上 下
8 / 47

第二話「流れゆく季節の中で」4

しおりを挟む
 そして、漆原先生うるしばらせんせいが教室を出ていくと、残されたクラスメイトは自然と散り散りになっていく。

「あれ? 浩二ってばどうしたの、平気?」

 帰り支度をすでに済ませた唯花が立ち上がり、何事もなかったかのように後ろの席から浩二に話しかけた。

「平気なもんかよ……、先生の横暴に度肝抜かされたわ」
「そ……、そうだよね、偶然にしては出来すぎというか……」

 唯花も事情を知っているためにか、同情とも言える声を上げた。

「まぁ、いいじゃないか、去年も副委員長をやってたんだから」
「そういうことじゃねぇんだよ……、そういうことじゃ」
 
 達也の言葉に浩二は反論して見せた。確かに副委員長を昨年もしていたとはいえ、副委員長になることで羽月との接触が発生することは浩二にとって由々しき事態なのだ。

「まぁまぁ、浩二、落ち着いて、今更どうこうできる話でもないんだから」

 いや、今しか反論してどうにかこの状況を打開するすべはないのでは? と浩二は思ったが、教師に対して私情を持ち出して反対するのは、それはとても面倒の事であることも重々承知していることだった。

「はぁ、さすがに心の整理が追い付いていかないぜ」

 当の不安の原因である八重塚羽月やえづかはづきはといえば、何を言うでもなく、態度を変えるでもなく、何事もなかったかのように帰り支度を済ませ、教室を出ていく。何を今思っているのか、心情が読めない分、どう接するのがいいのか浩二にはまるで見えなかった

「浩二にもナイーブなところがあるのだな」
「人を何だと思ってる……」

 達也の言葉に浩二は不平を漏らしたが、こうなってはネガティブになっても仕方のないところ。視線が合うことも会話を交わすわけでもないまま、羽月は行ってしまった。浩二にとっては先が思いやられる結果となった。

「それで、今日はこの後どうするの?」
 
 浩二のことがいたたまれずこの話を終わらせようと、唯花はこの後の予定を聞いた。

「一応、真奈を迎えに行くつもりだけど……、その後は暇だし、せっかくだから真奈と昼飯にファミリアでも寄ろうかな」

 唯花の言葉に深く考えず答える浩二。すると、思わぬ人物が乱入することになった。

「“本当ですか?! 浩二先輩!”」

 先輩呼びをして、すぐさま反応したのは唯花でも達也でもなく、どこからともなく教室に入って来た、光と同じ性を持つ水原舞みずはらまいだった。

「うおっ!? ビックリした」
「あら、舞、そういえばこのクラスにいなかったわね」

 すでに耳元までハイテンションでやってきた舞に驚く浩二と、クラスメイトではないことに気付いた唯花が言葉を投げた。

「これは唯花先輩もお久しぶりのおはようございます。光からのメールで思わず飛んできました。皆様ちわっす!」

 光よりも小柄な体格をした舞。その姿は子犬のような愛嬌がありながら声は大きく、終始空気を読んでいるのかいささか疑うほどにテンションが高い。
 
 相変わらずの軽いノリと素早い口調で畳みかけてくる舞の姿を見て、浩二は「ああ、こういうやつだった」と改めて思い出した。

「だからその先輩と呼ぶのはいい加減やめろと……、唯花はともかく俺は関係ないだろう……」

 舞は浩二と同い年であるが浩二のことを”先輩”と呼ぶ、それは唯花がアルバイト先の先輩であるからその延長線でそう呼んでいるわけだが、浩二としてはまるで理由にならず、納得のいくことではない。

「でも、舞は同じクラスじゃないんだね、去年は同じクラスだったのに」

 唯花が素朴な疑問を投げかける。ほとんどのクラスメイトは再び同じクラスなのに舞が同じクラスでないということは疑問の余地があるところだった。

「それにはですね……、言いづらいのですが深い事情がありまして……」

 舞は唯花が自然な流れの中で放った言葉に神妙な表情を浮かべて言葉を濁した。

「あっ、舞、もう来てたんだ」

 そのまま話しを続けようとする舞に割って言葉を掛けたのは兄妹である光だった。

「もちのロンよ、去年のクラスメイトに挨拶に来るのは当然でしょーよ」
「ははっ……、それはいいけど、まだ言ってなかったんだっけ、舞は」
「いいのよ、光、あたしが自分で言うから」
「そう……、それじゃあ、話しを続けてもらって」

 浩二や唯花にとっては謎の会話のやり取りが光と舞の間で繰り広げられたが、どうやら話したいことがあるらしいと分かった。それもかなり重要な。

「あのですね……、驚かないで聞いてくださいよ……」
「なんだよ……、急に声を震わせてビビらせやがって」
 
 舞の前フリに一体何を言いだすのかと浩二は反応した。
 放課後になって急に教室に現れた舞に視線が集まる妙な緊張が漂う中、浩二はとりあえず聞く覚悟だけは決めた。


「そのですね、あたし、水原舞みずはらまいは、留年して二年生をやり直すことになりましたーーー!!」


 舞が思い切って高いテンションのままそう言うと、皆思考が追い付かず言葉を失った。

「あれ? どうしました? もしかして滑ってませんよね? そんなに驚かなくていいですよ、慰めの言葉を考えて頂かなくても大丈夫です。これはあたしが自分で招いた自業自得ですので、あまり気にしないでくださいませ」

「まぁ、そういう反応になるよね……」

 舞と兄妹仲である光は、この事をもちろん知っていたので、この場の反応は予想できたものだった。

「そういうわけで、本当にあたしは正真正銘、先輩後輩の関係になったわけなのですよ、おわかりですかー?」

「いや、全然分かりたくねぇよ……」

 現実の重さに対して、あまりに釣り合わない舞の軽い言い草に浩二は溜めに溜めて声を振り絞るように呟いた。

「まぁまぁ、あまり気にしなくていいですから、それではあたしはこれからファミリアの方にシフトを入れてありますので、失礼します! 皆様さようならー!」

 そう言って舞は一時いっときの台風のように金色のショートヘアーを揺らしながら教室を飛び出していった。

「何か、登校初日早々に騒がしい一日だな」
 
 浩二は過ぎ去った舞のことも思いながらしみじみと疲れ気味に呟いた。

「本当に、私がファミリアに行っていない間にこんなことになっていたとは」

 唯花も舞の留年のことは初耳だったのでどう反応していいのか分からなかった。

「僕から早く伝えておこうと思ったんだけど、舞が直接伝えるって言って聞かなかったから、報告が遅くなってごめん。本当、驚かせちゃったと思う」

 双子である光にはよく舞の事情のことは分かっているので、今更説教をする気も起きなかった。
 その留年することになった事情に関してはまだ聞かされてはいないが、いずれ直接舞から聞かされることになるだろうと、浩二はそう思った。

「それで、浩二はこの後真奈ちゃんを迎えに行ってファミリアに来るんだっけ?」
「ああ、その予定だ」
「私、今日久しぶりにシフト入れてあるから、また会えると思うし、舞とも話せると思う」
「そっか」
 
 唯花の言葉に浩二は少し安心した。これっきりということにはならずに済んだ。

「それじゃあ、事情聞けそうなら頼むわ」
「うん、私が聞くまでもない気がするけど」

 ファミリアで再会の約束を交わす浩二と唯花。達也はこの状況を静観していたが、最後に何かあれば手伝うといって、この場は解散となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

金色の庭を越えて。

碧野葉菜
青春
大物政治家の娘、才色兼備な岸本あゆら。その輝かしい青春時代は、有名外科医の息子、帝清志郎のショッキングな場面に遭遇したことで砕け散る。 人生の岐路に立たされたあゆらに味方をしたのは、極道の息子、野間口志鬼だった。 親友の無念を晴らすため捜査に乗り出す二人だが、清志郎の背景には恐るべき闇の壁があった——。 軽薄そうに見え一途で逞しい志鬼と、気が強いが品性溢れる優しいあゆら。二人は身分の差を越え強く惹かれ合うが… 親が与える子への影響、思春期の歪み。 汚れた大人に挑む、少年少女の青春サスペンスラブストーリー。

くろぼし少年スポーツ団

紅葉
ライト文芸
甲子園で選抜高校野球を観戦した幸太は、自分も野球を始めることを決意する。勉強もスポーツも平凡な幸太は、甲子園を夢に見、かつて全国制覇を成したことで有名な地域の少年野球クラブに入る、幸太のチームメイトは親も子も個性的で……。

猫のランチョンマット

七瀬美織
ライト文芸
 主人公が、個性的な上級生たちや身勝手な大人たちに振り回されながら、世界を広げて成長していく、猫と日常のお話です。榊原彩奈は私立八木橋高校の一年生。家庭の事情で猫と一人暮らし。本人は、平穏な日々を過ごしてるつもりなのだけど……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

時々、僕は透明になる

小原ききょう
青春
影の薄い僕と、7人の個性的、異能力な美少女たちとの間に繰り広げられる恋物語。 影の薄い僕はある日透明化した。 それは勉強中や授業中だったり、またデート中だったり、いつも突然だった。 原因が何なのか・・透明化できるのは僕だけなのか?  そして、僕の姿が見える人間と、見えない人間がいることを知る。その中間・・僕の姿が半透明に見える人間も・・その理由は? もう一人の透明化できる人間の悲しく、切ない秘密を知った時、僕は・・ 文芸サークルに入部した僕は、三角関係・・七角関係へと・・恋物語の渦中に入っていく。 時々、透明化する少女。 時々、人の思念が見える少女。 時々、人格乖離する少女。 ラブコメ的要素もありますが、 回想シーン等では暗く、挫折、鬱屈した青春に、 圧倒的な初恋、重い愛が描かれます。 (登場人物) 鈴木道雄・・主人公の男子高校生(2年2組) 鈴木ナミ・・妹(中学2年生) 水沢純子・・教室の窓際に座る初恋の女の子 加藤ゆかり・・左横に座るスポーツ万能女子 速水沙織・・後ろの席に座る眼鏡の文学女子 文芸サークル部長 小清水沙希・・最後尾に座る女の子 文芸サークル部員 青山灯里・・文芸サークル部員、孤高の高校3年生 石上純子・・中学3年の時の女子生徒 池永かおり・・文芸サークルの顧問、マドンナ先生 「本山中学」

翅のないおっさんはただのおっさんです。大切に労ってあげましょう(笑)

ゼロ
ライト文芸
虫の翅の生えた種族不明のおっさんとオネエな男子高校生の1週間。

魔法使いと繋がる世界EP2~震災のピアニスト~

shiori
ライト文芸
 ――人は生きる限り、生き続ける限り、過去の幻を背負い歩いていく ※当作品は長い構想を経て生まれた”青春群像劇×近未来歴史ファンタジー”長編シリーズ小説です。 イントロダクション 西暦2059年 生き別れになった三つ子の魂が、18年の時を経て、今、巡り合う。 それは数奇な運命に導かれた、少年少女たちの長い一年のほんの始まりだった。 凛翔学園三年生、幼馴染三人組の一人、樋坂浩二(ひさかこうじ)、生き別れとなった三つ子の長女、稗田知枝(ひえだちえ)のダブル主人公で繰り広げられる、隠された厄災の真実に迫る一大青春群像劇。 EP2~震災のピアニスト~ ~あらすじ~ 凛翔学園(りんしょうがくえん)では各クラス毎に一つの部活動を行う。 樋坂浩二や稗田知枝のクラスの仲間入りをしたクラス委員長の八重塚羽月(やえづかはづき)はほとんどのクラスメイトが前年度、演劇クラスとして活動していることを知っていた。 クラスメイトの総意により、今年も演劇クラスとして部活申請を行った羽月のクラスであったが、同じ演劇クラスを希望したのが他に二クラスあることから、合同演劇発表会で一クラスを選ぶ三つ巴の発表会に発展する。 かつて樋坂浩二と恋仲であったクラス委員長の羽月は演劇のための脚本を仕上げるため、再び浩二と同じ時を過ごすことになる。 新たな転校生、複数の顔を持つ黒沢研二(くろさわけんじ)を加えて 演劇の舞台の準備が進んでいく中、語られる浩二と羽月の恋愛の思い出 羽月が脚本化した演劇“震災のピアニスト” 主役に任命された転校生の”稗田知枝”と”黒沢研二” 演劇クラスを巡って立ち塞がる他クラスの存在 交錯するそれぞれの想いが、一つの演劇の中でかつてない最高の舞台を作り上げる。 ※エピソード2開始です!近未来の世界観で巻き起こる、エピソード1よりさらに濃密になった青春ドラマをお楽しみください! 表紙イラスト:麻mia様 タイトルロゴ:ささきと様

処理中です...