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第10章「色褪せた思い出の続きへ」1
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夕食を一緒にして、隆ちゃんが名残惜しくも帰ってしまった後、私は汗を掻いた身体を丁寧にお風呂で洗い流して、ドライヤーで長い髪を乾かすと、ダイニングでテレビを見ながらアルコールを摂取していた式見先生に話しかけようと向かいの椅子に座った。
私は隆ちゃんと話し合って決めたことをちゃんと式見先生に報告するつもりだった。
こういうことは後回しにせずに早く伝えた方がいい、私はお風呂に入りながら早々に整理を付けて、伝える覚悟を決めた。
「どうしたの? 話したいことがあるって?」
私の視線に気付いた式見先生は少し火照ったように顔を赤らめながら私に言った。
氷の入った焼酎のグラスを机に置いて、まだ酔っている様子は見せなかった。
生活を続けながら何となく気持ちがこういう風に伝わることが増えた。
それは相手の気持ちを知ろうとする人間の意志が、言葉にしなくても伝わるように出来ているということなのだろう。
人間という生き物は複雑な社会で生き続ける中で、上手に他者に対して気持ちを伝えられなくなってきたのかもしれない。
それは、その時の感情で、思い付いたままに気持ちを伝えてしまったら、強い警戒心から拒絶されかねないという、恐怖心から来ているのかもしれない。
それはそうだ、出会ってすぐに好きだと言われたって誰だって困るし、簡単に信じることなんて出来ない、それが本心であるかなんて確かめようもないし、明日には気持ちなんて変わってしまっているかもしれない、善悪をその場で判断して相手の言葉を信じるということは、簡単なことではないのだ。
でも、困っている人を助けようとする気持ちは別だ。
観察して、すぐに判断することが大切だ。
一瞬の判断の違いで生死が分かれることだってある。
それでなくても、その人が介助を必要とするかの判断は迅速でなければならない。
だから、相手の気持ちに寄り添うことは大切で、気付いてあげることは大切で、そうして人は今よりもよりよく理解し合い、繋がっていくことができるのだ。
「いいわよ、好きなだけ話してくれて。私は、二人のことを信じてるから」
式見先生は優しい微笑みを浮かべながら言った。
今日一日で私に訪れた変化を、式見先生も感じているのかもしれなかった。
先生の温かい気持ちに触れて、私は伝える覚悟ができた。
タブレット端末に考えていたことを入力していく。
伝えるべきことを、一つ一つ言葉として噛み締めながら、私は自分の気持ちを入力しながら確かめる。
文字にして気付いたことも、先生の顔を見て気付いたことも、お風呂に浸かりながら考えたことも、全部まとめて伝えたい文面に仕上げていく。
そして、納得できる文章が出来上がり、ほっと息を付いてから、読み上げボタンを入力した。
「私はこれから学校に通いながら、ピアノの練習を再開して、隆ちゃんと一緒のピアノコンクールに出場します。
私は隆ちゃんの今の実力を知りました、自分の実力も今日知りました。
隆ちゃんが勇気をくれたから、ピアノに触れることもクラシックを聴くことも怖くなくなりました。
だからこれからは、ピアノコンクールの日まで、出来る限りのことをし尽くしたいと思います。
無茶で無謀かもしれないけど、今から練習を始めても中途半端になるかもしれないけど、私は私のやり方で、自分の音楽で、人々に最高の演奏を届けようと思います。
だから、お願いします。
ピアノコンクールに参加させてください。
先生のお力添えも、生活を一緒にする上で今の私には必要です。
今度は私も隆ちゃんを喜ばせるような、驚かせられるような演奏をしたいんです」
彼がくれた勇気で私はもう一度立ち上がる。
不甲斐ない演奏なんて絶対に見せない。
たとえ、足りない部分があったとしても、私は私にできる精一杯を届ける。
「本気なのね、晶子」
私は式見先生の言葉にタブレット端末を両手に強く握りながら、しっかりと頷いて見せた。
「いいわ、本気になってくれた晶子の気持ちを無駄にはしないわ。
そんなことしたら、彼にも怒られてしまうでしょうしね。
だから、やれるだけやってみなさい、私が見ていてあげるから」
血の巡りが良くなっていくように、勇気が沸くと共に力が湧き上がって来るのを感じた。
「でも、本当に良かったわね、また、ピアノに触れることができて。
私も嬉しい、早く晶子の演奏が聴きたいわ。
今日まで慌ただしくて長く聞いていなかった気がするから、楽しみだわ」
先生も応援してくれている、これなら私は、私のやりたい演奏を目指して頑張れそうだ。
”ねぇ、隆ちゃん、待っててね。私の届けたい想いを、全部詰め込んで、絶対に届けるから。私の奏でる、ピアノのメロディーに乗せて”
刻が再び回り始める。
私の刻が。
きっと届けられる、今からでも遅くない。
私にしかできない演奏を届けられる。
だから、楽しみにしていて、隆ちゃんにも届けるから。
そして、私はここからゆっくりと駆け出していく。
隆ちゃんと目指す、同じピアノコンクールの舞台へと。
私は隆ちゃんと話し合って決めたことをちゃんと式見先生に報告するつもりだった。
こういうことは後回しにせずに早く伝えた方がいい、私はお風呂に入りながら早々に整理を付けて、伝える覚悟を決めた。
「どうしたの? 話したいことがあるって?」
私の視線に気付いた式見先生は少し火照ったように顔を赤らめながら私に言った。
氷の入った焼酎のグラスを机に置いて、まだ酔っている様子は見せなかった。
生活を続けながら何となく気持ちがこういう風に伝わることが増えた。
それは相手の気持ちを知ろうとする人間の意志が、言葉にしなくても伝わるように出来ているということなのだろう。
人間という生き物は複雑な社会で生き続ける中で、上手に他者に対して気持ちを伝えられなくなってきたのかもしれない。
それは、その時の感情で、思い付いたままに気持ちを伝えてしまったら、強い警戒心から拒絶されかねないという、恐怖心から来ているのかもしれない。
それはそうだ、出会ってすぐに好きだと言われたって誰だって困るし、簡単に信じることなんて出来ない、それが本心であるかなんて確かめようもないし、明日には気持ちなんて変わってしまっているかもしれない、善悪をその場で判断して相手の言葉を信じるということは、簡単なことではないのだ。
でも、困っている人を助けようとする気持ちは別だ。
観察して、すぐに判断することが大切だ。
一瞬の判断の違いで生死が分かれることだってある。
それでなくても、その人が介助を必要とするかの判断は迅速でなければならない。
だから、相手の気持ちに寄り添うことは大切で、気付いてあげることは大切で、そうして人は今よりもよりよく理解し合い、繋がっていくことができるのだ。
「いいわよ、好きなだけ話してくれて。私は、二人のことを信じてるから」
式見先生は優しい微笑みを浮かべながら言った。
今日一日で私に訪れた変化を、式見先生も感じているのかもしれなかった。
先生の温かい気持ちに触れて、私は伝える覚悟ができた。
タブレット端末に考えていたことを入力していく。
伝えるべきことを、一つ一つ言葉として噛み締めながら、私は自分の気持ちを入力しながら確かめる。
文字にして気付いたことも、先生の顔を見て気付いたことも、お風呂に浸かりながら考えたことも、全部まとめて伝えたい文面に仕上げていく。
そして、納得できる文章が出来上がり、ほっと息を付いてから、読み上げボタンを入力した。
「私はこれから学校に通いながら、ピアノの練習を再開して、隆ちゃんと一緒のピアノコンクールに出場します。
私は隆ちゃんの今の実力を知りました、自分の実力も今日知りました。
隆ちゃんが勇気をくれたから、ピアノに触れることもクラシックを聴くことも怖くなくなりました。
だからこれからは、ピアノコンクールの日まで、出来る限りのことをし尽くしたいと思います。
無茶で無謀かもしれないけど、今から練習を始めても中途半端になるかもしれないけど、私は私のやり方で、自分の音楽で、人々に最高の演奏を届けようと思います。
だから、お願いします。
ピアノコンクールに参加させてください。
先生のお力添えも、生活を一緒にする上で今の私には必要です。
今度は私も隆ちゃんを喜ばせるような、驚かせられるような演奏をしたいんです」
彼がくれた勇気で私はもう一度立ち上がる。
不甲斐ない演奏なんて絶対に見せない。
たとえ、足りない部分があったとしても、私は私にできる精一杯を届ける。
「本気なのね、晶子」
私は式見先生の言葉にタブレット端末を両手に強く握りながら、しっかりと頷いて見せた。
「いいわ、本気になってくれた晶子の気持ちを無駄にはしないわ。
そんなことしたら、彼にも怒られてしまうでしょうしね。
だから、やれるだけやってみなさい、私が見ていてあげるから」
血の巡りが良くなっていくように、勇気が沸くと共に力が湧き上がって来るのを感じた。
「でも、本当に良かったわね、また、ピアノに触れることができて。
私も嬉しい、早く晶子の演奏が聴きたいわ。
今日まで慌ただしくて長く聞いていなかった気がするから、楽しみだわ」
先生も応援してくれている、これなら私は、私のやりたい演奏を目指して頑張れそうだ。
”ねぇ、隆ちゃん、待っててね。私の届けたい想いを、全部詰め込んで、絶対に届けるから。私の奏でる、ピアノのメロディーに乗せて”
刻が再び回り始める。
私の刻が。
きっと届けられる、今からでも遅くない。
私にしかできない演奏を届けられる。
だから、楽しみにしていて、隆ちゃんにも届けるから。
そして、私はここからゆっくりと駆け出していく。
隆ちゃんと目指す、同じピアノコンクールの舞台へと。
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