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第一章 飯島由利

私が園のクルマで……

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 結局松井はその会に参加できなかった。先述の大隅から解放されたのはすっかり暗くなってからだ。激しい雨が降りだしていた。プレイルームの灯りももうとっくに落とされていて、全面ガラス張りの窓に大粒の雨が弾けていた。中庭の青白い照明を受け、雨粒も窓ガラスも妙にギラギラしていた。
 だが彼は、あえてその窓際に車椅子を寄せた。れいの女の声がした。
「あっ、松井さん……」
 さすがに会が始まる前のあの明朗さはない。松井もまた疲れている。何もかもが億劫だったが、あまり失礼な真似はできない。慣れない車椅子を操作し、振り返った。
「ああ、まだ残っていたんですね? 皆さんはもう、それぞれの部屋に?」
「ええ、あの……。松井さん、これ……」
 堀口から受け取った二セット目のプリントの束だ。
「どっ、どうもありがとうございます。ひょっとして俺に、これ渡すために?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
 一瞬気まずい沈黙が流れる。松井はついつい、窓外の雨をチラ見してしまう。女のほうが口を開いた。
「雨、やみそうもありませんね……」
「はい。福祉タクシーが遅れています。『愛々タクシー』さんっていうんですけどね、この天気じゃやはり……」
 そうこうしているうちに松井の携帯に着信があった。女にゴメンなさい、といってでてみると問題のタクシーからで、昭和橋という割り合い大きな橋の辺りで足どめを食っているという。携帯を切ると同時に、女が前屈みになって聴いてくる。
「橋、落ちちゃったんですか?」
「いえ、それはないです。大きな橋ですから……。でも橋の前後で何か事故があったみたいで……。困ったな……。ここの消灯時間に間に合わないかもしれないって……」
 女が車椅子の前に膝立ちになる。自然、上目遣いになる。
「いっそここに、泊まらせてもらっちゃうとか……」
「多分無理でしょう。一応医療系スタッフさんもいるような施設ですから、かえって規則とか、ガチガチなんじゃないかな? そんなことよりあなたのほうは? 終バス確か、八時半ぐらいだったんじゃあ?」
「それは別にいいんですけど……」
 彼女の視線が下がり、また上がった。
「ここの送迎車、使わせてもらえないかな? 車椅子固定する装置のついたクルマ、ありましたよね? それで運転は、あくまで私の自己責任でっていうことで──」
「いやそんな……。あなたにそんなことまで……」
「じゃあどうするんですか?」
 マスクの下、彼女は唇を尖らせたようだ。残念ながら、松井に対案はない。
「それじゃ私、スタッフさんたちに話つけてきますね」
 大隅にはいい負かされたが、やはり頼り甲斐のある女だった。
 彼女の話によると、スタッフルームでもすでに松井をどうするのか? という話になっていたのだという。『愛々タクシー』が彼らにも連絡していたのだ。そして、責任は私が持ちますという彼女の一言で、すべてが決まった。大隅が帰宅していた点も幸運だった。
 彼女は運転もなかなかのモノで、大きなワゴン車の尻を、ピタッと玄関前に着けた。その尻からリフトがでて車椅子を持ち上げるわけだが、風も強かったので、スタッフさんたち総出で傘のトンネルを作ってくれた。松井は済みません、済みませんを連発した。やや卑屈な感じだったかもしれない。
 園から続く市道を抜け、割り合い広目の県道にでるとき、彼女は思いがけない提案をしてきた。
「こっちに移ってくることって、できますか?」
「えっ?」
 暗がりのなか横顔が、チラッと助手席を示したようだ。なんでだろう? と訝りながらも、松井は、
「ああ俺、膝でいざったり伝い歩きしたりとかはできますから、不可能じゃないですけど……」
 と応えた。
「じゃあこっちにきてくださいよ。このままじゃお話しも、碌にできないじゃないですか……」
 お話し、……などといわれると松井は警戒せざるを得ない。あの大隅にしたって当人としては、ちょっとお話ししているつもりなのだ。
 しかしクルマは路傍に停まり、車内灯が点いた。車椅子は後部座席四席分を使いその中央に固定されているので、松井はまず運転席か助手席の背凭れに掴まり身を起こさなければならない。とはいえそこまで手が届くかどうか? 心もとない。
「助手席を後ろに押して、背凭れを倒してもらうことって、できますか?」
「あっ、はい」
 彼は車椅子のベルトをはずし、助手席の背凭れに掴まり身を起こし、次いで運転席のほうの背凭れにも手をかけた。あとは上半身だけの鞍馬の要領で座席に滑り込む。彼が助手席のほうのベルトを留めたのを確認し、女はクルマをスタートさせた。だが県道は渋滞していて、なかなか車列に入れてもらえない。
 松井が女に話しかけらないでいると、女のほうから話しかけてきた。
「まさかあの会、……辞めちゃうとかって、ないですよね?」
「ええまあ、でも……。皆さんにもご迷惑かけちゃってるようだし……」
「辞めちゃダメですよ」
 やがてパッシングの合図が入る。もっとも県道に乗ったからといって、この車列がそうそう動くわけではない。大粒の雨に乱反射するブレーキランプが眩しかった。
 また女には、さらに切迫した問題があった。
「お部屋、多摩センターのほうなんですよね? もう私、終電に間に合わないかもしれません。泊めてもらうしかないと思うんですけど……。無理ならこのクルマで車中泊します」
「そっ、それは俺が──」
「そんなの絶対ダメですよ。なんか私、警戒されちゃってます?」
「いえっ、そういうわけじゃ……。むしろあなたにご迷惑が……」
 奇妙な沈黙が続いた。そして今度も、口火を切ったのは女のほうだった。
「私、飯島由利っていいます。飯島由利──」
 そういえば松井は彼女の名前さえ訊いていなかったのだ。由利と名乗ったその女は続けた。
「私、松井さんに話しかけるタイミング、ずっと狙っていたんですよ。それなのにあの大隅ってひとが……。でも、救けられなかったことは済みませんでした」
「いえ、そんな……」
「そもそも辛口のカレーが好きだなんて話、あそこじゃまだしてなかったじゃないですか? 『結』みたいなちゃんとした名前じゃなくて、確か『第二金の会』なんていわれてた会があって……。会合場所がスナックで……。会のあとみんなでカレー食べて……。あの話で気づいて欲しかったです、私のこと……」
「いやいまは、お互いマスクなんかしちゃってますし……」
「でも私はすぐに判りましたよ、松井さんのこと……」
 先述のように松井は醜い。オマケにハンデキャップまである。従がってこういう話にはドギマギしてしまう以外ないのだった。
「松井さん、あの会からも突然、いなくなっちゃいましたね? 藤森佳代さんでしたっけ? あのひとと何かトラブったって、ちょっと小耳に挟んだんですけど……」
「いやそういうわけじゃ……。あそこにも大隅さんみたいなひとがいまして……」
「ふーん」
 相変わらず彼からは話しかけられない。しかし藤森佳代という名がでたことで、彼にも何か、この話のいき着く先が視えてきたような気がした。
 衝撃的ともいえる告白が彼女の口からあったのは、それから数分経ってのことだ。
「藤森佳代さん……。あのひと、ドMなんですよ。実は私もそうなんですけどね」
 稲妻でも走りそうな告白だったが、雨は逆にやや終息に向かいつつある。
「だから彼女とのこと、隠す必要はありません。彼がシャワーを赦してくれないって、愚痴ってましたけどね。確か、牝犬の匂いがするほうがいいって……。ドM的にはノロケなんですけどね。匂いまで愉しんでもらってるって……。今日は私もいろんな汗掻いちゃいました。それでもやっぱ、二人のうちどっちかが車中泊ですか?」
「いや……」
「じゃあ今夜は軽目に虐めてください。明日朝一でこのクルマ返しにいこうって思ってますから──」
「はい……」
 多摩センターといっても少し駅から離れると、まだまだ林や原っぱが残っている。松井が暮らすアパートもそんな林のなかにあり、庭だか空き地だかよく判らない土地に囲まれている。裏にまわるとサッシの下に木の板が渡してある。車椅子はそこからなかへ入るのだった。
 雨はすでに上がっていた。
 強風のため道は早くも乾き始めていたが、アパート周囲の剥きだしの土地はそうはいかない。ぬかるんでいた。由利はまた汗を掻くことになった。
 そしていよいよ部屋に入った瞬間、多少だが彼女を呆れさせることがあった。いましがた彼女が押し上げた車椅子は『愛々タクシー』所有のもので、彼の部屋にはそれがなかったのだ。なんと彼は、部屋のなかのことはキャスターつきの椅子と伝い歩きだけで済ませていたのだった。これではあの大隅にも一理あるという話になってしまう。マスク越しの頬がプーッと膨らむ。
 が、それがかえってSMプレイには好都合だという面はあった。口でのプレイが容易になったのだ。
 松井はその椅子に浅くかけ、両脚を大きく開いた。あいだに跪いた由利がほとんど股間に突っ伏す姿勢で、デニムのジッパーと格闘している。車椅子ではこうはいかない。サイドガードがあるし前輪キャスターだってある。オマケに足を載せる部分=フットサポートだって……。やがて仮性包茎の可愛らしいモノが顔を覗かせた。当然松井は、自信満々というわけにはいかない。だが顔を上げた由利は恥ずかし気に微笑みながらも薄い唇をゆっくり舐め、そんな松井自身を含んでいった。
 彼の口からウッと呻きが洩れた。ちなみに彼もマスクをはずしている。
 パソコン用デスクにスチール製本棚──。木目調の床には絨毯も敷かれていない殺風景な部屋だった。もっとも寝室はその横に別にあったのだが……。
 由利はまず唾液で濡らした唇のあいだに松井のそれを挟み込むように固定し、舌先で包皮の巾着の口を舐めた。
 たちまち息子が成長し始める。
 しかし由利は唇による締めつけを強め、舌先を器用に動かし、巾着の口を手を使わずに拡げようとする動きを見せる。
 車椅子を押し上げたあと収まり切っていなかった息が、再たび激しくなった。
「……んぐっ、んぐっ、ふうっ、ふううっ」
 松井の眼からはそんな由利の伏し目加減の顔が観える。
 ナチュラル・メイクだが睫毛が長い。それが利発そうな額の下、荒い息遣いに拍子を添えるかのようにフルフル揺れている。
 その睫毛といい、あのプレイルームで白いブラウスを押し上げていた胸といい、れいのバレーボール大の尻といい、一見素っ気ない感じだが、女っぽい部分は十分女っぽい女である。
 さらに整った顔を苦し気に歪め彼のそれを愛撫する姿も、S男性の下半身を刺激してやまないものだ。仮性包茎の息子が早くもその包皮に窮屈さを感じ始める。根もとにも何やら、彼女の泡塗れの唾液が蟠りだしたようで、舌による擦過音、唇による吸着音に、独特の粘り気が加味され始める。
 ピチャッ、ペチャッ、チュパッ、チュパッ……。
 ある種の執念さえ感じさせる愛撫だった。利発そうな額の端、髪の生え際辺りに珠の汗がポツポツ浮かんでいる。
「んぐっ、んぐっ、ぐふっ、んぐっ……」
 なぜか彼女は口での皮剥きに執着しているようだ。終いにその巾着の緒に歯を立てるような素振りを見せたので、松井は少々怖くなってしまった。
「ちょっ、そっ、それはちょっとっ──」
 顔を上げた彼女の眼は三白眼風に白眼が強調されていて、やや怒っている感じだ。
 手を使いさえすれば簡単だった。白く細い指がそれでもかなり強引な動作で、松井自身をプリッと剥いてしまう。そして間髪入れず、口での愛撫が再開される。
 大したサイズではない松井自身を喉の奥までスッポリ咥え込む。その亀頭部分に独特のヌメリを帯びた熱い粘膜が触れる。彼はたちまち耐えられくなった。
「ちょっ、ちょっとそれはもうっ、……んぐっ」
 そこで……。なんとも情けない事態になった。早くも逝ってしまったことではない。いや、それも十分情けないことなのだが、なんと左脇腹が攣ってしまったのだ。
「いててっ、いてっ、……ちょっ、いてててっ」
 だが由利の口は脈打つ彼自身からついに離れなかった。椅子から擦り落ちそうになる彼を両腕で支え、彼のなかから溢れでるものを一滴残さず飲み込んでしまう。
 その痙攣がようやく収まりかけた頃、彼女はゆっくり顔を上げた。ほつれ毛を掻き揚げながら、向かって右側の口の端から僅かに零れでていたものを、ペロッと舐めた。
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