)

 これで開かったらもう詰みだと思いながら、必死に願いを込めた。
 そして、長い格闘の末、ロックは解除された。

「開きましたね!!」

 私は喜びのあまり興奮気味に大きな声で言った。

「やったわね、苦労の甲斐があったわね」

 疲れもあった紀子さんの表情にも、ようやく明るい兆しが見えた。

「はい、おばあちゃんも、中々慎重なのか意地悪なのか、苦労させてきますね」

 ついに手に入れることが出来た手記のようなものをまじまじと見て、感慨深さを覚えた。

「それでは、見ましょうか」
「ええ、知枝さんお願い」
「はい、さすがに緊張します」

 私は心臓の高鳴りを感じながら、手に持った祖母の手記を開いた。

「これは……」

 序文だろうか、開いた最初のページから数ページに掛けて、こう手記には書かれていた。
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