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第七章 俺が欲しいのはお前だ
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何もない。虚無の世界。
色すらつかないその空間で、光はケイに出会った。
「あのさヒカル。オレがホントは勝行じゃないって気づいたの、お前だけって知ってた?」
そんなことを突然言われても返答に困る。それにケイの姿は、殆ど見えなくなっていた。その気配と声だけが、光の耳にうっすらと語りかけてくる。
「でも勝行がオレの存在を見つけて、拒絶したから身体から抜けたみたい」
「抜けたって……ケイ、消えちまうの?」
「消えねえよ。ただ、お前と繋がるのはもう無理かも」
貰った名前、けっこう気に入ってたんだけどな。
弱々しく笑いながら、ケイは「オレがいないからって、適当な男捕まえて性欲処理すんのはやめろよ」と悪態をついた。
「じゃあお前に会いたくなったら、どうしたらいい?」
「……オレは……」
相羽家のあの陰湿な小屋に居る。来れるもんなら来てみろ。
煙のようにゆらり消えながら吐き捨てるように告げられたその言葉で、光はなんとなく全てを理解した。ケイはあの小屋の中で生まれた、相羽家で幽閉された子どもたちの怨念なのだと。
非現実な話だと笑われてもいい。そう思うことにした。きっと次に目覚めた時、勝行の中にもう彼はいないはずだから。
……
…… ……
「勝行くん、検温の時間だよー。どうだい、調子は」
「おはようございます。もう全然平気です」
「よかったよかった。君が運び込まれてきた時はホントに色々大変だったんだよ。今から脳神経外科の外来診察に行ってね。あとで退院の説明に看護師も来るから、戻ったら声かけてください」
「すみません……管轄外なのに。色々ご迷惑をおかけしました」
平気だよと笑いながら、光の主治医・星野が勝行のヘルスチェックをしてカルテに書き込んでいく。それから勝行にしがみついたまま、隣ですやすや眠る金髪少年を見て、どうしようかと顎に指を乗せた。
「光くんの熱も測りたいんだけど。こうも気持ちよさそうに寝てると起こすのが忍びないねえ」
「……ほんっとにすみません。何しても起きない時は起きないのでどうぞご遠慮なく」
勝行はしれっとそう告げると、まるで犬のようにぺったりくっついて離れない光の腕を無理やり星野に差し出し、自分はベッドから立ち退いた。もう立ち眩みもしないし、沢山寝たので十分過ぎるほど体力は回復した。
「ただの脳震盪だったのに、お騒がせしてすみません」
「低体温症も少しあったからね。いいんだよ、君にはゆっくりする時間が必要だったんだ。結局君より光くんの方が発作起こして大変だったし、ここは光くん用にって君たちのお父さんが買い取った個室だし」
私立の病院だからこそできるコネを使い、しっかり相羽家が一室押さえていることがすでに星野にもバレていて、勝行は失笑するしかなかった。
結局検温されても目覚めなかった光をベッドに放置し、星野と勝行は一緒に部屋を出た。夏休み以来の外科病棟で、ゆっくり歩きながら雑談を交わす。
「たまたま当直だったんだけど、血相変えて飛び込んできた二人の立場がいつもと逆だったから、先生もびっくりしたよ」
「その節はお世話になりました。あんまり覚えてないんですけど」
「事故じゃなくて事件だって光くんは随分怒っていたけど、本当にいいのかい? 警察とか呼ばなくても」
「ええ。大ごとになると困る家なので、察していただけると助かります。それに俺、覚えてないんです。怪我した時のこと……。居た場所が場所なだけに、恥ずかしい話ですが本当に気絶して後頭部から倒れたんだと思います。無意識でも受け身取れるようにならないとヤバイですね、肝に銘じておきます」
「いやあ、意識なくして受け身取れないのなんて、人間として当たり前だから」
「そうなんですか? 部下はできるって言ってました」
真剣な顔でそう回答しながら、勝行は星野と別れて脳神経外科への廊下を一人歩く。途中の通り道で、いつも光が飽きたら遊びに行くという中庭にも差し掛かった。
まさか自分がここを入院患者として通る日が来るとは。勝行は不思議な感覚を抱きながら、枯れた芝生の中庭をしばし眺めていた。
何もない。虚無の世界。
色すらつかないその空間で、光はケイに出会った。
「あのさヒカル。オレがホントは勝行じゃないって気づいたの、お前だけって知ってた?」
そんなことを突然言われても返答に困る。それにケイの姿は、殆ど見えなくなっていた。その気配と声だけが、光の耳にうっすらと語りかけてくる。
「でも勝行がオレの存在を見つけて、拒絶したから身体から抜けたみたい」
「抜けたって……ケイ、消えちまうの?」
「消えねえよ。ただ、お前と繋がるのはもう無理かも」
貰った名前、けっこう気に入ってたんだけどな。
弱々しく笑いながら、ケイは「オレがいないからって、適当な男捕まえて性欲処理すんのはやめろよ」と悪態をついた。
「じゃあお前に会いたくなったら、どうしたらいい?」
「……オレは……」
相羽家のあの陰湿な小屋に居る。来れるもんなら来てみろ。
煙のようにゆらり消えながら吐き捨てるように告げられたその言葉で、光はなんとなく全てを理解した。ケイはあの小屋の中で生まれた、相羽家で幽閉された子どもたちの怨念なのだと。
非現実な話だと笑われてもいい。そう思うことにした。きっと次に目覚めた時、勝行の中にもう彼はいないはずだから。
……
…… ……
「勝行くん、検温の時間だよー。どうだい、調子は」
「おはようございます。もう全然平気です」
「よかったよかった。君が運び込まれてきた時はホントに色々大変だったんだよ。今から脳神経外科の外来診察に行ってね。あとで退院の説明に看護師も来るから、戻ったら声かけてください」
「すみません……管轄外なのに。色々ご迷惑をおかけしました」
平気だよと笑いながら、光の主治医・星野が勝行のヘルスチェックをしてカルテに書き込んでいく。それから勝行にしがみついたまま、隣ですやすや眠る金髪少年を見て、どうしようかと顎に指を乗せた。
「光くんの熱も測りたいんだけど。こうも気持ちよさそうに寝てると起こすのが忍びないねえ」
「……ほんっとにすみません。何しても起きない時は起きないのでどうぞご遠慮なく」
勝行はしれっとそう告げると、まるで犬のようにぺったりくっついて離れない光の腕を無理やり星野に差し出し、自分はベッドから立ち退いた。もう立ち眩みもしないし、沢山寝たので十分過ぎるほど体力は回復した。
「ただの脳震盪だったのに、お騒がせしてすみません」
「低体温症も少しあったからね。いいんだよ、君にはゆっくりする時間が必要だったんだ。結局君より光くんの方が発作起こして大変だったし、ここは光くん用にって君たちのお父さんが買い取った個室だし」
私立の病院だからこそできるコネを使い、しっかり相羽家が一室押さえていることがすでに星野にもバレていて、勝行は失笑するしかなかった。
結局検温されても目覚めなかった光をベッドに放置し、星野と勝行は一緒に部屋を出た。夏休み以来の外科病棟で、ゆっくり歩きながら雑談を交わす。
「たまたま当直だったんだけど、血相変えて飛び込んできた二人の立場がいつもと逆だったから、先生もびっくりしたよ」
「その節はお世話になりました。あんまり覚えてないんですけど」
「事故じゃなくて事件だって光くんは随分怒っていたけど、本当にいいのかい? 警察とか呼ばなくても」
「ええ。大ごとになると困る家なので、察していただけると助かります。それに俺、覚えてないんです。怪我した時のこと……。居た場所が場所なだけに、恥ずかしい話ですが本当に気絶して後頭部から倒れたんだと思います。無意識でも受け身取れるようにならないとヤバイですね、肝に銘じておきます」
「いやあ、意識なくして受け身取れないのなんて、人間として当たり前だから」
「そうなんですか? 部下はできるって言ってました」
真剣な顔でそう回答しながら、勝行は星野と別れて脳神経外科への廊下を一人歩く。途中の通り道で、いつも光が飽きたら遊びに行くという中庭にも差し掛かった。
まさか自分がここを入院患者として通る日が来るとは。勝行は不思議な感覚を抱きながら、枯れた芝生の中庭をしばし眺めていた。
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