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第一章

第1話 伊勢川 隼人

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「……どこだここ」

 僕は伊勢川 隼人(イセカワ ハヤト)。
 さっきまで会社へと向かう電車に乗っていたはず。会社の最寄り駅について電車を降りるといつもと違う風景が広がっていた。

「レンガ造りの家……欧州?」

 後ろを向いても前を見てもそこにはレンガ造り、石造りの家々が並んでる。電車から降りただけなのにその電車はなくなっていてホームでもない。日本じゃない風景が目の前に広がってる。
 夢なんじゃないかって思いながら頬をつねるけど、痛いだけで夢は覚めない。

「は、ははは」

 嫌な汗が流れてくる。

「ざびあら?」

「ん~? お~ら、ざびあら~」

「な、なに!?」

 これからのことを考えていると二足歩行の犬と人間が僕を囲んできた。言葉がわからないけど、僕から何かを奪おうとしてるような気がする。

「ざびあら~。ろころこ」

「や、やめろ」

「ん~、れこれこ」

「ひぃ!?」

 犬の獣人? がナイフを取り出してちらつかせてくる。両手をあげて降参するとカバンやスマホを奪っていく。
 カバンの中身をばらまくとニヤニヤと僕を見つめてきた。

「ざびあら~。ねかねかぶ~」

「な、なにを……」

 言葉がわからない。ざびあらってなんだ? 両手をあげて話しかけられるままになっていると不意に腹部に痛みが走る。

「ぐはっ!? いった~」

「げははは」

 犬の獣人が腹を殴ってきた。痛みで蹲ると左右から足蹴にされた。
 楽しそうに笑いながら蹴ってくる男達。な、何がしたいんだ。

「くふいぬ~」

「や、やめて」

 ひとしきり蹴られると服を脱がされていく。すぐにパンツ一枚にされると男達はどこかへ行ってしまう。痛みと恥ずかしさで丸まっていると変な声が聞こえてくる。

『異世界 ブラリカ語を習得しました』

「習得?」

 言葉を聞いて、もしかしてと思って男達の言葉に聞き耳を立てる。

「金づるとおもったら何も持ってなかったな」

「ああ、売れそうなのはカバンくらいか」

 男達は笑みを浮かべながらカバンを見て話してる。スーツは自分で着てるけど、体格が良すぎてぱっつんぱっつんだ。
 男達は楽しそうに路地から出ていった。こんな路地にいたんだな。混乱しすぎててわからなかった。ここじゃ、よそ者がいたら狩られるよな。

「うう、痛い」

 蹴られた箇所が痛む。青あざが出来てるよ。

「いらっしゃいいらっしゃい」

「奥さん、今日は魚とかどうだい?」

 路地に表通りの声が聞こえてくる。さっきまで雑音でしかなかった声が鮮明に聞こえてくる。

「言葉を習得したのか……ははは、異世界ブラリカ語って言ってたよね。なぜか異世界に来ちゃったんだな」

 まさかの異世界転移か……。別に死んでもいないし、召喚されたわけでもない。
 それも一文無しからか……。もうダメでしょ、こんな格好じゃ表に出れないよ。詰んでる。

「何じゃ食うもんがないな」

 パンツ一丁で佇んでいると背後から声が聞こえてくる。布切れを体に巻いたおじさんが木箱を漁ってる。あれはゴミ箱かな?

「てめ~、また来やがったな!」

「ひぃ! やめてくれ」

「今度来たらころすっていっただろ!」

「ひぃ!」

 やっぱりゴミ箱を漁っていたみたいだ。店の裏口なんだろうな。店主っぽい人が出てきて怒られてる。

「まったく……。なんだてめぇ」

「ひぃ!」 

「物乞いが! 見てんじゃねえぞ!」

「す、すいません!」

 裸の僕が見ていると店主っぽい人が怒ってきた。その場にいたら何をされるかわからないので表通りに飛び出してしまう。
 すぐに周りからの視線にいたたまれなくなって横の路地に走る。

「は~、完全に詰んでるよ。どうしたものか……」

 路地なら人目はない。だけど、いつまでもいるわけにはいかない。どうにかして生き抜かないと……。

「生き抜かないといけないっか……」

 日本にいた時はただただ生きてた。親のすねかじって親の家に住んで、ただただご飯を食べて寝て、仕事に行って……こんなどうにかしなくちゃなんて思ったこともなかったな。

「とにかく、言葉を得たように何かをすれば何かが得られるはず? 恥ずかしくても生き抜いてやる」

 なんとかポジティブに自分を納得させる。
 
 グ~、ガッツポーズをすると空気を読まない腹の虫が鳴った。朝ごはんは無し派なんだよな~。 

「うう、お腹すいた。あれ? なんかいい匂いがする」

 お腹を摩っているとかぐわしい匂いが漂ってくる。路地裏を進んでいくとさっきのおじさんが漁っていたような木箱の山が並んでいた。もちろん、生ごみがどっさり。

「ゴミ!? さ、流石に無理だ……」

 よだれが出るのを我慢して遠ざかる。おあつらえ向きに布切れが落ちていたので羽織ると少しだけ、見た目がましになった。トランクスだけは流石に不審者すぎる。

『軽装を習得しました』

「へ?」

 布を羽織ってため息をついていると言葉を習得したときみたいな、変な女性の声が聞こえてくる。機械音声みたいでなんか変な感じだ。
 軽装って布切れのことかな? 装備って言えるようなもんでもないでしょうに。

「この世界の基準が分からないな。まあ、とにかく、そういう仕組みってことか」

 何かをすればスキルみたいなものを習得できる。そう理解した。
 この世界は中世ヨーロッパくらいの時代背景っぽい。もしかしたら冒険者ギルドみたいなものもあるかもな。ゲームなら少しはやったことがある。その知識でどれだけできるかわからないけど、頑張るしかないな。死ぬのは嫌だし。
 再度、ガッツポーズをするとお腹が鳴る。力を入れるとスタミナを使うのかな。

「一応、裸じゃなくなったけど、この布の下は上半身裸だ。働くことは難しいよな~……」

 路地をうろうろしながら呟く。不安で口から声がでちゃうな。

「飯はあるかな~」

「あっ、さっきお店の人に怒られてた人だ」

 路地の奥から声が聞こえてきて見るとさっきのおじさんがいた。様子を見ているとゴミ箱を漁ってご飯にありついている。
 話している言葉が分かったのはいいけど、裸をどうにかしないとな。

「ん? おお、お前新入りか?」

「え?」

「この町のルールを教えてやる。ついてこい」

「ええ!?」

 おじさんが声をかけてきた。なぜかおじさんの仲間に数えられてるみたいだ。嫌なんだけど、背に腹は代えられないよな。
 情報も何かえられるかもしれないし、服とかをもらえればこの状況からだかいできるかもしれないし。

「こっちだこっち。お~いルガさん! 新入りを連れてきたぞ」

「新入りだ~? そんなもんいつ?」

 おじさんが声をあげて布で出来た小屋に入って行く。中からも声が聞こえてきて外に出てくると髪の毛もじゃもじゃの背の小さなおじさんが出てきた。

「ん? 外套じゃねえな。布切れを羽織ってるだけか。なるほどな、身ぐるみはがされたって感じか?」

「あ、はい……」

 ルガと呼ばれた小さなおじさんは僕が羽織ってる布切れを触って話す。ファンタジー物のドワーフみたいなおじさんだな。

「どうせあの悪ガキどもだろ。やつらは俺らみたいな弱いもんからも奪いやがる」

 地団駄を踏んで告げるルガ。あの獣人達は結構有名みたいだ。
 異世界に来て、最初に会ったのがあいつらなのはかなり運が悪かったってことか。

「あのガキどもにはいつかお返ししてやる。とにかく、お前にはこの町のルールを教えるぞ。まあ、はいれ」

 僕はルガさんに言われるまま、案内してくれたおじさんと共に小屋に入った。
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