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第二十一話「思い出は思い出のままで」7

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 リハーサルから水原家に帰り、夕食後お風呂に入った後に、私は寝付けずに物置にあるピアノの椅子に腰かけて気分転換に練習を始めた。
 
 電子ピアノであれば音量の調整も簡単なので夜間でも練習しやすい。
 ヘッドホンなりイヤホンを付ければ済む話なのだが、台詞練習も一緒にする機会が多いので、あまりイヤホンやヘッドホンをして練習をすることに慣れていないのだった。

 練習の成果もあり劇中に流れるピアノコンクールの課題曲を雰囲気程度だが弾けるようになった。

 実際の本番ではピアノが得意な生徒によって収録された音源を流すだけだが、演技のため練習する価値は十分にあると思っている。

「まだ、練習してたんだ」

 夜遅くなっても練習している様子を気にして光が様子を見に来た。
 5月に入り、暖かい気候に入ったため、寝間着は薄ピンク色のネグリジェ姿の私に対して、光はTシャツにハーフパンツ姿だった。

「いよいよ明日だからね、出来るだけリハーサルの復習をしておきたくて。
 気になるところは、今もたくさんあるからね」

 稽古を続け、舞台演劇の奥深さを知れば知るほど自分の未熟さも実感できた。
 まだまだ難しくて必死に食らい付いているばかりだが、楽しさもある。
 みんなの努力を結集して一つの作品を作ることの価値を私も同じように分かるようになった。
 きっと、明日の本番は忘れられない思い出になることだろう。

「そっか、偉いね。もう怖くない?」
「うん、もう泣き言は言わない。私に出来ることをするだけだから」
「最初は心配だったけど、やっぱりお姉ちゃんは強いね」

 光はこれまで積み上げてきた稽古の日々を思い出しているのか、しみじみと呟いた。

「本当はまだまだ稽古し足りなくて自信ないけど、明日はお姉ちゃんを信じなさいって。

 リハーサルの時も思ったけど、みんなの実力の方がずっと上だから……。
 見ていてよく分かった、みんなの実力は長い時間をかけて努力と経験を続けてここまで積み上げてきたものなんだって。

 意見を出し合って、どうするのが一番いいのか繰り返し考えて、稽古とリハーサルを地道に続けて本番を繰り返して、そうして作り上げたクラスなんだって。

 まだ実力の伴ってない私がそれに上手に乗っかるのは難しいけど。でも、私は精一杯最後までやろうと思う。それで、今までになかった舞台を作ることが出来たらいいなって」

 私はこれまで取り組んできた日々を振り返りながら、素直な今の気持ちを光に伝えた。

「うん、今のお姉ちゃんなら大丈夫だよ、一緒に頑張ろう。
 僕、楽しみなんだ、一緒に舞台に立てるの。練習では緊張してばっかりだけど、本当に夢みたいなことだから」

「うん、私もよ、光と再会できて、一緒の家で暮らして、一緒のクラスになれるだけでも夢みたいなことなのに、一緒に演劇が出来るなんて。

 みんなの演劇の映像をここに来るまで見てきて、光が輝いているのを見て、姉弟として誇らしいのと一緒にずっと羨ましくもあった。嫉妬に似た感情かな、舞や神楽さんと仲良くやっているのが羨ましくって。私には学生らしい経験なんてほとんどなかったから」

 正直に言ってしまえば、学生らしい青春の日々に憧れをずっと抱いてきた。
 自分の特殊な境遇に不満があるわけではなかったけど、それでも、光達のこれまでの日々が輝いて私には見えたのだ。

「うん、僕も嬉しい、本当に一緒に暮らせて。演劇まで出来てこんなに毎日ワクワクさせられて、嬉しくないわけないよ」


 光は誇らしく思うくらいに優しい。
 最初に声を聞いた、一緒に話しをした懐かしくて微笑ましいあの時から。


「光、来て」
 

 私は光の背後から手を掴んで、そっと誘うように身体を抱き寄せた。
 光は少し驚くような仕草をしながらも抵抗するのを止めた。
 私は身体から余計な力を抜き、両手で光を抱き締めるようにギュッと優しく包み込んだ。

「あったかいね、光は」
「お姉ちゃんこそ」

 顔を目の前まで近づけながら囁く。
 姉弟水入らずとはこういう事を言うのだろうか。体格が似ている小柄な光相手だから積極的にこんなことが出来てしまうのかもしれないが、また一つ、光から勇気をもらうことが出来た。

 こうして夜が更けていく、明日になればいよいよ本番。
 他クラスに負けてしまえば、演劇クラスとして一年間活動出来ない。
 私のような新参者にはまだ他のクラスメイト程分からないけど、きっとそれはとても大きなこと。

 だから、私も精一杯頑張ろう。
 ここから始まる、みんなとの一年間を幸福な思い出にするために。
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