上 下
40 / 47

最終話「14少女漂流記」1

しおりを挟む
 凛翔学園転校から数日後、私は祖母の手記を探すために学園長と共に学園に隠された地下書庫の探索を始めることにした。

 私は11桁の暗証番号が刻まれたカギとなる指輪を右手人差し指に着けて、学園長室へと向かった。

 隠された手記を手に入れるため、必要な工程を考えここまで来たが、もう迷うことはなかった。

「人がいない夜間の方が都合がいいとは言ったけど、夜の学園を探索することになるなんて……」

 人目を気にせず探索が出来るよう、陽が落ちるのを私は待った。
 時刻はすでに20時を回っていて、すっかり夜になって暗くなっている。
 学園のかなりの部分の照明は落とされ、異様な雰囲気のあるホラースポットのような様相に変化していた。

 ローファーを履いて忍び足でやってきたが、それでも足音がすると異常に気になってしまうほど、人気のない夜の学園を歩くというのは雰囲気満載であった。

「ゆ、幽霊なんて怖くないんだからっ」

 私は恐怖心を紛らわせようとしたが咆えてみたが、情けないくらいの震え声でどうしようもなかった。

「ビビってない、ビビってない、ビビってない、怖くない、怖くない、怖くないよぉ……」

 薄暗い廊下を歩きながら呪文のように吐いていると余計に恐怖心を自分で煽っているようで、まるで意味がない。

 一体、私は一人で何をやっているのかと、我に返るところだった。

紀子のりこさん、いますか? お邪魔します」

 私は紀子さんに声を掛けながら、そろりそろりと静かに学園長室に入った。
 
 夜間にもかかわらず電気の付いた学園長室には、すでに紀子さんが机にパソコンを置いて集中していた様子で眼鏡をかけて業務を続けていた。
 自然と背筋が伸びる広い学園長室の椅子に座る紀子さんの背後にある窓は、雨が一日降り続いているために、夜の暗闇と相成って雰囲気いっぱいだった。

「こんな夜更けに、わざわざお越しいただき、ありがとう」
「なんだか、雰囲気いっぱいですね」

 疲れた表情を見せず、包容感を感じる穏やかな微笑みを浮かべ私を迎えてくれる紀子さん。
 雨音が室内にまで響く学園長室にいると、何とも言えない緊張感があった。

「あら、こういうのが好みだったかしら?」
「いえ、全然。幽霊はとんでもなく嫌いです」
「確かに、人が喰われるのは見たくないものね」
「その冗談はキツ過ぎるでしょう……」

 私はホラー映画も残虐な描写がある映像も苦手だ。
 夜の密談みつだんに乗じて意味深な会話を繰り広げながら、書類が書き終わるまで私は紀子さんを待った。
 

「知枝さんは、厄災のことをどれぐらいご存じなのかしら? 知枝さんの目的は何なのかしら? 姉の手記を見つけて、厄災の真相を知り、その先に何が見えているのかしら?」


 書類を書く手を一度止めて顔を上げると、フロントを上げピントを合わせてから、丁番を指で押さえ紀子さんがゆったりとした口調で問い掛ける。
 その質問にどんな意図があるのか、私よりもずっと長い時を生きてきた紀子さん相手に、そのことを考えるのは難しいことに思えた。
 私は祖母の後を継ぐものとして、思考を切り替えると、その問いに答えようと考え付いた言葉を紀子さんに向けて伝えることにした。

「祖母は厄災の生き残りで、祖母は厄災のような悲劇が繰り返されないことを願っていて、街の再建のために残りの生涯を捧げたと、この街の復興こそが祖母の願いであったと聞いています。

 ただ、私はその厄災の原因も、何が街で起こり、どうして大勢の犠牲者が出て、そしてその中でなぜ祖母が生き残ることが出来たのか、14日間の出来事に関しては祖母から聞かされてはいないのです。

 私はその答えに自分の手で調べて辿り着かなければならないと、そう思って生きてきました。これはおそらく、祖母から課せられた試練であり、宿題なのだと思います」

 私は私なりに考えて、祖母が自分の言葉で伝えなかったのには、それだけ意味があることだと信じてきた。それがどういう意図や思惑があるのかは分からないけど、事実として経験したことを口頭で説明するのは難しいことなのかもしれないと思った。

 機密保持として口止めされてきたとはいえ、祖母にとって厄災は思い出したくない記憶なのかもしれないとも思った上に、いずれ厄災の真実を何らかのきっかけで知ることになるだろうと、どこかで覚悟していた。
 おそらく、自分が今まで関わって来た研究と無関係ではないだろうから。

「そうね、姉の気持ちも分からないでもないから、地下書庫に向かいながら、私の知っていることを話そうかしら。
 もう、覚悟ができているのなら、私の口から話しても大丈夫でしょう」

 そう言葉にして、紀子さんは立ち上がり、机の上に置いていた鍵束と懐中電灯を持った。

「知枝さん、脅かすようだけど、真実を知るという事は、それだけで罪であるということは覚えておいて。
 あなたは真実を探求する中で、姉や政府が隠してきた秘密に触れることになるわ。それが国家機密となれば、これまで通り生きることも難しくなる。それだけは覚悟しておいて」

 紀子さんは学園長というだけあり、大人だと感じた。
 様々な人と関わり、知ることの危険性を経験してきたのだろう。
 責任ある立場の振る舞い方、そのことを言われていることはよく分かった。

「はい、覚悟は出来ています。
 祖母が何を見て、何を経験してきたのか、それを知るためにここまで来たのですから」

 紀子さんは先に学園長室を出て、その後ろに私も付いて行く。
 懐中電灯を灯し、人気のない廊下を歩いていく。雨が降りしきる夜の学園を歩くのは、肝試しのようで不気味な気分だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

金色の庭を越えて。

碧野葉菜
青春
大物政治家の娘、才色兼備な岸本あゆら。その輝かしい青春時代は、有名外科医の息子、帝清志郎のショッキングな場面に遭遇したことで砕け散る。 人生の岐路に立たされたあゆらに味方をしたのは、極道の息子、野間口志鬼だった。 親友の無念を晴らすため捜査に乗り出す二人だが、清志郎の背景には恐るべき闇の壁があった——。 軽薄そうに見え一途で逞しい志鬼と、気が強いが品性溢れる優しいあゆら。二人は身分の差を越え強く惹かれ合うが… 親が与える子への影響、思春期の歪み。 汚れた大人に挑む、少年少女の青春サスペンスラブストーリー。

猫のランチョンマット

七瀬美織
ライト文芸
 主人公が、個性的な上級生たちや身勝手な大人たちに振り回されながら、世界を広げて成長していく、猫と日常のお話です。榊原彩奈は私立八木橋高校の一年生。家庭の事情で猫と一人暮らし。本人は、平穏な日々を過ごしてるつもりなのだけど……。

時々、僕は透明になる

小原ききょう
青春
影の薄い僕と、7人の個性的、異能力な美少女たちとの間に繰り広げられる恋物語。 影の薄い僕はある日透明化した。 それは勉強中や授業中だったり、またデート中だったり、いつも突然だった。 原因が何なのか・・透明化できるのは僕だけなのか?  そして、僕の姿が見える人間と、見えない人間がいることを知る。その中間・・僕の姿が半透明に見える人間も・・その理由は? もう一人の透明化できる人間の悲しく、切ない秘密を知った時、僕は・・ 文芸サークルに入部した僕は、三角関係・・七角関係へと・・恋物語の渦中に入っていく。 時々、透明化する少女。 時々、人の思念が見える少女。 時々、人格乖離する少女。 ラブコメ的要素もありますが、 回想シーン等では暗く、挫折、鬱屈した青春に、 圧倒的な初恋、重い愛が描かれます。 (登場人物) 鈴木道雄・・主人公の男子高校生(2年2組) 鈴木ナミ・・妹(中学2年生) 水沢純子・・教室の窓際に座る初恋の女の子 加藤ゆかり・・左横に座るスポーツ万能女子 速水沙織・・後ろの席に座る眼鏡の文学女子 文芸サークル部長 小清水沙希・・最後尾に座る女の子 文芸サークル部員 青山灯里・・文芸サークル部員、孤高の高校3年生 石上純子・・中学3年の時の女子生徒 池永かおり・・文芸サークルの顧問、マドンナ先生 「本山中学」

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

パドックで会いましょう

櫻井音衣
ライト文芸
競馬場で出会った 僕と、ねえさんと、おじさん。 どこに住み、何の仕事をしているのか、 歳も、名前さえも知らない。 日曜日 僕はねえさんに会うために 競馬場に足を運ぶ。 今日もあなたが 笑ってそこにいてくれますように。

不眠症の上司と―― 千夜一夜の物語

菱沼あゆ
ライト文芸
「俺が寝るまで話し続けろ。  先に寝たら、どうなるのかわかってるんだろうな」  複雑な家庭環境で育った那智は、ある日、ひょんなことから、不眠症の上司、辰巳遥人を毎晩、膝枕して寝かしつけることになる。  職場では鬼のように恐ろしいうえに婚約者もいる遥人に膝枕なんて、恐怖でしかない、と怯える那智だったが。  やがて、遥人の不眠症の原因に気づき――。

海神の唄-[R]emember me-

青葉かなん
ライト文芸
壊れてしまったのは世界か、それとも僕か。 夢か現か、世界にノイズが走り現実と記憶がブレて見えてしまう孝雄は自分の中で何かが変わってしまった事に気づいた。 仲間達の声が二重に聞こえる、愛しい人の表情が違って重なる、世界の姿がブレて見えてしまう。 まるで夢の中の出来事が、現実世界へと浸食していく感覚に囚われる。 現実と幻想の区別が付かなくなる日常、狂気が内側から浸食していくのは――きっと世界がそう語り掛けてくるから。 第二次世界恐慌、第三次世界大戦の始まりだった。

処理中です...