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第六話「期待と不安と」4

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 八重塚やえづかさんに一晩考えてと言われたけれども、私の心は激しく揺れていた。
 何度考えても信じられない話しで動揺を隠せない。

 先ほどの部活会議で私に対して告げられた言葉、委員長の八重塚さんは確かに真剣な表情で私を主役に抜擢した。

 どうして私なんかが? 未だに信じられない、役者の経験なんてないのに、知識もロクにない私がこんな大役、引き受けたらきっと失敗ばかりして、失望されて、迷惑をかけることになる。

 一体、八重塚さんは何を私に期待しているのだろうか……、想像もつかない。だけど、あの人の、黒沢研二の私のことを嘲笑うかのような冷笑を目の当たりにすると複雑だ。

 彼からは同じ舞台に立つことへの挑発を受けているようだった。
 
 暗に“”と言わんばかりに。


「はぁ……、どうしたらいいの……」


 思わず溜息が漏れる。私は彼の挑発に乗るべきなのか、八重塚さんの提案を受けるべきなのか、でも、私がこの大役を引き受けるということは、あの黒沢研二と共演することになる。

 あぁ、共演なんてしたら、一体どんな辱めを受けることになるか想像もつかない……。やたら自信たっぷりかつイケメンで有名人だから、遠慮なんてせず軽々しく接触してきそうで……。経験のない私はちょっとどころか、かなり不安だ……。

 そして自由時間、このまま考え込んでも仕方ないので誰かに相談することにした。

 誰がいいだろう……、転校してきてからまだ日が浅い、相談しようにも、相談できる相手は限られてしまう。

 ここは光に相談するのがこの際、手っ取り早いのだけど、出来れば八重塚さんが何で私を選んだのか気になる、とはいえ、八重塚さんを前にすると、緊張しちゃうし……。

 私は考え込んでも、なかなかはっきりと答えが出ない。

 誰か話しやすい相手がいないかなと思って、振り返って、教室中を見渡す。

 すると、唯花さんと内藤君と話す、樋坂君の姿が目に付いた。

 樋坂君なら、八重塚さんの考えも知っているはず、確か、樋坂君は副委員長で、八重塚さんの……。
 
 そして、思い出した、樋坂君は八重塚さんの”元恋人”。転校したばかりの私ではそんなこと思い付きもしない事だけど、光や舞の話しによるとこの前まで恋人同士だったらしい。

 樋坂君は唯花さんとも仲が良くて、妙に気になる人だ。

 今はどうなんだろう? 付き合ってはいないけど、今も仲はいいのかな? 

 よくわからない、そもそも恋愛経験のない私には別れた後の関係なんて想像もつかない。それは、そういう人を見かけたことはあっても、実際に思っていることまでは分からないのが普通だ。

 きっと複雑な心情を抱えながら接しているのだろうと想像は付くけど、それ以上のことはおそらく本人たちしか分からない。

(いつまでも、ぐずぐず迷ってばかりいられないよね……)

 私は緊張しながらも覚悟を決めて、樋坂君の席に向かい、話しかけた。

「樋坂君、ちょっといいかな?」

 緊張で頬が熱くなっているかもしれない、声も心なしか上擦ってしまっている。わざとではないのに、周りに他の生徒がいる中、急に話しかけるのは恥ずかしかった。

「どうした?」

 樋坂君は軽い調子で返事をした。ビックリしていないようで私は安堵した。

「ちょっと、相談があって」

 私は思いきって樋坂君に聞いた。

「そうか、分かった」

 そう答えて、樋坂君は何も聞かずに椅子から立ち上がった。
 私と樋坂君は廊下で話すことに決めて、その場から移動した。
 
「ごめんね、この前お世話になったばっかりなのに」

 廊下の端に移動して、周りの視線がないことを確認して私は樋坂君に言った。
 平然としてるところを見ると、私が相談を持ち掛けることを予見していたのかもしれない。

「いいよいいよ。真奈がいつも稗田さんがまた来てくれないかな?ってせがんできてたりしてて、気軽につるんできてくれた方が助かる」

「うん、助かるよ~。ありがとありがとありがとうなの」

 樋坂君は、何だか普通の男子学生って感じがする。でも、優しいところもたくさんある。それに、樋坂君はまだ気付いてないけど、私の親戚でもある。

 他人と思うには近い距離にいる。考えれば考えるほどに、内心は複雑だ。他人のはずなのに……。
 真奈ちゃんのことも含めて、私自身、気になっているのも事実だと思う。

「そうなんだ、お邪魔じゃないなら真奈ちゃんにはまた会いに行こうかな」

 私は可能な限りの笑顔で明るく答える。少し前向きに話しかけると気持ちが晴れた気がした。

「そうしてくれ、真奈を喜ばせるネタにはいつも困ってるからな」
「優しいんですね、樋坂君は」
「そうかな、自覚はないけど」

 樋坂君はいつものように素っ気なく言う、でもその自然な姿が樋坂君のいいところだと思う。

「そうですよ、私なんかと比べ物にならないです」
「そんなことないだろ、光とは仲良しじゃないか、姉弟で外見も似てるし」
「似てますか? 光と? そんなこと、初めて言われました」
「似てる似てる、隣にいたら、よく分かるよ」

 そう意外なことを言われると、思わず嬉しかった。
 姉弟とはいえ、ずっと別々の家で暮らしてきた。稗田家と水原家、それは全然別物といえるような環境の違いがある家庭だったから。

「それで、悩んでたんだろ?」

 樋坂君が私に気を遣って聞いてくれる、緊張していた気持ちが少し和らいだ。

「はい、私、演技なんてしたことないですから。こんな大役、責任重大すぎて、とても引き受けられないです……」

 ガッカリさせてしまうかもしれないと思いながら、私はそう伝えるしかなかった。

「まぁ、そう言うとは思ったけど。俺はせっかくうちのクラスに入ることになったんだから、やってみてもいいんじゃないかなって思ってる」

 樋坂君は八重塚さんの同意見のようだ、味方なのは一緒に脚本づくりをしていたからよく分かるけど。

「本当ですか? もっと、演技のできる人だってこのクラスにはいるんでしょう? 演劇部を一年間続けるためには今回の勝負に勝たなければならない、それなら、私なんかでなくて、演技の上手な人がするべきです」

 私は持論を込めて、樋坂君に言うが、樋坂君が私の意見に同意する様子はなかった。

「でもな、一年間続けるということは、稗田さんもうちの演劇クラスの一員なんだ。
 自信をつける意味も込めて、クラスに溶け込むにもいい機会なんじゃないか?」

 そう言葉にする樋坂君の言葉には嘘偽りはないと思った。

「今日の部活会議の前に、羽月から最初聞かされた時は驚いたけど、でも、転校生二人がクラスに溶け込むには、いい機会だって、そう思うよ」

 樋坂君の意思もまた固いようだ、聞こえようによっては説得力のある言葉を浴びせられ、また私は思い悩んでしまう。

「そう……、ですか、もう少し考えてみます」
「うん、結論を急ぐことはないから、一日考えてみたらいいさ」
「はい……」

 話し終えて、樋坂君が教室に戻っていく。
 
 どうしてだろう……、八重塚さんと樋坂君との関係、今は考えるようなことじゃないのに、そんなことばかり気になってしまう。


「何でだろう……、ちょっと胸が苦しいかも」


 二人は一度別れたのに、けれど心が通じ合っているように私には見えた。
 名前で呼び合うところもそうだし、お互いの気持ちを理解しあっているような。
 恋人って、一度別れてもあんな風に自然にいられるのかな……。

 あれ、あれあれ? 私はまさか“私を通じて”

「まさかね……、そんなはずない。光と話せば落ち着くかな、―――って、光にも彼女いるんだった。バカだなぁ、私って、何をいつまでも気にしてるんだろう……」

 考えなくて仕方ないようなことばかりをいちいち考えて、私は自分の思考に呆れながら、教室に戻った。
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