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第二十三話「聖者たちの攻防」6

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「これは一体……、全部お前がやったのか?」


 現場の惨状を目の当たりにして、浩二は驚きのあまり、思わず考えもなしに言葉が先走って出てしまっていた。

 足元に倒れているのは体格の優れたいかにも屈強な男たちで、間違いなく誘拐犯であると分かった。それが何故、倒れているのか。この異常な現場の状況に浩二の視線は知枝を捉え、知枝を疑う他ないと無意識に判断していた。

 知られたくないと思ってきた知枝は、思わず一度視線を逸らして息を呑んだ。しかし、疑われる状況に耐えられず、そのまま覚悟をする間もないまま、もう一度視線を戻して口を開いた。


「ごめんなさい、こんなの訳が分かんないかもしれないけど、私は……」


 助けに来るはずのプリミエールより先に想定外に浩二たちがやってきてしまった時点で、そう言葉にするしか知枝はなかった。

(……誰にも知られずに、いられたらよかったのに。私はあの時から、もう人を傷つけないように、力を解放しないようにと自分に誓いを立てたはずだったのに)

 人智を超えた力、人を傷つけないように制御するのが難しい力を無闇に使ってしまっては、やがて危険人物として拘束されてしまう。
 そうなれば、今の生活を続けることは出来ず、孤独の海に沈んでいくことになる。

 そんなことは望んでいないから、使、そう
 
 だが、男たちの欲望にまみれた乱暴な暴力が目の前に迫った瞬間、触れられたくない、傷つけられなくない、絶対に許すことが出来ないという感情が膨れ上がり、不可視の力が暴発してしまっていた。

 相手に直接触れることなく人体にショックを与え、気絶までさせてしまう、便利であり残酷な人ならざる力、知枝の持つ魔法使いとしての干渉力は、人の常識を凌駕したもので、それは無闇に使っていいものではなかった。

「今は、無事を喜ぼう。稗田さんが何者であっても、今は聞かないよ」

 知られたくないことを知られ、心を閉ざしかねない言い方をした知枝に、浩二は追及しないことを選んだ。 
 目が泳いでいる知枝に浩二は居たたまれなくない感情になり、知枝の心情をフォローして、駆け寄りすぐに椅子に繋がれていたロープを解いていく。

「知枝……」

 舞はその様子を複雑な表情で見ていた。
 祖母に選ばれた“魔法使い”、自分たちとは違う常識の中に生きているような、そんな風にも考えてしまい、恐れる気持ちも湧いてきてしまった自分に舞は罪悪感を覚えた。

(これが、稗田家が隠してきた魔法使いの本当の力?)

 舞は頭の中に浮かび上がった疑問が頭から離れなかった。
 体を縛られたまま男たちを無力化してしまう、超能力としか思えない非現実的現象。
 自分の知らない世界があること、それだけは舞が感じた確かなことだった。

「彼らは気絶している状態です……。力の加減は出来なかったので起き上がる可能性もあります。すみません、急いでここを一緒に出ていただけると助かります」

 身の安全が第一に今すぐここを離れようと知枝は提案した。
 危険性を感じる不思議な力についての具体的な説明はなかったが、浩二は何を最も優先すべきか取り違えることはなかった。

「大丈夫だよ、この現場の惨状を見たのは俺達だけだ。今は無事に元気な姿で舞台に上がることを一番に考えればいい。それが、みんなを安心させてあげられることに繋がるはずだ」


 浩二は知枝の超常的な力の詳細を聞くことを控えた。
 聞いてしまうことで自分も知枝のことを恐れていると思わせたくはなかった。
 
「……樋坂君は本当に優しいんですね。まだ、舞台に立つことが出来るなら、それ以上に幸せなことはないです。行きましょう」

 知枝は浩二の手により縄が解かれ、遠慮がちに立ち上がった。
 力を開放してしまい、自分が倒れている男たち以上に危険な人物かもしれないのに、それなのに優しくされると思わず知枝は感傷的になり申し訳ない気持ちに襲われた。

「まだ下にタクシーを待たせているから急ぎましょう。今ならまだ舞台に間に合うわ」

 舞の言葉に二人は気を確かにして頷いた。
 歪な状況には違いないが、知枝を救出できたことで舞台に立って演劇をすることが現実的になり、三人は揃って次の段階へと進もうと立ち上がった。


 ―――だが、この場を立ち去ろうとする三人の前に、一発の銃声が鳴り響いた。


 リビングの入り口を同時に三人が視線を向けると、そこにはチャン・ソンウンがほのかに先端から煙を上げる拳銃を持って、そこに立っていた。


「まさか、もう舞台の幕が上がっているとはね。だが、どうにか間に合ったようだね」


 “舞台の幕”、つまりはこの惨状を見て言っているということは、彼の持つ拳銃から放たれた銃声を目の当たりにし、制止した三人にも薄々分かった。
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