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第一話「入学式~桜並木の先へ~」2
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唯花の献身的な朝支度の甲斐もあり、和やかな雰囲気のまま朝食も終わり、後片付けも済んで、ようやく登校時間になった。
「忘れ物はない? 真奈ちゃん」
ハンドバッグを肩に掛け、明るく唯花が話しかける。
「うん、モーマンタイ! モーマンタイ! いつでも出陣できます大佐!」
「どこでそんな言葉覚えたんだよ……」
戦争映画のマネをするように真奈が敬礼して準備万端と言わんばかり元気いっぱいに声を上げた。浩二は相変わらずの呆れ顔で、真奈を急かした。
言葉を話すようになってからの真奈の成長は年々目を見張るものがあり、どこで仕入れてきたか分からないような言葉を次々に使うようになった。
まだ成長途中の真奈にとってこうした言葉遊びは楽しい趣味なのかもしれないが、親代わりの浩二としては、こうした言葉を本当に意味を理解して使っているのか心配ではあるのだった。
「でも最近はランドセルの学校もめっきり減っちゃったね」
「そうだな、時代の変化かな」
確かに色のバリエーションを豊富に用意したところでランドセル姿というのはファッションセンスの欠片もない。もちろん安全性という面で言えばランドセルというのは、見た瞬間小学生と分かり保護しやすい上に、後ろに倒れても自慢のデカい形状で頭を守ってくれる強度もあって合理的な装備品であるのだが、真奈の今肩にかけている紺色のショルダーバッグの方が明らかに似合っていて身軽そうであった。ランドセルというのはずっしりと重く、肩も凝りやすいので、機能面でも万能とは言えないだろう。
「えへへへっ、ちょっとは大人に近づけたかな?」
真奈が嬉しそうに身体を軽やかに一回転させて見せる。制服のスカートがヒラリと舞うと女の子らしさが可憐に光り輝いた。小学生にもなり、真奈も背伸びしたいお年頃になったきたのだった。
「うんうん、真奈ちゃんが立派に成長してくれておねえちゃん嬉しいよ!」
「立派と判断するのは早計だろう……、輪の中ではぶられないように周りの子と仲良くやれよ」
「まぁまぁ、今日は入学式、ゆっくり落ち着いていけば大丈夫よ」
最近の小学生は……っと嫌な大人のような小言を言いかけたが、時間がおしてしまうのも問題なので浩二は口を開くのをやめた。
「さぁ、ぐずぐずしてないで行くぞ」
浩二は号令を掛けて三人揃って玄関を出る。
戸締りをしっかり確認して、樋坂家の一軒家を後にした。
二人で暮らすには広すぎる家、でも浩二にとっても真奈にとってもここは大切な場所、引き払って引っ越すようなことは出来なかった。
「さぁアイゼンハワー、ぐずぐずしてないで進軍するぞー!」
真奈が元気そうに先を行く。
「だからB級映画の真似はするなと……」
この無邪気さを愛おしいと思う反面、周りの子に変な子と思われないか心配になる。
これから真奈が小学校という厄介な閉鎖空間に臨むものとして、浩二にとっては複雑な心境だった。
「―――浩二は、今、幸せ?」
「えっ、なんだよ、そんな突然」
唐突に繰り出した唯花の質問の意図が読めず、浩二は唯花の横顔を見た。その表情は普段と変わらず不安を抱えているようには見えなかったが、時の流れを感じているのかもしれないと、浩二は少し思った。
「だって、去年も色々なことがあったなぁと思って。私たちってちゃんと大人に近づけてるのかな」
今年度から高校三年生になる二人。成人を迎える前にして、唯花も色々思うところがあるのかもしれない、そんなことを浩二は考えた。
「根本的なことは変わらないさ、だって人は人自身の殻を破ることは出来ないわけだから」
「そうかもね……、大人になるって子どもの頃から比べれば未来を近く認識することで、自分に出来ることが狭まってるのか広がってるのか、一口に判断できるものではないもんね」
大人に近づいていくごとに幹は太くなりつつも枝は減っていく、それはそれだけ未来が見えているという事でもあるが、あるかもしれない可能性を失っていくことでもある。
でも、そういうことでいつまでも黄昏ていられるような歳でもないとも言える。
「まぁ、今日は真奈ちゃんの門出をみんなで祝ってあげよう、私たちも明日から三年生になるわけだし」
明日は月曜日で、凛翔学園の始業式でもある。明日から晴れて浩二も唯花も最高学年になる。学園を卒業する日が近くなり、進路に思い悩む時期でもあった。
「そうだな、真奈の人生はここからが本番なんだから、それで達也は来れないんだっけ?」
「うん、そうみたい……、夕食会には来られると思うけど、入学式は私たちだけになるみたい」
浩二と唯花の共通の幼馴染、医者の卵でもある優等生の内藤達也の登場は夕食会の時になりそうだった。
「見て! おにぃ、おねえちゃん、桜が満開だよ」
真奈が浩二と唯花の間に入って二人の手を握る、三人の視線がその先の遊歩道に広がるソメイヨシノの桜が満開に広がる並木道へと注がれる。木漏れ日に揺れるその季節感のある美麗な景色は今日という日を祝福しているかのように思えた。
手を繋ぎ三人揃って満開に咲く桜の道を歩いていく。それはこそばゆい、くすぐったくなるほどに幸せなことで、未来へと向かって回廊を歩いているように見えた。
周りから見れば本当に家族のように見えてしまうかもしれないと浩二は思った。
「綺麗ね……、ずっとこんな日が続いていけばいいのに」
暖かい日差しの中で、不穏のフラグのようなことを唯花は呟いたが、この瞬間においてそんな意図はなく、純粋にこの美しい桜の景色を見て思ったのだろう。
「小学校、楽しみだね、これから毎日通うことになるんだから」
唯花の言葉に真奈も嬉しそうに大きく頷いた。
「うん、がっこーでいっぱいおともだちつくるよ! それでいっしょに給食たべて、運動して、勉強して、いっしょにたくさんおしゃべりするの! アウグスティヌスのはなしもベートーヴェンのはなしも、ハンガリーのおはなしもして、みんなにそんけーされるんだ」
天真爛漫に明るく育っていく真奈の姿を目に焼き付ける浩二と唯花。
これからの学校生活でどんな成長をしていくのか、まだ想像できないからこそ、期待を込めたワクワク感を覚えた。
「それはすごいね、きっとみんな驚くね」
「おいおい、そこは心配するところだろ……」
「浩二、そういうのは杞憂だよ、真奈ちゃんだってしっかりした女の子なんだから」
「そうか? 歴史の話をするくらいならアニメの話しでもしてる方が小学校には受けるだろ」
もっともな事を浩二は言ったつもりだったが、唯花は自由にやらせたいらしい、一層心配であることこの上ないことだった。
脱線した話を続けながら桜並木を歩いていると、小学校の校舎が見えてきた。家から徒歩5分ほどの距離であるが、小学校の近くまで来ると同じように入学式に参加する保護者や小学生、学校関係者などの姿が目に映った。
「忘れ物はない? 真奈ちゃん」
ハンドバッグを肩に掛け、明るく唯花が話しかける。
「うん、モーマンタイ! モーマンタイ! いつでも出陣できます大佐!」
「どこでそんな言葉覚えたんだよ……」
戦争映画のマネをするように真奈が敬礼して準備万端と言わんばかり元気いっぱいに声を上げた。浩二は相変わらずの呆れ顔で、真奈を急かした。
言葉を話すようになってからの真奈の成長は年々目を見張るものがあり、どこで仕入れてきたか分からないような言葉を次々に使うようになった。
まだ成長途中の真奈にとってこうした言葉遊びは楽しい趣味なのかもしれないが、親代わりの浩二としては、こうした言葉を本当に意味を理解して使っているのか心配ではあるのだった。
「でも最近はランドセルの学校もめっきり減っちゃったね」
「そうだな、時代の変化かな」
確かに色のバリエーションを豊富に用意したところでランドセル姿というのはファッションセンスの欠片もない。もちろん安全性という面で言えばランドセルというのは、見た瞬間小学生と分かり保護しやすい上に、後ろに倒れても自慢のデカい形状で頭を守ってくれる強度もあって合理的な装備品であるのだが、真奈の今肩にかけている紺色のショルダーバッグの方が明らかに似合っていて身軽そうであった。ランドセルというのはずっしりと重く、肩も凝りやすいので、機能面でも万能とは言えないだろう。
「えへへへっ、ちょっとは大人に近づけたかな?」
真奈が嬉しそうに身体を軽やかに一回転させて見せる。制服のスカートがヒラリと舞うと女の子らしさが可憐に光り輝いた。小学生にもなり、真奈も背伸びしたいお年頃になったきたのだった。
「うんうん、真奈ちゃんが立派に成長してくれておねえちゃん嬉しいよ!」
「立派と判断するのは早計だろう……、輪の中ではぶられないように周りの子と仲良くやれよ」
「まぁまぁ、今日は入学式、ゆっくり落ち着いていけば大丈夫よ」
最近の小学生は……っと嫌な大人のような小言を言いかけたが、時間がおしてしまうのも問題なので浩二は口を開くのをやめた。
「さぁ、ぐずぐずしてないで行くぞ」
浩二は号令を掛けて三人揃って玄関を出る。
戸締りをしっかり確認して、樋坂家の一軒家を後にした。
二人で暮らすには広すぎる家、でも浩二にとっても真奈にとってもここは大切な場所、引き払って引っ越すようなことは出来なかった。
「さぁアイゼンハワー、ぐずぐずしてないで進軍するぞー!」
真奈が元気そうに先を行く。
「だからB級映画の真似はするなと……」
この無邪気さを愛おしいと思う反面、周りの子に変な子と思われないか心配になる。
これから真奈が小学校という厄介な閉鎖空間に臨むものとして、浩二にとっては複雑な心境だった。
「―――浩二は、今、幸せ?」
「えっ、なんだよ、そんな突然」
唐突に繰り出した唯花の質問の意図が読めず、浩二は唯花の横顔を見た。その表情は普段と変わらず不安を抱えているようには見えなかったが、時の流れを感じているのかもしれないと、浩二は少し思った。
「だって、去年も色々なことがあったなぁと思って。私たちってちゃんと大人に近づけてるのかな」
今年度から高校三年生になる二人。成人を迎える前にして、唯花も色々思うところがあるのかもしれない、そんなことを浩二は考えた。
「根本的なことは変わらないさ、だって人は人自身の殻を破ることは出来ないわけだから」
「そうかもね……、大人になるって子どもの頃から比べれば未来を近く認識することで、自分に出来ることが狭まってるのか広がってるのか、一口に判断できるものではないもんね」
大人に近づいていくごとに幹は太くなりつつも枝は減っていく、それはそれだけ未来が見えているという事でもあるが、あるかもしれない可能性を失っていくことでもある。
でも、そういうことでいつまでも黄昏ていられるような歳でもないとも言える。
「まぁ、今日は真奈ちゃんの門出をみんなで祝ってあげよう、私たちも明日から三年生になるわけだし」
明日は月曜日で、凛翔学園の始業式でもある。明日から晴れて浩二も唯花も最高学年になる。学園を卒業する日が近くなり、進路に思い悩む時期でもあった。
「そうだな、真奈の人生はここからが本番なんだから、それで達也は来れないんだっけ?」
「うん、そうみたい……、夕食会には来られると思うけど、入学式は私たちだけになるみたい」
浩二と唯花の共通の幼馴染、医者の卵でもある優等生の内藤達也の登場は夕食会の時になりそうだった。
「見て! おにぃ、おねえちゃん、桜が満開だよ」
真奈が浩二と唯花の間に入って二人の手を握る、三人の視線がその先の遊歩道に広がるソメイヨシノの桜が満開に広がる並木道へと注がれる。木漏れ日に揺れるその季節感のある美麗な景色は今日という日を祝福しているかのように思えた。
手を繋ぎ三人揃って満開に咲く桜の道を歩いていく。それはこそばゆい、くすぐったくなるほどに幸せなことで、未来へと向かって回廊を歩いているように見えた。
周りから見れば本当に家族のように見えてしまうかもしれないと浩二は思った。
「綺麗ね……、ずっとこんな日が続いていけばいいのに」
暖かい日差しの中で、不穏のフラグのようなことを唯花は呟いたが、この瞬間においてそんな意図はなく、純粋にこの美しい桜の景色を見て思ったのだろう。
「小学校、楽しみだね、これから毎日通うことになるんだから」
唯花の言葉に真奈も嬉しそうに大きく頷いた。
「うん、がっこーでいっぱいおともだちつくるよ! それでいっしょに給食たべて、運動して、勉強して、いっしょにたくさんおしゃべりするの! アウグスティヌスのはなしもベートーヴェンのはなしも、ハンガリーのおはなしもして、みんなにそんけーされるんだ」
天真爛漫に明るく育っていく真奈の姿を目に焼き付ける浩二と唯花。
これからの学校生活でどんな成長をしていくのか、まだ想像できないからこそ、期待を込めたワクワク感を覚えた。
「それはすごいね、きっとみんな驚くね」
「おいおい、そこは心配するところだろ……」
「浩二、そういうのは杞憂だよ、真奈ちゃんだってしっかりした女の子なんだから」
「そうか? 歴史の話をするくらいならアニメの話しでもしてる方が小学校には受けるだろ」
もっともな事を浩二は言ったつもりだったが、唯花は自由にやらせたいらしい、一層心配であることこの上ないことだった。
脱線した話を続けながら桜並木を歩いていると、小学校の校舎が見えてきた。家から徒歩5分ほどの距離であるが、小学校の近くまで来ると同じように入学式に参加する保護者や小学生、学校関係者などの姿が目に映った。
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