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第十二話「真奈と庭園の残り香」2

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「そういえば、唯花は今日来れなかったのだな」
「……今日も配信だって、そう言ってたかな」

 達也の問いに、浩二は答えた。

(今日はドラマの撮影に行ってるなんてこと、達也には言えないから、仕方ないよな……)

 口止めされている以上、浩二は本当のことは言えなかった。
 とはいえ、浩二は達也には早く本当のことを伝えるべきだろうと考えていた。

(達也も言ってることがおかしいってことは、気付いているだろうしな、このまま隠し通せるわけないし、唯花が本当のことを話すのも時間の問題か……)

 一方、達也はすでに事務所で活動している今の唯花を知らなくても、先日のライブで先のバーチャルシンガーの活動を終えて引退している事実も知っていて、似たような活動に時間を割いていることから、薄々は勘付いているのだった。


 そんな話しを続けていると、縁側まで庭師のおじさんがやってきた。
 おじさんと言ってもすでに還暦を越えているらしいので、おじいさんと言ってもいい歳だとは思うが、二人も真奈も庭師のおじさんとして認識していた。

「麻生さん、お疲れ様です」

 やってきた庭師のおじさんに最初に挨拶をしたのは達也だった。

「お邪魔してます」

 次に軽くお辞儀をして浩二も挨拶する、庭師のおじさんはお客人の挨拶を聞き、嬉しそうにほ微笑んだ。
 年々、招く客人も減っていることもあり、日頃手入れを続けている庭園を見に来てくれるのはおじさんにとっても嬉しいことだった。

「賑やかだと思ったら、真奈ちゃんが来ていたのだね」

 庭園で走り回っている真奈の様子を見て、嬉しそうに少し腰の曲がった庭師の麻生さんも浩二と達也と同じようにその無邪気に遊ぶ姿を見た。

 内藤家の庭師を長年続ける麻生氏。最近は少し身長も縮んで来ていて、痩せ気味で年齢を感じさせる。
 麻生氏と内藤家の付き合いは、厄災の前から今まで続いている。

 今でこそ多くの品種の植物がひしめく華やかな庭園となっているが、厄災によって街が閉鎖されていた期間が長かったため、復興を遂げてから、ここまで華やかな庭園を取り戻すまでは相当な苦労があった。

”先代の願い”、麻生氏は復興への取り組みについてそのようによく口にしている。

 厄災をかろうじて生き残ることができた麻生氏と達也の祖父に当たる先代、先代にとって街を封鎖され、家に帰れない日々の中で一番の心配は庭園の存在だった。

 先代にとって”やすらぎの場所であった庭園を取り戻したい”、それが先代の願いだった。
 
 街が封鎖された期間が長かったために、先代は再び庭園を訪れることなく他界し、その意思は麻生氏に託された。
 麻生氏は封鎖が解かれてからこれまで、庭園の管理をずっと続けている。
 それが庭師としての使命として、ずっとこの街に住み、麻生氏は庭の手入れに取り組んできたのだった。


「……最近、思い出したことがありましてな」


 縁側に座る、浩二と達也に向けて、独り言のように麻生氏は語り始めた。

「まさか、厄災のことですか?」

 浩二は聞いた、質問すると麻生氏は頷いた。
 達也も厄災の話しとなると表情は真剣なものへと変わった。
 
 厄災の話しについて、伝えられていることはそう多くない。被災者の個人情報や当時の状況、国家機密を含むものに関して、言論規制もあり、不用意な発言が許されないという事情もあるが、それにしても厄災の規模の大きさからして異常に少ないことの理由にはならない。

 歴史としての事実は各々知っていても、直接人から伝え聞く機会は多くないのが現実だった。
 
 たった30年前の出来事、あまりに多くの死亡者がいる一方、生存者も一定数いることから、もっと教訓や苦労話が世に浸透しあって然るべきと考えるのが普通だ。

 だが、事実としてほとんどの人が厄災の頃の記憶を””か””という話がある。

 個々の事情は抜きにしても、浩二と達也もそれを当然知っていて、だからこそ、生存者がいても伝え聞く機会に出会えない現実を仕方のないことと理解していた。

「難しい話ではないから、そう構えずに聞いてくれていい」

 二人の視線を感じながら、麻生氏はそう前置きして思い出話を語り始めた。


「思い出したことも断片的で、あの頃は昼も夜もないと感じるほど薄暗い日々が続いていたから、時系列ははっきりと分かっていないのだが、厄災の始まりから随分長く経ってからだったと記憶している。

 その頃は、病院も大変な騒ぎになっていて、毎日あちこちに走り回っていて、庭園の管理まで、とても手が回らなかった。

 厄災が終わり光を取り戻してしばらく舞原市は立ち入り禁止となった。

 その後、月日は流れ、ようやく内藤邸に帰って来ることが出来て少し経った頃だった。

 私は倒れている少女の姿を見つけた。
 発見するのが遅かったのか、すでに息はなく、死後からしばらく経っている様子だった。

 その手には花の枯れたアネモネが握られていた。

 陽が差さない日々が続き、すでに庭園はボロボロの状態であった、
 
 少女の発見が遅れ、後悔していたこと。そのことも、そうだが、その子がよく庭園に遊びきていたことも最近思い出して、ずっと心残りと言うべきか、なんとも言えない気持ちになっているんだよ」

 懐かしくも凄惨な記憶に満ちた貴重な厄災の思い出を、ゆっくりと麻生氏は語った。
 
 達也は自分が知る情報との整合性を頭の中で整理させ、話し終えるのを合図に口を開いた。

「厄災が起きたのは、そういえば9月の終わりから10月の中旬まででしたか」

 アネモネは冬に咲く花。
 厄災の起きた頃に本当に咲いていたかは怪しい話であると達也は率直に思った。
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